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間に合った!たくさんの閲覧&ブクマ&評価、ありがとうございます!
今回は、まだまだ余裕のなんちゃってBL風味。
内容的に、話を重ねるごとにその傾向が強くなってまいります。
4.
時にして人は勇敢な戦士にも慣れる――なんて、後から思い返せば何であんな行動しちゃったかな、なんて思わなくもない。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
男子寮の造りは、女子寮と似ていて殿上人な身分の人ほど上層階へと追いやられている。
余談だけど、アルミネラも父が現宰相、それに殿下の婚約者でもあるというそんな高貴な人材であるため、その役割を担う僕も同じで、実は結構不便だったり。疲れている時の階段の上り下りって辛いよね?
まあ、そのぶん寮の制約も緩くなる特権もあるけど。
なので、ここ男子寮で最も尊ぶべき人物といえば、当然のこと我が国の最高権力者である王族オーガスト殿下で。それから、次に何か問題があれば国同士の争いの火種になりかねない要人が隣国の王子ヒューバート・コールフィールド様である。
――という訳で。
ただいま、僕はなんとヒューバート様の自室前に立っています。はい。
って、いや。おかしいよね?普通、異性がここまで入り込むなんてあり得ないでしょ。僕だって、そう思っておりました。けど、男子寮に入って直ぐに居るはずの寮母さんは不在中で、警備の人たちは何故かソワソワされながらもにこやかに通してくれた。
ちなみに、二階部分で男女の寮が繋がっている渡り廊下に配置された警備兵の方に至っては、大きな買い物袋を二つ持つロプンス様とその後ろから果物を落とさないようにふらふら付いていく僕を視界に入れた途端、僕たちを何度見するのというぐらい見ていたにも関わらず、結局は声をかけずに視線を逸らした。あの微妙に憐れな人を見る目は忘れられない。
「本当にわざわざ申し訳ないッス!俺、ヒューバート様の部屋に居候させてもらってるんでこんな所まで連れてきちゃってすんません。こんな最上階まで疲れましたよね。俺なんかが相手にしてもらえないくらいの深窓のご令嬢なのに申し訳ないッス」
「……淑女としては、いかがなものかと思います。これからは、気を付けて下さいね」
色んな意味で、ほんとにね。
本来ならば、婚前前のご令嬢が異性の居住区に近づくなんてあり得ない。だから、さっさとお暇したいので、僕も無難な返事をしてから果物を今度は慎重に袋に収める。
「おお!入ったッスね」
「良かった」
本当に良かった!あーもう、腕がだるくて仕方ない!最初から、慎重に入れてみたら良かったのかな。 ああ。でも、もういいや。
「では、私はこれで」
やっと帰れる!
心の中では、クラッカー音と共に何故かアルミネラが万歳と両手を挙げて喜んでいる。って、なんでそこでアルが出るかな……いや、別にいいけどさ。可愛いなぁ、うちの妹。なんて、思わず顔を緩めながら踵を返す――が。
「あ、あのっ」
「はい?何でしょうか?」
まだ、何か用件があるのかな?首を傾げて振り返ってみると、ロプンス様の顔が赤い。熱?風邪?もしかして、風邪を引いていたから、あんなにぽろぽろと果物を落としていたのだとか?
