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わぁ!びっくりした。なんですか、どうしました?え?イオ様の事ですか?
ふっふーん!良いですよ~。お教え致しましょう。イオ様を一言で表現するのなら、やっぱり私のじんせ、ちょっ、ええー!最後まで言わせて下さいよ!別に奪おうなんて思ってませんから!ただ、ちょこっと追いかけるぐらい良いでしょ、お願いですからー!!
俺は、途方に暮れていた。というか、実際はベッドの縁で頭を抱えているというべきか。
そう、花千院さんの話がとてつもなく壮大だった。むしろ、宇宙飛行士だったと言われた方が良かったと思うぐらいにはスペクタクルだった。
そんじょそこらのドラマよりも、かなり突飛で奇想天外すぎて、おまけに外国の映画でしか見た事のないようなファンタジー感が満載だった。もしかして、どこかにプラカードでも持った部の先輩が隠れているんじゃないかと思ったぐらいだ。実は、まだこっそり待っているのだがその可能性は薄いだろう。
――何より。
「双子だからって、女装するか?……フツー」
ここで最初に目が覚めた時、あの時に俺が見た男装少女はやはり俺の双子の妹だったようだ。どうりで、同じ顔立ちだと思ったと納得したけど、一卵性の男女の双子でここまで顔がそっくりなのは珍しいらしい。
そんな妹の名前は、アルミネラ・エーヴェリー。エーヴェリー家は、貴族の中では一番位が高い公爵という爵位持ちで、双子の父エーヴェリー卿はこのミュールズ国という国の宰相を務めているという。
ふうん、なるほどね。俺は、あの二十歳の誕生日を迎えた日、事故に遭って死んでから、あの男装した少女と共にその宰相の子供としてこの世界に生まれ落ちたという訳だ。
だから、家族の記憶や仲間たちとの記憶でさえもどこか遠い昔のような感覚だった。
それは、分かる。
分かったが、簡単に割り切れるはずがない。
自分が死んだという事もまだ納得出来ていないし、家族や仲間たちともう二度と会えないという事実をどうして受け入れられようか。
悔しいし、とても悲しい。
けれども、それより今はすべき事が、課せられた事が大きすぎて落ち込む余裕はないようだ。その方が、俺にとっても最適解なのかもしれないが。
今はただ、目の前の問題をどうすべきか――それだけに専念したい。
「記憶にないのが不安だけど、お人好しにもほどがある」
「イオ様は、大変お優しいお方ですから」
そんな事を言われてもな。
何でも、今生の俺イエリオス・エーヴェリーは双子の妹であるアルミネラに騙されて、騎士の養成学校へと行くはずだったのに先を越され、朝起きたらドレスしか残されていなかったのだとか。
いくら妹を溺愛しているからといって、彼女の将来を案じてしばらく女装して生活するなんて、俺にはとてもじゃないけど考えられない。弟が実際、もしそんな真似をしたならば、追いかけていって理由を吐かせるぐらいの事はしてただろう。その時は、やむなく残っている衣服を着て。……一時間は、着るか着ないか葛藤してしまいそうだけど。
――十四年。
俺は、この世界に生まれて十四年もの月日を過ごしてきたらしい。
この世界に生を受けて、何をどうすればそんな性格になってしまうのかが分からない。
俺はまさしくその当人なんだろうが、本当に、はっきり言って不明である。
そういった頭痛に悩まされながら、もっと根本的にあり得ないと思ったのは。
「この世界が、そんな嘘みたいなゲームの世界だとか信じられるはずがない」
斯くもこの世界が、乙女ゲームとかいうふざけた世界であるという事実だ。
花千院さんもとい、今の生ではセラフィナさ、じゃなくて。呼び捨てでお願いしますと何故か食い気味に言われたんだった。だから、えーっとセラフィナが嘘をついているとしか思えなかった。……今でも。
二十歳に死んで、このイエリオス・エーヴェリーという人物に転生して?実は、ここは日本のサブカルチャーで有名な乙女ゲームの世界でした?
