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僕たちの話をしよう。
母が、僕たちを授かった事を知ったのは、夢で大きくなった僕たちに会ったからであるらしい。その時、僕たちは母が間違えないように互いを指さして、名前を言っていたんだとか。
余談だけど、それを聞いたおばあ様が自分の所にも現れやしないかとひたすら待っていたという。……すいません、そちらに顔を出せなくて。僕たちにその記憶はないんだけどね。
どうやら、僕の提案が通ったようでフェルメールは腕を組みながら頷くと、最終確認として僕に視線を寄越した。
「分かった。なら、当初の予定通りしばらくナオを預けても構わねぇか?」
「ええ、結構ですよ」
多分、それなら問題ないかな。
暗殺者がここにたどり着いてしまったのなら、その時は僕が身代わりになってでも逃げてもらえば済む話だしね。
「ナオも、それで良いか?」
「……ああ」
「どうした?」
「いや。自国の問題にお前たちを巻き込んで、何もかも迷惑をかけてすまない……ありがとう」
「正直、俺は、他国の問題には首を突っ込まねぇ方が良いって思ってたけどな。うちには、頑固な奴が一人居るからよ。……礼なら、お嬢に言ってやるんだな」
「そうだな。アルミネラ、あの時、俺を助けてくれて本当にありがとう」
それまで、死線を切り抜けているだけあって、とても大人びた人だと感じたナオナシオ殿下の少し照れたように笑った顔は年相応の笑顔に見えた。そういえば、フェルメールと同い歳なんだっけ。
そんなナオナシオ殿下の言葉に、アルは目を丸くして驚いて、それから嬉しそうに微笑む。
「やっと、私の名前を呼んでくれたね!君が、私のことを女だからと認めてくれなかった事は気付いてたんだよ。でも、名前を呼んでくれたって事は、私も対等だって認めてくれたって事だよね。それだけで、私は君を助けた甲斐があるよ!」
「お嬢……」
フェルメールは、まさかアルがこんなに深く考えていたとは思わなかったようで驚いていた。けど、僕は彼女が単純そうに見えて、実は誰よりも繋がりを大切にしているという事を知っている。
「さすが、僕の自慢の妹だね」
「わーい、イオに褒められた!」
そんな彼女を誇りに思う――なんて、喜びながら抱きついてきたアルミネラに流されるまま揺らされつつ。
「あ、嫌な予感」
久しぶりに、とてつもない悪寒が走った。
「ひどーい!でも、気にしないよ!ふふっ」
妹よ、その話し方で僕には直ぐにバレるから。というか、明らかに期待した眼差しを向けないで。
「おねだりなら、また今度ね」
「分かってるぅ!さすが、僕の愛しい半身」
「はいはい」
軽い調子のアルミネラに合わせながら頷いていると、フェルメールが呆れた顔で僕を見た。
「おいおい。ほんっとに、お前ってば妹を甘やかす奴だな」
「それが、僕の特権ですから」
「言い切るか」
もちろん、と頷く僕に、もはやフェルメールは言葉が尽きたのか、脱力してひらひらと手を振って話を流す。
なんて失敬な。少し前までは、これがいつものやりとりだったのだから異常じゃないよ。……と、言いたいところだけど。えーっと、僕たちの感覚ってもしかしておかしいの?
「なるほど。これが、フェルメールの言っていた彼ら双子の魅力というやつか」
「なあに、それ。フェルってば陰で僕たちのどんな話をしてたの?」
ナオナシオ殿下があまりにも納得といった顔をするので、アルミネラと同時にフェルメールに疑いの目を向ける。
初対面の時から、僕たちの事をどう思っているのやら。僕に対しては、よく冗談を口にするけど、未だに本音がどこにあるのかさっぱり掴めなくて困る。
ここまでアルの面倒を見てくれて、何だかんだと僕たちに関わってくれているのは、気に入られている証拠だと思いたいけど。
フェルメールの本音を探るようにジッと見つめていると、目が合って微笑まれる。
「……っ」
「よっしゃ!目的たっせーい!やったぜ」
それは、まさに不意打ちで。彼の笑顔に驚いた瞬間には、既に頭を撫でられていた。
「あっ!隙を突くなんて酷い!」
髪をぐちゃぐちゃにされた僕の頭ごと抱きしめて、アルが抗議する。
「うるせぇ。俺の癒しを奪うお前が悪い」
「もう!」
ブーブーと不服を申し立てるアルミネラに、フェルメールが舌を出した。
……ああ、これってさっきの続きって事なの。というか、妹よ。ここに来た時、僕とフェルメールが仲良しだって言ってたけど、僕よりも君の方が仲良しだって兄は思うよ。ほんとね……前世でいう小学校低学年の兄弟のようで何とも言えない。せめて、『兄弟』じゃなくて『兄妹』に見えるぐらいには成長してよ!お兄ちゃんは悲しいよ!
