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 恋とはひとときの安らぎ。

 恋とは夕暮れの街角に立つ黒い死神。

 恋とは翼を持つ鳥のよう。

 恋とはため息のようなもの。




 この学院にはこんな辺鄙な場所があったのか、と辺りを見渡して観察していた僕を現実へと引き戻したのは、見るからに素行の悪い男子生徒に壁の方へと追いやられた時だった。

 ミュールズ国の貴族の子供たちが通うグランヴァル学院。名門と言って差し支えがないここは国内でも随一の学習施設である為、広大な敷地を保有している。そのため新入生が迷子になる事もしばしば。敷地の一角にはちょっとした気分転換で散歩をすると大変な事になる雑木林まであるのだから、人目に付きにくい場所というのがそこかしこに点在している。

 まあ、つまりは何が言いたいのかというと。

 僕はその一つであるらしい特別棟と外部を分け隔てる壁との間の微妙な空間に居たりする。そう、今しがた僕を壁の方に追いやって逃げ道を塞いだ生徒と一緒に。いや、正確には目の前の男子生徒だけではなくて、その後ろで何が面白いのかニヤニヤと笑みを絶やさない男女混同の生徒たちも含めて、か。彼らに共通するのは、伝統ある学院の生徒でありながら制服を思い思いに着崩していること。簡単に言えば、問題児の集まり。

 そんな連中と、どうして一緒にいるのかというと。

 そこは、……ああ、もう邪魔だなぁ。僕の目の前に立つ長身の男子生徒の後ろに女子生徒が三人いるのだけれど。その中の見るからに青白い顔をしながら腕をさすっている真ん中の女子生徒に呼び出されたからである。確か、子爵家のご令嬢だったかな。『アルミネラ・エーヴェリー』と一度だけ会話をしたことがあるそうで。

 まさか、こんな事になるとは思ってもみなかったっていうね。――彼女にしてみても。

 校舎から出て人気がない場所に案内された途端、彼らに囲まれ逃げ道を塞がれて唖然としていれば。急に泣き出した彼女が脅されて僕を連れ出したのだと知った時には、今度は彼女を人質にされてしまったのだからもう僕は言う事を聞くしかなかったという訳だ。

 ほら、よく言うでしょ。あくどい人間って知恵がよく回るものだって。

 あれ?言わない?エーヴェリー家だけのよくある事象なのかな?父上の政敵がたまに汚い手を使うから、ああまたかーってなるのだけれど。

「ご用件は何でしょうか」

 とにもかくにも。さて、本題。

 男子生徒に阻まれているから顔は見えていないけれど、実はここへ来てから彼女のすすり泣きがずっと聞こえていたから早く終わらせてしまいたいのだ。婦女子を泣かせたままなんて、僕の矜持が許せなくて。

「ふん。俺たちが恐くないのか?」

 どうやら、僕の態度がお気に召されなかったらしい。片方の眉を上げて威圧的に壁へと手を突く男子生徒の顔が間近まで迫り、思わず身を引いてしまう。

 圧倒的な身長差。それに恐らく彼は最高学年だろう。恐いか恐くないかで言えば、そりゃあ恐いに決まっている。同時に、何を食べたらそこまで大きくなれるのかも気になってしまったけれど。この差って。……いや、今はよそう。

「たまに学食でお見かけしていたものですから」

 まあ、たまに、ではなくてほぼ毎日お見かけしているので覚えてしまったと言っていいのだけれどね?エルやセラフィナ嬢たちとのランチの間、食堂の端っこを陣取って常に僕たちを監視するように見てくる集団。彼らがその集まりだというのは、顔を見た瞬間に気が付いていたんだよ。言わなかっただけでね。

「なら、話が早い」

 それに、僕たちに向ける視線が嫌悪を帯びていた事も知っている。

 だから、きっとこの呼び出しはアルミネラ・エーヴェリーへの嫌がらせだろうな、と思っていた。三人の中で誰を対象にしやすいかと言われたら僕でもアルを選ぶもの。まあ、なんていうか、アルは底抜けに明るくて単純そうに見えるから、どうしても他の二人より隙があるように見えるんだよね。

 特に、僕が真似するアルは――いや、言い訳はよくないか。記憶があろうとなかろうと彼らには関係ないもの。

 恐らく、彼がこの集団のまとめ役なんだろう。

 僕が身を引いた事で更に顔を近づけてきたので逃げるように背けると、顎を掴まれ横暴な瞳とかち合った。

「っ、止めてください」

「良いね、気が強い女は好きだ。じゃなくて、お前、俺たちと組まねぇか」

 申し訳ないけれども、僕に触れて良いのは大切な妹だけだって決めているから――じゃなかった。とにかく、今は僕が『アルミネラ』なのだから、そういった手荒な真似は止めて頂きたいという思いで彼の手を叩いて退かせてみたものの。

「組む、とは?」

 男子生徒からの提案が予想と全くかけ離れたていたおかげで、直ぐに理解が追いつけないでいる。えっと、つまり、どういう事?

