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「刷り込みという現象を知っているかい?鳥は孵化して初めて見た動くものについて回るという。動くものなら何にでも。それが、偽物であったとしてもね。その関係性は、この二者にとってすれば幸せな事だろう。
けれど、他者から見れば歪で醜いとしか言い様がない。
――だったら、生まれたての雛に戻すにはどうしたら良いと思う?」
レベッカさんの登場で、一瞬静まりかえっていた周囲が再びざわつく。
彼らが無事で良かった、とか言い合ってるけどさ、けどね?……うー。いや、何も言うまい。ルネッタ嬢によって見知らぬ人を一人巻き込んでしまったけれど、下手に助けてもらって怪我を負わせてしまっていたら申し訳ないもの。
とまあ、そんなこんなで。
さっそくですが、ひっさびさに石を吐き出してしまった僕ですが、何か?あっはっはー。
……笑いたければ笑え!くっ!
まあ、分かりやすく説明をすると、ね。立ち上がろうとして失敗して、足がもつれて再び転がって、緊張の糸が切れた勢いなのかゴホッと吐血するみたいにその場に宝石を巻き散らかしてしまった、という事なんだよね。あはは。ほら、見てご覧よ。色とりどりのステンドグラスの光を浴びた僕の宝石の輝きを。今まであんまりよく見なかったけど、意外と綺麗じゃない?……なんて、現実逃避してる場合じゃないんだ。分かってる。
「イオっ!!」
「っ、……アル」
内心で自己嫌悪に陥って一人反省会に突入しそうになっていたので、いきなりアルに飛びつかれて慌てて受け止める。あ、あのね、アルさん。座ってるから大丈夫だったけど、立ってたら明らかに倒れ込んでたかもだよ、これ。情けないけど、座り込んでて良かったー!妹を受け止めきれずぶっ倒れる兄なんて、そんな無様な姿は見せたくないもの。あーほんと良かった。
ぎゅう、と今にも音が鳴りそうなぐらい腕で締め付けられているおかげで、息をするのもやっとだけど、僅かに震えているのが分かって僕もその小さな背中に腕を回す。
「い、……生きてっ、生きてる、よね?」
耳に流れるのは、明らかに涙声。
公の場では動揺を隠すアルが、こんなに不安がっているなんて珍しいな。今回はさすがに心配をかけすぎたかな、と思わず苦笑いをして背中をぽんぽんと叩いてみる。
「大丈夫。僕はちゃんと生きてるよ」
これだけ密着していたら、僕の体温も伝わっているでしょ?という思いを込めてついでに頭も撫でておく。ほんと、急にどうしたって言うんだろう。
まるで、迷子になった子供がやっとの思いで親に会えたぐらいの喜びようなんだけど。
うーん、と困惑してオーガスト様に目で訴えるも、やれやれ、みたいな顔をされて首を振られてしまった。うん?それってどういう?
その時、アルがようやく顔を上げて、僕よりも淡く、蒼い瞳が涙で滲みながらも僕を捉えた。
「良かっ……!ゆ、夢でっ、な、何度も、……見て。イオが、し、死ぬとこを」
「え?」
――夢?
って、それって。
「わ、私、恐くて……っ、だ、だから、イオが居なくなった時、み、皆に相談、したんだ。イオを、殺させない為に、助けて……って」
声を戦慄かせながらもはっきりと紡いだ言葉に、驚きを隠せない。
よく見るとアルは血の気が引いているのか、顔を青白くさせていた。
……そうだよね。
恐かったよね、そんな夢を毎日見てたら。
――まさか、アルも予知夢を授かっていたなんて。
「……そうだったんだ」
知るよしもなかった、とは言いたくない。僕は自分の事ばかりで、妹の様子に気付いてあげられなかったんだ。……情けない。
「話を聞いた時は俄に信じがたかったが、こいつが嘘をつくはずはないからな」
えっと、……うん。二人ともお互いが嫌いだっていうわりに、ほんと信頼し合ってるよねぇ。その自信は一体どこからきてるんだろうね?
