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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第三章 恋とはどんなものかしら?
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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。


今回は長めなのと、中盤にBL色が強くなりますのでご注意を。


 ちょっと、何なの?いい加減にしてちょうだい。あたくし、貴女のそういう態度が昔から大っ嫌いなの。そうやってにやけた顔を見せておけば、誰でも甘い顔をするとお思い?くだらない子ね。え、何よ。ちょっ、あっ、あの子の事なんて一言も言ってないわよ!だ、第一、あたくしはお父様の命令に従ったまでで……え?あの子に伝える?あっ、こら!おやめなさいったら!きっ、嫌いなんかじゃ、……っ、……………………好き、よ!





 記憶を失ってからの一週間で、この古めかしい校舎に足を踏み入れた事はない。

 なので、どういった構造をしているのか全く分からないし、微妙に気味が悪いのだが、とにかく俺は不良たちの後をこっそりとついてきていた。

 国中の貴族が集まる学院とあって、別段校舎内も汚いわけでなく荒んでいる様子もない。

 ただ、どうやら今現在はあまり使われた形跡がないところを見るに、旧校舎の類といったところだろうか。

 つまりは、不良が集まる典型的な場所だろう。

 校舎に入るまでは、あれだけ激しく抵抗をしていたオリヴィアも、中に連れ込まれてしまえば、今度は恐怖を感じているのか声も出せず、両腕で己の身体を抱きしめながら不安そうな表情を浮かべ大人しく従っているようだ。

 そりゃあ、上流階級で育った女の子がたった一人きりで、不良に絡まれるのも初めてなら、こんな風に連れ込まれるのも初めてだし恐ろしい事この上ないだろう。早くどうにかしてあげたい。

 二階に上がって、一番奥の教室がどうやら彼らの根城らしい。

 こっそり廊下の端から覗いていると、きゃっ!という悲鳴と共に、オリヴィアは乱暴に背中を押されて教室の中へと入っていった。

 しまったな、教室に閉じ込められたら状況が把握出来ない。

 室内の様子を確認したいが、彼らは警戒を怠ってはいないようで、四人が教室へと入り、残る一人は入り口に座り込んでしまった。

「……」

 さっき、ライアンに捕まる宣言をしたとはいえ、どうにか隙をついてオリヴィアと逃げられたらと考えていたがこの状況では難しそうだ。

 だが、あっさり捕まるのも馬鹿らしいな。

 ……ふむ。

 今、俺が持っているものといえば、学生鞄にお弁当を入れている袋。後は……靴ぐらいだが。

 お弁当袋にしても靴にしても、まさに捨て身の作戦になるだろう。格闘家ではあるいまし、それが武器になるはずもない。まあ、使えるものは使う、これは学生時代の俺の実践経験だけど。

 ただ、無難に考えて、付近の教室を漁れば掃除道具など出てくるかもしれない。むしろ、ほうきでもあれば、振り回すだけでも成果はあるか。

 よし。だったら、時間も惜しいし探しに……

「今から何をしに行こうってんだ?」

「っ!?」

 決して、油断していた訳じゃない。

 なのに、振り返ったと同時に、後ろから強く左腕が引っ張りあげられ、持っていたお弁当の入った袋が落ちていく。

「だっ、誰だ!?」

 その衝撃音で、見張りの役の男が慌てて立ち上がり、こちらへと向かってくる足音が廊下に響き渡り、俺は逃げるのを断念した。

 さっきまではこれ以上敵はいないと信じていただけに、自分の詰めの甘さが恨めしい。

 振り返った先にいたのは、俺の腕を掴む上級生とみられる体格の良い目つきの悪い黒髪の男と、目深くフードを被ったローブ姿の人物だった。

 腕の痛みに顔を顰めながら睨みつけると、男は俺を舐めまわすように上から下へと何度もジロジロと見てから口笛を吹く。

 分かってはいたが、この体は幼すぎて小さい。十四歳のイエリオスからすれば、この男の体格は熊のような大きさに見える。多分、実際は高校生の平均的身長だっただろうが、今の俺には凶悪でどう猛な野生の熊にしか見えない。

「あいつら、へましやがってと思ってたが……これはこれは。まさか、国色の姫君とはな。上玉を釣り上げるたあ、褒めてやるか」

「……アルミネラ・エーヴェリー?いいわ、その子も制裁して」

 女性の声?ということは、ローブの人物の正体は、女?

