9
いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
連絡:太陽フレアの件で、念のため今日は午前中に更新しました。
やあ。どうしたんだい、アルミネラ。うん?イオをどう思っているのか聞きに回っているんだって?っふふ、それはなかなか興味深いね。私かい?そうだなぁ、私にとって君とイオは奇跡のようなものだよ。ははっ、言っただろう?私には、君たち双子が必要だって。ああ、そうだね。さしずめ私は、君たちに焦がれる向日葵なのかもしれないな。
「……えーっと、とりあえずこの状況から整理していこうか」
もう少し助けが遅れていたら、かなり衝撃的な事件に発展していただろう出来事から一夜明けて、学院内ではアルミネラ・エーヴェリーが声を取り戻したという噂以外は特に目新しい話題もなく、通常通りの一日を過ごした。
――その夜のこと。
サラが作ってくれた食事に舌鼓を打って、食後のお茶を楽しんでいたはずだった。うん、もうすっかりお茶を楽しむご令嬢生活に慣れてしまっているのはそっと流して欲しい。
そんな事より、僕が問いたいのは何故、今、僕はこんな目に遭っているのか?という事なんだけど。
それは――
「まずは、セラフィナじょ、セラフィナさん。……その、さっきからすごい勢いで僕を模写しているみたいだけど」
「えっ!?な、何をおっしゃっているんですか?こ、これは、べ、べべべ勉強の一環ですよ!決して、カメラがないからって、己の技術を磨いて自己満足しようだなんて、これっぽっちも思っていませんからね!あと、私の事はセラフィナって呼び捨てで呼んで下さい!」
いや、明らかに怪しいでしょ?とは何故か言えず、何と言えば良いのか思いつかなかったので、ふうんとだけ答えておく。
『イエリオス・エーヴェリー』に対して、当初から彼女の行動や言動は逸脱していたけど、どうしてそっち方向へ走り出してしまったのか?どなたか教えていただきたい。
しかも、名前を呼び捨てにするように要求してくるのは、どうも僕が記憶を失っている際そのように呼んでいたらしく、伊織君はちゃんと呼んでくれましたよ!と何とも返答しがたい事を主張されるしまつ。いつの間にか、身バレしている事にも驚いてしまった。
「それに、エルも」
「ど、どうして、とおっしゃる意味が、わ、分かりませんわ。イオ様が記憶を失くされていた間、た、たまに、わ、私の手ずからお食事をされていらっしゃいましたのよ」
ああ、もう!可愛いなぁ!……じゃなくて。動揺し過ぎて顔を真っ赤にして目線を逸らしながらも、手にはしっかりとお茶請けのお菓子を僕の口に入れようと待っている状態だったりするので、エルにしては強気の姿勢だろう。
というか、それ三つ目だよね?まさか、エルが満足するまで食べ続けなくちゃいけないとか言わないよね?実は、そこがかなり心配だったり。
今まで、エルがこんな大胆な行動をしてくるなんてなかったから、貴重な体験で嬉しいけど。その反面、こういう行為はあまりにも恥ずかしすぎて耐えられない。
もう二回も顔から火が出そうなぐらい恥ずかしい思いをしながら、それでも嬉しさをかみ締めて食べさせてもらってるっていうこの複雑な生き地獄。自分でも顔が火照ってるのが分かってるのに、セラフィナさんが興奮して何か叫びながら、追い打ちをかけるように一心不乱にそれを描き留めてるという。何故に、二重の辱めを受けなければならないのか。
……いや、気にしちゃいけない。多分、僕が記憶を失っている間、この二人には何かと世話になっているはず。だと思えば、しばらくはこれに甘んじるしかない。
気を取り直そう。
それでも、顔以外に身体全体が暑くなってきた気がして、手をうちわ代わりに仰ごうかとして、右の手首を痛めている事を思い出した。どういった経緯で手首を捻ったのか、いまだに分からないので自覚がなくて、しばらく安静にしなければならないというのをつい忘れてしまうのだ。
だったら、今度は左手を――と動かそうとして。
「……フェルメールさんは、どうしてさっきから僕の手で遊んでいるんですか?」
「はあ?記憶がなかった時に、お前から良いですよって」
「言ってない!多分、絶対にそんな事言ってませんよね!?」
何、勝手に話を作ってるの?