「では、オーガスト様も今日何が起きるのかご存知だったんですね」
「……す、すまない」
何故、そこで照れながら目を逸らすのか分からないのですが。
でも、まあやっと理解出来た。
どうりで、朝からずっとそわそわしていた訳だよ。隠し事をされてる僕でも気付くぐらいなんだから。これは、もうあれだなー。帰ったら、マリウスくんも巻き込んで特訓してもらおう。よし。
「あ。けど、そうなると結構早い段階でご存知だったって事になりますよね」
僕が居なくなった時って、レベッカさんに誘か、もとい匿ってもらってた時だもの。
「アルミネラに聞いて、それならば俺が未来を変えてやる、なんて意気込んでみたのだがな。まさか、あの後、お前にあっさり返り討ちにされるとは思わなかったぞ」
「えっ、返り討ちって」
「この人、いきなり帰国しようって言ったでしょ?」
「ああ、うん。……えっ、ええ!?そうだった、んですか?」
教会に迎えにきてもらった時、急に何を言い出すのかと思ってたら。あー、そうだったんだ。あの時から、オーガスト様もどうにかしようって考えてくれてたとは。
「言っただろう?お前を俺に守らせろ、と」
そりゃあ、まあおっしゃいましたけど。逆ギレして、つい勢いで口から出たとばかりに思ってたから。
「……ですね」
見事に騙されたんだなぁ、僕。
もう、何だかおかしいや。
こんな時だっていうのに、つい笑いがこみ上げてくる。
「あーそっか!ようやくしっくりきたよー!」
「わっ!び、びっくりした」
僕も僕も。目を丸くして心臓を押さえるアルに内心で頷きながら視線を向けると、いつの間に傍でしゃがみ込んでいたのかレベッカさんと色付きの眼鏡越しに目が合った気がした。
「うんうん。なるほどね~。今回はたまたま双子だっただけに、ややこしい事態になっちゃったって事だったんだなぁ」
うんうん、とこれまた器用に膝に肘を突きながら何度も頷いているけども。
「えっと、レベッカさん?」
「んー?なに~?」
「あの人は?」
さっき、泡ふいて気絶してたぐらいだから、どこかに逃げたりはしないはずだけど。それでも、見えていないだけで不安になる。
「あー、君たちが話し込んでる間に衛兵が来たから持ってってもらったよーん」
持ってってもらったよーん、って。相変わらず、この人軽いな。おかげで、安心出来たけど。
それよりも、だ。
「それで、あの、」
「うんうん。あのねぇ、エーヴェリー君。君はね、正真正銘の『二人目』だったって事だよ」
「えっ?」
それってどういう意味ですか、と訊ねる前に騒がしい声が聞こえたので会話が途切れる。そこへ、集まっていた客たちの間からこの国の頂点、つまりは教皇様が枢機卿がたを伴って現れた。
「何の騒ぎですか、これは」
その枢機卿がたの中でも、一番のご高齢だと思われる人物からお声がかかる。それは当然、僕たちミュールズ国に対してではなくて、立ち上がったレベッカさんにだったけれど。高圧的な所がなんというか自尊心の権化のような。いや、人を見た目で判断しては駄目だよね。こういう人だって、実は一人きりになると寂しくて夜中に星空を見て涙を流しているのかも知れない。……自分で想像しておいてなんだけど、ちょっと無いかなって思っちゃった。ごめんなさい。
「およ。そちらがよく理解しておられるのではー?」
え?なに?いきなり、喧嘩越しですか?
