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※これが本当に八章の本編の最終話となります。
足が、重い。
ついでに、お城に着いてからどっと疲れた気がする。まだここに来てから数時間しか経ってないはずなんだけど、どうしてだろうね?気のせいかな……いや、気のせいじゃないな。気のせいだと思いたかった。そんな現実逃避もたまにはいいよね?あははっ。もう笑うしかないっていうね。
大御所の皆さんとのお茶会にアシュトン・ルドーとケジメをつけた。それだけでも自分としてはよく頑張った方だと思うんだよね。うん、自分なりに。
だから、正直なところ、もう濃厚な絡みはご遠慮願いたいんですよ。でもね、そういうわけにいかないんだろうなと自分でも分かってるんだ。だって、次に会うのはオーガスト様だよ?分かるでしょ。
――そう予想した五分前の自分に、是非とも賛辞を送りたい。
「イーエーリーオースーーーーーーっ!!くっ、よくぞっ!よくぞ、無事に戻ってきてくれた!お前がいなくなったと聞いた時は血の気が引いたぞ!ああっ、良かった!くぅ……っ!泣いてない!泣いてないぞ、俺はっ!」
いや、めちゃくちゃ泣いてるじゃないですか。あ!今、鼻を啜ったでしょ!あーあ、もう。
……まさか、泣かれるとは思わなかったな。
オーガスト様の執務室に到着したのが、ここから数分前のこと。警備の騎士にお目通しを伝えてもらって、扉が開かれたと思ったらそのままがっしりと抱きつかれてしまったのだ。まあ、僕は抱きつかれるだろうなと半ば予想してたけど、フェルメールや警備の騎士の方々は面食らったようだった。
そこから、ずっとこの状態。この状態って何って?これだよ、これ。オーガスト様が僕にしがみついて離れないってこと。身長差がけっこうあるから辛いんだよ、この体勢。挙げ句、とうとう泣きだしちゃうし。
どうしようね、と何となく声を掛けるのも躊躇ってしまって、とりあえず大きな背中をポンポンと叩く。はい、そこ、真ん中に届いてないよねとか言わないで。身長差!それに、手足の長さも違うんだよ。くっ!僕だって成長しますよ!……多分、もうちょっとしたらね。ううっ。
「あーっ!ちょっと、何してんのーっ!?イオが潰れちゃうでしょ!」
そこへ、天の助けこと紛れもなく本物の天使な僕の妹が止めに入ってくれた。って、潰れちゃう?う、うん?
「そうですよ。殿下とは体格が違うのですから、止めてさしあげてください」
潰れる事はないんじゃないかなって思ったら、アルに続きマリウスくんも居たようで部屋から出てきた。そ、そうか、……潰れちゃうのか。
「周りの迷惑も考えてください。特にイエリオスさん、いえ、イエリオス様は聖ヴィルフ国での疲れも癒えぬまま今回の騒動に動員されて、心身共に疲弊しきっておられるですから」
マリウスくんっ!ああ、なんて気遣いの出来る優しい子!でもね、一つだけ言わせて。どうして、“さん”付けしてくれたのに“様”付けに変えちゃったの?そこ、普通は逆じゃない?
「そうだな。すまない、俺とした事が取り乱してしまった」
いやいや、それは仕方ないと思いますよ。
オーガスト様も帰国して直ぐに今回の計画を知らされたのだろうし、自分の役割に全く気付かずのんびりしてた僕を諭さなくちゃいけなかったし、ようやく終わりが見えたかと思えば、間抜けな部下が今度は人身売買で取引きされそうになってるんだから。今日まで気が休まる事はなかったと思う。
「いえ。私の方こそオーガスト様には多大なご心労をおかけしてしまい、誠に申し訳なく」
「止めよ、詫びなどいらん。お前が無事に帰ってきた事実だけで俺は満足している」
どうして、皆こんなに優しいのかな。僕は皆の足を引っ張ってしまったというのに。
「恐縮至極に存じます」
腫れた目元を緋色の髪で隠すように顔を逸らしたかと思うと、かまわん、とだけ言って歯を見せて笑ってくるので思わず視線を逸らしてしまった。
……何ということでしょう。僕は今、ワイルドなイケメンの神髄を垣間見てしまいました。恐ろしや。
「それにしても、少し痩せたのではないか?」
「そ、そうでしょうか」
抱きついた時にそう感じたのかな?僕としては、何も変わってないと思うんだけど。
「それ、私も思った!どうせイオの事だから、帰国してからちゃんとご飯も食べてないでしょ?」
「え、わっ」
僕の肉付きを確認していたオーガスト様から奪うように、アルに腕を取られてこけそうになる。
「ちょっ、えっ?」
急に引っ張らないでよ、と妹に注意しようと思ったら、何故か反対の腕をオーガスト様に掴まれた。は?いや、なんで?
