3
いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
えっと、今日も間に合いました。
これでも、本気で不定期更新なんですよ!
前世では、胡蝶の夢という故事がある。自分が夢の中で蝶になってしまったのか、それとも蝶が自分になってしまったのか。それとは全く関係ないけど、エルの幼少期の夢をいまだに教えてもらえないのは僕だけなんだろうか。
「おい。ゲストを待たせておいて何を遊んでいる?」
その剣呑で冷たい声は、その場にいる僕やフェルメール以外の警備兵たちをも凍り付かせるほどの影響力があった。ごめん、警備兵さんたち、と心の内で謝るしかない。
まさか、今日の巡回でフェルメール以外にこの人が随行するとは思わなかったので、僕もかなり油断していたのも悪かった。
それというのも、この学校では生徒の自主性を重んじているため、視察団の案内役として統括長と呼ばれる、いわゆる生徒会長的な生徒と監督生であるフェルメール、それから準監督生の生徒の三名の他に、彼らを補佐として僕を含む三名の生徒が対応に当たっているのだ。
彼ら三人は、普段纏まって動く事はないけれど、有事の際は全生徒が結束を固めなければならないために、特別任務を担っている集まりという事で、『生徒会』に対抗して『特務会』と呼ばれているらしい。 うん。実は、僕もつい最近知りました。……こういう事は、早く教えて欲しかった。
他に、生徒だけでは手に負えない案件が出た場合の緊急処置として、一応教師もいるにはいるけど授業を受け持っているのでいないに等しい。というか、ヘルプで来た僕には、当初、よく分からなかったけど特務会の三人には安心して任せている感じだった。
そうして始まったリーレン騎士養成学校の視察も、本日で五日目を迎える。
初めの三日間は、歓迎や色んな対応に備えて、主に生徒六人で案内をしていたけど、四日目からはフェルメールが主体となって巡回する事になっていた。……はずだったんだけど。
多忙を極めている統括長がお出ましになるとは思わなかった。
彼のその声に固まってしまった僕の傍にいたフェルメールですら一瞬、眉間に皺が寄ったぐらいだもの。きっと、彼も内心驚いているに違いない。
「やはり、お前には監督生という言葉は不釣り合いのようだな」
「あっはっは。笑えねぇ冗談言うなよ」
「ふん。遊んでないで、早く仕事しろ」
「へいへい」
コルネリオ様には負けるけど、よく通るバリトンボイス。しかし、その華やかさとは裏腹に、決して優しくはなく真面目さを全面に押し出した言葉しか彼は吐かない。
夜会に出ればたくさんのご令嬢に声をかけられそうなぐらい容姿も整っているし、背丈も高くてどっしりと構えている。なので、騎士として将来有望な人ではあるけれど、性格に少し問題があったりするのだ。
いや、正確に言えば、昨日までの四日間を見ている限り、厳しい人だけど統括長を務めているだけあって、貴族だろうが庶民だろうが学内の生徒たち皆、平等に接しているのでそこは素晴らしいと思える人だ。だけど、どういう訳か、唯一、フェルメールにだけは冷たい態度を取っているのが気にかかってしまうのだ。
先程掛けられた言葉だって、フェルメールに対してだし。
初日でそれに気がついて、自室に戻ってからフェルメールに聞けば素っ気なく「その内分かんだろ」って言われてその時は首を傾げましたとも。ええ。
……まあ、確かに分かったんだけどさ。
フェルメールに対して今も不遜な態度を示している彼の名は、ディートリッヒ・ノルウェル公爵子息。
ノルウェル公爵家といえば、エーヴェリー公爵家にも負けず劣らずの名門の家柄でこちらは歴代に名を馳せる騎士を輩出する家系として有名だろう。そんなノルウェル公爵家のご長男の年齢は、フェルメールと同じく十七歳。
リーレン騎士養成学校は、この年が最高学年となっている。
