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間に合いました!
たくさんの閲覧&ブクマ&評価、ありがとうございます!!
今回は、名付けて『イオと愉快なオトコ共』でお送りします。
「どうして、あなたはいつも本を読んでいますの?」
「この世界が、恐いから」
「どうして、そう思われますの?」
「……。君は、恐いと思わない?」
「少し恐いけれど、この世界にはいっぱい謎が満ちているから面白いのではないかしら。今は……違う意味でドキドキしているのが正直な答えですけれど」
「そっか。僕も、少しだけドキドキしてる。ところで、君はどちらさま?」
「やっぱり、お父様達のお話を聞いていませんでしたのね。初めまして、イエリオス・エーヴェリー様。私、エルフローラ・ミルウッドと申します」
懐かしい夢を見た。
あれは、いくつの時だったか。前世の記憶が、自分の中で絶え間なく溢れてどうしようもなく恐かった幼い頃。
双子の妹アルミネラだけを受け入れて、両親や他人と距離を置いて自分の殻に閉じこもっていたあの頃。
日に当たりキラキラと艶のあるダークブロンドの髪が、萌黄色のドレスの裾と共に風を孕んで柔らかになびく。幼いながらに淑女としてのしゃべり方、背筋を伸ばし緊張で強張った笑顔を貼り付けて毅然と僕の前に突然現れた彼女は、その後の僕の人生でかけがえのない人になった。
「おはようございます、朝食のご用意が整いました」
何も変わらないいつもの朝、サラのその一声で僕の一日は始まる。
前世から今生でも、僕の寝起きは悪くはない。けど、昔から布団の中で微睡むのは好きだった。
ちなみに、アルから貰ったウィッグは、湯あみをする頃や寝る前にようやく外して、専用のマネキンに被せるというのが日課になっていて。毎日、サラが洗ったりブラッシングしてくれているので綺麗なままだ。
屋敷を出る時に、唯一持ち出せた男物の寝間着は、シンプルなブラウスと柔らかい素材で出来たハーフパンツ。それも、毎日サラが丁寧に洗濯をしてくれているので着心地がとても良い。
シーツや布団から漂うエーヴェリー家が御用達にしている洗剤の匂い。
そこに、今日は何故か潮を含んだ風の匂いが交わっている事に気が付いて、そこでようやく目が覚めた。
「双子でも、寝顔というのは違うものだな」
「……」
状況を理解するまで、だいたい十秒。
互いに寝転がった状態で間近から金色の瞳に見下ろされ、固まる僕に構わず彼は更に接近し僕の目を覗き込んだ。
「ああ、よく見れば瞳の色が少し違うのか。アルミネラの方が、若干淡いのだな」
「そうですね、って……まさか、妹とも同じベッドで寝ていませんよね?」
そうだったら、今すぐ入れ替わりを中止してやる!
と、思わず上半身だけ起き上がり、ナオナシオ殿下を見下ろせば。
「そういう事は弁えているつもりだが。何だ、あまり驚かないんだな」
あー、良かったと胸をなで下ろしてみたけれど。ナオナシオ殿下にとっては、ここは僕が驚いた方が良かったのかな?びっくりさせようとしていたとか?
でも、前世で合宿中だったりすると、一日中練習していて有象無象に男だらけで雑魚寝をしていたぐらいだしなぁ。
今更、同性と同じベッドで寝ていても何とも。
これが、また別の異国の王子様なら生理的に受け入れたくないって思う辺り、結構あの人のこと苦手意識出ちゃってるなぁ。
などと思いながらも、社交辞令で返答する。
「え、いや。こう見えて、結構驚いていますよ」
「素直に答えても怒らない」
「……すいません、別に平気です」
何で分かったんだろうなぁ。と、内心首を傾げながらも昨日の事を振り返る。
異国の王族として高貴な身の上には違いないので主寝室をナオナシオ殿下に譲ろうとしたけれど、アルに助けられてからずっと四人部屋で暮らしていたので問題ないと断られてしまったのだ。
ならば、せめてベッドだけでも使っていただこうかと思い、僕は簡易ベッドをサラに用意してもらって、確かそこで寝ていたはずだったんだけど。
「寝心地が悪そうだったから、移動させたんだが」
「えっ、そうだったんですか?」
「うなされているようだったのでな」
「それは、その……申し訳ありません」
「……ああ」
何故か、視線を逸らされてしまったけど、それより自分の落ち度が気になった。
アルが言うには、幼い頃は定期的に悪夢を見てはうなされていたけれど。最近では、悪夢すら滅多に見なくて、まるで息をしてないみたいに静かに寝ているよというのも、確かアルが言ってたっけ?お願いだから、せめて寝息とかイビキぐらいしてくれない?とか。心配をしてくれているのは分かるけど、それはさすがに無理だよとは一応言っておいたけど。
