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番外編 恋とはどんなものかしら?

いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。

三章の番外編、一つ目は通常通りの主人公視点です。

本編の一ヶ月後辺り。

 この世界が、乙女ゲームとやらの造られた世界だとしても、僕がいた地球と同じように月は一つで、窓越しから見る夕闇の中では幾つもの星が煌めいている。

 ただ、単純に綺麗だと思えたなら幸せなんだけど。日に日に寒さが増してきている今日この頃で、放課後でもこんな遅い時間帯だから、むしろ今は温かい何かが欲しい。

 そんな時に、直ぐ温かいお茶が欲しいだなんて思い浮かべてしまうのは、双子の妹の代わりをしてもうすぐ一年になる所為か。最近では、以前より流行のドレスやアクセサリーにも詳しくなって、女装への抵抗が無くなってきている気がする。

 ……このままじゃあ、駄目なんだけど。

 はあ、と息をつけば僅かに色がついて、寒さの度合いも増してきた事を知らされた。

 けれども、己の今の状況にすら目を背けたくなって、もう一度ため息をつくのに吸い込んだ空気は、この部屋特有の古い紙の匂いがして鼻を刺激した。

 窓から室内に目を向ければ、そこにあるのはここグランヴァル学院が所蔵する本の数々。

 ただ、それもこんな狭い備品室のような場所にあるものが全てではなくて、極一部の偏った部類の本を置いているだけである。

 せめて、暖房とかあったら良いんだけど。

 再び、ため息を吐き出して腕をさすって寒さを払拭させる。そんな僕に、暗がりから影が近づいてきた。

「やっぱり、あちらの扉も駄目だったよ」

 そう言って、両手でお手上げだというような動きをしてみせたのは、僕より四歳年上の侯爵家の跡取り、ライアン・アンダーソンで。

「まあ。使えない方ね」

 そんなライアンに、己の自慢である長い黒髪を払いながら嫌味を言ってのけたのは、彼の一つ年下で僕の従姉であるオリヴィア・クレイスだった。

「使えないって……君に侮辱される覚えはないよ。第一、私たちがこんな場所に閉じ込められているのも、元はと言えば君がっ」

「喧嘩なら、ここから出てからにして下さい!後、オリヴィアの非礼もお詫びします。申し訳ありません!」

 どうも、この二人は反りが合わないらしい。

 さっきから、何度仲裁に入っているんだか。ただでさえ、ライアンの言った通り僕たち三人が、現在とある備品室に閉じ込められているという事実に頭を悩ませているというのに。

 喧嘩腰で会話をされていれば、僕だって苛ついてくるでしょ。


 ――そもそも、どうしてこんな事になったのかといえば。


 今日も、本当だったらいつも通り我が婚約者のエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢と一緒に幸せな気持ちで帰宅する予定だった。けれども、今日も突然、生徒会の手伝いだとかでエルは駆り出されてしまい、僕は仕方なく一人で帰宅する事になってしまったのだ。

 それまでは、良い。うん、特に問題はなかった。

 けど、帰る途中で僕は課題を思い出して、その課題のために借りなければならない本がある事を思い出した。だから、職員室で鍵を借りてその部屋へと行く途中、面倒な男ライアン・アンダーソンに遭遇してしまった。

 彼は問う「やあ、今から帰宅かい?」と。

 ここで、考えて欲しいのは、彼はエルに恋心を抱いているという事だろう。

 しかも、実はアルミネラとして生活している僕が、己の宿敵に位置する彼女の婚約者イエリオス・エーヴェリーであるという事は知っているのだ。

 なのに、知っていて、いや、既に見破っているにも関わらず、彼は未だにそんな事をおくびにも出さないし、他の生徒にも言っていない。それに、女装をしている件も何故か全く問われる事もなかったりする。ライアンは、何を考えているんだか。今のところ、これが僕の最大の謎である。

 そんな彼が、会えば馴れ馴れしい態度で話しかけてくるのは、先日の事件があって以降だろうか。今日も同じで、相変わらず敵意をぶつけてきながらも、何故か律儀にそう問いかけてきたので、僕は仕方なく素直に答えた。

