21(下)本編最終話
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本編の最終話となります。
「じゃれ合いはこのぐらいにして、本題に入るがよいか」
あ、今の、遊んでいらしたんだ?うん?遊んでた?もしや、弄られていたの僕では?あはは、そんなまさか。……何だか頭が痛くなりそうだから考えないようにしよう。
「はい」
「まず、お前を拐かした者たちだが、全員とは言い難いが大方検挙出来たと報告を受けた。だが、反体制派の残党についでだが、最後の一人まで見つけ出す事は出来ない。分かるな?」
「心得ております。即ち、今回の大捕物が捕まえ損ねた者たちへの抑止に繋げるお考えでございましょう?」
という事は、処罰は厳しいものとなるだろう。
ある意味、見せしめとなるのだから。まあ、僕は視界を奪われていたからどこのどなたかなどは全く知らないんだけれども。
ああ、でも。そういえば、監禁されていた屋敷が生徒会のビアズリー・コレット様のお宅だったんだよね。ただ、エルにそれとなく聞いたら、継母君が捕らえられた後の彼には全く変化はなかったらしい。あの時に聞こえた会話もお互いに嫌いあっていたようだから、清々したという所かもしれない。何でも、本当の母君は早くに亡くなり、あの継母君は彼の父君を騙し既成事実を作って後家に入ったようだから。彼と父君にお咎めがなくて良かった。
――けれども、その一方でやはり処分を免れない人もいるわけで。
「アルベルト・フォンタナーについてはもう知っているな?」
「……はい」
アルベルト様は学院を退学して、今も取り調べを受けていると聞いた。フォンタナー卿がいつから不穏な動きをしていたのか、外交中の行動やアルベルト様ご自身の交友関係に至るまで今も取り調べられているのだとか。
「一度だけ、俺もアルベルト・フォンタナーに会った」
……そっか、お会いしたのか。
どう返事をすれば良いのか分からず口を噤んでいると、オーガスト様が苦笑いを浮かべた。
「お前が妬ましかったのだそうだ」
今思えば、そうなんだろうなぁと思う節は多々あった。――だって。
「命令とはいえ、お前を酷い目に遭わせた事実を知っていた上で父親に再び会わせたのは、お前があっさりそれを忘れてしまえていたからだと言っていた」
え?セラフィナさんへの恋情からくる嫉妬じゃなかったの?……どういう事?
「忘れたから嫉妬、とはどういう事です?」
だよね、マリウスくんもそう思うよね。
「早くに細君を亡くされたベルナル・フォンタナーは、一人で息子の面倒を見ていたそうだ。そんな父親を尊敬しない子はいない。アルベルト・フォンタナーも例外ではなく、フォンタナー卿を尊敬していた。その父が反体制派の、ましてや中枢的人物であったこと。しかも、短期間だけの付き合いであったとはいえ、己の友を奴隷商に売りつけた事がショックであったらしい」
――己の、友。
アルベルト様は、僕を友人として見て下さっていたのか。
僕だって、あの方は学院ではしっかりしていて頼もしい先輩として尊敬していたし、僕自身としてもこれからもお付き合いを続けたいと思えるほどだった。
「『忘れられるものなら、僕だって忘れたかった』」
「それは、アルベルト様が?」
「ああ」
以前にも、似たような事を言われた気がする。……確か。
『忘れられるものなら、忘れた方が幸せな時がある、と思う』
記憶がなかった時の僕は、忘れても良いんだよって都合の良い解釈をしていたけど、あれは僕を羨んでいたからこそ出た言葉だったんだ。そういえば、僕が記憶を失ったって知ってアルベルト様は悲しそうにしてたっけ。もしかしたら、あの時からアルベルト様はずっと僕を妬んでいたのかもしれないな。
「イエリオス様のご心労も知らないで」
……マリウスくん。
「いえ、彼は知っていました。知っていて、それでも僕が許せなかったのでしょうね」
最も辛い記憶を消してしまえた僕のことが――――
『誰もが羨むぐらいの幸せの絶頂期に居て、約束された栄光も用意されていたというのに自ら全てを放棄するってどんな気分?』
――――感情を抑えられず、嫌味を口にしてしまうほどに。
こんな、こんな形で終わりたくないよ。
「あいつを恨むか?」
だから。
「いいえ。……ですが、頭にきてます。だから、いつか会いにいこうと思います」
彼は僕の顔なんて二度と見たくないかもしれないけどね。言いたい事も伝えたい事も話さないまま、さよならなんて絶対にしてやるものか。
「そうか」
「はい」
「それならば、俺からは何も言うことはない」
