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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第二章 運命は偶然と必然の繰り返し
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たくさんの閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。

シリアス展開の真っ最中にも関わらず、待っていて下さる方がたくさんいらして嬉しいです。


 誰だって、自ら傷付きたくはない。






「こんなこと、もう止めてください!!」

 咄嗟の事で、唖然と彼女を見上げた僕などお構いなしに、彼女は唇を戦慄かせ、その艶やかなツンテールを揺らしながら机を叩いた。

「あたしがっ、あたしがいけなかったの!!大好きな乙女ゲームの世界の主人公に転生出来たからって有頂天になって。何でもお兄様に語ったのがいけなかったのよ!」

 それは、後悔という名の悲痛な叫びで。

 ずっと今まで耐えていたのかもしれない。涙が溢れて、彼女の赤く染まった頬を濡らした。

 僕からしてみれば『乙女ゲーム』や『転生』という言葉に驚きを隠せない、けど。そんな事よりも、あまりにも痛々しい様子のアメリア嬢と彼女の視線の先にいるヒューバート様の方が気になって仕方ない。  いきなり、兄妹喧嘩でも始まったのかとも思ったほどに。

 まあ、実は密かにアメリア嬢の行動で僕に少しでも光明が差せばなんて期待してしまったのは事実だけど。それぐらい、こみ上げる涙を拭いもせず、真っ直ぐ兄を見つめる彼女には鬼気迫るものがあった。

「お願いだからっ、もう……この人たちに無理強いをするのは止めて!お願いよ!お願いします!!」

「……」

 少し前までは、完全に彼女にも騙されていて、強気な面ばかり見ていたから頭を下げた姿に言葉が出ない。だいたい、こちらの世界では女性がここまで深々とお辞儀をするなんて珍しい行為だから余計に目を疑ってしまった。エルの言う淑女としては、アウトに近い。

 でも、……そっか。

 彼女も、僕とセラフィナ嬢と同じ『転生者』なんだ。

 だから、兄の説得に必死で素の自分に戻ってるんだ。何も、『転生者』は二人だけとは限らないよね。三人目が居たって不思議じゃない。

 シーンと静まりかえった空間に、新しい湯気がふわりと揺れる。柑橘系の匂いがして、そちらを見れば。

「さあさ、どうぞ!お茶、淹れ直したので飲んで下さいっス」

「え?」

「今度は飲んでみて下さいね、俺なかなかお茶を淹れるのが上手いんですよ」

 こんな殺伐とした状況であるにも関わらず、トーマス様が新しく紅茶を入れたカップを配膳していく。今気付いたけど、そのファンシーなエプロンは何なの。ウケ狙いなんて言わないよね?こんな時に。違うよね?あーもういいや、気にしないでおこう。

「ああ、私のお気に入りの茶葉ですね」

「当たりっス!」

 彼女の必死の叫びなど無かったかのように二人がのほほんと会話を続ける。

 やっぱりな、という思いと少しの苛立ちが沸き立った。

 アメリア嬢を見れば、悔しさを滲ませた顔を俯かせ唇を噛んでいる。

 僕にも、ようやく分かってしまった。

「ふふっ。何を言い出すかと思えばおかしな事を。お前には感謝しているんですよ、可愛いアメリア。お前が教えてくれなければ、私は運命の出会いを無駄にしていただけだった。さあ、お座りなさい。温かいお茶でも飲んで、お前はいつも通り全てを私に委ねていれば良い」

