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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第四章 色とりどりの世界
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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。



 世界は、謎に満ちている――という事を教えてくれたのはエルフローラだったけど。なら、その謎を一緒に解き明かしていこうよ!と僕に手を差し出してくれたのはアルミネラだった。






 ふと、左手に見慣れない本を持っている事に気付いたのは、くたくたになってフェルメールと一緒に寮内にある僕たちの部屋の前まで戻ってきた時だった。

「……あ」

「おう、どうした?」

「ネネ先生から預かっていたものを返しそびれてしまいました」

 どうしよう。大切な物だとしたら、当然早く返しに行った方が良いに決まってるよね。

「ああ。あの人、今日の特別演習に真っ先に飛びついてきてたしな」

「ですね」

 そう言って、二人して苦笑いを浮かべながら、魚捕りの演習に行った時の事を思い出す。

 午前中は一年生の授業を見学して、そして午後から二年生の特別演習を見学する事になっていたんだけれども。そろそろ防寒服が必要になってきそうな季節。しかも、日中とはいえ肌寒いのに、まさか、あんなに参加したがるとは思わなかった。

 気付けば、いつの間にか担当の教師に鼻息荒く直談判していたのだから、よほど魚捕りが魅力的だったんだろうなぁと。一瞬、聖ヴィルフ国では魚の流通がなかったっけ?なんて考えたぐらいだった。

 まあ、やりきった感のある大満足な笑みを浮かべながら戻ってこられたから、楽しんでくれて何よりだけど。その際、どうしてもこれだけは濡らしたらヤバイんだー(本文そのまま)と言って、近くにいた僕に預けてきたのがこの本だった。

 シンプルに銀縁で彩られた装丁に、タイトルすら書かれていないかなりの年代物だと分かる古めかしい本。多分、聖ヴィルフ国にある古文書の類いかなと思ったけど、わざわざ中を開けて確認まではしていない。

「よし、行くか」

「いえ、僕一人でも大丈夫ですよ。渡してくるだけですし」

「ばかやろう!男しかいない学校を舐めんなよ?ってか、この間の記憶喪失の時ですら、不良に襲われそうになった奴の言う事なんざ信用出来っかよ」

「うっ」

 それを言われるとつらい。いや、そもそも僕だってそこに至った経緯を全く覚えてないんだってば。気付けば、見知らぬ人に制服を脱がされている最中だったんだから、僕の責任じゃない気がするんだけど……いや、でもこの世界に生まれてからの十四年間を失っていただけで、やっぱり元は僕なんだから僕が悪いのかなぁ?

 って、今はそんな事考えてる暇はないや。

「で、でも、フェルメールさんもお疲れ気味じゃないですか」

「ばーか。年上、舐めんなよ?ほら、行くぞ」

「あっ、はい」

 そう言って、ポンと僕の頭に手を乗せて、意地の悪い笑みを浮かべて歩き出す。結局、自然とこういう風に持っていくんだから、ずるいよなぁ。男前は。

 年上といっても、まだ十六歳。前世の日本の法律なら、まだまだ未成年の範囲なのに。

 この世界の十六歳は、精神的にも大人に近い。

 前世で十六歳の頃は何をしていたかな?いや、思い出さなくてもずっと柔道の練習ばかりだったけど。そういえば、近所の不良グループと出会ったのもそのぐらいの頃だったかな。

 どこかのチームとの抗争中に暇を見つけては、何故か意気揚々と声をかけられていた気がする。あれは、何だったのか。

 まあ、今更思い出した所でもう二度と会うことはないけれど。

 そういうくだらない思い出さえも懐かしくて、ぼんやりしながらフェルメールの後ろをついて行くと、いつの間にか視察団の先生方が使用している客室の階まで下りていた。

 そう、実は彼らも同じ屋根の下で寝泊まりしている訳で。

 このリーレン騎士養成学校の寮には、国内にある各地に点在する学校の教師が実習出来るようにと、客室の部屋がたくさん用意されていたりするのだ。

 グランヴァル学院だと、ここより生徒数が多いから寮には空き部屋がなくて近くのホテルに滞在するようになっているみたいだけど。

 学校によって様々なんだなぁ、とここに来て感慨深くなったものだ。

「レベッカ・ネネ先生の部屋は、確か……ここだったな」

「はい」

 客室は、一人部屋となっていて毎年視察の先生方には個室でゆっくりしてもらえるようになっている。 なので、当然、ネネ先生に充てられた部屋も個室なので、気兼ねなくコンコンと扉をノックする事が出来た。

 しばらくして、はーい、という間延びした声が聞こえて扉が開く。

「あれ?もしかして、これって幻覚?うわ~、ボクの想像力半端なーい」

 第一声がそれってどうなの。幻覚だと思われるぐらいお疲れだったとか。やっぱり、明日お渡しするべきだった?

