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閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

 前世の両親はのほほんとしたおっとり夫婦だった事に対して、今生の両親は互いの個性が強すぎるのに割れ鍋に綴じ蓋という絶妙なコンビネーションを誇る夫婦であると思う。そんな真逆であるにも関わらず、二組の夫婦には温かい日だまりのような色がとてもよく似合う。




 あれから、直ぐにタイミングを計っていたかのように「お疲れのところ大変恐縮ではございますが、このまま登城するよう陛下より命を承っております」という言葉と共にイヴ・キルケー様が騎士団を率いて現れた。

 ここにいるのは僕たち四人だけだと思ってたから叙任の儀式も何とか乗り越えたというのに、実はその様子を何処かで見守られていたのかなと想像して一人羞恥心に身もだえていたのはここだけの秘密である。うん。秘密にしたい。多分、誰にも気付かれていないと思うけど。

 そこから、アルが持ってきてくれていた正装に着替えて、身だしなみを整えてから早馬でミュールズに戻ったら、半ば予想していた通り検問所で待ち構えていた母上の熱い抱擁で一波乱。いや、そりゃあね、息子が奴隷にされるとか母親からすれば気が気じゃなかったと思うよ、確かに。心配をかけたからには、今回ばかりは受け入れるしかないなんて思うよね。

 でもさ、それを大勢の前でするのはどうかと思うんだ。

 ただでさえ、国境は検問に並んでいる人が多いんだよ?セレスティア側は田舎町でも、ミュールズは新しい客を呼び込もうとする露店が多いから人がそれなりにいる。

 そんな中、傾国の美姫なんて謂われている人に涙を湛えながらイオちゃん!って抱きつかれてごらんよ。どんな事になるか想像出来るでしょ?セレスティア側の人も門に押し寄せてくるわ、こちら側の人間なんて大歓声に拍手の嵐。涙を流しながら踊る人は出てくるわ、楽器まで登場した時は本当にどうしようかと。アルたちもそこで笑い飛ばしてくれたら良かったのに、変に距離感置かれるし。

 どうにか皆の記憶を消す方法はないかなって、生まれて初めて本気で考えずにはいられなかった。結局、思いつかなかったけど。

 なので、お城までの道中は、馬車の中でずっと三角座りしてた記憶しかない。

 とまあ、這々の体でようやく入城を果たせたわけなんだけど。

「……えっと」

 アルをフェルメールに預けてから連れてこられたのは、この城で働いている者なら誰もが知っている北側の塔の一角。窓もなく日が当たらない為に常に肌寒さを感じる冷暗所のようなここは、囚人を収容する場所、つまり牢屋で。

 お城に入るなり北の塔に向かうから、陛下の御不興を買ってしまったのだろうかと戦々恐々としていた僕を待っていたのは――

「やあ!おかえり、イエリオス君。君が無事で何よりだよ。精神的にも肉体的にも疲弊しているのに、ここまで足を運んでもらって申し訳ないね。なにぶん、ごたついていて書類をまとめて執務室に戻る時間さえ惜しくてさ」

 上流貴族向けの独房の鉄格子越しに、書類にまみれて仕事をしている父とその補佐官だった。

「……はあ」

 もっとまともな返事はなかったの、なんて思うけど目の前にある違和感が仕事して思考が上手く働かなかった。っていうか、僕がおかしいわけじゃない、と思いたい。こんな辺鄙な場所に居ても普段と変わりなく仕事をこなせるのが尋常じゃない……よね?まあ、何を隠そううちの父親なんですが。

 どうすればあんな風に落ち着けるんだろうかと悩み始めたら、ちょうど父に書類を提出しにきた文官でさえも「失礼します」とか言いながら普通に開きっぱなしの牢の中に入っていった。

 ……。

 いや、ここって一応、牢屋だよね?もしや、前世で流行ってた監獄風居酒屋になぞらえた牢屋風の執務室とか?それとも部屋移動しただけなのでは、と疑いの目で辺りを見渡していたら、隣りに立っていたコルネリオ様に笑われてしまった。いや、だってさ!……うーっ、そこまで笑うことないでしょう!?