明らかに、人智を越えている。というか、はっきり言ってキャパオーバーだ。
「けれども、これが事実なの。現に、私もバスの事故で命を落として……そのゲームの主人公セラフィナ・フェアフィールドとしてこの世界に生まれてきたもの。何より、ゲームで一番好きだったキャラクターを見つけた時のあの衝撃は今でも忘れられないわ」
実際に、そのゲームのファンであるセラフィナだからこその言葉だろう。
「私も、にわかに信じられませんでしたけれど、私たち三人の思い出や過去の出来事をセラフィナさんがすらすらとお話された時には、もう認めざるを得ませんでしたわ」
そんなセラフィナの隣りに座って、まるで、化粧を施したように頬を赤く染めながら、当然のように俺へと金色に輝くたゆたう湯気の立つスープを汲んだスプーンを差し出したのは、チョコレート色の髪の美少女で。
名は、エルフローラ・ミルウッド。彼女も、イエリオスと同じく公爵家の人間でご令嬢、やっぱりお嬢様という認識は正しかった。そして、驚いた事に彼女はなんと、今の俺の婚約者であるらしい。
なるほどねぇ。だから、あんなにショックも大きかったという事か。
それは、庶民の俺でもよく分かる。恋人が、ある日突然記憶を失って、自分の事も忘れられてしまったら……そういう不安は想像出来る。
……想像出来るが。
「あの……俺たちって、本当にこういうイチャイチャ、や、えっと、熱々な仲だったんでしょうか?」
にわかには信じがたい。というか、はっきり言って信じられない。二十歳で死ぬまで、彼女も出来ない柔道ばかりの人生を送ってきた俺に、こんな甲斐甲斐しく『あーん』してくれる婚約者が出来るなんて。
一時期とはいえ、記憶を失ったのがあまりにも悔しすぎる。人生とは、ままならないものなのか。
「そっ、そうですわよ?イ、イイイエリオス様は、私手ずからお食事を差し上げますと、それはいつも優しく微笑んで受け入れて下さっておりますもの」
何となく動揺している気がしないでもないが、はにかんだ笑みを浮かべるエルフローラはとても可愛く、こんな美人が己の婚約者だなんて、確かに創られた世界という話は正しいような気がする。どれだけ、婚約者と甘ったるい生活をしてるんだ?
そんな彼女を何故かジト目で見ているセラフィナには、先程から脈を測るという名目でずっと腕を握られていたりするが、まだ計り終えないのだろうか。というか、本気で計っているのかと思わなくもない。
まあいいけど。
彼女たちの話しぶりから、どうやらイエリオス・エーヴェリーという名で生きてきた十四年間は確かなものであるらしい。
かいつまんで聞かされた過去は、やはり頭の片隅にもないしそうだったなと共感すら出来ないけど、彼女たちの記憶にある俺は確かに俺で、漆原伊織として生きてきた頃にもあった癖だとか口調だとか、全て当たっていたりするのだから認めざるを得ない。特に、エルフローラは幼馴染みというだけあって、次から次へと俺の恥ずかしい癖の数々だとか行動パターンを述べていくものだから、逆に俺の方が驚いてしまった。
さすがは婚約者とでもいうべきか。
「そうなんだ。ありがとう、エルフローラ」
「っ、エ、エルとお呼び下さいませ!親しい方には、そう呼んで頂いていますので」
えっ?なんで、視線を逸らす?
「いやぁん!なんて男前な微笑みをするの!あの天使のような笑顔もとっても素敵だけど、凜々しい姿もギャップ萌えだわ!」
セラフィナはセラフィナでいきなりどうした?
……謎過ぎる。二人の行動に首を傾げるしかない。
俺の感覚でいえば、つい最近の出来事だけど、部活の後輩がとある街のゆるキャライベントにバイトでそのゆるキャラの着ぐるみを着た際に、今の彼女たちと同じような動きをする女性陣が居たらしいが。
つまり、俺はゆるキャラと同じだという事なのか?……いや、考えたくない。
恥ずかしそうに手の甲で口元を覆って視線を逸らすエルと、両手で頬を挟みながら怪しい動きをするセラフィナの深層心理を想像する事を止めて、一つ咳をする。
ここは、気を取り直して話を元に戻す方が無難だろう。
「……えっと。で、俺はこれからどうすればいいのかな?」
何をするにしても、記憶が無いと言う事が、今一番の最大の弱点であるのだが。
そもそも、女装をしなければならないというのが何とも悩ましい。いや、この世界に弟だとか弄ってきそうな部活の連中がいる訳ではないから構わないけど。
……今生の俺って、メンタル部分がずば抜けて強いのかな?
本当に。妹のお遊びに付き合って、幼少の頃からたまに入れ替わって遊んでいたと聞いたけど、そういう趣味じゃないんだよなぁ?
いやいや、悩んでいても仕方ないか。
ここは、郷に入っては郷に従えという事だろう。
……いや、でも待てよ?遠征試合で海外生活にはある程度慣れているけど、中世ヨーロッパの貴族みたいな生活が果たして俺に出来るんだろうか?