「最近、セラフィナ・フェアフィールドの事を避けてるよな?」

 ……本当に、よくご存知で。

「そうでしょうか?」

「誤魔化すなよ、俺の仲間はここに居る連中だけじゃねぇからさ。お前があの女を避けてるのはとうに分かってるんだ」

 なるほどね。……そっか。ああ、迂闊だった。

 彼の言うように、最近、僕はセラフィナ嬢を微妙に避けている。というのも、理由はだいたい予想が付くはず。彼女はどうにか僕に前世の記憶を取り戻してほしいようで、何かあれば絡んでくるからだ。

 普通は、自分がきっかけで記憶が消えたのかもしれないとなると少し距離をおくものじゃない?

けれど、彼女は全く違った。

 それならば、と逆に何かあれば思い出話を僕に聞かせて反応を見てくるのだ。前世の世界でのこと。僕が失った一年半の間に起きたちょっとしたトラブルなんかも。それこそ、些細な出来事から国を揺るがすような大事まで彼女は僕に話して聞かせる。

 ――どれだけ、僕が困った顔を見せても。

 どこからそんな情熱が湧き起こってくるのやら。だから、最近では彼女から逃げるようにこそこそしていた自覚はあった。まさか、それを見られていたなんてね。

「避けているから何だと言うのですか?ランチはいつも彼女とも食べていますが?」

「まあ、そんなツンツンすんなって。別にあの女を陥れようって言ってるんじゃないんだからさ」

 いや、普通に警戒するでしょう?こんな人気のない場所にまで連れてこられたのだから。分かりやすくため息をはき出してみせると、男子生徒の後ろから気の強そうな顔の女子生徒がひょっこりと顔を見せた。

「あたし達はね、言うなればあんたの味方なの」

「どういう意味ですか?」

 半ば、強制的にこんな場所に連れ出しておいて面白い事を言う。

「この間の夜会で、反体制派の人間が捕縛されていっているっていう話を聞いたわ」

 反体制派、ね。僕もその存在は知っていたけれど、未だにその尻尾すら掴めてないって話じゃなかったっけ?もしかして、この一年半の間に大きな動きでもあったのだろうか。

 誰か詳しく教えてくれる人の心当たりはないかな、と記憶をたぐり寄せている間にやっと目の前の壁が退いてくれてホッとする。というよりも、振り返った所を見るにただ単に仲間たちと話したかっただけなのかも。

「馬鹿な連中だよな、下手したら自分の首が飛ぶってのによ」

「改革して何になるっていうのよ」

「自分たちだってまだ貴族の利権は必要だろうに」

 率直に言っていいかな?ごめんなさい、僕はあなた方を外見だけで判断していたらしい。そうだよねぇ、仮にもこの学院に通えているぐらいなんだもの。それなりに知性は高いよね。しかも、意外と真面目だし。……いや、決して悪口ではないんだよ。だから、そんな皆してこっちを見ないでってば。

 もしや顔に出て――

「誰が見ても、次の王はオーガスト殿下でお前が次の王妃だ。これは揺るぎのない事実だろう?」

 ……え?う、うん?

 僕を、じゃなかった。えっと、この人たちはアルミネラを次の王妃と認めてくれるって?

「なのに、あの女が現れてから殿下の様子がおかしくなった」

 ああ、その話か。

 その件については、もう何度も、それこそ嫌というぐらい僕も当事者のセラフィナ嬢から話を聞いて知っている。何でも、僕たちが一年生だった時の新歓パーティに殿下のお命を狙う不届き者たちが現れたのだとか。僕とセラフィナ嬢が同じ前世持ちだと判明したきっかけにもなったらしい。その時の僕の行動を何度も絶賛してくれるのだけれど、こっちは全く記憶にないからどういうリアクションを取れば良いのか分からない。

 そもそもの問題は、殿下がセラフィナ嬢を振り向かせたい思いで自作自演していたというのだから、彼らの不満も分かるというもの。

「ご卒業されてからも仲が良いと噂に聞くわ」

「嘆かわしい」

「だからさ、俺たちと組んであの女に知らしめてやらねぇか」

 ああ、これは……そうか。

 申し訳ないけれど、真面目だと評した言葉は撤回させていただこう。そして、新たな言葉を贈りたい。

 ……過激派か。

 なるほどねぇ。そちら側の人たちだと分かれば、この強引さにも納得がいく。結局の所、反体制派と同じぐらい厄介だ。面倒だけど、ここは遠回しに拒否するのが無難だろうな。

「私は、」

 さて、これからどうやってお断りしようかな、と口を開いた――――瞬間。


「そんな安い挑発に乗るような人ではありませんよ、その人は」


 僕たちの目の前に、制服の上に白衣を纏った黒髪の少年が現れた。

「誰だ?」

 あれ?分かってないんだ。

「誰もいないと思って随分と大きな声で話されていましたね。特別棟には薬師が常駐しているのをご存知で?」

 どこか面倒くさそうな表情を浮かべ、不機嫌さを隠そうともせず眉に皺を寄せる漆黒の瞳。僕と同じぐらいの身長でありながら今にも折れそうなほど細身の少年がため息をはき出した。まだ幼さが残っているのにも関わらず白衣を纏っている姿がどこかアンバランスで異質に見える。確か、白衣って正式な薬師じゃないと着られないんだっけ。……と言うことは。