「校舎にある図書の備品室から本を借りて、帰る予定です」と。

 普通、嫌っているのなら、あっそうで済む話だろう。なのに、ライアンはこう言った。

 「だったら、私も付き合おう」

 んん?ちょっと待って。何で?どうして?と、首を傾げた僕は決しておかしくないはずだ。お互い、相手をいけ好かないと思っているのに、どうしてこんな返事がきたのか未だによく分からない。

 そういう訳で、ライアンを引きつれて僕は仕方なくこの部屋へと入っていった。

 ライアンと遭遇して、一緒に帰る事になったという事を譲歩すれば、この時点でも確かにまだ何も問題は無かったと思う。

 あったとすれば、その後で。

 探している本がなかなか見つからず、暇そうにしながらも何度も僕をちらちらを見るライアンに仕方なく頼んだら、かなりの上から目線で請け負われて一悶着したけれど。それが済んで、学院の大きな図書館に比べれば、林のような狭い本棚を探している最中のことだった。

 突然、複数の足音が聞こえたと思ったら、何やら女子生徒たちが揉めている声が聞こえ、がらりと扉が開く音がした。

「そこでしばらく、頭を冷やすと良いわ!!」

 という高慢そうな女生徒の声がしたかと思ったら、きゃっという小さな声と共にがしゃんと扉が締められた音が響き渡る。

 外から数人の女生徒のクスクスという嗤い声がして遠のいて行ったけれど、一体何が起こったのか分からず、しばらく二人で顔を見合わせて呆然としてしまった。

「……覚えてなさい。あたくしをこんな目に遭わせれば、どういった事になるのか分からせてやるわ」

 その聞き覚えのある声で、ようやく我に返りライアンと共に本棚の林から出てくると、そこには案の定オリヴィアが爪を噛んで扉を睨みつけていた。

「オリヴィア?」

「まあ!どうして!?……ああ、またなの。また、あなたを巻き込んでしまったのね」

「どういう事かな?」

 悔しそうに俯くオリヴィアに、ライアンも戸惑いがちに訊ねる。

「閉じ込められたのですわ、あたくしたち。あの女の派閥の子たちにね」



 ……という具合で、僕たち三人は現在、絶賛閉じ込められ中なのだ。

 初めの一時間は、話し合いというよりもライアンとオリヴィアが専ら口喧嘩をするのを宥めて。先程、とりあえずどこか開いている窓や扉がないか探し回った所だった。

 結果、どこも開いておらず肩を落としたのはいうまでもない。

「仕方ない。ここで、大人しく誰か通るのを待つしかないよね」

 ここは、ちょっとした図書室のような作りになっているので、窓際にあった幾つか並ぶ六人掛けの席に座る。この校舎は、そもそも特別棟となっており三階にあるこの部屋は特に用事もなければ滅多に人が来る事はない。

 ただ、唯一希望を見出すのであれば、ランチ仲間であるマリウス・レヴィルくんが一階の調合室に居れば、校舎から出てくるのを見つけ次第、上から声をかけて見つけてもらうという方法だろうか。まあ、一種の賭けになるけど。後は、この三人の侍女か従者が、主の帰りが遅いと心配して探してくれたら幸いかな。

 なんにせよ、今はこうして大人しくしておくべきだろう。

「そうね、足掻いてもどうしようもないわ」

 オリヴィアも、基本的に冷静沈着な方なので埒が明かないと判断して、僕の向かいに座って頬杖をついた。

「フン。これだからエーヴェリーは。そうやって、早々に納得するところが嫌いだ。……ただ、今回はたまたま同じ意見だから、私も仕方なくここで待機するとしよう」

「どうも」

 もう、この人のこういう嫌味にいちいち反応するのが面倒になってきた。オリヴィアはかちんときていたようだけど、僕が適当に返事をしたので今回は流したようだ。

 ……まあ、ずっと睨んでいるけど。恐いから!というか、それに気が付かないライアンある意味凄いな。

 しばらく静寂な時間が流れて、落ち着かなかったのかライアンが口を開いた。

「所で、私はまだよく分かっていないのだけれど、結局何がこういう事をされる原因なんだい?」

 いや、僕に視線を向けられても。

 確かに、今回の件に関してライアンは全く関わっていないのだから、むしろ僕たち一族の被害者だろう。

 オリヴィアも、ややムッとしたが先日の不良たちによる拐かし事件にも巻き込んでしまった罪悪感からか、不都合な所は省きながら仕方なく話しだした。

「きっかけは、そうね……たまたま、話しかけたのがあの女、フィファナ・ピューターの婚約者だったというだけの話よ。それを、奪うだのなんだの物騒な事を言い出して言いがかりをつけてきたのはあっちだわ。なのに、逆恨みするだなんて甚だしいわ」