「い、いえ。あの、先ほどお預かりした本を返すのを忘れてしまっていたので」

「ああー!ごっめん、ごめん!そっか、そうだったねぇー」

 この人、やっぱり軽いノリだなぁ。

 髪を耳にかけつつ、近所のおばさんみたいにニコニコと笑いながら謝られたので、思わず苦笑いを浮かべてしまう。けれど、こういう事はきちんとしておいた方が良いので頭を下げようとしたら、ただの付き添いだったはずのフェルメールが僕の横から顔をわざわざ覗かせた。

「夜分遅くに申し訳ありません」

「あ、なんだー。……居たんだ?」

「彼は私の補佐なので」

「ふぅーん」

「……?」

 うん?なんか、二人ともさっきまでと様子が違う?

 気のせいかな?と思いながらも本題に移ろうかとしていると、ネネ先生は表情を隠すかのように眼鏡の位置を直しながらも口元に笑みを浮かべた。

「……そっかぁ。それなら、仕方ないや。エーヴェリーくーん、まあ、せっかく来たんだし入っていきなよ~。監督生君もねー」

「え、でも」

 そんなつもりで来たわけじゃなかったのに。何だか、すごく申し訳ない。

「許しが出たんだ、入ろうぜ」

 えっ?えっ?

「わっ。ちょっ、押さないでください」

 僕が悩むよりも早く、フェルメールがぐいぐいと背中を押してきたので半ば問答無用でネネ先生の部屋へと足を踏み入れる事になってしまった。

 なんだか、最近色々となし崩しで流されているような気がする。……はあ。





 そんな感じで、部屋へと入ったものの。

「……あれ?やっぱり、僕たちお邪魔だったんじゃないですか?」

 部屋に通されるなり、簡素なソファーに思わぬ人物が座っていたので思わず立ち止まってしまった。

 仲が良さそうだなぁとは思っていたけど、まさかプライベートの時間まで一緒に居るとは思わなかった。僕の視界に映る人物の珍しい灰色の髪が、ライトに映えてまるで白銀のようにキラキラと光る。

「ん?やあ、先ほどぶりだな」

「はい。あ、あの、スローレン様が居らしているなら、僕たち」

「そんな必要はねぇよ」

 スローレン様にとっては、ネネ先生の部屋にいる事に全く疚しい気持ちがないのだろう。僕たちの姿を視界に捉えると普通に挨拶をしてくれたけど、逆に申し訳なくて踵を返そうとしてフェルメールに止められる。

「え?」

 ……いや、でもなぁ。

 フェルメールの行動が理解出来ず首を傾げる僕を見て、彼はヘーゼルブラウンの色合いをした短髪を面倒くさそうにがしがしと搔きながら、はぁと分かりやすくため息をはき出した。

 え?僕に呆れて?……じゃなくて?

「こいつ、今、普通の精神状態じゃないんで、こういう真似するの止めてもらえませんかね」

 こいつ、というのは百歩譲っても僕の事に間違いはなさそう……だけど。

 ん?……という事は、もしかして僕はまた知らぬ内にはかりごとに乗せられてたってわけ?なんて、呆然としていたら。

「おお!さっすが、監督生君!察しが良くて、助かるよ~」

 ネネ先生が大仰に拍手をしてへらへらと笑ったので、思わず顔を手で覆ってしまった。

 あーもう。昨日今日と、どれだけ簡単に引っかかるんだか。

 これじゃあ、ヒューバート様に言った言葉も撤回しなくちゃいけないじゃない。っていうか、リーレンの方が伏魔殿みたいってどうなの?ここって、騎士を養成する学校なんだよね?普通は、前世でうちの柔道部みたいに脳筋が多いんじゃないの?というのは偏見なのかな。

