15(下)
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※『下』です!
オーガスト様に応戦してもらいながら、なんとか礼拝堂を脱出する。ミルウッド卿とテオドール様だけでは手に負えない人数が僕たちを追いかけてくる事は分かってた。
ハンカチに覆い隠された傷がドクドクと脈を打つように、痛いぐらいに心臓が波を打っているのがよく分かる。
もう少しだという安心感と、まだ終わらないという焦燥感。そこに不安という名のスパイスを混ぜ合わせたのが今の僕の心の状態。
先を急ぐ僕たちに追い抜かれ、血相を変えてむき出しの刃を光らせながら後に続く衛兵たちの図はやはり尋常な状態には見えないようで。
「なっ、何事だ!?」
「どうしたんだ、一体!」
「あ、あの子、血がっ!」
直ぐに悲鳴やら叫びを上げながら避けていく。まあ、そのおかげで他の衛兵たちに気付かれてどんどん追いかけてくる人数が増えていっているわけだけど。果たして、増殖していく彼らには僕たちと過激派の人たちのどちらが悪者なのか分かっているやら。
「もう!ここ、広過ぎーっ!」
人が多いのもあるけど、確かにアルが愚痴るようにこの大聖堂は広すぎる。多分、かくれんぼするなら最適なんじゃないかな、というぐらいには。いや、やったら怒られるのは確実だけどねぇ。
「待て!」
「このっ!悪しき存在め!」
何だか悪魔にでもなった気分だな、と思わなくもない。実質、彼らにとって僕の存在は悪魔と同等なんだろうけど。同じ血筋で宝石を吐いたのが二人目だとか、双子であるとか、そういった妄執に囚われている人たちと会話をしようとしても無駄だという事は僕でも分かる。今まで、僕を殺す事だけしか頭にないみたいだったもの。
「チッ。しぶとい奴らめ!」
王族が公の場で舌打ちするのは良くないですよ、とオーガスト様を嗜めようとした、その時。
「……ルネッタさん?」
僕たちの前方に、ルネッタ嬢が立っているのが視界に映った。それも、僕たちをじっと見据えているのだから不安がよぎる。……もしかして、とは思いたくないけど。
仁王立ちしている彼女が、普段通りのほほんとした顔であれば少なくとも安心出来ただろう。けれど、口を一文字にして固い表情を崩さないその顔は覚悟を含んでいるようで。
――信じたい、けど。
距離にして約数メートル。お互いの顔がはっきりと分かる距離になった途端、彼女は突然動き出した。
「……っ!」
それと同時に、何か銀色の物がこちらに向かって飛んできたので慌てて避ける。と、うわぁ!という声がして振り返れば、明らかに巻き添えをくった感じの青年の体に鎖が巻き付けられていた。
「はわわっ!ご、ごめんなさい!失敗しちゃって!イリスさんもお怪我はないですか!?」
えーーーーっ!?……って、叫んで良い?というか、誰なの!?この天然記念物に危険物を持たせた人は。しかもその武器、彼女に一番適してませんよね?
「大丈夫ですけど、びっくりしました」
ほんとにね。心臓に悪いったら。
「手元が狂っちゃって。すみません」
いや、舌を出してえへって笑ってる場合じゃないですよ。この巻き込まれちゃった人、どうするんですか。何故か、どうにかしろよっていう目で訴えられてるんですけど。……いや、僕に言われても。
「とにかく、イリス様達は行って下さい!許可を戴いたので、私も微力ながら助太刀します!」
「あ、ああ」
「えーっと、名前なんだっけ。もう何でも良いや、とにかくありがとう!何とかちゃん!」
何とかちゃん、って。あーもう。オーガスト様は微妙に引いてるし、アルは適当だし。それより、もう一つ鎖鎌をスカートの中から出して、何故か得意げな顔のシスターが一番心配なんですが。サラもそうだけど、女の子のスカートの中って一体どうなってるの?
「大丈夫です!失敗はつきものだっていつもレベッカ様がおっしゃっているので」
……う、うーん。それって、褒める部分が少ないからせめて励まそうとしてるんじゃないかなぁ。とは思ったけど、僕も武道はからきしで同じ経験をしているので苦笑してしまう。
「でも、無理はしないで下さいね」
常にうっかりさんを発動してるけど、その何倍も努力して精一杯頑張っているのは知っているから。どれだけ止めても無駄なんだって事もね。だからせめて、僕たちの為に怪我はしないでほしいと願う。
「女神様のご加護があらん事を」
「ルネッタさんにも」
あと、そこに倒れている人をちゃんと後で助けてあげて下さいね、と一応一言だけ伝えておきます。うん、僕に出来るのはそれぐらいだから。申し訳ないけど、もう少しだけ我慢して下さい。
式典の初日に、ちょうど教皇様たちと僕たちを分け隔てていた空間の辺り、つまりはルネッタ嬢のお姉さんであるエディッタ嬢が大きな布に潜んでいた場所にさしかかる。
今回はそういう演出がないのか、封鎖はされていなかった。……というかさ。
女神の神話を題材に造られた、精密で繊細なステンドグラスがよく見える場所ともあって、かなり人口密度が高いのですが。そんなに集まっちゃう?というぐらいに。式典が開始されるまで時間があるとはいえ、ちょっとこれは。
「すみません、通して下さい!」
いつぞやの迷子になった時を思い出すなぁ、って。
……え?