うーん……考えても悩みは尽きない。
「何だか、色々悩まれてます?」
「えっ、あ、はい」
ベッドの縁で、腕を組みながらあーでもないこーでもないと考えを巡らせていると、苦笑いを浮かべたセラフィナに問われてしまった。
もしかして、ずっと見られていたんだろうか。
「大丈夫ですよ。私たちがついてますから」
ねっ、と隣りのエルフローラに声を掛けると、彼女も笑って頷いた。
ありがたいな。今の俺は、親身になってくれる仲間も居るんだ。
「ありがとう」
心からホッとしてお礼を告げるが、彼女たちは顔を見合わせて急に顔を曇らせてしまった。
「……ですが、今は」
「ええ。このタイミングでイオ様が記憶を失くされるなんて」
全くツイてない、という言葉が続きそうだった。
「もしかして、何か問題でも?」
まさかな、と思いながらも問いかければ同時にため息をはき出し頷く。
「今日だって、朝からずっと視線を感じておりましたもの」
「あ、私もです!ランチタイム中なんて、エルフローラ様の後ろからじっと睨まれてしまいましたよ。多分、時間の問題ですよね」
「それって、男?だったら、二人が綺麗だし可愛いからって理由だと思うけど。ずっと見ておきたい気持ちは分からないでもないよ」
何というけしからん奴だ。そりゃあとんだストーカー被害だなと自然と眉間に皺が寄る。
腕や足に力を入れて筋肉の付き方を見れば、常日頃からこの体が運動をしていないというのは分かる。だから、ここは普通に考えて今の俺には体力がないと見て間違いはないだろう。しかも、校内という事ならば俺は妹の代わりに女装をしなければならないだろうし。
……うーん。
このような状況で、彼女たちをどうやって守れるだろうかと考えを思い巡らせていれば、何故か沈黙が流れていたので顔を上げた。
「……うん?」
彼女たちを交互に見やって首を傾げる。
「い、いえ!」
「え、ええ。そ、その、別に何もございませんわ。ね、ねぇ、セラフィナさん」
「そ、そうですよ!あはっ、うふふふっ!」
そういうわりには、二人共顔が真っ赤なんだけど。
頬を染めながらお互いを見やって微笑み合う二人に、仲が良いんだなぁと思いながらも、実は俺の方こそ今までこんなに可愛い女の子たちと会話なんてした事がなかったから、かなり照れくさくてドキドキしている。
だが、こうして穏やかに話せるというのは彼女たちの人柄によるものなのか。
それとも、イエリオスとして生きていた証拠なのかな。貴族社会というものが分からないけど、今の俺は公爵家の跡取りとして社交術の訓練も欠かしてはいないはず。
「まあ、いいや。で?被害というか、危害は受けていないのかな?」
「ありますわ」
「ええ。それは、ほんとに」
即答か。
それは、かなり参るよなぁなんて思わず同情していると。
「常に、イオ様だけが」
「イオ様限定で」
とてつもなく憐れんだ四つの瞳が俺を見ていた。
「…………はい?」
彼女たちの視線を受けて、キョトンとなって首を傾げる。
イオ、というのはイエリオスの愛称だから。
――それは、つまり。
「って、俺!?」
「ええ。このグランヴァル学院は、約一ヶ月前まで長期休暇中だったのですが、新学期に入ってとある方が編入されてこられましたの。その方は、イオ様のご親族の方なのですけど、昔から問題がありまして」
さあ、これからその話を聞くぞという体勢に入っていた矢先、寝室にも聞こえるぐらいにドンドンと激しく扉が叩く音が鳴り響き、目の前の少女たちが目を見開いて息もピッタリと顔を合わせる。
「やっぱり!」
「わ、私、ウィッグを取ってきますわ!」
カランと、お嬢様にしては少し行儀悪く持っていたスープとスプーンを雑に置いて、エルが慌てて部屋を飛び出す。
「伊織君は、誰が来ても絶対に一言もしゃべらないで下さいね!私とエルフローラ様で何とか対応しますから」
この部屋の主は俺なのだろうが、状況をまだ理解出来ていない俺に変わって、二人の女の子の方は全てを把握しているので全く頭が上がらない。そして三分も満たない内に、いまだ良く分かっていない俺は彼女たちのなすがままに、白金色の長い髪のウィッグを付けられると再び布団の中へと潜り込まされてしまった。
女の子たちがこういう時に発揮する一致団結力というのは、本当に尊敬に値する。
試合を見に来る女の子たちも、計ったように後輩を囲んでいたりする事があったので恐ろしくて他の仲間と一緒に逃げたものだ。後に、疲労感の漂う顔で彼女たちからの差し入れを配られたけれど。あれは、定期的にあるので恐かった。
布団の中で、そんな回想に耽っていたがサラの声で我に返った。
「申し訳ございません。主は、まだ体調が悪く」