「すまない、エーヴェリー君」

「そうそう~」

「おい、お前が仕掛けた癖に軽く流すな」

 しかも、いつの間にか先生方は息の合ったコンビネーションまで築いているし。

 こうなったら、仕方ないか。

「いえ」

 ここまでくると、もう諦めの境地に達した気分だ。それに、昨日は一人きりだったけど、今日はフェルメールも居てくれる。いや、半ば巻き込んでしまった感じだけど。

 僕が思っている以上に、僕は意外とフェルメールの事を信用しているらしい。

「まあ、てきとーに座ってよー」

 視察団に当てられた客室は、前世でよく遠征などで利用したビジネスホテルのような作りとなっていた。といっても、部屋全体はそれよりも広く、書斎スペースなどもあるのでそれなりに快適だろう。

 ネネ先生に促されて、僕とフェルメールはスローレン様と対面になっているソファーへと腰掛ける。

 腰を落ち着けたついでに、心に少しゆとりが出来たのか、今更ながらにフェルメールがついてきてくれた事に感謝する。元々、面倒見が良い人ではあったけど、ここまで前が見えてない僕の事まで気にしてくれているぐらいだもん。

 ……こういう所が、監督生の所以だったりするんじゃないかなぁ。本人はまるっきり分かってないけど。

 ぼんやりしながらフェルメールを見上げれば、どうやら僕を見ていたらしくばっちりと目が合った。

「っ、な、何です?」

「いや、お前ってあんま自分の事で怒んねぇなぁって思って」

「ええ?そんな事、ありませんよ?」

 僕だって怒る時は怒ってる……つもりなんだけど、と頬を掻いて言いながらも、最近いつ怒ったのか直ぐには思い出せず、勢いで目を逸らした。

「……」

 ……えーっと。

 いや、だって。昔からアルのいたずらと好奇心には怒る前に驚かされるばかりだったし。他に、不満なんて思いつかない。なんていうか、惰性で生きてる?うん、それはそれで大問題か。

「エーヴェリー君。将来、知らない人にお金を貸すのは止めておけよ」

 えっ!なんでスローレン様までそんな心配そうな顔になるかな?

「うんうん。それに、知らない人についていっちゃ駄目だからね~」

 あれ?ネネ先生まで?

 僕を見る三人の視線が痛い。……これでも、前世で生きた二十年を足せばあなた方より多く生きているはずなんですけどね。って、フェルメールは知ってるでしょうが。もしかして、無かった事にされてない? いや、フェルメールって前世の記憶があるって分かった時も態度が全く変わらなかったな。

 ……。

「ご忠告、ありがとうございます」

 うん。もう、これしか言えない。深く考えるのは止そう。考えたら、きっと泣ける。

「それで、僕にどのようなご用件があるのでしょう?」

 とは言ったものの。僕だって、ここまでお膳立てされたらさすがに分かる。だけど、そう言わないと始まらないのも事実だろう。

「エーヴェリー君、それに監督生君は『アポカリプス』って知ってるかなー?」

 コトンと机の上に四つのカップを置きながら、ネネ先生は探るように目を細めながら話を切り出した。

「アポ…?いえ、初耳ですけど」

 思いきり眉を寄せたフェルメールに同意をして僕も頷いたけど、実際は思わず懐かしい単語に内心驚いている。

 その言葉を聞いたのは、確か前世で仲間と映画の話題になった時のこと。ゾンビ映画の続編で、その単語が使われていて、後輩の一人がどういう意味なんですかね?なんて切り出したから覚えていた。その後、調べた本人が意味を理解ずかみ砕いて説明してあげたけど。やっぱり、あいつも類に漏れず脳筋の一人だったんだなぁ……じゃなくて。

「んーとねぇ。堅苦しい話は面倒だから、簡単に言っちゃえば女神様が預言者にお伝えした『内緒事』なんだけどー」

 いやいや。そこはもうちょっと丁寧に説明しましょうよ。

 しかも、ネネ先生の口調だとそんなに重く聞こえないからある意味凄い。

 前世で聞いた話だと、初期のユダヤ教とかキリスト教で、神様が選んだ預言者に与えたのがアポカリプス。その内容とは、天地創造から終末までの全てが記された記録、らしいけど。

