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僕は、全てを手に入れたいとは思わない。
でも、最後までは諦めたくない。
「えーと、あの」
「おはよう」
「あ、おはよう……じゃなくて。もしかしなくても、また面倒かけてしまったかな」
エルフローラを取り戻してから、十日後の朝。
いつものようにサラの掛け声で目が覚めると、目の前には同じように横たわる褐色のイケメンがにこやかに微笑んで魅惑的な金色の瞳で僕を見ていた。
それも、本日晴れて通算十回目の新記録。
おめでとう、僕。なんて、絶対に言わないからね?もうやだ。
あれから、アメリア嬢の嫌がらせも極端に減ったし、どういう訳かヒューバート様もある程度自重してくれるようになったからマシにはなったものの。胃を壊すぐらい情緒不安定に陥っていたのもあって、まだ夜中にうなされているってことなんだよね、多分。
「夜中、うるさくしてごめんね」
「……いや、俺は全く気にしていない」
「そう?」
それなら、なんでいつも謝る度に視線を逸らせるかなぁ。
首を傾げながらも起き上がって、軽く身体をほぐしながら朝食が用意された部屋へと移動する。久しぶりに誰かと一緒に暮らしたから、しばらくはぎこちなかったけど最近ではようやくこの環境にも慣れてきた。
まあ、前世では合宿が多くて大人数なんてざらだったし、屋敷に居た頃なんかはアルがいつも僕の部屋で寝ている事が多かったから、この感覚を思い出したという方が近いかもしれない。
「何か、不自由はない?部屋から出られないのが一番辛いのは分かるんだけど」
「それなんだが、身体が鈍って仕方ない。許可してもらえるなら、お前の侍女と軽く手合せを頼みたいのだが」
「え、サラと?」
いや、まあ、サラが戦えるという事は、この間理解したけど。果たして、サラがどれだけ実践能力を持っているのかまでは僕は知らない。
そりゃあ、僕に異論はないけどね。
チラリと、いつも通り後ろに控えているサラに目を向ける。
いつも通り、彼女は凜と背筋を伸ばして、肩まであるウェーブがかった艶のあるブルネットの髪を揺らすことなく、まるで空気のように黙って僕の指示を待っていた。
「サラは、どうしたい?」
「御心のままに」
「そういうと思った。じゃあ、質問を変えるね。サラは、ナオと戦ってみたい?」
「……」
食事を終えているとはいえ、貴族の子弟として態度が悪いけど頬杖をつきながら、敢えて彼女には背を向けたまま問いかける。多分、その方がサラの都合に良い気がするから。
案の定、しばらく沈黙を貫いていたサラが、小さいけれどもはっきりと、はい、という言葉を口にした。
だったら、僕は。
「ん、そっか」
――いつでも、全てを受け入れる覚悟は出来ている。
「ごちそうさまでした。じゃあ、僕はそろそろ準備をしてから行ってくるけど、元々部屋に備え付けられていた備品には気をつけて」
ただ、元々部屋にあった備品類を壊されたら、最悪の場合父上に連絡が行くかもしれないので、それは避けたい。そもそも、室内での訓練だとか、行動が限られてしまうから想像しただけでかなり大変そうだけど、それでも良いのなら僕は自由にしてくれてもいっこうに構わない。
ナオも、そこのところは理解しているようで頷いてくれた。
「ああ、分かった」
後はそうだなぁ。
彼女に言うべき事があるのは一つだけ。
「サラ」
「はい」
席を立って、振り返れば僕よりも背の高い彼女を見上げた形になるのはいつも通り。呼べば、必ず僕と目を合わせてくれる彼女の晴れた空のような綺麗な瞳に微笑みかけた。
「怪我をしないようにね」
それだけで、サラには僕の言いたい事は充分伝わる。彼女は、普段と変わる事なく、無表情のまま静かに僕へと礼をした。
「心得ました」
「やはり、お前達は面白い」
「そう?まあ、サラがそこら辺の侍女より優秀なのは知ってるけどね」
僕たち主従の関係の何が面白いのか、僕には分からないんだけど。たいてい、皆こういうものじゃないのかな?