「こそ泥の末席が。この大聖堂において、争い事は御法度であるはず。なのに、卿は一体どうして騒ぎの中心に居る?」
「いや~、どうしてでしょうねー?ボクが来た時には、もう既に片がついていたようですけどー」
ね~?って同意を求められても。ここは話に合わせて頷いておいた方が良いの……あ、アルがやっちゃった。あーもう。
「御前、宜しいか。騒ぎというが、そもそもの発端はそちらの不手際にあると述べさせて頂こう。何故ならば、こちらは『女神の恩寵』を授かった我が国の民が命の危機に晒されていると訴えていたのだから。それについて、もしや教皇殿は何もご存知ではないのだろうか?」
その隙に、と思ったかは分からないけども。僕たちとレベッカさんに視線が集中しているのを良いことに、オーガスト様はいつの間にか移動して教皇様に問いかけていた。
まあ、本来の目的だったしね。
微妙に険のある言い方だけど、それは僕たち国民を大事に思っているからだというのは百も承知だから。
そして、この問いかけで何が分かるのか――だけど。
「聞き及んでいる。早急に対策を練るよう、彼に指示をしたはずであるが?」
そう言って、レベッカさんと同じ金灰色の瞳が映したのは、レベッカさんを叱りつけてきたあのご高齢の枢機卿だった。
これが「知らなかった」と教皇様が発言していれば、ここに居る外周国の出席者に聖ヴィルフ国の教皇の権威はなしと見なされていただろう。けれど、教皇様は「知っている」と答えた。しかも、きちんと命令も下している――のだから、その責任は自ずと。
周囲を取り囲む客にざわめきが拡がる。散々騒いどいてそれはないよ、と僕も一言もの申したい。
「……なっ!わ、私は存知あげておりません!」
「書簡を届けさせたはずだが。では、誰に命じたと?」
眼光鋭し、ってこういう事を言うのかなぁ。自国だと陛下の弟君であるマティアス様が厳ついお顔だから目が合ったら死にそうになるけど。
教皇様も結構なお歳だけど、矢面に立っている枢機卿はそれ以上にご高齢なので、真っ青な顔で汗を流しながら否定するさまは、憐れであるとしか言えない。
「そ、それは」
「おおかた、騒ぎだなんだと難癖を付けたかっただけなのでは?」
「もしや、鐘の件も」
「教皇に恥をかかせようとは枢機卿の風上にもおけませんな」
「野心が多分におありですからな」
「ああ、恐ろしや」
「ち、違う!私は本当に何もっ!」
どう言い繕えば良いのか口をもごもごとさせている間、教皇の後ろにいる他の枢機卿の皆さんがヒソヒソと聞こえよがしに話すものだから、青い顔が更に白くなっていく。
……枢機卿、恐い。というか、聖ヴィルフ国、恐い。
思わず身震いするとアルに心配されてしまったので大丈夫、と言っておく。いや、ほんと、色々と恐い体験をしたけれど、こういう人間関係のドロドロとした真っ黒なものに関わらなくて良かったなって。レベッカさんも相当だけど、こんな人たちに囲まれて大丈夫なのかな?って思ってたら、ひょこっと衛兵たちの間から出てきたのでびっくりする。神出鬼没っていうか、いつの間に居なくなってたんですか。
「へぇ~。これでも、本当に何もやってないって言い張ります~?」
ただし、レベッカさんは一人で戻ってきたわけではなかった。どうやら、彼女を連れてきたかったっていうのは分かったけれど。
「そ、そいつは」
金髪の髪に、勝ち気そうな碧い瞳……は、今は伏せられて見えないけれど。紛れもなく、彼女は。
「ええ、そうです。あなたの養女であらせられるエディッタ・ティーティエ嬢ですね。彼女は数日前、そちらにおられるミュールズ国からの使者であるイエリオス・エーヴェリー氏に危害を加えようとしていたので捕まりました」
ああ、あの時の。
……そっか。僕はあれから事情聴取だ何だとばたばたしてたから聞くのを忘れていたけど、エディッタ嬢は捕まってたんだ。ルネッタ嬢が上手く立ち回ってくれたとはいえ、実の姉を。
姉妹の間にいくら因縁があるとしても、こんな事になるのならルネッタ嬢に早く知らせるべきだった。
「『二人目』ではないか!」
何が悪い?という姿勢に、彼女がビクッと大きく震えたのは僕の見間違いなんかじゃないはず。
レベッカさんの話だと、この人はエディッタ嬢の義父という事になるんだよね?
「あなたのその考えが、彼女に脅迫観念を与えたのだとすればいかがしますか?」
ずっとこんな高圧的な態度でこられたら、僕だってどうなるか分からない。この場にいる誰もが同じ事を考えているはず。まあ、今もまだコソコソと陰口を叩いている枢機卿がたは例外だと思うけど。ほんと、恐い。
「なっ、何を言う!そいつは私に『一人目』だと嘘をついていたのだぞ?『二人目』なんぞ生きている価値などないわ!」
――っ!
この人は、……なんて事を!
「黙りなさい!その発言が神への冒涜であると恥を知れ」
教皇という立場だけあって、その一喝はこの広い大聖堂内でよく響いた。
宗教の事は僕にはよく分からないけれど、言って良い事と悪い事の区別ぐらい誰だってつくよね。
教皇の叱責に静まりかえった大聖堂は、もはや断罪すべき者が誰であるのかを明確に証していた。
「ちっ、違!た、ただ、私はっ!」
「『女神の恩寵』に一人目も二人目もない。汝の愚行は、既に女神ヴィルティーナ様の知るところである。覚悟せよ」
ああ。ようやく、これで一段落が付いたと思って良いのかな。




