表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第三章 恋とはどんなものかしら?
42/174

いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。

 あらぁ、なあに?イオちゃんのこと?……そうねぇ、あの子は昔から全く代わり映えのない大人しい子供よねぇ。だけど、一途というのかしら?とにかく、真面目が服を着ているみたいなの。そうそう!そうよね、あの人に似てすごく可愛い。ふふっ。今度、あの子のドレスを新調しようと思うのだけれど、何色が似合うかしらねぇ。きっと、すっごく嫌がると思うわ!ねぇ、面白いと思わない?






 ――そして、その日の夜のこと。



「この世界に、不法侵入罪という言葉はないのか」

 それは、数分前の事だった。アルミネラと三白眼の青年が、寝室の窓から急に室内へと上がり込んできた事で、驚きのあまり取り乱してしまい乱闘騒ぎに発展しかけた際に出た言葉がそれだった。

 サラから気持ちが安らぐというハーブティを飲まされて、ようやく落ち着いて話を聞けば、彼らはいつもこうやって勝手に入ってくるという。開き直りではなく、むしろ堂々と胸を張って告げる彼らに頭が痛くなったのは言うまでもない。

「イオも初めの時はかなり驚いてたんだけど、最近じゃあ慣れてきてたよ?」

 慣れてきてた、じゃあなかろうに。多分、慣らされたというのが正しいんだろうな、と想像に難くない。

 あっけらかんと話すアルミネラは、今宵もまた男物の服を身に纏い、不法侵入の常習には悪気を全く感じてはいないようだ。

 ……なんてことだ。記憶にないけど、俺への同情を禁じ得ないぞ?

 話していてよく分かった。うん、今の俺のメンタルが強いのはきっと彼女のおかげだろう。

「昼間は俺たちも忙しいしよ。女子寮だから、例え親族でも個室までは入られねぇって話だよな?」

「そうそう」

 うんうん、と頷きながら、現在、アルミネラは何故か俺を後ろから抱き締めていたりする。

 まるで、付き合い始めのバカップル。

 いや、これでも俺だって最初はかなり抵抗したが、いつものイオなら膝枕だって頬ずりすら喜んで受け入れてくれるのにぃーと恨みがましい目で言われて諦めた。まあ、今の俺には知った事じゃないのだが。俺より俺を知る彼女たちに合わせるのが一番良いのだろう。

 ただ、膝枕だ頬ずりだというのは、アルミネラが口にした時の周りの連中の反応を見るに、どうも過度なスキンシップだったようだけど。双子なだけに、妹の事をさぞや甘やかしてきたに違いない。

 あそこまであからさまに、呆れられるほどとは。

 日本で、伊織として生きていた頃は、小憎たらしい弟がいたのだから仕方のない事なのかもしれないけれど……少しずつ自重せねば。

 しかし、まあ今は彼らとの関わりに慣れるべきかという思いもあるから、己を知る為にも為すがままにされる事にしているが。


 それにしても、だ。


「んあ?何だよ何だよ、その目はよぅ。俺たちだって、結構親しい仲なんだぜ?はあ、でも柔ら、じゃなくて腕細ぇなぁ」

 こうも、俺は彼らとこんなにもスキンシップをしまくっていたんだろうか?というのも、昨夜は俺の味方なのかと思っていたオリーブ色の瞳の男が、空いている俺の左腕を握ったり撫でたりと玩具にして遊んでいるためである。

 そりゃあ、仲間内ではたまにじゃれ合いに似た遊びに興じる事もあったが、ここまでベタベタと触られる事は無かった。謎だ。

「あの、フェルメールさん」

「っはは。フェルで良いって。記憶がなくとも、そこは全然変わんねぇのな」

 困惑しながら問いかけても、彼は変わらず俺の左手を弄びながら笑った。

 いや、違う。そういう事じゃないんだけど。と、訴えたい。

 名前の呼び方じゃないのに……全く。

 そんな脳天気そうなこの青年、フェルメール・コーナーは、本来俺が行くはずだったリーレン騎士養成学校とやらの三個上の先輩騎士で、且つアルミネラのお目付け役として一緒に行動しているという。しかも、聞けば彼は大変優秀な監督生で、卒業後は第二騎士団への入団が決まっているのだとか。

 俺には、多少ガタイの良い人好きな男前の兄ちゃんにしか見えないのだが。

 何にせよ、エルフローラの『あーん』といい、セラフィナやフェルメール氏のスキンシップといい、記憶を失くす前の俺は一体、どういう人物だったのか……全く想像がつかなくて困る。