ただ、僕はサラが屋敷に来る前に何をしていたのか等は聞いてないから知らないけれど。それが、僕とサラの間に必要かどうかは些末な問題だろうなんて思ってる。
だから、部屋から出て行った僕は知らない。
その後の彼らの会話を――
「お前の真価を知らないというのは、恐ろしいものだな」
「……」
「ふっ。まあ、そう睨むな。お前の主を馬鹿にしている訳ではない。俺がフェルメールたちと来た際に発せられた殺意からするに、元はSランクの冒険者か傭兵クラスの実力持ちのメイドなんてそうはいない。そんな戦闘能力を持っていて、公爵家の侍女に成り下がっているのが俺には理解出来ないがな」
「……公爵家ではありません。私は、イエリオス・エーヴェリー様に忠誠を誓っているのです」
この世界には、季節という概念があまりない。いや、正しくは、季節自体はあるけれど、それが全てに影響しているとは言いがたい。
つまり、何が言いたいかというと、前世では四季折々の植物の観賞や食べ物を楽しめたんだけど、この世界でそういった楽しみが見いだせないのが残念だということ。
だから、春のような陽気な暖かさを感じながら柿のような果物を食べるし、夏のような暑さの中で桜に似た花が咲き乱れているなんて事もある。それは、それで面白いけど。
セラフィナ嬢がいうように、ここが乙女ゲームの世界がベースとなっているからなのか。
けど、僕たちが住んでいた地球と同じく太陽暦を用いてくれているのは馴染みがあるからかなり助かる。
前世でいうなれば、今は初夏。
本来なら、ひまわりが咲き乱れている時期だけど。残念ながら、こちらの世界じゃそれは冬に咲く花で、学院の中に住む僕たちの寮から校舎までは、桜のような木々が競い合うように桃色の花を咲かせて僕たちの目を楽しませてくれている。
日本に居た頃の湿気を孕む風が薄紅色の花びらをまき散らして、アルから委ねられた長い髪をそっと優しく撫でていく。
そんな不思議な感覚を味わいながら歩いていると、不意に後ろから珍しい人に呼び止められた。
「おはようございます。取り急ぎ、訊ねたい事があるんですが良いですか?」
「ああ、マリウスくん。おはようって、どうしたの?」
振り返った先には、いつもの不機嫌な顔付きではなく深刻な表情を浮かべる少年マリウスくん。
今まで見た事のない真剣な面持ちに、僕も眉間に皺が寄る。
昨日までは、得に何か問題を抱えているような素振りは見せていなかったはずだけどなぁ。少なくとも、ランチの時間帯には話せない、或いは待てないほどの深刻な問題なのか。
何より、マリウスくんにとってアルミネラ・エーヴェリーとはあまり関わりたくない存在であるはずだもの。それなのに、わざわざ声を掛けてきたと言う事は。
「セラフィナ嬢に何かあった?」
これしかない。
寂しいけれど、僕と彼の共通の話題と言えばセラフィナ嬢だけ。ああ、もっと色々と話せたら良いのにな。
案の定、マリウスくんは一瞬だけ顔を強張らせた後俯いて、何事もないかのように歩き出した。
「立ち止まらず歩いて下さい。他の通学中の生徒に注目は浴びたくないので」
「ん、分かったよ」
兎角、マリウスくんは目立つのが大嫌い。って、それでよく殿下のお側に居る事を決意したね。まあ、何かしらあっての事なんだろうけれど。
一応、学院内でもマリウスくんは美少年だし殿下のお側によく居る事が知られているだろうから、僕と並んで歩いていても誰もおかしいとは思わないはず。それに、ランチじゃあお隣同士でもあるし。というのは、ただ単に僕が自慢したいだけなんだけど。
しばらく沈黙が続いて、何となく話しにくいのかなと思えたので僕からもう一度聞いてみる。
「それで、セラフィナ嬢に何かあったの?」
「……貴女に、セラフィナから手紙は届いていますか?」
手紙?
「えっと……私より、マリウスくんの方が頻繁にやりとりをしてるんだよね?」
「いいから。答えて下さい」
うーん、何だかな。
「私には、一週間に一回のペースかな?そういえば、まだ今週の分は届いてないけど」
と、最近のゴタゴタで忘れがちだったけれども。先週までは、確かにきっちり週初めに届いていたはずの手紙の存在を思い出す。内容は、学校の違いについても多いけど、たまにイエリオスについての妄想が数枚に渡って書き連ねている事もあるから、さらっと流して読んでいる。
そっか。いつもなら到着予定日はとうに過ぎた六日前だ。
まあ、セラフィナ嬢の帰国予定日はあと一週間ちょっとだし。帰国するのに、ばたばたしている可能性だってあるわけで。
「僕は、セラフィナと三日に一度、手紙の交換をしています。セラフィナから来なかったのは、今日で十日目。あちらで何か問題でもあったのか、心配で何度か手紙を送りましたが、いまだに返事が来ないんです」
「風邪を引いて出せてないとか?」
病気の可能性も否めないはず、そう思って聞いてみるけどマリウスくんは首を振った。
「いえ。セラフィナは、以前、生まれてまだ病気になった事がないぐらい健康的だと言ってました。クルサードの気候も良いみたいだし、そんな彼女が手紙を書けないほどの病気になるとは思えない」
「そうなんだ」
断言出来るほどなんだね。……あの、言って良いかな?彼女、どれだけ元気が取り柄なんですか?