「……嘘でしょ」
あまりにも混み合いすぎて、少し前に居たはずの二人の姿が見当たらない。
……そんな。
いやいや、待って。ねえ、ほんとちょっと待って。きっと、見えていないだけで近くにいるはず……だよね?と付近を見渡すもそれらしい姿は見当たらなくて。
「ごめんなさい、ちょっと通してもらえませんか」
そう何度も謝りながら進んでも――いない、なんて。
……どうしよう。これじゃあ夢と同じじゃないか。
「……っ」
その途端、強烈な吐き気を感じて思わず口に手を当てる。
だいぶ、コントロールが出来るようになったとはいえキツい。それを疎ましく思う僕をあざ笑うかのように、前兆を知らせる咳が出た。
……こんな時に。悠長に宝石を吐き出してる場合か!と自分に言い聞かせてみるも、更に咳がこみ上げてくる。咳が止まらない原因は分かってる。僕が焦っているからだ。
だけど――
僕の代わりにアルが刺されるなんて、絶対に嫌だ。
どうにかして、今すぐ二人を探さないと。
「……コホッ」
とにかく、前へ――――――
教皇様の下に行かなければ、と歩みを再開しようと足を踏み出そうとして。
「見つけた」
背筋を凍らせる声が耳朶に響き、その途端、背後から腕を引かれてそのまま捻られた。
「っ、あ!」
――しまった。
アルの事ばかり考えすぎて、周りが見えていなかった。
「芸術だけのお気楽な者たちにしては、よく考えたじゃないか。だが、甘かったな。どれだけ足掻いても、お前はここで死ななければならないのだ」
ここでようやく僕たちの異変に気付いたのか、周りにいた人々が巻き込まれたくはないと離れていく。 それでも、ある一定の距離を保って僕たちを見ているのだから、まるで自分が見世物になったような気持ちだ。……いや。
それよりも何だろう?不思議な、この感覚は。
……ああ、これは。
そうか、とようやく理解した。
僕は、この景色を覚えてる。
それもそうか。僕はもう手や足の指では足りたいぐらい、同じ目に遭っているのだから。
そう、
――――夢の中で。
違うのは、僕が着ている服装ぐらいか。
それ以外の、男の行動や言葉の数々、息遣いに至るまで全く同じで。その既視感に苛まれながらも、僕は夢を再現するかのように捻られた逆の方向に体を捻って僅かばかりの距離を取った。
「……っ」
「ほう」
といっても、手首をそう簡単には放してくれない所も同じなんだよね。うん、知ってた。知らなかったのは、僕よりも大きな手で手首を思いきり握りしめるから、血液の流れが止まるんじゃないかってぐらいに痛いということ。あのね、夢だと痛覚ってないんですよ。だから、ほんっと痛いんだってば。これって嫌がらせ以外の何ものでもないよね?
「放してください!」
「ここで逃がすとでも思っているのか」
嘲りを含みながら紡いだ言葉は、男にとっては何の変哲もない嫌味だろう。けど、僕はその一言一句を覚えてる。――最後まで、この人とはわかり合えないという事も。
「……良いんですか、こんな他国の客が見ている前で殺人なんて」
人だかりは更に増えていて、その輪の外側から自国の衛兵たちも続々と駆けつけてきている。それでも、男の意思に変化はない。
「殺人ではない、これは歴とした悪魔退治だ。真の女神教である我らに課せられた使命なのだ」
ここまでくると、狂気と言って過言ではない。この人の中では僕は『悪』なのだ。聖ヴィルフ国に不幸を招く双子で『女神の恩寵』を授かった『二人目』である限り。……もうさ、もう。
それならそれで別に良いよ、何だって。
初めて夢を見た時は、どうして殺されなければいけなかったのか全く理解出来なかったし憤りを覚えたほどだったけれど。僕を殺したいというのなら、それを止めようとは思わない。
会話を続けるのが嫌になった訳じゃない。
それに、抗うのを諦めたわけでもない。
ただ、僕はアルが……オーガスト様とアルミネラがそれで死なずに済む可能性が少しでも高いのならそれがいい。それで充分。
この人が僕を選んでくれて良かった、と心底思う。
「なんだ、その目は」
「見て分かりませんか?」
分からないだろうなぁ。今まで、感謝された事がなさそうなんだもの。悪いけど。
「そんな目で俺を見るな!」
「っ、う!」
急に手首だけで持ち上げられ、痛くて唇をかみ締める。ある程度、夢で行動パターンが分かっているとはいえ、僕とこの男とではあまりにも体格に差がありすぎるのだ。ほんと、何が気にくわないのか、夢が現実になっても理解出来ないよ。
「悪魔めっ!」
「ちがっ!」
ステンドグラスからの明かりに晒された剣の先端が、僕を捕らえる。
周囲からの悲鳴や動揺の声が耳を掻き乱すも、男から視線を逸らせるわけにはいかなかった。ここで柔道技が使えたらなんて思うけど、こんなビクともしない腕じゃあ到底無理だろうな。……それなら、夢では全く動けなかったけれどこうなったら噛みつくしかない。惨めでも、それしか方法がないのなら。そんな思いでもう一方の手で男の手を握り自ら体を近づけた、その瞬間――――
「死ねっ!」
「イオは死なせないよ!」
ドンッという鈍い音と共に、不意に男が前のめりになったかと思ったら二歩目で踏みとどまった。
「っ、な、何だ!?」
その弾みで手首が解放されたのは喜ばしい。痛かったしね。なので、実に幸いな事だけれども。
「……」
………………………………いや、あの、アルさん?
