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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第一章 双子と前世と異世界と
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2.

 人生は、ままならない。


 そう思ったのは、何度目だろうか。

 ちなみに、前世の分はノーカウントで。こちらの世界に生まれて、物心がついてから妹のしでかした事の後始末をしていると、何度もその言葉が頭に浮かんでは消えていく。

 そう、あれは、乳母のマーナのエプロンをトマトで真っ赤に染めた時、あれはまだ可愛い方だった。何を思ったのか、飛んでいる鳥を捕まえようとフォークを全て持ち出して矢のように投げて無くした時、何故か僕まで怒られて半泣きで一生懸命探し回った。階段を滑り台代わりにしようと企んで、両親のお気に入りの布をソリ替わりにしてヨレヨレにした時、バレないようにマーナや他のメイドたちと一緒に徹夜して綺麗に戻した。……ああ、現実逃避に過去を思い出しても辛い思い出しか出てこない。

 あれから数時間後、僕たちは無事にグランヴァル学院に到着した。それから、内心ドキドキとヒヤヒヤしながらも女子寮の自室で荷解きをして、一緒に来てくれた僕の侍女のサラにお茶を淹れてもらって落ち着いた所だった、のだけれど。






「俺への挨拶が遅いではないか!!」



 と、現在何故か怒られていたりする。

 うーん……、相変わらず手厳しい。

 そう思いながら、後ろに自身の配下を立たせながら傲慢な態度で椅子に座り自分と対峙している青年を見つめる。彼の激情家な性格がにじみ出ているとしか思えない深紅の炎のような緋色の髪と、強い意志を抱く紅い宝玉のような瞳。この国を統べる者特有の絶対的支配者の資質を受け継いでいて、城下の婦女子方に人気のイケメン。この国の誰もが知る、有名人。

 彼の名は、オーガスト・マレン=ミュールズ。

 このミュールズ国の第一継承者、つまりは王太子様である。そんな彼にわざわざ、男女が一緒に居ても許可されているスペース部屋『共有ルーム』、しかも王子様専用の『共有ルーム2』という場所へと僕が呼び出されたのは、他でもない理由があった。


 というのも、それは当然至極な話で――


「大変遅くなり、申し訳ございません」

 という言葉と共に、僕は臣下の務めを果たす。つまりは、頭を下げるって事だけど。今現在は、アルミネラを演じているから、エルの動きに合わせながら淑女の礼を見様見真似でやっている。合っているといいな、なんて内心ではドキドキしてるんだけど。

「相変わらず、貴様は王太子の婚約者という立場を分かってはいないようだな」

「滅相もありません」

 そう、こんなおてんば娘にはあり得ないだろうが、アルミネラは殿下の国が認めた正式な婚約者だったりするのだ。

 同じぐらいの年齢の女の子たちが、裏ではこぞって不快な顔をしているのは知っている。

 うん、僕だっていまだに信じられないけどね。

 なので、宰相である父がアルミネラを強引に推したと、世間では言われているのが常である。

 どういう事かというと、この国の内政を司る文官たちを束ねているのが僕たち双子の父、エーヴェリー公爵だから。

 けれど、その嫡子である僕は、父の後を継ごうという気はない。まあ、この世界では爵位以外、世襲制ではないので己の肩腕やら宰相やらは王子が王位を継承するまでの成長過程で選び抜く、簡単に言えば見繕ってくるというのが倣わしとなっている。

 その方が、優秀な人材を当てはめられるし国の安泰の為でもある。まあ、僕としても宰相としての能力なんて全くないから、実はホッとしていたりするけどね。

 だから、僕は将来の選択として騎士という職業を選んだ。エルフローラを養って、将来エーヴェリー公爵家が保有する領地を受け継ぐには、当たり前の選択だと思えるから。言ってみれば、この世界の爵位もちの少年にとっては、極々普通の未来予想図なのだ。

 なので、殿下が王位を継承されたら父の役目も終わり、エーヴェリー家は他の公爵家となんら変わらない立ち位置に戻る。

 それを、変に勘ぐって父を気に入らない他の貴族たちがこぞって、悪い噂を流すのだ。

 エーヴェリー公爵様は金と権力に強欲で、その為淑女としては不出来な愛娘の残念姫を無理やり殿下の婚約者へと仕立てたのだ、と。


 けど、実際は全く違う。

 宰相だからこそ国の将来を案じて、頑なに首を横に振った父に強引に迫ったのはなんと、この国の国王夫妻の方だった。どういう訳か、アルミネラは陛下と皇后様に気に入られていたりするのだ。

 まあ、特に皇后様にはご寵愛を受けているんだけど。それは、今でも不思議で仕方ない。

「フン、気にくわんがまあいい。それより、貴様!この学院へ入ったからと言って、勝手な行動は慎んでもらうぞ。今年度は、俺がこの学院の生徒会長なのだからな。俺の名に傷を付けるなよ!」

