表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第二章 運命は偶然と必然の繰り返し
24/174

10

たくさんの閲覧&ブクマ&評価、ありがとうございます。


 幼少期のトラウマは、色々とあるけれど。

 その中でも悲しかった思い出といえば、父の領内の孤児院で行った演劇だろう。アルミネラ、特別ゲストのエルフローラ、それに町で可愛いと評判の女の子が数人居たにも関わらず、何故か僕がお姫様に選ばれた。しかも、あの時は皆で僕を騙したんじゃないだろうかというぐらいの満場一致で。今でも怪しいなって思ってる。あれは、さすがにつらかった。

 ……僕だって、王子様役がやりたかったのに。






 あれから、危機管理能力というものについて懇々と語る殿下を何とか宥めて、教室へ向かうと既に大多数の生徒が登校していた。

 こんな事なら、僕だって寄り道なんてせずに教室で予習でもしていれば良かった。いまだクラスメイトたちとは距離があるため、僕が最初に居たらびっくりするだろなぁと思って止めておいたのに。ヒューバート様に絡まれるぐらいなら、クラスメイトを驚かせる方がまだ良い。

 って言っても、後の祭りなんだけど。

 当然、寮を出る時はまだ自室に居ただろうエルフローラも既に自分の席に居て予習していた。実は、ここ最近、とうとうエルと話せなくなっている。何というか、アメリア嬢の突然の来訪はもちろんなんだけど、お互いが罪悪感を持ちすぎて気まずくなってしまっていたのだ。

「おはよう、エル」

「あ……アル。おはようございます」

 挨拶はかかさずするのに、僕たちの距離はどこか遠い。

「昨日の課題は……どうだった?」

「えっと、概ね問題なく」

「そう」

 だから、ぎこちない会話になる事が最近多くて。

 そんな困った顔をさせたい訳じゃないのに。

 話しかけない方が良かったのかも、なんて。それすら、僕の胃をキリキリと痛めつける材料となって、歯を食いしばって痛みをこらえた。

 痛い。痛いし、このままじゃいけないということは分かってる。

 昨日、アルにもエルフローラと仲直りをするようにお願いをされてしまったし。

 僕だって、こんな重い空気はもう嫌だ。

 エルを困らせて妹にまで心配をかけさせてどうするんだ、僕は。

「あは。なっさけないなぁ」

 全ての現状を打破する術が見つからない。今朝だって、ヒューバート様に良いようにされただけで、まだアルミネラにはなりきれていない。

 ああ、吐きそう。

 嫌な汗が背中を伝っていくのが分かり、指の先が冷たくなっていくような気がした。

 前世では、こんなにも悩んだ事なんて一度もなかったのにな。

 胃も痛いままで。

 血の気が一気に下がった感じがして、浮遊感が僕を襲う。

 ああ。


 意識を失う寸前、視界に映った彼女は、今にも泣き出しそうな表情だった。




 エルに初めて出会ったのは、五歳の誕生日が過ぎた頃。

 前世での記憶の濁流が度々僕を襲っては熱を出し、その頃の僕は病弱な子供として認知され親にもアルにも心配をかけていた。

 そうして、解熱して完治すれば、本の世界へと一人閉じこもる。きっと、両親も相当困ったはずだろう。

 そんな時、父上が親しくされているミルウッド公爵がご息女を連れて屋敷へと訪れた。あの日、アルは確か、朝早くから母上にドレスの新調で連れ出されて留守だったから、僕一人。その時は、まだ幼かったから気付かなかったけど、あれは僕とエルフローラの相性を見るための顔合わせだったのだ。あの時は、ただ父上が僕の気分転換になるとでも思って呼んだのかと思ってたのに。だから、邪魔をしそうなアルを母が連れ出したのだと後に気付いた。

 けれども、その日も相変わらず僕は本の虫で父上の話も上の空で。

 今じゃ、絶対に真似出来ない。昔の僕は、父上よりも恐いものだらけだったから。

 お気に入りの木の陰で本を読んでいたら、見知らぬ女の子に声を掛けられた。

「どうして、あなたはいつも本を読んでいますの?」

 いつも、とはどういう事か?

