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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
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事実は小説よりも奇なり。
でも、それって第三者だから言えるのかもしれない。
だって、当人はそんな事考える余裕すらないだろうから。
闘技場の中にも、談話室のようなものが存在しており僕たちはあれからそっちの方へと移動してきた。 まあ、正確にいえば閉会式が終わってたくさんの学生たちが帰宅するべく戻ってきたから、なし崩し的にそうなったんだけど。
ヒューバート様は、あれからやけに静かになって僕たちに従い付いて来た。何を考えているのか、それともこの状況をひっくり返す事を企んでいるのか分からない。なので、逃げられないようにフェルメールが彼の座るソファの後ろを陣取って、アメリア嬢は純粋に兄君が心配で隣りに座る。
僕たちも同じように反対のソファに座り込むと、しばらくしてナオがトーマス様を引き連れてやってきた。
「えっ、なんでここって分かったの?」
「……イオ、あのさ、さっきナオは心が読めるって、そこのお嬢さんが言ってたでしょ?」
なんて、まさか妹に苦笑いをされる日がくるなんて!
うわぁっ!恥ずかしい!屈辱だー!
顔から火がでそうなぐらいに羞恥心で悶える僕をフォローするかのようにエルがニッコリと笑い、フェルメールとセラフィナ嬢に至っては食い入るように凝視されて、とてつもない悪寒を感じた。
……う。そうだ、知らないフリしよう、知らないフリ!何なの、ほんと。恐いってば、二人とも!
「前々から思ってはいたが、偏執的な人物にとことん好かれるタイプのようだな」
「……聞くけど。それって、褒めてるの?」
ヒューバート様に相対する形で、アルとエルの間に挟まれてソファに座る僕の後ろでボソッとナオに呟かれ、なけなしで彼に問う僕を誰も咎める事は出来ないはずだ。
「……。で?俺が今まで極秘にしていたものをあっさりと暴露した女がいると聞いたが?」
うわぁ!返事もないとか!
ああ、もう。僕だって、いつもならもっとしっかりしてるんだって。
若干、打ちひしがれてしょぼんとしていると、アメリア嬢の深緑色の瞳と目が合った。
何か物言いたげにしているけど、僕にはさっぱり分からないので、首を傾げる。
「本当に、あなたは何も知らないのね」
「……?」
ん?僕、気にくわない事でもしたのかな?
そう思うのは、彼女が微妙に呆れた顔で言ったからだけど。
「ナオナシオ殿下の事よ」
「ああ」
いやいや、そんな詰るように言われても。
僕の思考がナオに漏れていたなんて、ついさっき知ったばかりだし。
「イオ様は、私たちと違って全く普通の一般人よ。私が教えるまで知らなかったぐらいだもの。それに、私だって一作目しか知らないまま死んじゃった人間だしね」
そう言って、助け舟を出してくれたのはやはり同じ転生仲間のセラフィナ嬢。だけど、このままではまた三人にしか分からないような会話になってしまう。どうしようか思案する前に、アメリア嬢は少し間を置いてようやく話始めた。
「信じられないでしょうけど、この世界はわたくしたちが前世で遊んでいた一つのゲームの世界に似ているの」
それは、以前セラフィナさんに教えてもらった乙女ゲームという世界で、僕や殿下たちはその攻略者という対象なのだという話を、アメリア嬢とセラフィナさんはそれこそ各個人しか知らない情報を交えながら皆の前で語っていく。
真面目なエルフローラが信じられません、と驚きのまま呟けば僕とアル、そしてエルの三人しか知らないエピソードを披露してみたり、ナオの幼少期の話やアルが普段寮でどう過ごしているのかなんていうのも語れられたので、誰もがその信憑性の高さを信じるしか出来ずしばらく沈黙が流れていった。
「まさか、私たちが入れ替わっている事も分かってたなんてね」
アルミネラがこの中で一番飲み込みが早く、僕を見つめながら苦笑する。
僕たちの行動が、この世界の予定調和だったという事実は、アルにとっても相当ショックな事だろうに。
