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今日から第三章を開始します。
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まあ、突然どうなさったの?え?イオ様を一言で表すなら?
そうですわね……、温かい光とでも申しましょうか。ええ、太陽とはまた違いますの。
私にとって、あの方は全方位に光を放たれているような、そんなイメージですわ。
そう、とても眩しいけれど、どこか優しくて柔らかくて、そしてとても穏やかなのです。
気が付けば、見知らぬ天井だった。
どうやら、自分は横たわっていたのだろう。ふとした違和感と共に、次に襲ったのはどういう訳か何か鈍器で殴られたような頭への鈍痛と、道路工事でもされてそうな頭の中からの痛みの信号だった。
身じろぎをしたら体は動くが妙な倦怠感もあって、もしかして事故にでも遭って入院したのかなと不安を感じる。
しまったな、と思わずしかめ面になった、その時。
「イオ様、目が覚めたのですね?どうですか、ご気分の方は?どこか痛む所はございますか?」
突然、視界に入り込んできたのは、目元を腫らしながらもキラキラとした瞳には全く遜色のないとても綺麗な女の子だった。
「えっと、……頭をぶつけたみたいですごく頭が痛い、です」
「他にはございませんか?」
先ほどの少女とは別のやや低めの声がして、その声の主を探せば、黒髪の女の子が彼女の隣りに立っている事に気が付いた。だから、ホッとしながらも一体どういう状況なんだ?と内心では首を傾げながらも、訊かれた事に対しては首を振る。
「はあ、良かったぁ!イオが階段の下で倒れてたって聞いた時には、生きた心地なんてしなかったけど。大きな怪我もなくて、本当に良かったよ」
「全くな」
などと、今度は足下の方から別の男女の声がしたので視線を向ければ、それは目を見張るぐらいに綺麗な白金色の短髪の美少女と、カーキ色の髪の青年がいた。その少女と目が合えば、彼女は気が緩んだのか脱力気味に笑みを浮かべる。まあ、言葉通りに心配をしていたからだろう。
そこから、もしかしてまだ室内に他にも誰か居るのだろうかと頭痛に顔を歪めながらも、辺りを見渡せば見当たらず。ただ、部屋の特徴からすると、ここはどうやら寝室だろうと予測出来た。
うん、それは分かった……のは良いんだけど。
困ったぞ?
「あの、ここはどこですか?皆さん、外国の方とお見受けされますが、日本語がとてもお上手ですね」
彼らの接し方で、きっと自分たちは親しい間柄なのだろうとは推測出来るのだが。最初に出た言葉がお世辞なんだから、これはもう日本人の悲しい性としか言い様がない。
「……イオ?」
途端、硬質な声がして。痛みを感じる頭へと手をやれば、どうやら包帯を巻いてもらえているようだ。その感触を確かめながら、頭を押さえて上半身だけ気力で起こせば、声を発した人物を含め、ここに居る全ての人がこちらを見ていた。
えっ、何か拙い事でも言っただろうか?
そう思えるほどに、彼らが一様に驚いている事に逆に驚く。
「申し訳ございませんが、ご自分のお名前がお分かりですか?」
「えっと、はい」
「では、教えて頂けないでしょうか?」
先ほど、黒髪というだけで同じ日本人だと思っていた彼女が青い瞳に真剣さを滲ませて、固い表情で問いかけてきた。尋問、というにしては必死すぎる。
その彼女の横に並び立つ、チョコレートのような色合いの腰までの長いストレートヘアの女の子なんて、口元を押さえながら、まるで西洋人形のように美しい白い顔を更に真っ白にさせているし、残りの二人も同じように蒼白だった。
これは、何となくやばいような?