「そんな事を言って、本当はもう回復しているのでしょう?」
「勝手に入られては困ります」
「知っているのよ?さっき、エルフローラ様とフェアフィールドさんを入れたでしょう」
「それは」
「友人、なんて言ったら許さないわよ。あたくしは、アルミネラの親族なのですから。血より濃いものはないはずよね?アールー!アルミネラ?どこにいるの?」
とにかく寝ているフリをしているようにという指示だったので、布団の中でどういう状況なのかうかがっているのだが、やや甲高いヒステリックな声音がしたかと思うと、寝室の扉が勢いよく開かれる音が聞こえてドキリとする。
二人が相当焦るほどの相手とは、この声の持ち主だろうか。
そんな相手と、いつか対峙しなければいけないとなると、今からでも充分にへこたれそうだ。
「あら?お二方がこんな所に……まあ。うふふ、そうなのね。寝たふりしているのは分かっているのよ!!起きなさい、アルミネラ!」
「……っ!」
あちゃー。
最近は聞く機会も薄れてきたが、俺の幼馴染みとよく似たその声のトーンに、身体が条件反射で動いてしまった。
彼女も、とにかく直ぐ怒鳴ればこっちが言う事を聞くと思っているのか、小学生の頃などよく休日にたたき起こされたりしたものだ。
「オリヴィア様、そう大きな声をあげないで下さいませ。アルは、昨日の怪我でどうやらずっと頭が痛いようなのです」
そうそう。いや、でも本当にエルフローラの言う通り、まだ頭痛が微かにあるので彼女のキンキンの声はとにかく頭によく響く。
「アルミネラが階段から落ちたらしい、というのは確かに学院中では噂でもちきりでしたわね。でも、あのアルが階段を踏み間違えるなんて事があるでしょうか?」
「それは」
「案外、殿下のご寵愛を受けている人物の仕業かもしれないわ」
「わ!私は、アルミネラ様をお慕いしております!この方に危害を加えようなどと考えた事もありません!」
「フン。内心はどうかしら?」
布団を被っているため、俺には会話しか聞こえてこないのだが内容が不穏過ぎて恐ろしい。というか、話しぶりからするに、オリヴィアとやらはセラフィナの事を嫌ってる?
なんとなくだけど、一方的に喧嘩を売っているとしか思えない。
「オリヴィア様」
「……まあ、いいわ。いずれ、その女の化けの皮を剥いで差し上げましょう。アル、もういい加減顔ぐらい見せてちょうだい」
えーっと……これって、要は顔を出せば帰ってくれると考えて良いのかな?いや、それとも顔を出した途端、俺も口汚く罵られたりしないだろうか。お前は誰なの!?アルをどこへやったのよ!とかって。想像するだけで、けっこう恐い。
しかし、布団に潜っている以上、判断しづらいな。
「……お願いよ。それぐらい良いでしょう?」
悩んでいると、今度はトーンダウンして、しおらしい。普段からあまり女子と話をする事もないので、そんな風に言われてしまうと居心地悪い。
「アル」
よほど心配なんだろうか。
何だか、騙しているこちらの方が申し訳ない気がしてくる。
俺自身、まだ己の顔をちゃんと確認した訳ではないからいまいち信用出来てないので、この顔が双子の妹とそっくりである事を祈りながら、おずおずと布団から顔を出した。
「……っ」
……って、近いな。
声の音量からして、多分ベッドの近くには居るんだろうなとは思っていたけど、まさか、身を乗り出して待機していたとは思わなかった。
計られた気分。
「少し怪我をしているようだけど、大きな傷もないみたいで良かったわ」
「……」
やはり、というべきだろうか、当たり前にこのオリヴィアという少女もかなり顔立ちが整っていた。
俺の顔の隅々を見渡しながらさらりと揺らす長い黒髪は艶があり、女優やモデルより綺麗に整えられているのが分かる。それに、地球上では考えられない琥珀のような色合いの瞳は神秘的で、思わず魅入ってしまいそうになるぐらいだ。
エルのような清廉された美人ではなく、どこか毒のある鮮やかな美人とでもいうべきか。それを物語る気の強そうな左の目元には、泣きぼくろがあって色っぽさも演出している。
なんというか、エキゾチック美人ってやつか。シャンプー業界にいけば、さぞや売れる。
「アル?」
「あ、あの、アルミネラ様は、一時的に昨日のショックでお声を失っているみたいなんです」
さっき、あんなにも一方的に詰られたはずなのに、セラフィナが躊躇いがちに説明をしてくれた。正直、俺としては助かったけど、彼女も内心恐いだろうに。
「まあ。そうだったの?可哀相なアルミネラ!」
「……っ!?」
えっ!?えっ!?ちょっと、待って!いきなり抱き締められても困るんですけど!
