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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第四章 色とりどりの世界
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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。


……もう何も言うまい。

 例えば、子猫が将来、虎になりたいと思ったとして、それが叶うことはないと気が付くのは一体いつなんだろう?






「うーん。やっぱり、何度見てもこの演習は不思議だなぁ」

 陛下が行う年内行事の一つに円舞会というものがある。今年は、もう終わってしまったけれど、円舞会は二日に分かれていて一日目は王宮での舞踏会で、二日目は闘技場での武道会となっている。

 円舞会に参加出来るのは主に学生たちで、毎年、隣国クルサードとの取り決めで短期の交換留学を行っているから、その留学生たちの労いの場としても設けられているのだ。

 まあ、名目はそんな感じで実際は貴族の若者たちの交流会なんだけど。

 何が言いたいかというと、その円舞会二日目の会場となっているのが、このリーレン騎士養成学校の円形闘技場で――今、僕たちがいるこの場所がそうだったりする。

 今年の円舞会では、僕は奇しくもヒューバート様の罠に落ちて気分がどん底の状態だったから、何だか妙に感慨深い。

 でも、それだけではなくて。

 この歴史ある建造物の真ん中で、手負いの所をアルに助けられたとある島国の王子様ナオナシオ殿下が、自分の進退をかけて戦った場所でもあった。

 ……あったはずなんだけどなぁ。

 僕もこればっかりは、不思議そうに三年の演習を観ている視察団の方々と同じ意見だと言わざるを得ない。

「うおーい、行くぞー!」

「へいへい、こっちこっち!」

「あっはっはっ!ばかやろー」

 などと、長閑な声がそこかしこから聞こえる。



 それも、異世界ではあり得ない野球用のボールの音を響かせながら。



 まさか、騎士を目指す課程学習に野球があるなんて思わなかった。

 いや、ある意味、これが乙女ゲームの世界だと言える一つの証拠なのかもしれないけれど。

 どうやら、体全体を動かす筋肉トレーニングと、敵から攻撃を受ける際の瞬発力を養うものとして、野球が採用されているらしい。

 どうせなら、前世の僕がしていた柔道も取り組んでくれたら良いのに。などと思って、闘技場の観客席から観ていると、間近で観たいというリクエストがあったようで移動する事となった。

 そりゃあ、野球なんてそもそもこの世界にあること自体が珍しいんだから、視察団の方も大いに興味があるに違いない。

 この演習に不思議だと感想を述べたネネ先生が、移動しながらもあ、でも、と言って髪を耳に掛けて振り返った。

「うちの国の信徒の皆さんも、有志で集まってやっている地域があったなー。今、思い出した」

「へぇ、そうなんですか?」

 まさか、聖ヴィルフ国でも野球が行われていようとは。

 驚く僕に、ネネ先生は笑って頷いた。

「こういうスポーツで、他国と交流させたら面白いんだろうなー」

「ふむ。我が国にはない運動だが、各国の若者同士の交流会として勝敗の場を設ければ、視野が広がって良いだろうな」

 階段を下りていく僕の後ろから、スローレン様がネネ先生に賛同する。

「そうですね。ただ、犯罪組織の温床にならないように注意しなくちゃいけませんけど」

 前世でも、野球に限らずどんなスポーツでも密かに金銭をかけての賭博やドーピングは行われていた訳で。初めは良くとも、まだ国同士の連携も取れていないようなこの世界では、どのように発展するかも分からない。

 もしかしたら、それが引き金で大戦が起こるとも限らないのだ。

 ……ただでさえ、隣国クルサードは領土問題や資源問題で戦を続けているのに。

 この状況すら、遺憾ともしがたいのにこれ以上の問題が増えてもね。

「……」

 前世の、あの頃の記憶を思い出して、懐かしい気持ちになった。

 グランヴァル学院へ妹の代わりで入ってからというもの、気が付けばトラブルに巻き込まれて濃厚な日々を過ごしてきたからか。最近では、前世と今生を比較する事も少なくなってきたような気がする。

 それって、どうなんだろう?

 僕の魂が、やっとこの世界に定着してきた証拠なのかな?