今日の夜からでも、なるべく迷惑をかけないように気をつけなくちゃ。
「朝食の用意が出来ているようなので、一緒にどうぞ」
分からないように息を吐きだして、ナオナシオ殿下に声を掛けてから、いつものようにゆっくりとベッドから立ち上がった。
「しばらく、この部屋で過ごしてもらう事になりますが、何か問題があればサラに言って頂ければ直ぐにでも改善させてもらいます」
「分かった。それと、あまりかしこまらないでほしい。昨日初めて会った事に変わりはないが、フェルメールやアルミネラに話を聞いていたから、お前の人となりは知っているつもりだ」
うわぁ、一体何を吹き込んでいるやら。
あまり、想像したくないけど、良からぬ事ばかりを話していそうでゾッとする。
「俺を、従者に見立てるのだから堅苦しい言葉も禁止にしよう。この際、お前にもナオと気軽に呼んでほしい」
昨日は、夜中遅くまで話し合いが続いたので、今のうちに細かい摺り合わせをするしかない。……のに、前世では縦社会で生きていたから、目上の人や王族の方にはどうしても敬語で話してしまいたくなるんだけどな。仕方ないか。
「……分かりました。なら、僕もイオと呼んで下さい」
「と、言っているそばからお前は」
「あっ。すいま、っ、じゃなくて、ご、ごめん。って、ナオだってまたお前って」
「ああ、悪い」
えっとさ、ちょっと待って?
何なの、この付き合い始めたばかりで、まだぎこちなさが抜けないカップルみたいな会話はさ?
あっ、いや、けど同性でカップルだとか。ないない、僕は絶対ない。っていうか、フェルメールがここに居たら、今の話、絶対にすごく面倒な事になってただろうなぁ。
……居なくて良かった、なんて思ってしまった。ごめんなさい、フェルメール。
「ふっ、くくっ」
「もしかして、変な顔になってた?」
「……ああ、そうだな」
やっぱりね。まさか、初々しいカップルみたいとか思ってるなんて思わないだろうな。
口が裂けても、言いたくないけどさ。
「アルミネラたちが、どうにかして打開するまでになるだろうけど。よろしく」
「こちらこそ世話になる」
いまだに、口角を上げて笑みを浮かべているナオの瞳が、僕を映して輝いているように見えた。精悍な顔つきも相まって、まるで、僕の感情や心情を全て見透かされてしまっているようで、ついドキッとしてしまう。
ほんと、なんでこんなにも無駄にイケメン率が多いんだか。
僕に何か恨みでもあるのかと、あの自称神様に問いただしてやりたいくらいだ。
特に、細身で弱々しい頼りなさそうな見た目の僕とは正反対の、ワイルドで逞しく誰も惚れ惚れするようなタイプであるナオは羨ましい。
こんなに凜々しかったなら、なんて願わずにはいられない。
僕だって、あんな身体が欲しい。
「何だ、じっと見て。俺に惚れたか」
「ばっ!そういうのは、あの人だけでこりごりだよ」
近い年齢の友人という存在が今まで居なかったので、何だか照れくさい。
だから、どうにも気恥ずかしさが残ってしまって、まだ早かったけど席を立った。
まだ早いから教室に着くまで、少しだけ遠回りしてみよう。
何となくそう思い立ったのが、そもそもの間違いだった。
「こんな所でお会いするとは、私たちは余程相性が良いのかもしれませんね」
校舎と校舎の間に作られた小さな花壇で花を見つけて、少しだけ癒やされようとしゃがみ込んで気付かなかったのは僕が悪い。
けれども、まさか音もなく背後に立っているとは思わないでしょ?
最近では、嫌というほど耳にする声。
ぞわりと、僕の肌に寒気を帯びさせる事の出来る人物といえば――
「……おはようございます、ヒューバート様」
あちゃー。朝っぱらからついてない。まさか、こんな所で会うなんて。
「やあ、これはすっかり失念していました。挨拶よりもあなたに会えた事の方が嬉しくて、つい。申し訳ありません。改めまして、おはようございます、私の女神」
「まあ、御冗談はおやめ下さいませ。それでは、私はこれで」
遭遇の仕方が、何となく数ヶ月前のセラフィナ嬢に似ていなくもない所が恐ろしい。もしかして、寮の前で見張られてるなんて事は……無いと信じたい。
会えば、しつこい程に話かけてこられるので、あしらい方も前世でティッシュ配りや何かの勧誘を断るぐらいおざなりになってきている。申し訳ないけど。
この人も一応、王族だという事はわきまえているつもりだけど、これ以上の対処法が思いつかず、僕はスカートの裾を払いながら立ち上がった。
「まあ、そう固いことをおっしゃらず、私と少しだけお話を」
「っ!は、放して下さい」
登校するにはまだ時刻は早すぎて、こんなあまり人も覗かない場所でぼんやりしていた僕も悪いけどさ。いきなり、レディ(見た目)の手首を掴むってアウトじゃない?
