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おー。なんだなんだ、いきなり。え?イオを一言で?
んー……あーそうだなぁ。俺にとっての極上の癒しってのがもっともなんだが、例えとなると……最高級の褒美?生きてく中で、何が欲しいってそりゃ報酬だよな。こう、心が満たされるっつうの?
は?いかがわしい?はっ。ばっか!お前、それを何に使うのかは俺の自由だろうがよ。
次に、意識が浮上して瞼を開くと何となく見覚えのある天井が映った。
カーテンから零れる柔らかい光が天井でゆらゆらと揺れて、どのぐらい寝ていたのかは分からなかったけど、今が日中だという事は理解出来た。
「……」
しばらく、その光をぼんやり見ていると靴音はないのに衣擦れの音が近付く。
「ご気分はいかがでしょうか。温かいお茶はいかがでしょうか?」
音もなくやって来るというのは、こういう事を言うんだろうな。内心、不気味に思いながらも声のする方へと顔を向けると、案の定、あの表情が乏しい黒髪の少女が立っていた。
「……まだ、少し頭痛はありますがだいぶマシになりました。お茶でもお水でも良いので、いただけると嬉しいです」
相変わらず表情がないながらも、何となくこの少女は俺を心配しているのだと分かる。外見だけなら今も無表情のまま、全く動じていないかのようにお茶の用意をしてくれているというのに。
自分の感覚じゃあ初対面に近いんだけどなぁ。
俺は、彼女と親しかった?
友達……にしては、彼女の方がどこか一線を引いている気がするんだけど。
「あ、えっと。ありがとうございます」
彼女の事をあまりにも不躾にマジマジと見てしまっていたので、目が合った途端、思わず愛想笑いを浮かべてしまう。内心では気恥ずかしくて居たたまれない思いで埋め尽くされていたりするけど、何食わぬ顔で上半身を起こして高級そうなカップをもらい受けた。
茜色をしたお茶の匂いを嗅ぐと紅茶だと分かる。それを、ちょっと残念に思ってしまったけど、いただけるだけありがたいのでゆっくりと。
まずは、乾いた口内を潤すために少し口に含んでみた。
「ん!美味しい」
日本人として、実は日本茶が欲しくて仕方なかったのだが、これはこれでとても良い味わいだった。どういうわけか俺の好みに沿っていて、紅茶特有の苦みもさほどなく飲みやすい。それに、猫舌の俺にはありがたい事に、ちょうど温度も最適ですんなりと喉を通った。
きっと、彼女の淹れ方が上手いのだろう。それだけで贅沢な気持ちになって、頬が緩む。
「とても飲みやすいです、ありがとうございます。えっと」
「サラ、と申します」
「サラさん」
「呼び捨てで結構です」
「わ、分かりました」
呼び捨てじゃないと許さないという威圧感が一瞬放たれた気がして、それに気圧されてしまいそうになった。なんというか、よく試合前に対戦相手から感じる殺気に似ている。
こういう状況だから、かなり気を抜いていた俺が悪い……のかな?え、でも、まさかこんなモデル体型の女の子から、格闘家のような気を感じるなんておかしいような?
……気のせいかな。
「えーっと、他の皆さんは?」
きっと、疲れてるんだろうなと考え直して、別の話を振ってみる。前回、起きた際にはとても賑やかだったこの部屋がとても静かで、彼女以外に誰も現れないので首を傾げる。
そもそも、ここは誰の部屋なのか。
「現在、授業に出られておられますが、まもなく来られる予定です。アルミネラ様と他一名様に関しましては昨夜と同じ時間帯に来られるという事でした」
「へぇ、授業という事は皆さん学生さんなんですね。って、あれ?花千院さんも?」
彼女はアナウンサーをしているぐらいだから、成人していたはずだけど?
同じ日本人なら、年齢もある程度分かるんだけど、外国人は見慣れないのでわかりにくい。
「詳しくはご本人にご確認下さい。体調がよろしければ、お食事を用意させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。実は、お恥ずかしながらお腹が空いていて……その、助かります」
本当によく気が利く子だなぁと感心しながら軽く頭を下げると、無表情であるはずなのにサラが顔を顰めた気がした。
「……?」
どうしても腰が低くなってしまうのは、日本人としてもう習慣みたいなものなんだけど。もしかして、ここではあまり歓迎される事じゃないのかな?たまに、そういうお国柄の対戦相手にも会った事があるから分かるけど。
そもそも、彼女はどこの国の人なんだろう?