「フォンタナー卿を信じ込ませるためには、実際に拘束しなくてはならなかったからね。もちろん、審問会も実際に行ったんだよ。ロレンス・アイスクラフトが自刃したのは偽りのない事実だからね」

「そうですか」

 何もかもが嘘というわけじゃない。それは何となく分かっていたけれど、アイスクラフト様が死去されたとはっきり明言されると心に重りをくくりつけられたような気持ちになる。自刃したと聞かされた時もショックだったけど、こうして改めて話されると実感が湧くというか。もう、あの好々爺然とした笑顔に会えないんだと思うと寂しい。

 父を貶める為に酷い嫌がらせは受けたけど、楽しかった思い出やお世話になったのも事実だから。

「それと、ジャック・シャントルイユ男爵が殺されたのも本当だよ。彼は反体制派でね、フォンタナー卿に上手く利用されてロレンス・アイスクラフトに凶器を渡したんだ。そして、口封じの為に彼は殺された」

「じゃあ、」

 嫌疑がかかっている第二騎士団の人は。

「モーリス・ハイネは、わざとその現場を目撃するよう仕向けらたのだろう。ジャック・シャントルイユ伯爵と諍いを起こすのも計画の内で、彼に殺害容疑がかかるようにフォンタナー卿の屋敷に囚われていたんだよ。その内、自殺と見せかけて殺すつもりだったらしい」

 ――あ。

 そうか、そうだったんだ。

「差し入れの本に共通するものは……見えない人物。僕が見つけなければならなかったのは、その方だったんですね」


 同じ屋敷に囚われているモーリスさんを探すこと。


 それが、今回の僕に課せられた使命だったんだ。……なのに、モーリスさんがいつ殺されるとも分からないというのに、僕は全く気付きもせずにのうのうと暮らしていたというわけだ。同じ屋敷内に居たというのに。

「そうだね。フォンタナー卿が全てを終わらせてモーリスを拐かしたのは、君たちが帰国するより数日前の事だった。だから、君よりも先にモーリスはあの屋敷にいた事になる。フランツが発見した際、かなり衰弱していたとは聞いたけれど、少しずつ快方に向かっているようだよ」

「……そうですか」

 生きていると分かっても、僕が全くの脳天気だったばかりに、モーリスさんがずっと酷い環境で耐えてきた事に変わりはない。こんなの、謝っても謝りきれないよ。

「気に病む必要はないと言った所で、イオは素直に受け入れないよね。だったら、今度、モーリスの見舞いにつれていってあげようか?」

「えっ、良いんですか?」

 コルネリオ様の事だから、僕が行きたいと言っても断られるかと思ってた。

「ふふっ、意外そうな顔をしないで欲しいな。私を何だと思っているのかな?君たちに害がないと断言出来る事は全て善処するつもりだよ」

 ぜ、善処って。詰まるところ、いつも通りって事じゃないですか。というか、モーリスさんは断言出来る側の人なんですね。……え?どういう人?

 コルネリオ様がオッケーを出せるなんて、どれだけ無害なの?という疑問を込めて美しいかんばせを仰ぎ見れば。

「……」

 クスクスと秘めやかな笑みを溢しながら「彼はエルメイア様の熱烈な信奉者らしいから、君が顔を見せたら一体どういう反応をするのだろうね?」なんて実に愉しげにおっしゃったので何とも言えなくなってしまった。これ以上は訊かないでおこう。というか、訊いちゃいけない気がする。

 まあ、とにかくお気の毒様です、というしかない。つまりは、モーリスさんもコルネリオ様のお気に入りだというのは間違いない。フェルメールもよく弄られてたしね。この人の愛情も相当捻くれてるもの、なんてコルネリオ様に気付かれないようひっそりとため息をつく。

