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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
いつもの更新時間に間に合ったので。
前世の弟と今生の妹を比較してみて、どちらが可愛いかと問われたら間違いなく妹だと言える。ただ、二人とも、幼少期の夢が名称は違えど巨大な生き物だったので、そこは兄として不徳の致すところです。
あれは、ちょうどお昼休み中の事で、僕は我が愛しの婚約者エルフローラと、それからオーガスト殿下やセラフィナさんとイケメン集団といういつもと同じ日常を繰り返している時だった。
何やら食堂がざわつくなぁと思いながらもおしゃべりに興じていると、不意に後ろから声をかけられた。
「歓談中、申し訳ないのだがこの子を連れて行ってもよろしいかな?」
えっ?と思ったのも束の間。
まさか、こんな学生が溢れんばかりに集まっている学生食堂で、父の声が聞けるとは思ってもいなかった。あの時は、顔には出さなかったけど、身体中の血管が脈打ちそうなぐらいに心臓が跳ね上がったのは言うまでもない。というか、あの人は毎回、故意に僕を驚かせて内心楽しんでいるのではないだろうか?以前、入れ替わっている事を知らされた時も驚かされたし。淡々としているけど、決して表情がない訳じゃない。
見た目は、四十代にしてはややくたびれた感のある渋味のあるおじさん、という感じだけど。面食いの母上が一目惚れをしただけあって、かなり容姿も整っていると思う。
一国の宰相として服装もきちんとしており、僕とアルが受け継いだ白金色の髪を流れるように後頭部へとワックスで撫でつけられていて、父の生真面目さが窺い知れる。
そして、僕は深みがかった蒼色の目だけど、妹と同じく淡い色合いの青い瞳は嘘を見抜けるぐらい鋭く、そして威厳に満ちていた。
憧れるだけで怒られそうというよく分からない根拠で、陰でこっそりと人気のある父上の登場とあって、食堂中がざわついたのが頷ける。
僕の背後に立つ父に注目が集まり、慌てて一同が席を立った。その中で、唯一、宰相よりも地位の高い殿下は座ったままの体勢を崩すことはない。それでも、父の登場に殿下もかなり驚いたようで、如何にこの場に父が存在している事があり得ないのかという意味が理解出来る。
「エーヴェリー卿か、どうした?急に何用だ?」
「オーガスト殿下、突然の来訪申し訳なく。言うなれば、私事に過ぎませんが私の時間があまり取れず、仕方なくこの場にお邪魔致しました」
簡単にいうなら、家の事情だからこれ以上は詮索するなよという事なんだけど……相変わらず、この人は王族に対しても態度を変える人じゃないな。その度胸が凄いと言うべきか、それともさすがは宰相というべきか。
ただ、こっちはそういう事に慣れてないから、毎回ヒヤヒヤしてるんだけど。分からないだろうなぁ、僕の気持ちは。
しかし、そこで殿下も嫌な顔一つせず、至って普通に頷くのだから僕よりも父上の事をきちんと理解されているようで助かる。何せ、殿下がお生まれになる以前から、現国王陛下が父を宰相にするべく目を付けら……えっと、懇意にしていたようだから、殿下とも付き合いは長いのだ。
父は、己の昔話を全く話してくれない人だけど、母上や陛下が嬉々として話してくれるので如何にして父が宰相になったのかという話なども知っている。昔からこの人は苦労してたんだなぁと思うしかなかったけど。
そういう間柄でもあって、僕たち家族と一国のロイヤルファミリーが地位など関係なく、年に何度かお茶会をしているぐらいは親しかったりするのだ。秘密だけど。
だが、それをおくびに出さず殿下は会話を続けた。
「ならば、早く行くと良い」
「はい」
やはり、というか当然、その言葉に対する謝辞もない。
内心では、ドキドキしながら立ち上がって、父の後を追う為に急いで空になったお弁当箱の入った袋を手に取った。――その時。
「あー……おい、アルミネラ」
と、いきなり殿下が話しかけてきたので、ここで若干面倒くさそうに視線をそちらへと向ける。
「なあに?」
近頃、ようやくアルの真似が板についてきたんじゃない?と、自分に対して心の内で称賛の声を送る。 こういう自画自賛は、毎日の積み重ねがすごく大事。ただ、僕だったら相手が王族というだけで緊張して固まっちゃうけど。
「あまり、一人にならないように」
ああ、それね。
何を言われるのか身構えていたものの、殿下のお言葉にアルならこうするだろうなという予想から、つまらないといった表情を浮かべてからため息をはき出した。
「また、それ?もう、これで何度目かわかってる?最近、一日に数回は聞いてるんだけど」
「それは、お前の危機管理能力というものがだな!」
「あー、もう!うるさい!分かってるよ!じゃあね」
まさか、目の前に立派な保護者がいるのに、注意を受けるとは思わなかった。