「僕たちの事は、だいたい昼間に聞いてるよね?それで、明日からどうするかなんだけど」

 そんな事を言いながらも、アルミネラはまるで猫がそうするように俺の後頭部に頬ずりをしていた。そのうち、にゃあにゃあ言いだすのではなかろうか?ちょっとだけ気になっているのは秘密である。

 まさか、本当に頬ずりまでしてくるとは思わなかったけど……入浴してて良かった、なんて思うのも内緒。昔から汗臭いと思われたら嫌だから、練習終わりも清潔にするように心がけていたし。

「ああ、でも、その前にオリヴィアの事をちゃんと教えて欲しいんだけど」

「え?もしかして、来ちゃったの?」

 という疑問は、俺ではなくエルたちへと向けられたようで。

 俺たちのスキンシップを物ともせずに、優雅にお茶を飲んでいたエルがアルミネラへと視線を向けた。

「ちょうど、私たちがお見舞いに来ている時にいらっしゃいましたわ」

「どうやら、私たちがイオ様のお部屋に入っていくのを目撃したようなんです。……というか、ぶっちゃけ確信犯ですよね」

「ふうん。さすが、クレイス家の長女だね。それで?何かされた?」

 さすがってどういう意味だ。

 私的にそこが気にかかったが、後で話を聞けば分かるかと思い口をつぐむ。俺が黙ってされるがままでいる間、エルとセラフィナが昼間の出来事を要約して説明をしてくれた。

 正直、俺だけだったら全く要領を得ない話になっていた事だろう。助かった。

 ――のはずだったのだが。

 話を聞き終えたアルミネラが、急に背中にのそっと体重を預けてきたので上体を下げながら振り仰いだ。

「……もしかして、対応がまずかった?」

「うーん……ううん、そうなんだけどそうじゃない。でも、怪しまれているとは思う」

 うん?その微妙な言い回しが分からない。記憶がある時の俺だったら、分かったのかもしれないが。

「どういうこった?」

 あ、俺だけじゃなかったんだ。という安心印のフェルメール氏も首を傾げる。

「だってさぁ、オリヴィアが抱きついてきたんでしょ?それって、絶対に確認作業って事じゃないの。私があの子を毛嫌いしてるって、あっちだって充分理解してるだろうし。抱きつかれたのは、さすがにまずいよ」

「……そうですわね。私もあの時、動揺しておりましたのでうっかりしておりましたわ。今にして思えば、いつものアルなら直ぐに突き放すぐらいの事は当たり前ですわよね」

 えっと、アルミネラもエルも何かえらく棘があるような?というか、あの短い時間で、あのお嬢さんはそこまで考えて行動していたというのだろうか。セラフィナに嫌味を言いつつ、エルフローラを牽制しながら?

「……」

 それがこの世界の当たり前だというのなら、なかなかシビアな時代に生まれてきてしまったようだ。

 だから、敢えてここで言おう。……早く、記憶戻らないかな?

 俺が遠い目をしながらそんな事を考えていると、アルミネラはようやく俺から離れ、大きなため息を吐き出して隣りの椅子へと腰掛けた。

「まあ、記憶を失くしてるなんて、思ってもいないだろうけどさ。私たちが入れ替わっている事には気付いちゃったかもしれないね」

「私の失態ですわ」

「いいえ!それなら、私にだって責任があります!」

 連帯責任なんていう言葉があるが、今の二人はまさにそんな気持ちだろうか。

 でも、それを言うなら俺が一番悪いだろう。何たって布団から顔を出したのは、俺が自分の意思で決めたのだから。

 どうやって慰めようか思案していると、アルミネラがいたく神妙な顔つきになってスッと机に両肘を立てて口元を隠した。何だか、物々しい雰囲気まで出ている。

「……はっきり言って、そんな事はどうでもいいよ。これからどうするべきかが重要でしょ」

 まだ彼女がどういった人物なのか、俺には把握出来ていなかったが、結構物わかりが良いようだ。話に聞いていた想像と違ったので、意外に思う。

 昼間、エルやセラフィナに教えられたアルミネラ・エーヴェリーという少女とは、天真爛漫で破天荒、何をしでかすか分からない跳ねっ返りの女の子という、簡単に言うとアグレッシブな野生児ですよ、を遠回しな表現で告げられたのだが。

