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前世でも今生でも、どちらかとうと僕は不器用ではなくまんべんなくこなせる方で。
最近では、ドレスを着るのも手際よくなったと思う。……そろそろ慣れ親しんできた自分が恐い。
王家主催の円舞会も二日目になった最終日。
昨日は、城内で優雅にパーティが催されたけれども、本日は朝から騎士団が普段は訓練場として使用している闘技場が会場となっている。
今日の僕の装いといえば、紺碧色によく見ないと分からないような金縁に薄水色のレースがふんだんに使われているあまり華やかではないシンプルなドレス。と、一つに編み込んで背中に流した白金色のウィッグ。うん、どちらかといえば動きやすくてかなり助かる。
隣りに立っているエルフローラも、同じような大人しめのドレスを着ていて、他のご令嬢方も皆似たような服装だったり。というのも、今日はどちらかといえば男性メインのイベントだから女性は控えめにおしゃれをしてきている。
陛下に皇后様、それにオーガスト殿下やコルネリオ様といった王族の方は、しっかりした正装で既に観客席の方にて待機されているけれど。涼しい顔で座っておられるのだから、俳優にでも慣れそうだ。
宰相である父も、多忙ながら何時になるかは分からないけど必ず来るという話だった。なんというか、最悪のタイミングにはならないように祈りたい。
だって、やっぱり一卵性とはいえ両親にとって僕たちの判別なんて容易いに決まっているから。……いや、知った所で今日は黙って静観されてしまうだろうけど。というか、父が怒りに身を任せるような人ではない事を知っているので、淡々と遠回しな嫌味を言われそうとだけ言っておく。
そういえば、前世の父親は怒ると直ぐに感情が振り切れてしまうのか、泣きながら説教をしてくる人だった。母親にしたって、おんなじで。普段はのほほんとしている穏やかなタイプだったけど、よく泣いていた気がする。
思えば、あの両親は似たもの同士だったんだろう。
まあ、僕と弟は柔道、空手と違う種目の選手で各自練習ばかりしていたから喧嘩もした事がなかったし泣いた事も……いや、今思い出したけど小さい頃に家族で映画を観に行って、四人揃って泣いたような?
……。
……もしかしなくとも、前世の僕も実はしっかり親の遺伝を引き継いでいたんだな。
うわぁ!今更気付いてどうするんだよ。もう先に死んじゃってるから、どうしようもないけどさ?
きっと、たくさん泣かしちゃったんだろうな。ごめんなさい、お父さんお母さん。僕は、異世界の地で再び生まれ直して元気に過ごしています。平穏とは言いがたいけど。
なんて、心の中で空に向かって合掌しながら、敢えて逃避していた迷惑な現実へと帰還した。
場所が闘技場というだけあって、円形のコンサート会場を彷彿とさせる形状をしている。つまり、観客席を多く作っている分、通路が狭いのだ。
――なのに、目の前の男共ときたら。
「言いがかりにもほどがあるんっスけど」
「ほう」
周りに集まってきている観客なども意に介さず、堂々とにらみ合っているのだから性質が悪い。
はあ。もう、何でわざわざ僕を巻き込んでくれるかな?いい加減にして欲しい。
「異国の生まれだか知らないっスけど、ちゃんと回りをみてくださいよ」
そう言って、軽薄な笑みを浮かべて仁王立ちをしているのはトーマス・ロプンス様で。前世で言うなら、何に対しても噛みつく若者の象徴的存在……まあ、チンピラって所かな。うん?言い過ぎた?けど、毒も吐きたくなってくるよね。それに対するのは。
「お前こそ、この人だかりで女に声をかける神経が俺には理解出来ん」
鍛えあげられた身体が自慢の観光客、ではなくて。僕にとっては、短期間の同居人。見慣れた褐色の肌をさらけ出して、むき出しの本能を隠しもせずに不機嫌な表情を浮かべるナオナシオ殿下だった。
この二人が、どうしてこのような状況に陥ってしまっているのかというと話は少し遡る。
人だかりの中をエルと一緒に貴賓席へと向かう途中、後ろからいつものようにヒューバート様とトーマス様に声をかけられたのだ。曰く、『一緒に行きましょう』的な言葉と、おまけに僕やエルの賛辞が盛りだくさん。褒めれば良いってもんじゃないでしょうに、と言いたいぐらい。それに、昨日は声をかけられなかったアメリア嬢も一緒だったし、まあいいかと思って聞き流しながら歩いていた所、目の前で僕を待っていたナオナシオ殿下と鉢合わせする形となった。
えっと、だからどうしてこんな事になったのか?
