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斯くも、問題は簡単に生じる。例えば、それは妹の代わりをしている最中である時だとか。
エルたちが去って行って、そろそろ僕も帰ろうかと内心しょんぼりしながらも鞄の中を整えている時だった。
不意に、机の上に影が出来たのは。
「あ、あのっ」
決して高くもないけど低くもない、だけど緊張を孕んでいるのはよく分かる少女の声音。
当然、それがその影の主だと直ぐに気が付いたのだけれども、僕はわざと鞄の中身をゆっくりと整理して時間を使う。
言っておくけど、嫌がらせではないからね。ただ、アルは見知らぬ人に対してそういった態度を取るので、同じ事をしているに過ぎない。
まあ、相手からしたら嫌がらせにしか見えないけどさ。
しばらくして、いつでも帰られる準備が整ってから、ようやく顔を上げて相手を見上げる。
「なあに?」
「えっと」
目の前には、見知らぬ少女が一人。それから、少女の数歩後ろの方にやはり見知らぬ二人の少女が心配げに彼女を見守っているのが分かった。
状況からみて、僕が言えるのは一点のみ。団体で来られるよりは、好感度は上がる。
うん、女子の集団はまだ恐い。
「わたくし、隣りのクラスのヴィヴィアナ・タールスと申します。子爵家の娘が公爵家のご令嬢であるアルミネラ・エーヴェリー様に対して、お声をかけさせて頂く事自体失礼な事だとは理解しているのですけれど、無理を承知でお願いします。わたくしたちに少しばかり、お時間を頂けないでしょうか?」
前世では、小中は共学だったけども高校では男子校でひたすらスポーツに専念していて、異性と話す機会なんてほとんど無かった。かといって、前世でも初恋は幼稚園のクラスメイトだったし、普通に女の子は可愛いなと思っていたし同性愛者というわけではない。
ただ、恋愛にかける時間と余裕がなかったというだけで。
それぐらい柔道に専念していた僕だったけど、大きくなってからもそれなりに手紙を貰ったりだとか何度か合コンにも参加した事だってある。うん、ただ忙しくておざなりになっていただけで。
うーん。何だろう?こうして改めて思い返せば、僕は女の子という生き物がいまだにちゃんと理解出来ていないって事なんだけど。
つまり、このお誘いというものがどういった意味合いの用件なのかさっぱり検討が付かなくて困る。
要は、あなたっていまいち女子力が足りないのよー!なんて罵倒されるだけの用事なのか、はたまた実は好きな人が居て、協力してくださらない?的なお誘いだったりだとか。あれ?違う?ちょっと女子に偏見持ちすぎているのかなぁ?
女の子同士が普段どういった会話をしているのか、いまだにクラスメイトからのけ者にされている僕としては大変悩ましい問題だった。
「痛いことしない?」
「えっ?」
あはは。……逆に驚かれてしまいました。ごめんなさい。
「何でもない」
「は、はあ。えっと、それで」
タールス嬢と後ろの二人を見るからに、暴力をふるうには腕力が足りなさそう。いや、けどもしかしてドロドロした口喧嘩にでもなったら。
「……」
「だ、だめですよね?」
何もそこまで気弱にならなくたって……はあ。もう、そうなったらなったで仕方ないか。
「いいよ」
僕は、昔から押しには弱い。
放課後と言っても、存外に人がいない空間を探すのは難しいもので。
初めは簡単にそこら辺の空き教室に連れて行かれたけど、数ヶ月前に起きたとある事件に関わっていた事から、少しばかり有名になってしまった僕こと『アルミネラ・エーヴェリー』がそこに居るというだけで人が集まって早々に諦めた。まるで、動物園の珍獣にでもなった気分。近づいたら、食べられるなんて思ってはいないだろうけど。今度、がおーなんて言ってみようか。……ごめん、軽く想像しただけで無理っぽい。
まあ、事件もそうなんだけどアルはそもそもオーガスト殿下の婚約者としても名高いだろう。そういう意味でも変な真似は出来ません、僕にはね。
それに……自分でいうのはかなり癪に障るけど、僕が入れ替わりを務めている状態の『アルミネラ・エーヴェリー』は、先に述べたグランヴァル学院の三大美姫の残りの一人でもあったりなんかする。そりゃあ、アルは――というか僕たちは、この世界では父上譲りの白金色の髪を持っている事自体が珍しい目立つ存在で、母上譲りの透けるように白い肌というのもそれなりの相乗効果があるだろう。それに、傾国の美女とまで謂われた母上の美貌と父上の凜々しい顔立ちが混ぜ合わされた結果の外見も重なって。
