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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第二章 運命は偶然と必然の繰り返し
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たくさんの閲覧&ブクマ&評価、ありがとうございます!!

 急な話だけど、僕の世話係をしてくれているサラについて少し話そう。

 彼女は、僕とアルミネラの乳母であるマーナの親戚筋の子で、僕たちが十歳の時に屋敷へとやってきた。当時の彼女の年齢は、十五歳。

 サラが雇われた経緯には、僕たちの生まれる前から勤めてくれていたお世話係の侍女の方が、旦那さんのお仕事の都合で遠方へ行かなくてはならなくなって、悩んだ末について行く事に決めたからだ。僕たちが十歳という年齢でもあって、ついでに僕とアルミネラに一人ずつ侍女を付けようと両親が募集したのがきっかけだった。

 そういえば、あの頃のアルは既に暴れ馬……いや、暴れ猪のような行動をよくしていて、アルの侍女は固定される事などなかった。だから、最終的に結局乳母のマーナが面倒をみてくれる事になったんだけど、僕とマーナが味わった努力と汗と涙の結晶の数々を生み出す感動の思い出話の始まりでもあったっけ。っと、アルの話は置いといて。

 そんなわけで、サラはその当時からずっと僕の侍女を務めてくれているのだけど。

 彼女が無口で無表情なのは、当時から今も変わらず。

 たまに、うわぁかなり怒ってるなぁって時には、後ろに鬼の幻を見せる事もあるけど、概ね怒られるような事はしない。

 ただ、彼女が僕の事を気に掛けるあまり、暴走された事がある。

 それが、どういった時かと言えば――






 ここ一週間くらい、人生で一番苦悩に満ちた日々を過ごしたのではないだろうか。


 そう。それは、婚約者たちを奪われたあのご令嬢方とその後のヒューバート様とのやりとりの一件以降、僕の精神は少しずつ削られていった。

 例えば、アメリア嬢。やっぱり、去り際のあれは僕へと怨念がわき上がったとしか思えないほど、睨まれる回数が増えた。

 しかも、翌日からのエルへの誘いが強引になっていき、ゆっくりと話すら出来ないほどだ。休憩中も会いに来るって、どれだけ体力があるんだろう。たまに、ぜーはー言っているけど、本当に彼女はお姫様なのか疑問に思う。そういう意味では、呆れるより尊敬に値する。凄い。

 それと同じく、断ったはずのご令嬢方からは、学院内で会う度に目力だけで無言の圧力をかけてくるのだから、女子の集団ほんと恐い。あの時、ちゃんと断ったし、何なら僕とセラフィナ嬢の噂を流したのが誰なのか、こっちから問い詰めてやろうかなんて思ったけど、僕が近づけば逃げて行くので肩透かしを食らってしまう。本当に、何なの。

 更に、もっと最悪な事はヒューバート様があれ以来、距離をいっきに縮めてきているかのようで、どうやって切り抜けようかと必死になって逃げ道を探す毎日。

 とにもかくにも、精神と体力共にへとへとの日々が続いている。

 ああ。とりあえず、胃が痛い。



 思えば。 七歳の頃、父上の誕生日のプレゼントに、アルミネラが何を思い立ったのか、羊の毛をたくさん集めて父上の部屋を羊毛だらけにしようと画策していたのを、どうやって諦めさせればいいのか悩んだのも辛かった。いや、それより去年の両親の結婚記念日に屋敷中を塗料で真っ赤にして驚かせようよと言われた時も、一瞬心臓が止まった気がしたっけな。

 というか、どれもアルミネラの行動が発端だったなぁ、なんて感慨深いものがあったけど。

「最終的に、こういうオチがついてくるとはね」

 などと、深くため息を付いた僕の目の前で、鏡を見ているかのように僕とそっくりな顔をしたアルミネラが、きょとんとして小首を傾げる。

 今日も今日とて、彼女は男物の服を身に纏い、夜更けにグランヴァル学院の女子寮へと容易く侵入してやってきていた。

「え?何の話?」

「何でもないよ。それで、またこれは一体どういう事かな?」

 今度は何のトラブルに巻き込まれたんだか。

 僕の視線で示す先に立っていたのは、いつぞやの誰かのように壁にもたれ掛かってジッと僕たちを見ている初めて会う男だ。

 アルやフェルメールと同じリーレン騎士養成学校の生徒ではないと分かるのは、旅装束の黒いローブを着込んだままで、袖から出ている腕が褐色。それに、フードから垣間見えるここいらでは見かけた事のない珍しい金色の瞳。

