表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/174

17

閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

 ――『さあ、あなたに纏わる始まりの物語を聴かせましょう』




 神代の時代が終わりを告げた物語を、その真実を、そして、あなたへと続く物語を聴かせましょう。



 その報告を受けたのは、仲間を一人失った日の夕暮れ時の事だった。

 滅び行くこの世界の衰退を食い止める為に、仲間の一人が召喚術を行ったらしい。あの男が得意とする召喚魔法になんざこれっぽっちも期待など抱いちゃいなかったが、何が召喚されたのかを聞いて興味をそそられたのは確かだった。

 魔法が当たり前にある世界。

 だが、世界はじきに新たな時代を迎えるだろう。

 現に、魔法の遣い手はもう両手の指の数よりも少なくなっていた。

 この時代は、まもなく終わりを迎えるのだ。


 その救済処置の為に、異世界から生け贄を呼び寄せたという。


「――、――――?」

 真夜中が静寂を好むのは限られた命を持つ者達への慈悲である――とは一体、誰の言の葉だったか。

 ほんのまさかの出来事だった。

 こんな星の降る夜ならば、気まぐれにあたしが仲間の弔いをしている所など誰にも知られはしないだろうと思っていた。それが、不覚にも見られてしまっていて、あまつさえ何故か声を掛けられてしまったのだ。その原因ならはっきりしている。

 あたしが、泣いていたからだ。

 そいつは、あたしの袖を掴み不安げに悲しみを湛えた表情であたしを見ていた。

 多分、あたしは舌打ちをしたように思う。知らない言語を操る初対面のこいつに触れられた肌に怖気が走って、例の人物だというのは直ぐに分かったからだ。

 普段であれば、突き放していた事だろう。

 けど、その時のあたしは何もかもが全てどうでもよかった。その所為か、自分が居るべき世界から、無理矢理言葉も通じない異世界へと引きずり込まれて、ただ恐怖するしかないそいつと自分が重なって見えてしまった。

 だから、だろうか。必死に取り縋ってきたかのようなそいつの手を振りほどくことなど出来やしなかった。


 それが、あたしと異世界から召喚された少女との邂逅だった。



 ――彼女は、とても臆病だった。

 それもそうだろう、外見だけで判断するに彼女はまだ両親に守られるべき立場の幼き子供であるのだから。当然、一週間は泣いて過ごしていたように思う。

 召喚した男も、たかが生け贄と高をくくって始めは強気であったものの、あっさり死なれては困ると言い訳をして意思疎通を図りだしたぐらいだった。それを見かねた別の男が、言語が統一されていないのだからいっそ彼女の言語を世界の基礎にしようじゃないかと突飛な事を言い出して、あたし達が彼女の言葉を学ばなければならなくなった。始めはどうしてそんなものに付き合わなけりゃならないんだって思いもしたが、意外や意外でそれが事を為して彼女と上手く付き合えるようになっていった。

 はっきりと言えば、その頃が一番楽しかったといえる。

 召喚魔法が得意な男はいつしか少女の保護者を気取り、他の誰よりも彼女を大切に扱うようになっていたし、彼女の言葉を公用語にと言い出した黄金色の瞳の男は、他人の心が読めるという厄介な能力も授かっていたにも関わらず彼女とは距離を持ちながらも必死に交流していたようだ。それに、褐色の肌を持つ武人でもある男は何をするにも不器用で、そんな所が彼女の心をほぐす役割を果たしていた。

 何とも不思議な一体感があったように思える。ずっと足並みを揃えられない我らが、不思議とこの弱き者を守る為にお互いを尊重し合えたと言っていいだろう。

 女達だって同じだった。山奥の村娘のような質素な生活を好む少女とは一番気が合わないだろうと思っていた貴人気質の女なんて、直ぐに打ち解けていたわけだし、もう一人の掴み所のない風のような女は、何が気に入らなかったのか陰で少女に意地悪ばかりしていたが、ある日を境に姉妹のように仲良くなっていたのにも驚いたものだ。


 そして、少女は恋をした。


 直接確認はしなかったが、彼女の視線が誰を追いかけているのかなど誰の目にも明らかだったからだ。当の想われ人以外には。

 少女にとっては、もしかしたら初恋だったんじゃないかと今では思う。

 けれど、それは叶わぬ恋だった。

 相手が悪すぎたのだ。何せ、お互いの事しか眼中にない双子の片割れになんぞ惹かれても相手にされるはずはないのだから。あの兄妹だけは、最後まで頑なに彼女を受け入れなかったといえばよく分かるだろう。