「こん」
「何やら、外がうるさいと思えば。買い出しからやーっと戻ってきて、主の部屋の前でレディを口説いているとは。いったい、お前は何様のつもりなのですか?」
なんというタイミング。
まるで、わざとロプンス様の言葉をかき消すように、恨めしい声音と共に目の前の扉が開いた。
当然、出てきたのは彼の主であるヒューバート・コールフィールド様で。
まさか、このタイミングで登場されるとは、なんて心の内で肩を落とす。……後少しで帰られたのに。ごめん、サラ。
一難去ってまた一難。
けど、こうなったら仕方ないか、と諦めてヒューバート様に笑いかける。
「このようなお時間に申し訳ございません。ロプンス様が、果物を落とされて困っておられたのでお手伝いをさせて頂きました。少し賑やかにさせてしまい、大変失礼を」
「ああ、そうだったのですね!いや、彼のミスは私のミスでもあります。アルミネラさん、ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、宜しかったらお茶でもどうですか?」
最近、ヒューバート様ともランチタイムを過ごすようになってから、いつの間にかアルミネラ嬢からアルミネラさんと呼ばれるようになっていた。
まあ、セラフィナ嬢に至っては最初から愛称で呼ばれているらしいから、あまり気にしなくても良さそうだけど。
僕としては、エルの事を、エルフローラさんと呼ばれる事に毎回モヤモヤが収まらない。
ヒューバート様が言うにはそもそも他国の人間だからか、僕たちの間には距離感があるのだとか。僕は誰に対しても平等に対応しているつもりなんだけど……あ。アルと相性の悪い殿下以外は。
そういう訳で、せっかく留学しているのだし、これからのミュールズ国を担う同じ世代の僕たちとはもっと歩み寄りたくて、まずはその第一歩として呼び方を変えたらしい。
うちの国の王子殿下よりも王子様然としたヒューバート様は、物腰が柔らかく、それこそ前世でいうアイドルのような容姿なので隠れファンも多いようだ。アッシュブラウンの髪をさらっと撫でつけながらにこりと微笑まれれば、大抵の女生徒は骨抜きにされる。
だから、こんな風に自室でお茶でもなんて言われた日には、彼に憧れを抱いているご令嬢方なら気絶しそうな域だろうけど。
「お誘いは、とても嬉しいのですが。このようなお時間に、それも異性の方のお部屋へお邪魔する訳にはいきませんので。大変申し訳ございません」
僕は、男なので胸をときめかせる事などありません。残念ですが。ん?残念?残念じゃない!思考まで淑女に染まりかけて……ああ、恐ろしい。
ヒューバート様に対抗してではないけど、同じように微笑みながら目を伏せる。
「……っ」
最近、困った時はたいてい目を伏せていれば大丈夫だとマスターしたのだ。
見た目が儚げだと言われるので、こういう仕草をするとどうやら相乗効果があるらしい。
この間も、同学年の男子生徒に懸想文を貰ったけど、何やら鼻息を荒くしてこの世界の全てから解き放たれたような視線を向けられてしまった。ので、思わず困ったように笑って俯いたら、彼は理性を取り戻したのか涙を浮かべて謝罪しながら逃げ去っていってしまった。ほんと、ごめん。でも、内心ホッとしました。
やったね、どんどん淑女としてレベルが上がっているのかも!!……なんて、絶対に信じたくない!
密かにへこんでいる僕の前で、ヒューバート様が片手で口元を覆って唸る。どうしたんだろう、と顔を上げると。
「え?」
「**!****、*******!」
とりあえず。は?と言わなかった僕、偉い!
