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転生というものを体験して、一つだけ残念だなぁと思ったのは幼い頃に欲しかった物を素直に欲しいと口に出せなかったことだろう。
そういう意味では、アルミネラが羨ましい。まあ、僕はそんな彼女を甘やかしてしまうのがいつの間にか癖になってしまったけれど。
自然と話に入ってきたように見せかけているけど、実は僕が殿下の傍に行った時点で近付いてきていた事には気付いてた。
抜け目ないよねぇ、ほんと。確信犯の何者でもないよ。
それに、当然トーマス様も大人しく付いて来ていて、誰にも分からないぐらいに小さく僕へとウィンクを寄越してくるものだから反応に困る。全く、主従揃って何を考えているんだか。
そんな風にあまりにも白々しく会話に入ってこられたけど、素っ気なくする訳にはいかないので僕も作り笑いを浮かべながら会釈する。いけ好かないけど。
「イエリオス、彼はクルサード国の第一王子でグランヴァル学院に留学しているヒューバート・フィールドだ。先ほどの件で、道案内としてお前達に同行してくれる事になった」
は?ちょっと待って。冗談でしょ。まさか、そこまで監視するとは聞いてない。
迎えに行く途中で僕が逃げ出さないようにって?ヒューバート様自らなんて、ありがたいにもほどがある。全くね。どこまでも抜け目ない人。
「ヒューバート・コールフィールドです。アルミネラ嬢も美しい方ですが、兄君も大層美しい方なのですね。ミュールズ国とは友好国同士なので、これから末永くお付き合いしてください」
平然と言ってくれる。
一国の王子に名乗られたわけだから、当然僕もそれに応じて挨拶をしなければならない。例え、心底不本意でも。
「勿体ないお言葉、謹んでお受けいたします。オーガスト殿下の婚約者アルミネラ・エーヴェリーの兄のイエリオス・エーヴェリーと申します。私の方こそ、まだまだ若輩者ではございますが、足を引っ張らぬよう精一杯精進させて頂きたいと思いますので、宜しくお願い致します」
格上の人間には、必ず貴族の子弟として正式な挨拶をしなければならない訳で。
片膝をついて深々と頭を下げる。ちらりと視線だけ正面を見れば、かなり満足した様子だった。
えーっと、もしかして声をかけたいんじゃなくてこうさせるのが目的だった?って、それはさすがにないよね?なんというか、かなり嬉しそうなんだけど。
……違うって、誰か言って。
「これからしばらくは、旅の仲間になるわけですから、オーガストのようにとはいかないでしょうがイエリオス殿も親しくして下さいね」
「……はい、ありがたき幸せ。誠に、感謝いたします」
「ふふっ。もっと、気安く話して頂いて構わないのですよ。それと、普通にして下さいね」
と、そこでようやく拝礼した状態から許された。
こんなごっこ遊びみたいな真似、あっちに行けばいくらだって出来るだろうに。なんて内心じゃあ呆れながらも、貴族のマナーとしてもう一度感謝を表して頭を下げる。
「クルサードの最近の気候は、朝晩が少し冷えてきているようなので是非防寒具もお持ち下さい」
「ご助言、痛み入ります」
はあ。やれやれ、これで終わったかな?と思えば、ヒューバート様の視線が不意に僕の後ろへと向けられたのが分かった。
ああ、すごく嫌な予感。
「おっと、これは話に夢中になってしまい申し訳ありません。エルフローラさんも、今日は一段とお美しい」
やっぱりね。何となく、そうじゃないかなって思ってた。
今度は、エルを使って僕に嫌がらせをしようってつもりなんでしょ?