 結局のところ、想い人は死して彼女の恋が実ることは無かったという事だけは明言しておくとする。


 そんな時だった。

 とうとう世界が揺らぎ始めたのだ――

 空は暗闇が覆い尽くし、風は切り裂くように暴れ回る。人々をふるいにかけるように大地は幾重にも切り裂かれ、呻りながらその身を揺らした。

 ――そもそも。

 あたし達魔法遣いは、死を知らない存在である。故に、魔法は天より授かりし能力だとされ、人々から崇められる存在だった。

 だけど、あたし達からすれば単に長生きしてきただけのことだ。

 あたし達が生まれた頃は魔法など当たり前に遣われていたし、それこそ人々がたまに遭遇する竜や妖精なんかも普通に暮らしていたのだから。彼らが絶滅したのは、単に人々がそれらを人類の敵とみなして己の正義を振りかざしたに過ぎなかった。

 思えば、父や母と暮らしていたあの時代が一番幸せだったんじゃないだろうか。魔法の遣えない人間が生まれる以前のあの頃が。

 そこから、世界は滅びの道を進み始めた。それとも、小さな歪みが生み出されたというべきか。やがてそれはどんどん積もり、大きく大きく重なり合ってあたし達へと襲いかかってきたというわけだ。

 その原因とは、簡単に言ってしまえば突然起きる魔法使いの魔力の暴走だった。

 それにより、不死を授かった我らにも死は与えられ、この千年もの間に多くの仲間達が死に絶えてしまい、残るはあたし達のみとなってしまったのだ。

 また、中には不死を求めた人間に捕らえられた者も多くいた。そいつらが辿った凄惨な死に方は想像を絶するに値する。あたしに出来るのは、彼らが安らかに眠りにつける事を祈るだけだ。


 ――彼女は、とても聡明な子供だった。

 あたし達が魔法を遣っているのを見て、黒い瞳をキラキラと煌めかせて魅入るような無邪気な子供だったが、己がどうしてこの世界へ召喚されたのか何となく察していたのだ。


 あたし達が望んでいるもの――――それは、暴走する魔力を移すだけの空っぽの容器だった。


 だから、男は魔法そのものがない世界から少女を呼び出したのだ。

 一刻の猶予も無い状況で、そう言いづらそうに説明をした男に彼女はようやく納得がいったという顔をして頷いてから「なら、私はさしずめこの世界の勇者になるんだね」と言って微笑んだ。強い子であると思った。それに、優しくて芯が強い。

 あたし達は、彼女の事が大好きだった。

 ――彼女は、とても健気だった。

 きっと、それは彼女がよく話す暮らしていた国のお家柄なのだろうけど、自分には全く関わりのない世界に召喚されたのにあの子はあたし達一人一人と目を合わせ言ったのだ。


『ねぇ、私は何をすれば良い?』


 あたしは、この日を一生涯忘れやしないだろう――――



 あたし達が彼女を連れてやってきたのは、何重にも封印を施していた古来より祀られていた土地。そこには、今まで仲間の暴走を己の魔法によって封じていたあたし達の長とも呼べる男がいた。誰よりも魔法を扱うのが上手く、どの魔法遣いよりもその力は絶大だった。それ故に、仲間の救済を施していたはずが、いつしかその身にもて余す程の力となって男の体を蝕んでいったのだ。

 初めは、誰も気付かなかった。

 だが、徐々に精神に異常をきたし、狂気に取り込まれた男が仲間達を死に追いやっていくのを目にして、彼が壊れたのだと理解した。

 何もかもが遅すぎたのは分かっている。あたし達の所為で長からその膨大な力を取り除く為に、無垢な少女を犠牲にしようとしている事も。

 きっと、長が正気であったならば、よくもそのような残酷な真似が出来たものだと酷く罵られた事だろう。されど、我々には既に猶予が残されていなかった。否、これはただの言い訳だ。そんな事は分かっている。

 あたし達がしようとしている事は、無関係な少女に苦しみを与える事なのだから。

 ――それでも。

 それでも、生き残っているあたし達が世界を守らなければならなかったのだ。

 そう、ただ単にその日がやってきただけの事だ。


 誰もが、少女の死を予感していた。


 悲壮に満ちて、今にも泣きそうな顔で押し黙るあたし達に、けれども彼女は少しばかり怒りながらこう言った。

「私、死ぬのは自分の世界でって決めてるんだよね。だから、皆もそのつもりで頑張ってよ」

 世界が終焉を迎えるというのに、それがあまりにもいつもと同じ調子で。

 全く死んじまいそうにない顔で言うものだから、可笑しくてつい声を出して笑ってしまった。

 ――……ああ、この子には敵わない。

 そう呟いたのは誰だったか。

 そこから、あたし達は直ぐに行動を開始した。

 空っぽの少女は、触れる事でその者の魔力を奪う。だから、彼女が長に触れる為にあたし達が魔法で長の暴走を少しでも封じて隙を作る側と、彼女に危険が及ばないよう防御する側に分かれる事にした。