名門公爵家の出自で全生徒の頂点に立つ統括長を務めているほどだから、当然彼は出世コースに乗っているとみて間違いなく、卒業と同時に年が近いオーガスト殿下の近衛兵になるのではないかとこの学校の生徒たちの間では専らの噂だった。
ただ、グランヴァル学院では、既にテオドール・ヴァレリーという第一騎士団の団長のご子息が殿下の傍に付き従っているので、どちらが有力候補かという疑問が出るんだけど。ヴァレリー様は、普段の軟派な言動や芝居がかった行動から鑑みて、どちらかというと頭脳派に近いんじゃないかなと思える。
ならば、なおさら統括長の方が殿下を守ってくれそうで、近衛兵にぴったりだと僕も思う。ただ、統括長はヴァレリー様ほど頭が柔らかい訳ではないから、殿下とは度々衝突しそうな気がする。だから、彼らの間を取りもつような緩衝材に誰か入れるべきだろう。
まあ、殿下が、いずれ王位を継ぐ際、誰をどのように起用するのか分からないから、本当に今のは僕の個人的意見を述べているだけなんだけど。
仏頂面のまま指示するディートリッヒ先輩にフェルメールは嘆息してから、貴賓室の扉をノックして開けた。部屋に入っていったフェルメールの後に、僕も続こうとして。
「エーヴェリー、ちょっと」
「はい?」
何故か、ディートリッヒ先輩に呼び止められた。
何だろうなぁと思いながら貴賓室からかなり離れた壁際まで連れてこられると、身長差の所為か、かなりの威圧感を醸し出されながらジッとやや険しい表情で見下ろされる。
「……」
うん、この際はっきり言うけど、この学校に来てから人によく絡まれている気がしてならない。なんで、こうも連続で最高学年の学生に気圧されなくちゃならないんだ。
まだ十四歳だから身長だって低いと思う。……ああ、成長期。いやいや、今はそれどころじゃなくて。まだ、百歩譲ってフェルメールや殿下に見下ろされる事には慣れてるよ。さすがにね。だけど、こう……なんだろう、この意味もなく逃げ出したくなる威圧感って、この先輩だけなんだよね。本能的に逃げ出したいというか。
そんな心情を押し隠しながらも、緑色に黄色が縁取られた珍しい色合いの瞳を負けじと見返せば、彼は僕の婚約者エルフローラの瞳に似た銅貨色の短い髪をさっと撫でつけた。
「な、何でしょう?」
「不都合はないか?」
ああ、なんだ。
この件ね、なんて感想が浮かぶ。
「特には」
「要望などあれば聞くが」
「いえ、ありません」
思い返せば、初日から同じ事を言われていた気がする。これじゃあ、オーガスト殿下と一緒じゃないかと思わなくもなかった。あれ?意外と、馬が合うかも?って僕関係で繋がってどうするんだ。
何度も言うけど、視察団の案内も今日で五日目。そう、よくよく思い出せば毎日一度は確認されてた事に気が付いて、その事実に驚いてしまった。毎日。そっか、毎日か。ははっ。……っく。
ただ、殿下と違うのはディートリッヒ先輩が、どうしてわざわざフェルメールの隙を突いて聞いてくるのかという事だけど。
それはつまり、フェルメールに不満があればそれを申告しろという意味に他ならない。
何せ、先輩にとって僕は彼の補佐を務めている訳だから、何かしらフェルメールの落ち度を知っていて然るべきなんだろう。だから、フェルメールをいたぶるのに何かないかとあら探しをしているんだろうけど……どれだけこの人はフェルメールを嫌ってるんだか。
嫌うにしても徹底過ぎて、逆に意地を張っているようにしか見えないんだけど。根が真面目過ぎるという事なんだろうか。
統括長には悪いけど、こうしてアルと入れ替わってフェルメールと一緒に生活をして特に不都合は感じてない。まあ、たまに過度な接触といえば響きが良いけど、簡単に言えばセクハラを受けるぐらいだし。押し倒されたり迫られたりする訳じゃないから不快にもならない。うん、同性に押し倒されるあの悲劇は二度と味わいたくはない。
