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お前から私に質問をしてくるとは珍しいな。これから登城しなければならないので、手短に頼む。……イエリオスを一言で?真面目なのはいいが、少し純粋過ぎるきらいがある。基本的に、問題に対しての認識は正しいが、取りかかり方にいささか遠回りし過ぎて時間を要しているので無駄が多い。だから、その過程でさえも無茶苦茶に見えてしまう。後は、詰めも甘く手ぬるい部分も否めないな。……なんだ?お前が何故、泣くことがある?
「あの……」
これで、合計二十通目。いや、正確には男女合わせて五十二通。
目の前の二人の上級生は、可愛らしく頬を染めながら仲良くいそいそと去って行く。
俺が右手に持っているのは、高級感のある上品そうな薄いピンク色の封筒で。先程、彼女たちの一人から頂いたものだった。
「……」
いや、えっと女装はバレてないはずだけど。
「元々、アルミネラ様は絶大な人気を博していましたが、ここ数日で更にファンが増えましたからね」
「!」
完全にぼんやりとしていたので、後ろからひょっこりとセラフィナが現れた事に驚いてしまった。いつの間に、近づいてきてたんだ?
「後、最近そんな風に隙がみえるので、この機会にお近づきになりたいって人が増えたようですよ」
いやいや。そんなジト目で言われても……俺のせいじゃないだろう。
うーん?と微妙に首を傾げながら、手紙の裏と表をひっくり返しては何度も見返してみる。うん、どう読んでも『アルミネラ・エーヴェリー様』としか書かれてない。
ただ単に、手紙を渡すタイミングが記憶を失っている今と偶然被っているだけのような気がするのだが。……俺宛になるのかな?
そりゃあ、伊織として生きていた頃も、短い人生の中でファンレターと呼ぶに値するものはよく貰ったけど。柔道もしていない、ましてや声も出せない存在に、何を求めているのかが分からない。
「……」
しかも、何が引っかかるって、男だけじゃないのが不思議で。
「女生徒からいただくのは、本当にここ数日の事ですわ」
「!!」
そう言いながら、ひょいとセラフィナとは逆の方向から顔を覗かせたのはエルフローラで思わず声が漏れそうになった。
……心臓にくるから、驚かすのは止めて欲しい。
ああ、びっくりした。授業の合間の短い休憩時間の上に、人気が少ない廊下の端だったから、まだ良かった。セラフィナが来たのは何となく分かるが、まさかエルまで教室から出てきていたなんて。どれだけ、心配してくれているのやら。
「……ふう。元々、自覚はされていらっしゃらなかったのですけれど、イオリ様だと行動を伴っておられるので」
質が悪い――と、言われているようで些か居心地が悪くなる。
行動って、どういう意味だ?というか、エルまでそんな顔をしなくてもよくないか?
「そうそう。この世界にはヅカ的な観劇はありませんからね。いつもなら、不用意に近づけないオーラが出ていて、繊細で風が吹けば倒れてしまいそうな感じの儚げな美人が、躓いた時に手を差し伸べてきたり、落としたハンカチを渡してきたりという、そんな夢のような体験ありませんからね?」
そんなこと言われても。
「しかも、悔しい事にその全てに女神様のような微笑みがオプションでついてくるとか!昨日、放課後に出会った髪飾りを無くして泣いている子の頭を撫でながら慰めてらした時なんて……もうっ!どれだけ、その位置に私が居たかったことか!!くぅっ!」
「……セラフィナさん」
「あっ、ご、誤解ですよ」
勢いのまま話していたかと思えば、にこやかに微笑むエルに呼ばれ、セラフィナが両手を振りながらどこかぎこちない感じに笑い返す。
「……?」
何だかよく分からないが、女の子同士でしか通じないものでもあるのだろうか。
「ま、まあ、つまりは、ギャップも含めてですね、今のアルミネラ様はとても注目を受けていらっしゃるわけですよ」
……注目ねぇ。
困っている人がいたら、普通は手を差し伸べるものだと俺は思っている、けど。……もしかして、『アルミネラ』を演じる上ではそれは間違いだったのだろうか。
もし、そうだったのなら普通に正してくれたら直すんだけどな。
心の内で、そんな風に思っていたのだが顔に出てしまっていたのだろう。両サイドに立つ二人から、やれやれと言った風に、同時にため息を吐き出されてしまった。