 褐色の肌と言えば、海を越えた東の国の人の特徴だけど。

「ああ、そいつな。お嬢が拾ってきたんだよ」

「とうとう動物以外にも手を出しちゃったんだ……って、フェルメールさん。何気に近くありません?」

「フェルメールさんじゃなくて、フェルで良いって言ったろ。いや、久しぶりに来たから間近から顔を拝んでおこうかと思ってな」

 なに、その心理。全くもって、意味が理解出来ません。

 などと心の内で突っ込みをしている最中にも、三白眼でオリーブ色の瞳でずっと真横から、まるで天変地異があって行方不明で何十年も会えなかった恋人と再会を果たしたように僕を見下ろす彼の名は、フェルメール・コーナー。本当だったら、僕が行っていたはずのリーレン騎士養成学校の宿舎でのルームメイトであり、三つ上の先輩だ。

 彼とは、アルミネラの男装がバレてしまったご縁から、妹の面倒などをみてもらっている仲である。いつもアルがお忍びで来る際、フェルメールも同行している事から、お守り、いやいや、護衛役として付き添ってくれているのだろう。

 彼女の兄として、頭が上がらない思いだけど、そんな損な役割を一身に引き受けてくれているフェルメールは、見た目が如何にも不真面目そうにも関わらず、実は監督生であるらしく。見習いの中では、大変優秀な士官生らしい。

 先日、定期的にやりとりをしているアルの手紙に、卒業後の進路に第二騎士団配属が内定されたと書かれてあって、どうやら将来有望な人材であるようだ。

 そんなフェルメールは、何故か僕らをいたく気に入ってくれているようで、三白眼のオリーブを彷彿させる瞳を細めてにやにやと笑う。これが、いわゆる彼の通常形態。すなわち、何か企んでいそうな笑顔。

「僕は、マスコットじゃありませんよ」

「んな冷たい事、言うなよ!俺だってよ、たまには癒しが欲しいんだから!」

「……はあ」

 そう言われても、何とも居たたまれない。

 元々、男女の一卵性の双子だからと物珍しげに見られたりする事が多くて、夜会でもパーティでもよくジロジロと見られているけど、そういう不躾な視線は苦手で居心地が悪い。簡単にそれを受け流せるアルがいつも羨ましくて仕方ない。

 それに、最近ランチタイムでもヒューバート様に見られている気がしてやるせないのだ。もれなく、アメリア嬢の睨みも追加される時もあるし。僕の自意識過剰だったら最高なんだけどな。

「ほーんと、滅多に会わないのにイオとフェルは仲良しだよねぇ」

「お。付き合っちゃう?」

「ありえません。って、だから!話を進めてくれる?」

 相変わらず、直ぐに軽口が出てくるなぁ。

 フェルメールの冗談はばっさり切って、先を促す。

 いつもなら、僕だって余裕があるけど最近のストレスで、心にあまりゆとりが取れない。せめて、こちらにゴタゴタがない時にして欲しかったな、なんて絶対に言えるはずもないし。

「あのね、えーっと。しばらく、この人を引き取ってくれない?」

「はあ?」

「いや、だからこの人を」

「フェルメールさん、もっと詳しくお願いできますか?」

「しゃあねぇな」

 何となく、そんな事じゃないかと思った。そりゃあね、分かりますよ?何せ、十四年間一緒に居たもの。昔、色鮮やかな蛇を連れてこられた時には生きた心地がしなかった。何故かアルに懐いているので遠くに逃がして来なさいとも言えず、マーナと二人で震えている所をサラがアルから奪って屋敷から出て行ったのは今も記憶に残るイイ思い出の一つ。

 だから、今回もむやみに拾ってきたのは分かるけど……分かるけど、理由が知りたい。ので、適任者に直接聞くことにしたまでだ。

 僕が視線をフェルメールに向けた事で、アルがイオのばかーと呟いたが無視を決め込む。

 その代わり、サラの作った絶品デザート、フルーツパルフェをアルの前に差し出してやれば、瞬時に瞳が輝いたので納得して頂けたようだ。うん。そういうアルが、お兄ちゃんは可愛くて仕方ないよ。