聞きたい事は山ほどあるのに、それを彼女に聞くべきではないと何故か脳がそういう判断を下してる。直感という奴かもしれないけど、今は全てが分からない事だらけだからこそ、慎重になるのが得策だろう。
「……申し訳ございません。私は侍女ですので、そのような話し方や、ましてや頭を下げられる行為は今後一切お止め下さいますようお願い申し上げます」
ああ、そうなんだ。
前回居た面々より、どうして彼女はある一定の距離感を置いているのか考えていたけど、仕事の都合で関わってくれていたという事か。
だから、俺はさっきから何度もお叱りを受けたんだ。
すいません、とも言えず戦々恐々としながらも頷くと、サラは無言で音も立てずに去って行った。
「……はあ」
侍女って事は、やっぱり前回見たあの男装少女の家で雇われているのかな?どれだけお金持ちのお嬢様なんだよ。……あのチョコレート色の髪の女の子だって。
い、いや、何であの子の事を思い出して。駄目だ、確かに綺麗だったけど!いずれは帰国しなくちゃいけないんだから、このまま熱を押さえるべきだ。
それに、年齢的にも年下だろうし……じゃなくて!考えちゃ駄目だって。
……ああ、自分が情けない。
恋愛に現を抜かして、何が柔道家だ。侍女であるあの女の子にすら、態度だけでこてんぱんにされるぐらいなのに、まだまだ未熟者としか言い様がない。
――それに。
「俺って、こんなに細かったっけ?」
一度、目が覚めた時は鈍痛と頭痛があまりにも酷すぎて自分自身がどういう状況なのか確認する暇も無かったけど。
よく見てみると、手も何だかほっそりしてるし異様に白い。それに、身体つきも、触った感じあり得ないほど華奢になっている気がしてならない。
俺は、ここで目覚めるまでは、柔道を習い始めてずっと鍛錬を欠かさず行っていたから、それなりに筋肉もついていたはずなのに。
「というか、声も違う」
自分自身の中で聞こえる声と他者に聞こえる声は微妙に違うというのは分かっているが、まるで声変わりをする前のようでこんなにも高くなかった。
これじゃあ、まるで――――
いや、そんな訳あるはずない。
そうだ、だったらちゃんと確認すれば良いじゃないか。
疑問が増えれば増えるほど、人は居ても立ってもいられないという事を、俺は今、まさに体現している。とにかくこの焦燥感を解消したくて。
部屋の中を見渡すと鏡は見当たらなかったが、磨かれたガラスが填まった高級な感じの大きな調度品が目に映った。
そういえば、このベッドもよく見れば高そうだ。さすがは、外国といったところか。侍女と良い、室内の高級品の数々と良い、この部屋の住人も彼女達と同じようにかなり良い所の人物だろう。
そんな寝室を貸してもらえるなんて、ここでの思い出はかなり強烈になりそうだ。
後で、貸してくれている人を教えてもらってちゃんとお礼を言わなければ。
「うん。この服だって、絶対高いんだろうなぁ」
まだ軽く痛みを抱える頭に負担をかけないように、ゆっくりと立ち上がる。
そうすることで、自分が身に付けている衣料も分かった。どこにでもあるリネン製のシャツとズボンに見えるけど、起きた当初から着心地が良くて俺が知っている某大手チェーン店の安物のような質感ではない。
……俺は、誰に助けられたんだ?