「イエリオスは今、俺と話してるんだ」
「はあ、まあ、そうで」
そうですね、と最後まで言いきる前にぐいっと今度はアルに引っ張られる。
「イオは私を迎えにきたの!もう帰るから、放してよね」
「そ、そうだけどさ、あの、」
ちょっと待って、という言葉を口にするより先にオーガスト様が再び僕の腕を引っ張った。
「まだ話は終わってないぞ。お前の迎えなんぞ、二の次だ」
「はあ?ただの上司と可愛い妹のどっちがイオを癒やせると思ってるの?」
「ただの上司だと?俺はイエリオスの主だぞ?誰にものを言っている」
……何なの、この状況。
こんなにも反りが合わないのに、どうしてアルはオーガスト様に会いに来たのかなぁ、もう。
「主だって?陛下にきちんと宣言も出来ない癖に、何を主人ぶってるわけ?」
「っ、この件が終われば言うつもりであったわ!そのようにイエリオスにも言ったのだからな!なあ、イエリオス!?」
「あ、は、はい」
口喧嘩の合間に話かけてこないで下さい。と言いたい所だけど、それで収まるなら僕は積極的に協力するけど。
「たかが口約束したぐらいで偉そうな事言わないでよね。イオが欲しいなら、まずは私に許可を求めるべきでしょ!そうでしょ、イオ!?」
「えっ、ど、どうかな?」
前言撤回。……これは、さすがに答えにくい。っていうか、妹よ。欲しいとか欲しくないっていう問題じゃないとお兄ちゃんは思います。
アルを擁護したいけど、オーガスト様のおっしゃっている事も理解出来るからなぁ。
「おかしな事をぬかすな!何故、貴様の許可が必要なんだ!イエリオスの許可は取ったわ!言ってやれ、イエリオス!」
「えっと、」
何を言えと?
「イオ!」
「イエリオス!」
うぇえええええええーーーっ!もう、そんなの知らないよ、勝手にしてよ!
それより、あのですね、お二人とも。その、引っ張り合いされたら腕がね、そろそろ痛くて。
「ちょっ、い、痛っ」
「いい加減にしなさい、二人とも!イエリオスさ、イエリオス様が痛がってるじゃないですか!」
「っ、マ、マリウスくん!?」
わあ!マリウスくんが怒ってる所、初めて見た!じゃなくて。いきなり抱きついてこられたのには驚いたけど、確かに体ごと引っ張らないと両腕の二人を引っぺがすのは難しいよね。
まさかの力技だったけど、助かった。ありがとう、マリウスくん。でもね、やっぱり“様”付けが気になっちゃう。どうして、そこ言い直しちゃうかな。寂しいんですけど。
「ほら、袖が皺になってしまってますよ。これ、直すの大変なんですからね?」
「……す、すまん、イエリオス」
「ごめん、イオ」
「あ、だ、大丈夫だから」
それよりも、庶民的なマリウスくんが意外すぎて、僕はそちらの方が気になります。もしや、王宮魔導師といっても、お洗濯は自分でしてたり?うーん、マリウスくんって普段どういう生活をおくってるんだろう?
「大丈夫なもんですか!引っ張り合いされて、ほら、ここも赤く……ん?あなた、やけに熱いですね」
「き、気のせいじゃないかな?」
っていうか、もしかしなくても世話好きだったりする?学院で会う時は素っ気ないのに……ってまあ、『アルミネラ』に対してはそういうものか。目敏い……目敏いよ、マリウスくん。ここは空気を読んで、そういうのは気付いても僕に合わせてほしかったなぁ。
「気のせい?いえ、気のせいじゃありませんよ。よく見れば、顔も赤くなってるじゃないですか。もしかして、熱があるのでは?」
……う。本職は宮廷魔術師でも、さすがは薬剤師。
そんなに顔を固定してまじまじ見なくても。
「そうなの!?」
「何だ、それならそうと早く言え」
こうなったら仕方ない。あまり心配を掛けたくないから、寮までは秘密にしておきたかったけど。
「申し訳ございません。実は、体調があまりよくなくて」
「きっと、疲労からくる風邪でしょう。もうお帰りになられた方が良い。後で処方したものを届けますから」
おお、マリウスくんまで優しいなんて。これって、何かの前兆だとか言わないよね?ね?不吉な事が起きる前とか、いや、こういうのは考えちゃ駄目なやつだ。
「ああ、お前は幼い頃、とても体が弱かったしな。ここは大事を取って早く帰るがよい」
「ごめんね、イオ。私、全然気付かなかった」
「ううん、大丈夫だから」
そもそも、僕はわざと隠してたんだから。でも、風邪で喧嘩が収まるならもっと早く白状すれば良かったのかな、なんて。
「帰ろうっか」
「――――っ!う、うん、そうだね」
ああ、まただ。
時々くるこの頭の痛み、どうにかならないかな。
ほら、アルもオーガスト様もマリウスくんにも心配をかけちゃう。痛みが引いたら、次の痛みの波がくるまでには直ぐにここを去らないと。
「……イオ?」
あれ?