 どこか聞き覚えのある声だったように思えて、一瞬だけ視線を逸らした俺の隙を見逃さず、男にぐいっと顎を掴まれて顔が近付く。

「……っ」

「確か、今は声が出ないって噂だったが本当らしいな。愉しみは半減しちまうが、滅多にお目にかかれないような高級品なら王子サマより先に味見するのも悪くねぇか」

 下劣な奴め。

 その厭らしい笑みと下世話な話に嫌悪感が湧き起こり、衝動で男を睨み付けた。

「どこまで、その威勢が続くだろうな?」

「……」

 女装さえしてなければ、腕が使えない分、足でどうにでも出来たのに。しかも、制服は元々長めに設定されている上、可愛さを重視して裾から見え隠れするボリュームのあるパニエまでがワンセットだ。歩きづらくて大変だったぐらいなのに、蹴り上げるのも相当邪魔で動きに勢いがつかないだろう。せめて、相手の股間を一度だけ攻撃出来れば。

 そうこう悩んでいる内に、見張り役の男がやってきて俺と男たちを無言で交互に見たかと思うと顔を真っ青にさせて頭を下げた。

「すっ、すいません!まさか、女がついて来てたなんて」

「彼女、山猿ですもの。それより、あの女にさっさと会わせて頂戴」

「だとよ。ほら、さっさと案内してさしあげろ」

 黒髪の男は、厭らしい笑みを隠しもせず拘束したまま歩きやすいように俺の腕を捻り上げるとオリヴィアが入っていった教室へとせっつかせた。

 その手馴れている感じにも、不快感が増す。見張り番が頭を下げるほどの相手なのだから、この男が彼らを纏めるリーダーだというのは予想が付く。素性も知らない相手だが、こういった輩を纏めるぐらいだから、そうとう腕の立つ人物なのかもしれない。

 ……記憶を失って初めて行ったあの時の学生食堂にもいたような気もするが。

 いずれにしろ、このまま彼らを放置していても再びこういった犯罪まがいのことを繰り返すのは明白だ。どうにか、捕まえられる事が出来たら良いのに。

 なんて、逆に捕まっているという今の状況じゃあ笑われるのがオチか。

 教室に到着すると、やはり俺を捕まえている生徒が中心人物のようで中で待機していた四人の生徒が一斉に頭を下げた。こういう不良の世界は、ある意味運動部と似ていて縦社会だから面白い。いや、現状は面白くないけど。

 机や椅子は、端っこによせられていたり何か所かに固められていたりと、かなり彼らの使いやすいように工夫されていたので素直に感心してしまう。

 教室内を見渡す俺に、彼らが驚いて動揺していたみたいだが、そこまで構ってやる余裕はなかった。

 ともかく、俺の第一の目的といったら――

「……っ!」

 ああ、無事で良かった。

 教室の隅々を見渡し、探し求めていた存在は、教室の片隅で俯いて座っている一人の少女オリヴィア・クレイス。

 まだ何もされていない感じで、身動きせずじっとしているオリヴィアを見て安堵する。せめて、不安を拭ってあげたくてオリヴィアの傍へと行くのに暴れ出した俺を鼻で笑い、男は拘束の力を強めて呟いた。

「っふ、くく。感動の再会ってか」

 その声に反応したオリヴィアが、ようやく振り返って俺に気付いた。

「……えっ?ど、どうして……どうして、あなたがこんな所に?」

 驚愕に開かれた眼で、俺を食い入るように見つめながら両手で口元を覆う。こんな場所で、俺に遭うとは思ってもいなかっただろう。俺だって、本当はこんな所での再会は遠慮したい。