「他に何かあるか?」
呼ばれたのは僕の方なんですけどね。
「えっ、何かと言われても……あ、今日は、グスタフ様はいらっしゃらないのですね」
「ああ、彼なら体術が苦手なようだから、その授業は受けるよう指示しておいた。授業を終えれば合流する事になっている」
「そ、そうですか」
僕がフェルメールを補佐しているように、当然ディートリッヒ先輩にも補佐が一人付いていて、いつもなら殺された親の敵のような目で睨んでくるその人物が居ない事に気がついた。
「何だ、気になるのか?」
「ま、まあ……、彼には嫌われているようですしね」
ディートリッヒ先輩の補佐を務めているのは、エアハルト・グスタフといって僕と同じく一年生でコルネリオ様の甥にあたる。
なので、エアハルト・グスタフも王族の末席にいるからこそ、僕からは同い歳でも敬称を付けているのだけど、ディートリッヒ先輩にとっては彼も一生徒に過ぎないらしい。
その姿勢は、本当に羨ましいぐらいに素晴らしい。……じゃなくて。話が逸れた。
今、ここに居ない彼はコルネリオ様の事をとても敬愛しており、だからこそ幼い頃から自分より可愛がってもらっている僕たちエーヴェリー兄妹を目の敵にしているのだ。
入学当初よりずっと一方的に突っかかられてきたアルは「あー。あいつはねぇ、僕がテストで百点を取っても貶してくるし赤点を取っても貶してくるんだよ。ただのかまってちゃんだから。適当にあしらうのが一番だよ」とまで言っていた気がする。とにかく、『イエリオス・エーヴェリー』のやる事なす事全てが彼の気に障るらしい。
だからこそ、当然彼は今回の件でもイエリオス・エーヴェリーに敵対心を燃やして、ディートリッヒ先輩に直談判をした、というのは本人談なんだけど。
でも、その後がいただけなかった。
「ありがたいと思え。貴殿のような腑抜けに、このような大役が務まるかどうかこの私が直々に監視してやろう!」と、事前のミーティングで集まった際に言われてしまった。ただ、直ぐに後ろから先輩にげんこつをもらっていたけども。子供じみてるというか、単純というべきか。
それからというもの、案の定何かある度に突っかかってくるので、どう対処しようか毎回考えあぐねている状態だった。アルミネラは、こういった事に関しては結構線引きがうまいんだけどなぁ。
「目に余るほどなら、別の生徒に補佐を頼むが」
「いえ、そこまでは」
というか、グランヴァル学院に入学した当初、逆に思いきりお前が嫌いだ!という態度の人が身近にいたから、我慢出来ないって事もない。いや、あの方は昔から僕とアルに対する態度がはっきりし過ぎていて免疫がついていたからか。ああ、そういえば殿下も王族だったなぁなんていうのはさすがに不敬かな。
でも、何故だろう?王族と相性が悪いとか?いや、でも他の王族の方……コルネリオ様とは良好な関係を築けていると思うんだけど。……ちょっとパワーバランスがおかしいだけで。あっ、でもそれなら、殿下とグスタフ様が異様に執着してくるという部分は同じかも!いやいや、その時点でおかしいでしょ。
……。うん、駄目だ。これ以上、変に考え込むのはよそう。
邪念を払うように首を軽く振って、再びディートリッヒ先輩を見上げる。
「お話は、以上ですか?」
そろそろ、フェルメールが視察団の面々を連れて出てくるだろう。僕たちもそちらの対処に移行しなければいけない。
「……あ、ああ。いや、実は後一つだけあって、お前の妹君の事なんだが」
「えっと、アルミネラの事ですか?」
「そ、そういう名前だったかな」
ちょっと、待って。さっきまでの勢いはどこへ消えたんですか?
おかしですよね、今まで普通にはっきりした物言いをしていた癖に、急に僕の妹の名前を出すだけで動揺してるとか。
……はっ!ま、まさか、統括長だけあって、僕たちが入れ替わった事にもう気が付いてしまったとか?
