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前世、僕には三つ下に弟が一人いた。
今は、数分の差で僕より後に生まれた妹が一人いる。
しかも、僕たちは一卵性の双子だから同じ顔、同じ体型で同じ気持ち、お互いを信じて全て分かち合えた。
アルミネラに逢えて良かったと思える。
僕の可愛い双子の妹、愛しい僕の半身に。
「やっぱり、来てしまったのね」
男子寮の入り口付近。時間も時間なので、生徒たちはほぼ全員が登校している。
いつ頃から居たのかは分からないけど、そんな閑散とした場所に、デートの待ち合わせをしているかのように立っていたのは、夕闇がかった色合いのツインテールがトレードマークとなっているヒューバート様の妹君のアメリア嬢。
これが、本当にただのデートならどんなに気楽か。
って、誤解しないでいただきたい。エル以外の女の子とデートをしようなんて思っちゃいません。
話は戻して。
まるで、確信に近い科白。
相変わらず、僕を睨み付ける目力は強いけど、声のトーンの低さからして不満が滲み出ている事が分かる。
あの時、気がつかなければそれは僕を嫌悪している所以だと勘違いをしていたのかもしれないけれど。
「アメリア様は、ここで私を待つように指示されているんですね」
「……ええ、そうよ。今日で、三日目。あなたをずっと待っていたわ」
そう言って、彼女は自嘲気味に微笑んだ。
その顔は、何もかもを諦めた人が見せるそれで。
今まで、小生意気で強気の態度が嘘だったかのように、今の彼女は気弱でどこか薄幸めいていた。
ああ、そうか。もしかしたら、これが本来の彼女なのかもしれないな。
今まで、散々僕とエルの仲を邪魔していたけれど、本当は心根の優しい女の子なんだ。
「ごめんなさい。お兄様の所へ連れて行ってもらえますか?」
そんな彼女をここに待機させていた理由は、僕のためだとしか思えない。トーマス様の果物運びの手伝いで部屋まで誘導出来たけれど、入室を断った経緯を鑑みて、同伴者が同性ならば問題はないはずだといった感じか。
何にせよ、僕からすれば妹をここまで使う兄がいるなんて信じられない。
「本当に宜しいの?」
「え?」
「あなたは、おね、エルフローラ様を捨てなければならないのよ?」
断言するほど?
「そんな事にはならないよ」
ううん、そうならないよう交渉する為に、僕はここに来たんだから。よほど、兄への恐怖心を持ち合わせているのか、彼女は悲痛な表情を浮かべて縋るように僕を見ていた。
「エルの事を、そこまで純粋に好きになってくれてありがとう」
「……っ、だったら!」
「なぁーんだ!来られていたんなら、さっさと連れて来て下さいよ、アメリア様ってば-」
その声に、アメリア嬢の顔が一瞬で強張る。
ノリとしては軽いのに、この場の空気を重くさせるには十分で。聞き慣れたその声の持ち主は、ヒューバート様の有能な従者であるトーマス・ロプンス様その人だった。
相も変わらず態度は清々しいまでに軽いままだけど、昨日までと違うのは明らかに僕の敵になったと分かる嫌な雰囲気。彼からしてみれば、きっといつも通りの振る舞いなのかもしれないけれど。
トーマス様が現れた事によって、この場の空気が重たくなったのを感じて、咄嗟にアメリア嬢を庇う形で対峙する。軽く睨み付けてすらいる僕に対し、けれども彼は全く意に介さずへらりと笑った。
