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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
前回が文字数が多かった分、今回は文字数が少ないのです。
この世界にも宗教はたくさんあるけど、一番有名な宗教といえば全能の女神ヴィルティーナを信仰するヴィルフレオ教だろう。なので、女神に纏わる格言もある。その中でインパクトがあるのが、『女神様の足を舐める』だろうか。
意味は、要約すると『俺を怒らせるとどうなるのか分かってるのか!?』なんだけど。何というか、表現が際どすぎる。
昨日は、あれからリーンハルト先輩から特に何かされる事もなく一日が過ぎていった。でも、まあ一日お休みをいただいたのは正解だったと思う。
精神的に疲れたというのもあるけど、アーリラ様に握られた手首に薄らと痕が残っていたからだ。何とかフェルメールたちが戻ってくる前には消えてくれたから良かったけれど。
それに、突然襲われたという恐怖もあって、どんな顔でいればいいのか分からなかったのもある。半日かけてどうにか気持ちに折り合いは付けたから、バレてはいないと思うけど。
……癒やしが欲しいなぁ。
と思えば、必然的に浮かぶのは、我ながら重度のシスコンだと自覚できるほど妹の顔で。
アルミネラがあれからどうしているのかとか気になると同時に、今すぐ話をしたい気分にもなる。ただ、会ってくれるのかという最大の難関が待ち受けているんだけど。拒絶された時の事を想像するだけで恐ろしく、気持ちは相変わらず下降気味になってしまう。
そんな身内のことすらままならないのに、更に追い打ちをかけて厄介な件に巻き込まれてしまったせいか、気落ちしている場合じゃなくなって逆に平常心が保たれている感じだろうか。
この学校の視察も残り一週間をきっている。本来なら、もうひと頑張りといきたい所だけど、実際は何だかどんどん煮詰まってきているような気がしてる。
クルサードと聖ヴィルフ国の物々交換とやらは、敢えて内容を聞こうとも思わないし訊きたくないというのが本音で。だけど、もし父上に報告出来るとなれば、知っておかないと遠回しに嫌味を言われそうだし。
昔から、こういった件では部下と同等の扱いを受けてきたからなぁ。
「……はあ」
それが嫌だったわけでもないけど……さて、どうしようか。
なんて。僕がぼんやりと思いながら見つめる先では、川遊びに近い感覚で∞という字のように造られた川に入って大きな魚を捕まえるという特別演習に、何故か飛び入りで大の大人が幾人も参加しているという実に異様な光景だった。
「うっ、いま、足にぬるっとしたものが!」
「うおー!見てくれ!まさかのタコだ!」
「えい、そこだ!」
「わぁ!お見事ですー!」
「…………」
この演習に、どういった意味があるのかが分からない。心の底から、本当に。
だけど、そこかしこから視察団の方々の歓声が聞こえてくるので、それなりに楽しんでもらえているようで何よりだ。結果オーライ。僕は参加しないけどね!
「冷てぇ」
遠くから眺めているだけの僕の傍に、気が付けばフェルメールが来ていて、折り曲げた袖のまま飛沫で濡れた顔をぐいっと拭った。水も滴るいい男。男前は何をしても男前なんですね。多分、僕が同じ事をしても怒られるだけだろうなぁ。羨ましい。
「フェルメールさん。あーあ、こんなに制服濡らしちゃって……全く。これ、タオルどうぞ」
しかし、よく見れば全身がずぶ濡れに近い状態だったので、持っていたタオルを差し出せば、ん、と頷いて受け取りながらニタリと笑った。
「昨日はずっと落ち込んでたけど、ようやく少しは元気が出たみたいだな」
「ええ、まあ」
元気というか、表面上は取り繕わなければならなくなったというべきか。それ以上に酷い案件が出来たもので。
「昨日はすいませんでした」
「いや。いつもあれだけ終始イチャイチャしてたんだから、そりゃ落ち込むのも無理はねぇよ。実際、俺だってお嬢が何考えてんのか分からねぇしな」
あは。突飛な行動をする妹ですいません。
「でも、そこが可愛いんですけどね」
少なくとも、僕にとっては。
前世の陰におびえて震えていた僕に、この世界で光を見せてくれたのは他でもないアルミネラだったのだから。何が起ころうとも、あの子は僕の愛する半身でしかない。
「やっぱ、お前もそんな顔すんのな」
「え?」
タオルで濡れた部分を拭いながら、横目でチラリと僕を見てフェルメールが何故か肩を落として呆れたように息をついた。
「お嬢がな、よく今のお前とおんなじ顔をすんだよ。大好きなお兄ちゃんの事を思い出すたびに、な。双子だけに、マジでそっくりだわ」
「……っ」
はあ、やってらんねぇ、と言いながらさほど嫌がっている感じでもなく、フェルメールが底意地の悪い笑みを浮かべた。
「視察が終わったら、ちゃんと話せよ。どっかの兄弟みたいに、こじれんようにな」
「……はい」
どこかの兄弟ね。それって、やっぱりノルウェル兄弟の事なのかな?
