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前世で、学生時代に小説を書く友人に聞いた事がある。推理小説を書く上で、まず考えるのは、犯人目線で全てを捉えて取りかかるということ。
彼女達と対峙して、いつの間にか時間もかなり過ぎていたらしい。空を見上げれば、やや深みが増してきた空にぽっかり浮かぶ茜色に染まる雲がちらほらと。夕日がゆっくり、地平線から落ちていく時間帯となっていたようで。
「さっきは助かったよ。ありがとう」
彼にしてみれば、僕を助けたつもりでもいてくれただろうからお礼を告げる、が。マリウスくんはもう一度軽く息を吐き出して横目でじろりと一瞥してきた。
うっ。実は優勢に変わってたって気付いていた?
「僕が声をかけなくても、上手くかわしてたように見えますけど」
「そっ、そんな事ないよ!私、女の子の集団ってちょっと、に、苦手だしさ」
「でしょうね」
「あ!ズバッと言った!今、絶対にやっぱりアルミネラ・エーヴェリーは奇人変人の類いだしって心の中で思ったでしょ!」
「……いいえ。滅相もありません」
「嘘だぁ」
あまりにも先ほどのご令嬢方のインパクトが強すぎた所為か、今はまるで砂漠のオアシス……ではなくて、まあ普段は口数が少ない彼との会話も何だかいつもより和めてしまった。
やっと、少しは話せるまでに友情を築きあげられたのかなぁ、なんてうかれてしまう。
ここまで話せるのに、約二ヶ月。それでも、人とのコミュニケーションがそもそも苦手そうなマリウスくんからすれば、まだまだ僕との壁はかなり分厚い。
彼が、唯一心を開いているとすれば、たった一人。
それは。
「セラフィナが、貴方に傾倒なんてしていなければ、僕だって素知らぬふりをして見過ごしました」
セラフィナ・フェアフィールド嬢のみ。
彼女の名前を口にするだけで、いつも冷静で全てに関わりを持たずどこか遠くの場所に立つマリウスくんの瞳に僅かな光が宿るのだ。
「セラフィナさんとは連絡が出来ているの?」
「定期的に手紙がきます」
これまで何度も名前だけ出てきたセラフィナ嬢だけど、実は今現在、アメリア嬢と入れ替わりで交換留学生としてクルサードのステラ学園に行っている。
彼女は、子爵家という貴族では低い身分だけど、成績はとても優秀で教師方の覚えもめでたい。そんな彼女が他国の学校へ留学するのは、当然の結果だった。
「寂しい?」
「……あと、半月ほどです」
僕の問いに敢えて触れない所が、とても彼らしくて微笑ましい。
「セラフィナは、貴女を信じています。なので、間違っても」
「そういう気は全くないよ。何だ、やっぱりさっきの話聞いていたんだね」
「偶然、聞こえてきたんです。あそこは、調合室が近いので」
「ああ、そっか」
初対面時は、彼が何者なのか全く知らなかったけど、後々訊けば薬剤師の見習いをしていると渋々教えてくれたのだ。いまだに殿下との関係は、はっきり教えてもらってないけど。
ただ、殿下の傍仕えをしているだけあって、きっと将来はそのような位の高い人物になるのだろう。僕の勝手な想像だけどね。
そもそも、この国は国の安泰を最優先とし、次なる国王となる者は自分の高官全てを自らの手で発掘していかなくてはならないのだ。
つまり、この国では血筋以外の職業は一代限りとなっている。
だから、僕もそれに倣って現宰相である父の跡目は継がず、騎士を目指していたわけだけども。
「ごめんね、うるさくして」
「いえ」
何だかんだ不服そうにしていながらも、こうして声を掛けてくれるマリウスくんの優しさが嬉しい。
「もう遅くなってきたみたいだし、私も帰るよ。ほんとに、ありがとう」
「……っい、いえ。別に」
ええー?なんで、そこでそっぽ向くかな?
そんなに僕とは話したくなかったの?それとも、にやけた顔が変だった?それなら、言ってくれたら改善するのに。申し訳ない。
「また、明日ね」
「……はい」
内心、ビクビクしながら伝えた別れの挨拶に、彼はぎこちないながらも返事をしてくれて安堵する。
あー良かった!よし、これ以上この子の時間を奪わないように気をつけよう。
特別棟から、教室棟の方までわざわざ付き添ってくれたマリウスくんに感謝。こういうツン?ツンデレが可愛いのだとセラフィナ嬢も言っていたっけ。
「じゃあね!」
立ち止まるマリウスくんから数歩大きく前を行き、スカートとパニエの裾に風を孕ませながら大きく振り返って手を振った。アルミネラがしているように。
彼は当然、何も返してはくれなかったけど、きっと伝わっていると信じてる。
だって、いつもならランチが終わればいつの間にか居なくなるのに、今日は困った顔で僕を見ていたのだから。
もし、僕ではなくセラフィナ嬢だったら、おしゃべりをしている時はいっぱい笑って、別れ際には寂しい顔をしているんだろうけれど。いつも僕を見れば、苦虫を噛んだ時のような顔をするのだから、今日はなんて良い日だろう。
エルフローラをアメリア嬢に奪われて、どういう流れかセラフィナ嬢に敵意を持つご令嬢方に連行されて、何だかさんざんな放課後となってしまったけれど。
最後にマリウスくんと話せたので気分は最高。多分、アルだったらスキップしながらグラウンドを一周していそうな気がするけど。僕はしない。断じてしない!