 それは、まだ子供で癇癪を起こした妹を宥めて諭す包容力のある頼もしい兄のようで。ヒューバート様だけを見れば、確かにそんな風に見えるだろう。

 けれど、反対にアメリア嬢を中心に関係性を見直してみれば、彼は畏怖の対象でしかない。

 まるで、捕食と被食の関係。食うか食われるか。

 簡単にいえば、飼い主とペットの関係性に近い気がする。きっと、この兄妹は今までずっとこうやって生きていたんだ。


 こんな対等じゃないやり方を、僕は決して好まない。


「……やっ、もう嫌なの!あたしだって、この世界で生きてるわ!この人たちだって、ただのキャラクターなんかじゃないの!一人一人、ちゃんとこの世界で生きているのよ!」

 ああ、この子はちゃんとゲームと現実を切り離してくれているんだ。

 僕たちにも、血が流れていると理解している。

「当たり前です。この子はさっきから何を一人で突っ走っているのやら」

「分かってないのは、お兄様よ!」

 二人とも、実はどちらも間違えちゃいない。

 それは、第三者だからよく分かる。


 ――だって、そもそも二人とも物事に対するとらえ方が違うのだから。


「馬鹿な妹を持つと困ります。ああ、こんなお恥ずかしい部分をお見せして大変申し訳ありません。後でちゃんと言って聞かせますので。……トーマス」

「はいはいっと」

「いやぁっ!」

 主の命令を受けて彼女の腕を捕らえるトーマス様に、アメリア嬢が本気で悲鳴をあげたと同時に席を立つ。

「女の子になんてことをっ!」

 こんな横暴な真似に出るとは思わなかった。

 だけど、そう。ヒューバート様は、僕を傷つける事はしない。僕には、だ。

「やっ、やめて!」

「まあ、ちょっと黙りましょうよ、アメリア様は」

 ははは、と薄く笑いながらも彼女の細い腕を握りしめたまま引きずって、トーマス様は彼女の口元を片手で覆った。慈悲の欠片もない冷え冷えとした灰色の瞳。

 右目を塞ぐ縦筋の傷にばかりに目が行っていたけれど、笑っていなければとても冷たい印象の人。

 これが、本当のトーマス・ロプンスの姿。

 ヒューバート様の従者であり、騎士である、彼の片腕。

 多分、あの軽い口調やへらへらと笑っているのは、それを誤魔化すためのイメージ作りだ。

「何をするんです!?彼女を離して下さい!」

「昔からそうなのですが、この子は、少し我が儘が過ぎる部分があるのでしつけが必要なのです。なに、私の唯一同じ母から生まれた可愛い実の妹なのですから、あまり酷い目には遭わせませんよ。それともご心配でしたら、今すぐにでも私の物になると了承して頂ければ確かめられますが?」

「なっ」

 兄妹喧嘩が始まった事で僕に有利だった状況を、一瞬で好転させる手腕は見事としか言いようがない。

 実の妹でさえ、彼には僕への脅しの材料にしかならないのだ。


 今日は、交渉するだけのはずだったのに。



 ……なんて卑怯な。


 と、それすら言えずに歯を食いしばってぐっと手を握りしめた。

 この状況から、再びこちらを優勢にすべき方法を考える。

 考えるんだ、頭を目一杯働かせて――必死で考えているそんな僕を、彼は既にお見通しだったようで、更に追い打ちをかけてきた。

「そうですね。アメリアは、しばらくトーマスの部屋に行かせましょう。ああ、全く。せっかくのお茶も冷えてしまったみたいですね。もう一度、淹れ直させますのでお座り下さい」