なのに、やっぱり彼女は彼女で。
僕は、妹の頭を撫でてそれに応えた。
「で?そこまで関わってない俺としては、まだ半信半疑なんだが。その『乙女げーむ』っつう話と、あんたらとどう関わってんだ?」
乙女ゲームの世界では、物語そのものに関わりのないフェルメールはそれほど痛手を受けておらず、冷静な態度のまま話の先を促す。
「クルサード国の第四王女、末姫として生まれたわたくしは、未熟児だったようでいつ死んでもおかしくなかったらしく父にも母にも相手にされず唯一、同腹の兄ヒューバートに守られて育てられました。そんなわたくしに、前世の記憶が戻ったのは七歳の時です。大好きだった乙女ゲームの世界に、しかもヒロインとして生まれた事に気が付いて舞い上がった私は、浅はかにも誰かにこの事を知ってもらいたい一心で、大好きな兄に七年後に起きるこれからの事を全て話してしまいました」
ミュールズ国が舞台だが攻略対象として留学する予定のヒューバート様のお役に立てるかもと、彼女なりに一作目の主人公に誑かされないよう兄の一計を案じた結果だといったところか。
まあ、一作目の主人公セラフィナ・フェアフィールドも転生者で、しかもイエリオス・エーヴェリーの熱狂的なファンだった、なんて思いもしていなかっただろうしね。
アメリア嬢には、百歩譲って同情するよ。
「ですが、それが全ての間違いでした。兄は、根っからの支配者でわたくしの話からどうすればミュールズ国を負かし属国に出来るのか可能性を見出してしまったのです」
「……え?」
それは――まさか、戦争を起こすつもりだったって事?
「そんな」
「そのキーとなるのが、エーヴェリー公爵家の双子でした。セラフィナさん、一作目にも登場した宮廷魔導師のマリウス・レヴィルは知っていますか?」
戦争、の話に僕たち双子?それに、マリウスくんまで?
あまりにも脈絡がなくて戸惑ってしまう。
なのに、突然話を振られてセラフィナ嬢は一瞬驚いた顔をしながらも愛嬌のある笑みを浮かべ、友達ですよ、とそれに答えた。
マリウスくんなら、僕もエルも知らない仲じゃない。
「いつも、オーガストとヒューバート様、それにマリウスやテオドールとか、その他お友達とも揃って皆一緒にお昼を食べていますから。ねっ、イオ様」
「うん」
「うわぁ、私なら絶対に逃げてる!」
アルがそう言うのも理解出来る。僕だって、最初の頃はうんざりしてた大人数の昼食会だったのに、今はそれなりに慣れてしまった。
最近じゃあ、違和感も全くないし。……惰性って恐い。
「確かに、ファンブックにはマリウスが宮廷魔導師だって書かれてたっけ」
いつも薬の調合ばっかりしているから、すっかり忘れていたけど、と言いながらセラフィナ嬢はあどけない表情で人差し指を顎に添えて天井を見つめる。
「ええ」
アメリア嬢がそれに頷いて、今度は僕の隣りに座るアルミネラに何故か視線を移した。
「続編の主人公は二人いて、一人はこの私アメリア・コールフィールドで、もう一人はアルミネラ・エーヴェリー、あなたでした」
「えっ?私!?」
「アルが?」
まさか、アルも乙女ゲームの主人公だったなんて。
「さっきの話からするに、主人公っていうのは男を誘惑していくんだよな?……うわぁ、ないない。イオならともかく、お嬢にそんな高度な技術が備わってるわけねぇだろ」
アルの性格をよく知っているフェルメールも驚いて、何度も首を振りながらあり得ないなんて呟く。
「僕ならともかくって、どういう意味ですか!」
「ああ?そのまんまだけど」
「失礼ね!イオ様なら、学院中の男も女も既にたらし込んでるわよ!」
「セラフィナ嬢、それ悪口だから」
というか、毎日女装がバレないかヒヤヒヤしながら頑張っているのに、そんな暇ある訳がないよ。って、その前に誑しこむ才能なんてありません。
内心でため息を吐き出す僕を、エルがまあまあと慰めてくれる。
「うーん。私も、どっちかっていえばイオの方が適任だと思うけどなぁ。だって、小さい頃に月夜の妖精姫なんてあだ名を付けられたの、本当はイオだし」
「はっ?いや、それはアルでしょ」
それだけは絶対に間違いだと訴える僕に対して、エルが明らかに目線を外しアメリア様には何故か生優しい目で微笑まれた。
僕の味方が誰もいない!?