 まあ、僕も自分で調べた訳じゃないから、それが正しいのかは分からない。

「うちの国って、宗教国家でしょー。だからね、必然的にお布施と称して女神様を信仰する人達の色んな情報が集まってくるんだよね~。良い話とか悪い話とかさぁ~」

 いやぁ、困るよねぇなんてちっとも困っているようには見えない笑顔で言われても、どんな顔をすれば良いんだか。あ、やっぱりフェルメールも困ってる。

 でも、そういう事か、とおぼろげながらに全容が分かったのは、僕が昨日の時点でクルサード側から話を聞いていたからかもしれない。

「それにさ、女神様を信仰する人達の中には、色んな国の重鎮の方がおられるわけだよー」

「……その情報が、まさかさっきおっしゃっていた物、ということですか?」

 それを裏付けていくように、フェルメールの質問混じりのネネ先生の話は続いた。

「そう!アポカリプス、ね。実際の意味合いとは全く違うんだけどねー、ボクたちにとっては女神様が運んでくれた物として、その愛称で呼んでるんだけどね~」

 と、ここでずっと口を挟まなかったスローレン様が、ネネ先生の淹れてくれたお茶を一口飲んでフッと笑った。

「そんな裏事情があったとは。聖ヴィルフ国とは、恐ろしい国だな」

「えー?ボクたちは女神様の教えに従って生きてるだけだよ~」

 ネネ先生はそんな風に軽口で言い返したけど、確かにスローレン様の言う事は尤もだろう。聖ヴィルフ国は、この世界で最も歴史のある最古から続く宗教国家だけど、それ故に争いを回避するために各国へと伝道師を派遣して、女神ヴィルティーナの信仰を広めて行った。

 そして、ヴィルフレオ教は各地に広まり、自ずとその国の重鎮でさえも取り込み、今やどの国からも手出し出来ない見えない壁が築かれている。

 だから、約五十年間も鎖国なんて出来たわけだけど。

「言っちゃあなんですけど。よく誰も悪用しなかったものですね」

 それは大いに僕も同意してしまう。まあ、だから――なんだろうけど。

 僕の視線に投げ返すように、色つきの眼鏡を通して僕を見てから、ネネ先生はへらりと笑った。

「女神様の恩恵を穢すなんて真似出来ないんだよ、ボクたちにはね。……けど、それを平気で真っ黒に染めようとしている人たちがいるというのも事実なんだ」

 そう言ったネネ先生の顔は、とても真剣で。遠い目をしていながらも、そこに何か感情を隠していると思えるのは口調が違うせいだろうか。

 いつもの軽そうな口調とは違う、ネネ先生の――――素顔?

 誰もが沈黙を守り、自然とネネ先生に視線が集まる。

「いやぁ、ほんと困ったものですよ~」

 って、また軽い口調に戻ってるよ。もう、全く読めないなぁ。

 思わず苦笑いを浮かべてしまったけれど、誰にも気付かれずホッとする。そんな僕とは対照的に、ネネ先生は少し長めでサラサラの黒髪を耳に掛けて本題を口にした。

「実は~、この視察の話が持ち上がった時に、とある国から取引きを要求されちゃいましてー。なんでも、その国には女神ヴィルティーナ様の聖遺物が何百年前からか保管されていたらしくて、それとアポカリプスを交換しないかってさぁ」

 そうだよね、ここでそこに繋がると思った。それと、残念なお知らせです。分かっていたけど、僕が聞くまでもなく、物々交換の内容も把握してしまいました。もうね、別に良いけどさ?良いんだけど、今回どう見ても僕って巻き込まれちゃった方だよね?というか。

