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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第二章 運命は偶然と必然の繰り返し
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本日より第二章に突入します。

最後までお付き合い頂けたら幸いです!


1.

 前略。

 前世で共に柔の道をひたすら歩んだ諸君、覚えていますか?

 共に笑い、共に泣き、互いに励まし合って、酒を酌み交わし、そして皆で彼女も女友達すら出来ない事を常々嘆きあいましたね。

 あ。でも、皆に内緒でアイドルと付き合っていた里中は除外するよ。公式戦の前に、野球の観戦デートに行ってたのたまたま見たんだから!なんて、うらや……じゃない。

 いや、えーと。とにかく、里中の事は置いておくとして!

 僕は、前世を含めた人生で初めて、女の子の集団に呼び出されるという体験をしてしまいました。

 それでは、質問です。僕は、一体どうすれば良いのでしょうか?



 ……どなたか、教えて頂けませんか?







 太陽が貴様の肌を焼いてやると言わんばかりに燦々と照りつけてくる夏初め、午後のひととき。

 僕は、今日も今日とて双子の妹の代わりを精一杯やりこなして、このグランヴァル学院内にある女子寮へ、つまり自分の部屋へと帰る準備に勤しんでいた。

 薄桃色のパニエがちらちらと見えるクラシカルなスカートにも慣れ、緩く編み込まれた白金色の髪のウィッグも馴染んだように思える。

 何故、僕が女装をしているのかは妹のアルミネラ・エーヴェリーの暴走した結果だと答えよう。


 あれは、数ヶ月前の事だった。


 十四歳になる今年――このミュールズ国の現宰相であるエーヴェリー公爵の嫡男の僕、イエリオス・エーヴェリーは騎士になるべくリーレン騎士養成学校に行く事が決まっていたのだ。そして、僕の妹であり愛する半身、一卵性の双子の片割れであるアルミネラ・エーヴェリーもまた、立派な淑女となるべく、貴族の子供が通う名門校グランヴァル学院へと入学する予定だった。

 ……そう、予定だったはずなのに!

 それなのに、アルミネラは何を思ったのか僕にだけ置き手紙を残し、髪を切り僕になり代わってリーレン騎士養成学校へと行ってしまった。……女性用の衣服だけを残して。

 どれだけ周到な手回しをしていたんだか。あの旅立つ当日の朝、自分の身に起きた出来事を思い出すだけでいまだ背筋が凍ってしまう思いにかられる。

 そういう訳で、同じ身長に同じ顔付き、それに同じ体型であった僕は仕方なく女装をしてこのグランヴァル学院へとやってきた。

 いつアルミネラが音をあげて交代しても良いように。

 未成年なんだから、そもそも父上に報告したら良いだろうにって思うよね?でも、彼女は貴族の、しかも公爵家という上位貴族の娘なのに、自らの意思で髪を短く切っていた。

 この僕にすら黙って。

 だから、僕はその覚悟をどうしても信じてあげたいと思ってしまった。

 彼女の夢を応援しようって。

 まあ、昔から破天荒で何をするにも桁外れなアルミネラの行動には振り回されっぱなしだけど、いつも彼女はやりたい事を思う存分やりこなし、最後は必ず成し遂げてきた。

 そこに、彼女なりの理由が存在していたと僕は思う。

 それに、なんと言っても僕は自分でも充分把握しているぐらいに重度のシスコンでもあるわけで。

 これもいつもと同じ結果だったと言えるだろう、彼女の我が儘を受け入れるのは僕の特権であるのだから、と。


 そんな僕だけど、由緒ある生まれの貴族であるために婚約者も当然居たりする。

 彼女は、僕の隣りの席にいて、僕と同じように今まさしく帰宅準備をしている最中の綺麗な少女。

 名を、エルフローラ・ミルウッド嬢という。

 彼女も僕と同じ上位貴族のご令嬢で、ミルウッド公爵様は僕の父上とは親しい間柄であるらしく、そこから縁が繋がった。

 エルフローラは、可愛いというよりも綺麗という表現がとても似合う。前世で言うところの雑誌のモデル、ううん、それ以上に美人なんじゃないかなって僕は思う。これ、婚約者だからって割り増しで見ている訳じゃないからね。そこ、重要。

