番外編 遠き日に。 ※前世の死後のお話です!
いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
番外編の二つ目は、サブタイトルにも載せてますが、前世で主人公の死後のお話となっています。
珍しくシリアス仕様、なのかな?
視点は、三章でもお名前が出ていた主人公の弟くんです。
その煙は、天まで登る。
さっきまで、人の形を成していたモノ。
二日前まで、生きていた――――
「……え?」
真夜中の電話越し。それも、涙まじりの声で聞かされた言葉は、あまりにも衝撃的で直ぐに頭では理解出来なかった。
「だからね、いっくんが……」
もう二十歳になったはずの兄を『いっくん』と呼びたがるいつもは優しい母の声音が、今は何故か強張っている。いつもだったら、いい加減普通に名前を呼んでやれよ、と言ってやるのだが、今はそんな言葉すら出てこなかった。
「何かの冗談、だろ?」
そう思ったのは、普段から母が仏頂面になってしまう俺を笑わせようとよく冗談を口にするからだ。だから、今日も同じだと言って欲しかった。
電話の向こう越しで母が泣き崩れた音が聞こえて、心臓の音が早くなる。
しばらく待っていると、母の携帯から父の声が聞こえた。
「史哉、お父さんだ。これ以上は、母さんには酷だから僕が伝える。伊織が、死んだ。トラックに撥ねられそうになった子供を庇ったらしい」
「まさか」
だって、昨日まで元気だったじゃないか。
それに、今日は二十歳の誕生日だって。
先のオリンピックにも、候補として名前が浮上しているらしいって。
あいつは、喜んでたはずだ。
「お父さんも、まだ信じられないよ。でもね、今病院に居るんだけど……息をしていないんだ。何度も、何度も確認したけど、伊織はもう」
そこから、どうやって通話を切ったのかは覚えていない。
ただ、空手部の部長と教師にそれを伝えて、俺は回りが心配そうに見守る中、歯を食いしばって荷物を纏め合宿場から飛び出していた。
もしかしたら、さっきの電話は何かの冗談で両親もあいつも今頃は家に帰ってきているかもしれない、なんて淡い希望を抱いて。
俺が、あいつと反目するようになったのは、兄がちょうど中学へと進学した頃の事だった。それまで、ずっと学校から帰ってきたら兄の後を追いかけて柔道場に出かけて、練習に勤しむ兄をずっと見ていた。
多分、俺は悔しかったのだろう。俺を置いて中学校へ行ってしまう兄に対して。
だから、俺は自分と同じ柔道に進んでほしいという兄の希望を無視して、空手の道を選んだのだ。
そこから、俺たちのすれ違いが始まった。
兄は、昔から誰に対しても友好的で愛嬌があって優しくて思いやりのある男だった。それに反して、俺は無愛想で人とのコミュニケーションというものが苦手で、他人との接触は常に兄まかせにしていた部分がある。だから、それまで兄はそんな俺に仕方ないな、と言って甘やかしてくれていたのだ。誰にでも好かれる兄が俺には甘いということ、俺はそれに優越感を抱いていた。
俺だけの特権。
俺だけの兄。
それは、幼馴染みの凜子にも羨ましがられる、最高の権利だった。
――なのに。
俺は、ただ兄が進学するというだけで、あっさりとそれを手放してしまったのだ。
その事について、俺と兄の関係をよく知っている幼馴染みの凜子は「馬鹿じゃないの?」と冷たい目で言ってきたが。こいつは、物心がつく頃からずっと兄貴一筋で生きていたから、元々俺に対しては冷たい部分があるのだ。
兄に対しては上擦った声になるし、可愛いと言われたいが為におしゃれへの研究に余念がない。しかし、俺の前だと表情筋が勿体ないと言って、愛想の欠片もない女になる。
だが、兄貴は鈍った。
あまりにも鈍すぎた。
凜子がどれだけ可愛くなっても、兄貴はどういう訳か自分に好意は寄せられていないと勝手に思い込んでいた。あまつさえ、小学生の頃に一度、俺と凜子は付き合っていると勘違い発言をした事があるぐらいだった。
俺達は、必死で兄貴に否定したが。
子供ながらに、あれはかなり心臓に悪かった。
必死の形相で、兄に詰め寄る凜子の顔が今でも忘れられないぐらいだから。
兄の進学で、別々の道を歩んでいった俺たちは、いわゆる反抗期というものも迎えて、親ではなく兄弟でいがみ合うようになっていった。
初めは、本当に些細な事で母が間違えた下着で口論。朝食の玉子で揉めて、おかずの量で競いお互いを貶しあった。
