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今の僕は白金色というかなり特殊な髪色になっているけど、前世では一度も髪を染めた事がない。だからこそ、黒髪の宮廷魔導師の彼のことは懐かしさがこみ上げてしまってつい話しかけてしまうのだ。
結局、あの後フェルメールに連れ戻されて抜け出した事が公になってしまった。
目的だったコルネリオ様に会う事も叶わず……いや、まあ、それは自業自得なんだけども。
フェルメールに連れられて屋敷の外から現れた事で、他の騎士の皆さんが慌てふためいてしまった結果、フォンタナー伯爵が急遽お城から戻ってくるぐらいの大ごとになったというのが詳細です。ご査収下さい、じゃなくって。陛下や父上に、どのように伝わっているのやら……恐ろしい。というのは、今は足下に転がせておくとして。
なのに、フォンタナー伯爵は真っ先に僕の無事を喜んでくれたのだから、本当に申し訳ない事をしてしまったと後悔している。
もうね、ほんとここ二日ばかり罪悪感に飲み込まれそうなぐらいで。お屋敷で働いている皆さんや騎士の方に会う度頭を下げてしまうものだから、苦笑いされてしまってるほどなんだけどね。こればかりは自分が納得出来るまで止められない。
それはそれとして。
僕が他にも謝らなければならない相手は、他にもいるのだ。
――そう。言わずもがな、僕の手引きをしてくれたグランヴァル学院の現生徒会役員たち。何せ、現役の生徒会長まで関わっていたのだから、これは停学も免れないのでは?と心配していたんだけれども厳重注意を受けた程度に収まったらしい。ひとえに停学にならなかったのは、僕の誘拐が未遂に終わったからだとフォンタナー伯爵から聞かされた時はゾッとしたけどね。危うく取り返しのつかない事をさせてしまう所だった。
なのに。あれ以来、彼らとは会えていないから謝るにも謝れなくて。
性格上、アシュトン・ルドーやライアンはあまり気にしていなさそうだけど、セラフィナさんが自分の事じゃなく僕を心配してくれていそうで。何せ、僕がいうのもなんだけど彼女は生前からのイエリオス教の信者だし。また変な方向に突っ走ってなきゃ良いんだけど。
――と、まあそんな風に思いを馳せているけれど。かくいう僕も、実は今まさに厳重注意を受けている所だったりなんかしたりして。
「聞いているのか、イエリオス!」
僕の知る限り、ふんぞり返るという姿勢が誰よりも似合っている人がいるとすれば一人しかいないだろう。ミュールズ国の王太子にして次期国王となられるお方。緋色の髪に緋色の瞳は高貴さを纏い、彼の方の派手やかな御姿は、前世の言葉で例えるならばワイルド風イケメン。オーガスト・マレン=ミュールズその人は、折しもちょうど僕の正面でふんぞり返りながら優雅に足を組んでお茶を飲んでいた。
「もちろんです!」
ってちょっと勢いよく返事をしてしまったけど、決して怒っているわけじゃなくて。ほんと、勢いが良かっただけで。……お恥ずかしながら。
「そ、そうか。お前も、相当腹に据えかねていたというのは何となく俺でも分かるぞ。うむ」
いや、変に宥めないで!考え事をしてただけなので、とは言わないけれど、なんというか、そういう時もあるよね?って事で流しておこう。
「まあ、……全てが唐突でしたので」
「しかし、まさかお前がアルミネラの学友たちに手引きしてもらってまで、伯父上に会いにいくとは思わなかったがな」
……いや、もうそれは言わないでください。お願いだから。
散々、他の人にも同じ事を言われて、ちょっと恥ずかしくなってきてるので。そこまでして会いたいだなんて情熱的だね、ってさ。そういうつもりは全くなかったから、そう見えるのかって知って顔から火が出そうになったんだから。
「父う、陛下から聞いた時はさすがの俺も目を疑ったぞ」
「……そうですか」
はい。その話は拡げるつもりないですからね。諦めてください。
「それで?」
「はい?」
うん?
