表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/174

21(上)

閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

申し訳ありません、最終話ですが長くなるので区切りました。

 そうして、花は再び蕾をつける――――




 拝啓、寒冷の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 僕はというと、あれから一ヶ月間苦行の毎日であったけれども、ようやく完治したようですが残念ながら全治には至らず、せっかくなので松葉杖のようなものを作ってもらってリハビリに勤しんでいる所です。いや、本当はね、この世界にも車椅子があったんだけど大きすぎるわ目立つわで、ごめんなさいさせて頂いたんだよね。それに、足の骨折でそこまで大ごとにされても困るというか。ね、分かるよね?

 そんな訳で、本日はそろそろお呼び出しされる頃合いだろうなぁと思っていたら本当に呼ばれたのでその方のお部屋にご訪問させて頂いていたりします。はい、それではご紹介致しましょう。

 その高貴なる身の上の方とは――

「イエリオス、息災であったか?」

 なんと、我が主オーガスト・マレン=ミュールズ殿下にございまーす。わぁ、すごーい。って、高貴なる身の上なんて言ってなかったって?うん、知ってる。わざとだもの。僕だって緊張してたらテンパるんだよ!いや、だって。……だってさ。

「……っ」

 ――あ、駄目だ、と思った時にはもう涙腺が緩んでしまい、咄嗟に手で顔を覆う。

 実はあの二人きりのお茶会でお倒れになられてから、オーガスト様も最近まで療養されていたと父から聞いていた。一時は昏睡状態に陥ってしまったほどだった、と。

 そんな話を聞いて居ても立ってもいられないのに、僕は僕で骨折してままならず屋敷で療養しなければならなかったのだ。

 だから、実はオーガスト様に会うのはあれ以来だったりする。――だから、僕は。

「なっ、ど、どうしたというのだ?」

 こんな初っ端から感極まって泣いちゃうとか。……情けない。

 僕が急に泣き出してしまった為に、顔を綻ばせていたオーガスト様が戸惑いの声をあげるのも当然だろう。だからといって、直ぐには涙は止まらない。うわぁ、どうしようなんて思っていたら何故か室内から足音が近付いて息を飲む。

 いや、だって、まかりなりにもここは王太子殿下の部屋なんだよ? ここでは陛下の次に位の高いオーガスト様が直々に僕を出迎えて下さったのだから、室内には誰もおらずまた二人きりで話をするのかと思うよね?それなのに、足音が近付いてきたので顔を上げた僕の目の前には――

「……イエリオス様を、泣かせて?」

 明らかに訝しんでオーガスト様を睨め付けているマリウスくん、だった。

「ちがっ!ご、誤解だ!」

「す、すみません!ち、違うんです!そ、その、……オーガスト様がお元気になられて本当に嬉しくて。それと、僕……あれからちょっと泣き虫になってしまいまして」

 ああ、恥ずかしい。ううっ、と情けない声を出していたら僕の後ろでずっと黙って見守っていたフェルメールにハンカチを渡された。いや、タイミングおかしくない?もっと早くどうにか出来たでしょ?

 そう言いたいのはやまやまだったけれど、今はぐっと我慢する。後で言う。絶対に。だって、僕が見てないからと思って面白がってたはずだもの、確実に。ええ、僕には分かりますとも。

「そういえば、この間学院の図書館で本を読みながら泣いているあなたを見かけましたね。書類か何か提出するついでに寄ったんですか?」

「ええ、そうなんですよ。書類を提出がてら、もうすぐ学院にお世話になるのでその挨拶に行ったんですが、懐かしくてつ、い……っ、じゃなくて!」

 今、明らかにとてつもない話をされたよね!?僕もさらっと聞き流しちゃったけど!

「み、見かけたのなら声を掛けてくださいよ!」

 いや、本当にそこは声を掛けて欲しかった。目立たないように端の方で読んでいたから大丈夫だろうって思ってたのに。……まさか、見られていたなんて。

「あなたを遠巻きに見つめるご令嬢の壁の厚みが凄まじかったものですから諦めました」

「か、壁?厚み?」

 えっ、なにそれ?

「そのぶんなら、どうにかやっていけそうだな。まあ、とにかくいい加減中へ入れ」

 えぇ?その話を聞いてどうにかやっていける自信無くしたんですけど。そう言わずにはいられないのに、廊下で立ち話をしている為に警護中の騎士の方々に注目をされている事にも気が付いていたので同意する。これって絶対に、後で笑いのネタにされるパターンだよね。あそこの息子、読書で泣いてたらしいぜーって……今すぐ忘れてもらえないだろうか。

「あ、あの、オーガスト様、私の騎士も同席して宜しいでしょうか」

「かまわんぞ」

 専属の騎士らしく、先程から終始無言で僕の後ろを歩いていたフェルメールを振り仰いで頷いてみせる。実は、現在フェルメールには僕の身の回りのお世話をしてもらっているのだ。うん、勘の良い方はもうお気づきかもしれない。

 そう、今までフェルメールはコルネリオ様に預かってもらっていた状態だったけれど、足の骨折が分かってからエーヴェリー公爵家で雇用契約を正式に取り交わして僕の騎士として迎え入れたのだ。

 なにぶん、フェルメールを専属の騎士にしたのが闇市の会場だったし、そこから帰国した途端に僕は記憶が抜け落ちてしまったのだから両親に説明する事すら出来ずにいたわけで。記憶が蘇って、さてどうしようかと頭を悩ませていたらコルネリオ様が既に話を通して下さっていたので、案外とスムーズに受け入れられたというか。まあ、何となくだけどいずれはそうなるだろうって思われていたんじゃないかなって思ってる。あの二人の事だもの。父上は状況などを鑑みた結果として、母上は勘だけで。ねぇ、もうさ、常人とは?って問いかけても良いよね。