嘘でしょ、と絶句する僕の肩にナオが後ろからポンと手を乗せる。
「諦めろ、彼女達は嘘をついていないようだ」
「それ、慰めてないよね?」
さっきから、どうしてナオは傷をえぐるかな。というか、むしろ僕を弄って楽しんでるよね?
「俺には見えてくるのだから仕方ない。この国の王子と初めて会った時の事を覚えているか?お前達双子が、いたずらで入れ替わりをして会ったようだな。どうやら、その時のアルミネラの振る舞いや容姿を見た貴族達がそんな風に噂を流したというのが事実らしい」
そんな……あれは、アルが。
そうだ、殿下と初めて会うのに、アルが緊張してお腹が痛いとか言い出すから仕方なく……って、もしかして!?
「……騙したの?」
ジロリとアルを睨み付けると、慌てて彼女が取り繕う。
「えっ!?ち、違うよ?お腹が痛かったのはほんとだもん」
「……」
「ほんとだって。でも、ごめんね。あのたった一回で、まさかそんなあだ名を付けられるなんて思わなかったし、教えたら傷付くかなって今まで否定しなかったんだ。その、グランヴァルの方で、あだ名が復活したっていうから、いつか気付くかなって」
いつか気付くかな、じゃないでしょうが。
殿下と初めて会ったあの日だって、父が宰相だけあって家名が傷付かないようにって、必死で上品に見えるように振る舞ったのに!頑張ったんだよ、本当に。
そういえば、ヒューバート様にも何度かその呼び名を口にされてた。あれは、この人もアメリア嬢に聞いていたからだったんだ。
……もう、なんて言えばいいんだか。
今まで、アルミネラの称号とばかり思ってたのに。
こうなったら、いつか絶対にアルの呼び名で定着させてやる。元が僕でも、見た目が同じなんだから問題はないはず。うん。
「……イオ、何か物騒なこと考えてない?」
「え?別に。それより、話を戻そうか。アルミネラが主人公だという事とマリウスくん……マリウス・レヴィルがどう関わっているのかな?」
僕の後ろでナオが吹き出したけど、気にしない。気にしないったら気にしない。気にしたら、また弄られそうだもの。
「ええ。マリウス・レヴィル、彼はミュールズ国の次期魔導師です。彼の存在は、王族と上位貴族の中でも極一部、しかも数名しか知らない希有な存在なんです。代々ミュールズ国の国王には、魔導師という専属の従者が付いていて、彼らは国の安泰の為、国王に道を示す役割を担っているのです。時に、戦争を。時に政策を。時にご内室を。その魔導師によって、『アルミネラ・エーヴェリー』は次期国王となるオーガスト殿下の婚約者に選ばれたのです」
まさか、こんな所でアルミネラがどうして殿下の婚約者に選ばれたのか、その理由が分かるとは思わなかったな。てっきり両親と国王夫妻がプライベートでも仲が良いからだとばかり思ってたけど、冷静に考えればそんな事で決めるわけがない。だいたい、公私を混ぜるなんて陛下はそんな事をするお方じゃない。
だとすれば、宰相である父も魔導師という存在を知っているんだろうか。
だから、こんなにも反目している二人なのに、アルを殿下の婚約者にするという事を了承したのか……真面目な、国を愛する父上らしいといえばらしいけど。
「ですが、実は魔導師の神託には多義的な表現があったのです。というのも、簡単にいえば王族にエーヴェリーを取りいれるべし、というような曖昧な言葉ですかね。国王夫妻は、オーガスト殿下の婚約者の神託かと思い、アルミネラさんを指名されましたが兄の解釈では、イエリオスさんこそがミュールズ国の安泰を司っているのではないか、と」
そう言って、アメリア嬢はこの部屋に入ってからまだ一度も言葉を発さないヒューバート様を痛々しい目で見つめる。
ここに来て、ずっとアメリア嬢が全てを暴露していくのをどう思って聞いてたんだろう?今まで計画してきた事を全て、妹によって全て白日の下に晒されていくこの状況を。
ねえ、どんな思いで眺めてるの?