 助けにきたんだ――そう言えたらどれだけいいか。

「……っ」

 どうにかしてこの気持ちを伝えたくて、何度か首を振りながらも声なき声で口の名前を呼んで彼女へと手を伸ばす、が。

「おっと。あんたは、俺の獲物だから離さねぇぜ」

「っ!」

 あっさりとその手も掴みあげられ、あっという間に纏めて後ろ手にされてしまった。

 ……ああ、くそ。そうか、そうだったんだ。

 ここで、ようやく男の意図が見えて舌打ちしたいのを我慢する。

 つまり、俺はオリヴィアを更に絶望に貶めるための余興として使われたのか。

 今更その悪意に気付いて嫌悪する俺を見て、男は愉しげに笑いながら仲間のネクタイで俺の両手首を縛り上げた。

「さぁ、次はあんたの番だ。俺は、それまで少し遊んでるぜ」

 自分の手が空いたのを良い事に、後ろに立っていたローブの女に声をかけて傍にある椅子に座り込んで、抵抗して離れようと足掻く俺を膝の上に座らせる。

 相手は俺をアルミネラだと勘違いしているからこそ違和感はないだろうが、同性である俺としては本気で勘弁してほしい。何が悲しくて、男の膝の上に座らなければならないんだ。

「そう、ご苦労様」

 ふっと息を吐き出して、ローブの女はオリヴィアに近づいていく。

 ああ、なるほど。そういう事か。

 彼らの会話と行動を見ると、ようやくこの監禁まがいの一連の流れが分かった気がする。

 最初に目にしたのが、彼らがオリヴィアを拉致しようとしていた所だったが、実はオリヴィアに用事があったのはこのローブ姿の女性で、彼らは金でも積まれて手伝ったのだろう。

 だから、この男は俺を自分の獲物だと主張して、今は俺を弄ぶ事を楽しんでいるのだ。

「……っ」

 男特有の固い筋肉の椅子に座らされて、髪や顔を撫で回す手つきが厭らしい。たまに、危うい部分も触れられるのが気持ち悪くて声が漏れそうになってしまうが、歯を食いしばってそれに耐える。

 オリヴィアの事が心配ではらはらするのに、男からの性的な触れられ方で直ぐに現実へと引き戻されてしまう。

 俺が、漆原伊織として生きてきた当時すら、こんなセクハラまがいの行為を受けた事はない。屈辱としか言いようがないぐらいなのに、為すがまま身を捩るほかない。

 耳元で男が荒い息を飲み込み、興奮している様子を様々と見せつけられる。

 はっきり言って、気持ち悪い。

 ……ああ、この体が恨めしい。

「オリヴィア・クレイス。いいざまですわ、わたくしを侮辱したからこのような報いを受けるのよ」

「……貴女は?」

「覚えておいでかしら?あなたに、婚約者を馬鹿にされた女よ」

 そう言って、フードをぱらりと後ろへ落とした途端、見覚えのある垂れ目に豪奢な金髪がローブの上に一房零れ落ちた。


 彼女は、確か――


「どなただったかしら?」

「なっ!」

 本当に記憶にないのか、きょとんとした目で頬に手を当てるオリヴィアの言葉に、相手は顔を真っ赤にさせる。

 逆上させてどうするんだ!ああ、もう!と内心で憤る俺の気持ちなど露知らず、オリヴィアが今度は逆の方向へと首を捻った。

「本当に分からないわぁ。きっと、あたくしにとって、これっぽっちも記憶に残らない程度の女だったって事ね」

「ふざけないで!」

「きゃっ!」

「……っ!!」

 パシンと綺麗な破裂音が鳴り、オリヴィアの頬が赤く染まる。叩かれた勢いで反対を向いたオリヴィアのもう一方の頬に、更に追い打ちがかかった。

「このっ!あなたなんか消えれば良いわ!人前に出られないくらいに、ズタズタにしてやる!」

 彼女は怒りのまま、更に何度も両方の頬に手のひらを打ちこんでいく。不良たちにすら引かれるぐらいの剣幕である程度繰り返すと、頬を腫らしたオリヴィアに満足したのか息をきらしながらも嘲笑を浮かべた。