自分の記憶に間違いはない。が、ここまで思い詰めたように問われると不安もあるわけで。いや、しかし、この名前で俺はずっと今まで生きてきた。
だから、躊躇いなく言える。
「漆原伊織、ですけど」
そう、これからだって。
「うそ……っ」
「おいおい、マジかよ」
まさか、名前を伝えただけでそこまで悲鳴に近い言葉を投げかけられるとは思わなかった。逆に俺の方が、傷付いてしまいそう。
しかも、さっきから不思議と気にかかるチョコレートの色合いをした髪の少女なんて、もはや猫が逆立ちしてあまつさえ大道芸をしたのを目撃したぐらいに大きな衝撃を受けて愕然としているし。
痛い。どうしよう、何故か心がすごく痛む。
これなら、いっそ名乗らずに誤魔化した方が良かったのだろうか、なんて。考えたところで、答えが出るわけではないけど。
「えっと、……ごめん?」
疑問形になってしまうのは許して欲しい。自分でも、何をどう言えば良いのか分からない。正解が分からないのだから、とりあえず謝るしかない。
「いっ、いえ!大した怪我もなく、ご無事でなによりでしたのに……私こそ、申し訳ございませんわ」
おおっと、まさかのお嬢様?なんて、心の中で驚いていると黒髪の子が足下に立っていた美少女の方へと歩み寄っていく。
「一時的だとは思いますが、どうやら記憶を失っているようです。いかがなさいましょう?」
「つっても、失ってるのは今の記憶って事だよな?」
「だろうね。……はあ。こうなったら、仕方ないかー。こんな遅い時間帯に申し訳ないけど、セラフィナを呼んでくるしかなさそうだね。すっごく不本意なんだけど」
えーっと、うん。何となく、そう何となくだが、この三人が俺の事を話しているというのは分かる。しかしながら、あのモデルのような白金色の髪の美少女に至っては、どうしてそこまで半泣きでジッと恨みがましく見られてくるのか。
やはり、俺は失敗を犯したのかな?
ずっと見つめ合ったまま目を逸らす事が出来ないが、状況も把握出来ていないので大人しくするしかない。……居たたまれないけど。
「サラ、悪いけど彼女をここへ連れてきてくれる?」
「かしこまりました」
まあ、外国に出かけても髪色からして滅多にお目にかかれないほどの美少女というだけあって、彼女も相当なお嬢様だろうか。黒髪の子にかしずかれても当然だと言わんばかりの態度で頷いていたぐらいなのだから、そんな風に見て間違いはなさそうだ。
それに、彼女に何かしら違和感を感じていたが、よく見ると男物の服を着ている。さながらモデルのように着こなしているのだから、気付くのが遅くなるのは致し方ない。それに、どこか着慣れている気がするのも気のせいではないだろう。
中性的な顔立ちをしているからこそ、余計に男の俺から見てもかっこよく見える。
――というか。
何なんだ、この半端ない美男美女の割合は。
いまだ横に立っている美少女然り、白金色の髪の男装美少女然り。また、男装の子の隣りに立っている青年も、三白眼ながらに整った顔立ちをしているし、先ほど部屋から出て行った黒髪の子にしたって、結構可愛らしい顔立ちをしていた気がする。
全く、なんてこった。
こんな美男美女集団と俺は、いつお知り合いになったというんだろう。しかも、話しぶりからするに知り合いというよりも、もっと懇意、いや非常に親しくしていたように思える。
「……」
うーん、と記憶を探っても思い出せない。
何らかの世界大会に出る為に海外にいるに違いないだろうが、いつまで経っても監督やコーチ、それに一緒に来たであろう仲間たちが顔を見せにこないというのも解せない。
先程、誰かを連れてくるように告げた際に、監督たちも呼んでくるように言い含めてくれても良かったのに、その話に触れる事すら無いのだから戸惑わずにはいられない。もしや、俺を置いてさっさと日本に帰ってしまったとか?いや、それならせめて誰かが残っていておかしくはないはずだけど。
あとは、異国ながらも、彼らがこうも流暢に日本語を話せるというのも不思議でしかない。実際、外国で全ての人間が日本語を扱える場面を見た事はない。
……本当に、分からない事だらけだ。
と、今度は別の頭痛に煩わされていると、しばらくして先程の黒髪の子が、今度はテレビでも雑誌でも見た事のないピンクがかった変わった色合いの金髪の少女を連れてきた。
おまけに、その少女もやはりかなり可愛い顔立ちなのだから、内心げんなりしてしまう。
ここまで美形が揃うって、ほんとにどうすればいいんだろう?カメラで撮って、ミーハーな幼馴染みにでも自慢するべき?