彼を問い詰めたいわけじゃない。
ただ、僕は、彼の本心が何より知りたい。
「だからですね?だから、あなたは僕をずっと欲しがってたんだ」
――ミュールズ国を支配したくて。
ずっと。
ずっと、どうして僕をこんなにも必死になって手に入れようとしているのか分からなかった。手中に収めても、立場上使い勝手が悪いだけなのにと、ずっと不思議で仕方なかった。
だから、ようやく得心した。
ヒューバート様にとっては要だと予想している僕という駒を奪う事で、ミュールズ国を自国の土地にしようと目論んでいただけの話だったのだ。なるほどね、それはとても理に適ってる。
だから、常にあれらの行動には裏があって、僕を上に持ち上げて。
「違う、それだけではありません!確かに、初めはこの国が欲しくて計画を立てたのですが、オーガストの暗殺未遂……あの一件で、今まで見た事のないような技で敵を打ち負かしたあなたに惹かれたのです。以前私が言った言葉を覚えていますか?あなたは、私の女神だと」
あれは、嘘ではなく本心です、と力強く否定したヒューバート様の熱を帯びた力強い深い森のような緑色の瞳が僕をとらえる。
「まあ、私から見ても、あの一本背負いは鮮やかな手さばきでしたけど」
「へぇ。イオがやったのは一本背負いっつう名が付いてんのか」
僕の問いが彼の火をたきつけたらしく、再び野望に満ちたぎらつく目から逃げられず息が上手く出来なくて困る。そんな僕を余所に、セラフィナ嬢が両手を合わせて拝むようにうっとりしながら頷くのでフェルメールが食いついた。この二人、微妙に馬が合ってそう。
「前世、別の世界のスポーツの一種で柔道という種目の大技よ。私は、今まであんなに完璧な一本背負いを見た事がなかったわ。オリンピックに出場する選手にも匹敵するくらい」
「オリンピック?」
「そうね……たとえて言うなら、世界中の色んな国の選手が集まって優勝を決める祭典」
「なんか、お嬢さんたちが覚えてる別の世界の話って聞いてりゃ面白ぇな」
実は、間近にあったオリンピックに行く予定でした。……なんて、今は言わない方が良いかもしれない。セラフィナ嬢の事だから、前世の僕に興味はないと思いたい。……これ、希望。
でも、後ろの二人の会話の方が断然楽しい。聞いてるだけで、ホッとする。
「あなたの前では嘘はつきません、それは今も変わりません」
……なのに、こっちはどうしてこんなにドロドロしてるの。
どうして、もう偽りと思ってた求愛まがいの情熱をもう一度ぶつけられなくちゃいけないわけ?
同じ空間なのに、何なのこの温度差。
面白くもなんともないってば。
「でも、謀られたのも事実です。結局こうやって、皆に知られたのだから諦めて国へお帰り下さい」
というか、僕的にこれ以上の話し合いはお断り申し上げたい。
「……嫌だと言ったら?」
「あっはー。それは、無理な相談じゃないかな。言っておくけど、あんたがイオにした事は王弟のご子息のコルネリオ様とうちのお母様にはバレてるからね」
へぇ、そっかぁ、そうなんだ……って。
「えっ!?」
何それ、僕は全く知らないんだけど!?
と、ヒューバート様よりも僕が驚いて声が出た。
いや、だって……ちょっと待ってよ。
「な、なんで?」
あー、もう!言いたい事が分かるかな?僕がどうして、ここまで驚いてしまったかって。
そんな勝ち誇った顔してる場合じゃないでしょ!
フフンと口角を上げて笑うアルに、思わず詰め寄る。
「だって、分かってるの?」
それって、つまり。
「お母様にバレたんじゃないかって?」
「そうだよ!」
僕が、ヒューバート様によって精神的に追い詰められた舞台はグランヴァル学院。
だから――
「……えへへ。実はね、イオと入れ替わる事はお母様に最初に相談して協力してもらってたんだよ。ほら、女だとやっぱり不便な事も多いしさ」
……何だって?