そりゃあ、今まで一人になった途端、散々危ない目に遭ってきたのは否めないけどさ。僕だって、好きで危険に飛び込んでいるわけじゃない。全く、子供じゃないんだから。
……はあ。この間、セラフィナさんにも「オーガストが『アルミネラを守りたいと思う俺を許してくれ』とか言ってきたんですよ!これって、私に対するライバル宣言と捉えて良いんですよね?」なんて言われたけども。あの時のセラフィナさんの顔が、また淀みない笑顔で恐かった……いや、それは置いといて。
殿下にとって、アルミネラとは常に忌々しい存在だったはずで。少しぐらい僕が入れ替わっている間に改善出来たらなぁと思ってたぐらいだったのに……どうしたものか。
何となく、やっと懐きだした犬や猫に向けた執着心というか、ちょっと過保護になってきているだけのような気がしないでもない。
殿下には悪いけど、今度、ばっさりと突き放してみるべきか。
……なんて、現実逃避に走るのは仕方ないと思うのだ。
だって、父上の前で、何が悲しくてこんな演技を見せなくちゃいけないの?もう、ほんと恥ずかしくて堪らない。これが、母上だったら、二人きりになってからかわれる前に逃亡している事だろう。
アルが殿下と反りが合わないのは、父上もご存知の事だから気にしなくていいだろうけど。僕がアルミネラになり代わって殿下を邪険にしているというこの状況を、一体どんな思いで見られているか。
……僕にとっては想像すら恐ろしいので、自分からは絶対に聞きたくはない。
父上について行った先は、職員室の並びにある会議室の一室だった。
そんな簡素な部屋に、ベルガモットの香りを含んだ湯気が彩りを添えてくれている。
どういう訳か、父上が学院に来たという情報を掴んでいたらしい僕の専属の侍女のサラが給仕をしてくれたのだ。いつの間に作ったのか、お茶請けまで用意されていた事にはびっくりさせられましたとも。
多分、エーヴェリー家に仕えている人たちの情報網があるんだろうけど、有能すぎていつも心配してしまう。僕が授業を受けている間も、毎日掃除だとか洗濯だとか色んな仕事をしてくれているから、休憩できる時はゆっくりと休んで欲しいと思う。
ただ、今日は多忙な父がわざわざ僕の所までいらっしゃったからにはそれなりの理由があるのだろうから、サラの行動はとても嬉しい。ありがとう、と彼女に視線を向けて目だけで感謝を伝える。
「……」
うん、多分だけど何となく彼女の背景が明るくなった。無表情過ぎて感情が読めない子だけど、ここまでわかり合えて嬉しい。
「それで、今回はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」
閉ざされた空間の中で、充分にお茶で喉を潤したから問いかけた。というか、ただ単にこの沈黙に耐えられなかっただけなんだけども。
「一週間後に予定している各国の学校視察団の件は、どこまで把握している?」
「確か、リーレン騎士養成学校を視察されるとか。どのような方が来られるのかは存じあげておりませんが、その中にセレスティア共和国の評議会議員のウェンディ・スローレン様がいらっしゃるという事はお伺い致しました」
これは、この間いつものようにアルと一緒に僕の部屋に来ていたフェルメールがそのように言っていたのをそのまま転用させてもらった。彼は、見た目が軽薄そうでニヤニヤといたずら小僧のような表情を浮かべているのが常だけど、意外にも監督生という称号を得ている優秀な人材だったりするのだ。
けれども、彼はただの監督生じゃない。
実は、リーレン騎士養成学校の学校長を務めているコルネリオ・フェル=セルゲイト様が持つ暗躍部隊での一員でもあった。
だから、そういう意味では、普通の生徒では滅多に入ってこない情報も、コルネリオ様から聞いて僕たちに流してくれているんだけど。フェルメールは、別に僕たちに情報を漏らしているわけではない。ただ、コルネリオ様からアルミネラの警護とお目付役を任されているから、僕たちに関わりがありそうな情報を教えてくれているというだけの話だ。
だから、ここで推測するに。父上の今の言い方だと、コルネリオ様経由で僕たちにある程度の情報は流れている事は既に把握されているという事だろう。
さすがは一国の宰相。というか、まだ年若い息子に対して、己の部下たちと同じように扱うのは止めて頂けないものか。せめて、難易度を落とすとか。一を問われて十を読むのは、至難の業なんだけど。
父がそういう人だから、普段から鍛えられているのもあって少しは慣れているけど、それでも前世の記憶がなければ辛い時もある。前世での記憶二十年間がなければ、僕もアルミネラと同じように回りくどいのは止めて直球で話してほしいと頼んでいただろうな。あ、でも、内気な性格は変わってなさそう。……結局、僕は僕のままか。
なんて、へこんでいる場合じゃなかった。
「進めて良いか?」
「あっ、は、はい。すいません」
「構わない」
あれ?もしかして、僕って顔に出てる?アルほど、表情が豊かではないと思ってたんだけど……そういえば、結構色んな人に指摘されているような?