初めは、兄貴面して俺に何でも譲っていたあいつも、俺が調子に乗った所為もあって言い返すようになってきたのだ。
けれどまあ、そんな俺たち兄弟を見放さず、支えてくれたのは両親だったが。
それでも、ずっと喧嘩をしていた訳ではない。
俺が高校に入る頃には、暗黙の了解のようなルールが出来ていて俺は俺で忙しかったし、あいつはあいつで既に柔道の強化選手として選ばれて忙しそうだった。
そんなあいつを、今まで見下した事は決してない。
むしろ、本当はまたあの幼かった頃みたいに、笑って話せる日がくると信じて疑わなかったのに。
なのに。
――――どうして。
「……子供を庇ったんですって」
「伊織くん、真面目な子だったものね」
「そうそう。それに、ひっ!」
いい加減、ご近所のコソコソ話も五月蠅くなってきていたのだが、どうやら無意識に睨みつけてしまっていたようだ。
そもそも、葬式場でそんな風にコソコソするべきではないと思うのだが。
「こら、ふーくんったら!ただでさえ、愛想がないのにもっと可愛くなくなっちゃうでしょ」
高校生の息子に、可愛いはないのだが。
「そうだよ、史哉。そんな顔をしていたら、伊織も安心して成仏出来ないだろう?」
「……それなら、いっそ生き返ってしまえば良いのに」
「うん?何か、言ったかい?」
「何も」
俺が不出来な弟だったら、兄は天国に行かずここに踏みとどまってくれるのだろうか。
トラックに轢かれたという割には、怪我一つないすました顔を睨みつける。
今すぐ、その箱から出てこい。
そう願ったのは、これで何度目の事か。兄が死んで、まだ数日も経っていないので実感が湧いてこないのだ。
葬式、というものにあまり縁もなかったが確かに良いものではない。
――特に、こいつの葬式なんて。
「……」
身体が、直ぐ目の前にあるからだろうか。
まるで眠っているだけの兄を見て、軽くため息を吐き出した。
そこへ。
「この度は、……あの」
ぞろぞろとやってきたのは、兄の柔道仲間たちで誰もが皆沈痛な面持ちで俺たち遺族へと声をかけてきた。
「まあ。皆さん、今日は練習の合間を縫ってきてくれたのね、ありがとう」
「いえ。伊織には、いつも助けて頂いていたので」
「先輩は、俺の憧れでした」
「仲間ですから」
「……そう。いっくんも、きっと喜ぶわ」
どの顔も、一様に目元を腫らしているようで、兄が如何に彼らと親しくしていたのかが分かる。両親は、いつも試合時に顔を合わせているようでお互いに面識があるらしいが、俺は隠れて観に行っていたのであっちは俺の顔を知らないだろう。
俺が、素直になっていれば仲間になっていたかもしれない人々。
俺が知らない兄の一面を知っているだろう人々。
羨ましいと思えるのは、俺が今も道を違えた事を後悔しているからだろうか。
しばらく、兄の話で盛り上がってから彼らはまた後ほど、と言って去って行った。どうやら、火葬場へ行くまで居るらしい。
結構、慕われていたんだなんて思っていると、今度は黒いスーツを身に纏っているのだが、態度のでかそうなチンピラっぽい集まりがやってきた。
「ちくしょー!何で俺を置いて先に逝っちまうんだよ!」
「先輩、それはある意味すげぇ誤解を招く言葉っス!」
集団の中でも見栄えのある顔立ちの男が、俺たち遺族に挨拶もなしで棺桶に縋る。
回りはドン引きしているというのに、男は惜しげもなく涙を流し悔しさを滲ませていた。
あいつは、一体どういう交友関係を持っていたんだろうか。
表情は出ないだろうが、僅かに眉間に皺が寄る。
「あの、君達は?」
そんなチンピラ集団に、ご近所ではおっとり夫婦と評判の父が恐がりもせず声をかけた。
「……」
「あっ、もしかして伊織さんのお父様でありましたか?って、ほら!先輩も、皆も泣いてばっかじゃ駄目っスよ!」
騒いでいるのは三下なのだろうが、リーダー格の男がいまだに号泣しているのだから仕方ないか。父もその点は仕方ないと思ったらしく、困った顔で微笑んでいた。
「そこまで伊織の事を思ってくれているのなら、伊織もさぞ喜んでいるに違いない。わざわざ、来てくれてありがとう」
「……っいや、あいつは、絶対に……怒ってる。お前たちは、いつもいつも何しにくるんだ!って……きっと。ああ……もう一回だけ、もう一回だけ……お前とちゃんとした話がしたかったなァ、おい」
「……先輩」
恥ずかしさのかけらもなく、そう言って泣き崩れた男に父も今度こそ言葉を失ったようだった。それどころか、入ってきた途端ざわついていた会場も妙にしんみりとした空気が流れる。