おかしいな。
どうしてだか、痛みが……
「ごめ、……限界みたい」
――――――収まらないなんて。
「イオっ!」
立っている事すらままならず、がくりと膝から崩れ落ちるのが自分でも分かった。
後ろから誰かに支えられたような気もしたけれど、問答無用にここで意識が途切れた。
――ねぇ。誰か、助けてよ。
これは、幼い頃にずっと言い続けた言葉だった。
熱が出る度に思い出す、本当の自分の居場所。
戻りたくても戻れないあの世界に戻りたくて、ひたすら部屋に籠もって泣いてたっけ。
「……イオ」
それを心配して、毎日アルは扉を少しだけ開けて顔を覗かせては声を掛けてくれたんだ。
なのに、僕は。
「また来たの?その顔を見せないでよ、気持ち悪い。俺はそんな顔じゃない!だから、もう二度と見せないで!」
前世とは違う綺麗な顔が気持ち悪くて、同じ顔を持つアルが嫌がらせをしているとしか思えなくて酷い言葉を投げつけてばかりいた。
「ごめんね、イオ。ごめん」
「ここは俺の世界じゃない。俺は、俺の世界に帰る」
――いつか、絶対。
あの頃は、その『いつか』が必ず来るような気がしてた。なのに、いつまで経っても元の世界に戻れない。
そんな憤りを、ある日、僕はアルミネラにぶつけてしまったのだ。
『お前なんて、消えてしまえ!』
僕が消える事が出来ないというなら、もう一人の『自分』が消えれば良いと。
今思えば、なんて身勝手な言葉だろうか。
あの後、アルが本当に居なくなって見つかったのは二日後のこと――領地内の河川敷だった。
真っ白な顔で死んでいるとしか思えない妹を見た時、やっと現実を思い知ったのだ。
この世界でも、人は死ぬ。
――――――僕は、人を殺そうとしたんだ、って。
どうして、僕はこんな大事な事を今までずっと忘れてしまっていたのかな?
「……ん」
頭が痛い。
何か夢を見ていた気がするけど、覚えてないや。
何だったのかなぁ?
「イオ!ああ、良かった。気が付いた?」
身じろぎして瞼を開けば、そこには愛しい妹が僅かに目を見開いてこちらを見ていた。
「……アル?ここは」
どこだろう、と言う前にアルミネラがホッとした様子で笑みを浮かべる。
「グランヴァル学院の寮だよ。あの人の部屋の前で倒れて、フェルにここまで連れてきてもらったの」
「グランヴァル?」
「そうだよ。お屋敷の方が良いかなって思ったけど、イオはちょっとでも早くエルに会いたいかなって思って」
「……エル」
まあ、確かにエルフローラとはもう随分会っていないけれど。
「うん。それに、エルたちもイオに会いたいだろうしさ。私にしては気が利いてると思わない?」
へへっ、と笑うアルが可愛くて顔が緩む。
けれど、アルの髪が気になって重たい上半身を起こして確認しようと手を伸ばしたところで。
「イオさまーっ!イオ様はご無事ですかっ!?ああ!ほら、エル様、早く!」
「お静かになさいませ。逸る気持ちは分かりますが、イオ様は床に臥せっておいでなのですよ」
「あっ、そ、そうでしたね。すみません」
忙しない声が扉の外からして、どういう事かとアルを見る。
「ほらね、やっぱり来た」
――え?
彼女の言っている意味が分からない。それなのに、アルミネラはまるでいたずらが成功した時のようにクスッと笑った。
「アル?」
僕には今の状況が飲み込めていないのに、妹は全く驚いた様子はない。それに訝しんでいると、寝室の扉がノックされた。
「アル様、入っても大丈夫でしょうか?」
寝ている僕にではなく、アルへの許可に再び驚く。どうして、と問いただすより先にアルが了承を口にして、思わず不快感に眉を潜めれば。
開かれた扉から現れた少女に、目を奪われた。
「っ、」
始めに、目に飛び込んだのは滅多に目にする事のないストロベリーブロンドの艶やかな髪。ふわりとそれを靡かせて振り向いた彼女は、一瞬の安堵を浮かべた後に直ぐに柔らかな笑顔となった。
「イオ様、お目覚めになられたんですね!ああ、良かった」
心の底から喜ばしいと分かる程の笑みに、胸がざわめく。
「……君は」
「イオ?」
一体、これはどういう事だろうか。
頭の整理が追いつかず、思わず布団を握りしめる。
「イオ様、どうされましたか?」
自分が険しい顔をしているのは理解している。だけど、彼女の問いに答える術が見つからない。
――いや、それよりも。
「君は、誰?」
アルミネラが通う予定のグランヴァル学院の寮に、どうして僕が寝ていたのか。
それに、この目の前の少女はどうして僕を知っているのか。
僕には、何もかも分からなかった。
これで、八章の本編は終わりとなります。
七章同様、微妙な終わり方で申し訳ありません。
予定として次章がこの長編の最終章となるので、どうしてもこれだけは譲れませんでした。
そして、いつものように番外編がまだ続きますので引き続きお付き合い頂けたら幸いです。




