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タイトル詐欺にご注意。
恥ずかしながら、前世で僕が幼かった頃に憧れていたものは、たくさんの人を助ける消防車だった。それを聞いた母が目をぱちくりさせて、消防車に乗るのは救急隊員だよと優しく教えてくれたんだけど、そうじゃなくて消防車になりたいんだよ!と言っていた。一体、何をどのように想像したのか、今では全く思い出せない。どうして、生き物をまず思いつかなかったんだろう。あの頃の自分に問いただしたい。
そこにある調度品を見る限り、この場所に集められているものは、どれも上質な素材で作られた最高級の品だという事が窺える。しかも、ごちゃごちゃと何でもかんでも並べたてられている訳ではなくて、その部屋に彩りを添えるぐらいの最低限のものしか置かれていなかった。
だから、インテリアとしてはそれだけで充分で、その部屋をコーディネートした者の感性がとりわけ優れているという事が分かる。
例えば、何気に部屋の一角に置かれた漆黒の重厚なソファー。
見た目は、皮素材で出来た普通のソファーのようだけど、疲労した身体を癒やすべくして作られた座る者に大変心地の良い家具だった。なので、誰もがその心地を堪能したくていつもならソファーは千客万来の満席になるけども、今日に限っては誰も座りたがらなかった。いや、むしろ遠巻きにそのソファーをチラチラと窺って覗き見ている――顔をほんのりと赤らめながら。
それというのも。
「……っん、ああっ、上手い、な、君はっ」
息を乱しながらも恍惚とした表情を浮かべる妙齢の女性が、柔らかなソファーに横たわり快楽に身を委ねているからなんだけど。まあ、確かに近付かないよね。というか、近づけない。
「あっ、ありがとう、ご、ございます!……っ、いかが、です?」
「そ、そこ!はぁ、きもち、いいっ!」
「んっ!ここっ、ですか?」
余程、彼女にとって良かったのか。何度も何度も同じ場所に当たるように、その豊満な肉体を揺らしながらせがむ姿は世間の男性にとって目の毒といって仕方ない。その場にいる全員の視線を釘付けにしながら、更に彼女は喘ぐように吐息を零した。
「あっ、いい!」
「っ、んっ」
もうすぐ、この解放された時間も終わりに近付いてきたかというその時、会話だけを聞けばいかがわしい雰囲気を醸し出していたこの部屋の空気を変えたのは、その部屋へと入る唯一の入り口、つまり扉が開く音だった。
「えっと、お待たせいたしました。これから、三年生の演習に……え?どうし」
扉に手をかけ、部屋の中に入ってきたのは、ヘーゼルブラウンの色合いをした短髪の青年。彼は、この学校の生徒であるため、きちんとした騎士の制服ではなく士官候補生として濃紺色の制服を身に纏っている。そんな彼が、入室した直後にこの異変に気が付かなかったのは、そのオリーブ色の瞳で予定表と書かれた紙とにらめっこをしていた所為であった。
いつもなら多少賑やかなはずの部屋の中が、やけにしーんと妙に静まりかえっている事にふと気が付いて顔を上げたのを機に――
「……」
「……」
僕と、目が合った。
「…………あー、っと。エーヴェリー君、ちょっとこっちに来なさい。あの、大変申し訳ありませんが、皆様にはもう少しだけこちらでお待ち願います」
助かった!と思う反面、なんか悪い事しちゃったかもと思わなくもない。いや、別に僕は何もやましい事なんてしてないけどさ。
ただ単に、そこに座っていた女性に肩を揉んで欲しいとお願いされてしまっただけで。
「……えっと、あの?」
マッサージは終わったというのに、何故か微妙に周囲から注目を浴びながらも僕を呼び出した青年、フェルメール・コーナーと共に部屋を出る。と、彼は扉が閉まると同時に、待機中の警備兵の視線も気にせず、勢いのまま僕の顔を両手でわしっと挟み込んだ。
って、近い近い!顔が近いってば!
「っ、えっ?」
「このっ、おーまーえーというやつはっ!……ああ、くそ」
「……?」
フェルメールの顔がいつになく疲労感に満ちているという事は分かったけれど、どうして大げさにため息を吐き出されなければならないんだろう。心外な。
「……確かに、あのお嬢さんが苦労するわけだよ。お嬢は、自分の魅力ってやつを充分理解して悪用してるからノリで突っ込めるんだけどもな。こりゃ、お前の方が性質が悪いぜ」
初っぱなから、どうしてこんなに責められるかな?