男の本気泣きに、誰もが引き込まれたのかどこからともなく忍び泣きする声が響き、それはその内誰彼ともなくわんわんと大絶叫に近い音となってこだました。
「……」
父も母も、もらい泣きをしている中、俺だけが泣かずに耐えている。いや、耐えているのではないか。ただ、泣けないだけだ。兄を失った実感が持てないからなのかどうかは分からない。
ただ、あの男を羨ましいと思った。
そうやって、後悔を口に出せば俺も泣き叫べるのだろうか、と。
その後、元同級生だったという男女のグループや大人しそうな女性など、様々な人が兄の葬儀に駆けつけてくれた。
全く、俺の知らない間にこいつはどれだけの人間と接してきたんだか。
けれど、ここまでたくさんの人に慕われていた兄の事がとても誇らしく思える。
式は、実にあっけないものだった。
僧侶が念仏を唱え、順番に焼香しながら兄の成仏を祈る。
棺桶に次から次へと花を入れていく過程においたって、誰もが涙を浮かべながら兄の身体を飾り付けていく。一つ、また一つと。
それは、まるで簡単な作業のようで。
俺の目の前には、いまだ眠っている兄の身体がそこにはあった。
「……」
「ちゃんと、ありがとうって伊織に伝えた?」
「凜子、来たのか」
「……途中からだけどね。多分、私と史哉は同じなんだろうね。こうやって、まだ伊織に触れられるから。死んでるって実感がないんだよ」
そう言って、兄の頬に触れる凜子の手が僅かに震えているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
今日に限って化粧をしていない凜子の目元は真っ赤だった。
「こいつに会う時は、化粧をするんじゃなかったのか」
「うん。伊織には、世界一可愛いって思われたかったからね。けど、今日は……今日だけは無理だったよっ」
そう言って、凜子は涙を溢れさせる。
「何だ、俺と同じって言った癖に」
凜子は、あっさりと泣いているじゃないか。と、言いそうになったが踏みとどまった。別に、凜子を咎めたい訳ではないのだ。兄の為を想って泣いてくれているのだから、その感情は凜子だけの物なのだから。
たくさんの花に縁どられて飾りつけられた兄は、綺麗だった。
生前だったら、どんな顔をしただろうか。
そういえば、幼い頃に凜子と三人で花冠を作った事があったが、あの時は楽しそうに笑っていた気がする。
今も、そうやって笑っただろうか。
表情を失ったままの兄の上に蓋が閉まっていくのを、スローモーションでただじっと見つめる。
ああ、今のお前は笑ってくれないのか、と失望しながら。
「人を燃やしても、煙は白いんだな」
火葬場での最後の別れというものも済ませて、時間を潰す為に建物から飛び出した。
長い煙突の先から、真っ白な煙が上り、真っ直ぐと蒼い空へと向かって消える。
それは、まるで長い長い線香のように。
兄だったものが、形を崩して炭へと変わる。
この瞬間にも。
有機物から無機物へと。
複雑に造られた人の形がただの化学記号へと変化する。
――――それは、もはや兄とは呼べない何かだ。
「こんな所に居……史哉」
「……何だ?」
「泣いてたのね」
「何を、馬鹿な……っ」
凜子も悪い冗談を言う、そう思い目元に手をやると確かに触れた指先は濡れていて、俺はようやく自分が煙を見ながら泣いていた事に気が付いた。
「……凜子」
「ん?」
「……あいつに、まだ、おめでとうも言ってやれてなかった」
「二十歳のお誕生日だったもんね」
「せめて、……メールぐらい入れてやれば良かった」
あいつは、いつも俺の誕生日にはメールを寄越してくれたのに。
喧嘩している時だって、しゃべらない時期だって。
俺はずっと、それに甘えてた。
それがいつまでも続くと思っていた。
「よしよし。しょうがないから、凜子さんが肩をかしてあげましょう」
「……はっ、さっきまで散々泣いていた癖に」
「いーの。だって、私の方がお姉さんだもん。一番頼りになってたお兄ちゃんが、伊織がいなくなったんだから、私が史哉を守ってあげる」
「……」
多分、これから先も俺はずっと後悔をし続けるだろう。
きっと、それはいろんな場面で。
だから、頼む。
そんな俺を見て、また仕方ない奴って笑って見守っていてくれないか?
明日は、別枠でファンタジーな世界観溢れる特別編を載せる予定です。
短編で、コメディー要素が強いのでこれもさらっと読み流せるかと。
興味のない方は、また来週から再びお付き合い頂けたら嬉しいです。
ありがとうございました!