僕に騎士服を掴んでぐわんぐわんと揺すられながらも、アルは笑って舌を出した。や、可愛いけどさ。じゃなくて。
「……申し訳ありません、イオ様。私も一週間ほど前にアルからお手紙で、イオ様の現状などを教えてもらっておりましたの」
「えっ!?エルも?」
アルの服をパッと離して、真逆を見ればエルが両手を口元に当てて申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。
「はい」
…………嘘でしょ。
そう言いたかったのに、唖然としてしまって言葉が出ない。
そんな……誰にも言わないつもりでいたのに、逆に僕以外の皆は知っていて今日の今まで黙ってたなんて。騙された、なんて言ったら逆に虫が良すぎるのかな。
ああ、でも。そうか、だからエルがたまに心配そうに僕を労ってくれて。それに、昨日の舞踏会の時に久しぶりに会った母上にも馬鹿な子なんて言われたのも、その所為だからで。
これで、僕が不思議に感じた点の辻褄が合った。
まあ、それでも今まで秘密にされてた衝撃は強いけど。そんな風に絶句している僕の手を、アルが握る。
「つまりさ、一週間前にフェルたちがナオを迎えに行ったでしょ。その時、ナオから聞かされたんだ、イオがとてつもなく追い込まれてるって。だから、コルネリオ様が直ぐに指揮して色々と根回ししたわけ。当事者のイオに黙ってたのは、イオがこんな大事な事を直ぐに僕に話さなかった罰だからね」
それを言われると、ぐうの音も出ない。
「ごめん、アル。皆も」
「お前な、自分の価値を見誤んな。俺もお嬢も、コルネリオ様もどんだけお前を得がたい存在だって思ってるか分かってんのか?ナオから話を聞いた俺たちが、このクルサードの王子を本気で殺す相談までしちまったぐらいだぜ?今回は、ナオっつう能力者がいたから未遂で終わったものの、知らないままだったらって考えただけでもゾッとするぜ。前から言ってるけどよ、お前は自己評価が低すぎんだよ」
……うわぁ。これは、本気で怒ってる。
為す術もなくばっさりって。
今回は、本気で心配をかけてしまったようで、当然のごとく助け船なんて誰も出さない。そりゃそうだよね、僕が全て自分で背負い込むつもりだったもの。もし、それが別の誰かなら、僕だって許さない。
それに、自己評価が低いというのは、家族にも今まで言われていたしエルにも何度か指摘されてた。だけど、アルミネラの才能が眩しくて、陰ひなたで本ばかりを読んで地味に過ごす僕には価値なんてあるはずないと思ってたもの。
「……」
「イオ」
そんな僕の顔を両手で包んで視線を合わせ、アルミネラは甘い恋人に向けるような、蕩けそうな笑顔を見せた。
同じ蒼い色でも、コバルトブルーのような澄んだ海の紺碧を思わせる優しい瞳で。
「知ってた?私って、ブラコンだってさ。お兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんの真似がしたくって、お兄ちゃんみたいになりたくて。お兄ちゃんに、憧れてるんだ」
「そうそう。ほんっと、お嬢は朝から晩までイオがイオがってそればっかで知らない頃はすんげぇ鬱陶しくて仕方なかったんだぜ」
アルとは真逆に座るエルが、クスクスと笑う。
「そういえば、ゲーム内でもエーヴェリー公爵家の双子は誰よりお互いを意識して描かれていましたよ。ね?」
「……ええ」
転生者組にもそんな事を言われるなんて。
「兄弟がいれば、皆同じような思いはする。だが、お前たちは数分違いの双子だから、より相手を意識してしまうのは当然なのかもしれんな」
僕の複雑な心境を読んだのか、ナオはそう言ってため息をはき出した。多分、血を分けた兄弟たちとの後継者争いを思い浮かべたのかもしれない。
「ありがとう。意識改革って難しいから、そう簡単には直らないと思うけど。何とか、もっと自分の良い所を探してみるよ」
「イオ様の良い所は、エルフローラ様ほどではありませんが、たくさん知っているつもりです!ので、ぜひお手伝いさせて下さい!」
セラフィナさんが、はいはい!と大きく声をだし目を輝かせて片手を挙げる。
その姿だけなら、絶世の美少女のままなんだけど、と苦笑いせずにはいられない。口を開けば、僕の話ばかりするものだからマリウスくんには、つい最近も毒を吐かれてしまったし。
これから、セラフィナ嬢が『イエリオス』以外の人物に興味が湧けば良いんだけど。
「って事で、あんたにイオは渡さないから。クルサードに帰って大人しく自国の貴族から婚約者でも探しなよ」
僕以外の人間とは話をしたくないのか、またしばらく黙り込んでいたヒューバート様にアルが僕の手を見せつけるかのように握りながら睨み付ける。
けど、依然として彼の目は僕だけしか映してなかった。
ただ、その深緑色の瞳の煌めきはいつの間にか失われ、深い空洞を彷彿させる。
表情すら抜け落ちたその顔は、端正だからか尚のこと恐い。
何を求めているか、すら。
「……婚約など、出来ません」
「それこそ、あんたが得意な『仕事上のパートナー』とやらを探せば良いじゃん」
「いいえ。全て、そう全ては、彼以外の者では無価値に等しいのです」
そうは言ってもなぁ。
ずっとこのまま話が平行線で続くのも……って。
「……」
えっと、アルさん?その、さっさと引導を渡してしまえ的な視線を投げてくるのを止めてもらえないかな?そりゃあ、僕以外の他の誰にも出来ない事だけどもさ。
相変わらず、無理難題を求めてくるよねぇ。……全く、アルは。
困った妹なんだから、なんて思いながらも何故か笑みが口元に浮かぶ。
……もう、どうなっても知らないよ?
