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閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

  暗い深淵のような底なしの沼に佇んで見上げた空に、幾つもの星が訳もなくただ煌めいていた。

  あなたには、この星々が何色に見えていますか?




 うずくまり、身動き出来なかった為に抱え上げられ連れていかれた先は、もはや僕のホームベースとなった蔦の檻――ではなくて、商品を保管していた控え室のような場所だった。今や、その跡形もなくたった一つの商品(ぼく)だけが残っている状態といえる。皮肉でもなんでもなく事実。

「まさか、金貨二千枚まで値が上がるとは驚きましたね。さすがは、月夜の妖精姫と謳われる姫君と双子というだけの事はある」

 例え人間でも、『商品』を濡れた状態で客に引き渡したくはないようで、どうやら着替える為に僕はここに連れてこられたらしい。というのは、目の前にポツンと置かれた簡素なワンピースで推測出来た。……水を浴びせたのはあなた方だというのに。そんな理不尽さを詰る気にもなれず、はあ、と一つため息が溢れおちる。

 今更、どう足掻いた所で逃げられないのは分かってる。

 もう、僕は全てを受け入れていくしかないんだから――とはいえ。置いてあるのがワンピースだけという事もあって、着ていたものをわざわざ絞ってまで濡れた体を拭く気にもなれずばっさりと脱ぎ捨ててやる。絶対、畳んでなんかやらないんだから!なんて、服に無言で訴えてみても無意味な事ぐらい知ってるけどさ。

 そこへ丁度、支配人がやってきたのだ。

 奴隷の平均取引額なんて僕は知らないけれど、この人にとってはかなり喜ばしいものだったらしい。喉の奥で笑いながら、器用に語りかけてくる支配人に何の感情も湧かない為に横目でなぞるだけに留めて、真っ白なワンピースを手に取ってみる。

 ……うん、と。これ、どっちが前なの?

 あまりにもざっくりとし過ぎていて分からない。ああ、いや、……でも、もういいか。どっちにしろ、僕の体はもう僕のものじゃないんだから。なんだっていいや、と頭から被った所で、

「……っ!」

 不意に背中を撫でられた。……ちょっ、ちょっとこれは、……いくら投げやりになっている今の僕でも気持ち悪い。うーん……何だろう、触り方の問題なのかな。いや、生理的に無理な方かも。悪寒より怖気という表現が似合うほどのぞわぞわ感に堪えながら、顔を近づけてきた支配人から少しでも離れたくて身を引くぐらいには無理。ほんと、無理!

「な、なんですか」

「あなたが嫌だというなら、今回の取引きを無かった事にしても良いのですよ」

「……え?」

 何を、言って。

「但し、私の愛妾になれば、の話ですがね」

 愛妾って、つまりは僕に妾になれって?……この人、何を考えて!

「悪い話ではないと思いますけどね。どこの国の何者かも分からない人間の所有物になるよりも、私だったら昨日のように自由を与え、て……何事だ?」

 愛妾云々は全力で拒絶するけども。会話の途中であるにも関わらず支配人が気になったように、何だか外が騒がしくなったのは僕も気になる。オークションはもう終わっているから、会場からの声ではない。という事は。


 ――だったら、もしかして!


 これは――――!!……そんな期待をした僕の耳に、今度は「お待ち下さい、お客様!」という制止の声がはっきりと届いた。それと同時に、支配人がチッと大きく舌打ちをする。


 ああ、……なんだ。そっか。


 きっと、僕を買った人が早く引き取りたくてやってきたに違いない。そりゃあそうだよね、金貨二千枚も出してまで買ったんだから。

 そうだよ、僕は買われた。何を、何を今更期待してるんだか。……馬鹿だな、僕は。

 外の喧噪の理由が分かってしまえば、もう完全に全てがどうでもいい。

逃げ道がない以上、僕の所有者とはこの先、嫌というほど顔を付き合わせる事になるんだから放っておいても良さそうだし。どんどん近付いてくる「困ります、お待ち下さい!お客様!」という声に、とうとう支配人も限界だったようで僕からようやく離れてくれた。

