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転生以前の僕の事について少し話そう。
今の僕と比べると、前世での僕は見た目も平凡だし、この世界での僕のように、驚くような日々を過ごして生きてはいなかった。平和な日本で、毎日柔の道をひたすら邁進し、ただ世界の強敵と戦う事だけを考える。スポーツ漬けの日々。
そんな僕は、決して欲が強い人間ではない。かといって、人より少ないという事もない。普通に、あれが欲しいこれが欲しいという欲望を持っていたし、悔しいながらも諦める事だって、当たり前に何度もあった。
そうして、毎日を生きていた。
……あの日までは。
微かに香る花の匂いを愉しみながら、紅茶を一口飲み込む。紅茶の温度は、いつも通り僕が一番好きな温かさで、程よい心地に胃のムカつきも解消されていくように感じる。
相変わらず、フェルメールが何気に近すぎるけれど、先程の僕の怯えを心配してくれてアルの方が触れ合う距離に居てくれるのでとても心強い。うちの子、こういう気遣いが出来るんですよ!
「俺は、タオからある目的のために、この国にきた」
「タオ、東にあるタオ連合国か。確か、海に浮かぶ小さな島の集まりだったよな。島が多いから、常に後継者争いが起きてるっつう」
「そうだ。今は、セーレという島国が首都だ。俺は、王族で正統な王位継承権を持っている。ただ、後ろ盾がないという点さえなければ」
「ははーん、なるほど」
主な聞き役はフェルメールが担ってくれているので、僕たちは横で相槌を打つのみだけど。話の触りでニヤリと笑った誰かさんと同じく、おおまかな予想はついた。
なるほどね。結局、どこの国でも後継者争いというのは厄介ということか。
なんて思いつつ。とりあえず、僕は目の前にある数個の山に取りかかろう。いつまたお腹が空いたと思える時があるか分からないし、とサラが僕の為に用意をしてくれたサンドウィッチにかぶりつく。
「俺は」
「くうっ!ちょい、たんま。横が気になって仕方ねぇな、ちくしょう。頭撫でて良いか?」
「だめ。僕のイオだもん」
えっ?なに?何なの?何で僕が目立ってるの?あのさ、もっとちゃんと話を聞こうよ!ほら、異国の王子様が呆れてるってば。
食事をしているので、そんな視線を二人に投げかけてみたけれど。
「やっべぇ、たまらん」
「イ、イオ、僕だって同じ気持ちだよ。だから、そんな期待の眼差しを向けられたって!」
えっと、もう放っておくべきなのかな。
アルに至っては、何か盛大な勘違いをしているようだけど、とりあえず流してみよう。
いつもよりちまちま食べて悪目立ちしちゃった?えっと、ごめん。
「触らせろ!」
「嫌だね!これは、私のだもん!」
「あっ、ちょっとアル!」
フェルメールが手を伸ばしてきたので、咄嗟にアルがべーっと下を出しながら必死で食べる僕に抱きついて引き寄せる。その拍子に、サンドウィッチの具材のキュウリが落ちてしまって、思わず抗議の声を上げた。
「ごめんってば」
「もう」
低レベルの争いに巻き込まれる身にもなってほしいよ。
謝りつつも、きっちり僕の頭を撫でるアルミネラが、フェルメールに優越感丸出しの笑みを浮かべているので、もはや呆れて声も出ない。
何なの、このやりとりは。
そんな風に僕に見られているとも知らず、フェルメールはチッと舌打ちをして目を細めてアルを睨み付けてから、かなりお待たせしてしまった異国の王子様へと視線を戻した。
「後で覚えてろよ。……んで?つまり、お前は後ろ盾を貰うために来たって事か?」
「俺の正式な名は、ナオナシオ・ヴァルハ・レオル・ラトス。現在の国王、リトラレン・サリウラス・シラメス・ラトスの孫だ。つまり、我が祖父はお前たちが居るリーレン騎士養成学校の創始者だ」
「へぇ、そうなんだ」
「って、ちょっと待てよ。おまっ、それってペーペー騎士見習いの俺たちが簡単に知って良いような話じゃねぇだろ!?」
アルミネラが普通に受け流したのは、彼女がそこまで歴史に興味がある訳ではないという事だけど。
フェルメールが、オリーブの瞳を丸くして驚いたのは言うまでもない。一般知識として、世間に知られているリーレン騎士養成学校の成り立ちには、一切現在のタオ連合国国王の名前など入っていないのだから。
リーレン騎士養成学校。その設立の立役者といえるのが、国王陛下の弟君でいらっしゃるマティアス・フェル=セルゲイト閣下だ。
リーレン騎士養成学校を建てるに至ったきっかけというのが、父上やエルの父君ミルウッド公爵が生まれる前のタルドの戦いと呼ばれる領土を巡って近隣国との戦で。
それまで、騎士というものは領土を持つ貴族たちの集まりでしかなく、戦争に参加しなくてはならない領民たちはそれぞれの貴族が育成していたため偏りもあり平等ではなかった。そこで、王弟であるマティアス様が、当時の騎士団団長や主な貴族たちと相談しリーレン騎士養成学校を設立するに至った、というのがだいたいの流れなんだけど。
「我が祖父は、その当時やはり後継者争いに巻き込まれ、嫌気がさしてこの国にきたという。そこで、王族である祖父を匿ってくれたのが、この国の王弟だったらしい。だが、この国まで追ってきた刺客と戦った際に、最愛の人を亡くしてその悲しみで己を奮い立たせ、迎えにきた従者たちと共に再びタオへと戻ったそうだ」