 どうやら、安直ではないらしい。

「よく言った!肝心なのは、明日からどうするべきかって事だよな!」

 同じように、アルミネラの言葉にえらく感心した様子のフェルメールが大きく頷く。微妙にご満悦そうな表情をみるに、きっと後輩の言葉がよほど嬉しかったに違いない。


 ――――と、思っていたら。


「チッ、あの女……っ、あの女、絶対に許さない!イオに!イオに抱きつくなんて許せないよ!闇討ちすべきだ。イオは私のだって分からせなくちゃ!」

「……」

「おーまーえーはーっ!!俺の感動を返せ、こらっ!やっと騎士として冷静な判断が出来るようになったんだなって思って、ちょっと涙ぐんだ俺の身にもなれよ!」

「いっ!だからって叩く事ないでしょ!」

 ……コントだろう?

 思わず目が点になっていた。

 さっきまでの緊張感が嘘のように霧散しており、エルもセラフィナも苦笑いを浮かべて二人を見ている。なんとまあ、賑やかな。

 涙ぐみはしなかったが、アルミネラという少女が単純そうで複雑な子だという事は理解した。

 どうやら、彼女たちの言っていた事は正しいようだ――と。



 オリヴィアが去って行って、一安心しながら紅茶で一息ついていると、エルとセラフィナが俺たち双子の話をしてくれたのだ。

『伊織くん、ここで重要なポイントを言っておきますね。アルミネラ様を一言で表すのなら、それは極度のブラコンという事です。良いですか、ブラコンはブラコンでもそれはもう、ほんっとうに度を超えてるんですよ。ゲームの中でも、イオ様の正式な婚約者であるエルフローラ様に嫉妬してちょっとこの場では言えない事をしでかすぐらい』

『まあ。何かしら?それは、私の方が聞き捨てならなくなったではありませんか』

『でも、ここはゲームの世界じゃないので大丈夫ですよ』

『そんな慰めは要りませんから、是非教えて頂きたいものですわね』

 というようなやり取りがあったが割愛して。

「それって、双子だからこそ?」

 聞けば、俺もシスコンだったようで二人同時に生まれたからそうなってしまったのかと考えたのだ。だが、二人は真剣な顔つきで俺を見据えた。

『双子以上の絆、と呼べます。イオ様は、よくアルの事を愛する半身だと称されて可愛がられておいでですけど。アルは、イオ様以上にイオ様に執着しているのですよ』

 そう言って、エルに幼少の頃アルミネラとの諍いなんかも教えてもらったけど。



 あの時は、他人から自分たちの事を教えられるというシチュエーションもなかなか無いな、なんて軽く思っただけだった。

「なるほどな」

 確かに、ここにやってきてからのアルミネラの行動や言動は、全てイエリオスに起因している。そりゃあ、極度のブラコンと言われてもおかしくない。

 だが、どうすればここまで深刻なブラコンが誕生したのかも不思議でならない。というか、はっきり言ってブラコンという言葉の方が可愛く見える。

 こんなに愛されて、今の俺はしんどくはなかったんだろうか。

 今までの全てを忘れてしまっているからこそ、こうして彼ら兄妹の異常性が見えてしまったわけだけど……気付かなきゃ良かったな。

 記憶が戻らなかった時の事を思うと、これからどう対応していくべきか課題が重すぎてつらい。って、今はこの問題は置いておくべきか。

「えーっと、それで。闇討ち云々は冗談として、オリヴィアの事とか明日からどうすれば良いのかとか、そろそろ話し合って欲しいんだけど」

 ずっとアルミネラが傍にいる訳にもいかないので、オリヴィアに関する情報は集めておきたい。それに、学院生活の方も何か誤魔化しがきく方法があれば検討したいし。

「あー、悪い。いつもの悪いノリが出ちまった」

「ごめんね、イオ」

「記憶を失くしても、アルミネラ様を正せるのがイオ様の凄い所ですね!」

 何だかよく分からないが、俺の役割はいつもこんな感じだったのだろうか。

 何となく不安を覚えながらも、ちょうどサラが新しいお茶を淹れてくれたので、さっそく味わう事にした。

 目が覚めてから、色んな紅茶を飲んできたけど、どれも淹れ方が上手いのか全く飽きない。伊織だった頃は、コーヒーをブラックで飲むのが好きだったはずなのに、紅茶党になりそうな予感。