セラフィナさんやエルの話には妙な説得力あったけど、フェルメールの話だけは何故か完全に嘘だと分かった。
「ッチ!良いじゃねぇかよ、俺とお前の仲じゃねぇか」
「今、舌打ちしませんでした?というか、明らかに居直ってますよね?」
……全く。この人は、いつもいつも。
僕たちを気に入ってくれているのは分かるんだけど、どうしてこんなにもスキンシップが多いんだろう?出会った当初はからかわれているんだなと思っていたけど、悪気もない。けど、ふざけるにしては本気すぎる。いまだに、よく分からない人だ。
「僕のイオに手を出そうだなんて、千年早いんだよ」
「あー、くそ。俺の癒しがぁー」
フェルメールにつっこみを入れていたら、横からアルミネラが僕の手を奪うように掴まれる。アルが嫉妬するのは、いつも通りだから気にならないけど、妹もまた普段より甘えているわけで。
べーと舌を出してフェルメールを挑発しているアルがどこに居るかというと、僕の隣りに座りながらも、器用に膝の上に頭を乗せてしなやかな猫のように上半身だけをだらけさせのんびりとしている。
これも、どうやら記憶を失っている間に僕が了承した事らしい。
幼い頃は、よくしてあげてたから文句はないけどさ。
「まあ、アルに関してはいつも通りか」
「余計なおまけがいるけどね」
「……」
ああ、そうだった。
思い出すと同時に、ニコニコしながら窓際に視線を向けたアルの蒼い瞳に、白髪の青年の姿映り込んでいた。壁にも凭れず、ただ目を閉じてじっとしているその青年は、己の主が放つ皮肉にも全く動じていない。
アルのばか。敢えて、見ないようにしてたのに。そりゃあ、決着をつけないといけないのは分かってたけどさ。
はあ、と重い息を吐き出して、仕方なく愛しい妹が名付けたという彼の名を呼ぶ。
「ノア」
「……」
返事もないとか。まあ、いいけど。
僕の呼びかけにさして嫌がりもせず、ただ無言のまま鮮血のように赤い瞳で僕を射る。
「昨日は、助かったよ。……それと、男に二言はないからきちんと言うよ、君を妹の従者として正式に認めよう。ただし、もしアルミネラを傷つけたり裏切ったりするようなら、僕が思いつく限りのありとあらゆる方法で罪を償ってもらうから」
「罪を償う、か。随分とお優しい坊ちゃんで。だが、俺は彼女を裏切るつもりなどない。彼女の手となり、足となって全身全霊を込めて仕えると決めたんだ。ただ、それはあんたじゃない。あんたも、そこは理解しておいてくれ」
ずっと両親や僕が切実に求めていたはずの妹に忠実な従者が現れてくれた、はずなんだけど、どうもそりが合わない気がする。というか、むしろ少なからず僕に対して敵意があるというか。
しかも、僕を小馬鹿にしているから、先程から部屋の片隅で待機しているサラから異様な気配が漂ってくるのが分かる。……鬼だ、いや、夜叉かも。ちなみに、そんな不穏なオーラをサラが背負っている事など、アルと僕以外の人間は気付いていない。
「言っておくけど、ノアもイオに手を出したら許さないから」
「はっ。ありえ」
「差し出がましい事は存じますが、私から。構わないでしょうか?」
恐い。恐いってば、サラ。
アルの警告に鼻で一笑したのがとうとう我慢ならなかったのか、ノアの話の最中にサラが発言を求めてきてしまった。その威圧感に押されて、ノアが眉を顰めながらも口を閉ざす。
一体、何を話したいのかと困惑する僕とは逆に、アルミネラは何故か興味津々の状態でウキウキと返事をした。
あー、駄目だ。あれは、また新しいおもちゃを見つけたみたいな顔してる。
「どうぞ!」
「それでは」
アルから了承を得たサラは、僕に対して一礼すると身構えたノアの方へと無言で歩み寄り、いきなり彼の耳を思いきり引っ張った。
「っ!?」
数々の戦闘や暗殺をこなしてきたにも関わらず、ただの一介の侍女に不意打ちを食らわされた事にノアは驚きを隠せないようだ。
「アルミネラ様の従僕とは、エーヴェリー公爵家に仕えるということ。それがどういう意味を表すのか、まだ理解していないようですので彼にはそれなりの躾が必要かと」
「ったた!やめっ!だ、だいたい、俺は表だって動く方じゃない!裏方なんだから、そんなもの必要な、って!……なっ!」
言い訳無用とばかりに、サラが無表情のまま引っ張った耳ごとノアをひっくり返そうしたので、彼は負けじとわざと同じ方向に動いて受け流す。
寮に防音が完備されていて良かった。と思ったのは二度目。
以前、異国の王子様を匿っていた際にもこんな風に暴れていたはずだから。
「……なるほど。ただのメイドじゃないってことか」
「サラに負けるようじゃ、僕の持ち札にはなれないよ。んー、良いこと思いついちゃった!」
わあ、お兄ちゃん、何だかしばらくぶりに嫌な予感がするんですけど!