そこに、印象深く見えるのが月夜に妖精が舞い踊るというマリーベルの祝福の湖のように蒼い瞳が際立って綺麗だと定評が付いている。
そんな世間では、アルミネラの事を月夜の妖精姫だと呼んでいるようだ。
あり得ない。それを聞いた時は、まだ幼い頃だったけど何度か聞き返したぐらいだった。
けれど、しばらくしてアルが正式に殿下の婚約者と決まってからは、今度は真逆のあだ名が付けられた――『エーヴェリーの残念姫』だ、なんて。
多分、今にして思えば、それはあの暴れ馬のようなアルミネラの本性を見た貴族たちや殿下の婚約者になり損ねたご令嬢方の嫉妬心や僻みと父上の政敵などが勝手に付けた呼び名だったと思える。
僕や両親は、アルが傷付かないか心配だったけれど、当の本人はどこ吹く風で。全くこれっぽっちも気にしておらず、ましてや殿下の婚約者の座から下りられるかも!なんて淡い期待すらしていたのだから。何というか、我が妹ながら逞しい。
――なのに、この学院へ入学してから、再び『月夜の妖精姫』だなんて呼び名が復活したという話を、とある人物から聞いた瞬間僕は叫ばずにはいられなかった。
いや、まあそりゃあ冷静に考えればその通りなんだけどさぁ?伝説の野生児であるが如く、夜会で語り継がれていた噂の人物が、学院ではそこまで奇妙な行動を取るわけでなし至って普通に生活をしているんだから。なんだ、意外とまともで噂とは違うじゃーんなんて幾人もの生徒が思ったことだろう。多分だけど。
だから、行動が普通でも、見目はそれなりに注目されやすいって事になる。
でもさ、それってどうなの。
ただ女装して妹の代わりを務めているだけの一般的な普通の男子として、どうなのかなぁって、そうは思わずにはいられないよね。
もっと、男らしくあれば妹に女装をさせられるような羽目にはならなかったんだろうし、こんな展開もなかった訳で。……筋トレしようかな?ああ、前世のあの筋肉が懐かしい。
うーん、でも今の父上も結構細身だから遺伝的に筋肉なんて付きにくい体質なのかもしれないなぁ。いや、そもそも僕が運動する事自体心配されそう。
……なんて、さ。
要は――
女性として褒められても、嬉しくもなんともない!
って事なんだけど。たまには、僕だって少しぐらいふてくされたって良いはず。あ、もちろん時と場所を選びますよ。って事で、今は諸々後回しにして。
とりあえず、この状況をどうにかすべく考えるべきか――というのも、最初に連れて行かれた空き教室が駄目になったおかげで、タールス嬢とそのご友人方がかなり焦っているのが手にとって分かってしまえるのが辛い。うん。ご友人二人はまだあれこれと考える余裕がありそうなんだけど、タールス嬢に至ってはもはや校内で迷子になりそうなぐらいに目を回してふらふらしている。
ここで、大丈夫?なんて聞ければ良いんだけど。僕が声を掛けた時点で、余計に取り乱すのは明白だろう。なんと言っても、今学院中の色んな意味で噂の的になっている『アルミネラ・エーヴェリー』だし、彼女たちが先頭を歩いている時点で下位の貴族令嬢が上位の貴族令嬢を連れ回しているなんてあるまじき行為である訳だから。
結構、危ない橋を渡るんだなぁと内心ドキドキしながら黙って付いて行っていると――
屋外に出た所で、また別の女子生徒のグループに出くわした。
「あら?」
「ご、ごきげんよう。フィファナ様」
「ヴィヴィアナ様ではありませんの、ごきげんよう。今日は、どうなさっ……ああ、なるほどね」
タールス嬢にフィファナ様と呼ばれたご令嬢は、数歩後ろの方にやはり数名のご令嬢方が付き従っていて、まるで統率の取れた群れのようにピタリと止まって待機に入った。
ごめん、僕には女の子同士の関係がいまいち理解出来てない。なんなの?女の子って、もしかして最初に代表者みたいなのをジャンケンか何かで決めて、先頭にして歩くのが流行ってるの?貴族の令嬢の極意なんてものがあるのなら、僕にも是非ご教授願いたい所なんだけど。
やや眠たそうな表情のフィアナ嬢(失礼、家名が分からない)は、豪奢な金髪を軽く右手で流して、タールス嬢と僕を見比べると直ぐに何か理解したようだった。
「わたくし、良い場所を知っておりますわよ」
「まあ!助かりますわ!!」
「その代わり」
「ええ、分かっておりますわ」
と言って、彼女は僕へと振り返る。
