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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第二章 運命は偶然と必然の繰り返し
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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。


 前略。

 前世での僕の弟よ、元気ですか?

 お兄ちゃんは、お前より何倍も可愛い妹とものすごく美人の婚約者に囲まれて毎日、とても幸せに暮らしています。

 ただ、女装している点を除けばね。






 グランヴァル学院が長期休暇に入ったために、僕だけが一人屋敷に戻って過ごす事となった。といっても、アルミネラの代わりを務めている身の上だから、相も変わらず女装で過ごしているのだけれども。

 最近、ますます淑女のマナーに磨きがかかってきたのか、日に何度かお茶を飲まないと気が済まなくなってきている。サラが淹れてくれるお茶は、以前から好きだったけど令嬢として恥ずかしくないよう、色んな茶葉を使って順応出来るように訓練されているような気がしてならない。

 サラは、一体僕をどうしたいのか。

 主従とはいえ、謎の教育に疑問符を浮かべるしかない。

 そんな事を思いながら、お茶請けに出されたマフィンを頬張りつつ積まれた課題をやっつけていく。

 食べながらするのはよくないのは分かっているけど、アルの真似事をしてみて分かったのは、どうしたものか、意外と効率が良いという事。

 今まで僕が常識を振りかざして受け入れなかった非常識を取り入れてみれば、けっこう楽しいことばかり。

 なるほどね、これはアルミネラの気持ちが分からなくもないかもね。

 なんて、たまには自分を甘やかして過ごしていたら、珍しく父が屋敷に戻ってきたという知らせが届いた。

 しかし、父は常に多忙の身。だから、今回も一時間もしない内にお城へと戻るだろうから挨拶はしなくていいか、なんて忘れ去ったあの時の僕に言いたい。

 油断、ダメ、絶対に、と。


「課題は捗っているか?」

 この状況を、どう表現すれば良いのだろう。

 まさかのノックなしで部屋のドアを開けられるという展開に、書き終えた論文の紙を床一面にばらまいた状態。しかも、その時の僕は恐ろしい事に、次の論文に取りかかりながらベッドの上で邪魔なドレスをまくし上げてあぐらをかいて、次のマフィンにかじりつこうとしている時だった。

 フリーズしてしまう僕は、悪くない。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……いや、これには色々とありまして」

 慌ててマフィンを皿に戻して口元を拭いながら、片手でドレスの裾を直して弁明してみる。今更、取り繕ってみた所で遅いかもしれないけど。

 アルミネラと僕の色合いと同じ白金色に輝く短髪。そして、どちらかといえば、妹に近い蒼い瞳。

 ミュールズ国の現宰相にして我らが父君イルフレッド・エーヴェリー公爵は、三十代にしてはややくたびれた感のある出で立ちで、渋めの顔は前世だとロマンスグレーなおじ様として一部の女性にはモテそうだ。

 僕をジッと見ていた父上はさして動揺した風もなく、無言のまま目の前に落ちていた紙をいくつか拾い上げながら僕へと近付く。

 これって、知ってる。

 えっと、前世でゲーム関係は疎かった僕だけど後輩の子が言ってたよ、フラグですねって。

 ……。

 いや、ちょっと待って。フラグどころか起爆剤に近くない?て、冷静に考えてる場合じゃなかった!怒られるって、これは確実に怒られる!しかも、なんでよりによって僕一人しか居ない時なの!?

 アルは?アル!双子なのに、こういう時は連帯責任じゃないの!?なんて、内心でうわぁぁぁああああっ!と頭を抱えて絶望する僕の目の前に父が立つ。立たれただけなのに、威圧感が半端ない。

「……文官になるか」

「え?」

「お前が文官になるというのなら、改めて学院に入り直しても良いと私は思う」


 ――改めて?


