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この世界に生まれて十四年。なんとなく、前世より個性が強い面々と顔を合わせる事が多いような気がするのは気のせいなのかな。それとも……いや、これ以上は考えたくない。
ヒューバート様ご一行が部屋から出て行った事で、この空間が安堵の空気に包まれた。
やっぱり、皆それなりに緊張してたんだ、なんて心の内で笑っていれば、外から扉がノックされて軽く戦慄いてしまう。笑ってごめん、僕が誰よりビビってます。
「開けるぞ」
と言うナオの言葉に、誰も返事を寄越さなかったにも関わらず、彼はそれを意に介することもなく扉を開けた。もしかして、やっぱりさっきのは取り消ししますとか言出すヒューバート様だったらどうしよう、と焦ったのはここだけの話。だって、ほら、あれだけ脅かされ続けたんだから恐いってもんでしょ?
「やあ。さきほど、彼らに会ったよ。その分だと、どうやら成功したようだね」
「……コルネリオ様」
ああ、良かった!いや、良くないよ!コルネリオ様だったからって、安心するのは早計です。というのも、いつも通り麗しい笑みを湛えているはずなのに、何となく怒っていそう……な。ははっ。やばい。こういう時は、視線を逸らしたら大変危ないので気をつけよう。と、想像で心の汗を手で拭う。
後ろで、またナオにプッと笑われた気がしたけど、今は無視だ。弄られる余裕はない。
そんな事を考えていたら、キラキラと光る背景は変わらず、真っ先に僕へと目を細めて前世でいう菩薩様のような慈しみの微笑を湛えられて冷や汗が流れる。
「……」
……なんというか、ただひたすら恐すぎる。僕が思うに、いつかのサラよりも恐ろしい何かを飼ってらっしゃるのではないだろうか。いや、本気で。
「この度は、ご心配をおかけして申し訳ありません」
怒っていて当然ですよねー。って事で、こういう時は最初に正直に謝るのが正攻法だって思いたい。むしろ、そう願っても良いんじゃないかな。
王族であるコルネリオ様の前で座ったままの状態でいる訳にはいかず、皆が一斉に佇まいを整えて立つ中、僕だけが頭を下げる。悪いことしたって自覚はさすがにあるからね。
こういう場面に皆を巻き込んでしまって申し訳ないな、とも。
「……全くだよ」
ドキドキしながら待っている中、その言い方は、普段と何も変わらないけど室内が一瞬にして張り詰めた空気に変わった。
あちゃー。やっぱりそうだよね、いくら僕たち双子には甘いコルネリオ様だって、いい加減今回はさすがに頭にきただろうなとは思う。
今まで、如何に大切にされてきたのか……今回、僕はその現実に身を以て知らされてしまったわけだ。
昔から、それこそ物心が付く頃から気付けば常にコルネリオ様が僕たち双子を見守ってくれていたのに。まさに、恩恵のなにものでもない。
なのに、僕は一人で対処できると思い込んで突っ走ってしまって。
謝って許してもらおうなんて、虫が良すぎるのは分かってる。
だけど。
悔しくて泣きそうになりながら、それでも頭を下げ続けていると、不意に後頭部を撫でられた。
「!!」
「君を失うのかと知った時、どれだけ私が辛かったか分かるかい?あの、宗教画で有名なフェルキアの沼にでも落ちたような感覚だったよ」
フェルキアの沼とは、この世界の神話が題材になっていて、所謂宗教画にはよく描かれる、全知全能の女神がそこで天魔と戦い血を流したとかいう天魔の沼の事なんだけど。
まさか、そこまで?
そんな喩えまでされたら、ほんとにもうどうしたら良いのか分からない。冷水を浴びせられるってこういう事を言うんだろう。
「申し訳ありません」
こうなったら、ひたすら謝るしか。
そう思った僕の頭を、コルネリオ様の大きな手がいきなり荒っぽく動き回った。って、待って!う、うわぁ……これって、撫でるというよりペットみたいに髪をもみくちゃにされちゃってるのは、僕の気のせいなんかじゃないでしょ、絶対!
「もう、イエリオスは分かってない。本当に、何も分かってないよ。君たち双子が、私にとってどれだけ特別な存在なのかって、本当にちっとも気付いてないよね」
いやいや、その前にそこまでぐちゃぐちゃにされちゃうと、髪が絡まって悲惨な事に!