 そこへ、ちょうど書類から顔を上げた父上と目が合った――鉄格子で隔てられた向こう側から。うん。やっぱり、このシチュエーションはシュール過ぎる。

「来たか」

 別段、表情に差分はなく、いつも通りの素面でぽつりとそう呟かれただけだった。

「……」

 父上と感動的な再会になるとは全くもって思ってない。その認識は、正しく合っていたというのに。

 ……なのに。


 来たか、だって。


 どうしよう。たった三文字であるというのに、これほど喜びがこみ上げてくるなんて。

 だって、今まで父上がこんな待ちわびていたかのような表現を使った事なんてなかったんだもの。もしかして、かなり心配してくれていたのかな、なんてさ。顔には出ない父上の、内にある僕への感情を垣間見た気がして。

 ――――嬉しい。

 って、しんみりしてる場合じゃない!その前に、僕は父に言うべき事があるんだってば!

「あ、あの、この度は大変申し訳ありませんでした。囚われた方を探すどころか相手に踊らされて、挙げ句の果てには奴隷に」

「皆まで言わなくていい。お前はよく頑張った」

 よく頑張った、か。それはどっちの意味なんだろうか。本当に頑張ったと思われているのか、失望からの慰めなのか。その真意が知りたくて父を見据えると、何故かはぐらかすかのように再び机の上の書類へと視線が落ちた。たまたま傍を通ったミルウッド卿が肩をすくめて苦笑いを浮かべたけど、僕には意味が分からない。えっと……だから、もっと簡単に言うと?


「此度は我らの不手際だ、と説明してやれば良いだろう?」


 そんな僕の疑問に応えてくれたのは、ミルウッド卿でもコルネリオ様でもなく、ましてや父上でもない。この城の主にして、この国を統べる者。低く、絶対的支配者だと誰もが認識する声がする方へと振り向きざま、慌ててその場に膝を突く。

「この度は、多大なるご高配を承りまして誠に」

「ああ、よいよい。気にするな」

 いやいや、そんな面倒そうな顔で気にするなって言われても気にするでしょ、普通は!だって、金貨二千枚だよ!?

 国庫から出せるとはいっても一個人にそこまで大金をつぎ込ませたんだから、謝罪するでしょ!っていうか、最後までさせてください。お願いですから。

 どうすれば良いのかな、という不安が思いきり僕の顔に出てたらしい。傍までやってきた陛下が自らの手を僕に差し出しながら喉の奥でクククッと笑った。

「やはり、血は争えんな。その誠実さは評価に値する。さすがはイルフレッドの子よ。金貨の件は、我からの償いとして受け入れてもらえまいか」

「償い……ですか?」

 どういう意味だろう?

 畏まるな、という陛下の暗黙の行動を受け取って、その御手に手を合わせると勢い良く引っ張られる。倒れ込む事はなかったけれど、国の象徴ともいうべき国王に立たせてもらって恐れ多いのに嬉しくも思えた。

 昔から付き合いがあるだけに陛下のオンオフが分かるけど、今は国王としての立場を取っているので感動してしまうんだよね。いや、オフの時でも光栄ですが。

「フォンタナーがいつか仕掛けてくる事は分かっておった。だが、それがお主らの帰国に重なったのが誤算だったのだ」

 ……誤算。それに、事前に分かってたって?えっと、……どなたか詳細を教えてください。

「彼が中立派だったのはイオも知っているよね?」

「ええ」

 僕の意を汲んで、助け船を出してくれたコルネリオ様の問いに頷く。

 フォンタナー伯爵が体制について中立だからこそ、審問会の間、僕はそこに預けられたと思ってた。

「だけど、それは表の顔で本当は裏で反体制派を纏める重役を担ってたんだよ。ロレンス・アイスクラフトが馬鹿な真似をしでかすまでは、ね」

「馬鹿な真似?」

「そう。覚えてる?殿下の宰相候補の対決を」

 あー、あれか。あれは確かに大変だった。

「内密でありながら、貴族間の情報網は侮れない。君たちの対決で、貴族たちに次期国王はオーガスト殿下だと強く印象づけてしまったんだよ。反体制派からしたらたまったものじゃないよね、自分たちが望む人物が王となる確率が下がったわけなんだから」