「こんな遅くに、呼び出してごめん」
「いえ。イオ様が心配だったので、むしろ呼んで頂けて私はすごく嬉しいです。昼間、学院の階段付近で倒れていたのを最初に見つけたのは私ですし」
そんな風に、男装少女と会話をしながらも、よほど俺の存在が気になるのかチラチラと何度も俺の方を見てくる。ここまでくると、多分あの可憐な美少女とも親しいのかな?と思わないでもないが、やはり彼女の顔を見ても何も思い出せないでいた。
「それで?」
「どうやら、イオは記憶を失くしてるみたいなんだ。でも、前世の記憶はあるみたいで」
「あー、だから!なるほど、だから私にしか出来ないとあの侍女の方がおっしゃったんですね!うへへ……いや、ゴホン!えっと、分かりました。私がイオ様のお役に立てるのならば、どんな事でもご協力させて頂きます!いえ、むしろさせて下さい!喜んで!」
なんだかすごく威勢が良いな。これじゃあ、どこかの居酒屋にいるみたいだ。
「その顔が、逆に心配になってくるんだって」
「えっ!?そ、そうですか?イオ様に関われるって思ったら、つい」
「……あんた、相変わらずのイオフェチな」
男装少女と青年にややどん引きされながら、握り拳を作ってやる気をみなぎらせている新たなる美少女は当然です、と高らかに宣言しながら俺の方へと近付いてくる。
意味は分からないけど、会話を聞いているだけでテンションが高そうで困惑してしまう。
それと、同時に 彼女が来たので、ずっと今まで傍で心配そうに俺を見守っていたチョコレート色の髪の少女が後ろへと下がった。
普段ならば、特に何も思わないのに、こうして目に見えて彼女が離れた事に少しだけ不安を感じてしまうのは何故だろう。
さっきは、多少なりとも緊張していたはずだというのに。
そんな事をぼんやりと思い浮かべていると、彼女は黒髪の子が用意した椅子に腰掛け、丁寧にお辞儀をしてきた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
ああ、時間の感覚が分からなかったけど、彼らの言う通り、今は真夜中で合っていたんだ。なんて思いながら、同じようにお辞儀を返した俺としっかり目を合わせ彼女が微笑んだ。見た目から快活そうに見えるのに、こうしてみると何だか落ち着いていて妙に品がある気がしてくる。
やっぱり、女の子っていまいち分からない生き物だな。
同じ柔道部でも普段はお洒落や可愛い物好きな子が、試合では山で出くわしてしまった熊みたいに豹変するのだから不思議で仕方ない。あれ?それはまた別の話?