 なんというか、壮絶過ぎる。

 それは、まさしく狂気にも似ていて初めて女という性が恐ろしいと思える瞬間だった。

「ふっ、ふふふっ!無様ね!ふふっ」

「……これで、満足したかしら?あたくしを貶めたいのなら、いくらでもすれば良いわ」

 恍惚に歪んだ笑みを浮かべた少女とは対照的に、両の頬を腫らしたオリヴィアは淡々としており、今まで聞いた事のないような低い声を吐き出す。

 記憶を失って、まだ短いながらも俺は今日まで何度も色んなトラブルの渦中にいたオリヴィアを見てきた。……はずなのに。

 今、俺の目の前にいるオリヴィア・クレイスはまるで別人のような顔をしている。


 一体、どちらが本当の彼女なんだろう?


 喜怒哀楽、そのどれも全力で出しきるのがオリヴィアだと思っていたのに。

「フン。気に食わないわね……ああ、分かったわ。それなら、今度はあなたの従妹に制裁を受けて貰いましょう。あの子も、気にくわなかったのよね。殿下の婚約者というだけで、態度が大きいし偉そうだもの。ここで辱めを受ければ、その地位も剥奪されるのではないかしら?」

 ぎょっとする俺をちらりと見やり、なんて名案かしら!と両手を合わせて微笑む少女は、やはりどこか狂っているように見える。

 オリヴィアの態度が気にくわなかったとはいえ、速攻で俺にお鉢が回ってくるとは思いもしていなかった。辱めと言われても、俺の正体がバレるぐらいだがそれは最重要案件の極秘事項だとどこぞの軍隊のように重々しく言われたし。

 やばいなと内心で冷や汗を流す俺をよそに、男は俺の唇を弄っていた手を止めて眉根を寄せた。彼女がオリヴィアをいたぶっていた間、どんどん際どい行為にまで及んでいて、その度に嫌がる俺の反応を見て愉しんでいたのだ。もはや、変態としか言いようがないだろう……じゃなくて。一人勝手に盛り上がっている所を中断されて、やや不機嫌になったらしい。

「ああん?もういいのか?」

「良いわ。二人とも、後はあなた方でお好きになさって?」

「くくっ。悪いおじょーサマだぜ」

 典型的な悪者同士といった二人は、正しく典型的な厭らしい笑みを浮かべあうもので。俺の背筋をぞわっと震わせるには充分だった。

 一難去って、また一難。というか、ここまで赤の他人に自分の体を撫で回された事なんて生まれて初めての経験で、この時点でもはや俺の活力はゼロに近い。なのに、それがまだほんの前戯でしかないという事実に、早くも心が折れそうだった。

「さてと、それじゃあさっさとやっちまうか」

「っ!」

「や、止めて!!その子だけは許してちょうだい!!」

 男に立たされた俺を見て、先程までとは打って変わってオリヴィアの態度が変わる。自分の事なら、ただ無感情に受け入れていただけなのに。

 痛めつけられた両頬を赤く染めながらも、顔を真っ青にしたオリヴィアは気力を振り絞るように立ち上がると、髪を乱しながら急いで俺と男の元へと駆け寄ってきた。

「あたくしならっ、あたくしなら何をされても良いわ!だから、この子だけはっ!」

 彼らがどう応えるのか、聡い彼女なら分かっているはずなのに。

 それでも、真剣な眼差しで訴えるオリヴィアから目が離れない。

 あれだけ、俺を避けていてどうしてそこまで庇うのだろう?彼女の本心が分からない。

 そんなオリヴィアに嘲笑を浮かべ、男はまるで己の物だと主張するように俺の腰に腕を絡めたまま少女に視線を走らせた。

「……だってよ。どうする?」

「もう手遅れよ」

「だ、そうだ」

「そ、そんなっ!な、なら、せめて先にあたくしを貶めなさい!そもそも、あなた方の目的はあたくし一人だったはずで」

 その途端、オリヴィアの願いを無慈悲にも拒絶したにも関わらず、男は彼女のしつこさに苛立ちを隠せなかったのか、勢いのまま手を振り下ろし彼女を強く払いのけた。

「っ、きゃあ!!」

「……っ!」


 ――なんて事を!