 その言葉は、何よりアメリア嬢のどこか深い部分を掘り起こしたようで、塞いでいた手を無理矢理首を振って外しながら、彼女は全力で拒絶する。

「やっ!暗いのはもういや!恐いっ、恐いの!た、助けて!!イエリオスさまぁっ!」

「っ!」

 ……胸が痛い。

 目の前で、か弱い女の子が救いを求めて僕の名を呼んで。

 今まで。今まで、エルフローラとの関係をこじれさせた犯人だけど。

 初めて僕の名前を呼んで、助けて欲しいと手を伸ばしてくれている。


 自分の身と、彼女の身を天秤にかける事なんて出来るはずない。

 そこまで僕は非情になれない。


 ああ、エル。


「分かりました!アルミネラを残して、僕だけが行くという条件ならば了承しましょう」


 エルフローラ、ごめん。




 君を、僕が幸せにする事が出来なくなってしまった。





 怒りに震える握りこぶしに更に力が加わり、皮膚へと食い込む。アルの代わりをするにあたって、屋敷に居た頃は伸ばしていなかった爪が容易く僕の皮膚に傷をいれる。

 そんな痛みですら、今の僕には全く効かない。

 それよりも、今は初めて味わうこの感情を抑えるのがやっとだった。

「ふっ、くくっ」

 そして、かたやそれを十全だと喜んでいるのは、ヒューバート様で。深緑の瞳に悦を垂れ流し、歪な笑みを浮かべて笑う。

「よくやりましたね、我が愛する妹よ。やはり、お前は私の最大の味方だった」

「ち、ちがっ!そんな……そんなつもりじゃ」

 愉しげなヒューバート様とは相反し、アメリア嬢が一瞬で蒼白になって首を振る。

「安心しなさい。お前は、いつまでもこの兄が面倒を見てあげますから」

「ひっ!い、いやぁ!」

 僕たちとは全く違った形の兄妹関係。

 ああ。

 何かが、壊れてる。

 壊れてしまっているんだ、きっと。

「トーマス」

「分かりました」

「なっ!」

 どうして!……ああ、どうすれば!

 僕が制止する暇がないほどの絶妙な息の掛け合いで、トーマス様がアメリア嬢を引きずっていく。

「は、離してっ!やっ」

「約束が違います!」

 最後まで抵抗を試みるアメリア嬢をもどかしく思いながら、僕も強く抗議する。

 せめて、彼女だけでも守りたいのに。

「僕はあなたを受け入れた、なのにどうして!」

「あれの出番は終わりました。ですから、大切に保護します。ええ、大切な妹ですから。それに、あれだけ取り乱していては、しばらくまともに話す事もままならないですよね?せっかく、あなたが私の下へ来る事を選んでくれたのに、この時間が勿体ないではないですか」

 何かそれ以上に問題でも?というヒューバート様に絶句する。

 確かに、アメリア嬢に危害を加えないように頼んだのは僕だけど。結局、言葉を言い換えただけの話だ。上流階級ではよくある話……だけど。

「まあ、とりあえず改めてお座り下さい。トーマスが戻ってきたら、お茶を淹れ直させますので」

「……」

 嘘つきだと罵る事が出来れば、どれだけ良いか。

 けれども、彼が最初からこうなる事を見越していたとすれば、これ以上何を言っても無駄なような気もしてしまう。

 策略家。詐欺師。独裁者。どんな風に言いつのっても、多分彼は堪えない。それどころか、それすら僕からの賛辞として受け止めるに違いない。

 話し合いを、セラフィナ嬢を帰国させる交渉だけだと甘く見積もっていた僕が悪い。


 最初から……全て最初から、彼はこの日と決めていたのだ。

 セラフィナ嬢に近付いたその日から。


 だから、余計に分からない。

「でも、どうしてそんなに僕を欲しがるのかが分かりません。僕にはあなたほどの知性はない。剣技だって学んでないので戦力にすらなれません。何もかも中途半端で、不完全な人間です。それこそ、そこら辺の石ころのような矮小な物でしかないはずだ。あなたがわざわざ拾う価値などないだろうに」

 僕の魂に惹かれたなんて、馬鹿げた事言う彼の言葉の裏にはまだ秘密が隠されている。

 そう思えてならないからこそ、ヒューバート様の事を信じられない。

 妹にすら横暴を働けるこの男に。

 疑いの目で見る僕の視線など気にも留めず、ヒューバート様は白い陶器の中で光る冷めた紅茶を静かに揺らした。

「何度も言いますが、私があなたに惹かれているのは本当のことです。確かに、それだけが理由ではありません」


 ――やっぱりね。


 その言葉で、逆に安心してしまう僕はおかしいかな?