 目の前の暁のような色合いのお茶から漂うフルーツの匂いに相好を崩して、口を付ける。

 おお、これも味わい深くて美味しいな。やっぱり、何か果実の皮も入っていそうだ。

 ……ああ。それにしても、美味しいなぁ。

「くっ!このまま寮に持って帰りてぇなぁ、おい」

「それは賛成だけど、あそこに置いておくには危険過ぎるよ」

「だな」

「……そうだ、写真の技術を思い出そう。今の頭脳を持ってる私なら、きっと作れる。思い出すのよ、麗華!カメラがあれば、これからイオ様を撮り放題……撮り放題だと!?うっ」

「きゃあ!セラフィナさん、お鼻から血が!」


 ……どうしてこうも賑やかなんだ。


 ファンタジーな世界なんて全く知らないが、例えばこれが中世ヨーロッパ風の貴族たちの日常なんですよと言われても、違う気がするのは何故だろう。

 ここに集うメンバーが個性豊かに見えるからか。

 これじゃあ伊織として生きてきた時と似たような光景だけど、それ以上に忙しなく感じる。だけど、この感じが嫌ではないのは確かだろう。

 もしかしたら、記憶を失う前の俺も彼らと笑ってこんな会話を繰り広げていたんだろうか。それすら思い出せないのが、今は少し寂しく思えた。

「オリヴィア・クレイスはね、私たちのお母様の兄ブライアン・クレイス侯爵の長女なんだよ。年齢は、私たちより二つ上の十六歳。グレイス侯爵は、それはもう欲にまみれている人で、お母様がお父様に嫁ぐ際に婚約金をかなりせびるような人だったって。だから、オリヴィアも己の欲望に忠実な性格に育っちゃったんだろうね」

「……」

 傍らでは、フェルメール氏やエルがセラフィナさんの鼻血を止めるのに必死なのが実にシュール過ぎる光景なのだが。

 俺と同じようにゆったり椅子に座っているアルミネラはそんな事など気にもせず、地中海の淡い海のような青色の瞳で俺だけを見つめて微笑んだ。

 放置しても良いのだろうか。まさか、これも普段通りだとか言わないよな?

「現宰相としての立場があるから、お父様とお母様は慎重に強欲なブライアンとはなるべく避けて暮らしていたんだけど、名ばかりの侯爵という立場では物足りなくなった伯父が、ある時、オリヴィアをイオに当てがおうと画策したんだ。その頃にはもう、エルが王家より正式に婚約者と認められていたにも関わらずにね」

「それは、いくつぐらいで?」

 いやいや。だって、俺たちは、まだ十四で子供じゃないか。

「イオがエルと婚約したのが五歳だったから、その五年後ぐらいだったかな?十歳で、寝込みを何度も襲われて監禁されかけた事もあったよ。だから、あの頃のイオはかなりの寝不足と精神不安定でどうにかなってしまいそうだったけど。それでも、平然として見せていたのは両親や私、それにエルにも心配をかけたくなかったからなんだと思う」

 五歳で婚約というのも庶民である俺の常識ではあり得ないが、この世界ではよくある事なのかもしれないな。

 ただ、十歳にして犯罪まがいの仕打ちをされたとなると、そこはもう完全にトラウマレベルだ。伊織が生きた世界だと小学校四年生辺りだろうか。

 二十年間の記憶を保持して、三十年。そりゃあ、今更人に甘えられないだろうな。

 今の俺も、同じようなものだし。

 複雑な顔をする俺を一瞥してから、アルミネラは鼻血の片付けに従事するサラに視線を向ける。

「丁度その頃、私とイオの世話をしてくれていた侍女が辞めるってなって、新しく雇ったのがサラなんだ。サラは、色々と有能でイオの警護にもついてくれてさ。サラがいてくれるならどうにかなるかもって、お母様もどうやら我慢の限界だったみたいでオリヴィアを罠に嵌めて、以後、うちの屋敷には出入り禁止にしちゃったんだよ」