なんて、うちひしがれている場合じゃなかった。
「アル、苦しいってば。まだ、話は終わってないよ?」
アルの腕の中から抜け出して、髪を直す。
「うー」
「そんな目で見ない」
恨みがましそうに見ても、駄目だからね?
今はまだ、話し合うべき事が残っているのだから。
「つっても、刺客の件は俺たちの方で何とか解決させるって方針を固めたし、双剣についても」
「その双剣について、です。マティアス様が、どういうお気持ちでそれを貰い受けたかは不明ですけど、その大切な双剣を殿下は譲りうけたいと仰いましたよね。お借りするのではなく、自分の手元に貰い受けたいと」
三人の顔を見て行き、誰が聞いても分かるように言葉を選んで言い聞かせる。
これが、どういう意味であるのか。
「っ、そうだったぜ。上が上だけに、気軽に考えていた俺が失念してたみてぇだ。わりぃ」
それを飲み込めたフェルメールが、思わずといった感じで己の額に手を当てた。
まあ、そりゃあそうだろうな。なにせ、フェルメールの直属の上司がコルネリオ様なのだから、父君であるマティアス様に進言してもらえばそれで全て済むと誰もがあの時は思っていたもの。
「なんで、その剣なの?」
アルの疑問は尤もだ。後継者争いにおいて、どうしてその剣を借用するのではなく、自分の物にしなければならないのか。それが、一体どういう意味合いを持つものなのか。
僕たちの視線を受けて、ナオナシオ殿下は椅子に深くもたれ掛かると、腕を組んで目を閉じた。
「この国の王弟に渡した対の剣を、祖父は今でも大事に持っていた。だから、分かる。今や『アオニイロの双剣』は、国宝級と言っても過言ではない。実際に、祖父からその話を聞いて、見せられたのは俺一人だ。だから、俺は祖父に選ばれたと、そう認識したのだ。兄や他の王位継承者たちではなく俺なんだと」
「つまり、双剣を揃える事が課題だって?」
「そうだ」
だから、ナオナシオ殿下はタオから海を渡り遠いミュールズまでやってきたんだ。
「ここへ来るまで、俺の従者は七人いた。……だが、あいつらはもう」
閉じられた瞼が、僅かに震える。
ここへ来るまで、相当な修羅場をいくつも越えて来たことだろう。己を守って散っていった従者たちを悼み、再び開いた瞼の中から金色の瞳が意志を放った。
「俺は、必ず双剣を持ち帰る」
「うん」
「そうだな」
アルミネラとフェルメールが強く頷く。
僕も、同じように頷いてみたものの、どうすれば叶えてあげられるのか思いつかない。
こういう時こそ、前世の記憶が役に立てば良いのにな。
はっきり言って、人を助けるというのは容易じゃない。前世でも今世でも。
前世では、常に自分を高める事だけに集中して、高い壁を越える事しか考えていなかったのだ。情けない事に。自分だけしか見ていなかった。
僕は、倒れた壁を振り返ってみただろうか?
立ち止まった人に、僕は手を差し伸べてあげていただろうか?