「サラに師事して合格点をもらえるまで、ノアはここで修行すること!」
やっぱりか。やっぱりなのか、ああ、もう。
アルの言葉に、僕と同じくノアががっくりと肩を落としたのはいうまでもない。ざまぁみろ、とは言いがたい自分の身の上。
「それって、ただの厄介払いだろ」
「ほんと、それ」
ボソリと呟くフェルメールに思わず同意したら、何か言った?とにこやかに微笑むアルに対して二人で同時に首を振った。
「サラは、それでも良いの?」
アルミネラの事はさておき、そもそも師事される側の意見はどうなんだろうか。長年の付き合いで、彼女の答えは分かるけれども、敢えてサラに問いかける。
「イエリオス様がよろしいのであれば」
だよね。うん、分かってた。
だから、彼女に委ねることにした。
「どうするのかは、サラに任せるよ。僕の侍女はサラだけだから」
無理はしない範囲でね。
「……、了解致しました。立派な従僕に育てあげてみせます」
「本気かよ、俺の意志は?」
「では、まず服装から正さなくてはなりませんので」
「って、ちょっ、うわぁぁああああっ!」
ずるずると細い腕でノアを引きずりながら、サラが心なしか嬉しそうに部屋から出て行ってしまった。遠くの方で、ノアの叫び声が聞こえてくるが……うん、無視しよう。
屋敷にも、数人ほどサラに師事した侍女や従者がいるけど、彼らはかなり優秀な人材として育っているしノアもきっとそうなるに違いない。というか、なったら良いなという願望。
「はあ、良かった。ずっと見張られてる感がして、嫌だったんだよね」
「おーまーえーは!やっぱり、そうだったか!だから、連れてきて早々、イオが認めるか認めねぇかって話をだしにして、あいつにイオの警護を頼んだんだな」
「え?そうなの?」
それは、全然気付かなかった。
彼が役立つかどうかの約束はともかく、まさかずっとノアに監視されていたなんて。
「そうじゃなけりゃあ、お前が階段から落ちたその日に俺たちが来る訳ねぇだろ、って記憶がなかったっけか。それに、お前らの従姉に関しても、お前に抱きついたとかで苛ついて、あいつに襲撃を頼もうとしてやがったしよ」
「結局、しなかったじゃん!ま、まあ、いいでしょ、もう。イオの記憶が戻ったんだから……いや。それで思い出した。闇討ちして貰わなくちゃならないのが、確実に一人いる。僕のイオに、手を出したっていう」
「あーもう!落ち着こう、アル!その人は、というか彼らはちゃんと学院が処罰してくれる予定だから!」
僕には全く記憶にないけれど、偶然にも僕が寮へと帰る途中、とある女子生徒の頼みによって不良グループがオリヴィアを拐かしたのを目撃してしまったという。記憶を失っていても、その状況に目を瞑る事は出来ず、やはり当然のごとく僕はのこのことついて行って、同じように捕まり、あんな目に遭ったのだとか。
彼らに金銭を与え、それを実行させたのはフィファナ・ピューター嬢。僕の記憶にあるフィファナ嬢は、隣国クルサードから留学していたヒューバート・コールフィールド様との一連の出来事に出てくる登場人物としてだろうか。
彼女は、セラフィナさんに婚約者を奪われたと主張するもう一人の女子生徒と結託して、僕にもセラフィナさんを非難するように要求してきたのだ。まあ、直ぐに断ったけど。
それでも、ヒューバート様が国内に居る間は、何度も無言で威圧してきてくれたのだから、あの頃の僕の胃を弱めた一因とでもいえるだろう。
乙女ゲームの世界とやらでは、主人公に婚約者を奪われるのはよくある出来事らしい。それは、大変同情に値する。
だけど、ついにそんな不幸があった彼女にも、新しい婚約者が現れたのだ。
彼女は、今度こそ幸せになりたいと思った事だろう。けれど、執着心と嫉妬深くなった彼女の前に、今度は僕の従姉、オリヴィア・クレイスがたまたま最愛の婚約者に声をかけてしまったのがきっかけだった。
当然、嫉妬で前が見えないフィファナ嬢はオリヴィアにつっかかっていったけれど、逆に恥をかかされてオリヴィアに対して強い恨みを抱いて報復する事を決意した――というのが、今回の出来事の流れだったようだ。
今日の学院側とオーガスト殿下立ち合いの元で行われた事情聴取で、フィファナ・ピューター嬢がそのように涙ながらに自白した。
それから、ピューター伯爵からの正式な謝罪文書と彼女も自ら頭を下げて謝罪をしてくれたけど、どうやら彼女はこのまま退学して修道院に入る事となったらしい。
格上の貴族の子女に手を出したのだから、当然お取り潰しも覚悟しているという彼女の父君の文章を教師が読み上げている際には、フィファナ嬢も自分がどれほど愚かな過ちを犯したのか分かっているようで涙を流して聞いていた。