 エルの腰まで真っ直ぐ伸びたダークブロンドの髪は、彼女の純真さが毛先まで行き届いているかのようで、光に照らされると艶めいて輝いていた。以前は、風にふわりと舞う彼女の髪を見るのが好きだったけれど、最近では形の整った頭頂部で纏めて弛ませた三つ編みを左サイドの耳の横に髪留めで留めてお洒落をしていてとても可愛い。

 いやぁ!自慢になってしまうけど、その髪留めは、実は僕が先月の彼女の誕生日に送った品物であったりするのだ。何度か僕の世話をしてくれている侍女のサラと学院から外出しては色んな雑貨屋で探し回った甲斐があった。

 あじさいの花のような小さな花が連なったデザインに、パールがちりばめられた銀細工。

 あのプレゼントは、一ヶ月ほど悩んで良かったといえるだろう。いや、正確には何を渡せば良いのか半年ほど前から考えてはいた。うん。何度も、サラと膝を合わせて検討しあって……まあ、サラは超が付くほどの無口だから、僕が一方的に話してばかりだったけども。毎年、僕の相談に乗ってくれるサラに感謝。

 その髪留めを、ここ最近愛用してくれているので僕としては大変名誉な事であるし、とても誇らしく思えて仕方ない。おっと、顔が緩みそう。

 それに、クラスメイトのご令嬢方にも好評価を頂いちゃったし。婚約者様に大切にされているミルウッド様が羨ましいですわ~なんて言われた時は、僕がイエリオスだと名乗る訳にはいかないので、必死で赤面を隠したものだ。

 ああ、話が逸れてしまった。

 彼女のくっきりとした二重まぶたの下には、聡明さが滲み出る赤銅色の綺麗な瞳。ミルウッド公爵に似た少し高めの鼻は愛らしく、それからまるで鮮やかな花で色づけたような桃色の小さな唇。

 入学して一ヶ月を過ぎた頃には、彼女はこのグランヴァル学院の三大美姫に数えられていて、生徒達からは白百合の姫とも呼ばれるほど彼女の美しさは絶大のものとなった。

 そんなエルフローラとは、幼い頃の婚約を機によく三人で遊んでいた事もあって、僕とアルミネラが入れ替わっているのを早々に気付いた一人でもある。アルの、あのアグレッシブだけど頑固一徹な性格をよく知っているからこそ、僕と同じように受け入れてくれるのも早かった。

 違うのは、気持ちの切り替えが僕よりも早いぐらい、で。その後にさっそくとばかりに淑女のマナーであるとか基本的な作法だとか、礼儀なども教えこまされて。そこで、エルってば意外とスパルタだったんだなぁなんて、疲れながらも新しい一面を知る事が出来たのは純粋に嬉しくもあった。

 僕たちの事で心配を掛けすぎるのも良くないとは思っているけど、彼女は同じクラスだった事もあって、入学してしばらくは何かとお世話になってしまったのは明白だった。

 うん。もうね、誕生日のプレゼントぐらいで満足しちゃいけないなって。

 エルには頭が下がる一方です。本当に。

 僕の優秀な共犯者になってくれた事に感謝している。

 そんないつまた元通りになるとも限らないこの稀少な時間を、少しでもエルと共に過ごせる事を、僕は密かにアルに感謝していたりする。

 そういう訳で、この日もエルと試験も近い事だし帰ったら勉強会でもしようかと思い、彼女に声をかけようとした時だった。



 あの、第二のアルミネラのような少女が突撃してきたのは――



 ちょうど数分前に授業の終わりを告げる鐘の音が響き、帰り支度をしている最中であるにも関わらず、激しく扉が開く轟音と共にその少女はエルフローラを見据え、鮮やかな花が綻ぶような微笑みを浮かべて立っていた。