 分からなくもない。自分の子供がそんな目に遭っているのなら助けたいと思うのが親心というものだろう。ただ、十二歳の子供を罠に嵌めるのはやり過ぎなのかもしれないが。

「それがまた何でここに?」

 確か、昼間のエルフローラの話では約一ヵ月前に編入してきたという事だった。

「うん、それをイオも探っていたようなんだけどね」

 なるほど。つまり、記憶を失くす前の俺は、それを怪しんでオリヴィアと距離を取りながらも調べていたというわけか。

「オリヴィア様に対して、まだ恐怖心を少なからず抱いておられますのに。あの再会も大変ご立派でしたわ」

 ようやく止血に成功したらしく、エルが濡れタオルで手を拭いながら椅子に座り直す。長い睫毛を震わせる様は、とても綺麗で見惚れてしまうが持っているタオルが血まみれというので現実に引き戻される。

「あー、ですよねー。食堂での初めての再会は、気苦労が偲ばれる思いでした」

 エルから血濡れのタオルを受け取りながらも、遠目でどこかを見つめるセラフィナは疲労感を滲ませていた。

 ごめん、それって鼻血の所為で?それとも、その時に再会を思い出して?

 セラフィナの態度だけが如何せん謎だ。いや、気にするまい。

「そういや、イオも珍しく死んだ魚のような目になって、僕にはない発想だったって言ってたな。確か、従僕を使ってフラワーシャワーの中やってきたとか」

「それに、大きなバスケットにアルの好きな焼き菓子をたくさん入れていらっしゃいましたわ」

「食堂中、いえ学院中の注目を受けてましたよね。オーガストたちも実は結構ドン引きしてたようですよ」

「……」

 それは、どこの国の住人だろうか。

 記憶にないとはいえ、俺が体験した出来事だとは思いたくない。きっと、その時の俺もさぞや現実逃避をしたかったことだろう。

「まだ、アルになりきっていらっしゃったから、あの場は乗り切れたのだと思いますわ」

「そうだよね。だから、ここにいる『アルミネラ』が『イエリオス』だったって昼間の抱きつきで確信してたら、多分あの子また暴走してしまいそうだね。……うん、やっぱり今のうちに仕留めておくべき」

「って、笑いながら最終手段に出ようとすんな!」

 スッと窓際に視線を投げたアルミネラに、フェルメール氏が慌てて止める。もしかして、今から本当に闇討ちしに行くつもりだったとか?

イエリオスに対する情熱は分かるが、アルミネラの本気度が恐ろしい。

 何にせよ、こういう時はやはり兄である俺が戒めるべきなのは言うまでもない。伊織の時だって、俺はずっとそのように生きてきたのだから。

 えーっと、セラフィナから聞いたイエリオスなら……

「アル、とりあえず落ち着こう?それより、明日から僕はどう過ごせば良いと思う?」

 とまあ、こんな感じで合っているかな?

 元来の俺よりも、温和で優しい性格に変わったみたいだから、言い方もわりと柔らかくしてみたつもりだが。

 特に違和感もないし慣れればどうって事はなさそうだなぁって、俺は俺か。

 しかし、少し照れくさかったので誤魔化すように愛想笑いを浮かべてしまった。

そこで、また誰一人と言葉を発していないので不安を覚えて顔を上げると。

「うわぁん!!イオーっ!!」

「っわ!」

 半泣きのアルミネラが抱きついてきて、他の連中、サラまでもが何故か恍惚とした表情で俺を見ていた。

「えっ?えっ?」

 どうしてここまで感動されるのか分からない。……もしかして、やり過ぎた?思いきり優等生面をしてみたのは、やはり演出が過度だったのかも。

「ごめん、何かおかしかった?」

「いいえ。一瞬、記憶が戻られたのかと思うほどでしたので、さすがに驚いてしまいましたわ」

 それなら、良かった。

 微笑みを浮かべるエルの言葉に安心して、笑みが出る。

「記憶を失くしてもイオはイオだよ!」

「そうですよー!私なんて、一粒で二つ美味しいんですから!!」

 いや、セラフィナだけ何か違う。

「ああ。別にイオリを否定してる訳じゃねぇが、見た目がめちゃんこ可愛いからよ。イオが男前な口調だとやっぱ違和感があるんだよな」

 そうだろうな。

 フェルメール氏の言葉は尤もだ。俺だって、体の感覚で自分の性別が分かってなければ、きっと初見で女の子に見間違えていただろうというぐらいに、この顔は綺麗過ぎた。

 というか、まだこの体との付き合いは短いので自負している訳ではないが、今の俺の容姿がかなりの極上品だという事は理解している。まるで、愛好家がかなりの年月をかけて創った中性的な人形のようだ。