「承知しました」

「ッチ!やはり貴様は俺に対してそういう反抗的な…………」

 というテンポでがんがん責められていたのだが、何故か途中で途絶えること十五秒。

 あれ?お説教、終わったのかな?と、頭にクエッションマークを浮かべて、僕は首を傾げながら、ちらりとお辞儀した状態から顔を上げた。

「……」

「……」

 目を見開いて驚いている殿下と、目が合う。

 お互いしばらく無言のままだったけども、一緒に来ていたエルフローラが慌てて数秒遅れて僕に駆け寄った。

「失礼ながら発言させて頂きますわ。アルミネラは、少し馬車酔いをおこしておりまして。こ、これ以上の謁見は何卒」

「お、おお!やはり、そうであったか!この女が、こんな殊勝な訳はあるまい」

 と、何故か焦ったような表情で何度も頷く殿下に、僕はようやく自分のミスに気が付いた。


 うわぁ、失敗した。


 そういえば、アルと殿下はまるで前世で言う水と油のように究極に仲が悪いんだ。なら、いつもは反抗的な態度を示す人間が大人しく暴言を受け入れていれば、それはさぞや気持ち悪いことだろう。全く、初っぱなから失敗してどうする?あーもう。

 えーっと、この場に居たのが本物のアルだったら、絶対にこう言うに違いない。

「あんたこそ、私に干渉してこないでよね」

「なっ!貴様!!」

「じゃあね、王子様!」

 よしよし、これで良いはずだ。僕は、アルの行動パターンを思い浮かべながら、彼女がするであろう鼻でフンとわざと煽るように笑ってから、怒鳴り声が響く前にエルを連れて部屋から出て行った。






「ごめん、エル。助かった」

「……ええ、全く。心の臓に悪いですわ」

 男女の寮を繋ぐ唯一の場所、渡り廊下を歩きながらとにかく真っ先にエルに謝る。

 そうだった、僕はもうアルミネラ・エーヴェリーとして行動しなくちゃいけなかったのに。それを緊張のし過ぎであっさりと忘れてしまって……あまりにも迂闊だった。

「でも、最後の言葉はアルのようでしたわ」

 少し項を垂れてしまった僕に、エルは微笑む。こういう飴と鞭の使い方が、エルフローラは本当に上手い。

「ありがとう」

 彼女が、僕の婚約者で本当に良かった。

 エルを見ていると、つい嬉しくなって笑みがこぼれてしまう。

「イっ、あ、アル!そ、その、もう少し」



「あの、すいません!」


 何故か照れながらも慌てているエルを見つめていると、後ろから知らない女の子に声をかけられた。

「まあ、どうなさったの?」

 そう言って、返事をしたのは僕の隣りでキョトンとしているエルフローラで。

 アルだったら、知らない子に声をかけられても面倒とばかりに大抵返事をしないものだから、僕もわざと返事をせずにそれを見守る。

「えと、あの。『共有ルーム2』というお部屋を教えて頂きたいのですが」

「……どういったご用件で行かれるのかしら?」

「そ、それは、えっと」

「興味本位だけで行かれるのでしたら、お止めになられた方がよろしくてよ」

「は、はあ」

 などと、エルと会話を交わしているのだけれど、どういうわけか最初から彼女の瞳は僕に固定されている。というか、いわゆるガン見に近いんだけど。

 ……えーっと。もしかして、どこか、変な所があるのかなぁ?

 例えば、その……胸の部分だとか。サラに上手く詰め物を入れてもらったけど、まさかずれてしまってるとか?いや、それとも、顔がおかしいのかな?

 やっぱり、女の子には見えないよね……ごめん。

「貴女、お名前は?」

「セラフィナ・フェアフィールドと申します!!」

 彼女たちの会話をそっちのけにして内心アワアワしていた僕に対しての嫌味なのか、やはり彼女は僕に向かって大きな声で名前を告げる。いや、僕が尋ねたわけじゃないですよ?って、分かってる気もするんだけどなぁ。

「フェアフィールド様というと、子爵様ですわね。それでは、あなたにもう一つ注意をしなければならない事がありますわ」

 あー、やっぱり始まった。僕も馬車の中で、淑女のマナーだとかルールを散々語れたから少し同情しちゃうけど。しちゃうけどさ、エルの淑女講座にセラフィナ嬢は頷きつつも、やはり目線は僕だったわけで。何なんだろうか、これは。

 いや、それともアルってば、もしかしてこの子と知り合いだったりするのかな?それなら、僕も知っている風を装って声を掛けるべきなんだろうけど、さてどうしたものか。

 なんて、思いながら貴女の視線には気付いていませんよという呈を装って、さり気なくセラフィナ嬢へと視線を向けてみた。

「……っ!」

 え?ええっ?どういうこと?何で、あからさまに目線を逸らすかな!?