「か、髪がっ!も、もう!やめて下さい!」
もしかしなくても、いつも通りからかわれるんじゃあ、なんて思ったのは後の祭りで。アルに借りたウィッグは無残な状態になっているのは想像に難くない。今度は、サラに叱られそう。
それが分かるのでまた違う意味で涙目になりながら、我慢出来ず顔を上げて阻止した僕が見上げた先のコルネリオ様は目が合った途端、愉快そうに微笑んだ。
「次は無いよ。分かってるよね?」
「……はい」
これぞ、絶対王者の視線。しかも、魅惑のイケメンボイス。幼い頃から教え込まされているからか、コルネリオ様には逆らえない。ある意味、ヒューバート様より厄介な存在だろうな。
「それと、私は違う言葉が聞きたいんだけれど?」
「……あ」
それは、実にコルネリオ様らしい問いかけで。
幼い頃から、こうやって教えられた僕には分かる。何事も、謝るべき事はたくさんあるけど、それよりも大切なのは――
「ありがとうございます」
素直に感謝を伝えること。
「よし」
僕の答えに、満足だという風に大きく頷いたコルネリオ様が、ようやく傍から離れて先ほどまでヒューバート様方が座っていたソファへと腰掛けた。
その際、おまけとばかりに、この場にコルネリオ様をお慕いしている婦女子がいれば、間違いなく気絶するだろうと思われるとてつもない破壊力を備えた笑顔で。
くっ。イケメンパワー、恐るべし。
一人愕然としている僕を置いて、皆もゆっくりしてね、とおっしゃられたのを機に、僕たちも同じように身近にあるものに座り込む。
「……」
いや、ちょっと待って欲しい。というか、とりあえずおかしくない?
あれだけ眩しいコルネリオ様のとびきりの笑顔に、男の僕でもドキドキしてるっていうのにさ?どうして、アルは慣れているのか一緒に笑ってばかりだし、エルも僕ほど衝撃も受けず平然としているの?
それに、セラフィナさんに至っては、……嫉妬の目線?ああ、これは、なんかもう通常運転にしか思えないからいいとして。
それとも、無駄に色気を放つコルネリオ様に反応してしまう僕が悪いのかな?いや、でも昨日の夜会の時の女性陣の熱い視線ったらなかったし。
……まさか、僕だけ集中的になんて事は無いはず。
うわぁーっと心の内で喚きながら悶々と一人で悩む僕を余所に、コルネリオ様は優雅にゆっくり後ろへと振り向いた。
「フェル、ご苦労だったね。たった一週間以内でミュールズとクルサードの往復は、さすがに大変だっただろうけど本当によくやった」
「先に諜報員が場所の特定をしてくれていましたから、助かりました。フェアフィールド嬢も軟禁中ではあったものの食事などはきちんと出されていたようなので」
「それは良かった。セラフィナ・フェアフィールド嬢、今回はよく耐えてくれましたね。おかげで、イエリオスを失わずに済みました」
まさか、自分が声をかけられるとは思っていなかったのか、セラフィナ嬢が慌てて簡素なスカートの裾を正して淑女としての礼をする。
「こちらこそ、帰国できず困っている所を救って頂き、言葉では言い表せないほど感謝しております」
ああ、そうだ。今回は、僕の所為でセラフィナさんにも迷惑をかけてしまったというのに僕はまだ彼女に謝りきれてない。彼女は、むしろ僕が巻き込んでしまった被害者なのに。
「セラフィナさん、ごめんね」
「いいえ、イオ様は謝らないで下さい。そもそも、私の拘束は交換留学中に事を起こそうと初めから組み込まれていたのでしょうから、あなたは全く悪くないですよ」
「だようなぁ。あの王子が、一体いつから計画を練っていたのか分からねぇが、手回しが良すぎるぐれぇだったよな」
そう言ってくれたら、ありがたいけど。
セラフィナ嬢に同意して、ウンウンと頷いて腕を組むフェルメールに苦笑する。
「だから、イオも罠に嵌ったって事だよね」
「正直、完全に屈服させられたのは、前世も含めて生まれて初めてだったからびっくりしたよ。彼の当初の計画では、アルも一緒に連れていくつもりだから、僕はそこが恐かったんだ」
大切な妹に何をされるか分からない恐怖と、人質として取られる恐怖。それだけは、回避したくてどうにか足掻いて条件を突きつけたけど。
結局、セラフィナ嬢を人質にされてしまっていたから、状況を覆すことは出来なかった。
今でも、あの時の事を思い返せば背筋が凍る思いがする。
――あの、絡め取ろうとする視線と声音が。
昨夜のエルとのダンスにしたって、あれが最後だと思って臨んだほどだ。
「いっそ、私も一緒に行って二人で内側から壊していくのもありだったかもね」