実は、まだ時折ジンジンと胃が痛むんだけど……今度こそ穴が空いたらどうするつもりなんだろう。クルサードに連れていく事も出来ませんよ?むしろ、僕にとってはその方がありがたいけど。
「ありがとうございます。昨日ぶりですわね」
エルは毎日顔を合わせていると誰もが知っているので、僕よりやや砕けた話し方で微笑みながら、僕の隣りに寄り添って並んだ。
って!ど、どうしたの?ちょっと、いつもより距離感が近くない?なんて、エルの行動に驚いていたのもつかの間。
「婚約者殿が居る手前、今日のあなたを褒めるべきではないのかもしれませんが、さながら凛然と咲く一つの花房のようで美しい。イエリオス殿と二人で並ばれていると、まるでこの城に飾られている一枚の絵画を眺めているかのようですね」
「光栄ですわ。ありがとうございます」
「アルミネラ同様、エルフローラもヒューバート殿下に大変親しくさせて頂いているようで、兄として、そして婚約者として身に余る光栄で御座います」
えらく大層な美辞麗句を述べたわりには、何となくヒューバート様の笑顔が作り笑いに見えて仕方ない。どうでもいいけど。
それよりも、一体、いつまでこの茶番を続けるつもりなんだか。
反吐が出そう。なんて、汚い表現になってしまうけど、実際にここまでしつこいとうんざりするのが当然で。まあ、こういう会話も社交場では日常的にある事で、これも貴族の嗜みといえるのだから慣れているけど。
クルサードでも、きっと同じような状況はあるはず。
ただ、その時は僕もヒューバート様側の人間として挑むことになるけれど。善人となるか、悪人となるかはその時次第。……この人の事だから、大半は後者になりそう。もう嫌だ。
そんな感じに、いい加減会話を続けるのに気疲れした頃。
――こういうタイミングの悪い時に限って、彼女はいつも現れる。
「イオ!来てたんだ!」
「久しぶり。……じゃなくて、公の場ではくっつかないの」
いきなり後ろから、腕に絡みつかれて驚いた。左隣りにエルフローラ、右隣りにアルミネラ、って僕だけ両手に花状態。贅沢だなぁ、なんて言うよりも僕は慌てて妹を嗜める。
「ごめーん。だって、なかなか会えなかったんだもん。寂しかったから、ついね」
「そりゃあ、僕だって同じだけど、公私は別にしないと」
ね、と念を押しながら、そっとアルの手を解く。
僕だって、本当はアルに触れたい。だからといって、今は真剣に拙いのだ。
オーガスト殿下の前なら、お互いに知らない仲じゃないからある程度なら目を瞑る。どちらかというと、殿下も僕たちがこうしている方がまだ話しかけやすいと以前聞いた。うん、僕には殿下の心情が全く分からない。
だけど、今はヒューバート様がここにいる。
つまり、これ以上僕の弱みを知られる訳にはいかないというのが一番にあって。
彼が言った僕たちの情報だけならば、仲が良いという表記だけで済んでそうな気がするからだ。実際、僕たちがどれほど強い繋がりを持っているのか、知られたら厄介な事になるのは予想が付いてしまう。
……何より、アルを巻き込みたくない。
「お前達双子は、昔からこうであったのだから気にするな。それより、ここ最近、ア、アルミネラの元気がな。その、何だ、ないような気がする、と誰かが言っていたような気がしてな!ま、まあ、なんだ、久方ぶりに会えたのだろうから、存分に話すと良い」
いや。あの、誰か、なんて言ってますけどそれって明らかに殿下ですよね。
……そんなに指摘しづらかったのかなぁ。なんか、すいません。
「やった。ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えてちょっとお話しよう?エルも」
「私もよろしいのですか?」
「当然!では、殿下。また、後ほど!」
「ゆっくり話すと良い」
めずらしく寛大なお言葉を頂いたので、アルが驚いて僕を見つめた。
まあ、そりゃあそうだよね。今まで、この二人は顔を合わせれば牙を剥き出し合ってきたんだから、ここまで優しくされたら驚くに決まってる。
ただ、下手な事は言えないので曖昧に笑い返せば、アルはキョトンとした後にとても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下」
明らかにこの状況を楽しんでいるな、と僕には直ぐに分かったけれども、殿下は当然分からないので大仰に頷くのみ。