「ヒューバート様」
僕が名前を呼んだだけで、彼の瞳に僅かに光が宿ったのが分かる。それに思わず苦笑した。
それだけ、この人に求められているという事なんだろうけど。
「はい」
「僕を、これ以上失望させないで下さい。今回、仲間の助力によってこのような結果となりましたが、この僕が一度は完全にあなたの手中に落ちました。言っておきますけど、前世を含めて僕が完全に降参するなんて一度もなかった。完全に敗北したのは、あなたにだけです」
と、ここで言葉を切って笑顔を向ける。
「僕は、そんなあなたを尊敬しています。だから、あなたは良い意味でも悪い意味でも、きっと僕の一生涯の中に残るでしょうね」
少し前までなら憎しみすら覚えてた。……なのに、今はもう、彼を恨む気持ちはない。
今回の一連の出来事は、確かに全てが最悪で体にまで負担をかけてしまうほどで。何より、彼に服従を誓ってしまうぐらい敗北を強いられたけど、それでも次に会う時は負けたくない、と。
もう、僕は思えてきたから――思えてしまったから。
「……ふふ。やはり、あなたは素晴らしい」
清々しい思いで笑う僕を見つめ、ヒューバート様は困ったような、呆れたような笑みを浮かべた。
そんな顔も出来るんだ、と僕が思った初めての顔で。
「……お兄様」
ヒューバート様の隣りに座るアメリア嬢が戸惑いながら彼を見ると、意外な事に彼女の頭を優しく撫でる。それは、いつか見た凍てついた態度ではなく、慈しみを湛える笑顔で。
「……っ」
ああ、良かった。
この二人は、きっともう大丈夫。
「そろそろ、お暇しましょうか。アメリア、トーマス」
静かに立ち上がるヒューバート様に、アメリア嬢も慌てて立ってそっと寄り添う。結局、この部屋に来てから一度も声を発する事のなかったトーマス様も姿勢を正した。
クルサードのお家柄なのかもしれないけど、トーマス様は基本的にヒューバート様に忠誠を尽くしているからか、黙って付き従っている事の方が多い。
今回は、特にヒューバート様にとっては負け戦になってしまったから余計な口を挟まなかったんだろう。……こういう上下関係もあるんだな。
少しだけ、僕とサラに似ていると思ったのは勘違いだって思いたい。
「当初の予定通り三日後、私たちは出立します。次は、クルサードの国王としてこの国に来る事になるでしょう」
それは、事実上、ヒューバート様も留学を終わらせていよいよ国政に携わるという意味で。
つまり、次にミュールズ国に来るとしたらオーガスト殿下の戴冠式か結婚式か、いずれにせよ何年後になるのか分からないという事。
「お待ちしています」
尊敬する相手には、僕は敬意をもってお辞儀をする。だから、当然ヒューバート様にも頭を下げて笑いかけた。
最後に、深緑の瞳とかち合う。
彼もまた、穏やかに笑みを浮かべて何も言わず部屋を後にした。
明日は更新致しません、というか現在、推敲中です(いつものごとく)