ますます自分がどういった立場に置かれているのかも気がかりだが、それよりひとまず、今は自分がどうなってしまっているのかといった事を確認する事にした。
一歩、一歩、ゆっくりと歩いて調度品の前へ向かう。
身体は訛っていないはずなのに、どこか固く――――そして、軽い。
こんな事はあり得ない。
あり得ないからこそ、不安を早く消し去りたい。
俯いたまま見覚えのないつま先を、調度品の前に並べる。恐怖心と不安感、体中を駆け巡る血液の循環音。そのどれもが、覚悟を決めろと俺に告げる。
試合前の緊張感。
ここにはいないはずのジャッジの声と共に、顔を上げて透明度の高いガラス越しに己の姿を確認した。
「…………え?って、誰?」
そんな……いや、待て。違う、こんな事あるはずがない。
目の前に映った物は気のせいだと言い聞かせて、頭に手をやりながら目を逸らす。
「……きっと、きっと何かの間違いだ」
多分、頭を激しく打ったというから目にも影響が出ているに違いない。
「うん、きっとそうだ」
先程よりも確実に早鐘を打つように体の中で打ち鳴らす心臓を落ち着かせるように、一度深呼吸をしてから、もう一度ガラスに映る自分を見直す。
「……う、嘘だろ」
そこには、驚愕した表情を隠しもせず蒼い目を見開いた、それはそれは大層眉目秀麗な少年が映り込んでいた。
「これが……俺?」
いや、きっとこれは夢に違いない、と首を振る。しかし、まるで連動しているかのようにガラスに映る少年も同時に首を振って、その度にサラサラと揺れる柔らかそうな白金色の金髪が光を放ち主張する。
もはや、警告音のように激しく打ち付ける心臓の存在を感じながら、今度はじっくりとガラスの中の少年を観察するとどこかで見た顔だという事が分かった。
「ああ、この顔は」
思い当たったのは、最初に起きた時に見た男装している美少女だ。
彼女とそっくりの顔に手をやって、本当にこの姿が今の自分なのかと確認してしまう。
「……あり得ない」
これは、俺じゃない。
こんな少年を、俺は知らない。
誰でも良いから、今すぐ嘘だと言って欲しい。
二十歳にもなって狼狽えて、泣きそうになれば目の前の少年の目にもうっすらと涙が浮かぶ。
ああ、これは現実なんだ――と実感した途端、耐えがたい不安が押し寄せてくる。
「……」
一体、自分自身に何が起こったのか。
もう、何を信じれば良いのか。
この先、俺はどうすれば良いのか。
恐い。
――――何もかもが、恐ろしい。
急に足下がおぼつかなくなり、立っているのも限界で、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「伊織君!?」
「イオリ様!」
そこへ、いつの間にやってきたのか、あのチョコレート色の髪の少女と花千院さんが部屋に現れ、座り込んだ俺に驚いて慌てて傍へと駆け寄ってきた。
「まだご気分が優れませんの?ああ、だけど何故こんな場所に?」
「とにかく、ベッドでまだ休んだ方が良いですよ。さあ、行きましょう?」
そう言って、彼女たちが心配そうな表情で手を差し伸べる。
「……」
けれども。
もう、何を信じれば良いのか分からず、その手を掴む事を躊躇した。
だって――
この二人は、俺がこんな姿になっていると初めから知っていたのだ。
知っていて、黙ってた。
俺が、最初に漆原伊織だと名乗った際、彼女は……チョコレート色の髪の少女は驚いて、そして酷く狼狽えていた事を覚えてる。慌てて表情を取り繕ってはいたけど、悲しそうな顔だった事も。
あの時、彼女は何に驚いた?
――それは、この少年ではない、俺の、俺が名乗った名前に、だ。
「……俺は。いや、……この体の持ち主は、一体誰なんだ?」
今は、感情が昂ぶって優しく問えないのは勘弁して欲しい。基本的に、弟みたく誰かれ構わず好戦的だと疲れるから見知らぬ人には敬語を使っているけれど、今は理性も吹っ飛んで、そんな事より俺がどうしてこうなってしまったのか知りたかった。
「もしかして、ご自分のお顔を見てしまったんですか?」
「……」
「……そうなんですね。分かりました。予定では、またアルミネラ様達がいらっしゃった際になるべく不安を煽らずお教えしようかと思っていたんですけど。知ってしまったのなら、仕方ないですよね。この場でお教えいたします」
「セラフィナさん、でも」
俺の目を見て、同じように覚悟を決めた花千院さんに、しかしもう一人の少女が袖を引っ張って不安を訴える。
「いいえ、エルフローラ様。伊織君をこれ以上、不安にさせるべきではありません。それに、今はこの十四年間を忘れてしまってますけど、伊織君にとってこれは二度目、そう二度目なんです。一度、この事実を克服した彼が、そう簡単に気を違える事はないと私は信じています」
彼女の口ぶりから推測するに、これから知る事実とやらはどうやらかなり衝撃的な内容のようだ。
それに、二度目だって?
よく分からないが、俺にとってこれが二度目になるという。
チョコレート色の髪の少女に言い聞かせているようだけど、花千院さんであるはずの少女の外国人特有の水晶のような綺麗な水色の瞳は、明らかに俺を見ていた。
俺に対して問うているのだ。
俺に、その覚悟はあるのかと。
だから、俺はいつも試合前にするように、ひと呼吸して肩の力を抜いてから答えた。
それでもいいから、教えて欲しい、と。
明日の更新は、明日中が希望です……。