「ああ、ったく!ごちゃごちゃとうるせぇオンナだな!そう急かさなくても、こいつの後でたっぷりと可愛がってやるよ!」

 ……っのやろう!

 オリヴィアが倒れ込んだのを見届けてから俺の肩に手をかけようとした男の隙を突いて、今度は俺がその腕に噛みついてやる。

「ぐあっ!?くそっ!痛ぇだろうが!!」

「っ!」



 ――――っわ、やばっ!!



 予想した通り、男が逆上して俺を振り払って。

「くっ!」

 ドカッと鈍い音と共に、今まで必死で我慢していた声が漏れた。


 男から離れる為に起こした行動はここまで。

 それに、払いのけられたのも計算通りだが。


 ここで、一つ見誤った。

 つまり、俺は今、両手を縛られた状態であるということ――要は、俺は身を守る事も出来ず、勢いのまま激しく壁にぶつかっていったということだ。

「なんてことを!」

 オリヴィアの焦った声が、近くで聞こえる。

 叫ぶぐらいには無事なようで良かったと思う、本当に。



「……っう」




 ああ、だけど――――









 ぶつかった衝撃が激しくて、一瞬、脳が激しく揺さぶられたみたいになって軽くめまいを起こしてしまう。背中に痛みが走って、息苦しさに呻いていれば、縛られた腕を強引に引っ張り上げられた。

「随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか」

「……な、なんのこと?」

 とにかく、あちこち痛くて仕方ない。眉を歪めながら相手を見ると、彼は何故かニヤニヤしながら笑い出す。

「ははっ!俺のおかげで声が戻ってんじゃねぇか。こりゃあ最高だぜ、今まで出なかった分、叫ばせてやるよ!よがり声を、な」

「あっ!」

 無理な姿勢で引っ張られて後ろ歩きに足をもたつかせていれば、今度は何台か机を寄せて広げたスペースの上に上半身を乗せられる。何とか逃げようと身体を動かしてみても、両腕を後ろ手に拘束されている状態だし、そもそも机の上は固くて痛くて身動きが取れない。

「あのおじょーサマがそこの女をいたぶってる時に、反応が面白くて愉しませてもらったが、どうやらあのクソ王子はまだてめぇに手を出しちゃいねぇようだな。だから、俺が先に可愛がってやるよ……いや、いっそ俺のオンナにしてやる。どうせ、中古は貰い手がつかねぇからな」

 真上から顔をのぞき込まれ、欲情している顔を見れば、自ずとこれから何をされるのか否が応でも理解してしまう。


 ――これは、明らかに絶対的ピンチだ。


 ひやりと背筋が凍って固まっている間にも、目の前の男はわざと焦らすように、片手でスカートの中のパニエに隠れた太ももを撫でながらも器用にもう一方の手でタイを外し、制服のブラウスのボタンを一つずつ外しにかかる。

 素肌が冷気に晒されていくのを感じて、思わず息を飲み込んだ。

 いや、ちょっと待って。これは、無理。これは、さすがに無理だから!

「やっ、やめて!」

「安心しな。最初は優しくしてやるからよ」

 そういう意味で言ったんじゃない!

