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僕が尊敬している人は、父上と母上。それから、アルミネラ。
アルミネラは、我が妹ながら家族の誰にも想像がつかないような行動力を発揮する。
幼い頃は、前世の記憶が度々溢れてきては恐がる僕に、それ以上の驚きを毎日用意してくれたっけ。
毎日、心配と苦労する事ばかりだったけど感謝している。
彼女がいてくれたら、僕はいつも楽しかった。
ミュールズ国の国王夫妻が住まう白亜の城は、ヴィヴェル・バラン城という名で、国民の間では、ヴィール城という愛称が付けられて親しまれている。
娯楽や文化が栄えている国だけあって、芸術の集大成をこれでもかと集めた細やかな彫刻品や絵画や壁画の数々はどれも一級品という豪華な仕様だ。
見た目は、フランスのロワール渓谷辺りに建ち並んでいるお城のどれかに似ていたように思うけど記憶が曖昧で覚えてない。なにせ、高校時代の世界史なんて、一体どれぐらい昔の話だか。
王家主催の円舞会は、時を遡ればグランヴァル学院が建てられた頃から始まる。円舞会の意味は、舞踊会と武道会を二日続けて行うからという事らしい。前王様もなかなか言葉遊びがお上手でいらっしゃる。
その一日目は、舞踏会で。夕日も沈みゆき、夕闇に月が上り始める時間帯がパーティの始まりを知らせる。円舞会に招待されている客は、これからの国の未来を担うグランヴァル学院の生徒やリーレン騎士養成学校など仕官学校に行っている貴族の子弟が中心となっていた。
まあ、簡単にいうと日頃の学業や修練の功労会と、ここで新たに地脈を作りなさいという奨励会に近いかな。
その他にも、彼らの保護者や上位貴族など様々な大人たちも招待されているんだけど。
「……あんまり変わっていませんね」
「母上、久しぶりに会った息子に対してそれはないです」
がっくりと項垂れる僕の前で、エメラルドグリーンのドレス姿で片手を口元に手を当ててきょとんとしているのは、エルメイア・エーヴェリー。つまり、僕とアルミネラの母だった。
三十代前半だとは思えないほど幼く見られがちな顔立ち、象牙の様に透き通った白い肌。双子を生んだとは思えないほど、すらりとした体躯。ひまわりのような明るい金色の髪を一纏めにアップにして、今日はその美貌をこれでもかと全方位にさらけ出していた。
さすが、傾国の姫君とあだ名された事はある。
あなただって、相変わらずお綺麗なままですよ。
我が母親ながら、そういう感想しか抱けない。って、母親と距離があるとかいう訳ではないのでそこは誤解しないでほしい。十四歳なんて、男の子はたいてい思春期を迎えて反抗期に突入している頃なんだろうけど。プラス二十年人生を積み重ねた僕が、思春期なんていう恥ずかしいイベントには参加しない。演技でも、あれはさすがに遠慮したい。純粋に十四年間だけ生きていたなら、僕だって間違いなく思春期に入っていただろうけどね。
というわけで、うちの家は充分家庭円満な部類に入る。……多分、だけど。
だって、この人はあのアルミネラの母親であるという事を忘れてはいけないのだ。
「お久しぶりでございます、エルメイア様」
「まあ!エル、あなたこんなに美人になっちゃって!どう?学業の方は?クラスにかっこいい男子はいるのかしら?」
って、ここにエルの婚約者であるあなたの息子が居るんですけど?なんでそういう事、聞くかなぁ。
僕への態度とは裏腹に、僕の婚約者であるエルフローラには愛好の笑みを浮かべ、どこにでもいそうな親戚の叔母さん化したのはいつも通り。エルを気に入ってくれているからこそなんだけど。
「い、いえ!私は……その、イエリオス様だ、だけですから」
ほらー、エルだって戸惑ってるよ!
「オホホ。馬鹿な子ほど何とやら、だものね。けれど、乗り換えるならいつでも言って頂戴ね!何なら、もっと優秀な方を紹介するわよ」
「そ、そんな事は」
ちょっと、あの、息子に対して酷くありませんか?
