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ところで。登場人物の一覧表は、載せた方が良ろしいでしょうか?
今まで、アルが僕に隠していた最大の秘密は、もちろん彼女が頑張って伸ばしていた長い髪をばっさり切ってしまっていた事だけど。
一番、驚かされた秘密は、こっそりカマキリのような昆虫の卵を持って返ってきてた事。
ある朝、僕の部屋中に小さな虫が発生して声にならない悲鳴を上げて部屋から飛び出したのは言うまでもない。ポトリと顔に落ちてきた時の感触ったらもう……どうして、僕の部屋に隠すかな。
その後、サラが執念で全て捕まえて逃がしてくれたので彼女には今も感謝している。
「はあ?口説かれてる?」
「……うん、エルがアメリア嬢につきっきりで一人の時間が多くてね。あれからも、隙をつかれて何度か声をかけられたんだよ」
ヒューバート様は、本当に抜け目のない人だった。
授業の合間の移動の時やお昼休みの皆が集まる待ち時間、それに放課後が最も頻度が高くて不意を突かれた事が何度もあって油断できない。
もはや、最近では僕に対してツンツンしている殿下の方が何十倍も生ぬるく見えて可愛いなと思ってしまうぐらいなのだから、そりゃあ胃にも負担がかかっているのは当然なのかもしれない。
「それで?適当にあしらってんのか?」
僕が語るにつれて、フェルメールでさえも珍しく真剣な顔つきになっていて、今では眉間に皺が寄ってしまっている。
「殿下の婚約者の肩書きがあるからね。……ただ、学院内では、セラフィナ嬢が交換留学に行っているからか、当の本人たちには確認もせず殿下を彼女に奪われて険悪な仲になっているって噂まで広がっちゃって。大勢の人が見ている前でもヒューバート様が思わせぶりな発言をする所為で、僕に同情を寄せている人たちはそれを応援しているみたい」
おかげで、ここ最近気の休まる時がない。
今では、殿下はアルミネラと添い遂げるべきだとか、他の女に現を抜かすようならいっそヒューバート様に乗り換えるべき、なんていう意見を聞かされる時がある。
えーと、ね?えーっと、さ……確かに、僕は女装をしている身だから女子に阻害されているような気がして孤立していたのは事実だけど。そんな話がしたいんじゃないからね?話しかけられる度に、え?なになに?やっと女子力が付いてきたかな?なんて、毎回女子トークを期待してしまって情けなくなってくる。
僕だって!僕だって、本当は健全な一般男子なんですよ?
ただ、ちょーっと近頃お茶の味が分かるようになって美味しいなぁとか思うだけで。
ああ、またもや話が逸れてしまった。とにかく、ヒューバート様は、猫を被るのがとてもお上手で、主に女生徒たちが僕とヒューバート様が纏まる事を望んでいるようだ。
ほんとにねぇ、その猫をオーガスト殿下にも差し上げて欲しいぐらいに。
以前の僕ならば、彼女たちと同じようにその猫に騙されて友好的なお話も出来たんだろうけど。
あの一件以来、ヒューバート様の宝石のように冷たい瞳がとても恐い。
僕にだけは欲望をむき出しにする肉食獣のような、どう猛な瞳が。
実は、あれ以来、女生徒だろうと教師だろうと他人に近付かれる事が少しだけ恐くなってしまって、学院内では常に気を張っている状態だった。
けど、それはここでは言わない方が賢明だろうな。
思い出しただけで、自然と身体がぶるりと震えてしまう。
「大丈夫?」
「……ん、ありがとう」
さすがは、アルミネラ。こういう時は、いつも敏感に何かを感じ取っているようだ。やっぱり、双子だからかな?