むう、気をつけなければ。というか、やっぱり父上には敵わないな。いや、敵いっこないのか。だから、文官になるのも向いてないなぁって思っちゃうんだけど。
「今回の視察だが、実はいつも不参加だった二国が参加を表明してきたのだ」
「どちらでしょう?」
さすがに、つい最近こういう外交がある事を知ったばかりなので、過去の参加国など予習しているはずもない。だから、僕はそのまま素直に首を傾げた。
「今までそういった事に全く参加していなかった隣国クルサード。そして、約五十年もの間、鎖国に近い状況だった聖ヴィルフ国だ」
「……それは、確かに不穏ですね」
クルサード国といえば、僕の中では王族のヒューバート様が最初に思い浮かんでしまうのはあの方が強烈過ぎた所為だろう。
そもそも、かの国は軍事国家で戦争を起こすのが大好きだよねーと言っても過言ではないほど、毎年どこかの国と争っていると聞く。幸い、隣国であるこのミュールズ国とは約百年程前に和平条約を結んでいるから、攻めてくることがないけれど。さて。
……うーん。ミュールズ国とは戦わなくても、外交先で火種を見つけたいのなら今回の学校視察はまさにうってつけという事なんだろうな。嫌なとらえ方をすれば。
そこへ、宗教国家である聖ヴィルフ国も参加するとなると、ますます厄介な事この上ない。
聖ヴィルフ国は、クルサードの下にある小さな国だけど宗教を重んじていて、全国民が一つの宗教の信徒だ。その宗教とは、全能の女神ヴィルティーナを信仰するヴィルフレオ教で、戦好きのクルサード国が侵攻出来ないのも、自国の国民の約四割がそのヴィルフレオ教の信者だから下手に手出しをしては反発されかねないからだと言われている。
その二国が同時に参加を表明してきたというのは、確かにきな臭さを感じるのは仕方ない。
父はサラの淹れたお茶に口をつけて、僕がその意味合いを咀嚼したのだと見定めてから、アルミネラと似たその淡い蒼色の瞳で僕をじっと見据えた。
……はっきり言って恐い。
静かなこの空気に、もしかしたらこの高まっていく心臓の音がその内響きだすのではないかというほど、僕はとても緊張していた。
「そう気構えるな」
「……は、はい」
そんな事言われても。
「最初に言っておこう。お前には、断る権利がある、と」
「え、っと?」
意味が分からず、首を捻るしか出来ない。そんな僕を見つめたまま、父はおもむろに口を開いた。
「アルミネラとの入れ替わりを正す気はないか?」
「……え?」
まさか、また同じ問いかけを受けるとは思わなかった。でも、まあ確かにオリヴィアの編入さえなければ、もしかしたら僕とアルは入れ替わりを解消していたかもしれないけど。
ただ、今の言い方だと僕には拒否権があるって事だ。
そもそも、前世でも今生でも僕の両親は、僕たちのやりたい事を好きなようにさせてくれているから別におかしい事を言われた訳ではないんだけど。
わざわざ、それを口にする辺りに疑問が。
意味が分からず困惑する僕に、父が口角を上げて僅かに笑う。
「……」
うわぁ、珍しいものを見ちゃった。
「視察団がリーレン騎士養成学校の視察を終えるまで、という期間限定だが」
「そっ、そうなんですね」
何だ、そうなんだ。って、今の話、絶対に故意ですよね?僕が引っかかってちょっと面白がってましたよね?とは絶対に言えない。言えないけど、思わず眉間に皺が寄ったまま笑顔になってしまった。……やっぱり、息子をおちょくってる節が否めない。さすが、あの母が一目惚れした相手だよ。
「アルミネラだと、やはりご心配ですか?」
「初めから関わらないのであればな。今回は、二国の参加表明への懸念と、視察団の対応をする学生にお前の同室者である監督生フェルメール・コーナーの名前があった。他に二人ほど生徒が関わるが、それぞれ一名ずつ補佐役を付けても良い事になっている」
「ああ、なるほど」
そこまで言われたら、察しが悪い僕でもようやく見えてくる。