「なるほど」

 っていうか、彼らに望まれてる当人が一番楽しそうな顔してますね。

「あははっ、よく言うよ。アイスクラフト氏をたきつけたのは誰なんだか」

 そこへ、ミルウッド卿が吹き出して笑ったのでどこに居るのかと視線を向ければ、いつの間にか隣りの牢屋でお茶の準備をしていたらしく、おいでおいでと手招きされた。僕のマイホームへようこそ、なんて。ああ、やっぱり父上のお隣りがミルウッド卿の独房だったんですねぇ、ってそうじゃない。そこじゃない。あの、ここは牢ですよね?何度も確認するけど、ここって罪を犯した人を収容する施設ですよね?ミルウッド卿も何を我が家みたいな顔して寛いでるんですか。

「さて、どなたでしょうね?」

 ……え。いや、ちょっと待って。僕の中で牢屋についての座談会が行われてたけど、ちょっと待って。

 この反応……もしかして、コルネリオ様がアイスクラフト様をたきつけて、父への恨みを僕たちにぶつけるようわざと仕向けたってこと?

「アイスクラフトの失脚によって、今まで潜んでいた者たちを明るみに出す事に成功した。次にこやつが行ったのは、我の伯父の孫を使った陽動。貴族狩り、だったか」

「それって」

 僕が以前調べた時の不自然な被害者の傾向率。体制派より反体制派の有力者ばかりが多かったのは、やっぱり意図的なものだったんだ。

「懐かしいですね、彼らを巻き込んだ甲斐がありました」

 って優雅にお茶を飲める辺り、コルネリオ様がすえ恐ろしい。

「どうして、そこまでする必要があったんですか?」

 あの中には何の落ち度もない人たちもいたというのに。それに、無関係だったアリアさんの村の人たちまで巻き込んで。

 僕にはそれが理解出来ない。……他にも方法はあっただろうに。

「それはねぇ、イエリオス君。大物を釣り上げるためだよ。彼らの統率者には、ある程度目星はついていた。そう、ベルナル・フォンタナー卿だとね。けれど、彼はなかなかしっぽを出さなかった。そこでコルネリオ君は、彼らの中でもとりわけ権力を持つ者を襲撃する事で混乱させてあぶり出すことにしたんだ。――合ってるかい?」

 エルフローラの銅貨色の瞳とは違ってミルウッド卿の水色の瞳は、それでも目元の部分が似通っているからか聡明さが滲み出ている。その瞳を僕からコルネリオ様へと移し、ミルウッド卿は笑んだ。

 ミルウッド卿の言葉がどこか確信めいているという事は、きっと、父上も陛下も既に周知の事実だったんだろう。

「ご明察の通りです。そして、フォンタナー卿はきっかけを作ったロレンス・アイスクラフトの殺害に及んだ。動機は主に腹いせでしょうけれど、反体制派の貴族に向けた警告の為の見せしめという意味合いも兼ねていると思われます。しかも、重ねてイルフレッド様を追い込む事に成功したのですから」

「まあ、いつかはそうなるという予感はしていたから、こっちも準備は出来ていたけれどね」

 ……準備?もしかして、牢に入る準備でもしてたの?まさか、父上も?敵を欺くには味方から、というか直接、罠に飛び込むのが一番だろうけどさ。

 この人たちは、どれだけ先を見越してるの?

 敵わないと思ったのは、もう何度目になるんだろう。

 再び、薔薇の匂いが漂う紅色のお茶を飲み、コルネリオ様が静かに皿へとカップを戻す。これが温室とかお庭なら、どれだけの女性が心を奪われた事だろうかとか思ってしまう。くっ!目の端に鉄格子さえ見えなければ!