後ろから跳び蹴りをしたんでしょうけど、僕が動いてなかったら刺さってたよ?お兄ちゃん、ブスッとあの剣で刺されてたからね?実は結構、紙一重だったんだよ?
ちょっとそっちの端っこでお話ししよっか、と言ってしまいたかったけど、アルのあの達成感を充たした満足そうな顔を見ると全てが霧散していった。うん、これは仕方ない。皮一枚分ぐらい切れたとしても、あの笑顔には敵わない。ええ。どうせ僕は、超がつくシスコンですよ。
「せっかく見逃してやったというのに、戻ってくるとは」
「イオを置いて行くはずないでしょ!」
そんな僕を余所に言い合いをしながらも、アルはどこから持ち出してきたのか細い長剣で応戦をしていた。リーレンに入って一年弱ともあってか、やけに剣技が身に付いてきている気がする。ああ、これが成長……!じゃなくて。それでも男よりは劣勢で、直ぐにアルは避ける事しか出来なくなってしまった。
「あ、くっ!」
「どうした、もう終わりか?」
決して油断などしていなかった。ただ、あちらの方が上手でアルがギリギリで躱した所に足が出てきて蹴り倒されたのだ。蹴られた勢いで、アルの手から剣が離れて転がっていく。その音が、やけに僕の心をざわつかせて。
……あ。
この場面を、僕は知っている。
――ああ。
転がされ、逃げられない状態になった『アルミネラ』を刺し貫こうと刃が引かれ――――
「アルミネラ!」
突然、そこへオーガスト様が現れて間に入り込んでくるのだ。
そして、
――――駄目だ。それだけは、絶対に!
「何をするっ!」
気が付くと、男の腕にしがみついて抵抗していた。
今度は、僕が殺されるかもしれないけれど構わなかった。それより、二人を守りたくて。
「っ、た!」
後悔はしていない。
結局、無理矢理引きはがされて転がされてしまったけど。
夢で見たあのシーンを回避出来たのなら、僕はもう。
「このっ!」
「……っ!」
怒りで振り上げられた剣が止まることはないだろう。
タイミング良く、上手く転がって避けるぐらいが妥当だけど。それでも、何度目かになれば刺さるかもしれない。それなら、いっそひと思いに殺された方が良いのかな、なんて。
……悔しいな。
僕は、ここで終わるのかな?
ああ、だけど今は――――けっこう、満足かも。
せめて刺さる所は見たくないので、瞼を閉じようとして。
「はーい!待って待って、エーヴェリーくーん!君、死ぬにはまだ早すぎるんじゃない~?」
この状況には全くそぐわない間延びした軽々しい声に、思わず目をぱちくりとしてしまう。
「……え?」
「君なら絶対に出来ると思ってたよ!おめでとう、君はもう自由の身だ」
……自由?
ってどういう意味ですか、って聞きたいんだけどさ。……え、えーっと。うん。ちょっと待って。いつの間にやってきたのかとか、あの一瞬でその男をどうやって止めたのかとか、色々と訊きたい事が山ほどあるんだけど。その前に一つ。
その人の肩の関節、微妙におかしくありません?
そんなになで肩にならないよね?っていうか、もしかしなくとも泡吹いて気絶してるよね?ね?ああああっ、脱臼してるのにその手を持ってぷらぷらと動かして遊ぶの止めてあげて下さい!うわぁあああ、見てて背中がぞわってくる!ほんと痛いんですよ、それ。
助かったのは分かったけど、何だかもう色々と無茶苦茶過ぎる。……頭痛い。
どうでもいい裏話を一つ。
ルネッタ嬢の被害に遭った青年ですが、実はクルサード国のヒューバートの一人目の弟だったりします。代理出席中のぴちぴちの十七歳、レメディオス君でした。