 ……良かった。ここは素直に喜ばせてもらおう。ついでに、支配人に口説かれるのはもう御免被りたいから、出来ればこのまま即座にどこへなりと連れていってもらえたら助かる。あ、いや、嬉しくはないけれど。

 着替える時間すら待てない短気な主と直ぐに女装させたがる奇特なご趣味の支配人。僕にとっては、五十歩百歩でしかないというのが感想。何だか、虚しくなってきた。……もう、考えるのも止そうかな。

 外の動向が気になったようで支配人が部屋の扉を開けたタイミングで、僕もワンピースの袖に腕を通す。忘れていたわけじゃないけど、変に横やりが入ると気になるものでしょ?けど、それについては理解したから、僕も自分のするべき事をした。つまり、服を着る。以上!

 その途端、クシュ、とくしゃみが出てぶるりと寒気が走り抜けていく。

 あー、これは。

 ちょっと前から、時折、例の頭痛の所為で調子が悪くなってきていたけど、これは本格的に熱も上がってきたのかもしれない。びしょびしょの髪も拭けないし、いっそ風邪でも引いてしまえば――なんて。そこへ。

「……?」

 

 ふと――

 イオ、という声が聞こえた気がした。


 とても小さな声だったから僕の幻聴なのかと思ったら、今度は割と大きな声で確かに呼ばれているのが分かる。


 ――――イオ、と。


 そんなわけ、あるはずがない。

 なのに、どうしてもその声は耳朶に絡みついて、心に宿った期待を煽る。

「イオ」

 ああ。

「イオ」

 嘘だ。……こんなこと。

「イオ、迎えにきたよ」

「……っ、」



 どうして、という言葉を吐き出す前に、体は自然と動き出してしまっていた。



 この瞳が造り物なんかじゃなければ、この世界に生を受けた日からずっと隣りにいた存在が――――そこに居た。愛している、という言葉でさえ生温いと思えた愛しい半身が、来い!と言わんばかりにめいいっぱい腕を拡げて。


「イオ!」

「――っ、アル!」


 抱きつく瞬間、間近から捉えた妹の瞳からはぽろぽろと止めどなく涙が溢れていたのが分かった。

 全く、もう。泣き虫なんだから、……アルは。

 そう言ってやろうとしたのに、どういうわけか声が出てこない。夏は終わりを迎えるというのに、からからに乾いた喉の奥がひくついているのが分かる。こういう時に限って役立たずの声帯め。

 声を詰まらせながら泣いているアルミネラが、僅かに力を込めて僕を抱く。

 まるで、僕の存在を確認するかのようで。

 彼女の熱が伝わり、僕の体も熱を帯びていく。

 ……これって、双子だからかなぁ。そうかもしれないし、そうじゃないかも。

 なのに、ちっとも苦しくもつらくもない。むしろ、心地よいとすら思えてしまう。

 ああ、だけど。

 今はもう。ただひたすらに、



 ――――僕は、この瞬間を味わいたかった。



 二度と会えないと思っていた、僕の半身。その存在を、こうしてもう一度抱き締められる事に感謝する。

「……」

 ああ、もう。今になって手が震えてしまうなんて。やだなぁ……情けない。

 何とか誤魔化せやしないかと、何気に妹の服を握りしめてみたけれど。

「イオ?」

「……ごめん」

 そこに妹が気付かないはずはなく、謝って取り繕う。

 きっと、傍から見たら僕がアルミネラに縋り付いているように見えるだろうなぁ――でも。


 ……もう、別にどうだっていいや。


 今はひたすらに温かい体温を愛おしく思う。そこへ、アルが急にクスクスと笑い出した。

「イオの泣き顔、久しぶりに見ちゃった」

「え?」

 泣き顔?