あの、二度目に目覚めた時から思ってたけど、君たちけっこう仲が良いよね。
「最近、また呼び名が増えた事ご存知ですか?」
「ええ。そういう事に疎い私でも、聞き及んでおりますわ」
「……?」
呼び名?呼び名というのはあれの事か。確か、『グランヴァル学院の三大美姫』とか『夜の妖精姫』というやつか。
多分、記憶を失う前の俺もそうとう不本意だったはずだ。今の俺ですら、そのあだ名を聞くだけで内心身もだえてしまうのに。
ん?あれ?でも、今、増えたって言ったような。
そんな馬鹿な、と疑いの目で二人を見た俺に、逆に彼女たちの視線から妙な威圧感を与えられ思わず及び腰になってしまう。
「な、なに?」
もう、降参。これ以上は、耐えられない。
黙っていても教えてくれただろうが、気圧されて彼女たちにしか聞こえないほどの小さな声で聞き返した。
「国色の花姫、ですよ。ああ、女子生徒は『花』という文字を敢えて『華』と読んでいる方もいるみたいですけどね」
「私が聞いたのは、国色の佳神でしたかしら」
「……なんだ、それは」
いくら国中の貴族の子供が集まる学校であるとはいえ、未成年の少女に対して国一番の美女だって?もはや、学院の範疇から越えている。
言いがかりにも程があるな。
思わず、頭が痛くなって手で額を押さえながら、ため息をはき出した。途方に暮れそうになって脱力する俺の両手を、彼女たちは同時に握ってくると、それこそファンタジーの世界にはびこる悪い魔女のような雰囲気を醸し出して更に言葉を言いつのった。
「これがもっと拡がれば、ある意味大惨事になるかもしれませんよねぇ」
「ええ、ええ。そうですとも。未然に防ぐには、これに懲りて自重される事をお勧めいたしますわ」
まるで、訓練されたような息の合ったコンビネーション。しかも、終始呆れた眼差しが俺の心を更に抉る。
要は、自業自得って事なんだろうが……彼女たちの仕打ちは、あまりにも毒があった。
確かに、このままいけば自滅をしかねない状況に陥る可能性は出てくるだろう。それに、そんなあだ名が世間に広く浸透すれば、何事かと思って今の両親から連絡が来ても対応に困るし、迷惑だってかけてしまうかもしれない。
「……以後、気をつけます」
ついつい敬語になってしまったのは、致し方ない。というか、何だか遠回しにお灸を据えられた気がするのは気のせいだろうか?
彼女たちは、何も分からない俺を手助けしようと好意で教えてくれただけだろうに。つい、勘繰ってしまうのは俺の悪い癖なのかもしれない。
記憶を失くして、今日で五日目。
だが、まだまだ記憶が戻る兆しがない。この世界について、己自身の事について色々と分からない事が多くて、エルやセラフィナには迷惑をかけている状況が続いている。
……気をつけないと。
はあ、と深く息をついてこれまでの事を思い返してみる。
この五日間というもの、慣れない事ばかりだったがどうにかやっていけているのはこの二人のおかげだと言っても過言ではない。授業中は、主にエルに助けてもらい、休憩中や昼休みはセラフィナも傍にいてくれたり、と二人には本当に頭が下がる思いだ。
そんな中、実はオリヴィアとも何度か遭遇する機会があって。
ただし、何故かそれはいつも彼女がトラブルを起こしている最中が多いのだ。
ああ、そういえば今朝も登校早々に揉めていたな。あれは、そうだ。確か、オリヴィアの靴箱の前で女生徒たちがずっと話していて邪魔だったから、彼女が苦言を呈したのが発端だと言っていたっけ。第三者の俺からしてみれば、どっちもどっちのような喧嘩だっただけに、どっと疲れが押し寄せてきた。
結局、どうにか収まったから良かったものの、そろそろ勘弁して欲しい所だ。
しかも、そういう現場で遭遇する度に、目が合うと冷たい視線で睨め付けられて、無言で去られるという始末。え?そういう事する?俺は別にオリヴィアのストーカーになった訳じゃないよ?と言ってやりたくても、声が出ないフリをしなければならないのでそれも叶わず。憤りばかりが積もっていく。
ほんと、何だって言うんだろうか。
一方的な喧嘩にしても、もうちょっと違うアプローチの仕方があるんじゃないだろうか。いや、伊織として生きていた頃のあの馬鹿共みたいに毎回、喧嘩をふっかけられてきても困るのだが。
とりあえず、今は仕方ないので俺もただ黙ってそれに耐えるしかない。ただ、このままだと学院内でも俺がオリヴィアに蔑まされているといったようなデマが流れているようなので、どうにかここいらで食い止めたい。