「およよ。んな警戒しないで下さいよ。さあさ!野郎ばかりでむさ苦しい所ですけど、ご招待いたしますね。もっちろん、殿下の愛するアメリア様もね」
と、右目を塞ぐ傷跡に皺を走らせて。
嫌味の一つでも言い返そうかと思ったものの、今はそれよりも身を固くして暗い表情を浮かべるアメリア嬢の方が気になる。
「大丈夫、とは聞かないよ。あなたが、ヒューバート様にどういった仕打ちを受けているのかは分からないけど、私の傍から離れないで。いい?」
振り返って、小声でこっそり彼女に告げると小さく頷いたのが分かった。
妹だから、危害を加えられるなんてないはずだって信じたいけど……三日間も僕を待つ事を指示したり兄に対して畏怖している彼女をみると、普通の兄妹関係だとは思えない。
なるべく、彼女から離れないようにしなければ。
それに――今日は、あくまでも交渉をしに来たんだし。
次回があるなら、僕一人でも大丈夫だと思わせないと。
それじゃあ、ひとまず。
――答え合わせでもするとしようか。
以前にここへ訪れた際には、まさか部屋の中まで入る事になるなんて想像すらしていなかった。
先ほど、寮の入り口にある時計を確認したら既に予鈴は鳴っていて、同じ階の殿下も既に登校しているから実質、僕たち四人だけ。最上階だから、逃げることすらままならない。
各要所に立っていた警備の人たちも、僕たちが通るのをまるっきり無視となると……これは金銭でも掴まされているのかな?生徒を守る立場なのに。
もしかして、トーマス様を助けた件以前から、彼らは既に買収されていたのかも、なんて想像しただけでもゾッとする。……この件が終わったら、遠回しに殿下に警備の人員の入れ替わりを進言しよう。絶対に。
「この間は邪魔が入ったからおざなりになっちゃいましたけど、まあ今日は遠慮せずゆっくりしていって下さいね」
室内に入り見渡せば、必要最低限の家具しかないシンプルな空間だった。というか、本気で生活しているの?と言わざるを得ない簡素な空間。
部屋の数は、女子寮の僕の部屋と同じく2LDKといったところ。広さもさほど変わらない。
僕の後ろを付いて来たアメリア嬢は、無表情で俯いたまま僕のやや後ろに立っている。まあ、彼女はここに何度も来ているはずだから、今更物珍しさはないだろう。というか、今の彼女に何かを求める事は出来ない。
それはつまり、いざという時、彼女を守りながら出口を目指すのが更に困難だって事だけど。まさか、そういう事も見通して彼女を連れてきた訳じゃないよね?
ヒューバート様が、どこから計略を立てていたのか分からないから何とも言えないけど。
……なんて恐ろしい人なんだろう。
「あなたがここに来てくれる事を、私がどれだけ望んでいたのか、あなたは気付いておられるでしょうか」
思い浮かべた途端にご登場とか。
背後から、今までに聞いた事のないような歓喜に弾む声がかかった。
「……そんな事、知りたくもありません。では、謀られて、不本意で来る事になった私のお気持ちは分かっていらっしゃるのかしら?」
彼のテンションが高いほど、僕の気持ちはどんどん冷たく降下している。面白いほどに、反比例。そこに、怒りすら滲んでくるのだから、グラフもさぞや振り切れているだろう。
貴族特有、というより上流社会では当たり前の言葉遊び。
僕の場合は、相手を皮肉るだけの言葉をわざわざ選んで差し上げたけど。
気に入ってくれたかな?