そんな事あり得ない、なんて簡単に言えたら良いけど。現に、グランヴァル学院で僕たちの入れ替わりに気がついた人がどれだけいた事か。
……もしかして、これは非常にまずい状況だったりしないかな。
しかし、ゴクリと生唾を飲んで、言葉の続きを待っていた僕の焦燥感は無残にもその場で潰えた。
「実は」
「あれぇ、お二人さん。そこでコソコソと何をしているの~?」
貴賓室の扉が開いて、そこからひょいと顔をのぞかせたのは視察団の一人の先生。
「あ、えっと、打ち合わせです」
「すいません」
いきなり、そんな風に聞かれるとは思わなかったので咄嗟に取り繕ってみたものの。相手は、体の動きに合わせてさらりとなびく髪を耳にかけて、薄らと色のついた眼鏡越しに見える瞳を細めて笑みを浮かべる。
「ふーん」
意地の悪そうな笑みを浮かべるフェルメールとは全く違って、常にニコニコと愛想の良い笑顔で、その柔和そうな外見や体操の選手に向いているのではないか思えるぐらいに機敏な動きを見せるその青年の名は、レベッカ・ネネという。
父上が危惧していた今回の学校視察に約五十年ぶりに参加を表明した聖ヴィルフ国の若き教師で、年齢は二十八歳だったかな。
話しやすい人ではあるけれど、何が起きても全く笑みが絶えないので腹の内が読めなくて困る。何を考えているのか分からないので、この学校に詳しくない僕はあまり近寄りたくはないんだけども。
「さっきー、スローレン様にして差し上げていた肩もみ、ボクもして欲しいなぁって思ってたんだけど」
こんな風に、何故か、あちらから近づいてくるのだからどうしようもない。
「えっ、あ、えーっと」
まさか、マッサージのリクエストがもう一度くるとは思ってなかった。というか、あれだけ異様な空気を作っていたのに勇気あるなぁ。
あー、でも、どうしよう。さっき、フェルメールにはこれ以上の肉体的奉仕はNGだって言われちゃったんだけど。どうやって断るべきか。
うーん、と悩んでいる僕を見て、何となく状況を読んでくれたのかディートリッヒ先輩が助け船を出してくれた。
「エーヴェリーは他にも雑務を言いつけておりますので、後で、私の補佐をしているグスタフにお任せください」
わぁ!ありがたい!ありがたいけど、……あの人にマッサージさせるの、かなりの無茶ぶりもいいとこですよ!?何せ、王族ですし。やってもらった事はあるだろうけど、多分自分からした事ないんじゃないかな。
さすがディートリッヒ先輩という事か。いや、それともこの人意外と天然キャラかもしれない。
そんな事を考えていると、ネネ先生はあからさまにつまらないといった顔をして、柔らかそうな髪を揺らしながらふるふると首を振った。
「それならいいよー」
「左様ですか。至らない補佐で申し訳ありません」
「ああ、ううん。グスタフ君が悪いんじゃないから。スローレン先生が、かなりエロ……じゃなくて、気持ちよさそうにしていたから。ちょっとした出来心なんだよねー」
今、この人明らかにエロって言ったよね?確か、調査資料には聖ヴィルフ国の高等科の教師であると同時に、国教でもあるヴィルフレオ教の宣教師って書いてあったんだけど。
……ネネ先生だけが緩いのか、それとも意外にヴィルフレオ教全体が緩いのか。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。と、ちょうど部屋から出てきたまさしく今話題の人物と目が合った。
「エーヴェリー君、先ほどはありがとう。おかげで、楽になった」
「いえ」
今回の視察で、どういう訳か僕を気に入ってくれている人物というと、レベッカ・ネネ先生の他にもう一人いる。
それが、この女性ウェンディ・スローレン様だ。
彼女は、フェルメールから学校視察が入るという情報を得た時に団体を率いる今回のリーダーだと聞いていた人物でもある。けど、それ以外にも僕だって現宰相の息子であるのだから、他国の要人についてはそれなりに情報を収集しているので彼女の事も一通り知っている。
ウェンディ・スローレン様はミュールズ国とクルサード国の真下に位置する広大な土地を持つセレスティア共和国の評議会議員の一人だ。
しかも、共和国といってもまだまだ女性の活躍が少ない国での初の女性評議会議員であるらしい。それだけでも注目を浴びるのに充分だけど、彼女が推した事案はどれも国民にとって良い結果が得られており、そのため他の議員たちからも一目置かれているのだとか。
当然、それを気にくわない議員もいるらしいけど、彼女はそれをものともしていないらしい。
正に、国内でも国外からも大注目を浴びて絶賛うなぎ登り中のスローレン様だけど、中身だけでなく容姿もかなり美人の部類に入るのだ。
