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今回は、物語の都合上、短いです。すいません。
僕の世界を広げたのがエルフローラならば、アルミネラは僕の世界の大切な相棒。
共に行こう?と差し伸べてくれた、あの頃の小さな手のひらを忘れない。
「これは、かなり愉快ですね!」
「……っ!」
アルを視界に入れただけで気が緩んでしまった隙をつかれ、のど元の手に力が加わり苦痛が漏れる。体格差もあるけど、そもそも常に鍛えていそうなヒューバート様とは作りが違う。彼が本気を出せば、僕の首なんて簡単に折れそうな気がする。
「イオ様っ!!」
そこへ、エルがとうとう耐えきれずに手を伸ばして止めようとして、上手く躱され空を切った。
エルのおかげで、避けるのにのど元から手は退いたけど、手首だけで行動を強要されるのはなかなか痛い。だけど、急所から手が外されただけでもホッとするからエルに感謝。
「何も知らずというのが一番の最適策だったのですが……いいでしょう。三日後には、永遠の別れになるのだから、ここできちんとご挨拶と致しましょうか」
やはり、というべきか当然というべきか。アルとエルにこの状況を見られていても、ヒューバート様にとって窮地ではなく転機でしかないようだ。
僕にとっては、地獄としか言いようがない。
「初めまして、アルミネラ・エーヴェリー嬢。気付くのが遅すぎましたね、あなたの兄君はクルサード国が、この私が頂戴致しますので、どうか憂える事無くお過ごし下さい」
「そんなの、絶対に許さない!!」
「許さないもなにも、彼は私に誓って下さいましたよ?ねぇ、美しい人?」
「……っ!」
まさか、ここでそれを言う?
どれだけ彼の悪意に耐えれば良いの?……これ以上、僕に嫌な事をさせないで。
怒りに震えるアルミネラと、不安と悲しみに揺れるエルフローラの四つの瞳が僕を映す。
彼に誓った服従は嘘じゃない。
なのに、
二人の前では、どうしても言葉がでなかった。
「さあ、どうぞ言って下さい」
「あっ」
「さあ!」
声を詰まらせる僕に業を煮やしたヒューバート様に手荒く手首を握った状態で、為すがまま腕を後ろ手に捻りあげられ涙が浮かぶ。
まるで、処刑場に立たされた死刑囚のよう。惨めすぎて、自分がヘドロの沼底まで落ちていく感覚。
「やめて!お願いだから、おやめ下さい!」
「イオ!イオを放して!」
逃げる事も出来ず、反撃する事も出来ず。
ただ、力に翻弄されて大切な人たちの前でひたすらにいたぶられる。
情けない。
悔しい。
そういう思いも、そろそろ限界に達する。
ああ、堕ちてしまう。
――このままじゃ。
その時こそ、ヒューバート様が今まさに欲しているだろう状態なのは分かってる。
もう、……もう駄目かもしれない。
浮かび上がった涙が小さく、地面に跳ねた。
――その刹那。
「イエリオス様から離れなさいな!この下衆野郎!」
「って、待て待て!お嬢さん、それは俺の台詞だから!」
騒がしい足音と共に、勢いよく現れたのはくたびれたローブを羽織った二人組で。誰もがその登場に驚きを隠せず唖然として見ている中、二人はバサッと土埃を飛ばしながらフードを剥いだ。
「……え?セラフィナ嬢?」
「フェル、遅い!!」
よく見れば、彼らは二人ともどこかしら怪我をしていて満身創痍の状態で。
クルサードで軟禁されているはずのセラフィナさんの出現に、僕と同じくヒューバート様ですら驚きを隠せなくて呆気にとられている。
「あほう!これでも、急いだんだ!文句言うな!けど、間に合って何よりだぜ」
階段から下りてきながら、フェルメールが文句を投げたアルに言い返していたけれど。
「……これは、一体どういう事ですか?」
ヒューバート様の質問は尤もで、僕も同じように思ったので頷いてしまう。
「お前の謀は、最初っから筒抜けだったって事だよ!」
なんて、威勢よく言い放ったのはまだ険しい表情のアルミネラなんだけど……かっこいい決め台詞後に申し訳ない。うん、アルもちゃんと分かってるの?今回は、君が思うような容易な事じゃないって分かってるかな?お兄ちゃんは、かなり不安なんだけど。
しかし、アルの一言が絶大だったようで形勢が明らかに変わった。
「どういう事です?」
おかしな風向きに変わった事を肌で感じたのか、ヒューバート様に殺気立って問われたけれど、僕だって何がどうなってどういう状況になっているのか分からない。
「わ、分かりません。僕は、何も」
だって、僕は彼らに何も告げていない。
逆に、僕の方が皆に聞きたいぐらいなのに。
「ナオナシオ殿下、ですね。お兄様、もう諦めましょう。この方たちには、もう全て見抜かれています」
いつの間にやっていたのか、静かに、けれどもゆっくりと僕たちに近付いて、僕の手首を握るヒューバート様の手にそっと手を触れたのは、切なくも穏やかな顔をしたアメリア様だった。
短期間ながらに、彼女には色々と引っかけ回され、色んな表情を見てきたというのに、今の彼女は大人びていてとても綺麗で。