「……あの、そういう機密情報を安易に僕たちに暴露してしまって良いんですか?」

 内容が、あまりにも重すぎるんだけど。

 そもそも、どうしてこんな重大な話を僕に話そうとしたのかが分からない。不穏すぎるよ。

 なのに、困惑する僕に対してネネ先生は朗らかに微笑んだ。

「あー。だって、ボクこれでも枢機卿だからね~」

「「「……」」」

「うわぁ。揃いもそろって、そんなうさんくさそうな目で見ないでよー」

 あはは、などと本人はいたく軽口で笑っているけど。これが、本当だとしたら、実は僕たちは今とんでもない人と接触しているという事になるわけで。

 顔を引き攣らせていたフェルメールが、どうにか現状を理解しようとわざと咳払いをして聞き返す。

「あのー、枢機卿っていうと確か教皇様の次に位が高いって」

 歴史学の教本に載っていたような、などと言葉を濁しながら。

 スローレン様に至っては、聞き違いだと言わんばかりにすました顔でお茶を飲んでいるしまつ。僕だって、信じられないというのが正直な気持ち。

 だったら、尚更、どうして僕にお声をかけて下さったんだか。真意が掴めない人だから、余計に不安になってしまう。

「うん、教皇様の次に偉いヒトだよー。あー、でもそんな堅苦しくならないでね~。うちの国は、枢機卿って役職のヒトわりかし多いからさ。ボクは、下っ端の下っ端でーす!」

「教皇様の心中をお察しする」

「あはは!それ、よく言われます~」

 さっきのあれは、きっと幻だったに違いない。多分、この人、自国でもずっとこんな軽いノリかも。聖ヴィルフ国の最高権力者である教皇様がどういうご尊顔なのか知らないけど、何となく同情を禁じ得なかった。まあ、ネネ先生が実は枢機卿だったというのは、今は置いておくとして。

 それよりも、訊きたいのは。

「そもそも、どうしてこの話を僕に?」

「ああ。それに、私も言うなれば他国の民であるのに、そちらの国の問題をどうして聞かされたのか訊きたい」

 僕の疑問は徹頭徹尾、これに限る。フェルメールは、僕の付き添いで自ら渦中に身を投じたから省くとして。スローレン様だって、そういった事情を知らなかったら他国同士の問題に首を突っ込む事もしなさそうなタイプだし。僕と同じく、巻き込まれた側の人だ。

「えぇ?聞いちゃう?」

 いや、変にもったいぶらないでください。なんだか、すごくウキウキして楽しそうだけど。

「ぶっちゃけ、ボクの手に負えないなぁ~なーんて思っちゃって。だってさ、聞いてよ!ジジイ共……じゃなくて、他の枢機卿の連中がさ『女神様の聖遺物は、何としてでも手に入れよ、しかし、アポカリプスは渡してはならぬ!』……とか言うんだよー!ボク一人でそんなミッションこなせる訳ないじゃん」

 ねー?なんて同意を求められても。

 まさか、そんな理由で他国の人間を巻き込んでしまおうとは。しかも、それに全く悪気を感じていなさそうだから質が悪い。おかげで、肩の力が抜けてしまった。

「それにしては、良い人選ではないか」

 そんな僕とは逆に、スローレン様がカップを持ちながら皮肉げに鼻で笑う。

 うん?そうなのかな?でも、そう言われてみれば、と冷静に考えていたら、ネネ先生が笑いながら早々に頷いた。何です?そのあっさり感。

「あは。バレちゃいました?そりゃあ、ボクだって選びますよ~!今回の仕事の前に、ちゃーんと調べてきましたからね」

「というと?」

「まず。エーヴェリー君は、このミュールズ国の宰相のご子息だから、もしボクの不手際で失敗しても、直ぐに対応できる保険でしょ~。で、スローレン様は、セレスティア共和国の人だけどこの中で一番中立の立場だしー、今回の視察団のリーダーでもあるわけですよ。その名目に、魅力を感じないわけないでしょう?」

 なるほどなぁ、とは思うけど。結局、クルサードにしても聖ヴィルフ国にしても、僕個人というよりは現宰相である父上の肩書きが欲しいってことか。

 まあ、クルサードの方は、仲介役として選んだようだけど。

 どっちも、それ以上に何か考えていそうなのは確かだろう。……けど、まさか聖ヴィルフ国からもアクションがあるとは思わなかったな。

 これって、どっちからも僕の立ち位置がバレてしまえば、結局スパイと見なされるって事だよね。つまり、一番危ういのは僕、というより国家間の問題で取り上げればミュールズ国の信用に関わるって事じゃあ?