あー良かった!気が付かなくて。もし勘付いてしまっていたら、また絶対に小さな喧嘩を起こしてるはず。毎回、間に入る僕の身にもなって欲しい。
善は急げとアルに引っ張られながらも、慌てて殿下たちへと頭を下げた。
最後までヒューバート様の視線は気になってしまったけれど、内心ではかなりホッとしている。珍しく、アルのおかげで助かったな。
あのまま、あの場所に居ても僕の胃に再び負担がかかりそうだったし、本当にありがたい。それに、実はアルとヒューバート様をあまり接触させたくなかったというのもあって。
僕のストレス云々の話を聞いていなくても、何となく二人の相性はオーガスト殿下のそれよりも悪いと思えてならなかった。
どちらかというと、二人とも好戦的なタイプだし。何より、ヒューバート様の王族ならではの上から目線や相手を値踏みする態度、それに相手を嬲る言い方なども、とことんアルミネラの神経を逆なでしてしまうだろう。
元来、彼女はこう見えて来る者拒まずなんだけど、実は自分と合いそうにない相手には初対面時に感覚で分かるようで自分から寄りつかない。
だから、相手から近付けば僕がたいていその人の相手をするのが通例で。
とことん妹には甘いと言うなかれ。どうせ、僕はどが付くほどのシスコンです。だけど、それで自然と社交術は身に付いたんだから、勉強にはなったかなと思ってる。
今日のアルミネラの衣装は、王族の婚約者に相応しいワインレッドの豪奢なドレスで所々に宝石がふんだんに使われていて、とても煌びやかなデザインだった。
彼女があまり着ない色合いではあったけど、綺麗に編んで束ねられたプラチナブロンドに紅色がよく映えていて、アルの蒼い瞳にもよく合っている。
だが、アルは相変わらず無頓着で周りの視線を虜にしているにも関わらず、双子の僕だけを見つめて寄り添って楽しげに歩く。そのウキウキしている様子が何とも可愛いらしくて僕もつい顔が緩む。もうね、お兄ちゃんは満足ですよ。可愛いでしょ、うちの妹。簡単にはあげないよ?
「イオ、どうやらエルを無事に奪還できたみたいで良かったね!」
妹に会えた事が嬉しくて、気が緩んでいた僕も悪い。……じゃない!悪くない!まさか、会場の端に着いた所で、いきなりそんな話をするなんて!アルのばか!
「え?」
「わ、わあ!アルってば変な事言わないでよ!ちょ、ちょっと喉が乾いたよね?ぼ、僕、飲み物でも取ってくるよ!二人はここで話してて」
唐突な話題で意味が分からず不思議そうに小首を傾げるエルとの間に首を振って、必死にアルに目で訴える。
これ以上は、禁止!お願い、言わないで!
「お兄ちゃん、私の好きなジュース待ってるね」
「……分かった」
妹よ、まさかわざと兄を煽ったとか言わないよね?ね?その笑顔が可愛いけど恐ろしい。
何となく、上手く使われた気がしてならないけど、気を取り直して僕は妹に献上するものを探しにその場を離れた。
どうせ、僕はヘタレだよ。
医務室でアメリア嬢と相対する時でさえ、エルの手を握って言い返す事しか出来ない弱腰の臆病者だ。情けないなぁ、と小さくため息をついて歩いていると、きゃあ!というご令嬢方の歓声が聞こえて顔を上げる。
「やあ。イオ、久しぶりだね。先程のエルフローラ嬢とのダンスは、楽しく拝見させてもらったよ」
目の前には、腹黒な、じゃなくて魅惑的な笑みを浮かべた麗しいコルネリオ様が立っていた。相変わらず、背後にキラキラとした何かが見えるんですけど、僕だけの幻でしょうか。
まさか、あのダンスを見られていたなんて……恥ずかしい。
「お久しぶりです、コルネリオ様。ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。情けない話ですが、ダンスはあまり得意ではありません」
元々、ダンスについてはやっぱり前世という重荷があって、恥ずかしさが先に出てしまう。公爵家の長男として、上手く振る舞っているつもりだけどね。分かる人には分かるだろうなぁ。
エルとダンスするのは好きなんだけど。最近では、サラとの特訓で男性パートより女性パートの方が上手く立ち回れるとか口が裂けても言えない、絶対に。
「それは、世のご令嬢方は困るだろうね。君は既に婚約しているというのに、いまだ虎視眈々と狙っているという話はよく聞くのだけどね」
「ご冗談を」