正面に見据えたオーガスト様がやや肩の力を抜いて口角を上げる。こういう仕草の一つ一つが様になるのだから、我が君はやはり格好いいなとか内心で誇りに思ってしまう。……そういうの、まだ気が早いというのに。
「ありがとうございます。それで、あの、お身体の具合は本当に良くなられたのでしょうか?」
実は、あれからずっと僕が買ってきたお菓子を摘まんでいるのが気になって気になって仕方なかったんだよね。食べやすいものにしたけど、毒で胃腸が弱っているはずなのに手が止まらないなって。
「この通り何ともないぞ。改めて言っておく。あの時は心配をかけてすまなかったな」
「いえ、とんでもありません!」
僕の方こそ何も出来なくて、不甲斐なかったのに。
「毒は茶に入っていたのだそうだ。入れたのは反対派の息の掛かった侍女で、自害しているのが見つかったらしい」
「おおよそ、あなたを牢屋送りにするのが一番の目的でしたのでしょう。まあ、あわよくば目障りな王太子の暗殺も出来れば良いと考えていたと思いますが」
マ、マリウスくん。反体制派の本音だろうけど、そこはちょっとオブラートに包もうよ。
「……そうでしょうね」
僕も言い直しなんて要求しないけどね!
「フン。そう簡単に死んでやるものか」
「何とも頼もしいお言葉です」
さすが、我らの主はイケメンだよね。そうだよね、マリウスくん。と、視線を投げつけると何故か盛大なため息をはき出された。えっ、何故に?
「こっちは気が気じゃありませんでしたけどね。殿下は昏睡状態に陥るし、牢に収容されていたイエリオス様は拐かしにあわれ、しまいとばかりにアルミネラ様が温室に立て籠もってしまわれたんですから」
あー、それは、ね。うん。
「……妹がご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」
ひとまず、アルの件については謝っておく。いや、だって殿下と僕については自分たちの所為じゃないし。でしょ?
「まあ、そう言うな。相手が何かしら仕掛けてくるであろう事は父上たちの読み通りであっただろう?」
えっ。
「今なんと?」
なんか聞き捨てならない事を聞かされたような。
「ベルナル・フォンタナーが帰国したという情報は早々に掴んでいたのだ。だが、運悪くお前は記憶がなかったのでな、今回はお前抜きで何とかフォンタナー卿を捕らえる手段を講じていたのだ」
フォンタナー卿が僕に何かしてくる事は予定調和だったのだ。
「……」
そっか。そうだったんだ。
「結果、あなたを危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ありませんでした」
「すまなかった、イオ」
「い、いえ」
正直に言おう。実は、けっこうダメージがきている。陛下と父上にもその件については謝られたけど、こんな裏があったとは知るよしもなかったな、って。
せめて、餌にするなら事前に教えて欲しかった。って毎回の事か。
ただ、温室までの流れを考えると、どうもあの方々はあそこまで読んでいらしたとしか思えない。きっと、オーガスト様たちにもそこまでは話してないんだろうな。――と、この場で唯一、全てを知っていそうな男を振り返る。訝しんでいます、という顔で見やるも、椅子から少し離れた位置に立つフェルメールに無視を決めこまれた。……後で絶対に聞く。主従関係になった以上、話して貰わないと。
「よし、決めたぞ。次の集会からはお前も参加させるよう陛下に掛け合っておく。なに、さして問題はなかろう。お前はいずれ俺の宰相となる男なのだから、今から経験を積んでおくに越した事は無かろう」
「えっ」
不意打ち過ぎる!っていうか、や、ちょ、ちょっと待って?気が早いのでは?いや、マリウスくんもうんうん頷いてないでさ?ね?月一の定例会議に参加させてもらっているだけでもかなり緊張してるんだよ?
「それと、お前には特別に定期的に近況報告を義務づける」
「っ、近況報告……ですか?」
は?と言いそうになったのをぐっと飲み込んで、オーガスト様を仰ぎ見る。無礼な言動は慎めたけど、多分、顔は思いっきり不満が浮かんでしまっている事だろう。
そんな僕にニタリと笑みを浮かべたオーガスト様は満足そうに、ああ、と肯定して頷いた。
「かといって、毎日報告をしに来いとは言わん。ちょうど入団したての騎士が居るから、月に二度ばかり定期的に寄越してやる。お前は勉強の合間に日記でもつけて、そいつに渡せばよい」
……日記。
前世で小学生の頃に必ず出た夏休みの絵日記じゃあるまいし。今生の家庭教師さえ、そんな宿題出されなかったよ?
