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短いですが話の区切りがちょうど良いので。
ひらり、ひらりと舞い落ちた花びらは
終焉を見るか、それとも。
どうやら、僕は気を失ってしまっていたらしい。
瞼を開けると真っ白な天井が目に飛び込んできて、何処かの部屋のベッドに寝かされていたようだとぼんやりしながらも理解した――途端、つい先程までの記憶が蘇る。
「殿下は!?」
そうだった、気絶なんてしている場合じゃない!
今でも、あの時何が起きたのか分からないけど、殿下が危ないという事だけは僕でも分かった。助けを呼んだまでは覚えているけど、まさかあのまま意識を飛ばしてしまったなんて。
あれからどうなったのか誰かに聞かなければ、と起き上がって扉を探す――――と。
「……え」
……嘘でしょう?
室内を見渡せど、扉らしきものはない。それどころか、目の前にあるのはこの広い空間をあちらとこちらで分け隔てる鉄の棒。それが意味する場所なんて――
「……牢?」
囚人を閉じ込める牢獄に自分が入っている事実が受け入れられない。
「ど、……うして」
悪夢のような現実が理解出来ず、無骨に並んだ格子に近付いて触れてみるとひんやりと冷たくて背筋が震えた。
「僕が、……なんで?」
何も悪い事などしていないのに。どうしてこんな理不尽な状況になっているのか分からず膝を突くと、薄暗い影が差した。
「あ。やあ、目が覚めたかい?」
そこに現れたのは、ミルウッド卿……に、ノルウェル卿?
あまり関わった事がないお二人の姿にピンとこず、お二人を仰ぎ見ながらも首を捻る。ミルウッド卿は言わずもがな僕の婚約者だったエルフローラの父君で、役職も僕の父の補佐役であるけれど、最近では滅多に会う事はなかったはずだ。それでも、隣りに立つ騎士然としたノルウェル卿よりも顔なじみである事は確かだけど。……えっと、その前にどうして二人ともこの状況で笑顔なの?
「あー、コホン。うん、ううん!えーっと、良いかな?」
あ、真面目な顔つきになった。って、そんな事はどうでもいいんだよ。
「あの、これは一体どういう事なんですか?」
僕が知りたいのは、後にも先にもこれ一つ。どうして、僕が牢屋に入れられているのかってこと。
「うん、だろうねぇ。真っ先にそうくると思ってたよ。あーなるほどね、聞いていた通りの状態か」
ミルウッド卿が何をおっしゃっているのか分からない。だけど、少し残念そうな顔をしているお二人が何度も見てきた光景と重なって否が応でも理解した。
……ああ、またか。
きっと、この方々も以前の僕をご存知なんだ。
既に何度も味わってきた絶望感に再び打ちのめされて、自然と視線が地面へと落ちる。
「どうやら君は打たれ弱いようだねぇ」
「十五、いや、中身は十四のままだったっけ?十四か……うちの可愛い息子たちはもう私に構ってくれないお年頃だったかなあ。うん、参考にならないぞ?」
それはノルウェル卿が必要以上に可愛がりすぎなのでは?とミルウッド卿が口にして、何故か嬉しげな表情のノルウェル卿が首を振る。ついでに、いやぁそれならそちらのご息女はどうなの?とか何故か僕を無視して二人で盛り上がり始めたので気が遠くなってきた。あの、雑談するなら余所でお願いしたいんだけど。
「うちの子は、幼い頃から僕に似てしっかり者だから抜け目がないんですよ。なので、たまにミスをしても直ぐに自分でどうにかしてしまいますから。不審者に会っても冷静に対応してしまうので、全く面白味もありません」
娘に面白味を求めてどうする。
「へぇ!さすがは才女の代名詞!」
「……」
「あはは、自慢の娘です」
「うちも自慢の息子達だよ!」
「……」
……いや、あの、本当に雑談するなら帰って欲しいな。
しかしながら、公にため息をはき出す訳にもいかないので、時が過ぎるのをひたすら黙って大人しくしておく。ノルウェル卿のご子息は僕たちと同じ双子だっていうのは知っているけど、実際にどんな方たちなのか僕は知らないんだよね。確か、嫡子であるディートリッヒ・ノルウェル様はアルミネラの護衛役でリーレンにいるというのは聞いているけれど。
エルにしてもノルウェル卿のご子息様がたにしても、ちゃんと愛されているようで何よりだ。
……僕は。
僕は、どうなんだろう?
「イエリオスくん」
記憶を失う前の僕と今の僕。そのどちらが愛されているのかを考えてしまって、頭上からのミルウッド卿の呼びかけにて我に返る。そうだ、今は悩んでいる場合じゃない。
「……はい」
顔を上げると、いつの間にかお二人が僕を見下ろしていた。
「よく聞いてほしい」
――あ、もしかして先程までの雑談は僕の心をほぐす為のものだったのかな?
なんて、遅まきながらに気付いてしまったけど、もう遅い。既に、僕の前に立つお二人の空気はピリリと緊張感に満ちていた。
「現在、君は王太子であるオーガスト殿下に毒を盛った容疑者としてここに収容されている。さしあたって、何か釈明はあるかい?」
……容疑者?
僕が?
