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15(上)

閲覧とブクマ、そして評価をありがとうございます。

※サブタイトルに(上)と載せていますが最終話ではありません。


 ここへ旅立つ前にコルネリオ様から問われた質問は、いつもの無理難題とは違って何故かとても恐ろしかった。




 そわそわ。

 そわそわ、と。

「あの、せめて座ってもらえませんか?」

 もうまもなく大聖堂への移動時刻に近付いているというのに、先程から僕の目の前をオーガスト様が行ったり来たりするものだから、非常に迷わ、いや、うん。えっと、気になって仕方ない。アルはまだ着替えてる最中で、僕はオーガスト様と待機中の身……なんだけど。何故か、僕よりオーガスト様の方が、落ち着きがないってどういう事なの。……はっ!もしや、アルの正装を楽しみにしてらっしゃる?ここにきて、ようやくセラフィナさんを諦めてアルを取るとか?ええ?そんなまさか。

 ……まさかねぇ、と座っていてもやはり落ち着かない様子のオーガスト様をチラリと見ると、目が合った。

「なっ、何だ?」

 わー、お声が上擦ってますよー。と言ってあげたい所だけど。ワイルドな見た目に反して意外と気にするタイプだから黙っておきますね。

「いえ、どうされたのかと思いまして」

 まあ、落ち着きがない事に関しては問答無用で訊ねるけども。

 だってさぁ?だって、だよ。気がそぞろになってるのは、どう見てもオーガスト様だけだよね?ほら、周りを見てよ。アルの身支度で衛兵代わりに別室で待機してるノルウェル卿とディートリッヒ先輩は除外するとして。ミルウッド卿はキルケー様と何やらヒソヒソと話し込んでるし、テオドール・ヴァレリー様は優雅にお茶を飲んでるんだよ?

 どう考えても、緊張に身を落ち着かせられてないのはオーガスト様だけじゃない?

 いつもならどっしり構えてるはずなのに、今日に限ってどうしたの?ってそりゃあ思うよね?

「いや、……うむ、お前は気にしなくてよい」

 だったら、落ち着きのなさをどうにかしてよー!うがーっ!と叫びたくなるのを我慢して、はあ、とだけ言葉を返す。全く、何を隠しているんだか。

 オーガスト様は昔から器用に文武両道を極めて次期国王としての風格を持っておられるけれど、隠し事をするのがどうも苦手なんだよね。この間のアイスクラフト卿を罠に嵌めた時なんて、ちらちらと僕の顔を見てくるものだから大変だったし。そのくせ、妙にアドリブは上手いんだから……って、今は回想してる場合じゃないや。とにかく、今のこの態度を見てるとあの時とそっくりなのだから、僕には丸わかりだって気付かないのかなぁ?……これは今後の課題にしないと。全く。

 ……。

 うん?いや、待って。その前に僕は暫定の、しかも宰相候補でしかないはずだよね?と思わず眉間に指を当てたら、一人お茶を楽しんでいたテオドール・ヴァレリー様が急にクスクスと笑い出した。しまった、顔に出てたかな?

「殿下の不器用さはミュールズ一だからね。なに、そこは私と君で補っていけば良いだろうよ」

 肩より少し長めの金色の髪をふぁさっと背中へ流してニコッと笑われてしまったけれど。

「……はあ」

 はっきり言って不安しか残らないのですが。なんて、それはさすがに失礼かな。っていうか、皆さん僕が暫定の宰相候補でしかないって分かってます?