なんて、おどけながらアルミネラが言うので、僕は即座に首を振った。
「あの人は、そんなに容易くないよ。多分、僕たちが協力しあえないように、君を連れて行く過程で、正常な判断が出来なくなる危ない薬を使うつもりだったろうからね。大切な妹に、そんな物騒な事されるなんて考えられない」
ましてや、子供を作る為だけの道具にするなどもってのほかだ。
苦虫を噛みつぶしたような顔になっている僕に、アルは不意にぎゅっとしがみついて甘えっこの顔に変わる。
「イオ、大好き!」
「僕だって」
愛おしい妹に大好きな笑顔を向けられたら、必然と顔が緩くなるのは致し方ない。こういう所が可愛いんですよ、うちの子は。
「おーおー。また、じゃれ合いやがって」
「甘い顔のイオ様、ステキ!」
「……セラフィナ様とは、一度、改めてお話をした方が良いのかもしれませんわね」
デレつく僕を見ながらフェルメールが呆れた顔で呟いて、その横ではセラフィナさんが何故か鼻息を荒くして興奮していて。僕の隣りのエルがそれを半目になって見つめるという意味不明な状況の中、コルネリオ様がクスクスと笑って僕たちを見守ってくれていた。
ああ、この時間がとても好きだ。
それは、偽りのない僕の気持ち。
「羨ましいな」
その中で、唯一他国の人間であるナオが、眩しいものを見るような目で僕たちを見ていた。
「ナオも、ありがとう」
「いや。この異能が役に立つという事もあるんだと分かって、俺の方こそ感謝したいぐらいだから気にするな」
会った時よりもかなり柔らかい表情となったナオが、苦笑いを浮かべ首を振る。
「ずっと、この力に振り回されっぱなしだったからな。秘密だが、祖父も同じ能力持ちだったからこそ、後継者争いに疲弊してこの国に逃げてきたらしい」
だからこそ俺はこの国に来てみたかったのだ、と言ってナオは左手で持っていた宝剣『アオニイロの双剣』を持ち上げた。と、鞘に施された色とりどりの宝石は、まばゆいばかりの光りを放って存在を主張している。
「これを手に入れるのは、始まりに過ぎない。だが、確かな前進でもある」
ナオにとっては、まさにこれが始まりとよべるだろう。
たくさんいる後継者の中でも、彼だけが後ろ盾がなかったのだから。タオ国の国王が、何を望んでナオに双剣の一つを取りに来させたのかは分からない。
それは、彼らの国の事情だから僕の知るよしもないのだ。
だけど、ナオが成し得たものは、かつて国王が所持していた剣を獲得し、遠い国とはいえ、娯楽や文化が盛んなミュールズ国との同盟国となる権利。貿易を念頭に考えれば、島国が集まったタオ連合国にとっても損はない話だろう。
きっと、まだ困難は続くだろうけど。
「ナオが死にそうな目にあったら、絶対に助けにいくから」
アルもそれが分かっているからこそ、友人であるナオに誓いを立てる。
「俺も。正式に騎士団に入ったからといって、友達が困ってたらどこにでも駆けつける覚悟はあるぜ」
士官生ながらに、眼差しは強くまるで高潔な騎士のような二人の言葉に、コルネリオ様も大きく頷く。
「父も、君の事をとても気に入っているご様子だった。だから、まだ滞在が許されるなら、是非とも会って差し上げて欲しい。君にとって、それはとても有益な時間になるのは間違いないよ」
こういう言い方をした時のコルネリオ様は、大抵何か企んでいたりするから、きっと、ナオにとって良い情報があるのは間違いない。
長年、コルネリオ様に学ばされた僕だから言い切れる。
「そうですね、まだ数日は滞在させて頂く予定ですので、必ずお伺いさせて頂きたいと。こちらこそ、貴殿にはたくさんのご助力を頂きまして誠に感謝しております。本当に、ありがとうございました」
イケメンは、何をしてもかっこいい。じゃなくて。
短期間の同居生活だったけれど、これも何かの縁だから僕も彼にエールを贈りたい。
「贈らなくとも、さっきからずっとお前の思考は流れてきてる」
う。
「うわぁ!僕の考えてること、まさか、全部聞こえてたんだ!?」
コルネリオ様と話しているかと思っていたら、不意に頭上から笑われたので慌てて飛び退いてしまった。
ソファから立ってしまったのは、なんていうか条件反射だ。
ナオのばか!驚かせないでよ、ほんと。
「いや。聞こえるのではなく、言葉や映像が勝手に脳に流れてくるんだ。俺にもいまだに分からないが、聞こえやすい者と聞こえづらい者がいる。お前は、特に普通にしていても勝手に流れてくるタイプだが」
「へっ!?う、嘘でしょ。そんなの、僕のせいでもなんでもないよね!?」
そんな事実、知らない方が良かったよ!