 この子と僕は、初対面なはずなのに?と、首を傾げつつ彼女を見上げた。

 その子はやや緊張した面持ちで、それでも笑顔を絶やす事なく赤銅色の瞳で僕を見つめて、萌黄色のドレスの裾が風でなびくのをその小さな幼い手で一生懸命に抑え込む。

 両親や妹、それに屋敷で働いている人たちしか居なかった僕の世界に、新たに登場した小さな女の子。精一杯、背伸びしている様が何だか可愛くて、その時初めて僕はずっと抱え込んでいた本音を吐露した。

「この世界が、恐いから」

「どうして、そう思われますの?」

 前世の記憶が、明らかにこの世界の物ではなくて。

 どちらを信用すれば良いのか、幼い頃の僕には分からなかった。だから、全てに恐怖して作られた世界へ逃げていたのだ。

「……。君は、恐いと思わない?」

「少し恐いけれど、この世界にはいっぱい謎が満ちているから面白いのではないかしら。今は……違う意味でドキドキしているのが正直な答えですけれど」

 なのに、彼女の答えはひどく単純で。

 そんな恐怖よりも、緊張している方が重要だなんて。自分の胸を両手で押さえながら恥ずかしげに言うから、思わず笑ってしまったのだ。

「そっか。僕も、少しだけドキドキしてる。ところで、君はどちらさま?」

「やっぱり、お父様方のお話を聞いていませんでしたのね。初めまして、イエリオス・エーヴェリー様。私、エルフローラ・ミルウッドと申します」

 あの時はまだ肩にかかる程度の髪を柔らかい風になびかせながら、エルフローラが頬を真っ赤に染めて愛らしい微笑を浮かべる。まだ慣れないぎこちない動きでありながらも、きちんと淑女の挨拶をしてくれた。

 あの時から、僕の世界が動き出したと言っても過言ではないだろう。

 誰よりも何よりも、綺麗で可愛いエルフローラ。

 泣かせるつもりなんて、なかったのに。

 君の事を、あの時から僕はずっとずっと愛しているのに。




 ふわっと、意識が浮上して見知らぬ天井が目に入った。

 ああ、そういえば登校して直ぐに倒れたんだっけ、などとぼんやり思いながら部屋を見渡せば、涙を流すエルフローラを見つけてぎょっとする。

「エル?」

「イオ様、気が付かれましたのね?お身体で、どこか痛い所はございますか?」

「……ううん。ああ、エル。泣かないで、心配をかけてごめん」

「えっと、あっ、これは、ちょっとまた別の件で」

 そう言いながら、急にわたわたと両手を振って恥ずかしそうに首を振る。いや、すっごく可愛いんだけどね?

「別の件?もしかして、誰かに何か言われたの?」

 エルを泣かすなんて許せない。

 それが、現在、僕が関わっている人なら尚更のこと。

 頭に思い浮かぶのは、最近僕に絡んできた人たちで、ムッとする僕にエルが顔を真っ赤にしながら否定し続ける。

「いっ、いえ!苛められただとか、そういう事ではありませんわ!そ、その……そっとしておいて下さると助かります」

「……エルがそう言うなら」

 何だかよく分からないけども、触れてはならない事情らしい。女装をしているだけであって、本物の女の子ではないので、僕はそういった乙女の事情には踏み込めない。

けど、まあ酷い事を言われたというわけではないのなら、彼女の意に沿ってあげたいと思うのは当然のこと。

「でも、誰かから嫌な事をされたら、ちゃんと言ってね?」

「……それは、イオ様の方ですわ。体調不良ですってね。サラから事情を聞きましたの。最近、やけにお弁当も残されていらっしゃるから、私も気になっておりましたのよ」

 って、まさかヒューバート様の件まで話してない……よね?