 そういう訳で、まだまだ騎士としてのお仕事をさせてあげられないけど、とフェルメールにも相談したら「お前の傍にいる事が仕事だから」なんていう彼らしい返事をもらえたので今に至る。

 という訳で、サラの負担もだいぶ解消出来たし、僕も大変大助かりしている。……調子に乗るからあまり言わないけどね。


「お茶をご用意しましたので、どうぞ」

 オーガスト様の書斎は相変わらず格調が高くて、自然と居住まいを正してしまう。マリウスくんはもう既に慣れているのか、お寛ぎ下さいとか言うけど正直、寛げる自信がどこにもない。そんなカチコチの僕とオーガスト様に出されたお茶にホッとしたのは言うまでもない。

 だってさ、マリウスくんが淹れてくれたんだよ?有難くて涙が出ちゃう。泣いたら引かれそうだから泣かないけどさ。

「あ、そうだった。ここへ来る途中に、町で評判のお店でお茶請けを購入してきたのですが、……っと、やはり止めておきましょうか」

 ごめんなさい。ここまで出しておいて申し訳ないけど、これはやっぱり持って帰るべきじゃないかと思えてしまった。

 ――素直に言おう。

 僕は、ただただ恐いのだ。

 あの時、オーガスト様がお菓子を口に入れて暫くしてお倒れになった様子を……まだ、僕は覚えている。


 息苦しさに喉に手を当てて汗を流し、顔を青白くさせて苦しまれていたお姿が――


「イエリオス、俺は大丈夫だ」

 ゾクリと背筋が凍って、息が出来なくなりそうだった所にオーガスト様のお声が耳から体へと浸透していく。けれど、不安は解消される事はなく、頑張って作った笑顔はものの見事に失敗してしまった。

「でしたら、まずは僕がいただきましょうか?」

 すると、オーガスト様の隣りに腰掛けたマリウスくんがそんな申し出をしてくれたけれど。うん。あのね、二人の好意は大変ありがたいんだけどさ、この国の次世代を担う二人に食べさせられるはずないでしょう?あれが陰謀だったというのは分かっているけど、何かの間違いがあっては困るのだ。

 ここは買ってきた僕が食べるべきか、と決意して伸ばした手を――不意に横から掴まれた。

「毒見役ならば私が」

 なんなの、と問う暇も与えず、フェルメールがお菓子を口に入れてしまう。

「なっ、」

「大変申し訳ありません、差し出がましい行為でした。私の独断ですので、主ではなくどうかこの私にご処罰を願います」

 ――この人は、また勝手に!

「っ、ちが」

「かまわん。それでこそ騎士だ」

 ……オーガスト様。

「勿体なきお言葉、誠にありがとうございます」

「この者の主として、私からも陳謝致しますと共にオーガスト様の寛大なお言葉を頂戴し、恐縮でございます」

 ……フェルメールのばか。

 一歩間違えていたら、騎士という職を失っていたかもしれないんだよ?そうなったら、この関係も破談しちゃうんだから。タンスの角で小指でもぶつける呪いにでもかかっちゃえ、なんて思いながら恨みがましく見つめてみるもフェルメールには効果はなかった。っていうか、なんでそんな嬉しそうな顔をするかな?

「不思議なえにしもあるものだな」

 どうやら、馬鹿なやりとりを見られていたようでオーガスト様がくくっと喉で笑いながらお菓子へと手を伸ばした。

 ああ、駄目だ。恐いのにどうしても目で追ってしまう。僕よりも大きくて長い指がお菓子を摘まみあげると、それを徐に微笑を湛えた口へ運び込まれるまで。

「……っ」

 心臓が激しく打って、はらはらして見ていた僕にオーガスト様が目を細めて微笑んだ。

「ほう、美味いな。さすがはイエリオス、俺の好みを熟知している」

 オーガスト様は優しさの大判振る舞いですよ。フェルメールの行為を無駄にしないようにと、僕にトラウマを克服させたかったのでしょう?もちろん、手土産を無碍にしない為でもある。

 ――お優しいな。

「ありがとうございます」

「して、貴殿の名は確かフェルメール・コーナーであったな。リーレンでは監督生を務めあげ、卒業後は第二騎士団に所属していた」

「お言葉通りでございます」

 オーガスト様がまだグランヴァル学院に在学されていた頃は、僕もアルミネラになりきっていたから王太子がこの人で大丈夫なんだろうかとか不安で仕方なかったけれど、僕が気付かなかっただけで王太子としての風格はきちんとお持ちになられていたようだ。うん、僕が気付かなかっただけでね。

「リーレンでは年功序列の世界であったが、今やその関係は逆転して主従となった。お前たちに何があったかは知らぬが、収まるべくして収まったのだろう。フェルメール・コーナーよ」

「はっ」

「これからもイエリオスをどうか助けてやってくれ。こいつは直ぐに何かしらの事件に巻き込まれてしまうのでな。誰かが見ておかねば、いずれまた無茶をする」

「オ、オーガスト様!」

 急に居住まいを正されたから何事かと思って緊張しちゃったけど、まさか僕の事だとは思わなかったよ!

「畏まりました」

 いやいやいや。待って。ねぇ、待って。

「僕も好きで巻き込まれている訳じゃありません!」

 それに無茶なんてしてないよ。

「……」

 マーリーウースーくーん?あの、お願いだからそんな目で見ないでよ。本当に本当なんだって。今まで一度も僕はトラブルに飛び込んだりした事ないんだからね?だから、信じてくれないかなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