 耳元がこそばゆくて、思わず顔を上げる。と、アルが微笑んで僕の頬から雫を拭って見せてくる。

「……ぅ、わ」

 ……僕も泣いてしまっていたなんて。

 見つめた先にある彼女の指の腹が確かに濡れている。自分も泣いていたという事実に羞恥心が膨らんで、思わず口元に手を置いた。

「あの、……そ、その、ご、ごめん」

 こんな事で、泣くつもりなんてなかったんだよ?

 醜態を晒してしまった罪悪感で謝らずにはいられないというか、何というか。ど、どうしよう、なんてオロオロしてたら再びアルに笑われた。

「馬鹿だなぁ、イオは。ほんと、大馬鹿者だよ。この世に泣かない人がいるとでも思ってるの?苦しかったら泣く。悲しかったら泣く。嬉しかったら泣く。それって当たり前の事じゃない。そんなの、赤ちゃんでも知ってるよ」

 あう……どうしよう。妹に駄目だしされちゃった。

「そ、そうだよね」

 ほんと、賢いのにたまに馬鹿だよね、と言われてあまりの情けなさに泣きそうになる。あの、出来ればその辺にしておいてもらえると、兄として嬉しいな、なんていう雰囲気を出してみるもアルには全く通じなかった。――のに、どうやら別の人物には伝わってしまったようで。


「微笑ましいと表現すれば宜しいのでしょうが、これは一体どういう事でしょうか、お客様?」


「っ!」

 アルと会えた事によりすっかり忘れていた存在、つまりは奴隷商の支配人が嘘くさい笑みを浮かべながらコツコツと杖を鳴らしたのだ。

 数日だけの付き合いだったけれど、こういう時の支配人が何を考えているのか僕は知っている。そう。

 どうやって、甚振ってやろうか――だ。

 奴隷商というだけあって、客に対しての外面は良くても『商品』に対して一切の容赦はない。

 不機嫌極まりない時の支配人に、何度、屈辱的な目に遭わされた事か。たった数回であっても体には既に染みついているようで、思わず身をすくませてしまっていた。

 僕がアルを、妹を守らなくちゃいけないのに。

 それなのに、その場から動けず悔しさに唇をかみ締めた――――その時。


「何か問題でも?こちらは、そちらの方法に従って彼を返してもらったまで。けれど、それが気にくわないというのなら、国家間できちんとした手続きを取らせてもらうけれど?」


「――っ」

 背中越しだというにも関わらず、僕の腰へとダイレクトに響く特徴ある声音に息が止まった。

 ああ、いや。だけど、そうか。アルがここに居るという事を考えれば、確かにこの人が来たというのも頷ける。適材適所、というよりか、僕たちに何かあれば直ぐに駆けつけてくれる人なんだから。

「いえいえ、滅相もございませんとも!ですが、二千枚もの金貨を払ってまで買い戻す価値があるのかと、私は思う次第でしてね、はい」

「おや、足りなかったかな?金貨なら幾らでも差し上げよう。我が国の王より、大枚をはたいてでも彼を必ず連れ戻すように厳命を受けているのでね。あなたはご存知ないだろうが、この子にはそれ以上の価値があるのだよ」

 ……っ、そ、それは言い過ぎじゃないのかな、ぁ……あは、は。

 っていうか。多分、そう思ってるのはあなただけですってば。

「チッ!それならいっそ、誰の目にも付かないように城の奥にでも閉じ込めておくべきですな」

 いやいや、城の奥って囚人だよ、それは。

 舌打ちするほど腹が立ったようで、忌々しそうに僕をぎろりと睨み付ける。そして、杖でまた顎を掬い上げられ、身がすくみ上がった。

「っ、」


「この美しさは、人を惑わす毒となる」


「や、」

 ――もう、止めて。

 そんな僕の心の声が聞こえたはずもないのに、後ろから腕を引かれた。

「イオに何するのさ!」

「杖であろうと、この子には触れないで頂きたい。金貨を受け取ったあなたには、もうその権利はないはずだ」

 掴まれたのは、両の腕。

 片方はアルミネラで、もう一方は――――

「えっ」

「……良いですとも。取引きは成立致しましたので、私はこれにて引き下がりましょう。またのご贔屓を」

 てっきり、コルネリオ様かと思ってたのに。そんな、まさか。


 ――――――フェルメール?