「そこへちょうど、君たちの帰国が重なってしまったというわけだよ。それもフォンタナー卿の計算の内だから偶然ではなく必然ともいうべきかな。確かに、彼にとって一番厄介な相手、ミルウッド卿も居なかったのですから好都合だったのでしょうね」

 陛下のおっしゃっていた『誤算』か。ここで上手く情報共有出来ていれば、或いは……なんて。悔やんだ時点でもう遅い。

 フォンタナー伯爵にとっての脅威であるらしいミルウッド卿が、その言葉にたきつけられたかのように水色の目を細めてクスッと笑った。

「そして、君はイエリオス君を人質にされて脅迫を受けていたってわけだ」

 まるで、コルネリオ様を挑発するかのように。

「……僕を、人質」

 ――――あ。

「そういえば、薬で意識が朦朧としている時にフォンタナー卿もおっしゃっていました。あの方、というのはコルネリオ様の事ですよね。タイミング良く僕を人質に出来たから手出しされなかった、と」

 何となくしか覚えてないけど。

 あの時は頭痛も酷くなっていたから、本当に曖昧で。……だけど、確か。

「あの方もそのまま素直に我々に賛同して下されば良かったものを、とおっしゃられておりました。つまり、コルネリオ様はきちんとお断りされたんですね」

 じゃなかったら、ここにはいないか。

 コルネリオ様が拒絶して下さって本当に良かったな、と軽く息を吐き出して顔を上げると。

「え、えっと、……何でしょうか?」

 何故か、全員に注目されてしまっていた。えっと、ほんと何?父上までもが僕を見るとか、正直、恐いんですけど。

 って、ちょっと待って。よくよく考えてみると、牢屋のお茶会メンバーが凄い面子だって気付いちゃった。この国を統べる国王にその宰相、宰相の補佐官と、それに王弟のご子息だよ?僕以外、全員がこの国の重要人物じゃないですか!……う、うわぁ、どうしようね。

「君をここに呼んだ理由が分かるかい?」

 そのミルウッド卿の一言で、急に空気が張り詰めた気がした。

 ピリつくような雰囲気に流されまいと、居住まいを正して緊張をほぐす。けれど、周囲に視線を走らせた時、護衛として共に来たキルケー様や陛下の近侍で待機していたウィリアム・ノルウェル様までもが固唾を呑んで様子を伺っているようで作戦は失敗に終わる。こう、大人たちからのプレッシャーがさ、分かるでしょ?え、分からない?

「いいえ。……申し訳ありませんが、分かりません」

 ――本当に!いやね、分かってたらこの重圧も少しは体感がマシになってると思うんだよね。多分。

「謝らずともよい。我がお主を呼んだのは他でもない。実はな、ベルナル・フォンタナーの行方が分かっておらんのだ」

「フォンタナー卿がいないという事ですか?」

 それって、かなりまずいのでは。

 僕の危惧にミルウッド卿が頷いて、陛下の話の続きを引き継いだ。

「駐在していた騎士の証言では、夜遅くに自室で食事を摂った後、夜会に行くと告げて出て行ったのだという。あの夜に開かれた夜会を調べたけれど、彼はどこにも顔をだしていなかった。つまりは、眠っている君を奴隷商へ連れて行ったのだと推測出来る」

 ああ、そうか。

「つまり、あの方と最後に会話をしたのが僕である、という事ですね。あ、でも、アルベルト様は?」

「ご子息に訊いた所、顔を合わせていないらしい。どうやら、彼に睡眠導入剤を飲ませたのは屋敷で働いていた者のようだ」

「そうですか」

 だから、僕は呼ばれたのか。

 フォンタナー伯爵との会話の中で何かヒントはなかったか、と。

「あの日は、夜中にフォンタナー卿が不意に部屋へと来られたんです。明かりがついているから起きているかな、と。それで、部屋へお招きすると、父上の有罪が決まったと言われました」