前世でいうモデル並みのプロポーション。身長だって、フェルメールと同じぐらいなのでそこそこ高い方だろう。氷のように冷たそうな水色の瞳はややつり目になっていて、無表情だと怒っているかのように見えるけども、笑顔を浮かべるとギャップがあって魅力が上がると評判だった。
それと、彼女の最大の特徴と言えば、この世界では珍しい腰まで伸びたさらりと流れる長い鉄色の髪だろう。
初めてお会いした時は、本気で驚いた。だって、僕がセラフィナさんにこの世界が乙女ゲームの世界だと言われるまでこの世界に違和感がなかったのは、今まで会った人々の髪は前世でよく見た色合いばかりだったからだ。だからこそ、それまで中世ヨーロッパ的なファンタジーの世界に生まれ変わったんだなぁぐらいに思っていただけだったのに。
「ん?何だ?」
おっと。ついつい、スローレン様に注目してしまった。
ちなみに、どうして先生と呼ばないのかといえば、本人が教員ではないからその資格はないと断固拒否されたからなんだけど。やはり、己の信念を曲げない人であるという情報は正しかった。というのは置いといて、えっと。
「か、髪が、その、お綺麗だなって」
……何かを誤魔化してますよって丸出しの言葉しか出てこない時点でアウトでしょ。
サーッと血の気が引いて、次に何を言うべきか考えるよりも先にスローレン様が嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。珍しいだろう?両親は黒髪と金髪なんだが、どうやら先祖に似たような髪色の人物がいたらしい。所謂、先祖返りというものだな」
「鉄色というのは、我が国にも数名ほど居ますよー。セレスティア共和国のウェンディ・スローレン様といったら、彼らにとっては正にヒーローみたいな認識みたいでね。ボクが、今回お会いしたって言ったら、きっと皆うらやましがるんだろうな~」
「それは、嬉しいな」
話にネネ先生も乗ってきてくれたおかげで、何とかその場が収まってホッとする。そうこうしている間に、他の視察団の面々も集まったようなので移動する事になった。
「大丈夫か?」
移動しながら、フェルメールが団体の後ろを歩く僕の横に並ぶと声を掛けてきたので顔を上げる。
心配げなオリーブ色の瞳と目が合って、大丈夫という意味を込めて笑いかけた。
「ええ、だいぶ慣れてきました。……ただ、やっぱりちょっと視線が気になりますけど」
「周りの?それとも、例のか」
「どちらも、です」
――というのも。
やっぱり、アルミネラはどこへ行ってもアルミネラのままだったという事実を今回、再度認識させられたのだ。
つまりは、このリーレン騎士養成学校に入ったのは僕だけど、それは名前だけだったということだ。……まあ、あのアルが僕の真似なんて出来るはずないのは、分かっていたけどさ。分かっていたけど、せめて僕みたいに努力して欲しかったなぁなんて。それって、贅沢な望みだったのかなぁって思った僕は悪くないと信じたい。
だって、アルと入れ替わって視察団の方々に付き添いながら、大人しく巡回している僕を見た生徒たちの反応があまりにも酷すぎた。大抵は、前世でいう所の鳩が豆鉄砲を食ったように口をぽかんとしているぐらいなんだけど。
たまに、アルに何かされたのだろうなと想像に難くない人もいたのだ。
例えば、僕を見つけた途端に対峙していた相手を円盤投げの要領で遠くへ投げるなんていう動揺をしながら、蒼白な顔に笑みを貼り付けた先輩と目が合った時だとか。トイレで僕が入った途端、目を見開いて顔を真っ赤にさせたかと思ったら急に股間を押さえて走り去る同期を見送った時だとか。
えっと、アルは一体全体、この学校で普段どうしているの?と、今度会ったら是非とも聞いてみたくなるほどに。……お兄ちゃんは心配だよ。
思わず頭に手をやって、ついでに眉間に走った皺を直す。そんな僕にフェルメールも同情したのか、僕の頭に手を乗せた。
「周りの態度に関しちゃ、我慢するしかねぇな」
「……ですよね」
この短期間では、どうする事も出来ないし。いや、むしろ彼らにとって普段目にしているイエリオス・エーヴェリーこそが本物なんだから、僕がどう足掻こうと今更でしかない。
「問題は、あれか」
「ええ、まあ」
と、そこで敢えて言葉を濁す。ここでは誰が聞き耳を立てているのか分からないので、下手に話せる内容ではないのだ。
「俺の方でも、一応気にしておく」
「よろしくお願いします」
若干へこみながら頭を下げると、ずっと頭の上に置かれていた手で無造作にわしゃわしゃと髪をもみくちゃにされてしまった。
「わっ!?ちょっと何です?」
「んー?いや、やっと俺にも頼ってくれるようになったんだなって」
「……そ、それは……だって。僕一人じゃ、手に負えませんし」
今まで、僕は大抵一人で問題を抱えてきていたけど。ヒューバート様の件で、あれだけ皆に盛大に怒られたのだから僕だってそりゃあ反省していますとも!