 異常性を感じるが故に、人間らしさを感じてホッとしてしまう。

「ですが、それはクルサードへ戻ってあなたが完全にこちら側の人間になるまではお教えする事は出来ないのですが」

 うん、そう簡単に教えてくれるとは思わなかったよ。分かってた。

「そうですね、アルミネラ・エーヴェリー嬢を引き入れる事が出来ないのなら、あなたには家名も名前も新しくしてもらう必要がありますね。うちの有力貴族の養子になって頂いて……ああ、そうだ。エルフローラ・ミルウッド嬢ほどではありませんが、うちのアメリアもなかなか愛らしい顔をしていると思うので婚姻を結ぶというのはどうでしょうか」

 とても良い方法だと言わんばかりに両手を合わせ、ヒューバート様が楽しげに笑う。

 ――でも、悪いけど。

「僕は、一生涯エルフローラ以外の女性と添い遂げるつもりはありません」

 たとえ、これから僕がどうなろうと構わない。

 僕一人の命で済むのなら、いくらでもくれてやる。


 だけど、僕のこの恋情はエルのものだ。


 エルフローラの幸せだけに捧げたい。

 どうか、次の婚約者と幸せになるように。



 僕にはもう叶えられない夢ならば、せめてそれだけは祈りたい。



「良いでしょう。でしたら、当初の計画通りあなたを別の貴族の女性に見立てて私のパートナーを務めてもらいます。社交性や融通の良さ、回りの空気を読める勘の鋭さ、あなたのその全てをクルサードの未来永劫、安泰の為に、次期国王である私に捧げて頂きましょうか」

「……」

 真っ直ぐ見据えられた瞳から放たれる、強い意志。

 これは、ヒューバート様からの最終確認に他ならない。

 ここで拒絶すれば、次はクルサードに軟禁されているセラフィナ嬢に被害が及ぶ。いや、それか今度こそ隣室につれて行かれたアメリア嬢が僕の前で酷い仕打ちを受けるだろう。

 これは全て、お前の所為だと見せつけるために。


 正直、今すぐここから逃げ出したい。


 僕だって、いくら人を救いたくとも自分を犠牲にするのは間違っているという事は知っている。

 恐らく、受諾すればミュールズ国に帰る事はおろか、両親やアル、それにエルたちとも一生会えない事になるだろう。

 この人は、本当に恐ろしい人だ。己の欲望に忠実で、目的の為ならばどんな手段も厭わない冷徹さがある。

 だからこそ、分かってしまう。今日を上手く逃げおおせても、きっと更に手法を変えて彼はどこまでも追いかけてくるに違いない、と。


ああ、悔しい。

すごく、悔しい。


 しばらく俯いて逡巡してから、覚悟を決めて彼の端正な顔を見る。

 今は愉快そうな色合いを乗せた深緑色の瞳とぶつかった。

 これが、僕にとっても彼にとっても最後の決定打となるだろう。

「……承諾します、僕の全てを貴方に捧げましょう。ただし、条件があります」

「何でしょうか?彼女たちの安全なら必ず守りますが」

 薄く微笑みを浮かべながら、しかし目は笑っていない。対等と謳いながらも、僕を射抜くような視線は、正に絶対王者のそれなのだ。

「それだけじゃ、対価になりませんよね?僕は、自分の一生をクルサードに捧げるというのだから、見返りは必要だと思いますけど」

「やはり、あなたは素晴らしい。私の威圧にも負けず、最後まで交渉の場を設けようとする諦めの悪さ。どうぞ、我が国でも発揮して下さい」

「まだ、僕はこの国の人間です。話を戻させて頂きますが、宜しいでしょうか」

「ふふっ。どうぞ」

 明らかに彼の方に余裕が出てきたのを感じて、遊ばれている気がするけどさらっと無視する。この手の弄り方は、コルネリオ様にされているから手慣れているのだ。

 まあ、こんな時に役立っても嬉しくもなんともないけどさ。

「そちらへ渡る時期ですが、二週間後の円舞会が終わってからにしてほしいのです」

「ああ。そういえば、円舞会の事をすっかり忘れていましたね。アメリアも、招待を受けていたのだったかな」

「交換留学生のアメリア様と……本当はその数日前に帰ってくる予定のセラフィナ嬢の為に催されるパーティです。一日目は夜会が行われ、二日目は武道会のようなものが行われます。僕は、オーガスト殿下の婚約者の立場にあるアルミネラに、それに参加するよう言われているので、その約束を反古する事は出来ません」