「おはようございます、ヒューバート様。授業にも出ず、こんな恐れ多いお茶会にご招待して頂けたなんて、光栄としか申し上げられませんわ」
部屋に来た時から、僕の戦いは始まっている。
だから、わざと不機嫌を表に出して、僕は無造作に髪を払いのけながら振り返った。
エルに以前、淑女の嗜みとして教えてもらった極意を一つ。
夜会など、熾烈な争いをする場合、貴族の子女として一番重要なのは相手に何よりインパクトのある先制攻撃を。
――してやったり、なんて思ったのに。
「こうでもしないと、あなたは私とゆっくりお話をしてくれませんからね」
ヒューバート様は、首を傾げながら微笑んで、逆にそれを僕の方が悪いと言ってのけた。
「袖にされている事に気が付かれていらっしゃらないのかしら?この間、オーガスト殿下の前でも言ったはずです。あなたを受け入れる事はない、と」
どんな事を言われようが、この姿勢を変えることはない。変えないまま、なんとか話を進めたいというのが僕の希望。僕の方の現状の最善ルートだって思ってる。
ここから、どうやってセラフィナ嬢を奪還出来るか……僕にしか出来ないというのはあまりにも重責なんだけど。やるしかない。
「ふふっ。まあ、そう片肘を張らずに。まずは、クルサードの名産品として有名なお茶でも飲んで下さい」
出来ればこんな伏魔殿みたいな場所から、さっさと帰ってしまいたいです。
なんて言えたら、どれだけ良いか。当然だけど、ヒューバート様はやっぱり簡単には帰してはくれないようで。
どうやら、長期戦になりそうな予感に、背中を嫌な汗が流れていくのを感じた。
思えば、女装してからの僕がお茶会というものに参加するのはこれが初めて。ここに入学する以前だったら、公爵家の嫡男として色々と場数はこなしているけど。
今まで、こんなにも表情からして対照的な人々が集うお茶会など見た事がない。
「あなたとこうしてお茶を楽しめるなんて、私はなんて栄えある栄誉を与えられたことでしょう」
主催者であるヒューバート様は、常ににこやかな笑みを浮かべ僕を見つめて。
「授業より貴重な時間などありませんわ」
向かいに座る僕は、不愉快さを露わに彼を睨む。
「……」
僕の右側に座るアメリア嬢は、今もまだ表情を無くした状態で。
「こう……えっと、こうっスかね」
彼女の目の前に座るトーマス様は、真剣な眼差しで自作のパウンドケーキにナイフを入れて慎重に切っていた。
……なんなの、これ。
こんなのお茶会なんて呼べるわけない。
ただの茶番にしか見えないでしょうに。半ば呆れながら、分かりやすくため息をはき出せば、ヒューバート様がクスッと笑った。
笑わないで。
「さて。それでは、まず私に何か言いたい事があるのではありませんか?」
その態度が気に入りません!とは、さすがに言えない。僕だって、不敬罪を問われたらお終いだしね。
でも、まさか、ヒューバート様から切り出してくるとは思わなかったな。
全てを理解している上で、僕を挑発してくるのだから、不満だけども乗って差し上げようじゃないか。 あー腹立たしいなぁ。
「アメリア様を使ってエルフローラと私を離し、同時期にセラフィナ嬢に婚約者を奪われた女生徒たちを煽ったのはあなたですね?」
「ええ、そうですよ」
やっぱりね。簡単に肯定するんだ。
「女生徒たちに人通りが少ない場所を教えたのもあなたで。その帰りに、トーマス様の果物を拾って送り届ける事になったのも、あなたがそのように仕向けた」
「密会の穴場を教えたのは確かに私ですが、果物の件はトーマスの功績ですよ。あなたとなんとか接触したかった私の気持ちを汲んでくれたという事でしょう。彼は、幼い頃より私に仕えて、とても優秀な人材なので」
「いやっほう!褒められると照れますね!っつう事で、上手く出来たかは分かりませんが、我ながらに力作なんで皆様ご賞味して下さいっス」
「さすがですね。それでは、先に食べてみなさい」
「えっ?えっ?俺、信用されてない?」
「はは。何を馬鹿な。そんなこと、ありませんよ?」
えっと、待って。何なの、一体。緊張感なんてまるでない?
マイペース過ぎやしない?この主従。ここだけ本当にお茶会をしているみたいに見えるけど、僕たちそういう関係じゃないよね?