「エーヴェリー様。あの、こうしてわたくし達の我が儘に付いて来て下さいましてありがとうございます。それで、更にもう一つ急なお願いかとは思うのですけれど……こちらのフィファナ様もわたくし同様、アルミネラ様に是非ともお話を聞いて頂きたく。貴女様に手を出そうなど全く心にもございません!ですから、どうか!」
僕って、人を食べる人種にでも見えるのかな?というぐらい、タールス嬢はぎゅっとスカートを握りしめて頭を下げた。
そんなに力まなくてもなぁ、と内心では苦笑いを浮かべながらも、僕はわざときょとんと小首を傾げて少し悩んでみせる。多分、本物のアルミネラならこういう場面では、本当に面倒くさそうにしていそうなんだけど。
「ん。別にいいけど、その代わり早くして欲しいかな」
やはり、どうしてもこういう時にはなるべく穏便に済ませようと、前世で身に付いた平和主義が出てしまう。ああ、やはり僕は異世界で生まれ変わっても日本人なのだ。
「ありがとうございます!」
――それに。
この僕の一言で、こんなにもタールス嬢がホッとしてくれたのなら本望に思える。
そうして、更に膨れ上がったご令嬢の集団に連れて来られたのは、ある忌まわしい記憶が残る場所だったわけで。
「……」
あー、そういえばこの壁で前世から数えて初めての壁ドンされたっけーとか。
「…………」
同性なのに!しかも、あの時は女装中じゃなくて、アルミネラと交代してちゃんと士官生の制服だったはずなのに!!!!
なんて、恨みを込めて懐かしき壁を見つめる。
この場所は、特別棟のある校舎の裏で外との壁も高く人の目に付きにくいスポットになっているのは間違いない。つまり、ここならば人もあまり通らないし、多少は声を荒げた所で出歯亀に出てくるような人もいないだろう。
フィファナ様とやらは、案外抜け目のないお嬢様なのかもしれない。
……本当にね。
というのも。そう、この場所は数ヶ月前に起きたオーガスト殿下暗殺未遂事件で、犯人を目撃した場所だったからだ。
その時の僕は、アルと交代して本来の僕の立場、つまりリーレン騎士養成学校の生徒として初訓練でグランヴァル学院の新歓パーティの警備をしていたわけなんだけど。
――けど。
何故か、イエリオスを目の敵にしている同じ新入生に、壁ドンを受けるなどという状況にも陥ったりもなんかして。まあ、そのあと直ぐにアルが来てくれたおかげで、助かったのは助かったけど。
今では、僕にとっての苦い思い出の一つになったのは言うまでもない。
ああ、そうだったなぁ。あれは、人生の黒歴史に数えられる過去だけど、まさか再びここに訪れるなんて思わなかったよ。
あの時の記憶が脳裏を掠めていって、やや脱力してしまう。
そこへ、タールス嬢が不安そうにこちらの様子を窺った。
「あの、エーヴェリー様の貴重なお時間を割いてしまい、大変申し訳ございません」
多分、相当虚ろな目になって壁を一心に見ていたから、勘違いをされてしまったようだけど……まあ、いっか。
「いいよ。それで?お話って何かな?」
そこで、ようやく冒頭に戻る。
相手は、生粋のお嬢様たちばかりだから、前世で何度も遭遇した不良グループとはまた違うだろうし、どうすれば良いのか女の子同士の会話に慣れていない僕には全く見当も付いていない。まあ、あの時は、ストレス発散がてら全員投げ飛ばせば良かっただけなんけど事情も立場も今は違うし。
だから、とりあえず待つしかない。
「あ、あの、えっと」
「ヴィヴィアナ様では言いづらそうなので、わたくしが代わりにお話申し上げますわ。お初にお目にかかります、わたくしピューター伯爵家の娘、フィファナと申します。以後、お見知りおきを」
「ふうん。二人はどういう関係なのかな?」
「さしずめ、夜会仲間といった所でしょうか。あとで調べられたら分かる事ですので、正直に申し上げますわ。わたくしとヴィヴィアナ様は派閥持ちで、普段は全く付き合いなどございませんけれども、今は同じ立場の人間として慰め合っている状態なのですわ」
なるほどねぇ。僕も、夜会デビューをしてから父上や母上に数回ほど連れていかれた事があるので何となく理解出来る。夜会では、大抵エルフローラと共に居たから他のご令嬢たちと話をする事などなかったけれど、確かにご婦人方に紛れてご令嬢方もグループを成していたはず。
僕には女性心理がいまだによく理解出来ていないんだけど、あれって仲良しさん的な意味合いなんじゃなかったの?前世でいうところの同じ趣味仲間で居心地良いよね~的な。あれ?違う?