思わず半目にもなる僕をクスクスと笑って見てくるんだから、案の定僕をからかっているって分かってますよ。ええ、ええ、どうせ僕は平凡ですよ。
「この子、気が利かないから。いつも、悪いわね」
「い、いえ、そんな!イエリオス様は、とてもしっかりされていて……優しくして下さっておりますし」
……ど、どうしよう。
聞いてる僕の方が、親の前なもので恥ずかしい。いや、まあ、すごく嬉しいんだけれどもね。
あー、ほんと駄目。真っ赤になって、首をゆるゆると一生懸命振るエルが可愛すぎる。
彼女の今日の装いは、菜の花色のたっぷりとした生地の上に、幾重にも同系色のレースがふんだんに使われて重なった少し凝ったデザインで、エルのダークブロンドの髪によく映えていた。
彼女をエスコートするのに迎えに行って、美しさに息を飲むほどに。
その場で綺麗だと言えたら良かったんだけど、何せ今までそういう洒落た事を言った事がなかったから頭が真っ白になって言葉が出てこなかった。へなちょこでごめん。
でも、この舞踏会がエルとの最後の思い出になるから後悔はしたくなくて。
馬車の中で、恥ずかしかったけどなけなしの勇気で彼女を褒めちぎったら、茹でタコみたいに真っ赤になって扇子で顔を隠された。
ああ、あの時のエルは超絶に可愛かったなぁ。
「ほら。いつまでも、だらしのない顔はおやめなさい。エルフローラさんをしっかりエスコートするのよ」
「分かってますってば。だから、髪を弄ろうとするのは止めて下さい」
まったく、油断も隙もない。
幼い頃は、子供だったせいもあって前世での母親が恋しくて泣いてしまう時があったから、多分この人なりの愛情表現だったのだろうけど、こういう社交場でかまってくるのはそろそろ止めて頂きたい。ほんと、ただでさえ母上の美しさで会場内では注目を浴びているのにどんな羞恥プレイだよ。恥ずかしいったらない。
「そっ、それより、アルミネラをご存じないですか?」
「イオちゃんのケチー。アルちゃんなら、殿下をほっぽりだしてあちらの方でコルネリオ様とお話をしていましたよ」
アルミネラのしゃべり方は、この人の影響だといっていい。女同士で仲が良いのは構わないけど、耳に入る会話がまるで姉妹のように聞こえる時があって困る。
「そうですか、ありがとうございます」
それなら、挨拶は後にしよう。
実は、ヒューバート様とやりとりをした日から一週間後、つまり今日からちょうど七日前にフェルメールたちがナオを迎えに来たのだ。どうやら、本当にあの初めに言った条件を守ってくれたようで。どうやって片を付けたのかまでは、事後処理が多すぎて早々に帰ってしまったから聞けなかった。
というのも、ナオを迎えにきたのがアルミネラじゃなくて、珍しい事にフェルメールと、もう一人のルームメイトのレイドレイン・バーネという珍しい組み合わせで。アルは、どうやら大捕物をした主役だったらしくて、おかげで色々と後始末をするのが大変なのだと聞かされた。相変わらず、あの子は元気に突っ走っているみたいで兄としては心配この上ない。それに、会えなかった事も、けっこう辛い。
荒れ果てた僕の心を、アルミネラで癒やそうと思ったのになぁ。
まあ、どうにか一週間は乗り切ったけど。
アルに後で会えるなら、ついでにナオがどうしているのか聞いてみよう。結局、彼が居る最終日まで同じベッドで寝ていたから不便な思いをさせてしまったし。うん、うなされるって無意識だから抑えられるもんじゃありません。反省してます。
「ああ。そういえば、学校からもお話が来ると思いますけど、お父様から後でお話があるそうですよ。クルサード国に短期留学中の女生徒があちらでご病気になって一人では帰国出来ないのだとか。研修を兼ねて、正騎士と士官生で行くようね」
……研修ね。それが一番、妥当だろうね。
「そうですか」
問題は、アルは自分が行きたがるのをどうやってねじ伏せるか、だけど。
フォローする人が居ないのに女の子だとバレたらどう責任を取るのかなんて、普段の僕じゃあ言わない事実を突きつけてしまうしかない。
それでも、失敗した時は……いや、きっとあの人はそれすら含んで計画を立てているに違いない。
「詳しくはお父様からお聞きなさい」
「分かりました」
ああ、ほんと気が重い。これから、僕は一体どれだけの人を騙せば良いんだろう。
……はあ。まさに、ヒューバート様の予定通りか。あれから。あの一方的な話し合いから一週間が経っているもの。その間、自国とのやり取りなんて時間は充分取れたよね?