「いや、ただな……先ほどから、熱烈に俺の事ばかり考えているみたいだから可笑しくて。まあ、やはり毎日寝た間柄だからか」
「え?」
「は?」
「ん?」
「まあ」
「きゃー」
にやりといたずら小僧のように笑うナオの言葉を理解するまでに、数十秒。
「えっ!?なに言ってるの!?」
敢えて、そこは思い出さないように気をつけてたのに!まさか、ナオから言い出すなんて!
「だ、だ、だから!同居してた時、たまに笑ってたんでしょ!」
「ああ、やっと気付いたか?」
サ イ ア ク だ!
これはもう、恥ずかしいなんてレベルじゃない!もうやだ。穴でもあったら入りたい。
ワーワーと恥ずかしくて呻いていたけど、何故か他の人間があまりにも反応していないようなので訝しく思って辺りを見渡す。
「あれ?どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇよ」
え?僕、何で怒られてるの?
やけに真剣な顔つきで眉根を寄せるフェルメールに食いつかれて、逆に驚いて身を引いてしまう。
「えっと?」
アルは、どこか不機嫌そのものだし、エルは頬に手を添えて驚いた顔でいるけど何だか恐い。セラフィナ嬢は、ただただ興奮しているばかりだし。コルネリオ様に至っては、もう……僕の口からはとても言えない。
あまりにも全員が全く違った表情になっているから、余計に謎過ぎて首を傾げる。
「っふ、ははっ!あはははっ!」
そこへ、ナオがまた大笑いをするものだから、いい加減不明すぎて目を細めてナオを見上げた。
「なんなの?」
「こいつらは、俺とお前が毎日寝ていたのが気になっているようだ」
「寝ていたって……ああ、僕がうなされすぎて、毎夜、ナオかサラがベッドに僕を移動させてたっていうあれの事?」
あの時は、本当に申し訳なかったな。というか、どれだけ毎日毎日うなされてるんだって話だよ。
自分に呆れた僕を見て、けれどもナオは、笑って首を振った。
「実は、あれは嘘だったんだ。毎日、お前が寝ぼけて俺のベッドに潜り込んできては幸せそうな顔で寝るから言えなかった。サラには秘密にするように言われたんで、黙っていたがな」
「っ、そ、そうだったの!?いや、その、べ、別に言ってくれても良かったのに」
「ただでさえ、今も顔を赤くしてるというのにか?」
「そっ、……そうだけど」
だったら、どうしてここで言っちゃうかなぁ!?公開処刑みたいで、恥ずかしくて仕方ないよ!
だから、毎朝謝る僕から目線を逸らしてたんだ?
言ってくれたら!いや、あーでも!うー……全て今更過ぎて泣きそう。
そんな荒れまくる心の中を押し隠しながらも、火照った顔を戻したくて手のひらを仰いで風を作る。
……自重だ、自重しよう。
とりあえず落ち着きたい、切実に。
ふう、と息を吐き出しながら必死に熱を下げるのに必死な僕の周りは、それでもどういうわけか表情が変わっていなかった。
「イオが、私以外の人間と一緒に寝るとか考えられない」
「まさか、俺より先に手を出してたのかと思ってびびったぜ」
「思わぬしっぺ返しを食らわされるとはね」
「今回の件で、同性も敵だときっちり認識致しましたわ」
「イオ様の寝顔……羨ましすぎる!!」
いや、あのね?ちょっと、聞いて。ナオに辱めを受けた僕のフォローは誰もしてくれないってどういう事なの?
こういう時こそ、しっかり者の婚約者からの助けが欲しいなぁとエルを見れば、フェルメールとコルネリオ様をチラチラと見て物思いに耽っているし、かけがえのない半身だからこそ慰めて欲しいアルは、ナオに嫉妬の視線を送り続けているばかり。
ちょっと、アルさん?君の横に立っている女の子と似たような表情してるよ?
や、セラフィナ嬢と同じ領域に踏み込んだら駄目だからね!?
「もう、信じられない」
あまりにも個性豊かな面々に呆れてしまって、逆に笑いが込み上がる。
僕の為に、皆が頑張って助けてくれた事は忘れない、忘れられない。
こんなにも、大切な人が増えた事に感謝しよう。
生まれ変わって、彼らと会えて本当に良かった。
次が二章の最終話です。