「そっか、ごめんね」

「いいえ」

 うーん。これ以上、詮索しない所をみると、そこは聞いてなさそうかな?ああ、良かった。これ以上、エルに心配をかけたくないもの。

「あっ、そういえば僕、倒れたんだよね……これって、医務室の先生に正体がバレちゃったんじゃ」

「その点は、前回コルネリオ様が何とか取りはからって下さっていたようですのでご安心なさって下さいませ」

「……」

 いや、そんな曇りのない笑顔で、あの人を絶賛するのは止めようか。

 瞬時に笑みを凍り付かせた僕と違って、エルは純粋にコルネリオ様を尊敬している。

 というか、僕以外の誰もがあの人を信じて疑わない。

 エル……コルネリオ様をそのまんま信じちゃいけない。あの人は、お腹に何か黒い生き物を飼っている人だから、後々の己の未来予想図の為ならば、君たちを騙す事なんて容易く冷酷な独裁者なんだよ?

 ああ、今すぐにでもそう言って教えてあげたい。

 きっと、彼女は信じてはくれないだろうけど。

 だって、エルはなんと言っても僕の婚約者なのだから。アルを手に入れる為には、両親の次に取り込むべき相手として僕が居て、僕を抱き込む為にはエルが要となるので必然的に尊敬の念を抱かせるように仕向けてる。