むう、と眉間に皺を寄せれば、それを潰すようにコツンと軽く額同士をぶつけられた。身長差がかなりあるから、自然と彼を見上げる形になってしまうけれども、驚いて目を見開けば間近にオリーブ色の瞳があって心臓が跳ね返る。いや、決してフェルメールの魅力にときめいただとかではないから、そこは勘違いしないで欲しい。うん。
「ここはお前にとっちゃ、よく知らない場所だし今回は半ば強制的だったし、俺たちもお前に無理させちまってるってーのは、よーく理解してるんだけどな。……その、あんまり頑張らないでくれ」
「……つまり?」
「肉体的奉仕はなし」
何でそんな卑猥な言葉を敢えて使うかなぁ。
というか、僕がここに居るという事実が、今回の重要機密事項だからこそこそしなくちゃいけないのは分かっているけど。後ろの警備兵さん達が、見てはいけないものを見てしまったような何とも言い様がない凄い目付きで見ているんだけど……大丈夫なんだろうか。逆に、怪しまれてそうなんだけど。明らかに。
その視線にどういう表情をすれば良いのか分からなくて、ちらりと彼らに視線を向けると、フェルメールもようやくここで彼らの存在を思いだしたのか、再び勢いよく身体ごと離された。今度は、そんなに離れなくてもというぐらい距離を取られてしまったので唖然としてしまう。
「……っ」
なのに、フェルメールは気にも留めず、がばっと右の手の甲で口元を覆いながら斜め上を睨んだので、思わず何かあるのかと思って同じ所を見上げてしまった。
うん、ただの天井しか見えないや。じゃなくて。いや、何もそこまで過激な反応する事はないんじゃない?というか、その所為でもっと注目浴びましたよ。あーもう。
「だっから!まあ、その……何だ!今回は補佐としての職務を全うするように!」
……って、急に顔が赤くなっているけど何なの、一体。ほんと、この人が何を考えているのかさっぱり読めない。
「分かりました」
曖昧な表現過ぎて、実はあまり分かってないけど。要は、言われた事をこなせば良いって事なんだよね?
それなら、何も変更なしか、と頷きながら今日は僕の視界に映らない白金色の長い髪に思いを馳せてしまった。なので、必然的に自分の身だしなみをチェックしてしまった訳だけど。……癖って恐い。
だって、ここで一番重要なのは、何よりも今の僕がまともな服装を着ているという事なのだ。いや、正確には性別に合った服装とでもいうべきか。
今、僕が着ているものといえば、フェルメールと同じタイプの緑色の制服。そう、つまり僕は、性別を偽る事なく、正々堂々と胸を張って男物の服を身に纏っているという事だ。
「いいか。分からない事があれば直ぐに俺に聞けよ?」
「はい。お願いします」
「くっ!」
……えーっと。何で、この人こんなにもいちいち僕の返事に反応してくるんだろうな。今日だけで、四回目とか指摘しない方がいいのかな。
フェルメールとの付き合いも、まだそんなに深くなっていないはずなのに、僕たちの間にアルミネラがいるからか、お互いの苦労が理解出来る。けれど、たまに僕たち双子の違いを感じるようで、毎回大きな反応を返してくるのだ。
唐突過ぎるから、いつも驚いた反動で冷静になっちゃうけどね。
「フェルメールさん?」
「その素直さっ!……ああ、これだぜ。この感覚!良いな!ちくしょう。お嬢にゃあ悪いけど、今回は宰相様の判断が正しかったと俺が証明するぜ!」
うんうん、と誰に対してなのか何度も頷くフェルメールに苦笑いを浮かべながら、僕もどうして僕がこのようなまともな暮らし……という言い方は酷いかもしれないけど、をする事になったのかというきっかけ、つまりは父上と面会したあの日を思い出した。
このミュールズ国の現宰相でもある父、イルフレッド・エーヴェリー公爵は、いつも多忙を極めており、双子の妹の代わりにグランヴァル学院へと入学した僕もまだ片手にも満たないぐらいしかお会いしてない。
――いや。
そもそも僕の妹であるアルミネラ・エーヴェリーが、一卵性の双子に生まれてそっくりだった僕たちの容姿を利用して、本来は僕が行くはずだったリーレン騎士養成学校へ書き置きを残して行ってしまったというのが全ての事の始まりだった。
普段から両親は仕事で忙しく、相談をする相手もいない。かといって、何故か僕の私服までもがきれいさっぱり消えてしまった状態なので、アルミネラを追いかける事も出来ないし。仕方がないから、彼女が諦めるまでの間だけでも、妹の身代わりをしよう!というのが入れ替わりを受け入れた理由だろうか。