「お姉様、放課後となりましたがわたくしにお時間を頂けますか?」

 まるで台風一過のようなあの扉を開く荒っぽい動作は我々の気のせいに違いない、と思わずにはいられないほど、その少女は至って涼しげでそして可憐だった。

「え、と……でも」

 などと言いながら、エルは当然のように戸惑いを含ませた視線を僕へと向けてどうすれば?と暗に尋ねる。ああ、僕は幸せだなぁと思うのはこの瞬間。

 だって、言うなれば彼女の優先順位がまず僕にあるというのが、この行動から直ぐ読める。だから、思わず顔が緩んでしまいそうになるけど。

 目の前の小悪魔には、全くそれが通用しない。

「わたくし、まだこの土地には不慣れですの。だから、どうしてもお姉様に助けて頂きたくて……駄目ですか?」

 そう言って、小首を傾げてお願いをするポーズはわざと可愛い子ぶっている気がしないでもないけど、エルは根っからの優しい子だから純粋にそれを受け入れてしまうのだ。

「だ、駄目ではないけれど」

「エーヴェリー様とはいつも一緒ですわよね。わたくしは、短期でこちらに来ているだけの身ですし、この短い期間だけでも大好きなお姉様ともっと仲良くなりたいの」

 困惑するエルに数歩近づき、彼女はまるで前世で見るような女優のようにぷくっと頬を膨らませて拗ねて見せて、それからエルの後ろに立っている僕をキッと睨み付けて不機嫌さを露わにしてくる。


 ああ、またか。


 なんて思ったのも、これが一度や二度なんてものじゃない。

 ましてや、そんな可愛いだけの少女ではないと分かるぐらいには、何度も何度も同じ真似をされている始末。周りに生徒が残っている今だからこそ、彼女は僕にそうやって遠回しの挑戦状を態度で示す。



 だから、僕はそれに対して苦笑いを浮かべるしかなくて。




 こういうやりとりを、僕とこの少女はここ一週間ばかり繰り返していたりする。


 そもそも、どうしてこういう状況に陥ったかといえば、そう。

 彼女の名は、アメリア・コールフィールドといって、このグランヴァル学院へと留学にきている隣国クルサードの第一王子ヒューバート・コールフィールド様の妹君だ。まあ、簡単に言えば隣国のお姫様な彼女。

 そんな彼女が何故ここに居るのかというと、隣国クルサードにあるステラ学園と僕の居るミュールズ国の名門校グランヴァル学院は姉妹校で、年に一度、短期留学を行っているためである。

 アメリア嬢は、ステラ学園からの短期留学生として約一週間前からこちらに来ているのだけども、彼女との初対面は恒例化されたランチタイムの時だった。

 僕としては、本来ならエルフローラと二人きりで食べるのが理想的でいつでもそれを望んでいるけど、ここへ入学して以来、お昼はいつもアルミネラの婚約者、つまりこの国の王太子であるオーガスト・マレン=ミュールズ殿下方と共に過ごす事が当たり前の日常と化していて。……ほんと、いつの間にかだったなぁ。不思議で仕方ない。

 と、今はその問題は置いといて。

 殿下が共に食事をするグループの中に、エルフローラと同じくグランヴァル学院の三大美姫に数えられる子爵家のご令嬢セラフィナ・フェアフィールド嬢が入っていて、彼女に好意を抱く貴族子弟の集まりもそこへ自然と混ざってしまったのが運の尽きと言えるだろう。もはや、学生食堂ではかなりの名物になっているに違いない。

 これでもかっていうほどの美男美女が一堂に会する場所になってしまっているのだから。いつもお騒がせしてすいません。

 そんな同じ机を囲むメンバーの中にいたアメリア嬢の兄君ヒューバート様が、ある日、口出しをしてきた事によって僕の平和が崩壊を迎えた。

 端的にいえば、殿下とセラフィナ嬢、それに僕とエルが端っこに四人で固まっているのが許せなかったみたいで、それならばと殿下がいくつもくっつけた机の中心に座る事を指示したのが間違いだったのだ。

 いつものように僕の右隣りにエルを座らせた、まではいい。

 僕だって、女装なんてしちゃいるけど根は好きな子を独占したい塊の男です。

 だから、エルの隣りには誰も座らせないように指示した僕も悪いのだ……ああ、僕のばか!大馬鹿者め!