「腑に落ちん顔だな、イエリオス」

 いや、だって。

「ああ、そういえばお前には先に言っておこう。俺は、この旅を終えたら陛下にこう告げようかと思っている」

 一旦そう言い切ると、オーガスト様は表情を探るように緋色の瞳を細めて僕を見つめた。

 

 まるで、覚悟を問うかのように。


「……何と?」

 その挑むような視線に負けじと、僕も真正面からオーガスト様の視線を受け止める。

 逸らしてはいけないという、直感に応じて。



「イエリオス・エーヴェリーを正式に私の宰相に任命します、と。よいな、イエリオス?」



 多分、きっかけはアシュトン・ルドーとの対決で。それ以来、オーガスト様への忠誠心が僕の心に芽生えたのは確かだろう。僕たち双子の入れ替わりも見抜けない人だけど、僕に信頼を寄せてくれているから僕も同じように応えたいと思う。今、この時も。

 僕とオーガスト様は偉大な父親の息子というのもあって、畏怖を抱きながらも憧れずにはいられないという点もそっくりで。でも、まだ伸ばした手の指先ですら届かないもどかしさを抱えてる。

 そんなオーガスト様を支えたくて、僕はますますお側に仕えたいという思いがこみ上げていた。

 もし、叶うのならば――と。

「あなたが望んで下さるのならば」


 僕は、その時が来るまで努力を惜しまないとここに誓おう。


 ――だから、今はまだ返事は出来ない。

「うむ」

 瞼を閉じて片手を胸に当てながら頭を垂れると、オーガスト様も僕の真意が伝わっているようで大きく頷いてくれた。

 たまに鈍感な時があるけど、こういう大事な局面では結構しっかりされてるんだよねぇ。さすがは王族というべきか。こういう本能で生きてる所はアルとそっくりなんだけどなぁ。ほんとにね。

 そんな僕たちの様子にテオドール様が再びクスッと笑ったかと思ったら――不意に、隣りの部屋から大きな物音がして部屋中に緊張が走った。

「アル!」

 今すぐにでも飛び出していきたいのを我慢して、けれど咄嗟に椅子から立ち上がる。そんな僕の肩に手を乗せて、オーガスト様が何故か不遜に笑った。

「来たか!行くぞ!」

 今日まで、何度も話し合ってきた。

 いつ襲ってくるかも分からない敵にどう対処すべきかを。

 もうすぐ帰国する僕たちを、彼らが決して見逃すはずがないというのは分かってた。

 だったら、次でケリを付けてしまおう。――皆で、そう決めたのだ。

「……やはり」

 キルケー様が扉を開くと、ちょうど僕たちの部屋の前に立っていた衛兵が応戦している所だった。今までの悠長な考えを捨て、気絶させるのも面倒だとばかりに同じ国の民にすら刃を向けている様はまさに狂気の沙汰といえる。

「ここまで露骨だと清々しいな!」

 全くもってその通りだと思います、と心の中でオーガスト様に同意しておきますとも。

 聖ヴィルフ国の衛兵に交じって、キルケー様とミルウッド卿が道を切り開いていく。僕たちは戦況を見守りながらゆっくりと移動して隣りの部屋へと辿り着いた。これだけ神経を使うんだから、この先を考えるとゾッとする。

「開けるぞ」

「はい!」

 この部屋の中でも、きっとサラやノルウェル卿とディートリッヒ先輩が応戦している事だろう。

 きっと、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて、覚悟を決める。僕の意思が固まったのを確認するかのように一瞥したオーガスト様が勢いよく扉を開く、と――――

「アルミネ、ら、っおわぁあああっ!」

「邪魔だよ、ばか!」

 まるで待ち構えていたかのようにアルミネラが細い剣を握りながら飛び出してきたので、オーガスト様が激しく仰け反った。

「アル、それはないんじゃ」

 仮にも自国の王太子なんだから。こういう状況でも全く変わらないアルの態度に思わず苦笑いを浮かべると、「行くよ!」と言われて慌ててその背中を追いかける。

 ミルウッド卿が立案した計画は、もし部屋で襲われたら人通りの多い場所へと駆け込めというもの。そこで彼らが退いてくれるならラッキーだと思って、なんて言ってたけどこの分だと無理そうだな。と、後ろから追いかけてくる足音にどんよりした気持ちになる。

 それより、サラが来ないのが気に掛かる……けど、引き返したらきっと無言でありながら背後から般若を出して怒られそう。実はずっと気になってたんだけど、毎回出てくる日本的な奇々怪々の異形さんたちは僕の想像上だけのものなのか。むう。って、あーもう。そうじゃない。そうじゃなくて。

 不安だけど、心配だけど。

 今は、いや、僕はサラを信じてる。だって、彼女は有能過ぎる侍女だもの。


 主が自信を持たなくてどうするって話だろう?――そうだよね、サラ?


