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第三章、これで本編はラストとなります。
イオは……お兄ちゃんは、私にすごく優しい。それから、誰よりも甘やかしてくれる。怒った時は、ちょっと恐い。けど、泣きそうになってたら私も一緒に涙が出そうになっちゃう。何事にも真剣で一生懸命な所が凄い。私には真似出来ない。だけど、他人には気を遣うのに、自分を蔑ろにする所は嫌い。
それと、あと、私にしか見せない、ふとした時に見せる仕草や表情がかっこいい。
――――世界で一番、大好きなヒト。
その話を聞いたのは、オリヴィアが編入してきて一ヶ月ぐらいの事だった。
編入当初から、しつこいぐらいに付きまとわれていて困っていたっけ。どこへ行くにも、あたくしも行きますと同行してきては、事ある毎にイエリオスはどうしているのか探ってきたり、学院で困っている事や嫌な事はないかというような意味の分からない事を聞かれたりと、内心、うんざりしていた、そんなある日。
「オリヴィア、いい加減にしてくれない?」
ここ数日、特に絡み続けられて、本気で苛立ちが募ったから、思いきって突き放そうときつい言葉を選んでみたのだ。
「……そうよね、迷惑よね」
オリヴィアは、やっぱり自分でも薄々気付いていたようで、僕の言葉に傷つきながらも俯いて耐えるようにギュッと両手の指を絡めて組む。
「ここに来たのは、私にこんな嫌がらせをする為なの?だったら、私だってやり返す準備はあるけど」
「ちがっ」
「いい?これは、警告だから。分かったんなら、さっさとどこかへ行ってくれない?」
オリヴィアとアルミネラは過去の因縁もあるので、言葉を慎重に選ばないといけなかった。それに、彼女は僕を本物のアルミネラだと思っているから、細心の注意は必要で。とにかく、傍に居るだけで、僕の心が安まることがなかったのだ。
アルミネラの特性は、僕よりも他人に好かれやすくて誰とでも直ぐに仲良くなる所だろう。だけど、それを自分はアルに認められたと受け入れてくれていると勘違いしている人が多い。それは、家族だからこそ良く分かる。というか、僕だから?まあ、どちらでもいいけど。アルの行動や話し方だけで、彼女は単純だと思われがちだけど、実際は家族以外の人間にはかなりシビアな面を持っているのだ。
あんなに仲が良さそうだったのに、もう話さないの?というような場面を何度も見てきたし、そのように聞いてみると、嫌いだって言ってきたからもういいのかと思って、と逆に不思議そうに答えられた。
アルミネラは、そういった考えを持っている。
だから、彼女になりきるというのはそういう面も似せないといけなくて。オリヴィアには申し訳ないと思いながらも、敢えて突き放すように言ってのけた。
「ち、違うの。聞いて?あ、あたくしね、進級せずに地方伯のご子息と婚姻を結ぶ予定なの。だから、……だから、心残りを解消したくて。無理をいって、お父様にグランヴァル学院へ編入させて頂いたのよ」
「え?」
何を言い出すのかと思っていたら、それは、突然の告白だった。
いきなりの自白に驚いて、今度は呆然としてしまう。
そして、困惑して疑いの目を向ける僕に、オリヴィアは過去の行いを後悔しているという話をし始めた。
オリヴィアの父上、つまり僕の伯父には昔から強欲な面があり、祖父母は公爵である父に嫁いだ母を慮って、なるべく僕たち親子が彼らと関わらないように工面してくれていたのだけど。僕とアルが十歳の頃、祖父が亡くなった事によって初めて伯父家族と対面する事となった。
その際、伯父は頼りなさそうな僕を見て、直ぐに取り込む事を考えたという。だから、オリヴィアに何をしてもいいから、僕を取り込めと言ったらしい。
伯父の命令は絶対だったし、オリヴィアも僕の容姿を気に入って手に入れたいというのもあって、彼女は色んな手を使って既成事実まで作ろうと必死になった。アルミネラや母上を怒らせていた事も理解していたけど、それでも自分の物になるのであれば後はどうでも良かったんだと、あの頃の自分はとても傲慢な人間だったと言いきった。
そんなオリヴィアに転機が訪れたのは、アルと母上が仕掛けた罠にかかって僕に会えなくなった後だったという。
伯母が大病を患ったのだ。
確かに、僕もその当時そういう話を聞いた事があったような気はする。ただ、叔父の身内という事で見舞金だけ定期的に送っていたと思う。
オリヴィアは、実の母を失うかもしれないという経験から、どうして今までこんなにも強欲に生きてきたのかと後悔した。伯母は、今も病に伏しているらしい。
それでも構わず金を自由に使った結果、当然の如く金銭的に困窮しだしていた叔父が考えた策は、一人娘のオリヴィアを嫁がせて相手先に金銭を要求する事だった。
オリヴィアの相手が地方伯のご子息なのは、話を持ちかけた相手の中で一番婚約金や結納金が多かっただけの事のようで、縁もゆかりもない関係だそうだ。
「分かっていたわ、お父様がそういう人だという事は。だから、諦めたの。……でも、ずっと心に残っていたあなた方にどうしても謝りたくて」
嫁ぎ先は、首都からかなり離れた先にある為、滅多に戻ってくる事が出来ない地域だと苦笑いを浮かべて彼女は言った。
アルなら、こんな時どう言うのかな?