真面目な話をしているはずなのに、セラフィナ嬢が異次元の世界にいる気がしてならないのは僕だけですか?
それとも、これが乙女ゲームの主人公という事なのか。いや、それにしたって健康過ぎない?
「なんです?もしかして、疑ってます?」
「えっ、ううん。心配だよね」
マリウスくんにとっては、この世界が作られた世界なのかもという考え自体あり得ないはず。言うつもりも、毛頭ない。
けど、こんなにも攻略対象者でありながら、セラフィナ嬢が親しいのは彼ぐらいか。やっぱり、僕と一緒で彼女もマリウスくんには親近感を持っているのかもしれないな。
「このまま、帰国しなかったらって思うと心配で。貴女は、最近クルサードの王子と親しくされているようですし、何か事情を知りませんか?」
「親しくってあれはそんな」
うわぁ。まさか、マリウスくんから嫌味を言われるとは思わなかったなー。それじゃなくても、ヒューバート様とのやり取りは、そんな風に見えてたんだ。
そう考えると、なんとも複雑過ぎて思わず苦笑いを浮かべてしまう。
あの我が国の王子よりも王子様然とした端正な顔つきを思い出して、むしろ鳥肌が立つぐらい嫌悪感が沸き立ってしまうのに。
……事情、ねぇ。
少なくとも、僕には心当たりはないんだけど――と、今までのヒューバート様とのやり取りした記憶の棚から引き出されたのは、彼が先日僕へと放った意味深な言葉。
『良いでしょう、私を愉しませてくれたお礼に少しだけ未来をお教え致します』
『あなたは、必ず私の元へやってくる。オーガストではなく、私を選ぶ』
いや、まさかね。
そんな、事は……なんて否定出来ればどれだけ気持ちが楽になれるか。簡単に否定出来ないのがつらい。
交換留学というタイミング。
送る事は出来ても、届かない手紙。
後一週間ちょっとで帰る予定のセラフィナ嬢。
それって、つまり――
セラフィナ嬢を人質に、ヒューバート様の下へ来るようにという僕以外の誰にも気付かれる事のない周到な罠ということ?
アルミネラ・エーヴェリーへの無言の脅迫。
……いや、そう決めつけるのは早計かもしれない。ただ単に、セラフィナ嬢が生まれて初めて病気になって、手紙も書けずにいるだけだとか。
「……」
――ほんとに、そうかな?
彼女なら、病気だったらそうなったで、遠回しに何かしらの返事はするはず。何もせずに、手紙を受け取るばかりは彼女の性格上きっとない。心配をかけてまで無視するなんてあり得ないって断言出来る。
あの毎日行われる昼食時間、のほほんとしながらも冷静に観察していたとしたら。
ヒューバート様なら、それが出来る。
アルミネラ・エーヴェリーをどんな手を使ってでも手に入れたいと思っているなら、彼がこの好機を見逃すはずなんてない。
だって、僕がもしその立場だったならきっと同じ事を考える。
ああ。
それなら。
今までの様々な出来事が蘇る。
まるで、ありきたりだけどもパズルのピースが合わさっていくようだ。
隣りを歩くマリウスくんに気付かれないよう、動揺を押し隠して笑顔を作る。
「やっぱり、忙しいだけじゃない?きっと、帰るまでにあっちでの知識を蓄えたいとか。それか、皆にお土産を買うのに必死でそれどころじゃないのかも。彼女、驚かせるのが好きだったよね?」
「……あり得ますけど」
「でしょ?」
僕の所為で、一人の少女をクルサードに留めるなんて。
「分かりました。変な事を聞いてすいません」
馬鹿な真似は絶対にさせない。
彼女には、こうして待っている人がいるのだから。
「ううん、そう思うと何だかすごく楽しみだよね!」
「貴女って人は」
「あはは……あ、ごめん!忘れ物、思い出した。先に行ってくれるかな?」
「まあ、用は済みましたので」
「あー、そうだよね」
やっぱり、マリウスくんには嫌われてるなぁ。こんな時すら、地味に凹む僕って一体。
「……相談に乗ってくれて、ありがとうございます」
「っ、ううん。私も、彼女とは友達だもの。じ、じゃあ、またね」
お、お礼言った!言ったよね?!恥じらうマリウスくん、初めて見たかも。
うわぁ……レアだーなんて、騒いだらきっともう二度と笑ってくれない気がする。
驚きたいのを我慢して、彼に手を振り僕は一人、寮に戻る道を引き返す。
だって。
あの人は、まだ寮に居るはずだから。
そして、僕が来るのをきっと待ってる。
多分、今週の更新はその日中が希望となります。頑張ります。