「ええい!この国の衛兵どもは何をしている!?」

「大聖堂まで走るんだ!」

 わぁ、それって何キロマラソンですか?と問いかけたくなるのをぐっと我慢。オーガスト様たちに悠々と先を越されながらひたすら階段を下っていくと、今度は階下からも彼らの仲間が待っていた。えー、それってありなの?なんて思わずにはいられない。

 僕たちと彼らの剣幕を見て、移動中の他国の賓客の皆さんが逃げ出すけれど、今は構っている暇などない。申し訳ないけれど。

「待ち伏せか!」

 僕の後ろに追いついてきたディートリッヒ先輩が舌打ちをしたかと思ったら。

「よーし!人数が集まってきたな!それならいっちょ、恒例行事を行うかー!」

 急に大声を張り上げるノルウェル卿の言葉に戸惑う。

 えっ?えっと、……な、なに?っていうか、どうしてノルウェル卿はそんなに楽しげで、キルケー様は微妙に疲れた顔になってるの?

「ウィリアム様」

 その時、突然キルケー様が挙手をしたのでつい視線がいってしまう。だって、動いてるものなら見ちゃうものじゃない?そうだよね?案の定、他の人も同じようで安堵する。いや、落ち着いてる場合じゃないんだけど。

「何かな、イヴ?」

「ここに人員を割くべきではないと思うのですが」

「それは尤もだね」

「ならばこそ、エーヴェリー公爵家のご兄妹の守りに徹しましょう」

「――で、その心は?」

「……ぶっちゃけ面倒くさいです」

 キルケー様がぶっちゃけ、なんていう言葉を使うの初めて聞いたんだけど。不謹慎だけど、ちょっと笑っちゃった。っていうか、そもそも一体何の話になってるの?訓練、じゃないよね?騎士団の面々が個性的過ぎてついていけない。

「うーん、正直過ぎて清々しい!それなら仕方ないね、って事でディー!」

 けれど、ノルウェル卿にはちゃんと通じているらしく。ノルウェル卿はあっさりと受諾すると次は僕の後ろで敵と対峙しているディートリッヒ先輩へと声を掛ける。

「何だ?」

 こんな時に、とでも言いたそうなディートリッヒ先輩の返答は不機嫌そのものだった。まあ、先程のキルケー様とのやりとりで面倒事に巻き込まれるのは確実ですしね。

「ここでお父さんと競争しないか?一人でも多く倒した方が勝ち。優勝賞品は、――――私の爵位だよ」

「なっ!?そんな物を賞品にするな、阿呆!」

 申し訳ありませんけど、僕もそれはないって思います。

「酷いなぁ。これでも名だたる騎士の名門ノルウェル公爵家当主だよ、私は」

「なら、爵位付きの阿呆だ!帰って母上に叱られてしまえ!」

 うわぁ、爵位付きの阿呆ときましたよ。すごい言われ様だけど、ノルウェル卿は心なしか嬉しそう。前から思ってたけど、ノルウェル一家って家族みんな仲が良いよね。リーンハルト先輩も薄情そうに見えて、ディートリッヒ先輩の事をそれなりに大切にしているし。

「ちょっとちょっと!こんな所で内輪もめは止して下さいよ。それで?お任せして宜しいのですね?」

 そこへ、ミルウッド卿が間に入るけれども、念押しという名の確認作業はきっちり済ませるんだからさすがとしか言い様がない。

「ちょうど、息子の!成長を、見たかった、所、だ、し!全然構わない、よ、っと!」

 そして、それに答えるノルウェル卿はというと、既に卿の中では勝負が始まっているようで出口を塞いでいた敵を倒している最中だった。うん、思った通りマイペースな人だった。この人を御せる陛下に尊敬の念を抱きながら、開かれた道を通り抜ける。