 って、それって。

「あの、いつから気が付いて?」

 目を丸くして驚いてしまった僕に、父上が大きく息を吐き出しながらひょいと無造作に紙の束を差し出した。

「あ、ありがとうございます。あの、それで」

「初めから。あの子が、彼に憧れを抱いて騎士になりたいというのは気が付いていた。彼女に似て、あの子は昔から自由奔放に育っていたから。まさか、暴挙に出るとは思わなかったが」

 父から紙の束を受け取りながらも、実は入れ替わった最初からバレていたとは思わず固まる。

「私には気付かれていないと思っていたのだろう、彼女もあの子も」

 ……確かに。多分、今でも母やアルミネラは父上に気付かれていないと信じ込んでいるのかもしれないな。僕ですら、今までずっとそう思い込んでいたし。

「そうですね」

「知っていて、黙っていたのだ」

「どうして」

 と、振り仰いだ先にある僕よりも水色に近い蒼い瞳とかち合って、思わず逸らした。普通に会話をしているように見えるけど、実は親に女装姿を披露しているのって意外と恥ずかしいものなんだからね。幼少期なら、アルの強引さに負けてしてたけど。この歳で、ましてや尊敬している父親の前でとか。

「今の世に、国内では女性の騎士はまだ少ない。偏見や陰湿な苛めもあると聞く。そんな想像を絶する境遇に、あの子が対峙する覚悟があるのか判断がつかなかった」

 さすが、一国の宰相とでもいうべきか。

 親子という人情で黙っていたのかと思えば、アルミネラの本気を見定める時間と捉えていた訳だ。前世でならば、男女平等という理念があるけど、この世界ではまだそういう概念が広まっていない。他国の一部では、女性も躍進している地域もあると聞くけど、それを歓迎されているかはまた別の話だし。

 アルが、いくら超がつくほどのポジティブな人間だとしても、一流の騎士になりたいのであれば、どれだけたくさんの困難や誹謗中傷を受けるかは想像が付かない。

 ましてや、あの子は国が認めた正式な次期国王の許嫁でもあるのだから。

 まさに、茨の道といえるだろう。

「だから、あの子がやりたいようにやって現実を知れば自ずと本来の道に戻るだろうと思っていたのだ。お前には、無理をさせたな」

 え。もしかして、労われてる?

「い、いえ。おかげで、僕も様々な体験をして学べています」

 怒られる所か、慰められているなんて。

 女装を強いられて苦労している部分も多いけど、同じ転生者であるセラフィナ嬢と知り合えたし、殿下にはアルに対しての風当たりも改善してもらえるようになったから、悪い面ばかりじゃない。何より、エルと共に学業に励む時間がこんなにも楽しい事だとは気付かなかった。

 初めはアルの入れ替わりなんて、僕に務まるのかすごく不安で仕方なかったけど、毎日それなりに楽しいと思えるようになってきている。

「だが、また厄介な目に遭うかもしれない」

「……え?」


 まさか。



 父は――――この人は、一体どこまで知っているの?



 だって、ヒューバート様の件は、コルネリオ様が情報を操作して隠蔽したはず……それなのに。

「私は、この国の宰相なのだ。ありとあらゆる情報が、私に届くのは至極当然の事だと思いなさい」

 ということは、もう今回の全て、いや、もしかしたらこの間の殿下が自ら起こした暗殺未遂から全て含めて、父上は把握しているという事か。

 そう思って間違いない。

 父を恐ろしいと思う反面、やっぱり改めて尊敬せざるを得ない。

「……実は、ここへ戻ってくる前に、アルミネラにも会ってきた。お前が、イエリオスという名で改めて学院で勉強をしたいというなら、覚悟を決めるよう通告をしておいた」

「アルは何と?」

「お前が望むならば、と」

「……」

 さすがは、国一番の行動派。根回しが早い。まさか、先にアルに会いに行っているとは。

「それに、彼の了承も受けている」

 しかも、コルネリオ様にまで。

「そう、ですか」

 今回の件では、コルネリオ様に一番多大な迷惑をかけてしまった。

 アルが、いつものようにトラブルを持ってくるのには慣れているけど。今回は、それに加えて僕自身も厄介なトラブルを抱えてしまったのも運の尽きで。

 いや、そもそも厄介な事にヒューバート様が隣国の王子だったというのも要だろう。下手な真似をすれば、国際問題になりかねない大騒動になったかもしれないし。

 最終的には、自分を犠牲にするしか出来なかった。



 あれから、ヒューバート様たちは実際に三日後クルサード国へと帰国されたようだ。

 僕たちのトラブルなど嘘のように、普段通り行われた三日間のランチタイムにも参加される事もなく、結局あれから一度も相まみえる事はなかった。

 ただ、アメリア嬢とは一度『転生者の会』というのをセラフィナ嬢が設けてくれた際に会ったけど、素の彼女は前世でよく見かける女子高生といった感じの女の子で笑顔が絶えない気さくな子だった。それに、話を聞くとあれ以来、兄妹関係も少しずつ改善されていっているようなので何よりだと思う。