うん、僕も正直に言うと全く意味が分からない。ただ、ナオナシオ殿下と目が合って、ここで会ったのは仕方ないから早々に紹介しよう、と彼らを振り返った瞬間にはもう既に二人の応酬が始まっていたのだ。
途中で何度か、紹介しようと試みたものの、声を掛ける事すらままならず。
どうして、こんなバイタリティが溢れてるかなぁ。
今にもお互いに手が出そうな雰囲気の中、トーマス様の後ろに立っているヒューバート様が咎めないのも苛立たしい。ここで一番地位が高いといえば、あなたでしょうに。
「そもそも、どこの誰だか知りませんけど、いきなり喧嘩腰になられても困るんスけど」
だから、それは僕が紹介したいのに言わせてくれなかったからでしょうに。
っていうか、これって僕の責任なのかな?……違うよね?
「申し訳ありません、トーマス様。申し遅れましたが、彼は私の騎士ですの」
「えっ」
僕の言葉に何故か僅かに驚いて、そんな小さな言葉を漏らしたのはアメリア嬢のみ。
「ああ、そうだったんですか。アルミネラさんに専属の騎士がいらっしゃるとは初耳でしたよ。ねぇ、トーマス」
「早く言って下さいよー!恥ずかしいったらないじゃないスか」
先程とは打って変わって、態度が柔軟になりトーマス様は脱力気味にしゃがみ込んだ。
そりゃあ、昨日急に出来た騎士なのだから、僕も実は知りませんでした。なんて、内心では舌を出しながら、恥じらいを含ませた申し訳ない感じの笑顔を作って両手を合わせる。
「ごめんなさい、秘密でしたの。今回の大会の目玉になるトーナメントに参加させる為に、わざわざ来てもらいました」
「いっ、いや!それなら、仕方ないっスね!」
そう言いつつ、何故か目を逸らされたけど。
もしかして、エルを見よう見真似してみた上目遣いが功を成した?
トーマス様の反応がどういったものか分からず、観衆と化していた生徒たちに視線を投げると揃いもそろって同じように顔を背かれてしまったので謎が増える。
んー、判断に困るなぁ。けど、まあ怒ってはいないみたいだから、これで良しとするべきか。
今度は、もっとエルを見て頑張ろう。
「知らぬは花のみというやつか」
「え?なあに?」
「いえ。お嬢様、戦いの前にもめごとを起こしてしまって申し訳ありません。あなたに誓った私の忠誠心を、最後までお見せしましょう」
リーレンに帰って、アルたちに教わったんだろうナオの礼はどんな騎士よりもピシッとしまっていてかっこ良かった。男の僕でも思わず見惚れる。
というか、これが普通に女の子だったら、分かっていてもときめくって。イケメン恐い。
「楽しみにしています」
『期待しています』という言葉より、『楽しみです』という言葉の方が僕は嬉しい。
前世では、試合前によく母親にそんな風に声をかけられていたからかもしれない。『期待する』というのは孤独との戦いだけど、『楽しみね』と言われたら自分も楽しく見てるからあなたも存分に楽しみなさいと言われている気がして。
そんな些細な優しさが嬉しかった。
「では、トーナメントではこのトーマスとも一戦を交えるかもしれないという事ですね。それは、とっても興味深いものがありますね」
「まあ!トーマス様もご出場されますの?どうしましょう、私の騎士を応援するだけで精いっぱいですわ」
「ふふっ。まあ、トーマスの事は心の片隅にでも置いてやって下さいね」
「ええー!そりゃないっスよー!!」
二人のやりとりにふふっと笑う。僕はあくまで、お芝居の真似事。あっちは、どうか知らないけれど。エルたちに偽っているのは、結局同じ。
それにしても、トーマス様も出場するのか。彼なら、ヒューバート様の傍らから絶対に離れないと思ってたけど。
それとも、僕にわざわざトーマス様の能力を見せつけようとでも思ったの?……いや、もう深読みするのは止めておこう。
どっちみち、彼らから逃げられやしないのは分かっているのだから。