 直ぐに手を放されて距離を取られたけど、フェルメールがここに来ていた事に驚きを隠せない。そりゃあ、助けにきてくれるとは言っていたけど。

 あまりの衝撃に固まってしまった僕に対し、あからさまなため息をはき出した支配人が背を向ける。てっきりまた嫌味でも言うのかと思ってたから、こっちが拍子抜けしてしまった。

 何にせよ。


 とにかく、助かった……って信じて良いんだよね?


 まだ実感が湧いてこないんだけども。ここに居る限り、油断出来ないというか。懐かしい人たちに囲まれていても気が休まらないや。

 ……何だか、疲れた。

 重たい頭を振りかぶって額に手を当てたら、労るように服を掛けられた。

「イオ、怪我はないかい?」

 振り返れば、どうやらコルネリオ様が上着を貸してくれたらしい。温かいし、ここは好意に甘えさせていただこう。うん。

「恐い思いをさせてしまって悪かったね。闇市とはいえ、オークションを中断させると厄介な事になりかねなかったんだよ」

 まあ、そうだろうなぁと今なら分かる。客は身元がバレないように仮面を身に付けていたけれど、相当身分がある者じゃないとあそこまで値段はつり上げられないもの。

 人間を買うなんて事も。

「いえ、そんな事より、僕はまたご迷惑を」

 背筋に走った寒気を忘れたくて、コルネリオ様の上着を握りしめる。僕に金貨を二千枚も払わせてしまった謝罪を、と仰げば。

「わっ」

「そんな事、じゃないでしょう?イオ。どうして、君は自分を大事にしてくれないの?フェルメールから聞いたよ、君を助け出せないって落ち込んでしまった彼を励ましたんだって?」

 唐突に、コルネリオ様に両手で顔を挟み込まれた。しかも、ばっちり涙の跡も親指で拭われたりなんかして。

「は、励ますだなんて、」

 そんな事まで報告したの!?という目でフェルメールを見れば、許せ!とでも言うかのように視線を逸らされる。ちょっとー!どういう態度だよ、それー!

「うん?イオは私と会話をするよりフェルと話がしたいのかな?」

 その満面の笑顔は止めてください!ただでさえ、キラキラしてるのにそこに暗黒物質が混じってとてつもなく不穏で恐いから!

「ち、違います!そんなことは」

「ふふっ、冗談だよ」

「そ、そうですか」

 ……笑えない冗談は止めてくれないかなぁ。この人が言うと、あながち本気なんじゃないかって思えて仕方ない。

「それよりも、イオ」

「はい」

 あー。まだ心臓がどきどきしてるよ。

「抱き締めて良いかな?」

「はい」

 久しぶりにからかわれた気が、って。

「えっ?今、なんっ――」

 しまった。ちゃんと聞いてなかったよ、と僕が思うよりも早く――コルネリオ様に、抱き寄せられていた。


「……良かった。本当に、無事で良かった。君を取り戻せて、本当に」


 肩に顔をうずめられて声が聞き取りづらかったけれど、唸るように吐き出されたその言葉は紛れもなくコルネリオ様の本心だ。これは僕の直感でしかないけれど、何故か今はそう思わずにはいられない。

 だって、いつもの余裕を感じられないんだもの。

 それにこの声はとても優しいのに、弱々しい。

「……ごめんなさい、コルネリオ様。心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」

 これが、コルネリオ様の素であるような気がして。今にも壊れそうな脆い心を壊したくなくて、その大きな背中に手を回す。

 ……ああ、温かい。

 この間の、エルたちの誘拐事件の時に抱き締められた時よりも。前回と同じ状況であるはずなのにどこか違う。何故か、違う。

 それは、今のコルネリオ様が少し頼りなく思えるからかな?