「何故、伯父上に会いにいこうと思ったのだ?」
まさか、理由を訊かれるとは思わなかった。それもオーガスト様からっていう部分に、申し訳ないけどびっくりしてる。
けど、言っていいものなのかな。なんて伺うようにチラリと見れば、興味津々といった純粋な顔で待たれてた!……わぁ。もうやだー。
僕が話す事を信じて疑ってないんだろうな、この人は。全くもう。
「それは、……今回のアイスクラフト様の自刃の件に関する情報を、あの方であれば既に掴んでいそうな気がしたからです」
「第二騎士団、か」
『第二騎士団』が、どういう集まりであるのか。
お互いの認識が合っているのかを示す為に、オーガスト様の緋色の瞳を逸らす事なく頷いてみせる。
いつもなら、そこからは知らないフリをして相手から情報を聞き出すようにしているけれど。今回ばかりは、そんな心理戦で時間を潰している場合じゃない。うん、それぐらい僕だって分かってる。
「アイスクラフト様が自刃された日を受け持っていた、第二騎士団の方が行方不明であるとか」
「どこでそれを聞いた?」
やっぱり。そうくるよねぇ、けど。
「申し訳ありません。それにお答えする事は出来ません」
まだ、ノアの事は教えられない。――僕からは。
「……そうか、分かった。お前にも何かしらの情報網があるのだろう。深くは聞かん」
「ありがとうございます」
あれ?意外とあっさり……って思ったけど。その、フッ何も言わなくとも俺にはばっちり分かっているぞ感を醸し出されましてもね。まさかとは思うけど、うちの一族に変な夢を持っていたりしませんよね?いくら国内では中枢を担う文官を多数輩出している名門でも、独自のルートがあるなんて事はないですからね?たまたま宰相の父の情報ネットワークが異常なだけで、僕はノアしかいませんよ。しかも、今回は珍しく意見が一致しただけの話だし。
「もう一人の、第一騎士団の騎士が死亡している事については」
「存じてあげております」
「話が早くて助かるな。調査報告書には、その騎士は酔っ払いの諍いに巻き込まれて死亡したとあったのだが、詳しく調べ直した結果、行方をくらました第二騎士団の男が関与している可能性があるのだ」
そんな。
「……では」
「ああ。だから、奴は行方をくらましたという意見が出ている」
やっぱり。
という事は、モーリス・ハイネという人は第一騎士団の騎士が亡くなってから行方知れずになったんだ。その順序は、最も重要な鍵となる。
「なるほど」
「誰かに匿われているのか、或いは既に消されているか国外へ逃げているのか」
そうなんだよね。僕も、その騎士の単独とは考えづらくて。黒幕がいるのだとしたら、匿われている可能性を考えてた。
「審問会も滞るばかりでな」
うん?……ああ。うっかり聞き流しそうになったけど、それは僕もフォンタナー卿から聞いて知っている。
形勢は依然と不利のままであるとか。
「あ、いや、お前に話す事ではなかったな」
「いえ」
別に、僕の事など気になさらなくてもいいのに。審問会の状況が芳しくなくても、子である僕は受け入れるしか出来ないんだから。
「実は、もう一つ。お前に言わなければならない事があるのだ」
アルミネラだと強気な態度になるのに、それ以外の相手にはとても誠実な所がほんと頑固というか捻くれているというか。内心で苦笑していると、オーガスト様にあるまじき控えめな目で見つめられてきたので思わず身構えてしまう。
「何です?」
なんて、普通に返答してみたものの、言いづらそうだなぁ。逆に気持ちわ、じゃなくて……恐いです。
「聖ヴィルフ国で、俺が話した事を覚えているか?」
は?
「えっと、……色々とあったので、うーんと、どういう時の話だったのか」
話し下手の人か!じゃなくて。抽象的過ぎでしょ。せめて範囲を狭めましょうよ。
「ははっ、確かにそうだな。俺が式典の最終日に語った事だ、覚えているか?」
ああ、それは。
「……ぼ、私を宰相にと望んで下さっている事でしょうか?」
それ以外考えられない。という事は。
「うむ。察しの良いお前の事だから薄々気付いているだろうが、この状況下でお前を宰相にしたいと陛下に伝えられないのだ」
「至極当然でございましょう」
っていうか、こんな状態で話していたら、よっぽどの大物か馬鹿かって思われるに決まってますよ!?なのに、申し訳なさそうな顔しちゃって。
「だが、俺は諦めていない。俺は、いずれお前を必ず俺の宰相にしてみせる!誰がなんと言ってもだ!」
「……」
……えーっと。あー、はい。うん、ひとまず、座りましょうか。
どうして、そこまで僕を熱望してくれているのか分からないのだけれども。勢いが良すぎて、あなたの護衛の騎士とここに常駐している警護の騎士が驚いて扉の外から覗いてますよー。あ、引っ込んだ。ああもう、睨まないであげて下さいよ、それが彼らのお仕事なんですから。それに僕も呆気にとられて一瞬思考が停止してました、実は。
「ふふっ」
……もう、なんだかなぁ。オーガスト様は。
こんなの、笑うしかないじゃないか。
「だから、今はこんな口約束しか出来ないがどうか待っていてほしいのだ」
なんていうか、結婚詐欺師に騙される女性の気分。相手の都合ばかりの体の良い言葉だと理解した上で、己の一生に関わる選択肢を突きつけられるだなんて。
――でも。
「それでは、私はこれから迂闊な真似は出来ませんね」
信じてみたい。
この先、僕が宰相になるというのが夢物語で終わり実現される事はなくても。
その気持ちを持ってもらえた事は、オーガスト様の臣下として僕の一生の誇りとなるだろう。
あまり重く受け止めた言い方もどうかと思って、敢えて今回の反省をふまえて冗談めかしてみたけど。いや、でも、審問会が終わるまでは二度と馬鹿な真似はしませんよ。本当に。
「現状は、他者によって運命が握られている状態といえるだろう。もどかしいのは重々理解しているが、今は大人しく静観しておいてくれ」
「は、はい」
何故か、念押しされてしまった。っていうか、戒めたい為に敢えてこの話をしたんじゃないよね?