 逃げたくても腕は拘束されたままで、さすがに、胸元近くまでボタンが外されそうになって限界を感じた。



 ……ああっ、もう駄目。





「……う、さん!ノア、降参するから助けて!!」





 叫びというより悲鳴に近い助けを呼ぶ声に、男の指がピタリと止まる。

「ああ?何、言って、って誰だ!?」

 いぶかしがって不意に顔を上げた男の目に映ったのは、教室の中心に立つ見知らぬ人間で。彼のその一言で、ずっと様子を見ていた生徒たちも驚きを隠せないで狼狽えた。

「……」

 そんな彼らに、冷え冷えとした顔で無言を貫き通すのは、白髪に鮮血のような赤い瞳を特徴に持つ若い男。

 前世ではアルビノと言われるような遺伝子疾患の持ち主だけど、この世界では滅多に見られないまさに異形のような出で立ちとなる。

 だから、そんな彼がそこに立っているだけで圧倒的な存在感を放つのだ。

 誰もが目を逸らせないでいると、床を見据えていた赤い瞳がゆっくりと持ち上がり、異分子を排除しようと動き出す彼らをとらえる。

「くっ、この!」

「ちくし、うっ!」

「一体、どこから、っうう」

「こ、このっ、うあああっ」

「ひっ!や、やめっ、ゴッ」

 彼らが動くよりも先に、彼は風のように動き回り男の仲間たちがあっという間になぎ倒されていった。

 片や、武道の心得もないような素行の悪そうな生徒たち、それに比べて彼は敏腕の暗殺者なのだから、勝負にすらならない。あっさりと彼らを打ちのめして立っていたのは、当然、白髪の男、ノアだった。

 気付けば、残っているのはローブの女生徒としなだれて座り込んでいるオリヴィアと――そして、未だに体の上から退かない男だけ。

「おまっ、何者だ!」

「何者だとしても、お前には関係ない」

 今度は、ちゃんと返事するんだ。なんて場にそぐわない事を考えていると、男がようやく離れてくれてホッとする。

「っ、のくそが!」

 突然現れた男によって、いきなり形勢が逆転したのに苛立って、男が真っ向から殴りかかる。だが、それを見越して瞬時にノアはあっさりと避けた。

「黙って寝てろ」

「ぐっ!」

 そのノアの拳を、男は頬を掠める程度に避けきれたのだが、追撃で放たれたキレのある蹴りに不意打ちを食らって、驚く間もなく昏倒してしまった。

 ……凄い。まさか、二回の攻撃で仕留めるなんて。

 後ろ手に縛られているから、身を捩ってその光景を見守っていただけに、あまりにも決着が早くてしばらく呆けていたほどだった。

 しかも、ついでとばかりにローブ姿の女生徒も手刀で気絶させたのだから、もはや、手並みが鮮やか過ぎるとしか言いようがない。

「あ、あなたは一体何者なの?」

 無駄な動きを一際せずに、ただ者ではないと容易に分かる彼に向かって、困惑した顔のオリヴィアが声を掠れさせながらも問いかける。まあ、助けての言葉で現れたのだから、彼がこちらの味方だという事は理解しているはずだろうけど。

「……」

 当然、無視を決め込みながら、彼は淡々と身動きの取れなかった体を起き上がらせてネクタイを解いてくれた。その無駄のない作業を見ながら、オリヴィアもとうとう口をつぐんでしまった。

「……ありがと」

 急に静かになった教室に、自分の声が溶け込んでいく。

 心の中では、非常に居たたまれなくて、逃げだしたいぐらいだけど。

 なんというか、やるせない。一体、どうしたらこんな事になるんだろうと思うほど、疲労感が増している。

 しかも、さり気なく己が身に纏っていた上着なんかをかけてくれたりしたので、更に身をよじる思いがした。

 そこへ。

 急に、バタバタと複数の足音が遠くから響き渡り、ノアは物音一つ立てず、スッと窓から身を投じて消えた、と同時に。

「ここかっ!!」

「アルっ!?どこですのっ!?アルミネラっ!!」

 教室の扉を開いて入ってきた男性教諭の後から、ライアンと今にも泣きそうな表情のエルフローラが続いて入ってくるのが見えて、ようやく緊張の糸が切れた。

「ああっ、アル!何てことなの!もっ、申し訳ありません、わた、私の責任ですわぁ、うっ」

 男に押し倒されていた机の上に座っていたから、目に付きやすかったのだろう。不安を滲ませた銅貨色の瞳が直ぐにこちらを捉えたかと思うと、彼女は涙を流すのを我慢することなく近寄ってきて、震える身体で抱き締められた。