これまで見てきたどんな彼女よりも凜としていた。
今まで頼りない可愛いだけのお姫様だったはずなのに、彼女をここまで落ち着かせるきっかけが分からない。
「あのタオ連合国の王子に、何かあるというのですか?」
「ええ、そうよ。今朝、闘技場であの方を見て驚いたわ。まさか、イエリオス様があの方と既に会っていたなんて。だから、もしかしたら計画は頓挫するかもしれないと分かっていたの。あの方は、人の心が読めるという秘密があるのよ。全ての人という訳ではないけれど、イエリオス様との相性が比較的良かったのかもしれません」
「そんな馬鹿な」
心読みという秘術があるなんて、僕も今、初めて知った。
だから、僕がナオを紹介した時にアメリア様が驚いたのか。
その事実がかなりの衝撃だったらしく、ヒューバート様の手から力が抜ける。その隙をついて、僕は何とか身を捩って彼から逃れた。
ああ、助かった。
「イオ様!」
ホッとしながらも距離を取れば、エルが真っ先に僕の傍へと来てくれて喜びが湧く。
「……エル」
拘束されている時は、居ても経ってもいられなかったから。こうして間近に居てくれる事の大切さが身に染みた気がする。
その愛らしい銅貨色の瞳に涙を湛え、僕の赤みがかった手首に触れられると――もう我慢が出来なかった。
「っ!?」
「……ごめん。ごめんね、エル」
鼻腔をくすぐるダークブラウンの髪に顔をうずめ、彼女の華奢な身体を抱き締める。布越しに感じる彼女の体温。香水のような甘い香りが僕の不安を拭い去り、安心へと導いてくれるようだった。
ああ、エルが好きだ。
その実感だけが全てで、今は確かな現実を味わいたい。
「本当に、もう。……どうしようもありませんわね、あなたは」
普段の僕ならば絶対にしないような行動に戸惑い、驚きを隠せなかったエルの手が躊躇いがちに背中に触れてきて。
彼女からも抱擁をされているんだと気付いた時点で、自分が今、何をやらかしたのか思い知った。
「ご、ごめん!」
自分で自分に驚きながら、ガバッと彼女を解放してから。
う、うわぁ……何やってるんだ、僕は!
思わず、口を手で覆う。顔が火照っているのが自分でも分かるのがつらい。謝っても謝りきれない事をしでかしたという自覚があるから尚更のこと、どうすれば良いのか分からなかった。
「イオらしいといえば、イオらしいね」
そこへ、僕たちに近付いてきたアルがため息交じりに呆れてるけど。
くっ!分かってるよ、そんなこと!だから、今、困ってるんだってば!僕だって、出来心としか言いようがないじゃない。
「はあ、羨ましいなぁ」
と、今度は遠目からじーっとこちらを見ていたセラフィナ嬢が垂涎しながらボソッと呟く。
「ナオに聞いてっけど、あんたも大概イオフェチな」
「うふふ、当然よ!私の成分はイオ様を尊ぶ思いで占めてるの。この世界で何が生き甲斐かって愚問だわ!イオ様が自由に生きてる、それが私の生き甲斐なのよ!だから、私のせいでイオ様がピンチになるなんてお門違いもいい所だわ!」
まさに、今が至福の時なの、と胸を張られて言ってのけられてしまったけれど。
……うん、僕には何も聞こえてこなかった事にしよう。
短期留学する前までは、まだここまで酷くはなかったはずなんだけどなぁ。会わなかった分、ちょっと様子がおかしくなった?いや、それともこれが彼女の本性だとか。
……。
考えるのは、やっぱり止そう。
僕の手首を心配そうに見つめるエルを見ながら気を取り直していると、アメリア嬢がああ、と言って頷いた。
「やっぱり、あなたも転生者だったのね。お兄様から、あなたのお話を聞いて分かっていたけれど」
「そうよ、という事はあなたもなの?」
「ええ。アメリア・コールフィールド、続編のヒロインの一人」
「続編の!?」
「って、ねぇ!ねぇ!お嬢さんたち、ちょっと待ってよ!君たちが、何の話をしているのか分からないんだけど、それって重要な話なのかな?」
突然、二人の少女が誰にも分からない会話を始めて、アルミネラが口を挟む。
そりゃあ、そうだよね。
ヒューバート様は何やら険しい顔で俯いているけど、フェルメールなんて首を傾げてセラフィナ嬢を見てるし。
エルは、……まあ、僕の手首に触れようか迷ってて。この可愛い行動を黙って傍観してる僕は、ある意味偉いと思うんだけど。って、話が逸れた。
アルに言われて、二人の転生者たちがお互いの顔をじっと見合う。
「えっと、重要と」
「いえば、重要なんだけど」
なんて、まるで旧知の仲のように以心伝心した回答を口に出し、彼女たちの視線が僕に集中したので内心驚く。
びっくりしたなぁ、もう。って、でも、そういう事なんだ。
つまり、転生者だという事を彼らに話しても良いのかなって事だよね。
どちらかと言えば、一生の秘密にしておきたかった……けど。
「必要なのであれば」
今回の件が、それと何か因果関係があるとするならば致し方ない。
それに、それを知った所で彼らの態度が変わるなんて思えない。
今は、素直にそう信じられる。
だから、僕は頷いた。