「そんな横暴な」
あ、しまった。つい、本音がぽろっと。
「専属の騎士という監視者もついているが、念には念を入れておくべきかと思ってな。そうでもしないと、またいつ厄介事に首を突っ込むか分かったものではない。いいか、どんな些細な事でも必ず書くのだぞ。お前が関わると、後に大事件に発展する可能性が高くなる事は、俺は身を以て体験したのだから断言出来る」
……なんと横暴な。
大事な事だから二回言いますとも。ちょっと態度に出てしまったからって、オーガスト様も大人げないのでは?
それと、マリウスくんも視線を外して遠くを見ないでくれるかな?この分なら、きっと後ろで控えているフェルメールも同じような顔をしているはず。僕が災厄の種とでも?失敬な。人よりちょっと、ほんのちょっとばかりアクシデントに遭いやすいだけじゃないか。……うん、自分で言ってて虚しくなってきた。
はあ、と思わずため息をはき出すと、お茶を追加してくれたマリウスくんが珍しくフッと笑った。
「今、学院内ではあなたがいつ転入されるのかで盛り上がっておりますよ。この機会に、ご自身が如何に他人に影響を与えているのかご自覚されると良いでしょう」
充分、理解していると思うんだけどな。
「……注目を浴びたいとは思っていません」
そもそも、僕は目立ちたくないんだよ。前世のように、なるべく周囲に溶け込んでそれなりに楽しい学校生活が出来ればそれだけで良いのに。
ただ、まあ、反論するには確かに色々とトラブルに巻き込まれるなって思うというか、なんというか。……くっ。泣いてない!泣いてないもんね!ちょっと目にお茶がかかっただけだし。
「反体制派の残党の動向も気に掛かっている。お前に何かあったからでは遅いのだ」
オーガスト様に、頼むといわんばかりの顔なんてされたら、僕は。……あーもう。
「……承知致しました」
オーガスト様が僕の事をどれだけ気に掛けて下さっているのかは、その緋色の真摯な眼差しでよく分かる。――そんなの無碍にできるはず、ないじゃないか。
「――で、だ。俺の今の頭痛の種は、あの吟遊詩人なのだが」
「え、っと……ミレイさんが、何か粗相を?」
もしかして、空気読まずに何かやらかしたとか言わないよね?ね?
オーガスト様のお言葉ではないけど、ミレイさんを思い浮かべるだけでそっと自分の額に手を当ててしまう。
現在、あの人は国賓として王城に招かれている。というのも。
フォンタナー卿との対決の前にセラフィナさんに謳った女神たちの戦いについての詩が今まで口承で伝えられていたおかげで、歴史研究家だけでなく国家にまで衝撃を与えたようで。ミレイさんの意志を尊重しながらも、滞在中は国賓として扱われる事になったという。
「彼の人物は、どうやら一箇所に留まるのが苦手なようでな」
「あー、なるほど」
そういう事か。つまり、要約するとあの通りの自由人なので滅多にお城に留まっておらずお城の方々が毎日探し回っていて、そのしわ寄せがオーガスト様にもきている、という事ね。
「吟遊詩人とはそういうものなのだろうが、それにしても自由過ぎる」
分かる。すっごい分かる。もうそれしか言えないんだけどさぁ。
そもそも、僕がミレイさんに初めて会ったのが奴隷商の籠の中だったしね。そこに微笑ましい思い出なんて一ミリもないけど。
それに、僕もミレイさんに助けて下さいなんて強くは言えないんだよね。あの人がミュールズにやってきたのは、僕が前世持ちの可能性があったからに過ぎなくて。わざわざやってきたのに、当の僕はミレイさんと会った記憶すらなくなっていたのだから。……ショックだったなァ、といまだにネタにされているしまつ。ああ、そういえば。
「あの、ですね、先日ミレイさんと会ったのですが、何でも後継者が見つかったようなのです。現在、ナンパ、じゃなくて……えーっと、勧誘しているけれど良いお返事が貰えないのだとそのような事をおっしゃっていました」
しまった。つい、ミレイさんとお話している時のようにナンパって口から出ちゃった。あの人と居たら前世でしか伝わらない言葉がほいほい出てくるから僕も同じように話してしまう。気をつけなくては。
「ほう」
え。ど、どうして、そんな一オクターヴ低くなるわけ?恐いんですけど!?