あまり、自己嫌悪に陥るタイプではないけれど、精神的不安定に陥っているだけあって、嫌な事ばかりを思い出す。
僕という人間が、どうしてまた前世という記憶を持って生まれてきたのかという意味がまだ分からない。その漠然とした感情に反吐が出そう。
常に、受け入れるばかりの自分で。
――それは、今でも。
ああ、駄目だ。今は、そうやって凹む時じゃないのに。
黒い感情が拡がりそうになって、打ち消すかのように首を振る。それと同時に、妹がかつて必死で伸ばした長い髪が連動して揺れて主張した。
そうだよね、こんな時に深いタールみたいな闇の中に沈んでいる場合じゃない。白金色の長い繊細な髪に触れようとした瞬間、後ろから不意にウィッグが外された。
「え?」
驚いて横を見れば、いつの間にかアルミネラが僕の後ろへと回り込んでいたので振り返れば、己の髪を懐かしそうに眺めているようだった。
なんだ、アルか。びっくりした。
「あのさ、さっきのイオへのお願い覚えてる?」
「そりゃあね、ってどうしたの?」
いきなり、先ほどの話を蒸し返してきたりして。まさか、また無理難題のおねだりでもするもりだったりして……いやいや、考えたら負けの気がする。
何の前触れもなく話し始められたら、僕だって身構えてしまう。そんな僕に構わず、妹はそのウィッグを自分自身の頭へと乗せて可愛い口を綻ばせた。
「今から半月後に、王家主催の『円舞会』があるんだけどさ。それに、『イエリオス・エーヴェリー』として参加してくれないかな?」
「おいおい、今はそんな話を……『円舞会』?」
と、急に眉根を寄せて俯きながら、何かを考えるように片手で顎に手を当てたかと思えば。
「そうか!確か、『円舞会』つうのは二日間あんだよな?一日目がクルサードからの留学生の送別会と戻ってきたグランヴァル学院の学生を労う会を併せた舞踏会。で、二日目は二十歳までの騎士を志す若者達の自由参加型武道会が開かれるんだ。その武道会のトーナメントで優勝すりゃあ、どんな願いも一つだけ叶えてもらえる!」
「ほう。それは、つまり王弟に剣を譲渡してもらう交渉の場を設けられる、という事か」
「そうだよ!えっへん、たまには僕だって役に立つと思わない?」
「自分で言ってどーすんだ」
偉そうに胸を張って堂々と宣言するアルに、フェルメールが呆れた目で呟く。
いつの間に、こんなコンビネーションが組めるようになったんだか。
けど、確かに『円舞会』の武道会に目を付けたのはとても良い。妹の機転が、誰かの役に立てるのは僕も嬉しくて誇らしい。
いまだにふんぞり返っている妹が可愛くて笑っていると、彼女はフェルメールから僕へとその海の浅瀬の色合いに似た瞳を移した。
「イオにお願いしたいのは、一日目だよ。当然、自分の婚約者をエスコートして連れてくること」
それは、――つまり。
「君の大切なお姫様を奪還しておいでよ。忘れているみたいだから、君のすっごく可愛い妹が教えてあげる。君は、この学院でこの私、『アルミネラ・エーヴェリー』になりきらなくちゃいけないんだよ?」
他でもない、アルミネラ・エーヴェリーを。
それは、あまりにも簡単な謎かけだった。
「……ああ、そうだった。そうだったね」
どうして、こんな単純な事にもっと早く気が付けなかったんだろう?
苦笑いを浮かべる僕の頬を両手で包み込み、アルが僕の額にキスをする。
「私の大好きなお兄ちゃん。往生際が悪いのは、私と同じでそこに理由があるからだよね」
僕が、胃を痛めてまで毎日変わらず登校している理由を半身であるアルミネラには、どうやらお見通しだったようで。
気恥ずかしくなって、目線を逸らす。
僕が、ヒューバート様から毎日のように熱い視線を向けられていたって、婚約者に裏切られたご令嬢方に無言の圧力を掛けられたって学校に行っていたのは、ひとえにエルフローラをアメリア嬢に奪われても諦めたくないと思っていたから。
色んな事を受け入れてきた僕だけど、それだけは受け入れる事など出来なかった。
受け入れたくないと、初めて思えてしまったから。
ああ、なんだ。
僕にだって、ちゃんとそれは備わっていたんだ。
「往生際が悪い、なんて。さすがに、兄に対してそれはなくない?けど、まあ……ありがとう。さすが、僕の愛しい妹だね」
多分、今の僕は顔が赤い。だから、それを誤魔化すようにいまだ至近距離にある妹の頭を丁寧に撫でつけた。照れ隠しもあったけどね。
いつも僕が思考の袋小路に入れば、いとも簡単にそこから救い出してくれるのだから、妹には敵わない。なんて、僕が思っている事を知ったらアルはどう思うかな?
「あーくそ。お前らを見てると、何だかこっちが胸やけしちまうぜ」
「双子という生態が、これほど回りに影響力を及ぼすとはな」
そういういちゃいちゃは余所でやれ、とフェルメールは半目でため息を付き、ナオナシオ殿下もやれやれと言わんばかりに首を振って眉間に手を当てる。
ひどいなぁ。ただ、僕たちは誰よりも純粋にお互いを知っているだけなのに。
「羨ましいでしょ」
「いつか見てろよ」
僕に頭を撫でられたまま、ニヤニヤと笑うアルに対して、フェルメールがふてくされて睨み付ける。
もしかして、まだ低レベルの争いは続いてた?
フェルメールが何を羨んでいるのかは分からないけど、何となく僕にとって不穏な気がして、彼のいつかが実現しないことを祈ろうと思う。
というか、これ以上彼の前では隙を作らないように心がけたい……うん。
明日の更新は、明日中が希望です。