ん?けど、普段でもよく話しているのを見かけるし、どちらも特に……いや。
もしかして、僕は何か見落としてる?
「フェルメールさん。統括長は、リーンハルト先輩のことをどう思っていらっしゃるのでしょうか」
「そりゃあ、優秀な弟だって思ってんだろ。何しろ、三年に上がって監督生に決まった俺にその座を譲れって直談判しにきたぐれぇだしな」
「そ、そこまで?」
いや、けどそんなに驚くほどでもないか。ディートリッヒ先輩にとっては、リーンハルト先輩こそが監督生に相応しいと思っているのだから。
「俺だって、……あ、いや。何でもねぇ」
「気になるじゃないですか。言って下さいよ」
何となく、その話がもしかしたら何かのきっかけになるかもしれない。そんな気がした。
今は、とりあえずクルサードの動向を探りながら、だけど何から手を付ければ良いのか分からない状態で。
だからこそ、何か糸口が見つかればと思う。
「んー、けどなぁ」
いつもなら出し惜しみしないくせに。こういう時に限って出し渋るとか。
……だったら。
「一回だけなら、抱きしめても良いですよ」
「!!」
「……今回だけ、という条件で」
これは、身売りではない。仕方なく、だ。
「っ、センセー!そこにデコチューは入りますか!?」
食いつきようが激しいってば!しかも、なに?その、バナナはおやつに入りますか的な言い方は。この世界でも、割とバナナはおやつの論点にされやすいの?
じゃなくて。デコチューってあれか、額にキスって事なんだよね?また、キス。キスか……うー、でもここで受け入れなくちゃ話してくれなさそうだし。
「……一回だけなら」
「よっしゃ!!」
ふ、ふん。昨日で、もうファーストキスの夢は途絶えたんだから勿体ぶっても仕方ないじゃないか。今更、額にキスぐらい……ううっ、段々自分が汚く見えてきたよ。もうやだ。
じわりと涙が滲んでしまったけれど、フェルメールには分からないように指先で拭う。
「それで、なにが『俺だって』だったんです?」
「誰にも言うなよ?って、お前なら言わないか」
「まあ、アルなら確実に僕に言ってきそうですけどね」
「だな。ってそれは置いとけ。俺もな、実はディートリッヒの野郎に言われる前に、リーンに言ったんだ。俺が監督生だとかあり得ない、お前がなれよ、ってな」
「本当ですか?」
それが本当だとしたら、リーンハルト先輩は。
「今でもそう思ってんぜ。監督生なんて、俺にゃあ荷が重いってな。いまだに、どうして俺が選ばれたのか分かんねぇぐれーだし」
そっか。フェルメールも、こんな適当そうなのに色々と複雑なんだ。
「おま、今適当そうなのにって思ったろ」
「え、そ、そんな事思ってないですよ?」
「目ぇ見ろ」
……なんでバレたんだろうなぁ。
こっそり首を傾げながらも、この話が聞けて良かったと思う。これと、抱擁のオプションでおでこにキスが等価交換というのがアレだけど。
この話からするに、フェルメールが今も監督生をしているという事で、結果は出ている。
そう、リーンハルト先輩はその話を――
「断られたんですね?」
「まぁな。あいつが言うには、周りの先生方はお前の方が私より優れていると判断した結果なのだからお断りします、だったか。あんな風に穏やかに見えて、中身は意外とドロドロしてるからなぁ、あいつは」
でしょうね。それは、昨日実地で体験させてもらいました。ええ、本当に。
「そうだったんですね。教えて下さりありがとうございます」
「って事で」
「……」
何が、って事で、だ。そんな風にいきなり手を広げたって、誰も飛び込んだりしませんからね?