女の子特有の柔らかい感触とふわりとした良い匂いが押し寄せてきて、声が漏れそうになるのをグッと歯を食いしばって食い止める。
「恐かったでしょう?一体、誰がアルミネラを!」
それはいいから、放して欲しい!
「オ、オリヴィア様、もうその辺で」
「えっ?あ、そうね。アル、いきなりごめんなさいね」
そこでようやくオリヴィアが解放してくれたわけだが。
……あー、心臓がまだバクバク言ってる。こういう事は、本気で勘弁して欲しい。
それでも、なるべく狼狽えていない風を装って、俯きながらも俺は小さく首を振った。
ここで問題なのが、アルミネラという双子の妹のフリをしなくちゃならないという事だ。なぜなら、俺は妹がどういった性格でどういう行動を起こすのか、全くもって知らないのだから。
下手に動くわけにはいかない。
「アルの状態も分かった事だし、そろそろお暇させて頂くわ。あなた方も長居しないようにね」
すると、来た時よりもかなり上機嫌そうな笑みを浮かべ、オリヴィアはじゃあまた来るわ、と言って颯爽と部屋から出て帰っていった。
なんというか、彼女のマイペースさは急すぎる。まるで、台風一過みたいだった。
オリヴィアを見送ったサラが部屋に戻ってきたのを確認した途端、どっと疲れが押し寄せてきて今までにないぐらいの盛大なため息がこぼれ出る。
「伊織君、大丈夫?」
「うん、……じゃなくて。セラフィナこそ、ネチネチと何か言われてたみたいだけど大丈夫?」
「え?ああ、大丈夫ですよ!あの方、私の事が嫌いなのよー」
いやいや、そんなあっけらかんと。
あれだけネチネチと言われたのだから、さぞや精神的に参っているのでは?と思っていたが、彼女は嫌われているという事をあっさりと白状しつつも、ものともせずに笑い飛ばした。
「本当に?」
女の子という生き物は、多少無理をしていても嘘をつけるという事を幼馴染みで学習していたので念を押す。
「本当、本当!アナ時代……花千院麗華として生きてきた時のアナウンサー時代の方がもっとドロドロした苛めとかよくされていたし。前世から嫌われるのは慣れているの、だから本当に大丈夫。私の事を分かってくれる人さえいれば充分よ」
……なるほど。アナウンサーという職業も大変なんだな。
そりゃまあ、テレビに映るのが仕事なのだから、全員に愛されろという方が間違っている。誰しも、わかり合えない人間や苦手な人間、それにどうしても合わない人間だっているのだから、理想論は理想に過ぎない。
「セラフィナが大丈夫なら、俺はいいけど」
「伊織君、ありがとう。けど、さっきは私よりエルフローラ様の方がもっとお辛かったと思いますよ」
「え、どういう?」
俺には、まだエルの方が、敵意をぶつけられていないからマシだったように思えるのだが。
「オリヴィア様は、侯爵家のご令嬢ですので位の高いミルウッド公爵家のご令嬢であるエルフローラ様には頭が上がらないの。表面上はね」
表面上?
よく分からず、首を傾げる俺にエルも苦笑いを浮かべてそれに応える。
「オリヴィア様は、イオ様のご親族ではございますが幼少の頃からその婚約者の地位を狙っているのですわ。……きっと、今も。ですから、表面上は私に従順なフリをしておりますが、私がいつ失敗するのか好機を窺っているだけなのです」
「そうそう。だから、私を擁護なんてした日には、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃないですし」
「大変、心苦しいのだけれど」
「いえいえ!気になさらないで下さいね!」
まるで、日常会話をしているように二人は先程のオリヴィアとの一件を話しているけど。
「……そんな」
たったあれだけの短い時間。
そんな十分にも満たない間、彼女たちは鈍感な俺を除いて海面下では戦っていたというのか。
「貴族の子女同士とはこういうものなのですわ。ですが、オリヴィア様に関しましては少しばかり事情が違っておりますが」
そう言って、少し困った笑みを浮かべるエルに首を傾げる。
「彼女の事情って?」
「……それは、また後ほど。私ではなく、アルミネラに直接、お訊ねした方が早いかもしれませんわね」
それは、親族だからという意味合いだからか、それすらも分からない俺にエルは長い睫毛を震わせながら、憂いの表情を浮かべて答えた。
……もう、皆まで言うまい。頑張るのみである。