僕とアメリア嬢が無反応でもおかまいなしに、ランチタイムの時のような会話が続く。
ついて行けない僕としては、何かがおかしいとしか言いようがない。釈然としない。
こんな時、アメリア嬢に聞けたら良いんだけど。
「……」
傍らの彼女に目を向けるも、相も変わらず自分の殻に閉じこもっているようで。
緊張している僕がおかしいのか、それとも彼らが場慣れしているだけなのか。
それを計る基準も相談する相手もいない。
アウェーなのは、知ってたけどさ。
ここに飛び込まなくちゃいけないように、仕向けられたんだからしょうがないもの。
……だったら。
だったら、この際聞いてみようか。
僕が、ずっと知りたかったこの人の本音を――
「あなたは、どうしてそんなにアルミネラ・エーヴェリーを手に入れたいと思われるのでしょう?」
お昼時間を、一緒に過ごすようになって分かった事が一つある。
ヒューバート・コールフィールドという青年の本質は利己主義で、それを悟らせず隠すのがとても上手い。僕だって、近付かれなかったら気付かなかった。
ただ、以前から違和感はあったのも事実。
例えば、友好国という名を傘にして、殿下に高慢な態度を取っていたり。何度か、遠回しにそれを批判してみたけれど、いっこうに変わらないので不思議だった。
まあ、後から調べたら、どうも父上たちが生まれる前の戦で、五分五分な所だったのをクルサードに有利な条件を一方的に取り付けられて共闘してもらったのだとか。
それなら、確かに上から目線になるのも分かるけど。
そういう部分が目に見えていたので、彼がアルを欲しがるなんてあり得ないと思ったのだ。
ミュールズ国の現宰相の愛娘であり、後に王位を継ぐオーガスト殿下の正式な婚約者。
いくら、ミュールズ国を下に見ていても、アルミネラに手を出すのはあまりにもリスクが高い。利己主義だからこそ、自分の手が届く範囲をしっかりと判断出来ているはずなのに。
だから、僕はヒューバート様にとって、アルミネラ・エーヴェリーとは無価値に近い存在だって考えていた。いや、今でもそう思ってる。
「オーガスト殿下に対する嫌がらせ?それとも、つまらない賭けでもしていますの?」
別に、前世でそういう目に遭った訳じゃないけどね。殿下やアルを馬鹿にしているのなら赦せない。
言外にそれを込めて、睨み付ける。
「心外ですね。私は、純粋にオーガストを友とし、あなたに振り向いて欲しいと願っているだけの一人の男ですよ」
「私が、オーガスト殿下の婚約者と知っていて?」
わざと蔑むような言い方をしてみれば、彼は一瞬キョトンとしてから愉しそうに微笑んだ。
「私の女神よ。友情とは、時に愚かさに負けるのです。私が、あなたを望む気持ちに嘘や偽りなどありませんよ」
簡単に言えば、横恋慕は仕方ない。
うんうん。そっか、仕方ないか……なんて納得するとでも思ってるの?
それだったら。
「だったら、違った方法はご存知ではないのかしら」
わざわざ、あんな真似されるいわれはないはずだよね?
ごく普通に、アルミネラに恋をしたのなら殿下にそれを伝えるべきだし。なんなら、国同士で話し合ってくれたって別に良かった。
あんな……まずは、僕を弱らせる為に妹まで使ってエルと引き離した上で、じわじわと精神攻撃を食らわされて。食べ物も喉を通らなくなるぐらいまで追い詰めて。
あまりにも、やり方が陰湿で非道すぎる。
きっと、アルミネラがたまたま来ていなければ、僕は今頃寝込んでいたに違いない。
もしくは、既に彼の思惑通り手中に収まっていたかも。
それほどまでに追い詰めておいて、あっさり横恋慕だと言ってくれる。
今すぐにでも帰ってやろうか、と立ち上がろうとしたその瞬間。
「ふっ、くくっ。ははは」
何が可笑しいのか、ヒューバート様が笑い出した。
「……何か?」
落ち着こう……翻弄されるな。
ここで、反応を間違えたらきっと負けてしまう。
「やれやれ、申し訳ありません。ふふっ。あなたが、あまりにも必死になって私の事を探っておいでだから、つい」
よっぽどそれが滑稽に見えたんだろう、まだクスクスと含み笑いをしながらも、お茶を一口飲み込んで優雅にソーサーへと戻す。
この間、実に時間を持たせて。
僕が苛立っているのを承知でそういう事をするのだから堪らない。なんて傲慢な人なんだ。
口元の笑みは優越感に等しく、アッシュブラウンの前髪をさらりと上へ撫でつけながら、彼はその深い沼のような青緑色の瞳で僕を射貫いた。
「本当に、あなたは私を楽しませてくれますね。これから、良きパートナーとなりそうだ。……ねぇ?イエリオス・エーヴェリー殿?」
明日、間に合わなかったらほんとすいまs