だいたい、こんな人の目が多いところで、しかも同性同士の抱擁とかあり得ないでしょ。するんなら、寮に戻ってから……、って。
「ぅ、わっ!」
「あーこのフィット感!たまんねぇな。しかも、すっげぇ柔らけぇなぁ、おい」
「くっ、くすぐったい!」
問答無用か!
こんな強引にしてくるなんて、何を考えているんだか!
「肌も綺麗だしよ、俺がどれだけこの日を待ち望んだことか」
「っ!」
ちょっ、キスはおでこだけじゃなかったの?なんで、色んな所に啄むようにキスしてくるかな!?
何もかも不意打ち過ぎて、後手に回る。せめてもの救いは、フェルメールの背中に覆われて、どれだけ注目を浴びているか僕からじゃ見えない所だけど。
目立っていない事を、ただひたすら祈るしかない。
昨日は、唇にキスをされたのに対して、今日は唇以外の部分にたくさんの熱い口づけを贈られるっていう、ね。……どんな羞恥プレイだよ。
「おんなじシャンプー使ってるはずなのに、ほんっと良い匂いするよなぁ」
「ばっ、ばか言わないでください!あと、へっ、変に匂わないで」
フェルメールにしては珍しく強引にずっと僕を抱きしめて、僕の存在を確かめるようにキスをしながらセクハラな発言を続ける。アル以外の人に、ここまで接触された事がないからとにかく逃げ出したくて、どうにか離さそうと藻掻いて抵抗するけれど。
「良いよなぁ。いっつも、お嬢はこの温もりを自由に味わってんだよなぁ」
どれだけ足掻こうと体格の違うフェルメールには全く響かないようで、彼は余裕そうに僕の頭上でため息をはき出しながらぼやいた。
「何を」
当然のことを。アルは、僕の妹なんだから。
「その『特別な権利』が嫌になったんなら、俺に譲れってんだ」
「えっ?なんです?よく聞こえなかったんですけど」
いきなり、あまりにも小さな声でボソッと話すから。抵抗しながらも見上げれば、フェルメールの顔が間近にあって思わずのけぞった。
「……ちょっ、嘘ですよね」
そのオリーブ色の瞳があまりにも真剣味を帯びていて、まさかの展開にまで発展しそうな、この嫌な予感を打ち砕くことが出来ない。
「あの時、お嬢を止めたのは英断だと思ってる」
「なに、かっこつけてるんですか!って、う、わぁ……っ、や!」
どさくさに紛れて、この人は!
ファーストキスもセカンドキスも簡単に奪われたのに、また――なんて。どんどんフェルメールの顔が迫ってくるので耐えきれず、思わずぎゅっと目を閉じた。
ああ、もうだめ。
「こらこら。後輩を虐めるのはその辺にしておきなさい」
「っ、てぇ」
その聞き慣れてしまった声がして、先ほどまで僕を強く抱きしめていた腕が緩んだ。
「う?……ん?あれ?」
「接待役がここで固まっていては、意味がないでしょうに」
恐る恐る目を開けば、僕の腰に巻きついていたはずの手で頭をさするフェルメールの傍で、リーンハルト先輩が呆れた顔をして立っていた。
ああ、やっぱり。その声は、リーンハルト先輩だったんだ。
「エーヴェリー君も。元気が出たのなら、先生方の相手をお願いします」
「あ、はい」
もしかして、助けてくれたのかな?と、思わなくもない。
昨日、あんな事をされておきながらも、やっぱり心のどこかで先輩の事を信じたい自分がいる。たった二、三週間程度の付き合いだけど、どうしてもリーンハルト先輩は、悪い人に見えないのだ。
だから、知りたい。
この人が、何を望んでいるのかということを。
キス云々の話は省いて、アルに相談出来たら一番早いんだけどな。
今まで……ずっと、僕たち二人だけの世界なら、恐いものなんて何もなかったのに。
行って良いのかな?と、フェルメールに目線を送れば案の定、直ぐに理解してくれたけど、何故か無言のまま犬を退けるようにシッシッと手で突き放されてしまった。
「……?」
全く、意味が分からない。というか、あれだけ僕にくっついておいて、今度は離れろという意味が理解出来ない。
……何を考えているんだか。




