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閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

申し訳ありません、上下では無理でした……


 遠くへ。

 遠くへ。

 少しでも、ここから遠くに。


 前言撤回。やっぱり、片足を挫いたのは良くなかった。

 連れ込まれていた屋敷は幸い何度か馬車で通った事があったから、直ぐに地図が頭に浮かんだまでは良かったのだ。けれど、片足が使い物にならず身を隠しながら進む事に焦りしか感じない。

 ……こんなんじゃ日が暮れちゃうよ。

 そもそも、アルはどこにいるんだろうか。それすら分からない。僕のように、この貴族街のどこかに監禁されているのだとすれば、もうお手上げと言ってもいいぐらいだ。いや、諦めない。諦めたくない。アルが同じような目に遭っているかもしれないのに。

 となれば、アルを探す前に誰かに助けを求めた方が良いだろう。それも、僕がこの人は何があっても味方だと絶対に言いきれるような人物が。

 ……いる?

 ――今の僕に?

「……いるはず、ないよ」

 思い浮かぶのは、誰もかれも顔を合わせにくい人ばかり。

 それなら自分の家はどうかと考えてみたけれど、この足に時間をとられようやく着いた頃には先回りされて、もう一度拐かされてしまいそうな気がしてならない。きっと、再び捕まってしまったら今度こそ僕は殺されてしまうだろう……そんな気がする。

 そう考えると――他に僕が行けるのは学院かリーレンしかない。

 確実に信じ切れるというなら、王城の執務室で働き詰めになっている父上か恐れ多くも陛下だ。けれど、フォンタナー卿がおっしゃっていた『反体制派はどこにでも居る』という言葉が引っかかってしまっている。現に、牢屋にベルナル卿を通した人物がいるのだから。

 もう一度牢屋に入ったって構わないと思えるほど、殿下のご容態が知りたいんだよ……本当は。

 ままならないなぁ、とため息を吐き出して、ジンジンと痛みを訴える足首を固定したハンカチの結び目が緩んでいないか確認する。焦りばかりが募って、これで四回目になるんだけどね。

 実はあまりにも足首が痛くて、逃げてきたけれどまだそれほど距離は歩けていないのだ。細い路地をぐねぐねと歩いて、たまたま煉瓦が積まれた壁が隠れ場所に最適だったからそこに座り込んでいるというわけ。ちょっと筋が違うだけだから、歩いて探し回られたら直ぐに見つかってしまうはず。

「グランヴァル学院か、リーレン騎士養成学校か」

 どちらを選んでも、ここからはほぼ同じ距離にあたる。当然、どちらも危険だろう。


 僕には、どちらが最善なのか分からない。


 以前の僕なら、どちらを選んでいたのかな?――いや、しっかりしろ、僕。

 弱気になるな。前を向け。そうだ、冷静に考えてみよう。

 グランヴァル学院には、エルフローラがいる。それに、今は会いづらいけどセラフィナ嬢やレヴィル様も。気まずい別れ方をしたけれど、セラフィナ嬢ならきっと助けてくれるに違いない――『僕』の為に。って、卑屈になっている場合じゃないんだってば。

「あ、でも」

 生徒会室に行けば、アルベルト様がいるんだ。

 生徒会室に行かなくても、エルかアルが助けを求めれば、いずれはアルベルト様に知られてしまう。アルベルト様は……きっと、フォンタナー卿を裏切れないだろう。

 皆を上手く言いくるめて、また自宅かもしくは直接、フォンタナー卿に引き渡すに決まってる。そうなったら、おしまいだ。……だったら、学院には行かない方が良いんだろうな。って事は。

「リーレン、か」

 コルネリオ様なら、アルがいつ頃何処で行方不明になったのか知っていそうだし、既に捜索しているはずだ。あの方に抜かりはないもの。……うん。


「そうと決まれば、向かう先はリーレンだ」


 覚悟を決めて立ち上がった所で、馬車の轍の音がしたので慌ててしゃがみ込んだ。

「……」

 ここは貴族街だから普通に馬車は通るけれど、今の時間に走っているものは気をつけないと。身を潜めなければと片手で口を覆って、馬車が通り過ぎるのを静かに待ってみる――のに、突然、馬車がこの近くで停車した。

 ……もしかして、気付かれた?