本当に、何を言い出すかと思えば。現宰相である父に取り入りたい貴族から自分の娘を紹介されるのはたまにあるけど、僕本人には魅力の欠片もないのだからあるはずないに決まってる。
それに、そんな話をしているコルネリオ様の方が、二十九歳とは思えないほどの美丈夫で、尚且つ麗しい美声をお持ちだし、年齢も問わないほどの幅広い女性におモテになっているのに。僕を持ち上げても何も出てきやしませんよ。この方が、いまだ独身なのが信じられないぐらいだもの。
「おや。冗談に聞こえてしまったかな?まあ、いいけど。それより、フェルメールに聞いたけれど体調は戻ったのかな?」
「ええ、まあ」
こういう時は、言葉を濁すに限る。というか、コルネリオ様には変に取り繕う方が怪しまれるのは明白だ。
「それより、ナオナシオ殿下はあの後どうなさったのでしょうか?」
だから、ここは素早く話を切り替える。
不審に思われるだろうけど、致し方ない。ただ、コルネリオ様はもう一度聞き返すような真似をされる人ではないので、一応これがこの人への最善の対処法だったりする。
「おや、アルに聞いてないかな?」
「ええ、アルとは今日久しぶりに会えましたので」
「ああ、そうだったか。……ナオナシオ殿下は、まだフェルメールたちと共に寮で生活をしているよ」
確か、コルネリオ様のお父上のマティアス様から『アオニイロの双剣』の兄剣をお譲り頂くと言っていたけど。やはりまだ、話が難航しているという事なのかな?
僕の疑問を察したのか、コルネリオ様は幾多の女性を魅了した笑みをこちらに向けた。
「明日の武道会に、ナオナシオ殿下も出場する事になったんだ。父上が、双剣が欲しくばトーナメントで優勝せよとおっしゃったのでね」
「ええっ!?」
武道派のマティアス様らしいといえばらしいのだけど、まさか異国の王子にまで態度を変えないままだとは思わなかった。
さすが、王弟にしてミュールズ国の武神だと他国に言わしめた方だな。なんというか、パワフル過ぎる。
「その件で明日の打ち合わせをアルとしていたのだけどね、明日は二人ともまた入れ替わって出席するという事で間違いは無いのかな?」
「あ、はい。明日は、主にそちらの学生がメインとなりますので」
二日目の武道会は、学生や新米騎士のトーナメント戦が行われる。また、武道というだけあって、学生たちも日頃の鍛錬の成果を国王陛下に示す為に、団体での競技もいくつかあったり。うーん。簡単に言えば、体育祭のようなものかな。
なので、学生の保護者は今日だけで明日は学生のみの参加となっている。
「そこで、タオ国の王太子が飛び入りという訳にもいかないから、参加登録するのにアルミネラの騎士という設定で参加させる事になったんだ。だから、イオもそのつもりでナオナシオ殿下に接するようにね」
「分かりました」
トーナメントの参加者の中には、腕に覚えがある者で出自が明らかであれば参加しても良い事になっている。なので、ナオがタオ国の王子であると明言しなくとも、エーヴェリー公爵家が彼の身元証明に携わっていればそれで万事オーケーということだ。
「そういえば、フェルメールさんはいないんですか?」
一日目が主に貴族中心の舞踏会とはいえ、フェルメールは監督生なので出席していてもおかしくない。まあ、居た所で厄介事が一つ増えただけの話だろうけど。
「ああ。フェルメールは、今、野暮用でいなくてね。明日の武道会の方には来る予定なんだけれど」
「そうですか」
「私より彼に会いたかったかな?」
「そんな事ありません!」
って、これじゃあコルネリオ様には会いたかったと言ってるみたいじゃないか!と、思った瞬間恥ずかしくなって顔が火照る。
「って、もう!からかわないで下さい」
多分、赤面してるだろうなぁと思いながら威嚇する僕に、コルネリオ様がそれはもう上品にクスクスと笑いながら謝ってくれた。
やっぱり、同じようにからかわれてもコルネリオ様だったらヒューバート様では嫌悪感しか湧かなかったのに、それすら起きない。多少は、裏があるかもとは思うけど。
これ以上は、欲張っちゃいけない。
これで僕の心残りはなくなったんだ……そう思えたら、どれだけ幸せな事だろう。
人は、願いが叶えばまた一つ新たに芽生えてしまう生き物だ。
今回で、ちょうど30話目のようでこれも読んで下さっている皆さまのおかげだなぁと思う次第です。