 妹よ。どんどん外堀が埋められていっているのに、止められない僕を許して。

「そっか。サスガ、コルネリオサマダネ」

 微妙に棒読みになってしまったけど、そこは妹を思う兄としての心情を汲んで欲しい。

「所で、今何時?エルは授業を受けなくて良いの?」

「先程、最後の鐘の音が鳴っておりましたわ。貴方が起きるまで見守りたいという私の我が儘を許して下さいませ」

「我が儘だなんて。……ありがとう」

 愛おしい気持ちが溢れて、胸を焦がす。久しぶりに、彼女とまともな会話が出来たのも嬉しくて顔が緩んでしまうのは仕方ない。

「いっ、いえ!……もう、久しぶりの不意打ちとか、本当心の臓に悪いですわ」

「え?何か言った?」

「いいえ、何も」

 何だか、久しぶりにエルの慌てた様子を見た気がする。

 ――と、その時。医務室の扉がノックされ、多分そろそろ来るだろうなと予想していた人物が顔を覗かせた。

「まあ。こちらにいらしたのですわね、お姉様」

「……アメリア様」

 って、明らかに目が合っているんですけど?それでも、無視するんだから尊敬に値するよ。いつもなら、そんな態度を取られても大人の対応をしていたけど、ね。

「エルは、私が倒れたのでずっと付き添ってくれていたんです」

 本当は、僕だって我慢の限界を感じていたのだ。

「エーヴェリー様がお倒れになったのは、今朝から学生の間でもちきりですわ。図太そうな神経なのに、案外脆い方ですのね」

「アメ」

「エル、いいから」

 相変わらず、僕には毒舌。彼女、よっぽど僕の事が嫌いなんだなぁ。

 逆に清々しいや、と内心で思いながらも、僕への暴言にさすがのエルフローラも怒りが湧いたようで説教に入りそうになったけど寸前で止める。

 今日は、彼女に口を挟まれては元も子もない。ありがたいけども、今は抑えてほしくて彼女の左手に触れて、握りしめた。

「……っ」

「そうやって、お姉様を独占出来て羨ましいですこと。放課後になったのだから、今度はわたくしにその時間をお譲り頂けないかしら?」

 これのどこをどう見て、かのご令嬢方はアメリア嬢が優しいなんて言えるかな。

 思わず嘆息しそうになって耐える。

 そんな僕の態度に違和感を覚えたのか、眉根を寄せながらもアメリア嬢の高慢な態度は変わらなかった。

 だから、僕も目を逸らすことなくアメリア嬢を見返してやる。

「……悪いけど、もうこれ以上は貸し出せない。エルは、あなたのお姉さんなんかじゃない。私の、兄の婚約者だよ。エルは、私の大事な将来の義姉なんだから」

「あ、アル」

「っ!これだから、田舎の貴族は嫌なのよ!わたくしを誰だと思っているの?クルサードの第四王女、アメリア・コールフィールドよ!」

 いつもなら、相手が他国の姫君だからって抑えてた。けど、毎日アメリア嬢が押しかけてきた時に困惑しているエルフローラを見ていて、やっと僕は理解したんだ。

 彼女の気持ちが、どこにあるのか。

 だから、僕はもう諦めない。



「例え、あなたが自国の姫でもエルだけは譲れない」



「ア、アル!?」

 驚いて、照れている彼女に笑みを向ける。

「っ、も、……もう」

 僕の事をよく知っているエルだからこそ、最後は呆れた言葉を口にしながらも笑ってくれた。可愛いと初めて思った、あの時と同じ笑顔で。

 ごめんね?意外と僕は執着心が強いみたい。

「わたくしに、そういう口の聞き方をしても良いわけ?……お兄様に言いつけてやるんだから!」

 けれども、それを面白く思わない子はいるわけで。僕たちが笑い合っているのを、目を細めて睨み付け、彼女は尚も上から見下すような態度で言い募った。

「どうぞ、おっしゃって下さっても構いませんよ」

「クルサードが動いたら、こんな国直ぐに属国になるわよ」

「そうなる前に、私が止めます」

「出来ない癖に!」

「そうかもしれません。でも、やってみないと分からないでしょ?」

「ふん。馬鹿じゃないの」


 ……どうして。


「あんたなんて、オーガスト様の暫定的な婚約者なだけじゃない」

「一応、正式な婚約者ではありますけど」


 どうして、と目の前の彼女に問いたい。


「それも、いつまでの事かしらね」

 僕に対して、相変わらず罵詈雑言を並べてばかりいるのに。

「今に捨てられるのがオチよ」



 どうして、アメリア嬢がそんな泣きそうな表情を浮かべているのか。



 思い出すのは、この間の男子寮での何かを耐えるような苦しげな表情。あの時、もしかしてアメリア嬢は――


「アメリ」

「もう知らない!勝手にすれば?」

 もしかしたら、彼女に対して抱いていたイメージは作られた虚構だったのかもしれない。なんて、思って問いかける前にアメリア嬢は、これ以上はうんざりだという顔をしてさっさと部屋から出て行ってしまった。

 それを避けるかのように。


 彼女の行動には、きっと何か裏がある。

 それが分かっただけでも、今回はよしとするべきか。



「イオ様、あの」

「うん?」

 やっと、一段落付いたんだ。

 ああ、良かった。と、内心胸をなで下ろしてエルを見れば、いまだに頬を赤く染めた彼女が、躊躇いがちに上目遣いで僕を見ていた。

 その赤銅色の瞳が若干涙を含み、キラキラと光っているのが可愛くて、空いている手で彼女の頭をそっと撫でる。えっと、もうね、想像した通りに指通りがよくて柔らかい。アルを撫でる事はあっても、エルには簡単には触れられないから今だけでもこの幸せを味わいたい。

「どうしたの?」

「ひゃう!あっ、あの……その、手をまだ握られて」

「ああ。ごめんね、痛かった?」

「ちっ、違いますわ!その、う、嬉しいのですが……ド、ドキドキが止まりませんの」

 いつもは冷静沈着な彼女が、ここまで取り乱しているのは珍しい。

 しかも、その原因が僕という事実が何よりも嬉しくて、勢いで抱き締めてしまいたくなってしまうけど、婚前の淑女レディにそれは出来ない。

 嗚呼。ヘタレというなかれ。

 僕だって、常識は持ち合わせているのだから。

 残念だけれども、握っていた手を離す。

「やっと、君を取り返すことが出来た。遅くなってごめんね」

 もっと早く、助けてあげられなくて。

 言外に含んだ言葉すら、エルには伝わっていると分かる。だから、彼女は首を振り先ほどまで繋がっていた左手を右手でギュッと包み込みながら微笑んだ。

「私、イオ様の婚約者になれて、とても父に感謝していますのよ」

 それが、全てで。

 それだけで、僕はエルに救われる。




 ああ。

 エルが好きだ。



 この気持ちを、いつかちゃんと伝えたい。



明日の更新は明日中が希望です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