 ただ意外な事に、まさかアメリア嬢がコルネリオ様の大ファンだとは思わなかった。ほんとにね。和やかに話をしているかと思いきや、いつの間にかセラフィナ嬢と『イエリオス』と『コルネリオ』のどちらが燃え?萌え?るのか、かなりエキサイティングな盛り上がりをしていたので、僕は全く以てついていけなかったんだけど。

 二人がとても輝いていて、楽しそうだったので黙ってそっとしておいた。

 前世では年齢が違っても、同じ乙女ゲームが粋な同士とても話が合うらしい。アメリア嬢がクルサード国に戻っても、手紙の交換を必ずしようと約束をしていたので、またセラフィナ嬢から近況でも聞けたら良いなと思う。


 そして、トーマス様から、実はあの後こっそりとお手紙を頂いた。

 内容は、今回の件のお詫びかと思いきや、いつかの果物の件についてのみの謝罪で。彼らの部屋で聞いた通り、あれはトーマス様が一人でヒューバート様のために企てたという事だった。なので、ヒューバート様は一切関与していないという。まあ、それが功を成したんだから、大した忠義心だなとは思う。

 あと、主であるヒューバート様には死ぬまで言わないつもりだけど、せめて僕には知っておいて欲しい事、というので書かれていたのは。


 トーマス様も、どういうわけか僕の演じる『アルミネラ』に憧れを抱いていたという事実。


 だから、トーマス様の本心としては、今回の件に乗り気ではなかったらしい。けど、クルサード国では主君の命令は絶対従うのが当たり前なのだとか。彼の目の傷は、幼少の頃に反逆して代償としてヒューバート様に付けられたという事まで書いてあった。

 そんな恐ろしい事をいとも簡単にしてしまう主だから、僕がクルサードに行った際には、何としてでも自分が供に就いて、多少の自由はきくようにするつもりだったという事だった。

 ナオとの戦いを見ていれば、トーマス様もかなりの腕前の持ち主だという事は分かっていたので、今ならその気持ちは素直にありがたいと思える。

 それと。

 以前、突然ヒューバート様が叫んだクルサードの王族のみにしか伝わらない言葉の意味もその手紙には書いてあった。

 というのも、どうやらトーマス様は、ヒューバート様の幼少の頃からのお付き合いで、共に教育を受けてきた為にその特別な言葉も全てではないけど分かるらしい。

 それによると。

 

『神様!あなたは、私に彼を授けた!』


 という、熱烈な慕情を叫んでいたらしく。

 あの時、教えてくれたとしても恥ずかしいことこの上ないな、という赤面間違いなしの言葉だった。うん、知らなくて良かった。というか、忘れたい。

 けれど、ヒューバート様は、今でも本当に不思議な方だと思えてならない。

 何もない平凡な僕を欲しがる奇特な方ではあるけれど、あそこまで深慮遠謀をめぐらせる事の出来る頭脳を持っているのだ。敵に回れば厄介だけど、これからまだまだ同盟を持続出来れば、ミュールズ国もその恩恵を受ける事が出来るだろう。

 何年後になるかは分からないけれど、今回の事をお互いに消化出来ればそれこそ外交官にでもなって、クルサード国に行ってみるのも良いかもしれない。

 きっと、皆には反対されてしまうだろうけど。

 父上が示してくれた文官の道。

 それはそれで、やりがいがあるだろうな。

 正直、僕もここらが限界だと思っていたし。

 それに、エルフローラとも放課後にデート出来ればこの上ない幸せだろうなぁ。なんて、ちょっと大それ過ぎるかな。


 さて、どうしたものかな。


 と、思案していたら勢いよく扉がバン!と開かれた。

「イオちゃん、ちょっとお待ちなさい!」

「せめて、ノックしてから入ってきなさい。エルメイア」

 いや、ご夫婦揃って同じですけど。

 って、その前にはっきりイオちゃんって……母上、父上が気付いていたことご存知でしたね?