「僕は殿下に毒なんて盛っていませんっ!そんなこと絶対にするわけがない……何かの間違いです」
殿下に毒を盛るだなんて――――
そうだ、殿下はどうなったのか。
「殿下はっ!殿下のご容態は!」
何が起きたのか突然過ぎて分からなかったからよく確認出来なかったけど、僕が殿下を最後に見たのは意識を無くされた所だった。ああ、そうだ。意識を失う前なんて、辛そうに真っ青な顔して僕を見ていた。
あれから、殿下はどうなったのか。
「お願いします!教えてください!」
ここから出られないと分かっているからこそ、縋り付くように両の手で鉄の棒を握りしめる。冬の牢獄に相応しく柵は想像以上に冷えていたけれど、そんな事はどうでも良かった。
「……っ」
お願いだから、何か言ってよ。
大人であり、こういった修羅場にも慣れている二人が何を考えているのか分からなくて恐怖に怯える。けれど、僕の問いかけに応じず、沈黙を貫いたまま相対するお二人の探るような視線から逃れる術はここにはない。……いや、僕はやっていないのだ。ならば、堂々と受け入れてやる。
「……へぇ」
「意識はいまだ失ったままだけれど、死に至るほどではないから安心しなさい」
にやりと笑うノルウェル卿の横で、ミルウッド卿が目を細めて微笑んだ。
はっきり言おう。どちらの笑顔も僕にとってはとても恐い。裏があるのが丸わかりだもの。
「そうですか……教えてくださりありがとうございます」
命に別状はないとしても意識がないというのが気に掛かる。
「……あの」
どうしようかな……声を掛けてみたものの、訊ねる前に戸惑いが生じる。犯人とされている僕がこんな質問をしてみても良いものかと。
「何かな?言ってごらん」
ああ、何故だろう。促されているにも関わらず、この方がそれに素直に答えてくれるかどうかは別問題だ、なんて思ったのは。
「毒の種類は特定されているのでしょうか?」
でも、聞かなきゃどうしようもないんだから聞くしないよね?あれからどのぐらい経ったのか分からないけど、何の毒を使われたのか特定されているなら教えて欲しかった。それは、つまり。
偏に僕が犯人ではないという証拠を探すのだ。――その為には、何でも良いから情報が欲しい。
「実は僕たちも、君からそれを聞き出す為にここにやって来たんだよ」
ふふっと笑ったミルウッド卿に一瞬、呆気に取られる。
「え、あ、……ああ」
そうか、そうだよね。一応、僕は容疑者なんだから。
「えっと、お役に立てず申し訳ありません」
いや?待って、僕。役に立ったら駄目なんだよ。その時点で、認めているようなものじゃないか。
何考えてるんだ、と心の内で自分を罵倒していたら、何故かノルウェル卿が大笑いし出した。……うう、もしやまた顔に出ていたのでは。
「なるほど。君も知らないとなると、一体、誰の仕業だろうね?」
仕業って。……間違いなく、ミルウッド卿は僕が白だって分かっていて楽しんでる。
「分かりません」
「そっか」
ほらね、あっさりと引き下がる。何だか急に馬鹿らしくなってきちゃった。
「兎にも角にも、君を帰らせる事が出来なくなった事は理解していてほしい」
「父は……父も、もう既にご存知でおられるんですよね?」
だって、現にこうして父の補佐役が来ているわけなんだから。
「そうだね」
父はどう思っているのか……なんて、訊けるはずないよ。ああ、下手に声を掛けなきゃ良かった。
「だから、僕が来たんだよ」
うん?どういう意味なの?
ミルウッド卿の意味する所が分からず軽く首を傾げてしまい、何故か苦笑いをされてしまう。ミルウッド卿が護衛のノルウェル卿と共にこちらへ来たのは僕に尋問するためって、さっき自らおっしゃられていたじゃないか。
「暫くは出られないよ」
「その内、アルちゃん辺りが面会に来てくれるんじゃないかな」
あっ、面会は出来るんだ。それはそれで嬉しいけれど。
「そうそう、暇過ぎて時間を持て余したら、その机の二段目の引き出しをひっこ抜いてしまって、手を突っ込んでご覧。今までここに収容された人々が綴った日記帳が奥に隠されているよ。色んな事情で囚われた人々の歴史が知れてなかなか感慨深いものだよ」
「へぇ!そんなのあったんだねぇ、知らなかったよ」
僕もノルウェル卿と全く同じ意見なんだけど。
「ちょっと前までここに住んでから、暇つぶしにね。僕も先人を見倣ってその一員に加わらせてもらいました」
いや、ウィンクされても。え?なに?それって僕も書かなくちゃいけないってこと?
「それじゃあまた来るよ。良い囚人生活を」
「残念ながら看守は騎士団の人間ではないから少し厳しいかもしれないけど頑張って!慣れたら大丈夫だ、うん!」
えっと、あの、お二人のおしゃっている意味が分からない。看守が厳しいのは当たり前だよね?いや、それよりも慣れる前に出て行きたい。それと、ミルウッド卿に言いたいのはこんな生活どう楽しめと?お二人が応援して下さっているのは分かるんだけど、方向性が間違っている気がしてならない。
殿下が毒を盛られて意識不明という状態なのに、どうしてそんな暢気になれるんだろう?……何だか、今日はもう疲れてきちゃった。
「……」
賑やかなお二人が帰っていって一人きりになった途端、ようやく自分の置かれた立場を理解する。じわじわと拡がっていく暗い感情と共に。
固い木で作られたベッドに腰を掛けてため息をはき出せば、今朝から今に至るまでの出来事が脳裏をかけ抜けていく。
セラフィナ嬢とレヴィル様に酷い暴言を吐いた事。
殿下がお茶会の途中で毒を盛られて倒れられてしまった事。
そして、僕が容疑者となって牢屋に収容されてしまった事。
目まぐるしい一日の終わりが牢屋だなんて信じられない。ううん、信じたくない。
でも、これが現実なんだ。
――――――――僕は、一体、どうなるんだろう?
アルが面会に来てくれたのは、その二日後の事だった。