「確かにそうだけど、オリヴィアも人を煽るような言い方したんじゃない?それに、ピューターさんは、ただでさえ一度婚約者に裏切られていた訳だし」

「何よ、それ。アルは、あの女の味方なの?」

「そうじゃないけど!そういう問題じゃなくて」

 どうして、女の子ってこうも考え方が偏るのかな。いや、これはオリヴィアだけか。エルだったら、両方に非があったと認めてくれるだろうし、アルは……そもそも面倒事を嫌う。セラフィナさんに至っては、男子生徒が言い寄ってくるのが本人の意志ではないから、それ以前の問題かもしれない。

 回りにいる女の子が参考にならず、どう言えば良いのか悩んでいるとライアンが珍しくまあまあ、と宥めてくれた。

「一つ、疑問なのだけれどもね。そもそも、クレイス嬢はどうしてピューター嬢の婚約者に話かけたのかな?私は、そちらの方が気にかかったよ」

 そうだった。これまでずっと、フィファナ嬢を中心に事件の流れを見ていたけども、元はと言えばオリヴィアが声をかけたのが発端なのだ。

 ライアン、偉い!けど、死んでも絶対に口に出さないけどね!

 思わず感動して、称賛しそうになったがそうすれば図に乗るだけなので、素知らぬ顔でワンクッション置いて同意した。

「何か、気になる所があったの?」

「……どうしても、言わなければ駄目かしら?」

 オリヴィアも、まさかそこを指摘されるとは思わなかったのだろう。不本意を露わにして、己の艶やかな髪を指で弄りながら目を逸らす。

「是非に」

「うん、知りたいな」

 ライアンもそうだけれど、僕なんてオリヴィアのトラブルに散々巻き込まれた身だし。

 それに、恐怖の対象だったオリヴィアとこうしてまた再会して、色々と話をするようになって感じたのだ。


 オリヴィア・クレイスとて、一人の人間だと。


 そりゃあ、昔は何をされるのか分からなくて恐くて仕方なかった。『僕』を『僕』だと認識しておらず、ただ望むままに欲していただけだったから。それは、例えば人形のようで、僕の命すら軽視されていたのだから。