うーん……ヨクワカラナイヨ。
まあ、彼女たちの話の本筋には関係ないみたいだしいいか。
「へぇ。同じ立場って?」
僕の些細な疑問より、彼女たちが言いたいのは多分こちらの方で正解。
案の定、僕がそこを注目すれば彼女たちよりも、後ろで待機しているご令嬢方に緊張が走った。
「……それは、エーヴェリー様が一番存じ上げておられるはずですわ。だって、エーヴェリー様が、一番彼女の被害を被っていらっしゃるのだもの」
ピューター嬢が、戸惑いを隠すかのようにバサッと扇子を開きながらはっきりと言葉を告げる。
「彼女?」
「ええ」
と、大きく頷かれるが全く記憶に引っかからない。
「彼女って、誰?」
「それは……」
「他国のお姫様?」
唯一、思い浮かべられるのはアメリア嬢なんだけど。
「いえ?あの方は、むしろわたくし達末端の貴族にも平等にお優しいお方ですわ」
はい?嘘でしょ、なんて思わず言いそうになって口を塞ぐ。
ええ?だって、僕なんて現在進行形で被害を受けている身だよ?信じられない。
「こんなこと言って良いのか分からないのですけれど、……今、学院では殿下のご寵愛を一身に受けておられる方がいらっしゃいますわよね」
「ああ、それね」
ようやく誰か分かった。
この国の王太子であるオーガスト殿下の婚約者は、アルミネラ・エーヴェリーである――のだが。現在、殿下はその婚約者より別の少女にご執心であるというのが学院内でのもっぱらの噂で。
その少女こそ、彼女たちの本題の主役なのだろう。
彼女の名は、セラフィナ・フェアフィールド子爵令嬢。先に述べたように、彼女はグランヴァル学院の三大美姫の一人として名を挙げられ、見た目がとても愛らしく見ているだけで癒やされると揶揄されるほど可愛いと評判の美少女だ。
彼女の最大の特徴は、この世界では僕たち双子の白金色よりも珍しい希少価値とも呼ばれるストロベリーブロンドの肩まで伸びたサラリとした髪。
華やかな顔ではないけど、少し幼さを残した顔つきは愛嬌があって、その瞳は慈しみを持った女神のような優しさが溢れていると謂われている。
彼女は、ぶっちゃけてしまえばオーガスト殿下が今懸想している唯一の相手だった。
殿下本人は、この事を隠し通せているように振る舞っているけど、まあはっきり言って貴族社会はそんな生ぬるい社会であるはずがない。そろそろ、そのことに気付いて欲しいものだけど。
だって、暇さえあればセラフィナ嬢に会いに行っているようだし、お昼の時間帯も彼女を常に意識している感じだから誰だって直ぐに気が付くでしょ。
いやぁ、けど。ああ、なるほどね、と思わずにはいられない。
ここまでの話の流れでようやく僕がどうして呼ばれたのか納得がいった。そう、彼女たちはセラフィナ嬢に己の婚約者を奪われたと勘違いしている。
つまりは、僕にもセラフィナ嬢を排除するよう協力を願うつもりなのだ。
「悪いけど、私は興味ないんだよね」
だから、ここは遠慮なくばっさりと切ってみる。
「え!何故ですか!?だって、最近フェアフィールドさんとはあまり仲が宜しくないって!」
「は?私とセラフィナさんが?」
慌てるご令嬢方もだけど、僕も驚きの連続ですけど?
一体、なんでそういう事に?