「今の私は、見た目だけだとどこか外国の女の子にしか見えませんけど、実は私も日本人なんですよ。花千院麗華と申しますが、えっと……聞き覚えはないですかね?スポーツ担当のアナウンサーをしていたんですけど。……それとも、時代が違うかな?」
最後に何を呟いたのかは、聞こえづらくて分からないけど。
「花千院……さん?あ、ああ!確か、お嬢様アナでしたよね?知り合いがインタビューを受けたとかで珍しく興奮して教えてくれた記憶が」
それは、ごく最近の出来事だったはずなのに、どうしてか遠い記憶のような気がする。
「そうなんですね!……良かった。ああ、でもお知り合いってどなただろう……すごく気になりますね、私たちに共通の方がいるなんて。それで、あなたのお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
明らかに未成年でしかも外国の女の子そのものだというのに、話しぶりから彼女は日本人なのだろうと察してしまう。それに、知人の話をしても嘘をついたり無理矢理話を合わせているようには思えない。
もしかしたら、本当に彼女は花千院麗華さんという女性なのかもしれない。ただ、今はどういう訳か異国の少女の姿を借りているだけの。
だったら、さすがアナウンサーとでもいうべきか。警察の誘導尋問などではなく、そのごく自然体の会話から相手の情報を聞く姿勢に好感が持てる。自分ではよく分からないが、顔が年齢よりも少し若く見えるようで職質を受けた事があり、それ以来警察は苦手なのだ。
彼女とはどうやら話が通じそうだと思ったので、初対面のマナーとしてこちらも素性を明かすことにした。
「俺は、××大学スポーツ科の二年で柔道部に所属している漆原伊織です」
「えっ!?漆原……伊織くん?って、あの、まさかシニカル王子?」
「……は?」
きっと、今の俺は呆気にとられて、さぞや間抜けな顔になっている事だろう。
「うそ、本当に?イオ様の前世って、シニカル王子なの?きゃーっ!まさか、こんな所で会えるとは思わなかったなぁ!」
「え、えーっと」
「実際、お会いした事はないんですよ!あはぁ、でも……ムフフ」
……どうすれば良いんだろう。
シニカル王子なんていう恥ずかしい名称を述べられた所で、聞き覚えがない。……多分、勘違いしてるはず。なのに、目の前の美少女は再びテンションを上げて綺麗な水色の瞳を輝かせているようで。うん、対応に困るな、と途方に暮れていると、三白眼の青年が躊躇いもせず後ろから彼女の頭頂部に手刀を繰り出した。
見るからに可憐な美少女へと、まさかのチョップ。……俺だったら絶対に無理。
「痛っ!」
「はっ!お嬢に最近こうして突っ込んでいるせいで、体が勝手に動いちまった!」
「僕の所為にしないでよね」
「うるせぇ」
ちょっとした漫才?いや、ここは外国だし違うはず。
「悪かったな」
「痛かったですよー、もういいですけどぉ」
チョップを受けたと同時に半泣きになって頭をさすりながら振り返った花千院さんに、片手を挙げて謝る姿もさすが異国の男はスマートでかっこいい。実に羨ましい限りだ。
「そうだよな。まあ、そうなんだが、俺たちを放置して何をそんな興奮してんだって思ってな」
「あ!すいません、つい気持ちが昂ぶってしまいました。伊織君もごめんなさい」
「い、いえ」
僅かながら引いてました。とは言えないので、視線を逸らすだけに留める。どうやらこの男のおかげで彼女の暴走が収まったようで助かった。
「……っ」
そんな感謝を込めて青年を見ると、ウィンクをされてしまった。
外国人って、こういうものなんだろうか。どういうリアクションが正しいのか分からない。……どうしよう。