「まあ、事の発端はいつものように夜中、お嬢が水浴びをしに出ていって、ナオ、あー、あの男の名前なんだが、負傷したナオを連れて戻ってきたって訳だ。それで、うちは四人部屋だけどベッドが一人分余ってたし、怪我の治療をしてからしばらく部屋で療養させてたんだがな。最近になって、学校の外で何度か不審な輩を見かけてよ。こりゃあ、ちょっとキナ臭ぇなって上と話した結果、お前の所がとりあえず今の所一番安全なんじゃないかと」

「……それって、あの方がそう判断されたって事ですよね?」

「まあな」

 敢えて、ここでは名前を言わなかったがフェルメールの言う上というのは、リーレン騎士養成学校の校長をされているコルネリオ・フェル=セルゲイト様だ。

 かの人は、今の国王様の弟君でいらっしゃるマティアス・フェル=セルゲイト様のご子息で、年齢は二十九歳。されど独身で、いまだに浮いた話など聞いた事がなく高潔な騎士として有名である。容姿端麗でありながらも武道の腕前も各騎士団長と肩を並ぶほど。

 また、文官としての才能も持ち合わせていて、父の部下ということもあり、僕とアルも幼い頃から、それこそ生まれる前からの付き合いだ。

 コルネリオ様は、僕たちの事をよく知っているので、当然、入学式の時点で僕たちの入れ替わりにも気付いていたらしい。アルが、それに気付いているのか分からないけどね。

「期間は、どのぐらいでしょうか」

「もって半月ほど。十日中には、終わらせたいってのが希望」

 という事は、内々で既に調査を進めているっていうこと?まあ、あの人なら問題が起きる前に既に対応に取りかかっているはず。しかも、今回はアルが連れて帰ってきたというのもあるだろうし。

 数ヶ月前の殿下暗殺未遂事件で、何となくコルネリオ様がアルの事を憎からず思っているのではないかと感じた。だからこそ、コルネリオ様が僕を巻き込むのは当然の結果というわけだ。はあ。だったら、僕も受け入れるしかない。

 それに、フェルメールを介して期限付きでの申し入れなのだから断りづらい。あー、多分そういうのも見越してるんだろうな。僕が承諾しやすいように。

 ……でも。


 それだったら、実はもう一つ条件が必要なのだ。


 それは――

「あの。僕が、その人の背景を知る権利はありますか?」

 僕が良くても、相手がどう思っているのか。

 そりゃ、当然だよね?僕だけがその気になっても、彼が拒絶すれば水の泡だもの。

 僕の質問はフェルメールにとって面白い出来事だったようで、瞬時にオリーブ色の瞳を輝かせた。

「だとよ、どうする?」

 さも嬉しそうに口角を上げて。

「……」

 しかし、フェルメールが喜んだ所で回答権は本人のみと決まってる。いや、あの、よっぽど気分が良いのは分かるけど、口笛とかいりませんから!どれだけこの状況を楽しんでいるんだか。椅子に身を預けて振り返ってるフェルメールに一瞥を寄越して、次に僕へと視線を移した彼は冷たい海のような声で答えた。

「知りたいというのであれば」

 まるで、僕を探るように見てくるその金色の瞳から視線を逸らせない。

 そこへ。

「申し訳ございませんが、少し口を挟ませて頂いても宜しいでしょうか」

「サラ?」

 まさか、彼女が僕たちの会話を中断させるなんて。

 サラは、己の侍女という仕事に誇りを持っていて、ましてや仕えている家の人間を貶めるような人ではない。だから、命令もなく従者が会話に入ったこの事が如何にタブーであるのか理解しているはずなのだけど。って、サラの名誉に誓って言っておくけど、僕は一度も彼女を叱った事などないからね?いつもクールで、侍女という仕事を全うしてくれる彼女を誇りに思っている。

「ん?珍しい事もあるもんだ、別にいいぜ」

 フェルメールの許可を受けて、それまでいつものように沈黙を守って僕の後ろに控えていたサラが数歩ほど前に出た。初めてサラの声を聞いたフェルメールは、当然子供のようにワクワクしている。全く、この人は。