しかも、なんでそんな余裕綽々とした笑みを浮かべているのか分からない。誰もいないと分かってるからこその強気の態度も、僕にとってはマイナスでしかない。
「……このまま、あの時のようにキスをしても?」
「……っ!」
僅かばかりに力を入れられるだけで、非力な僕は為すがままに引っ張られて翻弄される。
動くまいとする前に、この間の記憶をわざと呼び起こされて足がすくんだ。
「や、止めてください」
「噛みついたりしませんよ?」
わざと僕の怯えを引き出して、挑発を繰り返す。
人の居ない場所ならば。
だから、ずっと慎重に行動していたつもりだったのに。
「……っ」
唇を噛んで耐える。前回を振り返ってみても、同じ性別だというのに力は圧倒的にヒューバート様の方が今の僕より何倍もあった。前世での僕だったらこれを逆手にとって、投げとばす事も出来たけど、如何せん筋力も体力もないというのが困りものだ。
あの、オーガスト殿下暗殺未遂事件の時に敵を倒せたのは、本当に奇跡としか言いようがないだろう。
その時、不意に妹の顔が浮かび上がる。
……そうだ。アル、そうだよね?今の僕は『君』なんだ――
「おや、急に雰囲気が変わりましたね?いつもでしたら、庇護欲のそそられる子猫のようにその身体を震わせていただけなのに。……面白くない。何か、ありましたか?」
今、小さな声で面白くないって言いましたよね?聞こえてますよ?
「あなたには、関係のない事です」
例え、逃げ切れない状況であるとしても。
僕は、絶対に屈服などしない。
薄らと笑みを浮かべながら、さも僕たちは親しいのだと見せつけるかのように、僕の手首を握り続ける彼の緑玉石のような瞳を睨み付けた。
「寂しいことをおっしゃいますね」
「本当の事です」
例え、以前のようなただのランチ仲間に戻れたとしても、この人には僕の大切な人たちの事を話したいとは思わない。
それに、本物のアルミネラやフェルメールたちに危害を加えられでもしたら、僕は一生後悔する。
「虚勢をはっているあなたも、とても魅力的ですが。時には、諦めも肝心なのですよ」
清々しいまでの笑顔なのに、彼の目の色には僕に言う事をきかせたいという欲がにじみ出ていておぞましい。身動きが出来ないほど、手首にも更に力が込められて痛みに顔が歪んでしまう。一体、この人は何がしたいの?
「……っ、放し」
もはや、これまでかと思った瞬間。
「その辺にしてもらおうか」
まさか、と思わざるを得ない第三者の声が響いた。
その声の主は、少なくともこの学院内で今まで僕が聞いた事のない緊張を孕んだ顔つきで。躊躇いながらも僕たちの傍までくると、強引にもほどがあるというぐらいの強さで僕の肩を抱き寄せて、強制的にヒューバート様から引き離した。
あれだけ強く掴まれていたというのに、彼が意外にもあっさりと手放した事に驚いてしまう。
「こいつは、俺の女だ!返してもらおう」
「誰かと思えば、オーガストではありませんか。おはようございます、あなたも朝から清廉な花を愛でにいらしたのですか?」
深紅に燃える炎のような緋色の髪、優れた容貌に王族の印であるの紅玉ような瞳。アルミネラの正式な婚約者でもあるミュールズ国の第一王子、オーガスト=マレン・ミュールズ殿下に見られても、ヒューバート様の表情は少しも揺るぐことがなく自信に満ち溢れているかのようだった。
他国とはいえ、同じ王族であるはずなのに、ヒューバート様は何故か殿下には態度が大きい。それは、話をするようになってから気付いていたけど。
「花になど興味はない」
「へぇ、本当にそうですか?」
というか、助けて貰って嬉しいんだけど、何気にまだ肩を抱かれ続けている事の方が驚きなんですけどね。びっくりしすぎて、声が出ないぐらいには。
なんといっても、アルミネラと殿下は七歳で初めて会って、二度目には何故か犬猿の仲になっていたぐらいにお互いを嫌っているから。
そりゃあ、僕がアルミネラに変装してここへ入学してからは、殿下も徐々に態度を軟化してくれているけど。でも、それは、アルミネラらしさを全面に出せていない僕の不手際からの成り行きだし。
肩を抱くほどまでに、殿下がアルミネラを気に掛けてくれているとは。
……どういう心の変化があったのやら。
殿下の気持ちが分からなくて、肩を抱かれているこの状況に思考が追いつけない僕をよそに、オーガスト殿下は生涯で初めて婚約者らしい態度となって、間男になりつつあるヒューバート様へと牽制をかけた。
「最近、ちょこちょこと、こいつにちょっかいをかけているらしいな?」
「だったら、どうしたというのですか?あなたこそ、もう一つの幼気な花の方が大事なのでは?」
「っ」
「それに、あなたは友好国に強気にはなれませんよね?」
「そっ、それとこれとはまた別の話だ!」
何となく、僕の知らない事情がそこに顕在しているんだろうけど。
一瞬にして、優勢から劣勢に変わった殿下に内心肩を落としてしまう。結局、格好いいと思えたのは、最初に声をかけてくれた時だけなのかも。
あーあ、と今では威勢すら奪われた殿下に対して思わず半目で見てしまって、殿下が少し凹んでしまった。ごめんなさい、悪気は全くありません。本当だよ?