「どちら様です?吟遊詩人はその日暮らしの根無し草ですけれど、僕たち王宮魔導師と同じく古くから伝承されている誇りある職業だと思うのですが」
って、マリウスくんも微妙に黒い笑顔にならないで?可愛い顔が台無しだよ?
二人とも違う所で怒っているのに、同時に威圧してこないでもらいたいよ、全く。という事で、僕は早々に白状する。
「リーレンに在籍しているクレフ・グルナム子爵子息です」
煮るなり焼くなりなんなりと。っていうのはマズい?
「ああ!確か、姉のアリーシャ・グルナム嬢は」
「ええ。アルベルト・フォンタナーの代わりに生徒会役員になりましたね」
「エルフローラ嬢に匹敵するほどの才女であるらしいな」
それは僕もエルから教えてもらっていた。少しおどおどしているけど、彼女ならばやり遂げられるだろうと思う。性根が真っ直ぐで、素直で良い子なんだもの。と、まあ、グルナム嬢の話はここまでにして。
「以前、クレフ様はいつか世界中を巡って各国の歴史や冒険譚を纏めて本にするのが夢だとおっしゃっておりました」
あれはいつだったかなぁ。確か、リーレンの視察で近隣国の先生方をご案内していた頃の事だったか。僕の初めてのキスの話は出さないよ?うん、あれは夢だったんだ。そうだよね、そうしようね。
「それは吟遊詩人と同じ事ではないのか?」
はい、ごもっともです!と、内心で激しく頷く僕と同じく、マリウスくんが「まあ、ほぼ同じでしょうね」と呟く。もうね、本当にほぼ似たようなものなんだけど。
「……何でも、クレフ様は歌うのが大の苦手であるようでして」
やや強引にクレフ様を歌わせたミレイさんによると、時間はかかるけど壊滅的とまではいかないらしい。なので、どうにかクレフ様を己の後継にしたいのだとか。
「だから、渋っているというのか」
そう呆れたのはオーガスト様。
「それなら仕方ありませんね」
と、クレフ様に同情したのはマリウスくん。……あれ?見事に票が割れちゃったなぁ。
「たわけが。苦手であるならば、練習に練習を重ねて克服すれば良いだろう」
まあ、そうなんだけどさ。
「努力は実らない事もあるのですよ」
何故か、悟りきった顔つきで、ね?とかこっちにふられても困るんですけど。何だろう……マリウスくんはそんな苦い経験でもあるのだろうか。
「ともかく、そういう事のようですので、見当たらない時はリーレンにおられるかもしれません」
多分、隙を見てはリーレンに行っていそうな気がする。あの人、そういうのに長けてそうだし。
「そうか、分かった。彼の者たちにも伝えておこう」
「よろしくお願い致します」
ふう!これは実に良い仕事をしたのでは?
「リーレンといえば、……あ、あいつはどうしている」
はい、仕事は待ってはくれませんよー!どんどん行きましょう。どんどん。ええ、その為に本日は呼ばれたんだから。泣いてなんかないよ!たまに頭が痛くなるだけで。……はあ。さて、次なるお題は――アルミネラだ。
「初めはやはり大変だったようですが、今はだいぶ慣れてきたようですよ。ただ、僕が居なくなった為に、エアハルト・グスタフ様が、……あっ、いや、その、何でもないです」
しまったな、余計な事を口にしちゃった。
「エアハルトがどうした?」
ほーらーねぇ!すーぐ、飛びつくー!
「あー、えーっと、あの、……アルをライバル視して絡んでくるようで、その、……面倒だと」
この際だから、もう言っちゃえ!と思って言ってしまったけど、仲が悪いのにほんと素直じゃないよねぇ。
「ライバル視をして絡んでくる、だと?……なるほど。ならば、近々覗きにいってやるとしよう。その愉快な現場を一度見てみん事にはな!」
いや、はははって笑っても分かってるんだから。本当は、とても気になってしょうがないくせに。
これだからオーガスト様には困ったものですよね、とかそういう無言の会話は必要ないよ、マリウスくん!こっちを見られても!僕は、反応出来ないんだよ!何故ならば!君の隣りの王子様がずーっと期待の眼差しでこっちを見てきているからだよ!