前世の二十年というのは、ここで重くのしかかってきたりするのだ。つまり、簡単に言っちゃえば、二十年以上生きていればスキップするのは恥ずかしい、の言葉に尽きる。
ん?でも、この間母上に会った時、領内の農作物が去年より出来が良いって部屋中スキップして父上に叱られていたような……いや、母上は論外だ。気にしないでおこう。
ぼんやりしながら、女子寮への道を歩んでいると足下に果物が落ちていた。
うん、思わず立ち止まって何度か見直してしまったけれど、明らかにこれは果実。こういうのって前世でよく流れてた昔のドラマみたいだなぁと感慨深く思えて橙色の果物を拾い上げる。
大学で、僕と同じくスポーツに打ち込んでいた仲間の一人にドラマ好きの男がいたのを思い出す。奴の種目は剣道だったけど、練習が終わって自宅に帰るとほぼ毎日狂ったように昔のドラマから最新のドラマまでを流していたという。
なんでも、昼間に溜まったフラストレーションを、ドラマを見る事によって晴らしているのだとかなんとか言っていた気がする。その心理、僕には到底考えも及ばない。
ただ、ちゃんと観ているけれど、別にストーリーに興味があるという訳でもなくて。
キャストの動きを目で追うだけで、オススメなど訊かれても俺は内容など全く知らん、とファンの子の期待をばっさり瞬殺した現場に居合わせた時は思わず吹いてしまった。非常に懐かしい思い出だなぁ。
ある意味、動体視力の向上を望む職業病ではないだろうか。
あの頃が懐かしい。奴は、あの後も毎日変わらずドラマを観ているのだろうか。
もう、あの世界へ戻る事など叶わないのに。
どうにもこうにも、ふと蘇る前世の記憶が懐かしい。
郷愁の思いを断ち切って、果実を持って歩いていると、再び同じ物が落ちていた。
「……」
えーっと。これは、もしかして雀などを捕まえる為の典型的な罠の応用編?僕が知らないだけで、もしかしてこの学院は無意味に広いから小動物の部類が出るとか。なにそれ、見たい!
それとも、普通に落ちているだけ……いや、ばかな。
うーん、と悩みながらもそれらを持って歩いていけば、もう一個もう一個と確実に増えていく。僕の腕がどれだけ耐えられるのか、もしや耐久戦を挑まれているのではないだろうか、なんて真剣に思い始めた目の前で、僕の前を歩く人物の袋から今まさに果実がコロリとこぼれ落ちた。
「あの、落ちてますよ」
申し訳ないけど、限界です。
さすがに、両手いっぱいでこれ以上は持てないのが目に見えたので、当人に訴えるほかない。
「えっ、あっ!」
振り返ったのは、見覚えのある男子生徒だったのに咄嗟に名前が思い出せなかった。ごめんなさい。
「すっ、すんません!って、ぇぇええええっ!?まさか、そんなに?」
僕の両手に持つ果物を見てひどく大仰なリアクションと、彼の右目を塞ぐ縦筋の傷を見てようやく彼の素性が蘇る。
えっと、彼は確か――
「ロプンス様、でしたよね?」
「そうです!トーマス・ロプンスと申します。うわぁ、たかが従者ごときの名前を憶えてくれているなんて感激っス!」
なんて軽口を叩いてくれたけど、間違いなく僕と同じ公爵という身分だったはず。
トーマス・ロプンス様は、隣国クルサード国の王子ヒューバート様の従者として共にこのグランヴァル学院の留学生として来ていた。
ヒューバート様が居る場所には必ずロプンス様もご一緒で、言うなれば護衛役とでもいうのだろうか。 隣国の第一王位継承者でありながら、ロプンス様たったお一人だけを側付きにしている辺り、彼の実力は相当なものなんじゃないだろうか。
「いいえ、いつもランチタイムでは色々と楽しませて頂いておりますので」
こういう場面では、あくまで令嬢の皮を被るに限る。
対外国の人間だからというのもあるけど。アルミネラも、そういう空気は読める子だから。身内の贔屓目とかじゃないんだよ?
「うーわぁ、嬉しいなぁ!ヒューバート様には、うるさいっていつも怒られてばっかなんですケドねぇ。そう言って頂けたら、明日からも活力が漲ります」
「ふふ。……それで、あのこちらの果物はどうしましょう?」
冗談は軽く流して。
えっと、僕にも腕力の限界というものがあるのを彼はご存知だろうか。
多分、もう少ししたら上腕二頭筋が震えるよ?というぐらいまで酷使されている腕の中の果物類を見せつけて、ご令嬢スマイルで涼しげに問う。ああ、悲しいかな。どんどん淑女らしくなっていく。
「あ、あー」
じゃなくて。そこ、確認作業は必要ないでしょ。
そりゃあ、ご令嬢方のお話に付き合ってしまって帰りが遅くなってしまったのも悪いけど、女装な身の上の僕にだって一応門限なんてものが存在しているんです。
ほんと、うちの侍女は怒らせたら恐いんだからね。普段より更に無言が続くのに、彼女の後ろに何故か鬼が仁王立ちになって威圧を放ち、目を光らせている幻覚を何度見たか。いや、まだ数回だけだけどもさ。
とにかく、うちのサラに心配をかけるわけにはいかないのだ、が。
「すっ、直ぐにこっちに、って、うぎゃっ!」
「……」
オーケー、分かった。僕が、これを運ぶしかないないということはね。くっ。
いいよ、もういい。諦める。サラの鬼と再会を果たせばいいだけの話でしょ。
「私が入れる場所までなら、お持ちします」
袋に数個ほど果物を還元した直ぐそばから、どういうシステムになっているのか勢いで再び数個落ちてきたのだ。
中がどうなっているのか、是非知りたい。
なんだって、よくもまあこんなに大量の果実を買い込んでいるのだか。
次話は、ややBL風味。ただし、外見はノーマルカプ風。
ただ、その推敲を現在進行形で行っているので更新が遅くなったらごめんなさいです。
明日中には更新する気で!