 あの頃、もしオリヴィアと既成事実を作っていれば、きっと僕はこの世にいない。

 そうはっきりと答える事が出来るぐらい、僕はあの頃彼女に追い詰められていたのだ。

 だから、思う。

 オリヴィアの事をもっと知りたい、と。

 こんな事、口に出したら色々と問題が起きそうだから言わないけど。わざわざグランヴァル学院に編入までしてきたのだから、従姉とせめて普通の関係に戻れたらと願っている。

 しばらく、どうしようか悩みながらオリヴィアは俯いた。

「その……、とても幸せそうだったのよ、二人とも。あの女を見つめていた、彼の目が優しくて。だから、あの女が離れた隙に聞いてみただけよ」

「何て?」

「……っ、『あなたにとって恋とはどんなものなのかしら?』って。も、もういいでしょう、この話は!」

 元々色白だからか綺麗な顔を真っ赤にさせて、恥ずかしさに居たたまれなくなったオリヴィアが席を立つ。

「わ、分かった」

「うむ。そうだな」

 オリヴィアの照れにつられて、自分も何故か恥ずかしくなって慌てて答えるが、ライアンは納得しただけだったのか普通に何度も頷くだけだった。

 ああ、もう。こんな事で狼狽えてどうするんだ。多分、若干火照っているだろう顔をどうしようか悩んでいると、扉の鍵がかちりと鳴った。

「クレイス様、申し訳ありません!あのっ、私は……え?」

 扉を開けると同時に、深くお辞儀をしたクリーム色の髪の女子生徒が僕たちの存在に驚いて目を見開いたが、僕たちもぽかんと口を開けて彼女を見ていた。

 この状況を、更に第三者が見ていればさぞかし滑稽な場面だっただろう。

「どう、して?あ、あの?」

 何度も眼鏡の位置を直しながら、小首を傾げる少女だったがそれはこちらが問いただしたい。

「君は、一体だあれ?オリヴィアを閉じ込めた人達の仲間なの?」

「えっ、あ、はい。……といっても、フィファナ様のお傍に居させて頂いていただけですけれど。私は、二年でグルナム子爵の長女、アリーシャ・グルナムと申します」

 フィファナ嬢の取り巻きにしては、大人しそうな子という印象を受ける。お傍に居させて、という表現だったから、多分派閥に加えてもらっていただけなのか。

 彼女の立ち位置が分からないけど、オロオロとするグルナム嬢に僕は安心させるように笑みを浮かべた。

「自己紹介をありがとう。私は、アルミネラ・エーヴェリーね」

「あっ、あっ!エーヴェリー様は、この学院の生徒なら誰でも存じ上げているので、そんな恐れ多い!」

 向かい合った少女が、わわっ、と両手をバタつかせながら緊張した様子を見せる。

 あはは。自分がどれだけ注目されているのは分かっていたつもりだけど、大げさだな。

「そうなんだ。それで?あなたは、どうして鍵を開けてくれたの?」

 というか、そもそも彼女たちに閉じ込められた件としても、どうして職員室から鍵を借りた僕以外に鍵を持っているのかという疑問なんだけど。

「あ、私、図書委員ですので。たまたま、今日は私が担当だったからスペアを持っていて……、それで、あの、あの子達がフィファナ様の復讐だって取り上げてきて……本当に、申し訳ありませんでした」

 今のお辞儀は、僕に対してだろう。見た目以上に律儀な子だな。

「けれど、人を閉じ込めるというのは、あまり笑えないいたずらだと思うのだけれど。まあ、私とそこの彼女は、本を探す為にたまたま先にこの部屋に居ただけなんだけれどね」

 一応、上級生としての戒めなのかライアンも釘を刺す。いや、彼のことだから案外本気で出られなくなったらどうしようか心配だっただけなのかもしれないけど。

「そうだったのですね。本当に、申し訳ありませんでした!その、言い訳ではないのですが……ただ、あの子達にとってフィファナ様は理想の淑女でしたので」

「君は違うの?」

「そんなっ、恐れ多い!わ、私は……去年の夜会にデビューした時に、地味過ぎてからかわれてしまって、そこにたまたま通りがかったフィファナ様に助けて頂いたんです」

 なるほどね。だから、お傍に居させて頂いているっていう表現になるのか。

 恥ずかしげに眉尻を下げて俯くグルナム嬢は、よく見れば可愛らしい顔立ちをしていると思うけど。

「貴女に言うのも筋違いというものだけれど、貴女方にとって良い方でも、このような報復はあの女……ではなくて、あの方のためにはならなくてよ。それに、御存知ないでしょうけれど、あたくしは彼女から頬が腫れるほど叩かれておりますの」