「お前も懐かしかろう。ついてきたければついてこい」
「……承知致しました」
うん、もう直ぐにピンときてる。それって遠回しに、一緒に来て欲しいなって事ですよね。あー、なんだろう。最近、オーガスト様が何をおっしゃりたいのか分かってきている自分がいる。まあ、良いんだけど。
「妹の話題が出たのでこの際お訊ね致しますが、例のお話、本当に宜しかったのですか?」
「ああ、あの話か」
なんて『例の話』とわざわざ隠語めいた表現を使用しているけど、そうでもない。
実はアルミネラからオーガスト様との婚約破棄の申し出があったのだ。
両親と相談した結果、理由はあのご神託の信憑性にある、と表向きに公言しているけれど、アルミネラの意思を尊重した結果だった。騎士になりたいというアルの夢の為でもある。
だから余計に、ご神託の謎を解明出来そうなミレイさんを探しているという人たちもいるんだろうな。
そんな中、オーガスト様はアルミネラが騎士になるまでは婚約を破棄しないと返答したのだ。
「互いに猶予が必要だと思ったのだ。どうするのが良いのか、俺も考える時間が欲しかったんだ」
……オーガスト様。
「格好つけずに、茨の道を歩むアルミネラ様が心配だったから、せめて王子の婚約者という肩書きで彼女を守りたかったんだと素直におっしゃられたら良いものを」
「えっ」
「っ、あああああああああああああ!マリウス!お、お前は、な、なにを言い出すのだ!はは、はははっ!あ、あの女にそんなものは必要なかろう!はははははっ!」
うーわー……いたたまれない!アルミネラの兄として、どう反応しろと?
「聞かなかった事にしろ!」
……と、言われましても。そんな真っ赤な顔でおっしゃられてもなぁ。
「ええい!イエリオス!お前とて、ミルウッド嬢に隠しだてしたい事があるはずだ!」
「なっ、卑怯な!どうして、そこでエルフローラの名を出すんですか!僕はまだ返答すらしてなかったですよね!?」
「顔が言っていた」
なんですか、それ。
あまりにも理不尽で思わず半目で見ていると、マリウスくんがぱちんと音を立てながら両の手を合わせた。
「ああ、分かります。慣れてくると、イエリオス様って顔に出ますよね」
「えっ!?」
それほんと?と言う顔でフェルメールを見るとこくりと頷かれる
「……そんな」
せめて、そこは嘘でも良いから首を振って欲しかった。いや、嘘をついたら許さないけど。
「な、そうであろう?お前もまだ俺と同じ未熟者であるという事だ。そこで、だ!」
ばーん、と唐突に机を叩くオーガスト様。いや、その演出なに?
「来年行われる近隣国の集まりに陛下と宰相が参加する事が決まったのだ。短期間だがその穴埋めを任されたので、お前には俺の宰相として手伝ってもらう」
「はあ!?あ、いや、すみません。その、あまりにも恐ろしい事をおっしゃるので、つい」
っていうか、一体何を考えてるんですか!?僕なんぞが国政を動かせるわけないでしょ!?ええ?本当に分かってます!?
「安心しろ。穴埋めといっても、俺たちは基本的にその場にいる事自体が仕事のようなものだ。それに、陛下の重鎮たちも手助けしてくれるし、お前にはコルネリオ伯父上が補佐役としてついてくれるという事だ。だから、安心してくれ」
コルネリオ様が!?今度は何を企んでるの、あの人――はっ!いやいやいや、そういう問題じゃなくて!……嘘ですよね?
「とにかく、いずれこの国を動かす為の演習だと思えばよい。ただし、失敗は許されないがな」
知ってます?それって、世間では『本番』っていうんですよ。うわぁ……やだ、もう。
「俺とマリウス、それにお前がいて、今ここには居ないがテオドールを含めた俺たち四人ならば必ず成し遂げられる。俺はそう信じている」
……あーもう。この人は、全く。
「共に歩もう」
そんな自信に満ちた目で見つめられたら、頷くしかないじゃないか。僕が押しに弱いのご存知でしょう?