「あ、あの、今、なんておっしゃったんですか?」
いや、だってさ。いきなり、乙女ゲームの世界だからか共通語になってる日本語でもなく英語でもない、聞き覚えのない言語でしゃべられたって分からないよね?僕の見解、間違ってないはず。
「ああ、失礼しました。つい我が国の王家が伝承している言葉が口からこぼれてしまったようです。驚かせてしまってすいません。クルサードの国民でも知らない言語なので、ご存知ではないので当然ですね」
「……え、ええ、不思議な言葉でした」
ほんとにね。
それに、あまりにも不意打ち過ぎて、少し焦ってしまったぐらいだったからその話を聞いて安心した。もしかして、いきなり試されているのかと思ってしまった。
これでも、僕は家庭教師がこぞって匙を投げたアルミネラに勉強を教えていたし、身体を動かす事があまり出来なかったのもあって近隣諸国の言葉なら軽く会話する程度には勉強している。だから、いきなり話を振られても対応出来るように気をつけていたから。
「我が国の言葉に魅力を感じて頂けたなら、いつでもお教えしますのでおっしゃって下さいね」
「まあ。ご冗談がお好きですね。さきほど、ヒューバート様は王家が伝承なさっているとおっしゃられたわ。私には無理なご相談ですよね」
「ふふっ。貴女のような聡明なご令嬢だと、私もつい言葉が過ぎてしまうのです」
「聡明だなんて、そんなこと」
「本当ですよ。貴女は、聡明で美しく気品があって素晴らしい」
「勿体ないお言葉です。ありがとうございます」
アルになりきれてない指摘部分、本気で身に染みて心が辛いです。お兄ちゃん、頑張るよ。
ああ。けど、我が国の殿下もこれぐらい軽く社交辞令が言えるぐらいになって欲しいなぁ。最近、気が付けば睨まれている気がしてならない。
さて、そろそろ引き返さなくちゃ。サラの鬼が阿修羅にジョブチェンジするかもしれない。
さっさと帰りたいという事はおくびに出さず、さり気なく周りを気にする仕草を見せてから、再びヒューバート様に視線を戻そうとしたのに対して。
「ぅえ?」
何故か、その隙をつかれて右手を取られた。
「な、なにを?」
ここにきて、初めて身内以外の誰かに手を握られるなんて事をされて、動揺が隠しきれない。
「ご無礼を。ただ、どうしても、貴女に触れたくて」
「……っ」
何なんだ、この人は。
先ほどから意表を突いてくるものだから、僕としても脳の処理が追いつかず後手に回った。
そりゃあ、ここへ来る前はアルのいたずらや行動なんかで多少の出来事には慣れてきている。けれど、まさか手を握られてしまうなんて。というか、最初から警戒に値する人に対してなら、僕だってそれなりに対応してた。まさか、ヒューバート様がこんな真似するなんて、誰も想像すらしていなかったはず。
意表を継ぐ予想外な出来事に、アルの真似も淑女の仮面にすらひびが入る。
「こ、困ります!」
言っておきますが、とっくの昔に素が出てますよ。本気でね、本気でキャパシティがオーバーしてる。 ああ、どうしよう。
僕はよく気を抜いた時が油断しやすいから気をつけて、とエルにもアルにも注意されていたはずなのに。怒られる!いや、言わなきゃ良いだけの話だよね?
「貴女を慕う私をどうかお許し下さい」
以前は――そう、この間も同じようにいきなり手を握られるなんて事があったけど。あの時は、相手もふざけていたし僕が困ると直ぐに手を放してくれた。
「私ごときに、何をおっしゃられるやら」
きっと、これも悪い冗談。
そうだ、そうに決まってる……なんて、期待してヒューバート様に愛想を送れば、少し強引に手を引っ張られて歩が進む。
「ヒュ……、な、なにをっ」
そこから先は、まるでスロモーションで見ているかのようだった。
あっ、と思った時には、彼が恭しく僕の手の甲へと唇を落とし、まるで忠誠を誓う騎士のように僕を真摯な眼差しで見下ろしていたのだから。
「社交辞令ではありませんよ。美しい人よ、あなたは私が崇拝している戦いの女神のように気高く慈悲深くていらっしゃる。それに加えて、常人以上の理性と知性も兼ね備えた大変優秀なお方です」
「そ、んなことっ」
「オーガストと婚約などしていなければ、私が名乗りをあげていた事でしょう」
って、抱き締めようとしないで下さい!
「っ!?や、やめて下さいっ!」
あまりにもヒューバート様が王子様然としていたので、少しだけ見惚れてしまったのが悪かった。手の甲にキス、からの告白と一連の流れに従って最終的に抱き締められそうになったのを、我に返って両手で押し留めて首を振る。
まさか、なんて恋愛に疎いこの僕でさえもはっきり分かる。
――僕は今、ヒューバート様に熱烈に口説かれている。
はっきり言って、嘘だと早く言って欲しい。誰かに助けて欲しいのに、さっきまではうるさかったロプンス様はこういう時に限って空気を読んでいる。さすがは、ヒューバート様の従者ですけど!そこは、僕に味方してくれたって良いんじゃありません?