唐突の事で、頭の整理が追いつかずなかなか言葉が出てこない僕の傍に寄り、オリヴィアが徐に僕の手に触れてきた。けど、あの頃のトラウマはまだ抱えているので、僕は過剰に驚いてしまって大きく一歩下がって距離を取った。
「ごめんなさい、アルミネラ」
なのに、オリヴィアも更に詰め寄ってくるので僕はその都度、後ろへと下がっていった。
「本当に、ごめんなさい」
「……っ」
近付かれる度に滲む、彼女の涙に苛立ちが募る。
――なんで?
後悔しているのなら、どうしてもっと素直になってくれないのだろう。
あの頃も、そう。
いつもは勝ち気で自信に満ちあふれていたオリヴィアの今にも泣きそうな顔を見て、不覚にも漏れた言葉は。
「……だったら。だったら、どうして私に謝るの?そこまで思ってるんだったら、イオに謝ってほしいのに!」
心残りだというのなら、僕に正々堂々と会って謝って欲しかった。
それを望む事も、僕は出来ないの?
そんな思いで発した言葉に、オリヴィアが驚いて俯く。
「……恐いのよ」
「なにが」
そう問いかけた僕に、彼女は自嘲するかのように悲痛な笑みを浮かべた。
「また、拒絶されたらどうしようって。だから、あなた方の今を利用した意気地の無いあたくしを絶対に許さないで…………イエリオス」
「!」
正面から何年かぶりにオリヴィアの声で呼ばれた僕の名に、当時の記憶が蘇ってぞわりと体が反応する。まるで、恐怖という魔法で縛られてしまったのかのようで、上手く呼吸も出来ず、吐き気すらこみあげてきた。
「っ、何で、……っあ!!」
そこで、本能に従って今すぐ逃げだそうとした僕は、後ろへと下がったけれど床はなく、階段だと気付かずにバランスを崩し、後ろへ倒れこんでしまったのだ。
「イ、っ!!」
悲鳴も出せず、手を伸ばしたオリヴィアが見えたけど、それも一瞬のことだった。
そこから先は、ブラックアウトで。
まさしく、記憶が飛んでしまったという事だろう。
「いつだったかな、ちょっと思い出せないよ」
素直に語れば、階段から落ちた時にオリヴィアと一緒に居たという事も話さなくてはいけないので、笑ってはぐらかしてみる。
あれは、決して彼女の所為ではないのだから。
「ふうん。まあ、イオがそう言うのなら僕は別にいいけどね」
「……」
二杯目のジュースを飲み干しながら、アルがじっと僕の顔を見つめる。先程、ノアが僕をずっと監視していたと言っていたから、話の内容までは知らないけどどういう状況で階段から落ちたのかということには気付いているだろう。
というか、話の内容も聞こえていただろうに、敢えて話さなかったノアの悪意を感じるのは僕だけかな。
ただ、僕が自分から言い出さない限り、どうして階段から落ちたのか言わないでいてくれるというのはありがたい。二人に感謝しなくちゃね。
「とにかく、オリヴィアの動機が分かって良かったよ。後期が終わる残りの数か月、我慢すればあの子は学院から去っていくって事だもんね」
「イオ様も記憶が戻った事ですし、これでまた日常が落ち着けば宜しいのですけれど」
にこにこと笑うアルに続いて、エルも頬に手を当てながら微笑む。
「私は、伊織君と話せて嬉しかったですよ!普段お目にかかれないような、かっこいい感じが素敵でした」
一人、両手を頬に当てて、夢の世界に旅立ちそうな人がいるけど。
「かっこいい?って、やっぱり、その時の僕と今の僕は全然違ってたの?」
女装をしているのに、かっこいいとは。
前世と今生と、あまり本質は変わっていないように思うんだけどな。
うーんと首を傾げた僕に、フェルメールがいつもの悪ガキのようにニヤニヤと笑みを浮かべる。なんていう悪巧みの顔。
そう思うと、自然と斜に構えてしまう。
「おーよ。お前の噂は、こっちまで流れてきたぜ?」
「あー、そういやイオってば、まあた新しいあだ名が付いてたっけ。確か……」
と、アルが人差し指をくるりと回すと同時に、何故か四人の声が見事にハモった。
「「「「『国色の花姫』!!」」」」
「え、えー……」
一斉に同じ言葉を口に出されたのと、とんでもない呼称に気が引ける。
何をどうしたら、そんな大それた別称を付けられるんだか。記憶はないとはいえ、前世で漆原伊織としていきてきたあの頃だって、そんな注目をされるような人間じゃあなかった。