「お前への沙汰を陛下から申しつかったついでに、どうしてもその忠告はしておきたかったのだ」
わーい、大正解!って喜んでどうする。こんな回りくどく注意をされるのは信用されてない証拠じゃないか。不穏な行動、だめ。ゼッタイ。
「特赦を取り消すという件ですね」
その事については、当然の結果だろうなと思ってますよ。ええ。今や、この屋敷の住人であるアルベルト様でさえ立ち入りが許されない状態だものね。
陛下の優しさに甘えて、訪問客と画策してこの屋敷から抜け出したんだから。フェルメールに見つかった時点で、こうなる事は分かってた。
「これよりお前は、本当の孤立無援の状態となる」
けど、覚悟していたとはいえオーガスト様から直に言われるときついなぁ、やっぱり。
「それが私に下された罰とあらば、甘んじて受け入れます」
僕以外の誰かが咎められるより断然良い。
僕が求めたばかりに、誰かが罪に問われるなんてあってはならない。
――もう、二度と。
「潔いな。だが、俺としてはそう深刻に受け入れないでもらいたい。身内に甘いなど、次期国王として失格なのかもしれないが」
身内って。
「フォンタナー卿以外にも、ここには侍女や侍従は出入りするのだろう?その少しの合間であったとしても、誰かと会話をする事で気を紛らわせてもらいたい」
「……オーガスト様」
え、急にどうしたの?それとも昔から、そんな労り上手な人でしたっけ?ごめんなさい、逆に戸惑ってしまうんですけど。
「そ、そういえば、伯父上から差し入れが届いていただろう?」
この微妙な空気をどのように感じたのかは分からないけれども、オーガスト様は僕から慌てて目を逸らすと立ち上がった。あれ?照れてる?もしかして、僕が感動したと思ってる?まあ、ある意味感動しましたが。
「暇つぶし用にと、キルケー様が持ってきてくださった本の事でしょうか」
あれならまだ寝室の机に置いてあるよ。
「時間を潰すのには最適だろう」
うん、だから勿体なくてまだちょっとずつしか読んでないんだよね。何度も読み返せば良いんだろうけど、初読みの感動はじっくり味わいたくって。とまあ、架空の物語より図鑑がお好きなオーガスト様に話した所で伝わらないので、そうですね、とだけ言っておく。
「では、俺はそろそろ城に戻る。いいか、必ず慎重に。慎重に、だぞ」
必ずだからな、って念の入れ方半端ないな。今回の件でさすがに僕だって反省してるんだから理解してますってば。まさか、アルと勘違いしてません?いや、アルは駄目と分かっていて何度もやる子だ。……うっ、頭痛が。
「分かっております」
「ああ、忘れる所だった。そういえば、マリウスもお前の事を気に掛けていたぞ。お前には絶対に言うなと口止めをされたがな!あははははっ!」
あはは、って。良いの?それ、言っちゃって良かったんですか?あーもう!その顔は、僕が黙っていれば大丈夫とかいう顔じゃないですか。言いませんけどね。言ったらマリウスくんに怒られそうだから言いませんけど!
「よいな、お前は一人じゃない。それだけは忘れるな」
一人じゃない。
そうなのかな?……そうだといいな。
「はい」
オーガスト様が来たのは、きっと僕を励ます為でもあるんだろう。
僕への命令なんて、本当はフォンタナー卿に伝えれば良いだけの話だもの。それなのにわざわざ訪れたのは、陛下の温情なのかもしれないし、もしかしたらオーガスト様が自ら名乗りでて下さったからもしれない。
僕の返事を聞いて、オーガスト様はしっかり頷くと来た時のように颯爽と出て行った。
後は窓越しに去って行く馬車を眺めているしか出来ないけれど、それで充分だといえるだろう。
――お会い出来て良かった、それだけで。
あれ?そういえば、どうしてオーガスト様はコルネリオ様からの差し入れをご存知だったのかな?って、まあ検閲が入っているなら知っていて当然か。