 いや、とりあえず落ち着こう。とにかく今は、別々に分けて考えていくしかない。ただ、一歩間違えたら終わりだけど。

 表面上は先生方との会話に参加しながらも、内心ではどんよりとした空気が支配する。

「それで、何か策はあるんですか?」

 そんな僕の心情など知らず、フェルメールがいつになく真剣な顔つきで問いかけた。普段はアルの警護役も務めているぐらいだから、きっと責任感で僕の事も考えてくれているだけなんだろうけど。

 さすがは、コルネリオ様に見込まれただけの事はある。

「んー?あったらこんな集まり開いてないって~!あはは!」

 あははーって、のんきにもほどがありますってば。

 思わず脱力していると、顎に手を当てて思案していたスローレン様が徐にその水色の瞳で僕を見た。

「な、何ですか?」

 クルサード国とも繋がりがある後ろめたさから、つい腰が引けてしまう。

「この男をどこまで信用すべきか悩んでいるのだが、君はどう思う?」

 ああ、なんだ。そういう話ね。

「わざわざ、自国の弱みを僕たちに教えてまで助けを求めて下さっているのだから、僕としては信じるに値すると思っています」

 ただ、僕たちをどのように動かしたいのかが分からない。

 相変わらず読めない表情を浮かべるネネ先生がかなり喜んでいるけど、それも胡散臭く見えてしまうのは否めない。

「……本来なら、こういった仕事は断っているが。いいだろう、エーヴェリー君が褒美をくれるという事で一つ手を打ってやろう」

「ぅえっ!?」

 うわぁ、びっくりしすぎて変な声出ちゃったよ。というか、どうして僕がスローレン様に何かを与えなくちゃいけない方向になってるの?

 もしかして、聞き間違えた?いや、それにしてはえらくリアルだったけど。

 ううん?とぎこちなく首を傾げていたら、隣りに座るフェルメールがスッと片手を挙げて発言を求めた。って、今まで挙手せずに話し合っていましたよね?……まあ、いいけど。

 やっぱり、フェルメールもおかしいって思ってくれたんだ、なんてホッとして横を向けば。

「あの、報酬の内容はこちらで検討させていただくという事で宜しいでしょうか?この間のような奉仕はお断りさせていただきたくて。それ以外なら」

「いやいや!ちょっと待ってください。なに、勝手に話を進めてるんですか!?褒美とか、あの……冗談ですよね?」

「ん?冗句に聞こえたか?」

 スローレン様、真顔は恐い。真顔で返答されたら、さすがにどう返せば良いのか分かりません。

 ネネ先生の話の時よりノリノリな二人に、どうつっこめば良いのか分からず途方に暮れてしまう。こんな風に、突拍子もない方向に話がいくのはアルミネラで慣れてるけどさ。それでも、アルじゃないからこそ戸惑う訳で。

 そもそも、本気なのかな?

「……えっと。僕でお役に立てるなら」

「本当か!こういう冗談は流されるかと思ったが、まさか本当に叶えてくれるとはな!」

 ……冗談でしたか。もっと早く言って欲しかったな!

「えー!良いなぁ~、ボクもお願いしたーい!」

「「却下で」」

 僕が返事をする前に、フェルメールとスローレン先生の声がハモる。

 そりゃあ、ネネ先生が巻き込んできたんだしなぁ。

「それよりも、お前はどうしたいんだ?相手側との交渉前に、女神様の聖遺物とやらを回収したいのか?それとも、どういう代物か確かめたいのか?」

「さっすが、スローレン様!冴えてる~。そうなんだよねぇ、ボクの今回のミッションはアポカリプスを渡さず聖遺物を回収するのが目的だから、まずは本物かどうか確かめたいってわけ。だからこそ、皆の協力が必要なんだよねぇ~」

 なるほど。だからこそ、フェルメールが僕についてきた時も受け入れてくれたんだ。

 要は、僕たちでどうにかアーリラ様を引き留めて、その間にネネ先生が取引きに使われる聖遺物が本物かどうか確かめる、って事か。

 万が一、それが紛失したとしても、アーリラ様が言い出さなければこちらの不手際にはならないし、言った所で実際にそれがあったかどうかというのを論点にすり替えれば事が成せる。そういう事なら、宰相の父を持つ僕の肩書きは保険になるかもしれないけど。

「それじゃあ、策を練ろうではないか」

 鉄色の髪を後ろに流しながら、スローレン様は珍しく冷たい色をした瞳をキラリと光らせて微笑んだ。

 ……あの、意外と楽しんでますよね?


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