 この世界が大切になったって事なのかな?


 まだ、十四年しか生きてないけど、僕には大切な人がたくさん増えてきたからだろうか。



 ……なんて、ぼんやり感傷に浸ってる場合じゃないよ。

 ナオの異能じゃあるまいし、他人に自分の思考が漏れているはずはないのに何だか恥ずかしくて誤魔化すように笑みを浮かべて顔を上げた。

「なんて、知ったかぶりですよね。すいません……って、え?あの、何か?」

 もしかして、前世の記憶を引っ張り出したのはまずかった?

 少しびっくりしたような顔をして、お二人がこちらを見ているものだから、思わずたじろいでしまう。

「あのエーヴェリー卿のご子息だという事は理解していたが、まさかここまで優秀だとは」

「ゆ、優秀だなんて」

 いやいや!ごめんなさい、今のは前世の知識なんです!こう見えて、僕は余分に二十年の記憶があるので!

「先を読めるというのは重要だよ~。君、この学校に在籍してるって事は、将来は騎士になるつもりだったりするー?」

 あわあわしていると、いつの間にか大人二人に挟まれてしまった。……に、逃げられない。何なの、この状況。なんか、大きい犯罪やらかして、警官に包囲されている気分なんだけど。

 右を見れば、キラーンと太陽の光に反射するネネ先生の眼鏡と、その笑顔が実に眩しく。左を見れば、スローレン様の水色の瞳が心なし輝いている気がしてならない。

 ……楽しそうでなによりですけどね。ほんと。前世の知識で不正しただけに、僕の方は居たたまれません。

 どうしようかなぁと視線を彷徨わせてみるも、こういう時に限ってフェルメールは別の視察団の方々と話をしていて気付いてくれないし。あーもう。

「えっと、騎士というのは選択肢の一つでして」

 こうなったら、無難に答えていくしかない。

「うむ。エーヴェリー君は、どちらかというと、やはりお父上殿と同じく文官が向いているのではないだろうか」

「あー!僕も、今、おんなじ事思ってた!いや、けど、いっそここは見聞を深める為に聖ヴィルフ国に留学してみる気ない?」

「いいや。ここは、近隣諸国の中では俄然広大な土地を持つ我がセレスティア共和国に来るべきではないか?」

「何をおっしゃる~。それなら、尚更のこと、うちの国で全能の女神ヴィルティーナ様の築かれた歴史を学ぶべきでしょー」

「えっ、あ、いや、その」

 うぇ。ちょっと待って。何故か、凄くぐいぐい食いつかれてきてるんですけど。

 あんな何気ない一言で、こんなにも勧誘されるってどうなの?迂闊過ぎた?

 両サイドからの熱が恐い。留学なんて、考えた事なかったから返事に困る。

「えっと」

 そういうしている内に、いつの間にか闘技場の広場に着いていたので、三年生の先輩方のボールを投げ合う姿が間近になっていた。

「さあ、どっちにする?」

「いや、この際どっちじゃなくて、どちらから先に行くかという話をしよう」

 いやいや、それよりこの目の前でやり取りされてるキャッチボールを見ていただきたい。

「わお!さっすが、スローレン様!分かってらっしゃるぅ~」

 分かってない!分かってないよね、それ!?いつの間に、二ヶ国とも行く事になってるの!?そこに、僕の意思が明らかに入ってませんよ!

 ……なんで、こんな事に。

 あまりにも二人の先生方の勢いが凄すぎて、脱力する。もう、僕にはこの留学話(仮)の話を止める事は出来ないので、しばらく放っておくしかないだろう。

 咲いた話に盛り上がる大人二人に挟まれた状態で、虚脱感に苛まれていたこのタイミングが悪かったとしか言い様がない。「やべっ」という声にすら気が付かず、ハッとした時にはとある人物の手が目の前にあった。

「っ!!」

 瞬時に目の前に現れた人物に、二人の先生方も驚きに言葉が止まる。

「……ボール?」

「おお、間一髪!」

 目の前に立つその人の手に握られていたのは、紛れもなくボールで。助けられた事に感心を示す先生方より僕が驚いたのは、そのピンチを救ってくれた黒い衣服を身に纏う人物だった。