差し出されたアルの右手を握りしめて、彼女の体温が伝わってホッとする。
「正直、この状況がいつまで続くか分からない」
「せめて、エルと話せていたら、イオもここまで追い詰められる事もなかったんじゃない?」
「でも、アメリア嬢がいるからね」
「厄介だな」
フェルメールのその言葉に、僕も大きく頷き返す。
「それで、そのセラフィナって人とは実際のところ、どうなの?」
「えっ」
う、うわぁ……っと、まずいな。うーん……どう答えたら良いのやら。正直に答えれば、『彼女ね、元は僕のストーカーだったんだよね!』なんて言えない。決して言えない。いや、むしろ言っちゃいけない気がする。彼女が犯罪者のレッテルを貼られるのはしのびない。えっと、ここは無難に。
「ふ、普通に友達だよ?それに、喧嘩なんてした事ないし」
というか。
逆に、神格化されている状態なので、もし僕が怒ったとしても彼女なら全て投げ出して真っ先に土下座をしてくる勢いですよ?って、それも駄目だ。アルたちに怪しまれる事この上ない。どうしよう……どう答えても、セラフィナ嬢が不審人物としか認知されない。
「ふうん。結構、友好的なんだ?」
「まあね」
ははっ。友好的のベクトルの一方が強すぎて、たまに僕の方が引くぐらいだよ。
ここまできたら、もう何だか笑えてしまって自然と笑みが零れてしまった。せめて、悪い子じゃないと知ってもらえたらそれでいいか、と。
ある意味、開き直りに近い気がする。
そんな時、今まで黙って僕たちの会話を聞いていた男が、前触れもなく笑い出した。
「ふっ、ははっ!あははっ!」
ぎょっとしたのは言うまでもない。
アルもフェルメールも。ただ、僕とは違う部分に驚いているようで。
「すげぇ!」
「ナ、ナオが、初めて声出して笑ってる!」
初めて会った僕には分からないけど、アルたちにとってはとても喜ぶべき現象のようだ。
やっぱり、一緒に生活をすると仲間意識が芽生えたりするのかな?
外野の僕は、そうなんだぁと返事だけして妹の喜んでいる顔を眺めるばかり。
「でも、なんで?」
僕もアルに同意する。
だって、いきなり笑い出すから僕も心臓が早鐘をついたみたいになったぐらい。
「知りたいか?」
よほど何か面白い事があったのか、彼はまだ口角を上げたまま言葉を紡ぐ――と何故か僕に視線を寄越した。
「……だが、秘密というのも魅力的だと思わないか?」
「ああ?なーに言ってんだよ。お前は、来た当初から秘密まみれな野郎じゃねぇか」
フェルメールが呆れて言い返したのを、彼は含み笑いを浮かべて聞き流した。
「それに、俺はまだそこの少年の紹介すらされていない」
「あっ!ごめん、すっかり忘れてた。行く前に伝えてたけど、紹介がまだだったよね。この人は」
と、アルミネラが慌てて僕を紹介しようとしたので、手を挙げて留める。
「アル、いいよ。僕が自分で名乗るから」
「そ、そう?」
ごめんね、と言ってくる妹に、にっこりと笑いかけて立ち上がる。
だって、この場において僕がそうしなければならないのは必然だから。
急に立ち上がった僕を訝しむ二人の視線を無視して、数歩前へ出るとドレスの裾を直しながら片膝を付いて、僕は久しぶりに性別に偽りのない貴族としての最高礼を彼に示した。
「このような服装でご容赦ください。お初にお目にかかります、ミュールズ国現宰相が嫡子、イエリオス・エーヴェリーと申します。殿下へのご挨拶が遅れましたこと、大変申し訳なく、平にご容赦頂きますようお願い申し上げます」
こんな長い挨拶は久しぶりだなぁ、と思う僕の後ろで息を飲む音が聞こえる。
「は?」
「へ?」
「ほう。気付いていたか」
驚く二人を余所に、フードの男は意外そうな声を発して己の顎に手を掛けた。