視察団の対応にフェルメールが関わるとなれば、必然とアルが補佐をやりたがるのは目に見えて明らかだ。そうなると、二国の監視とアルの暴走を止めるのは、いくらなんでもフェルメールには大きな負担になるだろう。
それに、アルが宰相の息子イエリオスだと名乗っていて、実は宰相の娘でしたとバレてしまった時のリスクも大きい。それこそ、各国に美味しい手土産を渡すようなものだ。
そうなれば、エーヴェリー公爵家の威信問題、いやひいてはこのミュールズ国を揺るがす大問題にまで発展しかねない大惨事となってしまう恐れがある。
確かに、それは恐ろしいな。
「分かりました。私でお役に立てるなら、この件はお引き受け致します。ですが、アルミネラは了承したのでしょうか?」
何たって、アルはこういうお祭り行事が好きな子だから。さぞ、楽しみにしている事だろう。
僕の頭の中で、妹が嬉しそうな顔してはしゃいでるけど……え?ちょっと待って?メイドのコスチュームはいただけないよ。お兄ちゃん、それされたら世間にそういう目で見られて本気で困るからね?
僕でも容易に想像がつくのだから、父上にとっては明白だろう。いや、この特殊な想像はきっと僕だけだろうけど。
「アルミネラの説得は、コルネリオ君に任せている」
わぁ。丸投げしたな、父上。
「あの方だったら、確かにアルミネラも言う事を聞く可能性も高いですね」
軽く嘆息してしまうのは、仕方ない。
サラが淹れてくれたお茶を飲みながら、コルネリオ様なら嬉々としてアルミネラの説得に当たっているだろうなと推測出来る。
なにせ、コルネリオ様はアルミネラに執心されているのだから。
コルネリオ・フェル=セルゲイト様は、王弟マティアス・フェル=セルゲイト様のご子息で、先にも述べたようにリーレン騎士養成学校の学校長をされている。
年齢は二十九歳でありながら、未だ独身。しかし、眉目秀麗でイケメン度合いが他の追随を許さないぐらい振り切れているといえば分かりやすいだろうか。おまけに、色気を帯びたお声も、前世でいうイケボとやらでそこらの貴族の子女が下手にコルネリオ様に言い寄ろうものなら、そのお声だけで腰砕けになるという。
しかも、コルネリオ様は文武両道というお言葉がまさにふさわしく、剣の腕前は各騎士団の団長クラスと言われているし、文官としても大変優秀との事だ。
宰相である父の部下という立場から、僕たち双子も生まれた時からコルネリオ様とは親しくさせていただいているけれど。成長するにつれ、コルネリオ様が僕の愛しい妹アルミネラの事を憎からず想っているのだと分かるようになってしまった。
というか、ちょっとずつ外堀も埋められていっているし。今は、アルミネラはオーガスト殿下の婚約者であるけれど、僕の中ではいつかコルネリオ様はそれを覆してしまいそうな気がして止まない。
アルにもその気があるのなら、兄としてそれを応援してあげられるんだけど。うーん……、どうなのかなぁ。あの子にとっては、憧れの存在としか見えてないような気もするし。
とりあえず、今はこの現状を静観している状態だけど。って、また思考が逸れた。
「視察団が来るのは、一週間後の予定だ。その二日後に、陛下主催の歓迎パーティが二日間催される。リーレン騎士養成学校の視察は、その三日後となる」
「分かりました。ちょうど、二週間後ですね」
「入れ替わるタイミングもあるが、それよりも早めに替わってフェルメール・コーナーから色々と教わるように」
ああ、そっか。校内の事とか、人間関係だとかあまりよく知らないし。以前、アルと入れ替わった時は、アルの交友関係だけ教わっただけだったもんなぁ。確か、フェルメール以外にも対応する生徒がいるって話だから、そこもちゃんと聞いておかないといけないんだ。
「分かりました。あ、それと視察はどのぐらいの期間でしょうか」
「ここ数年を平均すると、約二週間といった所か」