幸い、グランヴァル学院への入学は、僕の婚約者でもあるエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢と共に行く事が決定していたため、特に大きなトラブルもなく早々に勘付いてしまったエルに助けられながらも、この約一年、何とか頑張ってこられたというのが正しい。ほんと、毎日内心じゃあ、ずっと女装がバレないかってドキドキしていたけれど、どうにかこうにかやってこられたというのは実に感慨深いものである。
まあ、この一年色々と物騒なトラブルに巻き込まれたという事実は否めないけど。
まず、入学して一ヶ月後に行われた新入生歓迎パーティでの王太子殿下暗殺未遂事件。
これは、このミュールズ国の王太子でアルミネラの婚約者でもあるオーガスト・マレン=ミュールズ殿下が自演自作して起こしたものだった。何故、そんな事をしでかしたのかというと、僕と同じく日本人だったある女性が亡くなって転生したという少女、セラフィナ・フェアフィールドさんに一目惚れをしたという事だった。
確かに、セラフィナさんは見た目がとても可愛らしい。
セミロングのストロベリーブロンドは、滅多にお目にかかれないほどその色合いが神秘的で、光を受けると更に鮮やかな色合いに変化するし、やや大きな水色の瞳は、まるで水晶のようにキラキラと輝いている。まさに、絶世の美少女だろう。
愛くるしくて、誰に対しても誠実で平等。しかも、とても愛想が良いので、殿下が好きになるのも分かる気がする。
そんな彼女から聞いた話は、僕が転生したこの世界が、なんと彼女を主人公にした乙女ゲームの世界という事だった。前世の僕は、ずっと柔道一筋だったから乙女ゲームという物がよく分からないけど、気に入ったキャラの好感度を高めて相思相愛にしていく?とかなんとか。
だから、殿下が彼女に恋をするのはゲームと同じであるらしく、殿下の想いが果たして本物かどうか疑わしいと彼女は思っているようだった。セラフィナさんとて、この世界で十四年間も生きていて、ゲームと現実は別物だと捉えているみたいだけど。
セラフィナさんにとっては、かなり迷惑しているという。
それというのも。
彼女も、前世ではその乙女ゲームにハマっている一人だったらしく。そんな彼女の最も好きなキャラクターというのが、イエリオス・エーヴェリー、つまり僕が転生した人物で、その他のキャラクターには全く興味がなかったようだ。
いや、それ以上に彼女にとって『イエリオス・エーヴェリー』というキャラは、生涯を捧げるべき神のような尊い存在であると公言するほど彼女のイエリオス愛は凄い。
なので、僕が彼に転生したと知ったにも関わらず、今もずっと熱い視線と大胆で過激な発言をしてくれるものだから、僕としてもちょっと手に負えない時があるほどだ。正直、たまに引いている時もある。ごめんなさい。
だけど、彼女の暴走に対してはもうどうすればいいのかさえ分からない。ただ、本人がそれで満足してくれているから、まあいいかなんて思ってるけど。
それぐらい、彼女にとって『イエリオス・エーヴェリー』とは大切な存在で、むしろ彼以外に用はないときっぱり言い切るほどの辛辣ぶりを思い出す。まさか、あの可憐な顔で冷めた表情が見られるとは思わなかった。
殿下もお気の毒に、としか言い様がない。……と、かなり話が脱線してしまった。
ともかく、セラフィナさんのイエリオスへの愛は何かの宗教だと別枠で考えて、僕としては殿下のおかげで、彼女とは同じ転生者で同郷だと分かっただけでも充分だ。
問題は――というか、僕が苦渋を強いられたのは、その後に付属でついてきたようなアクシデントで。隣国クルサード国から留学されていたヒューバート・コールフィールド様の企みに、僕はかなり翻弄されたてしまったんだけど。
……うん、今思い出してもあの時期は色々と辛かった。何せ、アルミネラ・エーヴェリーがオーガスト殿下の婚約者であるにも関わらず、彼は上手く情報操作をして公然とアルミネラに変装していた僕に言い寄ってきたのだから。
初めは、ヒューバート様の意図が読めなくて困ってばかりだったけど。
それに、唯一相談出来る相手だったエルフローラも、ヒューバート様の指示によって短期留学中の妹君アメリア・コールフィールド様に奪われて、僕を精神的にも肉体的にも追い詰めていくという中々姑息な手段を使われたものだから、あの時は本当に身も心もかなりボロボロになっていたように思う。
だけど、彼の行動はただ単に隣国の婚約者への横恋慕なんかじゃなかった。