「はははっ!」
「わあっ!もう!ほんと、髪を乱すの止めてください!」
この人、今、絶対に面白がってるでしょ。
嬉しそうに笑うフェルメールに、若干恥ずかしさを覚えながら距離を取ろうと離れた途端、人にぶつかってしまった。
「あっ、すいませ」
「やあ。エーヴェリー君、せっかくの綺麗な髪がぐちゃぐちゃになっていますよ?」
その声に、あっと思って振り返れば、ふふっ、と宝石のような緑色の瞳を細めて気品のある笑みを浮かべながら、その上級生は僕の髪を軽く梳いた。
「リーンハルト先輩、ありがとうございます」
「いいえ。フェルも、いくら後輩が可愛いからってそんなにじゃれつかない」
見るからに優しげな雰囲気を醸し出してフェルメールに対して駄目出しをしたのは、リーンハルト・ノルウェルという、今回の視察団でフェルメールと共に彼らをエスコートする準監督生の地位に立つ先輩だった。
「……んだよ、お前も結局来たのかよ」
フェルメールが呆れながらそんな風に呟いたので、リーンハルト先輩が首を傾げる。
「え?それって」
「リーン!」
そこへ、嬉しそうな呼び声がかかり、近付いてきたのはディートリッヒ先輩だった。
彼らの名字が同じノルウェルなのは、言わずもがな彼らが兄弟だという証である。しかも、僕たちと同じ双子だけど、違うのは一卵性ではなく二卵性だという。
だから、顔つきも微妙に違うし体格もどちらかというと兄のディートリッヒ先輩の方が大きい。細身のリーンハルト先輩も、僕にとっては充分大きい人だけども。
リーンハルト先輩が、無造作に緩く束ねた銅貨色の長い髪を背中に流しながら、兄であるディートリッヒ先輩の目を見据えて微笑んだ。
「ディー、貴方も参加していたんですね」
「まあ、な」
リーンハルト先輩に問われただけだろうに、どこか分が悪そうにディートリッヒ先輩が顔を引き攣らせる。いつも統括長として堂々としている先輩をこんな顔にさせる事が出来るのは、リーンハルト先輩ぐらいだろう。
「……まあ、詮無きことですが。今向かっているのは、三年の演習ですよね。私も、今回のメンバーの一人なのですから最後まで参加するつもりです」
「そ、そうか」
誰から見ても、それは普通に兄弟同士で会話をしているだけに見えるのに、そこに漂う空気はどこか冷たい。ぎこちない笑みを浮かべながらも、ディートリッヒ先輩はリーンハルト先輩の顔をしばらく見てから、先頭の方へと戻っていった。
……全く。
その違和感に気付いているのは、僕とフェルメールぐらいだからまだどうにかなっているけど、この先どうなることやら。
小さくため息をはき出してフェルメールを見上げれば、僕の視線に気が付いているだろうに、彼は去って行ったディートリッヒ先輩の背中をしばらく見つめた後、面倒くさそうに息を吐き出した。
まあ、こっちも大概か。
何にせよ、誰がどういう思惑で動いているのか。
今回は、それを気にしなければならないという事は確かなようだ。