武道会のプログラムは、前世で学生時に行われていた体育祭に似ていて見たい演目があれば観客席に座り、それ以外は休憩場で情報交換や交流会が行われている。
僕とエルも、それに倣ってたまに交流会の方へ顔を出したりしながらも休憩を挟みつつアルの参加している演目を見て時間はあっという間に過ぎていった。
王族が座る貴賓席に父上が現れた時はドキリとしたけど、アルの手番ギリギリの所で帰られたのでほんとに良かった。
後は、僕のこのドレス姿も見られていない事を祈るのみ。
昨日は、父から改めてセラフィナ嬢を迎えに行く旨を聞いた。予定は、三日後。メンバーは、正騎士の方が二名と、後はリーレン騎士養成学校から研修として上級生三名に新入生二名。厳重な選考で決められたメンバーだという。そこに、ヒューバート様とトーマス様が入るので結構な大御所帯になりそうだ。まあ、僕たち新入生はいわゆる荷物持ちだから、特に大きな仕事は任されないけど。行きよりも帰国するのにセラフィナ嬢の看病だとか話し相手でかり出されるという事だった。
ミュールズ国としては、正騎士三名で向かいたい所をクルサードからの強い要望により学生の飛び入りが決まったって事らしいけど……ヒューバート様の思惑通りなんだろうな。
ミュールズ国に留学中とはいえ、国からの指示にすら介入できる彼が恐い。さすが、クルサードの次代の王としての才覚はある。
出来れば、この計画で死ぬのは僕一人でありたい。盗賊に襲われるにしても、事故にしても、イエリオス・エーヴェリーという人物だけを上手く消してくれたら良い。
ヒューバート様は、彼らも殺すつもりだろうか。
でも、全員死亡となると逆に不審死扱いで調べられるだろうに。こんな僕でも、彼らの命を救えるのなら何だってしよう。
それが、僕の枷になるのなら、彼は喜んで生かしておいてくれるかもしれない。
ここ数日、そんな薄暗い事ばかりを考えてしまっている。
精神が病む状況って、前世でもよく分からなかったけどこういう事なんだな、なんて思えて僕は自嘲して笑ってしまった。
「アル?」
「うん?なあに、どうしたの?」
ああ、こんなんじゃ駄目だ。うっかり仄暗い気持ちになってしまって、隣りのエルを驚かせてしまった。心配げに僕を見つめる銅貨色の瞳を見つめ返しながら、元気を装って口角を上げる。
「……いえ。また、何か思い詰めていませんか?」
「ないない。そんな事より、まさかナオがここまで強いって思わなかったなぁ」
さっすが、僕の幼馴染み!というか、エルは僕とアルの事に関しては案外勘が鋭い。
けれども、ここでバレてはエルの身に危険が及ぶ可能性があるのではぐらかした。
「そうですわね。ナオ様とは直接お話した事はございませんが、サラと同等に渡り合える実力をお持ちですもの。さすがとしか言いようがございませんわ」
「そっか。ナオが決勝まで勝ち進めたって事は、サラもそれなりに強いって事か」
それは、言われるまで気付かなかった。
いや、うちのサラが有能だという事は知っているけど。実際に戦っている所を見てないし、武芸に秀でている事も知らなかったから何だか不思議。
まあ、以前見た二本の剣は確かに使いこなしている感じだったのは事実。……そういえば、あれで何の肉を捌くのかは恐くてまだ聞いてない。
「無粋な真似かもしれませんけれど、今度サラに経歴を尋ねてみた方がよろしいと思いますわ」
「そうだね」
何故か、額に手を当てて困り気味のエルにまで言われると、さすがにそうした方が良いのかなと思えてくるよ。婚約者の言葉は、何より重い。
それに、短期間の同居生活をしていたナオにも、まさしく同じような事を言われちゃったし。
問題は、サラが素直に答えてくれるのかどうかが分からない。あの子、たまにムキになる時があるんですよ。僕にだけね。……主として、まだまだって事なんだろうな。ごめん、サラ。
「ナオ様もお強いのですが、私、トーマス様もお強いだなんて驚きましたわ」
「うんうん、そうだよね」