 ――――ああ。

 きっと、今までずっとこうして震えていたに違いない。

 己より相手を大事にするエルの心が愛おしくて、宥めるようにこちらからも彼女の身体に腕を回す。

「……アル?」

 まさか、自分も抱き返されるとは思わなかったのだろう。驚いて、身をすくませた彼女の身体を更に抱き寄せ、そっと耳元に口唇をもっていく。

「じゃあ、責任を取ってもらおうかな」

 ちょっとした、いたずら心に本物の灯がともった。

「え?」

 大事にしなければ、という思いと共に呟いたのは。



「僕と、離れないで。ずっと、一緒に居て欲しい。……あ、まだまだ先の話だけどね」



 途端、かあっと顔を真っ赤にしながらもエルが驚く。

「……イオ、さま?記憶が戻って?」

 ぎこちない問いかけも可愛いなと思いながら、今まで自分が何をしていたのか思い出せないので曖昧に頷いた。

 記憶が戻る、という事は、やはり僕は記憶を失っていたんだろうか。確かに、思い出すのは、階段から落ちる瞬間だったけれど。

 気が付けば、両手を縛られて見知らぬ男に襲われそうになっていたので、かなり焦ったのは言うまでもない。だから、あの時、瞬時に状況を予想して、記憶を失った状態の僕が何かしでかしたという事は分かった。

 けれども、時既に遅く。

 逃げられない現状を目の当たりにして、アルミネラの犬と呼ばれるノアという男に頼らざるを得なかった。

 あの男は、学院の長期休暇明けにアルとフェルメールが連れてきて紹介されたけど、ナオを追っていた暗殺者だったという事実を聞かされて彼を信用する事が出来なかった。

 闇の中で生きていた住人が、簡単に住み替えるなんて出来ない。それも、依頼を受けて簡単に暗殺出来るような人物など。

 そんな僕の反応を見て、ノアは嫌がりもせずかといって必死になるでもなく、淡々とこう言った。


『それなら、俺が使えるかどうかあんたが決めてくれ』


 もし、頼れる存在だと証明出来たらアルミネラの傍に居る事を許して欲しい、と。

 アルとフェルメールの手前、仕方ないのでその勝負に乗ったけど、まさかこんな風に負けてしまうとは思わなかった。

 悔しいけど、約束した以上仕方ないか。

 エルを抱きしめたまま、はあ、と重い息を吐き出していると、わざとらしい咳払いをしながら影が近づいてくる。

「ゴホン!っん、あー……エーヴェリー嬢、無事だったかな」

 ああ、そういえば何故か一緒に来たんだっけ?何故、居合わせたのかは分からないけど。

 エルは彼に背中を向けている状態なのを良いことに、彼女の幼馴染みの目は今にも嫉妬に狂いそうなぐらいに鋭かった。なんていうか、面倒くさい。

 ここまでか、と仕方なくエルを解放して、上級生である彼に一応頭を下げる。

「ご心配して頂き、ありがとうございます。私は何とか……ですが、どうしてこちらに?」

「はあ?どうしてって、君が手負いの癖にっ、あ、いや」

「……?」

 ライアン・アンダーソン氏は何が言いたいのか、口をもごもごと動かして眉根を寄せると頭を掻いてため息を吐き出した。

 全く、この人は最初っからよく分からないな。

 けど、こうして二人一緒にやってきたという事は、いつの間にかエルと再会していたという事だ。初めて彼に会った時は、えらく好戦的で僕の全てを全否定してきたから嫌われている事は分かっていたのに……微妙になれなれしくなってない?

 覚えてないんだけど、何かしたかな?