 心の臓が激しく音を響かせて、僕に今すぐ逃げろとせき立てる。

 駄目だよ、動いちゃ。だって、まだ何も。

「居たか?」

「いや、見当たらん。足を痛めていたと言っていたから、まだそんなに遠くへは逃げちゃいないはずだがな」

「ったく、あの女もやってくれる」

「卿に知られては俺たちの命が危ない。もう少し先に行ってみるか。乗れ」

「ああ」

 ……やっぱり、この馬車はフォンタナー卿の仲間のものだったんだ。

 会話もそうだったし、何より彼らの声はどちらもあの地下室で聞き覚えのあるものだった。あの四日間を思い出せば、一瞬にして体が震える。口を覆っていない方の手で服を握りしめ耐えていると、御者台に乗る音がしてようやく馬車が再び動き始めた。

 ――恐い。

 こんなにも恐怖を感じたのは初めてだ。

 とにかく、他の追っ手にも見つからないよう慎重にリーレンに向かわないと。

 フォンタナー卿の仲間の馬車が通った以上、もうこの道は進めない、いや、気分的に進みたくないのでまた別の道に入るために狭い路地を通り抜けようとして――

「っ、うわぁ!」

 細い階段を下りたら、最後の段がやけに柔らかかくて動揺した。というか、明らかに「ぐえ」って人の声が……えっ?

「す、すみません!僕、知らなくて、その、あなたを踏んでしまって」

 いや、だって、まさか、こんな所で寝ている人がいるなんて思わないよね?それも、横たわって寝ているなんてさ。

「……見つ、けた」

「えっ?」

 って、人の手を掴んで寝るってどういう了見!?

「ちょ、ちょっと、あの、起きてください!」

 見つけた、って僕を?どういう事なの?僕を探していたって事?

 改めて彼を見直してみると、彼が纏っているのはリーレンの制服だった。ああ、もしかしたら彼は『イエリオス』と顔見知りなのかもしれない。

「探して……る、皆。……だから、帰ろ?」

 探してる、皆が。って事は、やっぱりコルネリオ様はアルの捜索をしてくれていたんだ。でも、一つ気にかかる事がある。

「あ、あなたはどうしてここに?」

 はぐれるにも程がある。というか、一人でこんな住宅街の真ん中で寝ているのは何かしら理由があったのかな、なんて。

「……俺は……仮眠」

「仮眠」

 はっきり言って、仮眠って域じゃないと思う。けど、言わない方が良いんだろうな。

 でも、まあ、捜索隊が動いていると分かったのはとても心強い。ただ、アルミネラを探してくれているというのなら、僕ではなくちゃんとアルを探し出して欲しいかな。

「……申し訳ありませんが、僕は大丈夫ですので妹のアルミネラを探してはもらえませんか?」

「ど、……して?」

 いや、どうしてってそんなの決まっているじゃないか。同じリーレンの学生なら、あなたが見ていたのは僕じゃなくてアルミネラなんだよ?だったら、普通は自分と縁が深い人間を優先するでしょう?……なんて言えないか。入れ替わっている事を知られてしまう。うーん。

 ――でもさ。

 僕が目覚めて関わった世界では、誰もが僕じゃない『僕』を求めていた。

 なら、この方の特別も。……この方の特別は、『イエリオス・エーヴェリー』という名前のアルミネラなんだよ。だったら――

「きっと、その方があなたにとって良い事だから、です」

 本当の事は言えないので誤魔化してみるも、いまだ寝転がる彼は器用に首を傾げた。何だろう、何か……猫みたいな人だな。

「……友達」

「え?」

「俺、と……きみ」

 えっ!友達だったの!?それは知らなかったなぁ。あーあ、失敗した……ちょっと他人行儀過ぎたかも。

「だったら、尚更のことアルミネラを探してください」

「……ち、がう」

「えっ?」

 えっと、申し訳ないけど何がおっしゃりたいのか分からないんだけど。

 すると、ぐっと掴まれていた手を引っ張られた拍子に足首に痛みが走って、思わずその場に座り込む。

「……怪我、して……るの?」

「え、あっ、だ、大丈夫です。それより、あの、何が違うというんですか?」

 彼が探してくれないというのなら、僕は一刻も早くアルを探しに行かなくちゃいけない。常に眠たそうでうとうとしながら話すそのマイペースさに巻き込まれてしまっているけど、その為には話を終わらせなければ。

「アル、ミネラ……とは、……友達。きみ、とも……とも、だち」

「僕とも?」

「そ、う」

 まさか、僕にもリーレンの友達がいたなんて!