「……ねえ、イオ。良いの?」

 フェルメールに呆れていると、アルが僕の袖を引っ張った。

「え?」

「だってさ、サラがこんな行動する時って」

「私ごときの人間がでしゃばって大変申し訳ございません。深く感謝致します」

 アルの言葉を遮って、サラはフェルメールたちに一礼をすると、僕を静かに見つめて目を閉じた。

 あ。ちょっと待って。何だか、嫌な予感がしてならないんだけど。

「あの、サ」

 せめて、先に何を話すのか訊ねてみるかと腰を上げた瞬間、サラの青い瞳とかち合う。

「現在、我が主は精神的にも肉体的にも不安定な状態でございます。実際、既に二日前からまともなお食事もとられておりません。そのような状況で、貴人をお預かりするなど出来るはずがないと判断致します」

「は?」

「え?」

「って、ちょっ、ちょっと待って!なっ、何言ってるんだよ、もう!ちょっと、最近暑くなってきたから体調が悪いだけだよ!ほんとに!」

 ああああああっ、まさか身近な人間にリークされてしまうなんて。

 これが思わぬ伏兵というやつ!?

「だ、だから、ね。大丈夫だって。ほら、元気でしょ?」

 もはや、誰にアピールしているのかも分からない。

「イオ」

 うわぁ……、後ろを振り返るのがこんなに恐いと思えるなんて。

 焦れば焦るほど泥沼に落ちていく僕を、アルとフェルメールが半信半疑の表情で見ている。これ以上、疑われては溜まらないのでとりえず、サラに近寄りこれ以上は言わないように目で訴えてみた、が。

「へぇ。メイドさんよ、おたくは事情を知ってんだな?」

「はい、もちろ」

「しーっ!黙って。サラ、お願いだからっ!」

 気が付けば、もうこれ以上は駄目だとサラの口元を慌てて両手で押さえてしまっていた。

「……イオ」

 ああ、しまった。やってしまった……こんなんじゃ、僕が何かを隠しているのなんて丸わかりじゃないか。僕の馬鹿!

「イオ」

「……」

 後ろから、何度もアルが名前を呼ぶ度に、ひしひしと伝わるお怒りのオーラ。

 これは、紛れもなく怒ってらっしゃる。うん、これは確実に怒ってる――あのアルが。

 ヒヤリと背中に汗が流れ落ちていく。



「お願いだから、こっちを見てよ……イオ」



 その声は、あまりにも切実で。

「……分かったよ」

 僕の事を誰よりも何よりも大切だと言ってくれる妹の思いに報わねば、と兄ならば思わずにはいられなかった。

 そんな声音を出させる為に、黙っていたわけじゃないのに。

 心配をかけたくなくて、黙っていたのに。

「まあ、とりあえず座ったらどうだ」

「……そうですね」

 フェルメールに促されて、先ほど座っていた椅子へと座り直す。

 僕が元の位置に戻った事で、サラは何事もなかったかのようにお茶の用意をするために部屋を出ていく。

 その後ろ姿を目で追いながら、静かに息を吐き出した。

 サラは決して悪くない。

 ただ、彼女はいつもこんな風に僕の精神に負担がかかると、まるで子を守る母のように声を上げて周りに助けを求めてくれるのだ。話すのが苦手なのに。

 はあ。けど、油断してた。

 まさか、久しぶりにサラがここまで大胆な行動に出るなんて。屋敷に来た当初は、毎日父上に業務日誌と呼ぶには事細かい程の内容の報告書が届けられたと母上から聞いた事もあったけど。

 僕の事になると、何故かリミッターが外れてしまうようで逆に心配になってしまう。


 今回は、彼女を心配させた事も主としての僕の落ち度だ。


 サラがこれ以上心労を抱え込まないように、もっと上手く隠せるようにならなくちゃ。

「それで、食事もとれないなんて何があったの?」

「それは……」

 どうしてこんな事になったかなぁ。今日は、アルの用件を聞くだけだったはずなのに。やっぱり、最近ついてないと思いながら、苦笑いを浮かべて僕はそもそもの始まりを話し始めた。

 何を考えているのか分からない異国の人の視線を気にしながら。


2017/07/25 コルネリオ氏の年齢変更

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