……何をやらかしたんだ、僕は。
「イオ様」
今すぐ、頭を抱え込みたいぐらい悩む僕に、エルが妙に気迫のある笑みを浮かべた。
「エ、エル?」
……な、何故だろう。
エルから、あの純真なエルから怒っている時のサラみたいな炎が見える。
「あら?分からないとおっしゃるなら、この約一週間内に頂いたお手紙を読んでみてはいかがでしょうか?」
「て、手紙?」
手紙なんて、最近あんまり貰った覚えがなかったんだけどなぁ。と、彼女の笑みに押され気味に戸惑う僕を置いて、今度はセラフィナさんが突然、スケッチブックを抱きしめながらうわぁーん!と泣き出してしまった。ある意味、僕の方が泣きたいんだけど。
「聞いてくださいよぉ!昨日の件で、今日は朝からずっとオーガストが考え事をしているなって思ってたら、急にアルミネラを守るのは俺しかいない!とか言い出して、いきなり意気込んできたんですよ!」
ああ、それは殿下もお人が悪い。片思いの彼女の前で、言うべき科白ではないよね。
もうちょっとデリカシーを持たないと。なんて、同情していたら、彼女は怒りを露わにして天井を仰いだ。
「酷いと思いませんか!?散々、文句ばっかり言ってた癖に!今更、オーガストになんかにこの権利を譲ったりしないんだから!イオ様は私が守るんだからぁ!!」
「それは、何か違うよね?」
あれ?セラフィナさんの怒るべき所がどこか違う。というか、どうして彼女の中で殿下がライバルに認定されてしまっているんだか。
僕が見てる限りでは、殿下はセラフィナさんに好意があるはずなんだけどな。
……殿下が、ちょっと不憫かもしれない。
そんな事を考えていると、やっぱりその話題に食いついてきたのはアルミネラで。げぇ!と、女の子としてあるまじき声を発した。
「もう、そういうのは勘弁してよ」
これが、正式な婚約者であるアルミネラの言葉なのだから、二人の仲は辛辣さが極まっている。けれども、アルが抗ったところで、二人の婚約は国の将来にも繋がるために決定された事だから簡単には破棄出来ない。
それを知ったのは、ヒューバート様の一件だったけれど。
……僕だって、どうにかしてやりたいのは山々な訳で。
「オリヴィアの件が落ち着いたから、父上に言われていた通り僕たちの入れ替わりも改めて考えて良い頃合いなんだけど?」
その逃げ道の一つとして、アルミネラが騎士を目指すのを公にするのを提示してみる。
アルミネラの本気度合いが分かれば、もしかしたら王太子の婚約者という立場を一時的にでも剥奪という形で無くせるかもしれない。
後は、その間に殿下がセラフィナさんを口説いてもらう事に専念してもらえれば、可能性は少ないかもしれないけれど希望はある……かもしれない。
「あー、悪い。それなんだけどさ、もうちっと待ってくんねぇ?」
なんて言い出したのは、フェルメールで。
あまりにも歯切れが悪そうに言うものだから、そこまで申し訳なく思わなくてもいいよという意味合いを込めて笑って首を傾げた。
「どうしたんです?」
「んー。実は、今度ね面倒そうな人がやってくるって話なんだよ」
アルですら、同じように難しそうに眉根を寄せているので疑問符が増える。
「まあ。それは、どういった方ですの?」
「簡単に言うと、近隣国の代表が集まって行う研修という名の学校訪問。今年、うちの国はリーレン騎士養成学校を指定したんだ。それが近々行われる予定。で、その今年の代表を纏めるリーダーというのが、セレスティア共和国の鉄の女」
お前なら当然知ってるよな?と言わんばかりの笑みを向けられ、僕は息を吐き出しながら頷いた。
「ウェンディ・スローレン女史ですね。若くして頭脳明晰。議長からも信頼が厚く国民の支持率も高いし教育にも熱心な共和国評議会議員、だったかな」
まだ、実際にお会いした事はないけれど、父の仕事の関係上そういう情報は覚えるようにしている。
「さっすが。まあ、そういう訳で視察が終わるまでは、ちょっと穏便にしておきたい訳だ」
ヒューと軽く口笛を吹いて、フェルメールは申し訳なさそうな笑みを浮かべてそう言った。確かに、それなら揉め事や自国を不利にするような事案は後回しにすべきだろう。