フェルメールの制止の声も全く聞かず、ナオナシオ王子はそこまで話終えると僕たち一人一人と目を合わせる。まるで、それぞれの覚悟を見極めるように、しっかりと。
「聞いちまったもんは仕方ねぇが。お前のいう後ろ盾ってのは、まさか」
「いや、そこまで深く考え込まなくていい。俺が欲しいのは、この国の王族からの後押しではなく、祖父が親愛の印として王弟に渡したという『アオニイロの双剣』の一つ、兄剣を譲り受けたいのだ」
慎重に言葉を選んで、けれどもはっきりと己の目的を告げたナオナシオ王子は僅かばかりに頭を下げた。
「俺が、祖父の後継であるという事を示すにはそれしかない。手伝ってくれと、言いたい所だが、断ってくれても構わない。お前たちが出来ないというなら、俺一人で何とかするつもりだ」
「……お前さ、一体いくつなんだ?」
「言っていなかったか?」
「ああ」
「俺は、今年で十七になる。そして、俺に死んで欲しいと願う相手は、腹違いで俺の一つ上の兄上だ」
実際、並大抵の覚悟はしていないだろう事は分かる。
タオから、ここまで彼も何度か刺客に遭いながらやってきたのだろうから。アルが偶然、手負いの彼を見つけなければ、最悪死に至っていたかもしれないという事実を踏まえても。
真摯な眼差しを向けられた後、アルミネラと視線がぶつかる。
双子というのは不思議なもので、ふとした瞬間やどんな非常事態の最中にでも今、お互いが何を考えているのか分かる時があるのだ。
心が共鳴して反応し、互いに反射して響き合う。
――まるで、合わせ鏡のように。
だからこそ、僕の気持ちをアルは理解しているし、アルの決意も僕には充分伝わっている。
後はフェルメールがどうするのか、と彼を見れば。
「ダチが悩んでるんなら、それに応えるのが男ってもんだろ」
いつも通りの笑みを浮かべ、ばっさりと言い切った。
やっぱり。この人なら、そういうと思っていたから僕もつられて笑ってしまう。
「僕たちも同じだよ」
アルも力強く頷いてナオナシオ殿下に笑いかけた。
「ありがとう」
「うん。ナオもだいぶ分かってきたじゃない。初めの頃は、すまないって言ってばかりだったもの。こういう時は、ありがとうだよって教えた甲斐があったよー!」
「偉そうに言ってるけど、お前の言葉遣いを矯正している俺の身にもなれよ」
えっへんとえらそうに笑うアルミネラに、フェルメールが軽く突っ込んだのが可笑しかったのか、ナオナシオ殿下もそこでようやく張りつめていた空気を解いた。
「あー、でも。それなら、逆にこっちに連れてこない方が良かったのかもな」
「確かに。イオが、こんな状態だって知ってたら絶対止めてた」
彼の空気に触れて、二人も気が緩んだのか苦笑いが浮かぶ。いや、こちらこそ。ただ、タイミングが悪かったよねって言葉しか思い浮かばないや。
マティアス様の持っている剣が必要なのであれば、フェルメールはコルネリオ様と繋がっているのだから、話を通しやすくて何ら難しい問題でもないだろうからそう言える。
それは、その通りなんだけど。
「僕は、やっぱり刺客の問題を先に終わらせるためにも、ナオナシオ殿下にはここで匿わせて頂いた方が良いと思うんだけど」
「えっ、どうして?」
きょとんと小首を傾げるアルミネラに微笑んで。
「はっきり言って、僕は戦力にはならないと思うから言うよ。血なまぐさい用件は、なるべくそちらの学校でお願いしたいなってこと」
「ああ。前回でこりごりってか?」
嫌味ではなく、冗談めかしに笑いながら言うフェルメールに、僕は苦笑いを浮かべて違う違うと首を横へ振ってみせた。
前回。
そりゃあ、確かに、オーガスト殿下暗殺未遂事件では殿下の自作自演とはいえ、相手もそれなりの武器である短剣を携えていたので恐かったのは間違いないけど。
――だけど、そういう事ではなくて、もっと根本的な問題があるのだ。
三人の瞳が僕へと集まる。
全く検討が付かないという表情を浮かべる彼らの顔を見渡してから、僕は徐に口を開いた。これだから、戦闘集団は!
「死線を勝ち抜ける力は、騎士にしかないんだよ。僕は、せいぜい相手の気を逸らせる事しか出来ないと思う。ナオナシオ殿下も、いくつかそういう境地を抜けて来られた方だと思うけど、まず御身を大事にして頂く事が、事を成す上での前提だと思うんだよね」
「なるほどな。ナオ、お前はどう思う?」
「本来ならば、自国の問題だから王族である俺が捌くべきだが……情けない事に一理あると理解出来る」
「俺もそう思う。ここに連れてくるまで、お前は異国のどこぞの貴族だって思ってたから、軽く見てたけどな。王族なら、ことさら刺客問題は俺たちに預けてもらった方が良いだろうよ」
それが、例え内部干渉に当たるのだとしても、相手も人を殺す事を目的にしているので公には出来ないはず。
ただ、僕個人の問題として。
そういう場面に、大事な妹を向かわせる事になるのは僕だって心配で仕方ない。妹が怪我をしようものなら、きっと僕はこの発言をしてしまった自分自身を嫌悪して酷く後悔するだろう。跳ねっ返りの妹だけど、僕にとってはかけがえのない大事な僕の半身だもの。
ただただ、コルネリオ様やフェルメールが何か策を弄してくれると願うばかりだ。
まあ、アルミネラはそういうのを全部無視して、きっといつものように突進していくだけなんだろうけど。
そこを踏まえた上で、コルネリオ様なら考えてくれるはず……というのは、さすがに虫が良すぎてしまうかな?