何とも居たたまれない結末だけど、貴族社会ではよくある事なので、余程のことがない限り、それが覆される事はないだろう。
ただ、彼女の新しい婚約者という生徒が廊下で彼女を心配そうに待っていたのは印象深くて、心が痛んでしまったけれど。非常に残念に思う。あの誠実そうな彼の真摯な態度には好感が持てたのに、彼女は自らその手を放してしまったのだから。
それと、僕たちというより被害者に配慮してその場に居合わせなかった不良たちも、停学や退学といった刑罰が与えられるという事だった。
だから、あの時僕を襲っていたリーダー格の男も、退学処分を受けて既に自主退学したらしいって聞いたんだけど。
「だって、許せないじゃん!イオに触れて良いのは私だけなのに」
「覚えてないけど、変な事はされてないよ!だから、落ち着いてってば」
まるで機嫌を損ねてしまった子供のように、膝の上で暴れるアルを何とか宥めたくてその温かい身体を抱き締める。本物の子供みたいにホカホカしているので、思わず笑ってしまった。
「……イオ」
「ん?」
しばらくそうしていると、ピタリと動きが止まって、珍しく真剣な顔のアルが胴体を起こした。
「……アル?」
急にどうしたのだろう、と思う僕の頬を両手で包み上げられ、鏡のように視線が交じる。
今回は、さすがに記憶を失って心配をかけてしまったから、怒られるのは分かってる。そう覚悟して、僕より淡い蒼色の瞳をのぞき込むと、剣呑な色が滲み出ていた。
……え、ちょっとこれは。
「ア、っ!」
「何度も何度も、赤の他人に変な事をされそうになるなら、いっそ、っ!」
「まっ!」
急に手に力が加わり、案の定アルの顔が近付いてくる。
まさか、妹に迫られるとは思わなかった。なので、思いきり油断していた僕を今まで感じた事がないぐらい強引に引き寄せて、唇同士が重なり合いそうになった、瞬間。
「こんのっ、阿呆!!」
エルとセラフィナさんの悲鳴をバックに、フェルメールが素早い動きでアルの頭へとかなり強めに手刀を打って事なきを得る。
「ったぁい!」
「はあ。っぶねぇ!ヒヤヒヤさせんじゃねぇよ!」
「フェルこそ邪魔しないでよ!イオの初めてを他人に奪われるくらいなら、私が先に貰っても良いでしょ!」
鼓動が勢いよく跳ね上がり、今もバクバクと音を立てているけれど。
……びっくりした。
はあ。本気で、今の行動には驚いた。
しかも、大胆にもセクハラ宣言とか、ほんとにどうすればいいんだか。
男ばかりの暮らしって、そうなっちゃうの?周りが男の子ばかりだと、そういう遠慮の無い単語がたくさん出るの?……本気で、泣きたくなってきたよ。
今も続いている二人の言い争いにもついていけず、脱力しながら額に手をやる。
「……アル。その、もう少し慎みを持とうよ。騎士になりたいのは分かるけど、兄としてそういう発言はちょっと」
「ごめん、イオ」
いや、その顔は反省してないでしょ。もはや、妹にすら危機感を抱かなくてはならないのかと思うと、頭が痛くて仕方ない。
「私も、ドキドキしてしまいましたわ」
「アルミネラ様に襲われかかったイオ様、オイシイ。やばい」
「……」
うん、セラフィナさんは通常運転か。もう、気にするまい。彼女が、どこか次元が違う場所にいようと僕はもう深く考えないからね。
お前はしばらく接近禁止だ!とフェルメールに言われて、僕の膝から強制的に退けられたアルはエルの横でふてくされていると、サラが用意してくれた果汁百パーセントの葡萄ジュースを目の前にして瞬時にご機嫌を取り戻したようだった。さすが、サラ。アルの好物は完全に熟知している。
「……ふう。それで?結局のところ、そのオリヴィアっていうのは何が目的で編入してきたんだよ?」
なんて言いながら、今度はフェルメールが僕の隣りに座りこむ。僕とアルを離して、妙に清々しい顔をしているのは気のせいだろうか。って、アルも。そんな恨みがましい目でフェルメールを見ないように。
ほんと、最近特に僕よりフェルメールの方がアルの兄のように見えて羨ましい。そもそも、こんな風に喧嘩出来るぐらい仲が良いんだもんね。
僕たちは、双子だからなのか、それとも僕たちだからか、今まで一度も喧嘩なんてした事がない。それが、異常なのか正常なのかも分からない。
前世では、弟とはよく喧嘩したけど。
アルとの関係は、弟とのそれとは違う気がする。……そして、彼女も。
「オリヴィアはね、進級せずに婚姻を結ぶ事になっているんだって。相手は、九つ上の地方伯のご長男だと言ってたよ」
「ええっ!?そうなの?」
「まあ!いつ、お聞きに?」
「それは――」