やはりというか、予想通りにトーマス様も決勝まで勝ち進んできたのには驚いた。疑っていた訳じゃないけど、反則やズルも一切無く、実力で相手を打ち負かしていったのだから相当な腕前を持っている。
二十歳までの騎士を志す者という括りで縛られてはいるけど、二人が対峙した若者たちも充分に強かったのに。
ナオは、お国柄、後継者争いが絶えない場所で育っているから何度もそういう勝負をして強くなっていったのだし、トーマス様の場合はそもそもクルサードが軍事に力を注いでいるから幼い頃から鍛えられているといっていい。
そう考えてみれば、決勝戦までこの二人が生き残ったというのは納得出来る。
「あの子が出場しなくて良かったですわ」
「だね。本当は出たがったらしいけど、ルームメイトたちに本気で止められたらしいよ」
「まあ!」
アルミネラの行動には、もう苦笑いを浮かべる事しか出来ない。こういうお祭り騒ぎが元々好きな子ではいたけど、トーナメントにまで出ようなんていう度胸が凄い。
「あの子らしいですわ」
「本当にね」
アルをよく知る僕たちにしか通じない笑いを浮かべていると、決勝戦の始まりの鐘が会場内に鳴り渡った。
ざわついていた観客席が一斉に静まり、静寂の中二人の騎士が中央へと歩いていく。
……ん?
こっち見た?いや、気のせいかな。
通り過ぎる際に、ナオが一瞬僕らに視線を走らせた気がする。
よく分からないけど、気のせいだったらそれでいい。
とにかく、双剣の為にもナオには是非とも勝って欲しい。多分、この会場内のどこかにいるはずのアルミネラだってフェルメールだってきっと同じ思いだろう。
僕にはもう、祈ることしか出来ないけれど、ナオはきっと勝つって信じてる。
だから、お願い――
開始の合図と共に、何故か不敵な笑みを浮かべるナオと真剣な眼差しのトーマス様の睨み合いが続く。
トーナメントのルールは、どちらかが膝を付くまでというシンプルなものだ。
簡単には倒れそうにない二人なだけに、なかなかお互い動かない――が、始めにアクションを起こしたのはトーマス様で、ナオにいとも簡単に避けられるがナオの切り込みにトーマス様も自分の剣でいなして距離を取った。
お互いに隙がない状態のまま接戦が続くので、何度もハラハラしながら見守るこっちの身にもなって欲しい。
入れ替わりとはいえ僕は男だけれど、青白い顔をさらけ出しながらつい胸元で両手を組んで祈ってしまう。まるで、本物の貴族の娘みたいに。
女装しているから、尚のことそんな風に自分を見てしまう。
将来は、騎士として生計を立てたいだなんて思っていたけど、こんな軟弱な男にそれが務まるとは思えない。
前世では、柔道の選手になって後はコーチかサポートにでも、なんて考えていたけど叶わなかった。
それなのに、今生では生まれた時から病弱で。
この身体に負担をかけられないという事は、この間の殿下暗殺未遂事件で敵を背負い投げした後に悲鳴を上げて自覚した。これでも、リーレン騎士養成学校に入るために体力作りはしていたのに。
まだ足りないというのなら、もっともっと頑張れる……けど、クルサードへ行けばきっと全てを監視下に置かれるのは確かだろう。
そう決めたのは、僕なのに。
今更、それに抗いたいなんて。
「あっ!」
誰からともなく叫ばれた声で我に返り、ナオが腕を負傷して息を飲む。けれど、相手のトーマス様も無傷とは言えず、どちらも体中に傷がある。
何度も何度も互角に動き、にらみ合う表情も険しく息が荒い。
多分、次で勝敗が決まる。
これは、紛れもなく前世でよく味わった感覚だった。
「……ナオ!」
ああ、どうか。
緊張感を孕んだ静寂が身を焦がす。
再び勢いをつけた動きを見せたのは、ナオで。
体全体で息をするトーマス様の動きが若干鈍かったところに、ナオが切っ先を打ち込んだのだ。それを避けようとしたトーマス様に僅かな隙が生じて、そこへ。
「っ!」
僅かばかり、密やかに月が涙するような静けさが広がり。
――時を移さず、大きな歓声が闘技場を支配した。