 それに、僕から見た向かいの並びが、僕の正面の殿下の右隣りがセラフィナ嬢でそのまた右にヒューバート様が座っておられたのも最悪だったとしか言い様がない。

 案の定、兄の元へと挨拶にやってきたアメリア嬢がエルフローラの隣りに座るのは必然だった。

 そうなると、分かるはず。

 昔から僕たち兄妹、特にアルの面倒を見ていたお姉さん気質のエルフローラが、アメリア嬢に対してどういう風に接したのかを。

 エルは、親切なんて言葉では足りないぐらいに、それはもう気遣いが出来てしまって。アメリア嬢がエルフローラに懐くのは、あっという間だった。

 もう、エルの手腕が逆に恐い。

 すっかりエルを姉のように慕うアメリア嬢……に、エルが唯一特別視しているアルミネラ・エーヴェリーを目の敵にするのは当然の流れな訳で。




 ……正直、泣きたい。

 エルを盗られるかもなんていう思いは今のところ全くないけど、セラフィナ嬢とはまた違った可憐な美少女にライバル視されるという意味不明な状況が耐えられない。

 アメリア・コールフィールド嬢は、イケメンな兄君と同じくやはりそれなりの人の目を引く愛らしい美少女なのだ。遺伝って、さすがです。

 兄君であるヒューバート様の髪色はアッシュブラウンだけど、アメリア嬢の髪はとても珍しい夕日のようなオレンジがかった栗色の髪で、いつもきっちりとツインテールに纏められている。

 それに、顔つきもどこか似ていて、勝ち気に見えるつり目の瞳は、兄妹揃って濃い緑、例えるならばサファイヤを溶かしたような色で思わずのぞき込んでしまいたくなる程に綺麗だ。

 なのに、何故かその瞳でもう一度キッと睨み付けられてしまった。

 貴族として家名に誓って、僕は決して自ら彼女を怒らせるような事は言っていない。というか、そもそもアメリア嬢と二人で話したことすらないのに。

 なのに、アメリア嬢はいつもこうして一方的に僕を嫌って攻撃してくる。

 ……なにゆえですか?


「お願い、お姉様」

「えっと」

 ここ一週間、毎日同じ事を繰り返しているのだから、いい加減僕だって我慢の限界まできてるんだ――けど。

「いいんじゃない?こんな可愛い子が慕ってくれてるなんてエルは流石だなぁ。」

「ですが、アル」

「私はこのまま真っ直ぐ帰るだけだし。たまにはエルも息抜きしておいでよ」

「……分かりました。では、参りましょうか。アメリア様」

 何か言いたそうな視線とぶつかる。

「じゃあね、エル」

「ええ。ごきげんよう、アル」

 けれど、先に目線を逸らしたのは僕の方だった。

 困惑に笑みを浮かべながらも、エルは手を振って去って行く。


 ごめん、エル。


 僕だって、本当は君にそんな顔をさせたくない。

 だけど、アメリア嬢は僕や君が強気に出られない事も計算の上で来ているんだもの。所詮、僕たちは一介の貴族に過ぎない。そんな貴族が、一国の王族に刃向かえるわけがない。

 ああ、なんて最低な嫌がらせなんだろう。

 本当、ここまで嫌われている理由が分からない。

 彼女たちの後ろ姿を見送って、僕は小さくため息をはき出した。


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