とりあえず、こういう時は笑って返そう。ああ、これも日本人としての性なんだろうな。
俺も、あんな風に茶目っ気を出せば良いのかな。いや、恥ずかしくてとてもじゃないけど出来ないな。
「っていうか、そのシニカル王子って何なのさ。確かに、イオはトマト王子より王子様だけど、今はイオの前世の話をしてるんだよね?」
「まあ。アルったら、いまだにオーガスト殿下をトマト呼ばわりしていますのね」
男装少女の言葉に、チョコレート色の髪の少女と花千院さんも笑っているところをみると、どうやらそのトマトの話題は俺以外の全員に通じているらしい。
トマト王子ねぇ……その王子とやらも、けったいなあだ名を付けられたものだ。
意味が分からない俺でも、内心で同情して苦笑いをしてしまう。
ただ、唯一この場に居るのに笑っていないのは黒髪の少女だけで、彼女は先程の漫才まがいを見ても無表情を崩さなかった。よほど面白くなかったのか、興味がないのか。何を考えているのか読めなくて、少し恐い。
「伊織君、ここにいる漆原伊織君は、とあるスポーツの世界では結構有名な選手だったんですよ。私たちが暮らしていた国の強化選手にも選ばれるくらい実力もあって。……だから、オーガストの暗殺未遂の時の一本背負いもあんなに手際が良かったのね」
……そんな物騒な名前の事件は、全く身に覚えがないのですが。
首を傾げるしかない俺をまるで姉のように優しく見つめたかと思えば、途端に花千院さんは再びでれっとした笑みを浮かべた。なんというか、ギャップが凄い。
「シニカル王子というのは、ファンの間で呼ばれていたあだ名なんです。普段はクールぶってあまり表情を出さない彼が、試合で勝利を収めた際に浮かべる笑顔がそれはもう可愛くて!『絶対零度の笑み』なんて呼ばれていたりして、先輩アナにも何人か隠れファンがいたんですよ。私は、残念ながら生の試合を見た事がないんですけど、録画で何度も」
「ああ!もう、分かったから!とにかく!今は、イオと話してくれ!それと、なるべく話が逸れないように!!」
何故だろう、彼にすごく親近感が湧いてくるのは。
再び花千院さんの暴走を止めてくれた事に感謝しながら、しかし再びウィンクをされても困るので申し訳ないけど俯いた。
ほんと、こういうのは弱いんだって。
それに、同性相手にそんな事をされてもだしさ。
「コホン。申し訳ありません。それでは、えーっと……伊織君、実はあなたは今日の午後に頭を強く打ったみたいで脳に異常がないか確かめたいの。いくつか質問をしても良いかしら?」
やっと、本題か。
というか、やっぱりこの鈍痛はそういう事だったんだ。ただの頭痛もあるけど、今の自分の状況を理解しておきたいのもあって俺は彼女に頷いた。
「……では。イエリオス・エーヴェリー、という名前に心当たりはありますか?」
それはまるで、重要な、そうとても大切な宣告のようにも聞こえた。
心臓が跳ねたのは、一瞬の出来事。けれど、そんな横文字の名前に聞き覚えや思い当たる記憶もないので首を横に振る。
でも、どうしてなのかその名前の響きはとても心地よくて懐かしい気がした。
「……そうですか。では、年齢を教えて下さい」
名前を知らないと首を振った俺に、目に見えて憔悴したのはほぼ全員で。質問者の花千院さんですら、一瞬狼狽えた表情を見せたが、直ぐに気を取り直して次の質問を口にしていた。
多分、その名前には、彼らにとって何か大切な深い意味があったって事なんだろう。否定した俺ですら、心のどこかでショックを感じているのだから。
「十九、いえ二十歳です」
うん、そうだ。確か、俺はちょうど今日二十歳の誕生日を迎えたはず…………で?