 ここで敢えて、アルミネラの事をうちの王太子の婚約者と強調してみる。

 要は、王家主催のパーティで、しかも我が国の将来の国母になる女性との約束なんだから、国同士でもめたくはないよね?という意味だけど。

 それに、僕が行方不明にでもなればアルは直ぐに異変に気付いて行動を起こす。

 そういった脅しを軽くしてみた訳だけど。

「良いでしょう。すっかり忘れていましたが私もクルサード国の人間として招待されています。もし、あなたがおかしな行動をすれば、我が国にいる彼女がどうなるか分かっておいででしょうからね」

「そんな真似しませんよ。僕では、あなたに敵わない。それを、身を以て思い知らされましたから」

 諦めの境地に立って、もはや皮肉しか言葉に出来ない。

「それは、褒め言葉と受け取っておきましょう。素直なあなたも、やはり素晴らしい。これからは、もっと従順に尽くして下さいね」

 どうやら、この王子様にはそれがきかないようで残念だ。

 返事はせずに嘆息して、席を立つ。

「話が済んだのなら、僕は退室させて頂きます。アメリア様を女子寮に送っていくので、連れてきて頂いても宜しいですか?」

 この話し合いだけで、時間をかなり取られてしまった。まあ、今日はもう精神的に疲れたし今生では初めての経験になるけどサボタージュしてしまおう。

 何より、アメリア嬢が一人にさせても大丈夫なのか心配だし。僕が男だと知っているみたいだから、嫌がるようなら大人しく帰るけど。

「分かりました。あなただけを帰して、それを目撃されたら元も子もないですからね。ただし、女子寮に続く渡り廊下までトーマスに送らせます。妙な真似はしないように」

 妙な真似、ね。それをしたところで、それすらヒューバート様の手の内でしかないような気もするんだけど?なんて思いながらも、また喜ばれそうだから黙って頷くに留めた。

「また、細かい打ち合わせなどはこちらで検討して日を改めて伝えますね。国の方から、セラフィナ・フェアフィールド嬢を迎えにくるよう、私の手の者たちとあなた、それからカモフラージュとして他に数名の学生へ打診をする手はずを整えておきますので、その通達が届いたらこの国に居るのもあと数日だと理解していて下さい」

「僕が帰ってこなくなって、不審に思われるのでは?」

「あなたには、旅の途中で命を落としてもらうつもりです。賊に襲われるのか、崖から落ちるという不幸に見舞われるのかはあなたの代わりとなる死体によりますがね」

「……っ」

 僕の代わりに誰かが死ぬ?

 まさか、それも最初から計画してた?


 ……なんて事を。


「美しい人よ。どうか、そのような傷付いた顔をしないで下さい」

「人の命を何だと思っているんですか」

「これも、仕方のない事なのです。あなたを手に入れる為ならば、私はいくらでも同じ事を繰り返す。罪は全て私にある、そう思って下されば良いのです」

 あり得ない、何もかも。

 これが、クルサードの日常だというのなら、僕は本当にやっていけるのか。

「……」

 僕の所為で、僕という存在が他人を不幸にするというなら――

 いっそ。

「自ら死ぬ事など許しません。それなら、ためらいなく真っ白な純白の女神を身も心も私が汚して心を壊して差し上げますよ」

 と、恭しく右手を取られて、反射的にその手を弾いた。

 悪趣味な。

 僕の心を壊せば、元も子もないだろうに。

「止めて下さい!それより、アメリア様を……早く、連れてきてください」

「今は拒絶されても仕方ないですね。ですが、国に戻れば私の婚約者のご令嬢として可愛く私からの愛をねだって頂きたいものですよ」

 やれやれという表情でヒューバート様は、冗談とも本気ともつかないような言葉を言い残し、アメリア嬢が連れていかれた部屋に向かった。

 彼の言いたい事は分かっている。

 クルサードにいけば、ほぼ彼の傀儡として働かなくてはならないのだから。

 ヒューバート様が望む婚約者、後に王妃としての役割を演じる。その為には、簡単に肌に触れ合うのは最低限必要だという事。

 だけど、どうしても心が彼を拒絶してしまうのだ。

 この現実を受け入れられない。



 その時になるまでは、まだ自分の気持ちに正直でありたい。


主人公のどん底はここまで。

来週からは起死回生に入ります。

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