要は、彼らが居る間は常に良い部分を見せつけろということだ。なるほどね。
「それなら、仕方ないね」
ということは。
結局、僕たちは、相も変わらずしばらくこのままという事か。
はあ、とため息を吐き出した僕は、まだまだ前途多難が続くらしく。
「それで?これは、一体どういう事でしょうか?」
あ。やばい、またエルが怒ってる。
最近、微妙にエルが怒る頻度が増えてきていて、それはそれで新鮮なんだけど。
怒り方が何だかアルに似てきた気がするなぁ。なんて、現実逃避をしていたのもつかの間。僕の隣りでにこにこと愛想笑いを浮かべる人物に対して、エルにしては珍しく自ら僕の手を取り自分の方へと引っ張った。
「うわ、っと」
「あら?細かいお話は、アルミネラに教えられたのではなくて?」
そのエルの行動に不快感が湧いたのか琥珀色の瞳に敵対心を露わに滲ませながらも、不敵に彼女は微笑んでいた。
「もちろん、聞きしましたとも。もうすぐ、婚姻を結ばれるというお話も。この度は、おめでとうございますわ。ええ、とっても」
その余裕気な笑みに、エルはかちんときたのだろう。僕の腕を放さず、相対している彼女に対して牽制するかのように祝辞を述べる。
「まあ、ご丁寧に。けれど、言っておりませんでしたかしら?婚姻については諦めたのだけれど、この子を諦めるつもりはありませんの。まだ、あたくしには数か月の猶予が残されておりますもの。その期間をどのように使うかは、あたくしの自由ですわ」
「……やっぱり、お見舞いでいらっしゃった時に気が付いて?」
オリヴィアの言動に、エルは何かを導き出したのか眉根を寄せる。
まだ人気の少ない登校時とはいえ、朝っぱらから牽制し合う女の子二人の間に挟まれた状態はかなり辛い。
というか、何だろう……変に口出し出来ない。
途方に暮れる僕を置いて、二人の熱は更にヒートアップしていった。
「いいえ。可能性は、編入前から噂を聞いて予想しておりましたの。確信したのは、再会した際ですわ」
「なら、抱きつかなくても!」
「あたくしを見た時の反応が、いつもと違っておりましたの。ですから、もしや記憶を失ったのではと思って、確認した次第ですわ」
記憶を失う?あれ?よく分からないけど、もしかしてずっと僕の話をしてたって事?しかも、一時的に記憶を失ってたって気が付いていたんだ?
その間の記憶は全くないけど。そうか……僕は、オリヴィアにも救われていたって事あのかな。エルも充分、聡明だけどオリヴィアもあの伯父上の血が混じっている以上、かなり上手だったはず。
さすがは、我が従姉。やはり、母方の血筋の女性は食えない性格を持っているようだ。
オリヴィアに対して、感服している僕の横で、エルは今日に限ってやはり珍しい程に苛立ちを表情に浮かばせていた。
「この一週間ほど、アルを突き放していたのも、それが理由でしょうか?」
「ええ。……けれど、今思えばあの女の陰険な工作だったのかしら。ちょっとしたトラブルが増えたので、その子が巻き込まれないように距離を置いておりましたの」
まあ、偶然にも何度も立ち遭ってしまっていたけれど、と苦笑いを浮かべながらオリヴィアはちらりと僕に視線を投げる。
「……?」
けど、僕には記憶にない範疇の出来事なので何とも言えない。
「そうですか。でも、だからといってこうして一緒に居るという事実を見過ごす事など出来ませんわ!」
「あら。貴女って、意外と度量が小さい女ですのね」
「なっ!」
「あー、ちょっともう!朝から喧嘩しないでよ!」
どうして、こんなに僕の周りは賑やかなんだ。
いつもおっとりしていて常に微笑んでいるエルフローラが、こんなに感情的になるのは、相手がオリヴィア・クレイスだからだろうけど。
「喧嘩するんだったら、一人で登校するよ」
「しません。しておりませんわ、断じて」
「そ、そうよ」
何度も僕を恐怖に陥れたオリヴィアだからこそ、エルも心配してくれているのだ。
でも、そこにちょっとだけ嫉妬が含まれているのだとしたら、僕にとっての幸いだと言ってしかるべきことだろう。
以上で、三章の本編は終わりです。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
この後、いつも通り番外編が続きます!