「ノルウェル卿、後は任せた。ただし、無理はするな」

「御意に。殿下もお気を付けて」

「ああ!」

 後ろでそんなやり取りが聞こえたけれど、振り返るほどの余裕はない。

 僕はせいぜい、誰も怪我をしないように祈るばかりだ。

 ――守られる事しか出来ないのだから。

「女神様の御心のままに!死ねっ!」

「っ!」

「イオ!」

 宮殿と大聖堂の間の広場にも、まだ人はまばらだった。だから、その中にまさか過激派の連中が紛れ込んでたなんて思わなくて。不意打ちで切り込まれそうになり、咄嗟に身を逸らしたけれど腕を切られる。……こんな状況で、ぼんやりしてた僕も悪い。

「イエリオス様!」

 着込んでいた上着に血が滲んできて少しびっくりしていると、男と僕の間にスルリとキルケー様が入り込んできた。

「お怪我の具合は?」

「だ、大丈夫です」

 多分、だけど。

 ただ、生まれて初めてこんな勢いよく血が溢れる体験をしたからか、意外とショックが大きいと言いますか、ええ。まあ、前世で死んだ時は思いきり血が流れたんだろうなとは思うけど、死んでるから実感ないじゃない?って、なに言ってるんだろう。……ちょっとテンパってるよね、僕。

 その間に敵は二人に増えていて、焦燥感にかられてしまう。

「……っ、う」


 どうしよう?どうすれば良い?


 この人たちの本気が、その熱意が恐い。

「イオ!」

「あ……、っ」

「イエリオス、しっかりしろ!」

「イエリオス君!走るんだ!」

 ミルウッド卿やオーガスト様、それに妹の悲痛な声が僕を急かすのに足が全く動かない。ただでさえ、二人と対峙するキルケー様の重荷になってるのに。……分かっているのに。

「イ、」

「戻るな、アルミネラ」

「放してよ!」

 僕の少し先を行く二人の言い合いですら、どこか遠い。――その時。

「エルフローラを寡婦かふにするつもりか、君は」

「か、寡婦って」

 少し距離があったはずなのに、いつの間にか傍にいたミルウッド卿の言葉に耳を疑う。今の言葉のおかげで我を取り戻したのは確かだけども。なんて事を言うんだ、この人は。

「ぼ、僕たち、まだ婚約しているだけで」

 結婚なんてしてないのに、寡婦なんて。

「あの子が君以外と婚姻を結ぶとでも思ってるのかい?」

「……それは」

 ない、と思いたい。けど、それは僕の欲目であって。

「あのね、君のその穏やかな性格は美徳だけど、イルを見倣って一度抱きついてみるとか大胆な行動を取ってみたらどうなんだい!?」

 ……なんて事を言うんだ、この人は。うん。あまりにも大事な事なので二回言ってみた。

 相手が自分の娘だと分かって言ってるのかとか思わずにはいられないけど、それより父上がどういう経緯でそのような行為に至ったのかすごく気になって仕方ない。むしろ、うちの両親の馴れ初め的な話に驚きを隠せないし、それを知っているミルウッド卿って、一体。

「二人とも、そんな無駄話はいいので先を急いで下さい。ここは私が引き受けます」

 無駄話って。まあ、この状況の中だとそうだけども。

「ああ、頼むね。ほら、行くよ!」

「は、はい」

 返事はしたものの、腕の傷がドクドクと痛みあまりにも動きが鈍かった所為か、ミルウッド卿に掴まれてしまった。

 ひ、ひーとーりーでーはーしーれーまーすぅ!と息も絶え絶えに言えたのはその五分後の事だった。


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