「何だか、昔のイオに戻ったみたいだね」

 そう言って懐かしむようにクスクスと笑われたので思い返してみたけれど、今まで僕から抱きついた事なんてなかったはず。

「そうでしょうか、ただの気のせいだと思いますよ」

「そうかな?」

 そうでしょ。だって、僕にはそんな記憶ないんだもの。

「まあ、だけど、大人びた子供ではあったよね。泣かないし、笑わないし、甘えてこない。こっちは君の気を引きたくて頑張っているのにさ、素っ気ない態度でお礼だけ言っておしまい」

「……っ」

 うー。それは申し訳ありませんでしたね、としか。だって、体は幼くても、中身は二十歳以上なんだよ?どういう顔をすれば良いのか分からなかったんだもの。

「それなのに、たまに不安そうな顔をして私を見てくるんだもの。困らせたかなって気に掛けてくれてたんだよね。自覚なかった?」

「そっ、そんな事は」

 全く以て、しーりーまーせーんーでーしーたー!ええ?ほんとに!?嘘じゃなくて?コルネリオ様の勝手なイメージとかではなくて?

 つ、つまりは、こういう事?抱きつくとかそういった次元の話じゃなくて、無自覚に僕は甘えてた、って……うわぁあああああ!!!!恥―ずーかーしーいー!

 ……嘘でしょ。もうやだ。

「あっ、照れてるの?イオ、可愛い~」

「あいつは猫みてぇなとこあるからなぁ」

 はい、そこの二人、少し黙って。まあ、おかげで冷静になれたけど。

「……だって、仕方ないじゃないですか。僕の為に、わざわざ異国にまで来てくれて。いつだってあなたは自分の事より、僕やアルの事ばっかりなんだから。……そんな格好いいまねされて、僕が何とも思っていないと?」

 決して、反撃に出たわけじゃない。うん。そう、これは事実。捻くれた、僕なりの。

 顔を上げると、少し驚いた顔をしたコルネリオ様の緋色の瞳とぶつかった。

 あーあ、やっぱり意外そう。

 この人、もしかして僕に嫌われてるって思ってる?

 だったら……だったら、この際全て教えてあげるしかない。

 僕が、あなたの事をどう思っているのかを。


「コルネリオ様。あなたは昔から……ううん、あなたという存在に気付いた時から、もうずっと、僕にとってあなたは僕の憧れの人なんですよ」


 嘘でも偽りでもなくて。

 アルミネラと同じように、僕にとってコルネリオ様は憧れの存在なんだよ。底の知れない人だけど、たまにその冷酷さを恐ろしく思うけど。

 だけど、両親と同じぐらい長い時を共に過ごしてきたからこそ、コルネリオ様の凄さを知っている。


 そんな人を、嫌うなんてあるわけない。

 嫌いになんて――なれるはずない。


「今まで素直になれなくて、ごめんなさい。助けにきてくれて、ありがとうございます」

 もしも、大好きだって言ったらまた驚いてくれるかな?

 いつか、――――言えると良いな。

 顔を見られるのが嫌で、コルネリオ様の美しい(かんばせ)を惹き立たせるクラシカルなグレンチェックのウェストコートを握りしめる。皺を作ってしまうのは致し方ない。うん。こういう時こそ、僕は我が儘になるって決めたんだから。というか、今決めた。決めてみました。……大丈夫、だよね?と、とにかく、だ。僕は僕のプライドを守らせてもらいますよ。なんて内心で決意表明していたら、直ぐにその意図がバレてしまったようでクスクスと笑われてしまった。

 あーもう。これだから、この人は苦手なんだよ。

 もう知るもんか、と更に力を込めてみるとコルネリオ様にも力強く抱き締められた。

「……良いんだよ。それで良い」

 甘く、蕩けそうな声を耳に流し込まれながら。


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