 とは言えず、呆然としていたらヒールをコツコツと鳴らしながら何故か勝ち誇ったような表情の母上が、父にドドーン!!と効果音が付いていそうな勢いで封書を差し出した。

「何だね、これは?」

「いいから!読んで」

「……」

 ああ、もう。ほんと、母娘そっくり。

 そして、仕方なくそれを読み始める父と僕も重なってしまうのがとても切ない。父上も若い頃は相当苦労なさっていたんだろうなぁ。って、今もか。

 ざっと母が持ってきた手紙を読み終え、はあ、と何ともいえない重いため息を吐き出す父が、今度は僕へとその手紙を差し出した。

「読んでみなさい」

「……はあ」

 何か嫌な予感がしてしょうがないけど、読まない訳にはいかないんだろうな。ということで、父からそれを受け取ると、母の実家の封蝋印を確認して手紙を開く。

「……」

 そこには、案の定懐かしい母方の祖母の字で緊急お知らせというようなタイトルがあった。……なに、この偽物チックな新聞風。緊急なら、ここまで凝る事ないですよね?

 絶対に楽しんでるな、と呆れてしまう。そういえば、まだ食虫植物は飽きずに育てていらっしゃるんだろうか。祖母も、やはりうちの母娘と同じで突飛な行動をする方だしなぁ。

 遺伝かな、といまだ元気に動き回ってる祖母を思い出しながら手紙を読み進めていく。

「……あの、これって本当ですか?」

「だと思うわよ?兄家族だもの。前々から、分かっていたでしょ?」

 いや。母上、叔父上を何だと思っているんですか?と、聞いてみたくなったけど何となく予想は付いてしまったので言葉を飲み込む。

 祖母がどうして、緊急に手紙を送ったのかも近場に住んでいるのだからというのもあるんだけれど、叔父家族がいわゆる金銭欲が高く浅はかで無謀な、夢ばかりを追う連中なので少しでもおかしな動向があれば連絡がくるようになっている。

 まあ、要は被害を最小限に抑える為で。

「……父上」

「最後まで言わなくても分かっている。オリヴィアが編入してくるのなら、お前には再び辛い思いを強いてしまうが、しばらくそのままでいる方が安全だろうな」

「助かります」

 何とも言えぬ空気の中、珍しく冷や汗を流す父上と僕は互いに強く頷きあった。

 というのも。

 祖母の緊急の知らせとは、母の兄であるブライアン・クレイス侯爵家の長女、オリヴィア・クレイスが長期休暇明けに、グランヴァル学院へ編入してくるということだった。

 別に他の親戚がただ編入してくるというだけなら、ふうん、そうなんだ、で終われるんだけども相手がオリヴィアならそうはいかない。

 彼女は、僕たち双子より二歳年上なんだけど強欲な父親に似て昔から、そう昔っから伯爵家の身分欲しさに僕に散々言い寄ってきていたという実績を持つ。

 それはもう、エルには毎日泣かれ、アルと母上が本気で怒り策を練って屋敷への出入り禁止を言い渡すぐらいに。あの頃は、本気で女性が恐いと思った。

 だから、僕がイエリオスとして改めて学院に入り直せば、彼女がどう動くのか予想がつかない。そう、まさに父上がさっきおっしゃったように、このままでいる方が『安全』だと言わざるを無いのだ。……身体的に。男として、情けないけど。

 彼女をただのご令嬢だと思うなかれ。金や権力、もしくは脅迫、犯罪に近い術を使って全力で向かってくるのだから侮れない。

 だから、またあの頃のような身の毛もよだつ恐怖は勘弁して欲しいというのが僕の願い。

「アルには悪いけど、今度は僕の身の安全のために、しばらくはこのままでいてもらうしかないですね」

 自分では気が付かず、父上と似たような重いため息を吐き出した僕に、母は嬉々として顔を綻ばせる。

「でしょでしょ!あー良かった!イルがいないって気が付いたのが遅かったから、馬を飛ばしてきた甲斐があったわぁ」

「……またか」

「いいじゃなーい!だって、馬車とか疲れるんだもの。あ、でも帰りは一緒に帰るから!ねっ?」

 ご苦労様です、父上。

 見事、母に翻弄されている父に胸中で敬礼して、一応、アルにもこの事を伝えるべく僕はもう一度祖母の手紙を見下ろした。

 前途多難。

 なんで、次から次へとこうもアクシデントが続くやら。


 とりあえず。




 どうやら、僕はしばらく女装を続けなければならないらしい。


第二章はこれで終了となりますが、この後に番外編が二つ続きます。

最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。

ちなみに、明日の更新は明日中というのが希望です。



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