二週間か。それなら、なんとかいけそうな気がする。
「分かりました」
そう言って、僕は父に頷いたのである。
あれから、僕の方は心積もりが出来ていたけど。やっぱり、アルミネラはただでは受け入れてくれなかった。コルネリオ様があの手この手を使って色々と試みてみたようだけれど。あの人一倍好奇心が旺盛なアルが、簡単に納得してくれるはずがなかったようだ。
しかし、時にして人は運命のいたずらに試練を与えられる訳で。
彼女にとっては、正にタイミングが悪いとしか言い様がないだろう。年頃の少女であるアルミネラは、この世界では『女神の祝福』という名で呼ばれている現象を迎えてしまったのだ。
――少女から女性に体が変化する事象。
まあ、前世で耳にした言葉を簡単に言ってしまえば初潮なんだけど。って、僕の名誉の為に付け加えておくけど、身内じゃなかったら、そういった事はあまり知らない女の子の事情なわけで。前世でだって、幼馴染みですらそういう事柄に関しては全く謎だった。
まあ、約一年もの間、女装して生活をしているのだから、聞きたくなくても自然とそういった話は流れてくるのだ。というのも、オリヴィアの編入以来、いや、僕が記憶を失っている間にクラスメイトの女生徒たちとの距離が縮まったからなんだけども。……あの空白の一週間、一体僕は何をしたんだろうなぁなんて遠い目になってしまうのは仕方ない。でも、エルには恐くて未だ訊けていない。それは、置いといて。
そろそろ入れ替わっておかないとかなり拙いでしょというぐらい期日ギリギリまで粘られてそうなってしまったものだから、アルはかなり悔しがったらしい。そこは、コルネリオ様が甘言でもって慰めたようだ。コルネリオ様の本気度が恐い。というか、そこまでされてアルも何故、あの人の好意に気付かないのか。
女神の祝福といっても一週間程度で終わるというのは、前世での保健体育で学んだものと同じだけど、いかんせん視察団を迎える一日前だった事もあって、娘の初潮を知った母の強引な介入によって僕たちは慌ただしく入れ替わりをする羽目になった。
入れ替わってから馬車で去って行く際のアルのドナドナ状態なんて珍しすぎて、僕の後ろでフェルメールが背中を向けて肩をふるわせながら笑っていたぐらいだ。
おかげさまで、僕は視察団の方々と同じように実地で校内を回りながら、しれっとしてどこに何があるのか覚えていかなければならなかった。
けど、学院とは違って、座学用の教室より実習に使う広間だとか外での施設の方が多いから助かった。そんな感じに、昼間は行き当たりばったりで何とか対処して、夜は夜でフェルメールと同じくルームメイトの同期であるレイン、レイドレイン・バーネに生徒たちの情報やアルの交友関係などを教えてもらっている。
誰よりも睡眠をこよなく愛するレインには大変申し訳ないなと思うけど。彼もアルの性格を分かっているのか、嫌な顔一つせず色々と僕が質問をしても教えてくれている。
彼は、レイドレイン伯爵家の次男で将来は家督を継ぐ長男を支える為に騎士養成学校で学んでいるらしい。たいてい、眠そうな顔で表情があまりないから、どういった人物なのか未だに謎であるという部分を省けば彼も話しやすい人物だった。前回、話すらまともに出来なかったからホッとしたというべきか。
今はフェルメールの補佐役として授業を特別に免除されているけど、普段だったらアルはよく彼と行動を共にしている事が多いようだ。なるほどなぁ、と思ってしまうのは、アルが干渉されるのを嫌う子だと分かっているから。
僕の周りには滅多にいないタイプの人間なので、彼の生態は色々と目新しくて面白い。だから、アルの気持ちが分かる気がする。
心配なのは、グランヴァル学院で過ごすアルがどうしているのか、なんだけど。
……お兄ちゃんは、揉め事を起こしてないと嬉しいな。
ああ、でも、なんとなく嫌な予感がするのは僕の気のせいなんだろうか。