 うーん、と思い悩んでいれば、再び廊下からバタバタと慌ただしい足音が響いたので入り口へと顔を向けた。

「はあっ!アルミネラっ!!無事か!!」

「どいて!オーガスト!!アルミネラ様をお助けするのは、この私よっ!!それでもって、めちゃくちゃ褒めてもらうんだからぁぁあ!」

「おわっ!?」

 ……わあ。セラフィナ嬢は今日も通常運転ですね。

 身分など存在しない学生同士とはいえ、上級生な上にそもそも体格差もある殿下の背中を押しやってまで先に教室へと入ってきたセラフィナ嬢に、称賛と生ぬるい視線を送りながらも苦笑いを浮かべる。

 この子にとっては、殿下よりイエリオスなんだろうな。

 僕に向けてというより、イエリオスへの愛が凄い。

「はぁ、はぁ!ア、アルミネラ様!ご無事ですか!あなっ、あなたのセラフィナ・フェアフィールド、ただいま馳せ参じましたでございますよ!」

 うん、どこのお武家さんになっちゃったのかな?時代が違うでしょ、じゃなくてそもそも世界が違うよね? 本当、彼女はどんどん変な方向に向かっているなぁ。

 面白いけど、どうしようかなと困っていると不意にクスクスと笑い声が聞こえてきたので、意外だと思いながらその声の主を振り返れば。

「フフッ。本当に、噂通りの子だったようね」

 オーガスト殿下たちと同じタイミングでやってきた応援の教師たちが、倒れた生徒たちを数人がかりで慌ただしく連れ出している中、両の頬を腫らしたオリヴィアが少し足を痛めたのか引きずりながら立ち上がって僕の所へとやってきていた。

「オリヴィア、怪我は?」

 まさか、彼女までいるとは思わなかったけど、それを確認するのは最善ではない気がして、敢えて見たままの様子を問う。

「こんなの、あなたに比べたら……。あたくしの身よりあなたの方が心配だわ。殿下、オリヴィア・クレイスが全能の女神に誓って申し上げますわ。アルミネラ・エーヴェリーは、決して不埒な真似はされておりません。彼女の身は、純潔のままです」

「じゅっ!?んん、あっ、ああ!受け入れた!オ、オリヴィア・クレイスを信用しよう」

 ああ、そこ、殿下も引っかかっちゃうよね?僕も、いきなり何を言い出したのかと思って驚いた。

 いや、でも、襲われそうになっていたのは事実だから、ありがたいけど。まさか、オリヴィアがアルを擁護してくれるなんて思わなかった。

 というか、僕より何故かエルとセラフィナ嬢がそこまでびっくりしているのかという方が気になるんだけど。

「エル?セラフィナ嬢?」

「……あ、いえ。後でお話致しますわ」

 僕の呼びかけに、セラフィナ嬢がまた驚いたみたいだったが、彼女は何も言わずエルに同意して頷く。

「申し訳ありませんが、本日は心身共に疲労困憊で。これ以上のご説明はまた後日という事で宜しいでしょうか?」

「う、うむ。そうだな、アルミネラもそなたも今日はゆっくりと休むがよい。事情は、また日を改めて聞くとしよう」

「ありがたき幸せにございます。では、さっそくですが、あたくしはお先に失礼させて頂いても宜しいでしょうか?」

「許可しよう」

 殿下の許しを得て、オリヴィアが淑女の礼をして目の前を通り過ぎる。

 その僅かな瞬間、彼女と目がかち合って名前を呼ぼうとしたら。

「……」

 まるで何かを諦めたような、けれど慈しむように柔らかな優しい眼差しで、首を軽く左右に振られてしまった。

 そんな従姉が初めて見せた表情に、驚いて聞きたかった言葉が喉もとに留まる。

 今まで、僕にとって彼女は恐怖の対象に近いものがあったけど、初めて彼女の本質に触れた気がした。



もう0時を迎えましたので、今日ですね。

今日の更新は、用事があるためお休みさせていただきます。

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