でも、どうしよう?
このまま、殿下に自滅されても困るだけだし。
ええい、だったら仕方ない。
僕は、成りきるって決めたんだ。
「もう、いい加減にして!どいつもこいつも、人をモノ扱いしないでよ」
なるべく角が立つように、僕は『アルミネラ・エーヴェリー』として抱かれた手を振り払った。
「私は誰の物でもない!私は、私の、私だけのものなんだから」
「ふふっ、どうやらこのままでは勝者は彼女だけになりそうですね」
威勢よく言い放った僕を見て、ここが引き際ですか、と呟いたヒューバート様はそれでも楽しげに鮮やかな新緑の葉のような色合いの目を細めて微笑みを浮かべる。
「ですが、最後に笑うのは誰なのか、まだ分かっていないようですね」
「何だと?」
不審がる殿下など居ないかのように、ヒューバート様は僕だけを見ていた。
まるで、ここに居るのは二人きりなのだと僕に教え込むように。
揺るぎない視線を浴びせられ、オーガスト殿下や校舎さえも全て消えて五感すら遠ざかっていきそうだ。
恐い。ただ、素直に恐かった。
けれど、逃げるような真似だけはしたくないので、反抗心を燃やして僕も同様に相手を射貫くように睨み付ける。
「良いでしょう。私を愉しませてくれたお礼に少しだけ未来についてお教えします」
「……」
「あなたは、必ず私の元へやってくる。オーガストではなく、私を選ぶ」
それが正しい選択なのだから、とでもいうかのように確信を得ている態度に、思わず眉根を寄せてしまう。こんなにも、自信満々で宣言されるほど僕はこの人に深く関わっていたのだろうか。いや、そんなわけない。
「馬鹿な」
隣で嘯く殿下にヒューバート様は一瞥をくれて、鼻で笑う。明らかに、それは嘲笑で。
「美しい人よ、あなたの英断をお待ちしております」
逆に僕を見つめる瞳には、甘く蕩けるような愛おしみが溢れていて情欲が浮かぶ。己の手はここにあるとでも言うかのように、僕へと差し出し間近まで伸ばしてきたので一歩後ろへと下がって離れた。
なぜ。
なぜ、ここまでヒューバート様がアルミネラ・エーヴェリーに執着を見せているのか分からない。
なにを企んでいるんだろう?
なにを望んでいるのか。
僕が演じているアルミネラに魅力を感じているのだとしても、手に入れたところで王族であるヒューバート様には一介の貴族令嬢など何一つ得にならないはずなのに。
僕には全く分からない。
だから、言えるとすれば一つだけ。
「どのようにおっしゃられても、私はあなたを受け入れる事はありません」
今、彼に相対しているのが僕で良かったと本心から思う。
僕の大事な妹を、悩ませて怖がらせたり不安がらせたりしなくて良かった。普段は馬鹿みたいに能天気に明るくて、元気いっぱいな女の子だけど、幼い頃から人の歪んだ感情には敏感な子だったから。
彼女を守るのは、兄である僕の務めだ。
――ああ。だから、僕はここにいるんだ。
アルミネラは絶対に渡さない。何があっても。
「いつでも、いえ、いつまでもお待ちしておりますよ。では」
キリキリと胃が痛む。さっきまでは、落ち着いていたはずなのに。
「ごきげんよう」
だけど、せめて。
ヒューバート様が立ち去るまでは、弱みなんてみせたくない。
だから、今は彼の背中が見えなくなるまで目を逸らさず見送った。
土日は更新お休みです。