いや。ううん、もしかしたら、僕がヒューバート様を受け入れる前からこうする事は決めていたのかもしれないし。
『その通達が届いたらこの国に居るのもあと数日だと理解していて下さい』
分かってる。分かってるよ。
父上から正式に話を聞けば、僕はあと数日でこの国を去らなくちゃいけないという事は。
母上とのやり取りも、こうしてエルと横に並んで歩く事も、もう二度と叶わない。
「エル、一曲僕と踊ってくれないかな」
彼女の細い手を取って、その甲にキスをする。
実は、ちょうどタイミングよく新しい曲が始まりそうだったから、さり気なく彼女を誘導しておいたのだ。
「もちろんですわ」
頬を赤く染めて、彼女が微笑む。
ダンスはあまり得意ではないけれど、エルと踊るのは好きだった。彼女とはやっぱり波長が合うのか、しばらくの間、室内に彩りを添える緩やかな音に身を委ね浸ることにした。
「オーガスト殿下、久方ぶりで御座います。妹が、大変お世話になっているようで」
「ああ、そういう細かい挨拶はいい。それより、よく来てくれたな、イエリオス。ミルウッド嬢もな」
僕を見て、イケメン度合いをこれでもかと見せびらかすように破顔する。そんな殿下の後ろには、いつも通りテオドール・ヴァレリー様とマリウス・レヴィルくんが立っていた。
エルを連れて近付いた僕に視線を寄越して、軽く会釈されたので僕も返す。
確か、『イエリオス』が彼らと会うのは今日で二度目だったっけ。一度目は、グランヴァル学院の新歓パーティで。あの時から、この二人も『イエリオス』を覚えてくれていたって事か。
一応、オーガスト殿下を助けたのは僕たちエーヴェリーの双子という事になってるし。
僕自身でいえば、毎日会ってる身なんですけどね。……だから、実は正体がバレていないかとかってドキドキしてる。
会場に着いて直ぐ、国王夫妻と共に行動をされていた殿下にも軽く挨拶は済ませていたけど、その時はメインが国王陛下だったからもう一度と思って挨拶に窺ったという訳だけど。
「所でな、急な話で申し訳ないが、実は俺の友人がクルサードに交換留学に行っていてな」
「ああ、はい。さきほど、母から少し聞きました。何でも、ご病気だそうですね?私でお役に立つならば、是非とも使って下さい」
殿下がこうして言いよどむのは、セラフィナ嬢への疚しい気持ちとみて間違いない。
まあねー、殿下が妹よりセラフィナ嬢にご執心なのは学院外の僕も聞き及んでいるかもなんて思ってるから、そんな態度になるんだろうけど。
悪いけど、せいぜい疑ってかかればいい……なんて、ちょっと酷いかな?
まあ、そもそも毎日、殿下の下心は目の前でご飯を食べてる僕に丸見えだったりするんだけどね。
「そ、そうか。そう言ってくれるとは、頼もしい限りだ」
殿下は、恐らくこれがヒューバート様の仕掛けた小細工だと一生気が付かないだろうな。
たった一人の生徒を迎えに行くという簡単なミッションで、イエリオス・エーヴェリーという名の誰かが死ぬ事になるなんて――全く以て想像もしていないだろう。
「いいえ。滅相もありません」
殿下は、この時の事を一生悔やんでしまうかもしれない。
今すぐにでも心が凍てついてしまいそう。だけど、僕は不自然にならないように笑みを浮かべて頭を垂れた。
さて、それじゃあそろそろアルを探しに行こうかなと振り返った、その時。
「失礼。たまたま聞こえていたのですが、オーガスト。彼は、もしかして」
そう来たか、と思わずにはいられない。
「ああ、ちょうど良かった。彼は、アルミネラの双子の兄のイエリオス。今回、フィ、セラフィナ・フェアフィールド嬢を迎えにいく一団の一人だ」
たまたま、というのは無理があるんじゃないかなぁ。と思えるぐらい、さらりと僕たちの会話に入ってきたのは、案の定、今一番会いたくない人ナンバーワンのヒューバート様だった。
そして、先週末に鬱展開の終了を申し上げましたが、明日まで弄られます。
ごめんなさい、苦情は全ておヒュー様にお願いします。