 そんな純真無垢そうな美少女風美少年に、がっつり男を主張されてもとは思う。

 かといって。急に一人称を替えるというのも癖だから難しい。……どうしたものか。

「んー。確か、伊織くんって専門誌で何度かインタビュー受けた事ありましたよね?文面だけで判断しますが、そういう時の伊織くん、かなりイオ様の言葉遣いに似ていた気がしますけど」

「ああ。弟がよく冷たい態度で人を怒らせる天才だったんで、せめて俺はって。普段から年齢より下に見られる事が多かったので、愛想は良くなかったかもしれませんけど」

 なるべく丁寧な言葉遣いを心がければ良いって事かな?それなら、頑張れば出来そうだ。

 伊織の頃は……あの頃は、なるべく喧嘩は避けるように心がけていたっけか。ただ、学生時代は何度か馬鹿共の相手をしたけど。

 若かりし頃の事を思い出して、頬を掻きながら苦笑いを浮かべていると、アルミネラが急に立ち上がって俺の顔を両手で挟み持ち上げた。

「……?」

 え?え?何事?

 いきなりの事に戸惑う俺と似ているという顔は真剣で、鼻先がくっつきそうになるぐらいまで近付かれて息を飲む。

「私とその弟、どっちが可愛い?」

「え?」

 なんだって?

「だーかーらー、私とその弟の、っわ!何するのさ、フェル!」

「ったく、お前は。そういうのは、後にしろって。今は、記憶が戻るまでどうすりゃ良いのか考える時間だろうが」

 まるで暴れる猫の首根っこを摑まえるが如く、フェルメール氏が俺から離したアルミネラに軽く説教をする。エルやセラフィナが苦笑いを浮かべてそれを眺めている所をみるに、よく見られる光景なのかな?

 イエリオスを愛して止まないアルミネラには戸惑うが、変に緊張する事もなく気が抜けて俺も気持ちが楽になった。

「だったら、人前で話さないようにするのはどうかな?イオみたいに、私みたいに話すのが難しいなら、フリだけすれば良いんじゃない?」

「……そう、ですわね。階段から落ちたショックで一時的に声が出ない事にすれば演じなくもないですわ」

「サポートは、エルフローラ様と私におまかせください!」

 話さないでいられるなら、それに越した事はない。それなら、どうにかすればやれそうな気がする。

 他に問題があるといえば、貴族としてのマナーだとか人間関係というのもあるか。

「それなら、オリヴィアとも話さなくて関わらない!わぁい、私って天才かも!」

 むしろ、イエリオスがオリヴィアに関わらなくて嬉しいのは、アルミネラだけだと思うが。……うーん、それならいっそ。

「記憶喪失という事も言ってしまえばいいのでは?」

 俺にしては、なかなか冴えているのでは?と思ったのだが。

「それは、イオ様の身が危険過ぎますわ。学院内で『アルミネラ・エーヴェリー』は、良くも悪くも人を惹きつける存在ですから。記憶もなく声も出せない妖精姫に不埒な真似をする人間が出て来る可能性を否めませんわ」

 即座にエルから突っぱねられた。って、その前に妖精姫って何ですか。

「何せ、グランヴァル学院の三大美姫だしな。こっちじゃ、顔だけそっくりの猿しかいねぇって、皆嘆いてるぐらいだぜ」

ちらりと横目でアルミネラを見ながら、フェルメール氏がせせら笑いをした。

「だったらフェルは、むしろ私に感謝してよね。イオに会わせたのは、この私なんだから」

「分かってら。それなら、お前もいい加減学習して暴れんな。誰が、毎回尻ぬぐいをしてると思ってんだよ」

「ぐっ」

 大変、仲が宜しいようで。というか、元々その騎士養成学校とやらに行くのは俺の予定だったはずだけど、アルミネラは一体そこで何をしでかしているんだろう。

 ……なぜか、考えてはいけない気がする。

 これは、記憶を失くす前の俺からの警告か?

 そもそも、イエリオスとはどういう人物だったのか。

「んー……、オリヴィアの事も色々と知っておきたいけど、俺自身の事も知らないとマズイ気がする」

 この世界に生まれて十四年間しか生きていないはずなのに。漆原伊織として生きた俺の二十年間よりもっと濃い人生を歩んでいるような気がするのはなぜだろうか。


この章に入ってから、えらく推敲に時間がかかるなと思っていたら文字数が多かったようです。

というわけで。これから、明日の昼まで頑張りまっする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