 うーん……まあ、いいや。この際だから、今のうちにじっくりこちらから観察しておこう。

 エルのマナー講座を聞きながら、若干頬を赤く染めて右を向いて視線を反らせているセラフィナ嬢を上から下まで眺めてみる。って、僕の名誉の為に言っておくけど、僕がもしただの『イエリオス・エーヴェリー』のままで彼女と対峙しているのなら、知らない女性にこんな不躾な視線を投げつけるような真似は絶対にしない。というか、僕の性格上こういう事は全くしない。

 ただ、今はアルミネラになりきらなければいけないし、知り合いの可能性があるのなら、どんな些細な情報でも欲しいと思ったから。ほんと、それ。

 僕の周りには、美形が多いので直ぐには気が付かなかったけれど、セラフィナ嬢は十人中十人が振り向くようなかなり可愛いタイプのようだ。なんというか、前世だったら確実にアイドルをやっていそうな。

 つまり、美少女という表現をまさしく体現している。

 僕の隣りで、いまだずっとセラフィナさんにお説教をしているエルフローラは、美人の部類だけどセラフィナさんは愛らしいという表現が似合う可愛い少女。やっぱり、顔の造形も整っているし、今は紅く染まった頬が何とも初々しくて愛くるしい。

 髪は、風が吹くとサラサラに舞いそうなセミロングでストロベリーブロンド。ピンクに近い色合いはかなり珍しいから、その内、学院内で持て囃されそうな気がする。

 それに、僕とアルも瞳の色は蒼いけど、セラフィナ嬢は彼女の心の純粋さを感じさせるぐらい透き通るような淡い水色の瞳だった。

 僕たちに部屋を尋ねてくるぐらいだから、多分同じ一年生だと思える。

 何というか、入寮早々こんな美少女と遭遇するとは思わなかった。

「――と、ご理解頂けましたでしょうか?」

 おっと。エルも、ようやく話を切り上げたか。

「わっ、分かりました」

 いやいや。お嬢さん、最初から全く聞いてなかったよね?なんて、無粋だから言わないけどさ。

 とりあえず、僕も彼女に念のため確認しなくちゃ。

「あのさ、私とあなたって知り合いだっけ?」

 アルの話し方は、基本的に僕と同じなんだけど、相手が目上だろうが年下だろうが誰に対してもこんな風に平等で。

「人を覚えるのが苦手だから、忘れてたら悪いなぁって思ってさ」

 基本的に、女の子には優しい……はず。

 うん、あんまり自信はない。いや、でも仕方ないよね?

「い、いいいいいいいいいいえっ!!し、しょ、しょた、初対面です!」

「そっか」

 何故、そこまでどもる。まあ、いいけどさ。

「それならいいんだけど。それじゃあね。行こう、エル」

「はい」

「あっ、あ、あ、あのっ!!」

 うん?なんで、僕の袖を引っ張ってまで止めるかな?もしかして、この子はアルミネラと仲良くなりたかったとか?だったら、ずっと見つめられていた事も納得出来るけど。

「なあに?」

「ま、また、声をかけさせてもらっても良い、……ですか?」

 うわぁ、可愛い。

 顔を真っ赤に染め上げて、必死になっている様は前世の僕だったらイチコロだったろうな、なんて。

 それは置いといて、アルならどういう風に答えるかな?

 ちょっとだけ、妹を思い浮かべて想像してみる。

「不思議なことを言うね。だって、私たちってもうお友達なんじゃないの?」

 うんうん、多分こんな感じだろうなぁ。

 妹は、アルミネラは好意には好意を返す。だから、アルはどちらの感情を持たれていても人を惹きつけてやまない。僕だったら、こんな大胆な真似は出来ない。

 だから、せめてアルミネラが入れ替わりを正してこの学院でやっていく事になるまで、お兄ちゃんは少しでも彼女に味方をしてくれそうな友達を増やしてあげたいと思う。



「イオ様、あれで本当に宜しかったでしょうか」

「……よく分からないけど、すごく喜んでくれているようだから良かったんじゃないかな」

 何故か、右の拳を頭上に掲げながら、スポーツ選手のように無言で勝利の雄叫びを上げている美少女を背に、僕たちは全くの他人ですよと素知らぬふりをして足早にその場を後にした。

 これ以上は注目を浴びたくない、というのとちょっとこの子変わってるんだなという冷静さから。

 多分、彼女は淑女以前に、美少女としても残念系なお嬢様なのかもしれない。

 ちょっと、先が思いやられるだろうから、なるべく会わないように祈る。うん。


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