 だが、あたし達をあざ笑うかのようにこの世界をも滅ぼそうとする増大な力の前では、あたし達は足下にも及ばなかった。体も精神も蹂躙されて、血反吐を吐けどその苦しみから逃れる術はなくそれでも何度も何度も挑み続けた。

 この時ばかりは、死なずの体に生まれた事に感謝をしたものだ。彼女を守れるという事が皆の誇りとなったからだ。

 やがて、仲間の一人が己を犠牲にしながら彼女を長の元へと連れていき。

 そして、



 ――――――――世界は、破滅の危機を逃れた。




 少女が目を覚ましたのは、それから一ヶ月ほど過ぎた辺りだった。

 不思議な夢を見たんだ、と言っていつもの笑顔を浮かべた彼女に、あたし達は外聞もなくただ涙した。

生きていてくれて良かった、と。


 それだけで全てが報われた気がした―――――もう、一生魔法が遣えなくなってしまった身でも。


 どうやら、あの時彼女は長の魔力だけでなく、彼に向けられていたあたし達の魔力さえも根こそぎ奪ってしまったらしい。本人にその事実を話すと、彼女は自分でも知らなかったらしく驚いて、直ぐさまあたし達の体を心配してくれた。自分がどれだけ眠っていたのかも知らないで。

 そう、あたし達はただの普通の人間になったのだ。

 怪我をすれば痕が残る。骨を折れば時間をかけて治さなければならない。病気になれば死ぬかもしれない。

 それに、今まであたし達は今まで魔法を維持する為に、何かを体の中に取り入れる事は出来なかったのだ。食べる、なとどいう習慣がなかったあたし達が、ようやく彼女の「お腹空いた」という言葉の意味が理解出来た。

 生きていくという事は、そういうこと。

 ――あたし達は、とても幸せだった。

 一生を終えること――どれだけ願っても叶わなかったその夢を叶える事が出来るのだから。

 それからしばらくしても彼女の体には何も変化は起きなかったが、ずっと眠りについていた時の不思議な夢の話を聞いてあたしはそこで理解した。

 長い長い夢の中で、彼女は未来を見ていたという。おまけに、自分の世界への帰り方も覚えてきたというのだから驚かされたものだ。

 彼女が見た夢とは――見知らぬ誰かの人生で、そいつはあの子と同じ世界で生きていた記憶を持って生まれるという。その少女はやがて成長して、色んな経験を積んで沢山の求婚者の中から特別な誰かと結ばれるというものだった。

 まるでおとぎ話のような夢だった、と何かを秘めたあの子の顔を忘れる事はないだろう。

 この世界に魔法はない。


 ――――それが、この世界の理である。





「ねぇ、モカリア。私ね、あの世界に戻ったらあの子を探すよ。それで、あの子の友達、ううん、親友になってみせる!」

「そいつが志半ばで死ぬって分かっていてもかい?」

「……うん。ほっとけないんだ」

「あいつのように?」

「あはは、モカリアは何でもお見通しだよね。でもね、でも、夢の中でとても嬉しい事実を知ったんだ」

「へえ、そりゃなんだい?」

「――――」

「ははっ!そりゃすごいね」

「運命は流転するんだよ、こうして……いつか歯車が噛み合うまで」

「そうかもしれないねぇ」

「だからね、私きっとあの子とは気が合うと思うんだ!ああ、わくわくしちゃうなぁ。私ね、あの子の為にゲームを作ろうかと思うんだ」

「ゲーム?なんだい、そりゃ」

「あの子がこの世界は素晴らしいって思えるように、あの子の人生をゲームにするの。そんなのいらないお節介だし、驚かせる事になるけどね。でも、どうしてもやりたいんだ。……応援、してくれる?」

「ああ、もちろんさ。ずっと、ずっと忘れないよ、あんたの事は。いつか、あんたの優しい心がそいつに届くようにあたしが最後の魔法をかけてやろう」

「ありがとう!大好きだよ、モカリア!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