 ……ああ、けれど。そうなると、彼は以前の僕の友達って事になるんだ。

 僕ではない『僕』の――

「記憶、が……ない、……んでしょ?」

「え、……あ」

 そこまで知っているなんて。

 そういえばアルが寄宿舎にはルームメイトがいるって言っていたけど、もしかしてこの方がそうなのかな?だったら良いな、なんて思えてしまう。

 ずっと眠たそうだけど、意外と彼は本質を見極める力が――――


「け、ど……きみ、は……きみ、だよ?」


「……え?」

 今、なんて。

「き、み……は、イエリオス。……イエリオス・エーヴェリー以外、の……何者、……でも、ないよ」

 僕は、僕?


 そうだよ、僕は僕だ。


 僕は僕でしかない。



 僕は、イエリオス。――――僕は、イエリオス・エーヴェリーだ。



 ……ああ。

「……泣、いて……る?」

 泣かすような事を言うからだよ、とは言えず口を閉じたまま首を横に振る。恐らく、僕の嘘は簡単に気付かれているけれど。

「……っ」

 こんな思いがけない所で、名前すら知らない人に肯定されるなんて。

 さっきから泣いてばかりじゃないか。情けない。……目が赤くなってなければ良いけど。

 無言で手渡されたハンカチを借りて涙を拭き取っていると、突然、猫のようにだらけていた学生が急に起き上がったので目をしばたたく。

「えっ」

 何事かと思った時には、僕を守るように背中を向けて剣に手を掛けていた。

「いたぞ!ここだ!」

「あっ」

 ――見つかったんだ!

 一瞬にして緊張感が戻ったものの、足首に痛みが走ってすんなり立ち上がれずにふらついてしまう。

 ……ここまで、かな。

「ふん、学生のくせに生意気な。殺されたくなければ、そいつを渡せ」

 お互いにまだ鞘から剣を引き抜いてはいないものの、既に相手側は殺気立っていた。

 このままじゃ、この方が殺されてしまう。アルミネラの大事な友達をこんな所でみすみす殺されてたまるものか。

「……あ、あの、あなたは逃げてください。僕が何とかしますから」

 僕も共に逃げるのは、この足では到底無理だ。なら、この方だけでも逃がさないと。

「……嫌、だ」

 嫌とかいう問題じゃないよ。……ああ、もたついてしまった所為で、馬車ごと向こうの増援が来てしまった。

「あそこだ、いけ!」

 どう考えても五人に対して一人は無理だって。

 これ以上は駄目だ……彼を巻き込んじゃいけない。

 一人、二人と鞘から剣を抜いて向かってくる男たちに対して、彼も剣を抜こうとする。その手に飛びついて、驚いて僕を見た彼の体を今度は力の限り後ろへと押しのけた。

「逃げてください!お願いだから!逃げて、あの方に……知らせてください!」

「っ、……待っ!」

 スッと僕へと伸ばされた手が見えたけれど、振り返りはしなかった。彼に止められないように痛みを堪えて走って行くと、男たちの顔が驚きから下卑た笑みに変化したのが分かって嫌悪感が湧く。生まれて初めて、人間は汚い生き物だと思えてしまった。

「……っ、う」

 吐き気をもよおしながら、ついでとばかりに足が使い物にならなくて痛みが走る。

 ……ああ、やっぱり限界だったんだ。そもそも二階から落ちて無傷でいられるはずなんてないか。

 痛みに耐えきれず彼らの目の前でしゃがみ込むと、寸での所で立てと言わんばかりに片腕を男の一人が掴んできた。その強引さに嫌悪する。

「お前が大人しくしていれば、無駄に死体を作る事もなかったのにな」

「えっ?……どうして」

 一体、どういう意味?

 僕の疑問に対して男は嫌な笑みを浮かべると、見てみろと視線だけで後ろへと促し――――――息を飲んだ。


「なっ、なんで!?そんな……やっ、止めさせて下さい!どうして、あの方に剣を向けるんですか!?」


 僕が手元に戻ったんだから、もういいはずでしょう?なのに、何故、彼を殺そうとするの!?

「お前があいつと会ったからだよ」

「……僕が?」

 脱走しただけじゃなく、彼と会ってしまったから?

 彼が、死ぬ予定の僕がまだ生きているという証人になってしまうから口封じに殺す、と?

「これで理解しただろう?今度は安易に逃げようとしない事だな。ほら、もういいだろ」

「あ……っ」

 背中越しに金属がぶつかり合う音が響き、振り返りたいのに半ば引きずられながら呆気なく馬車へと乗せられる。

 ――結局。


 何もかも、無駄だったんだ。


 

 全てを諦めた時点で、僕は駄目だったのかもしれない。

 アルを失うのが恐くて、助けにいきたいと思ったのも遅すぎたんだ。

 皆にまた会いたいって願ったことも――――


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