「くそっ」

「些か、軽率ではありませんか?」

 この少年はある程度の権限を持っていると考えて良い。

 同じように、それまで成り行きを見ていた男子生徒の仲間たちもそこに気付いたようで慌て出す。

「チッ!また後日、聞きに行く!」

 一人、二人と逃げていく事に焦ったのか、まとめ役の男子生徒も足早に去りながら僕に言い聞かせるように指をさしてきたので内心でカチンときたけど……いや、作法云々の前に、それどころじゃないんだってば!

 後で、なんて僕が困る!

「く、組みません!だから、今後話し掛けてこないでくださ……ああ、行っちゃった」

 聞こえていたかな?聞こえていると良いのだけれど。

 彼らに紛れながら泣いていた女子生徒が最後まで心配そうに何度も振り返りながら去っていくものだから、大丈夫だよという意味合いを込めて手を振る。

「……はあ」

 すると、いつの間にか傍まで歩いてきていた少年に何故か思いきりため息をつかれてしまった。

 え?あの、まだ何も話してないよね?

「えっと」

 彼の事を覚えてないのかと先程の過激派の彼に呆れてしまったけれど、実は僕もまだきちんとこの少年について覚えてなかったりするんだよね。……申し訳ないことに。

 なのに、彼はセラフィナ嬢がよほど信用しているのか僕が一年半の記憶を失ってしまった事を知っている。

 だから、ちょっと待って。必ず!必ず思い出すから!確か、ランチではいつも僕の隣りに座っていて、えーっと。

「マリウスです、マリウス・レヴェル」

 そう、正解!って、自己紹介させてどうする!

「レヴェル様でしたね、申し訳ありません」

 本当に。言い訳を述べても良いのなら、覚えなければならない事が多すぎて、誰が誰だかこんがらがってしまうのだ。

「……」

 やっぱり、名前を直ぐに思い出せなかったから不愉快な思いをさせてしまったのだろう。先程から面倒そうだったし。急に黙ってしまわれると少し恐い。……僕が悪いのだけれど。

「あ、あの、本当に申し訳ありません」

 記憶がない分、どう接していたのか分からなくて手探りだから本当に恐いんだよ。

「あなたにファミリーネームで呼ばれる日が来ようとは」

「……何かまずいことでも?」

 えっ、あ、怒ってなかった?いや、それよりもファミリーネームじゃいけなかったのかな。

「いえ、最初からそうであって欲しかっただけです」

「最初ですか」

 何だ、そっか。それはもう、仕方ないよね。だって、その時の僕が何を考えていたのか全く覚えてないからなぁ。

「僕は別にあなたと仲良くするつもりなんてないのに、毎日ランチタイムでは話し掛けてくるし、それに飽き足らずついにはもっと食べろとちょっとした料理まで作ってくるし」

 え、ええ?えええええ?……ほ、本当に?アルミネラやエルフローラ以外の人間に僕が料理を作るなんて。や、あの、全然、想像出来ないのだけれど。

「僕を猫や犬と勘違いしていたのかもしれませんね。挙げ句、ここでこうしてお声がけするのも三度目ですし……あ、これは大変失礼しました」

「記憶を失くした事ならばお構いなく」

 三度目かぁ。という事は、一年半の間に僕はこんな辺鄙な場所で何かしらのアクシデントに巻き込まれていたって事になるのかな?一度きりだけじゃなく二度も?ちょっとそれは危機感がなさ過ぎるのでは。

「セラフィナだけじゃなく、殿下やあなたの妹君の話にまで及んでいたのでお声を掛けずにはいられませんでした。正式に薬師になったのがつい最近の事なので、実はひやひやしてたのですが」

「そうだったんですか、ありがとうございます。けれど、ご心配には及びませんよ」

 そこまで深刻な話題でもなかったので、あはは、と笑いながら首を振る。反体制派であろうが過激派であろうが、『アルミネラ・エーヴェリー』を上手く使いたいだけの連中の相手などするつもりはない。僕は今までもこれからも、アルを守る為ならどんな連中だろうが排除するつもりなのだから。

「彼らを婚姻という制約で縛り付けたのは僕なので」

 ……制約?

「そして、あなたにも僕は運命を突きつけてしまった」

 運命――――ああ、そうか。

「あなたは、もしや」

 ここまで言われたら、彼が何者なのか否が応でも気付いてしまう。

 セラフィナ嬢の友人で、尚且つ彼女がとても信頼を寄せているという部分。それから、僕に運命を突きつけたというのならば、もう分かって当たり前の存在だろう。

 彼は――

「改めて初めまして、とお伝えしましょう、イエリオス・エーヴェリー様。僕がオーガスト殿下の宮廷魔導師、マリウス・レヴィルです」

 セラフィナ嬢の言っていた、僕に神託を告げたという本人だ。


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