「解せないね」
「ああ、解せねぇな。お前のポジションがよ」
「は?何か、文句ある?」
「大いにあるね。つか、マジでそこから退け」
部屋に響くのは、既におなじみになった二人のやり取り。部屋がひとたび明るくなるような賑やかさの中、何食わぬ顔でお茶を飲んでいるのはエルフローラで。セラフィナは、食い入るようにこちらを見ていた。
そして、現在の俺はどういう訳か今宵もやってきたアルミネラを膝枕しているのだが。
……本当に、謎だ。
男の膝枕に何を求めているんだろうか。というか、それに不満を露わしているフェルメール氏も俺には解せない。
「可愛い妹の僕の特権でしょ、これは。フェルだって、イオの手」
「あー!あー!何、言ってるか聞こえねぇなあ!」
「……大人げないよ?」
「お前に言われたかねぇ!」
昼間は、エルとセラフィナのコンビネーションに感心したけど、今はアルミネラとフェルメール氏の掛け合い漫才に脱帽してしまう。いや、パフォーマンスをしているわけじゃないのだろうが。
「まあ、落ち着いて下さい。それより、オリヴィアの件は、どうすべきだと思いますか?」
「イオっ!」
「うっ!こっ、腰に手を回すのは止めてくれ」
少しでもイエリオスの話し方をマスターしようと練習しているのだが、話す度にアルミネラがぎゅっと抱きついてきたりするので素に戻る。今日は、その繰り返しも既に三回目に突入していた。
「アル、その辺で止してあげて下さいませ」
「……エルが言うなら仕方ないか」
「俺じゃ駄目ってどういう事だよ」
はあ。これじゃあ、話が全く進まない。記憶を失う以前の俺も、こんな風にいつも苦労していたのだろうか。
腰から手を放し、俺の膝をようやく解放したアルミネラは改めてベッドに座る俺の横へと座り直した。あ、結局隣りには座るんだな。
「オリヴィアは……いつか、然るべき方法で処分を下すべきだと思う」
……え?
それは、もしかしてこの世界における貴族としての罰でもあるのだろうか?と思ってしまうのは、アルミネラの顔が急に真剣になったからだが。
「イオにここまで気に掛けてもらうなんて厚かましい。……はっ!まさかそれが狙いなんじゃないの?押して駄目なら引いてみろって言うじゃない。そう、そうだよ!だから、やっぱりあの女は今のうちに消」
「落ち着け」
「った!なんで、直ぐ叩くかなぁ!?」
「うるせぇ!お前も、ちょっとはその猪突猛進な所を直せ!」
えーと、いつもこの二人ってこうなんだろうか。いや、最初の方から思っていたが。
エルに視線で訴えると、苦笑いを浮かべながら頷かれたのでそうなのだろう。そうか、そうなのか。それなら、仕方ない。
少し黙って見守っていたら、ようやく落ち着いたみたいなのでホッとする。
「でも、今の傾向だとあんまり良くない方向に向かってますよね」
拙いことに、とセラフィナも困惑しながら笑みを浮かべた。そうなのだ、それは俺も危惧しているように、オリヴィアのトラブルに遭う確率が高いので必然的に俺もそれに巻き込まれている訳で。しかも、助けに入った所でオリヴィアは編入当初とは真逆の態度を取ってくるので他の学生からの不満も多い。
現に、今日のように手紙を貰う際に、一言もの申される時もあった。それだけならまだマシで、オリヴィアが揉めている現場にばったりと立ち会ったと思ったら、俺の顔を見るなりさっさとその場から逃げだした連中もいたのだ。俺と同じく立ち会ったセラフィナに後から聞けば、彼らは妖精姫の熱烈なファンの集まりだったという。
俺が原因でオリヴィアが苛められてしまうとか、寝覚めが悪すぎるだろう。
だから、このままでは危ういと思うのだが。
「現状維持だね」
「……いや、でも」
「あのねぇ、イオ。はっきり言って、イオの方が、今はそれどころじゃないんだよ?記憶を失ってるって分かってる?それに、いくら親族だからってどうにもならない事だってあるんだよ。……記憶を失くしていても人を助けようとする、そこがイオの美点なんだけどさ」
もっと、自分の事を考えてよ、と暗に言われた気がして言葉が出ない。
確かに、そうだ。今の俺は、記憶を失って誰かの助けがないと生活できない状態だろう。
それなのに、あれもこれもと欲張っていてはどれも選べないというのと同じなのだ。
俺が、まず何をすべきか。
――答えは、もう出ているだろうに。