「……っ!も、申し訳ありません!!きっと、あの子達はフィファナ様が明日の朝には修道院へ送られると聞いて焦っていたのだと思います」

「……そう。あの方、明日には修道院へ行ってしまうの」

 ここ一ヶ月ばかりは自宅謹慎と称して、屋敷に閉じ込めていたみたいだけど。ピューター伯爵がとうとう決断したんだろう。

 思いがけない話を聞いて、オリヴィアがしんみりと呟いた。

 オリヴィアとて、まさかここまで大ごとになるとは思っていなかったに違いない。

 何となく声をかけたのがきっかけで、例え本人の自業自得だとしても一人の女の子の人生が変わってしまったのだから。

「ほ、本当に今回は、大変、不愉快な思いをさせてしまい、も、申し訳っ」

「もういいわ。貴女もご苦労様。……帰りましょう、アル」

 オリヴィアはあっさりと彼女を許して、学生鞄を手に取った。

「もう遅いから、女子寮の前まで送っていこう。君は?もう、帰るのかな?」

 僕たちに続き、グルナム嬢の横を通る際、ライアンが声を掛ける。こういう所は、紳士的で好感が持てるんだけどな。ちょっと残念な人だけど。

「えっ、あ、私は……その」

「先程の子たちは、もう帰ったのでしょう?あたくしと帰っても、誰にも見られる事はないだろうからよろしいのではなくて」

 まさか、オリヴィアがそんな事を言うとは思わなかった。

 今回の件で、オリヴィアも懲りたのかもしれない。こんな風に、もっと他人に対する態度も軟化していったら良いなと思う。

「……なによ。そんな顔、見せないで。あたくしを諦めさせないつもりなの?」

「えっ?どんな顔?」

「っ、これだから無自覚は」

 たまに、エルにも同じ事を言われるけどやっぱり意味が分からない。若干、頬を染めたオリヴィアに軽く睨まれて、僕は首を傾げるしかなかった。


 申し訳なさそうに僕たちの一歩後ろを歩くグルナム嬢を気にしながら、女子寮までの帰路につく。

 たまに、たわいもない話をしながら冷たい空気を浴びて帰る時間は新鮮だった。

 いまだ、僕はアルミネラの代わりに過ぎないけど、もし改めてイエリオス本人としてこの学院に通う事が出来るのなら、それはまた楽しい時間を過ごせそうだ。


 しばらく歩いていると、不意にオリヴィアが立ち止まった。

「オリヴィア?」

「……ねえ、アル」

「うん?」

「貴族って、何なのでしょうね」

 オリヴィアのいう『貴族とは』というものが、ただの意味を表しているのではないという事は直ぐ分かる。

「あたくしたちって、何なのかしら」

 オリヴィアにとって、ピューター嬢の事は他人事ではないのだろう。

 自分の意に反して遠い場所に行くという事柄では、彼女たちは全く同じ境遇なのだから。

 偶然にも生まれ落ちた先が、貴族の娘だったばかりに。

「……あの時、彼はこう言ったのよ。『僕にとっての恋とは、フィーの全てを受け入れてあげることなんです』って。ねえ、アル。あたくし……どうしたら」

 思い出すのは、事件後の取り調べでピューター嬢を待っていた彼女の婚約者。

 確か、名前はカミーユ・ディヒカルトと名乗ったっけ。彼は、彼女より先に指導室から出てきた僕たちに、黙っていきなり頭を下げた。どうやら、彼は既に彼女が何をしでかしたのかピューター伯爵から連絡がいっていたようで、婚約者として僕たちに謝罪したのだ。


 もう、その時既に、婚約は破棄されていただろうに。


 片手で顔を覆って、今にも泣きだしそうなオリヴィアにグルナム嬢も心配して様子を窺う。

「全てを受け入れる、ね。貴族らしからぬ言葉だな」

「でも!ディヒカルト様は、それはとてもお優しくてフィファナ様の事をとても大切にされてたんです!……フィファナ様は、一人目の婚約者に恋をしていらしたので婚約を破棄されてとてもショックを受けておられました」

 そんな失恋の痛みをずっと抱えていたピューター嬢に手を差し伸べたのが、カミーユ・ディヒカルトだという。

 彼は、伯爵家の三男だったがために、一人目の婚約者に捨てられたフィファナ・ピューター嬢との婚約は親がピューター家とのパイプ代わりに取り決めた事だったらしい。

 なので、彼も初めは乗り気ではなかったがピューター嬢の人柄に触れて、どんどん惹かれていったそうだ。

 そういう話を、グルナム嬢は惚気ながら聞かされたのだという。

「やっぱり、あの時あたくしが感じた空気は正しかったのね。……けれど、明日には」

「……」

 もとはと言えば、オリヴィアが発端なのだ。

 それも、グランヴァル学院にいるのが、アルミネラではなくイエリオスなのではないかと疑って編入してきたのがきっかけで。


 ……分かったよ、全く。


「あー、もう!仕方ないな。それなら、いっそくっつけちゃえば良いじゃない!」

「それが出来たら、苦労はしないだろう。何か、案でもあるのかい?」

 まるで、無計画過ぎる、とでもいうかのようにライアンが呆れた表情を浮かべるが、それに僕はにやりと笑って言い返した。


「それこそ、貴族らしからぬ行為をすれば良いだけでしょ」






 ――――それから、しばらくしての事。


 フィファナ・ピューターとカミーユ・ディヒカルトが駆け落ちをしたらしい、という噂がまことしやかに学院中の噂になった

 両家は、直ぐに捜索隊を出したがいまだ見つかってはいないとのこと。

 一部の生徒たちの間では、きっと二人は、貴族ではなく一人の人間として次こそ幸せに暮らしているのではないかと夢物語のように語られている。



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