実は、僕とアルの入れ替わりにも気が付いていて、アルミネラではなく僕を欲しがっていたというのだから驚かされた。
ヒューバート様がいつから企んでいたのか分からず、交換留学生としてクルサードへ行っていたセラフィナさんを人質として取られた時は、さすがにもう言いなりになるしかないと諦めたほどだし。もう、本気で駄目だと絶望してた。
けれど、ちょうどその時期にたまたま手負いのナオという少年をアルが助けていて、彼が海の向こうの島国であるタオ連合国の王子だという事実が分かった。そして、後継者争いのために暗殺者に狙われていた為、僕の所で匿っていたのが転機だった。
ナオは、人の心が読めるという特異体質を持っていた。その為、彼のおかげで僕がヒューバート様に脅されているという事を知ったフェルメールたちに助けられたのだ。
おかげで助かったけど、ヒューバート様がどうして僕のような何の取り柄もない人間を欲しがっていたかといえば、実は妹君のアメリア様も僕やセラフィナさんと同じ転生者であるという事が分かった。しかも、彼女は例の乙女ゲームの続編の主人公だったらしく、彼女にこれから起こるであろう事を事前に聞いたヒューバート様が、ミュールズ国をクルサードの属国にせんが為に画策したという事だったのだ。……ただ、それだけじゃないとも言われたけれど。それは、……その、その気がないので流しておきたい。
ナオたちのおかげで、僕はようやく救われたけど災難とは次から次へと降ってくるものらしく。
ようやく平穏な日々を過ごせるはずだったのに、その日常を変えてくれたのが僕の母方の従姉であるオリヴィア・クレイスの突然のグランヴァル学院への編入だった。
オリヴィアは、彼女の父で母の兄にあたるブライアン・クレイス侯爵の長女である。なんて、それだけで説明が済めばどれだけ良かったか。
母の兄ブライアン・クレイス侯爵は、堅実な祖父母や母と違って、強欲の持ち主で昔からお金や権力といったものには人一倍の強い執着心を持つ人物だった。両親や祖父母からは、直接聞いたわけじゃないけど、そういう話は聞きたくなくても聞こえてくる訳でうんざりする。
その血を強く受け継いだのが、オリヴィアだといえるだろう。
オリヴィアもまた、伯父と同じように欲目が深くわがままな性格だった。僕たちが初めて会ったのが、祖父の葬儀。病気がちで気弱そうに映った公爵家嫡子である僕を取り込めば、エーヴェリー公爵家の財産が手に入ると考えた伯父は、オリヴィアを使って既成事実を作ろうとした。
あの頃も、誰にも胸の内は話さなかったけど、本当は辛くていつも不安だった。何度も寝込みを襲われそうになったり、監禁されかけたりもして、食欲も湧かなかったぐらい精神的にきてたし。母上とアルミネラが、オリヴィアを罠に嵌めて我が家の出入りを禁止に追い込んだ時には、布団に潜って泣いてしまった程だった。この事は、まだ侍女になりたてのサラとの二人だけの秘密だけど。
そんなオリヴィアが、お互いによく思っていないはずのアルミネラが居るグランヴァル学院に来ることになったのだから、今度は何を企んでいるのかと僕たちもかなり警戒していたんだけど。
とある出来事から僕は、階段から足を踏み外して記憶を失ってしまっていたという。
しかも、あり得ない事にその時の僕は、転生する前の僕、つまりまだ大学生で柔道の強化選手の漆原伊織と名乗っていた頃の記憶だけが残っている状態だったと後になって聞かされた。
……多分、今とさして変わってないはずだとは思う。この世界に生まれて、何か性格が捻れるような事なんてなかったし。けど、後から色々と話を聞いて、今より行動力があった事に驚いたのと、後は……うん、あまり深く考えたくない。自問したい点はいくつかあるけど、頭痛の種になりそうだもの。
結局、オリヴィアは僕とアルが入れ替わっている事には早々に気が付いていたらしく、学院にきた理由は、とある事をきっかけに自分を見返して、僕に謝罪をしたかったという事だった。行動の意味さえ知ってしまえば、何だそんな事だったんだと思うばかりだ。
オリヴィアは、もうあの頃の彼女ではない、それは確かだと分かった。だから、僕も良い親族関係には戻りたいと思っている。
そんな感じに、矢継ぎ早に色んなトラブルやアクシデントに見舞われながらも、もうすぐ一年が過ぎるわけで。それを機に、入れ替わりもそろそろ決着を付けようかとアルミネラに相談した途端、この今の状況になるべくしてなったのだ。
三章終わりの報告の方にも載せましたが、この章の更新は不定期になります。
推敲が出来次第、更新していきます。すいません。