僕が言うのもなんだけど、セラフィナ嬢とは初対面の時から変わらず良好な関係を保っているはず。
――というのも。
何たって、セラフィナ嬢と僕は、誰にも言えない秘密を抱えた同志なのだ。うん、文字通りにまさしく同志だ。
その秘密とは、僕たちが二人とも前世の記憶を持っていて、前世では同じく日本人であったこと。時代を摺り合わせた事はないから、どこまで同じかは分からないけれど。口調だとかインターネットが普及している話し方から考えるに、何となく同じ時代を生きていそうな気もする。
それと、彼女はこれまた別の、かなり重大な秘密を教えてくれた。
それは、この世界が僕たちの前世ではサブカルチャーとして有名な乙女ゲームの世界だったということ。
彼女は、どうやらそのゲームの主人公であったらしく、僕は彼女が攻略する相手の一人としてそのゲームでは登場していたという。
何でも乙女ゲームというのは、色んな異性を虜にさせて落とすのだとか?
なので、この目の前で僕の言葉に驚いて互いを見ているご令嬢の婚約者も、もしかすると主人公が攻略する予定のキャラクターだったのかもしれない。が、彼女は別に誰も攻略する気はないようで。何故か、向こうから言い寄ってくるのだとか。
僕だって、セラフィナ嬢が色んな異性を引き連れているのは見ていたけど、つい最近彼女からの本心を知る機会があったので訊いてみた。
曰く、私は全く興味がないけどあっちが勝手に暴走しちゃって、私も大変迷惑しているんですよ、とのこと。
そう言ったセラフィナ嬢の、まるで苦手な人に会った時に限って普段やりそうにないハプニングが続いて悪目立ちしちゃった時のような居たたまれず不愉快という表情が今も忘れそうにない。
「だ、だって、わたくしそのようにお聞きして……っ」
と、直ぐに拙いと思ったのか扇子で口元を覆ったピューター嬢の横にいたタールス嬢も頷いたのが見えた。
「あなたもそうなの?」
「えっ、あ、……えっと」
視線をタールス嬢に向ければ、案の定彼女はどうやら嘘がつけない子のようで、あわあわと両手を動かし動揺を隠せない。
明らかな作為を感じる。
僕とセラフィナ嬢を必然的に仲違いしていると誰かが勝手に噂を流していて、亀裂を作っているとしか。
「一体、誰に?」
こんな大ごとになりそうなデマを仕掛けて、一体何をするつもりなんだろう?
「えっと、それは」
「ね、ねぇ」
ここへ来るまでは、僕の方が何をされるのか気が気じゃなかったのに、今度は彼女たちの方が追い込まれて不安げな表情で僕を仰ぐ。きっと、蛇に睨まれたカエルのような気持ちなんだろうけど、可哀相だけどそうも言っていられないのだ。
殿下の醜聞になりそうなこんな馬鹿な話は、早々に打ち消さないとならないのだから。
「ねえ、誰に?」
「……っ」
もはや、半泣きしそうな二人のご令嬢と青くなっている付き添いの子たち。
あと少しもすれば、絶対に誰かが白状するだろう、などと期待して待っていたのに。
「そこで、何をやっているんですか?」
残念ながら、その夢は途絶えた。
あーあ、と肩透かしにあって振り返れば、そこには最近ようやく会話をしてくれるようになったランチ仲間。殿下の傍に侍ることを許されている僕と同学年のマリウス・レヴィルくんが立っていた。
どうりで、聞き慣れた声だと思ったわけだ。
たいてい、親しい友人でもない限り敬称をつけてしまう僕だけど、彼にだけはどうしても『くん』付けで呼んでしまう。
なぜならば、彼の容姿が前世では見慣れた特徴だったからだ。
黒髪黒目なんて、マリウスくん以外にも学院中にはたくさん居るけど、初めてランチを一緒に食べてからその親近感が半端ない。
今では、彼と少しでも仲良くしたくて、餌付けやら色々と話しかけては玉砕する日々。
「あっ!い、いえ、わたくしたちは別に」
「え、ええ。お話は終わりましたので、この辺で失礼させて頂きますわ」
まるで、蜘蛛の子を散らすように、という表現が一番似合いそうなぐらいに、彼女たちは明らかにホッとした顔になってそれぞれのグループに分かれて去って行った。
あーもう。もうちょっとだったのに!
ご令嬢方が一人残らず消えてしまって、悔しげにしていればマリウスくんが思いきり嫌そうな顔でため息をはき出して僕の方へと近づいてくる。
「……何やってるんだか」
ん?あれ?なんだろう、女子同士のトラブルよりもこっちの方が意外と地味に傷付くんだけど?
ツイッターでもよく絡んで下さる読者様にイエリオスを描いて頂いちゃいました!
わーい!可愛い!!もう、頂いた時すごく感動してにやけが止まりませんでした。
いくらさん、ありがとうございました!!
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