「へぇ、有罪ね!それで?」

 あちゃー、まさか鼻で笑われるだなんて。特にミルウッド卿にされると本気で落ち込む。あの時の自分が浅はか過ぎてつらい。

「死罪となれば嫡子である僕も危ういという話をされました。だから、国外への避難を勧められて……あ、確か、もうすぐ仕事で旅立つとおっしゃっていました。ですが、行き先までは……申し訳ありません」

 そういえば、国外逃亡は逃げるのではなく生きる為の手段だと言われたっけ。

 もう既にフォンタナー伯爵がミュールズに居ないというのなら、あの人は生きる手段を行使した事になるんだな。皮肉というか、そういう生き方なのか。

「やはり、もう国外へ逃げているとみて間違いないようですね」

 四人の表情から察するに、国内ではある程度の捜索は済んだものとみて間違いない。あの時、逃亡先を聞いておけば良かったのかな。せめて、国とか土地柄とか。僕が承諾した所で、奴隷商に売られる事に変わりはなかったかもしれないけれど。

「お力添え出来ず、大変申し訳ございません」

「構わん。お主こそ、大層な不運に見舞われたのだから。心身共に疲れている所を呼び立ててすまぬな」

 ……陛下、なんとお優しい。

 って、すまぬ?えっ?謝られた!?

「と、とんでもございません!陛下の御心に添うのが臣下の務めでありますれば、この程度の」

「ああ、よいよい。今は、そのような堅苦しい物言いなど抜きにせい」

 いやいや、楽しそうに笑っていらっしゃるけどさ!恐れ多いから!僕、何か間違ってる!?

「伯父上、イエリオスで遊ばないでやって下さい」

 きっと、僕の顔は真っ青になっていたに違いない。見かねたコルネリオ様が、新しく淹れられた紅茶に口を付けながらも泰然とした態度で助けてくれた。僕がご令嬢だったら、間違いなく恋に落ちるレベル。どうして、この人独身なんだろうね。本気で悩むよ。

「ほう、懐かしいのう!敢えてここで我を伯父と呼べば、イエリオスも気を休めると思うたか」

「違います。私は伯父上の遊びに付き合ったまでですので」

 申し訳ありません、コルネリオ様。もう、半ば認めているも同然としか僕も思えないです。どうしよう、居たたまれない。隅っこに逃げて良い?

「ふはははっ!マティアスがここにおれば、さぞ騒いだのだろうな」

 わぁ、陛下が楽しそう。今まで、冷ややかなやり取りしか見た事がなかったから、実は仲が良いんだって初めて知った。ああ、そうか。そういう事か。あれも反体制派に向けてのパフォーマンスの一種なんだ。つまりは、陛下との不仲を見せつけて反体制派から接触してくるのを待ってるんだ。相手が特定出来れば、このメンバーでならどうにかなるもの。

「そうすると、イルの負担が増えていたね」

「っ、……クロード。急に背中を叩くな」

 陛下とコルネリオ様のやり取りに和んでいれば、目の前に座る父がミルウッド卿にバシバシと背中を叩かれたようで軽くむせてしまったらしい。まあ、お茶を飲んでいる最中に、いきなり叩かれたら抗議の一つも言いたくなりますよね。

「いやぁ、ごめんごめん!むせちゃった?」

 しかも、全く反省する様子はないとみた。

「……宰相殿のご苦労が偲ばれますな」

 牢の入り口に佇むキルケー様の呟きに、心の内で強く同意してしまう。ほんと、このメンバーを纏め上げられるんだから父上は宰相の鑑だよ。むしろ、父上じゃないと無理だと思う。だって、キルケー様の独白ともいうべき言葉に、ノルウェル卿が「えっ?今回は私のせいじゃないよね?陛下だよね?」という如何にも常習犯が言う科白を吐かれていたのでゾッとしたもの。伝説のかくれんぼの最大の要因を垣間見てしまった気がする。

 何というか、混迷を極めてる。

 もう僕に出来るのは、父上を陰で応援するぐらいかな。うん。



終わりませんでした。次が最終話になると思います。

伝説のかくれんぼネタは、資料まとめの方の七章の人物紹介の会話文で載せております。

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