この人には敵わないな、と苦笑して、椅子から立ち上がって片膝をつき、右手を胸へと当て頭を垂れる。
お茶会の最中でなんて、ほんと全くしまらないんだけど。しかも、フェルメールなんて表情も変えず僕の後ろで同じ姿勢をとっているあたり、絶対、僕がどうするかって読んでいたよね。
「承知致しました。未熟な私でも良いとおっしゃって下さるのならば、この身が朽ち果てるとも骨の一片までオーガスト様に捧げましょう」
まだまだ父上の足下にも及ばないけれど、僕が良いとオーガスト様がおっしゃってくださるのなら僕は期待にこたえたい。
何にせよ、目下の目標は一年後の会議までに文官の仕事をこなすこと、かな。
後は……うーん、と悩んでいたら不意に胸に当てていた手を掴まれて。
「え、……わぁ、っ!」
「ありがとう、我が友よ。いつになるか分からんが叙任式は盛大に行いたいのでな、それまで俺と一緒に高みを目指してくれ!」
勢いよく引っ張られるものだから、思いっきり顔面をオーガスト様の胸へとぶつけてしまって、おかげでちょっと鼻が痛い。
「おっと、すまんな」
「もう!イエリオス様が潰れてしまわれたらどうするおつもりですか!」
え、なに?潰れちゃうってなに?マリウスくんの僕に対するイメージがすごく気になるんだけど。すまん、ともう一度謝られてしまったので慌てて、滅相もありません、と首を振る。
「では、密やかに祝おうではないか」
……紅茶でかぁ。いや、それもまた一興だよね。
「はい」
「で、何にです?」
「決まっている。俺たちの始まりとなる――――今日、という日だ」
結局、僕がアルミネラと話せる時間が取れたのは一ヶ月後の事だった。
あの殿下とのお茶会から一週間後にグランヴァル学院に転校して、まあ色々とあったりして。うん、あまり詳しく話さないけど、昨日、父上にエルフローラとの再婚約を早めてもらえるようにお願いしたとだけ。……それで察してほしい。人間って恐い。
アルの方はというと、僕よりも早くリーレンに転校していたからやっとアルの実力が周知されたという事だった。以前と同じくレインとよく行動を共にしていて、そこにグスタフ様が加わったらしい。お兄ちゃんとしては嬉しい反面、とても心配です。だって、あの方僕に抱きつこうとした前科あるし。コルネリオ様も目を光らせていると思うから、ちょっとは気持ちが軽くなったけど。
まあ、それは可として。
「……あのさ、アル」
ようやくアルと話せる時間が出来たのは事実だ。
「うん?なあに、イオ」
……でもさ、でもね。
「やっぱり、こういうのはマズいと思うんだよね」
「こういうのって?」
「しらばっくれないでよ。だから、こういう、入れ替わり!」
いくら、それがオーガスト様主催の夜会であっても入れ替わる事はないんじゃないかなって思うんだけど!いい加減、アルだって淑女の作法を学ぶべきだとお兄ちゃんは思います!
「えー良いじゃん!イオはいつかエルともう一回婚姻を結ぶけど、私のお兄ちゃんである事は変わりないでしょ?」
「まあ、そうだけど」
エルと婚姻を結んでも肩書きが変わっても、僕がアルとは双子で少しばかり早く生まれただけの兄には違いないよ。
「だったら、私がイオに可愛いドレスを着せて楽しんだって別に良いよね」
「いや、おかしいよね?」
おかしくない?どこでその変な理屈が混ざったの?
「可愛いのに?」
……う。
「お、男が可愛いと言われても」
その愛らしい目で見てくるのは止めて。
「似合うのに?」
だから、止めてってば。……あー、ほんと無理なんだって。
その小動物みたいな上目遣いをどこで覚えてきたの!?
「似合うとか似合わないとかいう」
問題じゃないんだってば、と最後まで言い終える前に両手をぱしっと握られた。
「イオが似合うって事は、私にもそのドレスが似合うって事なんだよ?」
「……た、確かに」
一理ある。あるのはあるけど。
「可愛い妹のお願いだよ?」
「……っ」
卑怯だ!僕がアルのお願いに弱いの分かっていてわざと言うだなんて!
「……もう分かったよ」
仕方ないなぁ。
こうして新しい世界へと転生したというのに、どうして僕が女装しなければならないのか、いまだに僕には分からない。
了
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
この後に、いつも通り番外編が二つ続きますのでもう少しお付き合い頂けたら嬉しいです。
BGM:BUMP OF CHICKEN「Hallo,World!」