ほら、女の子(外見だけ)が困ってますよ!
「あ、あの、困ります」
真摯な眼差しであるはずなのに、何故か彼に対して背筋が震えるほど恐怖を感じた。
僕の中に何かを見出そうとするかのような、暗い森を彷彿とさせる緑色の瞳。
逃げだしたくて、たまらない。
「困った顔も、とても魅力的ですよ」
あ、ああああああ……話が通じないー。
ある意味、前世で仲間と一緒に観に行ったゾンビの世界に通じてる。
もう、無理。もう駄目。誰か、助けてっ!!
もはや、抱き締められるのも耐えるしかないのか、と諦めかけた時だった。
「どうして、あなたがここにいらっしゃるの?」
やや甲高いその声は、放課後に聞いた時にはすごくストレスに思えたのに、この瞬間だけは僕にとって天国にも勝る天の声に変換された。
「……アメリア」
頭上からそんな呟きが聞こえて、ヒューバート様の力が緩む。それだけでもホッとして、僕も声のした方へと顔を向けた。
「どういうことかしら」
そこには、やはり予想通りの人物が、ヒューバート様の妹君のアメリア嬢が険しい顔つきでこちらをじっと見据えて立っていた。
ううっ。怒ってる、確実に睨まれてるよ。
「お兄様に会いに来たのに、どうしてエーヴェリー様がご一緒にいらっしゃいますの?どういったご用件でおられるのか分かりませんけど、さきほど侍女の方が探しておられましたわよ」
「あっ」
まさか、サラが探してくれていたなんて!
しかも、アメリア嬢が目撃してくれていたなんて、なんという最高のタイミング!今日は、夜叉でも阿修羅でも何でも会います!
さり気なく、ヒューバート様から距離を取って一安心。
あー助かった!と思う反面、かなり失態を犯してしまったなと思わざるを得ない。
「全く。こんなに遅くまでふらついているとは、淑女が聞いて呆れますわ」
はい。全く以て申し訳ございません。
っていうか。分かってはいるんだけど、やっぱり僕に対してのみアメリア嬢は辛辣だよね?棘々し過ぎ。
なんで、こんなに嫌われてしまったんだろうか。
「オーガスト殿下の婚約者と呼ばれる方がこのような体たらくでは、お姉様もさぞや心もとないでしょうね」
「アメリア。それは、言い過ぎですよ。お前がいくら、エルフローラさんに懐いているとはいえ、アルミネラさんとエルフローラさんは幼馴染みなのですから」
痛いです、今はさすがに胸に刺さって痛いです。
「いえ、言われて当然のことです。アメリア様も、お兄様が心配なんですよ、きっと。ですから、どうぞ叱らないで下さいませ。では、私はこれで失礼させて頂きますね」
さきほどの事は嘘だったかのように振る舞って、にこりと笑う。
僕としては、それが本望なので是非とも無かった事にして頂きたい。
ここで、僕はようやくその場を離れる事に成功した。
誰にも悟られないように、静かに息を吐き出しながら入れ違うように歩いてきたアメリア嬢と視線が絡む。
「ごきげんよう」
絶対に返事はないと分かっていても、挨拶をするのは淑女のマナーだ。頭を下げて通り過ぎて、戻した瞬間、何となく視界の端のアメリア嬢に目がいった。
「……っ」
その一瞬の表情を、なんと表現すれば良いのか分からない。
ただ、僕を見ずに歯を食いしばって耐えるような顔になっていたので内心驚く。
けれど、そこで声をかけるのは躊躇われてしまって口をつぐむ。
もしかしたら、さきほどの攻防戦を苦々しく思っているだけなのかもしれないし、僕という存在が忌々しくて仕方ないのかもしれないし。
話しかけた所で、さきほどの傷をえぐられそうなので諦めた。
僕にだって、心はある。
だから、今は、ただここから逃げたいという本能に従って階段へと向かった。