「えっ、ええええええぇぇぇぇっ!?」
「うそだろ」
男が肯定した事により、今宵二度目となる驚愕の声が室内に響き渡る。
「ちょっと、二人共もっと静かに!」
上層階に住んでいても、この建物にはたくさんの女生徒が住んでいるのだ。万が一、どこから漏れるかも分からないのだから慎重にしてほしい。
「う、うん。ごめん」
「わりぃ。つか、お前いつから気が付いてたんだよ?」
振り返って、人差し指を口元に当ててゼスチャーした僕に、フェルメールが頭をがしがしと掻きながら脱力した声で問いかけてきた。
「えっ?ああ、そりゃあ最初は気が付きませんでしたよ?でも、サラがヒントをくれていたでしょう?僕の体調が悪いって話をした時に」
えっと、確か。
『そのような状況で、貴人をお預かりするなど出来るはずがないと判断致します』
そこから、導きだした初めの予想は僕たちと同じ貴族だった。けど、どっしりと構えた佇まいや、自国と隣国の王子に似た態度や話し方で王族なのではないかと切り替えたのだ。
まさか、ここで常に怒りっぽいオーガスト殿下や秋波を寄越すヒューバート様との関わり合いが役に立つとは思わなかった。感謝なんてしないけど、経験ってすごい。
だけど、僕よりもそれを見破るサラの方がもっと凄い。
昔から、彼女はこんな風にさり気なく僕を助けてくれている。ただ、答えをダイレクトには言ってくれないけれど、ヒントは必ず教えてもらえる。
「っだぁぁあ!くっそ、それならまた話が変わってきちまうぜ!」
「面白い主従だ。特に、メイド。俺がここまで愉快な気分になるのは何年ぶりの事だろうな」
「……」
クツクツと喉の奥で笑う男とは対照的に、サラは無表情のまま頭を下げて部屋から出て行く。相手は王族であるにも関わらず、エーヴェリー家に忠誠心を捧げているサラにとっては、もう何も言う事はないという意思表示だった。
ようやく正体が分かり、彼も黒いローブを脱いで顔を露わにすれば、改めてこの人も王族の一人なんだと改めて理解した。
東の国特有の褐色の肌色。体術か何か剣術を会得しているのか、均等のとれたしなやかで逞しい身体つき。背丈は、フェルメールと同じぐらいだろうか。濡れ烏のような漆黒の髪で、凛々しい目元には意志の強そうな金色の瞳が収まり、印象深い。
彫りの深い顔の造形も整っていることから、いわゆる野性的なイケメンといった部類に含まれそう。
転生してからなにぶん美形やイケメンばかりを目にするばかりなので、最近ではだいぶ慣れてきてしまっている自分が恐い。どれだけ容姿が整っている率が高いんだか。
それも、この世界が乙女ゲームの世界だからなんだろうか。
「そっかぁ。ナオって、王子様だったんだ。気が付かなかったなぁ」
「まあな」
「上にまた報告し直さねぇと。それで、王族だからと言って今さら態度を変える気もねぇけどな」
「ああ、気にするな。お前たちは、俺の恩人でもあるし友だからな」
「ははっ。そりゃ、嬉しいぜ」
短期間とはいえ、アル達はどうやら友情も育んでいたみたいで、三人が笑い合う様子を見ているだけで心が和む。何より、アルが楽しそうだから僕は単純にそれが嬉しい。
こうしてみると、彼らは昔からずっと一緒だったようにみえてしかたない。ここに、後一人のルームメイトが揃えば、寮での日常そのものなのかな。
「とにかく、お話を聞かせて下さい。まずは、そこからですね」
僕も少しお腹が空いたような気もするし。
なんて思いながら、異国の王子殿下に席を促すと、僕の言葉を待っていたかのようにサラがお茶の用意をして持ってきてくれた。
もちろん、軽い軽食付きで。
ああ、さすがだな。やっぱり、うちのサラはとても有能な花丸侍女で間違いない。
明日の更新は、夜中になります。