何故かそこで記憶が曖昧になっていて、思い出そうとするだけでズキッとした頭の痛みで中断される。
「……いっ!」
「大丈夫ですか?もう質問は止めておきます?」
「い、いえ。大丈夫です。続きをお願いします」
回りで俺たちの様子を見ていた四人も心配げな表情を浮かべていたが、俺は俺だと証明するためにここで根をあげる訳にはいかないと何故だか思えた。
「あなたの家族構成を教えて下さい」
「父と母。それと、三歳下に弟が一人います」
「弟さんのお名前は?」
「史哉。漆原史哉です。今、高校二年であいつは空手をしています」
そう、俺の家族はご近所の間では似た者同士と評判のおっとりした両親、それと無愛想で威圧感だけは一丁前の弟の四人家族。弟の史哉とは、小学生の頃はよく喧嘩したけど、中学高校と進級していく内にお互い自分の種目の練習が多くなって、今じゃ滅多に顔を合わせる機会がなくなってきていた。
小さかった頃は、あんなに俺の後ばっかりついてきたのに。今では、そんな可愛げも見る影もない。……これを機に、久しぶりにお土産でも買っていってやるのもいいかな。
いい加減、こういう関係を終わらせなくちゃな、とセンチメンタルに浸ってしまう。
「そうなんですね。では、また質問が変わりますが、グランヴァル学院という学校名に聞き覚えは?」
「……?いえ、全く」
「では、オーガスト・マレン=ミュールズという名前に心当たりはありますか?」
「ありません……世俗には疎いもので。もしかして、世界的に有名な方だったりしますか?それなら、申し訳ありません」
その「オーガスト」というのはさきほど彼らの会話に出てきた人物と同じなのかな?そうであるとしても、やはり己の記憶の中にはないので首を振る。
質問に答える度に、何となく花千院さんの表情がどんどん浮かなくなっていて恐い。俺は、思うままに記憶のままに答えているはずなのに。
これが正解ではないらしいと重ねる毎に、何かが削られていく気がしている。
……俺は、紛れもなく漆原伊織本人なのに。
それなのに、逆にどんどん不安が増すのはどういう事なんだろう?
「いいえ、気にしないで下さい」
気にするなという方が無理なんだけど。
「では、最後の質問です。昨夜の夕食のメニューを覚えていますか?」
「夕食?」
ここにきて、そんな質問をされるとは……意表を突かれて目をしばたせてしまう。
「はい。パッと思い出せないのなら、無理に思い出そうとしなくて結構ですよ。本当は、こういう状況下で脳を無理に刺激するのは良くない事でしょうから」
そりゃまあ、頭を強く打っているみたいだし、それを証明するかのようにズキズキと痛みを主張しているのだからそうだろうな。
だけども、どういうわけか問われた事の答えは直ぐに出てきた。
「……肉じゃが。確か、肉じゃがとポテトサラダとだし巻き卵、あと豆腐の味噌汁でした」
昨日は、合宿明けでクタクタになって自宅に帰ったら、母さんが俺の好物ばかりを作り置きしてくれていて、内心ガッツポーズしたのを覚えてる。……って、あれ?俺は、今、外国にいるはず。だって、ここは知らない場所で外国人ばかりいるのだから。
…………それなのに、なんで母親の手料理なんて?
「っ、うあっ!」
途端、頭が割れるような痛みが走り、続いて何者かに揺さぶられてしまったような感覚が起きる。そのあまりの衝撃に歯を食いしばって耐えるが声が漏れた。
「イオ様っ!!」
「イオ!」
「伊織くん!」
めまいがするのを耐えながら頭を抱え込む。
その突然の出来事に、花千院さんや他の人々も駆け寄ってくるが、構わず目をギュッと閉じてひたすら耐える。痛いなんてものじゃない。息をするのもやっとで、今にも気が狂いそうだ。
「お医者様を呼んで下さいませ!」
「はい!」
「イオっ!イオ!いや!死なないで!私を置いてどこにも行かないで!」
「おい、お嬢!落ち着けって!」
視界の端に、今にも泣き出しそうなチョコレート色の髪の少女やもう既に泣きだしてしまっている男装少女が映る。
ぐらぐらと目の前が揺れて意識が薄れながらも、視界の中でぼやけていく彼女たちに不思議な事に何かを伝えなくてはと心が騒いだ。
そうだ、安心させないと。……これは、俺の義務なのだから。
そんな事を何故か思い、口から言葉が零れ出る。
「っ、……だ、だい……っ、じょうぶ、だ……よ?だか、ら」
――――泣かないで。
「……っ!?イオ?イオ!!」
悲鳴のようなその声の主が誰だったかも分からない。
今までの人生の中で、味わった事のない酷い痛みを抱えたまま、そこで俺は意識を手放した。
そして、最近ではもう同じ事しか書いてませんが。
明日の更新は明日中、もしくは体調の関係上で明後日になるかもしれません。
頑張ります。