 まるで、僕を守るように立っている人物に視線を向ければ、やはり相手も振り返って僕を見ている。

 そう、いつものように――無気力に。

「……」

「……アーリラ様、ありがとうございます」

 見た目は、キラキラと輝く金髪碧眼の王子様のようなのに、やや長めの髪を通して面倒くさ気に僕をじっと見ながら仏頂面を続けている。

「……」

「……っ」

 そして、しばらく見つめ合った後、何事もなかったかのように去っていった。

うん、やっぱりね。そうだと思ったけど、せめて頷くなり怒るなりして欲しかったというのは僕の希望。

「大丈夫か?!」

 初日から全く変わらない態度に凹んでいたら、フェルメールが慌てて傍へと駆け寄ってきた。

「ええ、お騒がせしてすいません」

「私たちも不注意だった。以後、気をつける」

「そうそう!監督生君、ごめんよ~」

 ボールの事もあるけど、違う意味でもシュンとしてしまった僕があまりにも気落ちしているように見えたからか、二人の先生方も一緒になって謝ってくれた。

 ああ、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。

 あの人の冷たい瞳との温度差を感じて、心に染みる。さっきは、心の中でちょっと投げやりになってしまってすいません。でも、留学は考えてません。

「あ、いえ。怒るつもりはありませんので。……怪我がなくて良かった」

「エヴァン・アーリラ氏が間一髪で助けに入ったからな」

「あの人、意外と素早い動きだったよねぇ。確か、クルサード国の王宮で教師をしているって聞いたけど」

「……まさか」

 フェルメールが、そう呟くのも僕には理解出来た。

それが、先生方との話の流れとは全く別の意味合いであるという事を。

 オリーブ色の瞳だけを動かして、僕に視線を送るフェルメールに小さく頷けば、彼は形の良い眉を寄せて何かを模索するように視線を落とした。

 フェルメールがそうするのはよく分かる。

 何故なら、僕たちの共通認識では、クルサード国からの代表者エヴァン・アーリラ様が僕を助けるなんてあり得ない事が起きたのだから。

 今回の視察での目的は、聖ヴィルフ国のレベッカ・ネネとクルサード国のエヴァン・アーリラの動向を探る事。けれど、予想だにしない出来事が起きてしまった。



 それが、レベッカ・ネネに僕が気に入られてしまっているという状況。


 それと、何故かのっけからエヴァン・アーリラに敵視されており、逆にずっと監視されてしまっている、という事実だろう。



 そう。僕が初日からずっと気になっているという視線の正体は、エヴァン・アーリラのものだった。

 その視線は、初日から今に至るまでずっと纏わりついていて、フェルメールには初日の夜に相談をしたぐらいだ。そこで、フェルメールが二日目に様子を窺って見ていれば、確かにエヴァン・アーリラは僕を見ていて、どういう理由からなのかも全く捉えられないという事だった。

 ただ、エヴァン・アーリラは、先程ネネ先生が言っていたように、クルサードの王宮教師という事なので、当然ヒューバート様とも関わっているのはほぼ間違いないだろう。という事は、ヒューバート様の一件で僕を忌まわしく思っているに違いないと踏んでいたんだけども。

 ……気まぐれだとか?

 いや、憎まれこそすれ、こんな風に助けるなんて。

「おい、エーヴェリーは大丈夫だったのか?」

 ……って、今は物思いに耽っている場合じゃない。

「僕がぼんやりとしていたばかりに、申し訳ございません」

 エヴァン・アーリラの行動が不可解だっただけに、フェルメールも困惑の極みに達していたようで、統括長の声で直ぐに顔を上げて、その勢いのまま僕の髪をぐちゃぐちゃと乱しにかかった。

「ほんっとにな!」

「ちょっ、止めて下さいってば!」

 その後、ディートリッヒ先輩に連れられてボールを間違ってこちらに投げてしまった生徒も先生方に謝りその場は丸く収まった。

 ひとまず、今はこのまま様子を窺うしかないか。


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